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京都地方裁判所 昭和58年(ワ)1885号 判決 1986年8月28日

原告

香川克巳

被告

久保こと美濃修治

主文

一  被告は原告に対し、金五八八七万八七八二円及び内金五六〇七万八七八二円につき昭和五七年二月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は、原告に対し金一億円及び内金九五〇〇万円に対する昭和五七年二月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

昭和五七年二月二八日午前八時五八分頃、京都市下京区五条河原町交差点において、原告は、原動機付自転車(京都市東く五九五六、以下「原告車」という。)を運転し、西から東に向け青信号に従い時速約三〇キロメートルで進行していたところ、対向してきた被告久保運転の普通乗用自動車(福井五六た五七六七、以下「被告車」という。)が同交差点でいきなり大回りの右折を開始したため、これを避けようとしたが間に合わず衝突転倒し、原告が負傷したものである。

2  被告の責任

右事故は、被告において、直進してくる対向車があるにもかかわらず、安全を十分確認することなく右折を開始し、対向直進の原告車の進路を妨害した過失により惹起されたものであり、被告には、民法七〇九条に基づく不法行為責任及び当該事故車両の保有者として自賠法三条による運行供用者責任が成立する。

3  原告の損害

原告は、本件事故により、急性硬膜下血腫、右鎖骨骨折、右肩鎖関節脱臼等の傷害を負い、事故当日から京都南病院において入院治療を受け、昭和五七年九月二四日症状固定の診断を受けたものの、重い意識障害、嚥下障害、四肢麻痺、大小便失禁状態の症状を残し、自賠法施行令別表の後遺障害等級第一級三号に該当し、現在も同病院に入院したまま常に看護人の介護を受け、流動食と鼻腔栄養にて辛うじて生命を維持しているという悲惨な状態にあるものであり、原告の蒙つた損害は左のとおりである。

(一) 付添看護費 四七二万一九五〇円

(1) 家族付添分

昭和五七年二月二八日から同年四月五日まで三七日間につき一日五〇〇〇円の割合により一八万五〇〇〇円

(2) 家政婦付添分

昭和五七年四月三日から同五八年八月三一日まで五一六日間につき一日八七九三円の割合により四五三万六九五〇円

(二) 入院雑費 五五万円

昭和五七年二月二八日から同五八年八月三一日まで入院五五〇日につき一日一〇〇〇円の割合

(三) 休業損害 四〇七万四三〇〇円

事故前の平均月収二二万六三五〇円であつたから、これにより事故日から昭和五八年八月三一日まで一八か月間の休業損害

(四) 入院慰藉料 三〇〇万円

事故日から昭和五八年八月三一日まで一八か月間の入院につき右額の慰藉料が相当である。

(五) 後遺障害関係 一億八九二一万三二一二円

(1) 後遺症慰藉料

原告は、植物人間と同様の状況にあり、死に勝る苦しみを味わつており、その家族の労苦負担を考慮すると、二五〇〇万円が相当である。

(2) 将来の介護料

原告は、昭和五八年八月三一日現在で二九歳であるところ、同五五年簡易生命表によれば平均余命は約四六年間と推定される。そして、原告の前同月現在の介護料として月額二八万七〇〇〇円を要しているから、四六年のホフマン係数二三・五三四をもちいて将来の介護料の現価を算出すると、八一〇五万一〇九六円となる。

(3) 逸失利益

(イ) 昭和五八年九月一日から同六一年五月三〇日までの三三か月間について、事故前の平均月収二二万六三五〇円により算出すると、七四六万九五五〇円となる。

(ロ) 昭和六一年六月一日(原告三二歳)から六七歳までの三五年間については、昭和六〇年度三二歳男子平均賃金月額三一万六七〇〇円を基礎とすべきであり、三五年のホフマン係数一九・九一七をもちいて逸失利益の現価を算出すると、七五六九万二五六六円となる。

(六) まとめ

以上損害合計額は二億〇三四四万一〇六二円であるところ、原告は、これまで被告の加入する自賠責保険及び自動車共済より合計二六七五万一〇〇〇円、労災保険より休業給付金三〇二万五一四四円及び傷病年金二五四万二二〇〇円、総合計三二三一万八三四四円を受領済であるから、これを控除すると残損害額は一億七一一二万二七一八円となる。

(七) 弁護士費用 五〇〇万円

4  結論

よつて、原告は被告に対し、弁護士費用分五〇〇万円と、これを除く損害金の内金九五〇〇万円、合計一億円及び右内金九五〇〇万円に対する本件事故当日である昭和五七年二月二八日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  答弁

1  請求原因1のうち、被告が原告主張の時刻の前後、被告車を運転して東から西に向けて進行し、原告主張の場所で、右折進行をしたことはあるけれども、原告車の事故発生につき原因を与えたことはない。原告車の事故は、他の車両により惹起されたものであり、原告が負傷した事実は認める。

2  同2のうち、被告が被告車の保有者であることは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

3  同3の損害発生の事実は不知であり、主張は争う。もつとも、被告において責任を負うべき損害があるとしても、原告は、労災給付として、特別支給金及び特別年金を受領しているから、慰藉料額の算定上考慮されるべきであるし、将来の介護料算定の基礎として、健常者の平均余命によることは相当でない。蓋し、原告のように重度障害のため、生涯入院を要するような場合は、健常者に妥当する平均余命を全うするとは考えられないからである。また、逸失利益の算定に当り、原告のように生涯入院する場合には、生活費を必要としないから、生活費分として五〇パーセントを控除するのが相当である。

三  被告の主張

1  免責

(一) 被告の本件交差点内通行に違反はなく、被告は無過失である。

(1) 本件交通事故は、原告の過失に、氏名不詳者の過失が競合して発生したものである。

(2) 被告は、当日(日曜日)午前八時五八分頃ガソリンスタンドを探しながら、京都市下京区五条河原町交差点を東方から西進して右折北進すべく右折の合図をしながら、中央グリーンベルトから二車線目の右折車線を通つて交差点に進入した。当時、東西青(進め)の信号であり、被告車の右側の右折(北進)車線にも数台の右折北進車があり、被告車の前にも先行の右折車があり、同じように右折進行していた。

(3) 原告は、被告車が本件交差点で「いきなり大回り右折を開始した」旨主張するが、本件交差点の状況は南北線と東西線が直角に交差しているものではなく、西進して右折する場合、やや大回りしないと右折北進できないような変形交差点であり、右折して北進する進行車線が二車線も設けられている広い交差点であるから、特に二車線目を右折する場合は、一車線目に比較して、やや大回り右折に見えるだけで正常な右折方法である。

(4) 被告車が右折進行中、交差点中央付近で東進車両の通過まちのため、他の車両と共に一時停止をした。東進車両がひととおり東進し、跡切れができ、後続東進車も無かつたので、被告は信号に従い右折北進した。そして、被告の右側の右折北進車も同時に進行し交差点を出た。

(5) 右のとおりで、被告車と原告車は何の接触も衝突もしていない。被告車の通過後に、原告は本件事故現場に至り、氏名不詳の被告の後続車と接触転倒したものである。

(二) 被告車は充分整備されており、機能上の障害も構造上の欠陥もなかつた。

2  過失相殺

仮に右免責の抗弁が理由がないとするも、本件事故発生につき原告の過失も重大であるから、過失相殺されるべきである。

(一) 原告は、原告車(ホンダスーパーカブ)を運転して本件交差点を東進するに際し、本件交差点が、やや変形の大型交差点であり、対向右折車も非常に多い交差点であるから、対向右折車の動向に充分注意してその安全を確認すべき義務があるのに、これを怠り、対向右折車が右折北進中であることに気付かないまま時速約四〇キロメートルの速度で交差点に進入し、対向右折北進中の被告車を発見して急ブレーキをかけ、被告車両と接触には至らなかつたものの、ハンドル操作を誤つて転倒したものである。右事故の際、原告は原告車の右側車線を原告よりも二〇メートル先行する普通乗用車よりも後行から進行して交差点に入り、その先行の普通乗用車が対向右折北進中の被告車外一台と何ら衝突・接触することなく停止しているのに原告は転倒に至つている。右は、原告が対向右折車の動向に対する注意が足りなかつた証左である。

(二) 原告は、走行する場合、ヘルメツトを着用する義務があるのにこれを怠つた。原告の被害が甚大であるのは頭部打撲によるものであるが、ヘルメツトを着用しておれば軽い被害ですんだものであり、ヘルメツト不着用が損害を拡大させた意味で原告の過失である。

(三) 右のとおり原告の過失は、重大であり、原告の受傷は気の毒ではあるが、その五〇パーセントを相殺されるべきである。

(四) そして、過失相殺に当つては、原告が本訴で請求していない治療費一八八万一六〇〇円を被告が支払つているのであるから、この分を加算したうえでなさるべきである。

3  損益相殺

原告は、傷害年金の給付を受けているところ、その将来給付分については現価を損益相殺として算定すべきである。

四  抗弁の認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2のうち、(四)の治療費の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、それを引用する。

理由

一  交通事故の発生

被告が昭和五七年二月二八日午前八時五八分前後頃、被告車を運転して東から西に向けて進行し、京都市下京区五条河原町交差点(以下「本件交差点」という。)で右折進行したこと、原告がその頃、本件交差点で事故により転倒し、負傷したこと、以上の事実は当事者間に争がなく、いずれも成立に争のない甲第八四ないし第八六号証、同第九〇、第九一号証、同第九三ないし第九五号証、同第九七号証、同第九八ないし第一〇一号証(後記措信しない部分を除く)、同第一〇三ないし第一〇八号証、同第一〇九ないし第一一四号証(後記措信しない部分を除く)、同第一一九、第一二〇号証(後記措信しない部分を除く)、同第一二三号証、乙第一号証(後記措信しない部分を除く)、同第二号証、証人加藤昌市の証言(後記措信しない部分を除く)及び被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)並びに鑑定人高山昌光の鑑定結果を総合すると、すくなくとも次の事実を認めることができる。

1  本件交差点は、東西に通ずる五条通りとほぼ北北東から南南西に通ずる河原町通りとが交差する、やや変形の平坦かつ見通しの良い十字路であつて、アスフアルト舗装され、信号機による交通整理が行われていた。

2  被告は、助手席に友人の牧田直裕、後部座席に前夜福井市内で知り合つた女性二人を乗せ、残り少なくなつた被告車のガソリンを補給するため、日曜日に営業しているガソリンスタンドを探して京都市内を廻るうち、五条通りを西進して本件交差点に差しかかつたところ、すでに対面の信号機の表示が青になつていて、数台の先行右折(北進)予定車が同交差点中央付近のいわゆる右折溜りに二列に並び、対向直進(東進)車の通過を待つていた。被告も同交差点で右折北進すべく右折の合図をしながら同交差点に入つたものの、先行右折予定車の後尾に付くことなく、大回りして先頭に出るや、対向直進車がと切れていたため、他の対向直進車の動向に注意を払うことなく、右折北進を開始した。折から原告が時速約四〇ないし五〇キロメートルで原告車を運転し、五条通りを東進して本件交差点に差しかかつたところ、突然に被告車が自己の進路を遮るように右折北進して来たため、衝突を回避すべく急制動措置をとつたもののバランスを崩して右傾しながら進行して遂に転倒し、原告自身も路上に放げ出された。

なお、原告は、当時、ヘルメツトを着用していなかつた。

以上の事実に反する甲第九八ないし第一〇一号証、同第一〇九ないし第一一四号証、同第一一九、第一二〇号証、乙第一号証、証人加藤昌市及び被告本人の供述部分は採用できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

二  被告の責任

右認定事実によれば、被告が対向直進して来る原告車に十分注意を払うことなく、無理な右折を開始して原告車の進路を妨害したため、本件事故を惹起したと解するのが相当であり、被告は民法七〇九条の規定により、原告が被つた損害を賠償すべき責任があるというべきである。被告の免責の主張は採用できない。

三  原告の受傷と治療経過

いずれも成立に争のない甲第三ないし第一〇号証、同第一七ないし第一九号証、同第四五、第四六号証、同第四八号証、同第一二六号証、同第一二八号証、原告法定代理人本人尋問の結果を総合すると、原告は、本件事故により急性硬膜下血腫、右鎖骨骨折、右肩鎖関節脱臼等の傷害を負い、事故当日から京都市下京区内の京都南病院に収容されて入院し、同年九月二四日症状固定に達したこと、その間、血腫除去手術を受けたものの、意識消失の改善がみられず、嚥下性肺炎の併発を繰り返すなどしたこと、そして、症状固定に達したとはいうものの、重度の意識障害、四肢麻痺、大小便失禁状態、嚥下障害などが残存したこと、右のうち、嚥下障害と意識障害に、その後、若干の改善が認められ、流動食をスプーンで与えられると、それをえんげすることが可能となり、また言語了解機能の回復が窺われること、しかし、なお終生に亘り医師の管理下に付添看護を必要とする状況下にあること、以上の事実を認めることができ、この認定を動かすに足る証拠はない。

四  原告の損害

1  付添看護費

さきに認定した原告の受傷経過によれば、原告が従来付添看護を必要とする状況下にあつたことは、明らかである。

そして、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第二〇ないし第四一号証によると、原告の母が昭和五七年二月二八日より同年四月五日までの三七日間、原告の付添看護に当り、同年四月三日から翌五八年八月三一日までの五一六日間、家政婦が原告の付添看護に当つて、後者に要した費用は四五三万六九五〇円であつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

すると、母の付添分につき一日三五〇〇円の割合により算出した一二万九五〇〇円、家政婦の付添分については右に認定した四五三万六九五〇円を、それぞれ損害と認めるべきである。

2  入院雑費

昭和五七年二月二八日から同五八年八月三一日までの入院五五〇日間に、諸雑費を要したことは推測するに難くない。その費用として、当初の一八〇日間は一日一〇〇〇円、その後は一日七〇〇円の各割合をもつて算出するのが相当である。すると合計四三万九〇〇〇円が損害となる。

3  休業損害

弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第四二ないし第四四号証によると、原告は、京都市東山区内の「京あけぼの」に調理士として勤務し、本件事故当時の平均月収は二二万一三五〇円であつたことが認められる。そこで、原告の主張に則し、昭和五八年八月三一日まで一八か月の休業損害を算出すると、三九八万四三〇〇円となる。

4  入院慰藉料

昭和五八年八月三一日までの入院につき、慰藉料としては二八〇万円をもつて相当と認める。

5  後遺障害関係

(一)  後遺症慰藉料

さきに認定した後遺障害は、自賠法施行令別表(二条)の等級表一級三号に該当すると解すべきであり、慰藉料として二〇〇〇万円をもつて相当と認める。

(二)  将来の介護料

さきに認定したところによれば、原告は、症状固定の日である昭和五八年九月二四日現在で二九歳であるところ、終生に亘り付添看護を必要とする状況にあり、その看護者として或る程度専門的な知識を有する者が妥当であること、さきに認定した付添費をも考慮し、昭和五七年度簡易生命表による平均余命の範囲内で四〇年間(新ホフマン係数二一・六四二六)につき、一年間に要する費用を一八二万五〇〇〇円(一日五〇〇〇円)と把握して現価を算出すると、三九四九万七七四五円となる。

(三)  逸失利益

昭和五八年九月二四日の症状固定日以降、六七歳までの就労可能年数三八年間につき、さきに認定した本件事故当時の平均月収二二万一三五〇円を基礎として、新ホフマン係数二〇・九七〇により逸失利益の現価を算定すると、五五七〇万〇五一四円となる。被告は生活費相当額の控除をいうが、採用しない。

五  過失相殺

さきに認定した事故の態様によれば、原告は、法令所定の三〇キロメートル毎時を超える速度で原告車を運転していたのであり、それがヘルメツトの未着用と相まつて、深刻な受傷を招くに至つたものというべきであるから、この点は損害算定上斟酌されるべきであり、その斟酌の割合は、被告と対比して三〇パーセントとするのが相当である。

そこで、前記損害額一億二七〇八万八〇〇九円に、被告において支払ずみの治療費分一八八万一六〇〇円(この点は当事者間に争がない)を加算したうえ、三〇パーセントの過失相殺をすると、損害額は九〇二七万八七二六円(円未満切捨)となり、これから右治療費一八八万一六〇〇円のほか、原告が受領を自認する合計三二三一万八三四四円を控除すると、残損害額は五六〇七万八七八二円となる。

六  損益相殺

被告は、原告が将来給付を受ける傷病年金の現価を算出して、損益相殺がなされるべきであると主張するが、それを損害額から控除すべき根拠はなく、被告の主張は採用できない。

七  弁護士費用

原告が本訴の提起追行を弁護士に委任していることは明らかであるところ、それに要する費用のうち二八〇万円の限度で、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

八  結論

以上の次第であるから、被告は原告に対し、損害金五八八七万八七八二円及び弁護士費用分二八〇万円を除く内金五六〇七万八七八二円に対する本件事故当日である昭和五七年二月二八日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負担しているというべく、原告の本訴請求はこの限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田眞)

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