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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)158号 判決 1988年2月25日

原告

藤久武志

原告

松平彰好

右原告ら訴訟代理人弁護士

西岡芳樹

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

笠井勝彦

玉井勝洋

堀内和幸

村田巧一

森本光男

被告

石黒光男

右訴訟代理人弁護士

高木清

主文

一  被告石黒光男は、原告らに対し、各金一四一六万五〇〇〇円を支払え。

二  原告らの被告石黒光男に対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らに生じた費用の二分の一と被告国に生じた費用を原告らの負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告石黒光男に生じた費用は、これを二〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告石黒光男の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告らに対し、各金二五〇〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告国)

1 原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱宣言

(被告石黒光男)

1 原告らの被告石黒光男に対する請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件の事実経過

(一) 原告らは、昭和五六年一〇月一〇日ころ、訴外中林一郎(以下「中林」という。)及び同岡野功(以下「岡野」という。)らから紹介を受け、訴外南野長太郎という人物(本名は西田芳夫、以下「自称南野」という。)が別紙物件目録(一)記載の土地及び建物(以下「荒草町の物件」という。)を担保にして金六〇〇〇万円程度の金員を借り受けたいといつていることを知つた。

(二) 原告藤久武志(以下「原告藤久」という。)は、同月二〇日ころ、たまたま京都へ行く機会があつたので、現地を見て、中林から物件明細、公図、付近見取図等をもらつて検討することにした。そして、同月二一日、原告藤久が専務取締役をしている訴外東和産業株式会社(以下「東和産業」という。)の事務所に、原告藤久、中林、岡野らが集まつて、荒草町の物件について、既に設定されている訴外エーユーブロック株式会社(以下「エーユーブロック)という。)の根抵当権設定登記及び所有権移転請求権仮登記を抹消し、代物弁済予約を締結して所有権移転請求権仮登記をつけること、及び根抵当権を設定し、その極度額は金八〇〇〇万円とすること、金六〇〇〇万円を貸し渡すが、金四八〇万円を天引きし、金五五二〇万円を現実に授受すること、別紙物件目録(二)記載の土地(以下「蝉ケ垣内町の物件」という。)を同年一二月ころまでに売却すると金二億五〇〇〇万円ないし金二億六〇〇〇万円手に入るので、これで右貸付金を返済すること等の細かい詰めをして同年一〇月二六日に被告石黒光男(以下「被告石黒」という。)司法書士事務所で取引することにした。

(三) 同月二六日、原告藤久が被告石黒司法書士事務所に赴くと、訴外吉田雄三(以下「吉田」という。)が自称南野を伴つて同事務所にやつて来た。

原告勝久は、自称南野とは初対面であつたので、自称南野が訴外南野長太郎本人(以下「南野本人」という。)であることの確認を求めたところ、吉田が、「私が保証します。間違いなく南野本人です。」と答え、続いて被告石黒に尋ねたところ、同被告も、「間違いありません。南野本人です。以前から私の事務所でいろいろ扱つていますので。」と答え、「確認済みですか。」と重ねて尋ねても、同被告は、「確認しています。」と答えた。

そこで、原告藤久は、自称南野に対し、金六〇〇〇万円を貸し渡すこととし、自称南野との間で、荒草町の物件について、代物弁済予約及び根抵当権設定契約を締結し、更に同物件のうち建物については、譲渡担保契約を締結した。そして、自称南野は、登記手続の委任状に署名してこれに「南野長太郎」名の印章を押印するとともに同名の印影が押印されている印鑑登録証明書を提出し、登記済証は手元にないので保証書でやつて欲しい旨を述べ、これに対して被告石黒が、自己の妻と二人で保証人になつて保証書を作成する旨請け合つたので、原告藤久は、自称南野に対し、安心して現金及び小切手で金五五二〇万円を支払つた。

(四) 被告石黒は、同月二七日、京都地方法務局左京出張所に対し、荒草町の物件について、別紙登記目録(一)記載の登記(以下「本件(一)の登記」という。)及び目録(二)記載の登記(以下「本件(二)の登記」という。)の各登記手続を、また、同月二九日、同出張所に対し、同物件のうち建物について、別紙登記目録(五)記載の登記(以下「本件(五)の登記」という。)の登記手続を、それぞれ代理人として保証書を添付のうえ申請した。

これに対して、同出張所の訴外谷口尚真登記官(以下「谷口登記官」という。)は、同月二七日受付第二六四二一号で本件(一)の登記を、また、同日受付第二六四二〇号で本件(二)の登記をそれぞれ実行し、続いて同月二九日受付第二六五六八号で本件(五)の登記を実行した。

(五) 同月二八日ころ、中林は、東和産業の事務所を訪れ、原告藤久に対し、南野本人の方では、蝉ケ垣内町の物件を売却しないとどうしても借金を返済できないので困つているらしい。原告らの方で同物件を安く買い受けたうえこれを他に転売してもうけたらどうか。」といったが、うますぎる話なのでこれを断つた。しかし、原告藤久は、その翌日、転売はともかく、安く買い受けることができるのであればと考えて、再度京都へ出向いて同物件を見たうえ、造成して宅地分譲しても建売住宅を建ててもよい土地だと見極め、価格次第では金を出してもよいと考えた。

(六) 同月三〇日、東和産業の事務所において、原告らは、中林及び岡野らとの間で、蝉ケ垣内町の物件の売買について、売買代金を即金で支払うリスクをどのように担保するか、また、農地転用の許可などをどのようにするか等の話合いを行い、その結果、手続としては、農地転用の条件とする停止条件付売買契約を締結して売買予約に基づく所有権移転請求仮登記をつけ、また、金二億五〇〇〇万円程度を極度額とする根低当権を設定し、岡野が自称南野から所有権移転登記に必要な南野本人作成名義の白紙委任状と「南野長太郎」名の印影が押印された印鑑登録証明書を預つておき、いつでも所有権移転登記ができるようにして、農業委員会へ提出する五条申請の手続書類一式に押印しておく等決まつたが、売買代金については最終的な合意に至らなかつた。

(七) 同月三一日、原告らと中林及び岡野らとの間で、再び話し合つた結果、蝉ケ垣内町の物件の売買代金は金二億円とし、前記貸付金六〇〇〇万円のうち金三〇〇〇万円分については右売買代金から返済することとし、同物件は現況が農地であるため、宅地として使用できるようになるまでの金利金二〇〇〇万円及び移転登記の費用として金三〇〇万円の合計金五三〇〇万円を売買代金から差し引き、合計金一億四七〇〇万円を現実に授受することになり、貸付金の残金三〇〇〇万円分については、金利を支払つたうえ弁済期を延期することとした。また、この際、中林が同年一一月二日に尼崎浪速信用金庫園田支店に蝉ケ垣内町の物件の登記簿謄本及び必要書類を持参すること、実際の取引は同月七日までにすること、同物件の登記名義は原告松平彰好(以下「原告松平」という。)とすること等を決定し、原告松平が、委任状に押印してこれを中林に交付した。

(八) 同月二日、中林は、右の約定どおり蝉ケ垣内町の物件の登記簿謄本と公図を持参したので、原告らは、これを受領のうえ尼崎浪速信用金庫園田支店へ持ち込んで融資の申込みを行い、また、京都市北区農業委員会事務局へ電話をして同物件は区画整理済みで申請さえすれば農地法五条の転用許可が下りること及び同月二五日までに右の申請を行えば同年一二月四日の審議会にかかることを聞き出した。そこで、原告らは、銀行との折衝で、同年一一月六日までに融資が出るように申し入れ、その了解を得た。

(九) この間の同年一一月二日、被告石黒は、京都地方法務局左京出張所に対し、蝉ケ垣内町の物件について、別紙登記目録(三)記載の登記(以下「本件(三)の登記」という。)及び同目録(四)記載の登記(以下「本件(四)の登記」という。)の各登記手続を、代理人として保証書を添付のうえ申請した。

これに対して、同出張所の訴外野上博史登記官(以下「野上登記官」という。)は、同日受付第二六九六六号で本件(三)の登記を、また、同日受付第二六九六五号で本件(四)の登記をそれぞれ実行した。

(一〇) 同月四日、原告藤久は、前記金六〇〇〇万円の貸付金について公正証書を作成するため、自称南野の代理人である岡野と待ち合わせて尼崎公証人役場に赴いたが、その帰途、同人は、原告藤久に対し、蝉ケ垣内町の物件の登記簿謄本を交付した。原告藤久が右登記簿謄本を見ると、既に同月二日付で原告松平を権利者とする本件(三)、(四)の各登記がなされていたので、原告藤久が岡野に対しその事情を尋ねると、「私を信用して全部してくれたので、これで安心でしよう。」と言つていた。

(一一) 同月六日、原告らは、尼崎浪速信用金庫園田支店の訴外安藤貸付次長を伴つて被告石黒司法書士事務所に赴いた。

そこで、原告らは、自称南野との間で、蝉ケ垣内町の物件について売買契約を締結し、農地法五条申請の関係書類について話し合つたが、自称南野の代理人である吉田が、鞄から農地転用の用紙一式と既に交付してあつた原告らの印鑑登録証明書及び「南野長太郎」名の印影が押印された印鑑登録証明書を取り出して、吉田らの方ですべて手続を済ませる旨述べたので、同人にその手続を依頼することにした。

この際には、既に本件(三)、(四)の各登記ができていたので、原告らは、安心して、貸付金の弁済金、金利金及び登記手続費用を差し引いた売買代金一億四七〇〇万円を現金及び小切手で支払い、被告石黒から本件(三)、(四)の各登記がなされた登記済証を受領した。

(一二) ところが、その後、荒草町の物件及び蝉ケ垣内町の物件の各取引に現れた自称南野は、右各物件の真の所有者である南野本人とは全く別人の西田芳夫であること、本件(一)ないし(五)の各登記の登記手続申請に際して添付された「南野長太郎」名の印影の印鑑登録証明書がいずれも偽造されてたもの(以下、これらの印鑑登録証明書を「本件偽造印鑑登録証明書」という。)であつたことが判明し、原告らは、同人から裁判で本件(一)ないし(五)の各登記の抹消登記手続を求められ、敗訴した。このため、右各物件の取引についてその出資及び利益を折半する約定をなしていた原告らは、それぞれ金一億〇一一〇万円ずつ合計金二億〇二二〇万円を詐取されたことになり、これが回収不能になつた。

2  被告国の責任

(一) 登記官の注意義務

(1) 我国において国民の不動産登記に対する信頼は絶大であり、登記官に対する期待と信頼は極めて大きい。登記官の審査権の範囲については争いがあるが、登記官は、少なくとも登記申請書類について形式的審査権を有しており、不動産登記法四九条八号は、登記申請書に必要な書面又は図面が添付されていないときは登記申請を却下すべき旨規定しているから、登記官としては、登記申請書に偽造された書面が添付されている場合には、当然当該登記申請を却下すべきである。

(2) そして、登記官の登記申請書類に対する形式的審査権の内容は、通常の注意義務をもつて容易に発見できる偽造文書を看過しない範囲にとどまるものではなく、あくまで高度の鑑識眼をもつた専門家としての注意義務に従つて、書面の形式的真否を添付書類自体、印影の相互対照等によつて判定し、これによつて判定しうる不真正な書類に基づく登記申請を却下すべきものである。

(3) 登記官が右(1)、(2)のような注意義務を尽くすためには、印鑑登録証明書については、その作成過程についても熟知し、特に京都地方法務局所属の登記官としては、日常見慣れている京都市の各区役所において発行されるものについては一層の注意義務があり、その真否について疑問が生じた場合には、それを発行した区役所等に対し電話等で確認すべき注意義務がある。また、登記申請書類の印影対照の方法としては、印影を上下、左右に分けて判別し、疑問が生じた場合には拡大鏡を用いて厳密に印影対照を行うべき注意義務が存在し、しかも本件のように保証書によつて登記申請がなされた場合には、登記官の注意義務も一層加重されるものというべきである。

(二) 本件偽造印鑑登録証明書及びその印影の相違点について

(1) 本件偽造印鑑登録証明書には、一般の真正な印鑑登録証明書と対比して、次のイないしへのような六つの相違点があり、これらの相違点は、印鑑登録証明書の作成過程から考えてもありえないことである。

イ 真正なものに比して用紙の色が濃い。

ロ 真正なものに比して地模様の間隔が広い。

ハ 住所、氏名、生年月日欄の書き込みが楷書でなく独特の字体で枠からはみ出して書かれてある。

ニ 真正なものに比して交付年月日のゴム印が長い。

ホ 枠のスペースの取り方及び枠の右側について、真正なものは一重であるのに、これらが二重になつている。

ヘ 真正なものについては、その交付年月日が年度(毎年四月から翌年三月まで)によつて更新されるから、一〇月発行のものであれば交付番号が少なくとも一万台であるはずなのに、交付番号が異常に小さい。

(2) 本件偽造印鑑登録証明書中の「南野長太郎」の名の印影と南野本人作成名義の委任状及び登記原因証書中の同名下の印影を対比すると、主として次のイないしハのような三つの相違点があり、これらの相違点は、素人が肉眼で見ても容易に判別しうるものである。

イ 「南」の字と「長」の字の関係について、本件偽造印鑑登録証明書の印影では「長」の字の横棒が「南」の字の左側に接続しているのに対し、右委任状及び登記原因証書の印影では、右部分が離れている。

ロ 「野」の字と「太」の字の関係について、本件偽造印鑑登録証明書の印影では「野」の字の「田」の部分の中央と「太」の字の横が接続しているのに対し、右委任状及び登記原因証書の印影では、右の「田」の部分の中央と下の中間あたりに「太」の字の横が接続している。

ハ 「郎」の字の「file_4.jpg」の部分について、本件偽造印鑑登録証明書の印影では「file_5.jpg」の部分と「file_6.jpg」の部分がほぼ上下に平行になつているのに対し、右委任状及び登記原因証書の印影では、「file_7.jpg」の部分が「file_8.jpg」の部分に比して左側に片寄つている。

(三) 任務違背行為

(1) 谷口登記官は、前記(一)のような注意義務があるのにこれを怠り、本件(一)、(二)、(五)の各登記の登記手続申請に共通して添付された本件偽造印鑑登録証明書それ自体をよく点検せず、また、右印鑑登録証明書中の「南野長太郎」名の印影と右委任状及び登記原因証書中の同名下の印影の相互対照を怠つて右各登記を実行した。

(2) 野上登記官は、前記(一)のような注意義務があるのにこれを怠り、本件(三)、(四)の各登記の登記手続申請に共通して添付された本件偽造印鑑登録証明書それ自体をよく点検せず、また、右印鑑登録証明書中の「南野長太郎」名の印影と南野本人作成名義の委任状及び登記原因証書中の同名下の印影の相互対照を怠つて右各登記を実行した。

(四) 損害、因果関係

原告らは、昭和五六年一〇月二七日に荒草町の物件について本件(一)、(二)、(五)の各登記が、また、同年一一月二日に蝉ケ垣内町の物件について本件(三)、(四)の各登記がそれぞれ何らの問題もなくなされたことを信頼して、同月六日、自称南野に対し、金一億四七〇〇万円を支払つたものであり、これが回収不能になつたことから、右と同額の損害を被つた。

(五) 公務員、職務行為性

谷口登記官及び野上登記官は、ともに国の公権力の行使にあたる公務員であり、谷口登記官は本件(一)、(二)、(五)の各登記を、また、野上登記官は本件(三)、(四)の各登記をそれぞれの職務行為として実行したものである。

3  被告石黒の責任

(一) 司法書士の注意義務

(1) 司法書士は、司法書士法に基づき、司法書士試験に合格する等の資格を要求され、同法一条の二によれば、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実に職務を行うべきものとされている。

(2) そして、保証書については、不動産登記法四四条において、登記済証が滅失したときにこれに代替するものとして作成さるべきものとされ、確実な知識もないのに保証書を作成した者には刑罰(一年以下の懲役又は五〇万円以下の罰金)が科せられる(同法一五八条参照)ほど厳しく、保証書を作成するについては、確実に登記義務者と面識のあることが必要とされる。

(3) また、登記手続の申請を依頼された司法書士としては、依頼者から交付された登記申請の添付書類について、これらが真正なものであるかどうか印影の相互対照等の方法によつて確認したうえで登記手続の申請をなすべき注意義務がある。

(二) 任務違背行為

(1) 被告石黒は、右(一)(1)、(2)のような注意義務があるのにこれを怠り、確実な知識を有しているわけではないのに、自称南野を南野本人と軽信し、昭和五六年一〇月二六日の荒草町の物件の取引及び同年一一月六日の蝉ケ垣内町の物件の取引に立ち会い、前者の取引については同年一〇月二六日に、また、後者の取引については同月三一日に、それぞれ本件(一)ないし(五)の各登記の登記義務者が南野本人に間違いない旨の保証書を妻と二人で作成し、また、荒草町の物件の取引の際には、原告藤久において自称南野が南野本人に間違いないかどうか再三確認したのに対し、自称南野は南野本人に間違いない旨表明した。

(2) 被告石黒は、前記(一)(1)、(3)のような注意義務があるのにこれを怠り、本件偽造印鑑登録証明書には前記2(二)(1)のとおりの特徴があるのにそれ自体をよく点検せず、また、右印鑑登録証明書中の「南野長太郎」名の印影と南野本人作成名義の委任状及び登記原因証書中の同名下の印影には前記2(二)(2)のとおりの相違があるのにこれらの印影対照を十分行わず右印影の相違を看過して登記手続を申請した。

(三) 損害、因果関係

原告らは、被告石黒において自称南野が南野本人に間違いない旨表明するとともにその旨の保証書を作成したのを信頼して、自称南野に対し、昭和五六年一〇月二六日の荒草町の物件の取引において金五五二〇万円を、また、同年一一月六日の蝉ケ垣内町の取引において金一億四七〇〇万円をそれぞれ支払つたものであり、これが回収不能になつたことから、右合計金二億〇二二〇万円の損害を被つた。

4  よつて、原告らは、被告ら各自に対し、被告国については国家賠償法に基づく損害賠償として、また、被告石黒については不法行為による損害賠償として、以上によつて取得した損害賠償金のうち各金二五〇〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認容及び被告らの主張

(被告国)

1 請求原因1の事実(本件の事実経過)について

(一) (一)ないし(三)はいずれも知らない。

(二) (四)のうち、京都地方法務局左京出張所の谷口登記官は、昭和五六年一〇月二七日受付第二六四二一号で本件(一)の登記を、また、同日受付第二六四二〇号で本件(二)の登記をそれぞれ実行し、続いて同月二九日受付第二六五六八号で本件(五)の登記を実行したことは認め、その余は知らない。

(三) (五)ないし(八)はいずれも知らない。

(四) (九)のうち、京都地方法務局左京出張所の野上登記記官は、昭和五六年一一月二日受付第二六九六六号で本件(三)の登記を、また、同月受付第二六九六五号で本件(四)の登記をそれぞれ実行したことは認め、その余は知らない。

(五) (一〇)ないし(一二)はいずれも知らない。

2 同2の事実(被告国の責任)について

(一) (一)(登記官の注意義務)のうち、(1)は認め、(2)、(3)はいずれも争う。

登記官の登記申請書類に対する審査権の範囲は、形式的な方法で容易に判明しうる事項に限られる。即ち、右審査は、書面審理のみに頼る形式的審査ともいうべきものであり、登記申請書類と既存の登記簿のみを資料として行われ、しかも審査によつて積極的な確信ないしそれに近い程度の心証にまで到達することは必要でなく、明白に疑わしいものだけを看過しないだけの注意義務があるにすぎない。

したがつて、右のような登記官の登記申請書類に対する審査権の内容からすれば、登記官において他の専門分野に属する印鑑登録証明書の作成過程まで熟知し、また、登記申請の添付書類について疑義が生じた場合に逐一区役所等に確認すべき注意義務があるとはいえず、登記申請書類の印影対照の方法にしても、対照すべき両印影を肉眼で対照し、通常の注意をもつてすれば容易に発見しうる両印影の大きさ、形、字体等の相違を看過しないだけの注意義務があるにすぎない。なお、保証書によつて登記申請がなされた場合には、不動産登記法四四条、一五八条によつて、登記義務者本人の登記申請であることが十分に担保されており、特に本件のように司法書士自身が保証書を作成した場合には、一層信頼度が高いと考えられるから、登記済証によつて登記申請がなされた場合に比して登記官の注意義務が加重されるものとはいえない。

(二) (二)(本件偽造印鑑登録証明書及びその印影の相違点について)のうち、(1)は否認し、(2)は知らない。

現実に存在する印鑑登録証明書には、本件偽造印鑑登録証明書との類似点もあり、決して均一な印鑑登録証明書ばかりではない。即ち、一般の真正な印鑑登録証明書についても、その用紙の色には濃淡の差があり、住所、氏名、生年月日の文字が常に楷書で書かれているものでなく、枠からはみ出して書かれているものもある。また、交付年月日のゴム印の大きさは必ずしも同一でなく、枠の取り方が二重になつているものも存する。更に、一〇月に発行される印鑑登録証明書であれば、常に交付番号が一万台になつているというわけでもない。そして、そもそも原告らの主張する各事由は、いずれも印鑑登録証明書の作成過程まで熟知していなければ容易に判明しないものであつて、前記登記官の登記申請書類に対する審査権の範囲外の事項である。

また、印章の印影は、朱肉面の均等性、色の濃淡、押捺する紙面の質、紙面の下にある物体の状態、押す力の強弱等種々の事情によつて印影の印章がそのまま紙面に顕出されるとは限らず、同じ印章で押捺しても、字体の太さに差異が生じ、各字との接触が起こり、形状がすれたり字画の一部がとぎれたりすることは往々見られるところである。しかも、原告らの主張する印影の相違点は、両印影を拡大しあるいは両印影の相違点について特に関心をもち注意深く観察してはじめて判明しうるような微細な相違点であり、前記登記官の登記申請書類に対する審査権の範囲外の事項である。

(三) (三)(任務違背行為)について、(1)のうち、谷口登記官が本件(一)、(二)、(五)の各登記を実行したことは認め、その余は否認する。(2)のうち、野上登記官が本件(三)、(四)の各登記を実行したことは認め、その余を否認する。なお、(1)の主張は、原告らの故意又は過失により時機に遅れて提出された攻撃方法であり、この点について審理を行うと訴訟の遅延を生ずるから、却下されるべきである。

(四) (四)(損害、因果関係)は争う。なお、本件(一)、(二)、(五)の各登記に関する主張は、前同様時機に遅れた攻撃方法であるから、却下されるべきであり、また、本件(三)、(四)の各登記に関する主張について、原告らは、既に右各登記がなされる以前に蝉ケ垣内町の物件を買い受けることを実質的に決定しており、他方、所有権移転登記のなされたときに売買代金を支払う旨は合意していないから、現実の取引以前に所有権移転登記がなされていることは予定されておらず、したがつて、原告らにおいては、所有権移転登記がなされていなかつたとしても売買代金一億四七〇〇万円を支払つていたと考えられるから、因果関係を欠くというべきである。そして、そもそも本件は、いわば原告らの自招行為ともいうべき事案であつて、本件(一)ないし(五)の各登記と原告らが損害を被つたこととの間には因果関係はないというべきである。

(五) (五)(公務員、職務行為性)は認める。

3 同4は争う。

(被告石黒)

1 請求原因1の事実(本件の事実経過)について、(一)、(二)はいずれも知らない。(三)、(四)はいずれも認める。(五)ないし(八)はいずれも知らない。(九)は認める。(一〇)は知らない。(一一)のうち、昭和五六年一一月六日に原告ら及び吉田らが被告石黒司法書士事務所に集まつたこと、被告石黒が、原告らに対し、本件(三)、(四)の各登記がなされた登記済証を交付したことは認め、その余は知らない。(一二)は知らない。

2 同3の事実(被告石黒の責任)について

(一) (一)のうち、(1)、(2)は認め、(3)は否認する。

(二) (二)について、(1)のうち、被告石黒は、昭和五六年一〇月二六日の荒草町の物件の取引及び同年一一月六日の蝉ケ垣内町の物件の取引に立ち会い、前者の取引については同年一〇月二六日に、また後者の取引については同月三一日に、それぞれ本件(一)ないし(五)の各登記の登記義務者が南野本人に間違いない旨の保証書を妻と二人で作成したこと、また、荒草町の物件の取引の際には、原告藤久において自称南野が南野本人に間違いないかどうか確認したのに対し、被告石黒が、自称南野は南野本人に間違いない旨表明したことは認め、その余は否認する。

なお、被告石黒は、相当の方法によつて自称南野を南野本人であると信じたのであり、被告石黒には過失はない。即ち、被告石黒は、昭和五六年九月ころ、二〇年来の知人である訴外笠岡正治(以下「笠岡」という。)から一級建築士であるという吉田の紹介を受け、登記関係の相談を受けたが、同人らは、いずれも信用できる人物であつた。その後、吉田が被告石黒司法書士事務所を訪れ、南野本人の息子である訴外南野宏和(以下「宏和」という。)が女性関係や博打で多額の負債をかかえて困惑しており、同人らから債務整理の委任を受けているので、相談にのつてやつて欲しい旨依頼された。そして、同年一〇月初めころ、吉田が自称南野及び宏和を伴つて被告石黒司法書士事務所を訪れ、宏和の債務を整理するため不動産を担保として金員を借り入れる方法等の話をした。その際、吉田は、被告石黒に対し、自称南野を百姓をやつている人物ということで紹介したが、確かに自称南野は、作業服姿で、顔は黒く、手はごつごつしており、髪の毛はぱさぱさで、年令は七〇歳くらいのいかにも百姓風の人物であり、他方、宏和は、年令が四〇歳くらいの人物で、どう見ても二人は親子と思われた。そして、自称南野は、被告石黒に対し、「息子が不始末を仕出かして困つている。何とか金を作つて解決してやりたい。」としみじみ述べ、被告石黒が自称南野に対し「南野さんですか。」と尋ねても、同人は、「そうです。」と答えた。その後、同月一七日ころ、自称南野、宏和、吉田らが被告石黒司法書士事務所を訪れ、自称南野がエーユーブロックから融資を受け、荒草町の物件に根抵当権を設定するという話になつた。そこで、被告石黒が、自称南野に対し、荒草町の物件についての登記済証を求めたところ、同人は、「何か薄い紙で複写されて青のペンだつたか、複写されてペラペラのものであつて、これが二枚とじてあつたのは覚えているが、しまいすぎていくら探しても見つからない。」という真実性のある説明をした。また、この席上においても、自称南野は、「宏和が大きい借金を作つて暴力団に追われている。そやけどやつはり親子ですさかいな、何とか田圃でも売つてでもしてやらんならんと思つていますのや。」としみじみと語り、そこには親子の情愛が感じられた。また、吉田も、自称南野が南野本人に間違いない旨を述べ、更に被告石黒において、念のため、自称南野に対して運転免許証の呈示を求めたが、同人は百姓で自動車には乗らないとのことで、運転免許証による確認はできなかつた。その後、自称南野に「南野長太郎」の名の印章と同名の印影が押印されている印鑑登録証明書を持参してもらつたが、これらに特に不自然な点はなく、同月一九日には、何らの問題もなくエーユーブロックにかかる根抵当権の設定登記手続を完了した。そして、同月二六日の荒草町の物件の取引の際にも、吉田は、原告藤久に対し、自称南野が南野本人に間違いない旨表明しており、自称南野がこの際持参した「南野長太郎」名の印影が押印されている印鑑登録証明書には、司法書士の目から見ても、外形上特に不自然な点は見当たらなかつた。そして、この際にも自称南野は、登記済証をなくした理由を説明し、登記義務者確認のための葉書も持参したので、被告石黒は、前記のとおり確信をもつて保証書を作成し、登記手続の申請を行つたものである。更に、同年一一月六日の蝉ケ垣内町の取引についても、被告石黒は、以上のような経緯から、自称南野が南野本人であることの確信をもつていたので、前記のとおり保証書を作成し、登記手続の申請を行つたものである。なお、本件のように、司法書士がその妻と二人で保証人になつて保証書を作成することはしばしばあることであり、この点について法務局や司法書士会から特に注意を受けたということはない。

(2)のうち、被告石黒は、本件偽造印鑑登録証明書がそれ自体偽造であり、また、右印鑑登録証明書中の「南野長太郎」名の印影と南野本人作成名義の委任状及び登記原因証書中の同名下の印影との間の相違点を看過して登記手続を申請したことは認め、その余は否認する。右各書面には、いずれも不自然な点は認められなかつた。

(三) (三)は争う。原告らが本件の金員を出捐したのは、被告石黒が保証書を作成する以前の原告らの調査、検討に基づくものであり、被告石黒が保証書を作成したことが決め手となつて原告らが金員を出捐したわけではないから、原告らが損害を被つたのは、言わば自招行為である。

3 同4は争う。

三  抗弁

1  被告石黒(過失相殺)

仮に、被告石黒が、荒草町の物件及び蝉ケ垣内町の物件の各取引について自称南野が登記義務者に間違いない旨の保証書を作成し、また、荒草町の物件の取引に際して、自称南野が南野本人に間違いない旨表明した点に過失があるとしても、原告らにも次のような過失があり、原告らの被つた損害は、ほとんど原告らの責に帰すべきものであり、被告石黒の責任は僅少である。即ち、原告らは、いずれも専門の不動産業者であるのにかかわらず、十分な調査を尽くさず、特に原告藤久においては、自ら蝉ケ垣内町の物件を実際に見た際、同物件上には、「この土地は絶対に売らない。」旨の立て札が立てられてあつたのに、本件各取引の仲介を行つた中林及び岡野の話を軽信し、また、原告らにおいても、本件偽造印鑑登録証明書等の書類が偽造であることを看過して取引を実行したため、損害を被つたものである。

2  被告ら(損益相殺)

原告らは、本件被害について、訴外上出真治(以下「上出」という。)及び中林から各金一〇〇万円の弁償金を受領しているから、損害賠償を請求するについては右合計金二〇〇万円を控除して請求すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は争う。

2  同2の事実のうち、原告らが上出及び中林から各金一〇〇万円の合計金二〇〇万円を被害弁償として受領したことは認め、その余は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一本件の事実経過について

1  京都地方法務局左京出張所の谷口登記官は、昭和五六年一〇月二七日受付第二六四二一号で本件(一)の登記を、また、同日受付第二六四二〇号で本件(二)の登記をそれぞれ実行し、続いて同月二九日受付第二六五六八号で本件(五)の登記を実行したこと、同出張所の野上登記官は、同年一一月二日受付第二六九六六号で本件(三)の登記を、また、同日受付第二六九六五号で本件(四)の登記をそれぞれ実行したことは、すべての当事者間で争いがなく、昭和五六年一〇月二六日、原告藤久が被告石黒司法書士事務所に赴くと、吉田が自称南野を伴つて同事務所にやつて来たこと、原告藤久は、自称南野とは初対面であつたので、自称南野が南野本人であることの確認を求めたところ、吉田が、「私が保証します。間違いなく南野本人です。」と答え、続いて被告石黒に尋ねたところ、同被告も、「間違いありません。南野本人です。以前から私の事務所でいろいろ扱つていますので。」と答え、「確認済みですか。」と重ねて尋ねても、同被告は、「確認しています。」と答えたこと、そこで、原告藤久は、自称南野に対し、金六〇〇〇万円を貸し渡すこととし、自称南野との間で、荒草町の物件について、代物弁済予約契約及び根抵当権設定契約を締結し、更に同物件のうち建物については、譲渡担保契約を締結したこと、そして自称南野は、登記手続の委任状に署名してこれに「南野長太郎」名の印章を押印するとともに同名の印影が押印されている印鑑登録証明書を提出し、登記済証は手元にないので保証書でやつて欲しい旨を述べ、これに対して被告石黒が、自己の妻と二人で保証人になつて保証書を作成する旨請け合つたので、原告藤久は、自称南野に対し、安心して現金及び小切手で金五五二〇万円を支払つたこと、被告石黒は、同月二七日、京都地方法務局左京出張所に対し、荒草町の物件について、本件(一)、(二)の各登記の登記手続を、また、同月二九日、同出張所に対し、同物件のうち建物について、本件(五)の登記の登記手続を、それぞれ代理人として保証書を添付のうえ申請したこと、続いて同人は、同年一一月二日、同出張所に対し、蝉ケ垣内町の物件について、本件(三)、(四)の各登記の登記手続を、代理人として保証書を添付のうえ申請したこと、同月六日、原告ら、尼崎浪速信用金庫園田支店の安藤貸付次長、吉田、自称南野らが被告石黒司法書士事務所に集まつたこと、その際、被告石黒が、原告らに対し、本件(三)、(四)の各登記がなされた登記済証を交付したことは原告らと被告石黒との間で争いがない。

2  <証拠>を総合すれば、本件の事実経過として次の(一)ないし(三)の各事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告らは、昭和五六年一〇月一九日ころ、中林からの話で、南野本人の息子が女性関係や博打等で多額の借金を作つたためその返済にあてるということで、南野本人が所有に係る荒草町の物件を担保にして金六〇〇〇万円程度の金員を借り受けたいといつていることを知つた。

(二)  同月二〇日、中林が、岡野を伴つて、原告藤久が専務取締役をしている東和産業の事務所を訪れ、その場で、原告藤久は、岡野から、荒草町の物件の物件明細書、公図の写し、付近見取図等の交付を受けて、南野本人に関する詳しい話を聞いた。そして、原告藤久は、翌同月二一日、仕事の都合でたまたま京都へ赴く機会があつたので、荒草町の物件を実際に見て、続いて翌同月二二日には、蝉ケ垣内町の物件を実際に見た。その後、同月二四日ころまでの間に、原告藤久と中林及び岡野らとの間で継続して話合いを行い、荒草町の物件について、既に設定されているエーユーブロックの根抵当権設定登記及び所有権移転請求権仮登記を抹消し、自称南野との間で代物弁済予約契約を締結して所有権移転請求権仮登記をつけること、及び根抵当権を設定し、その極度額は金八〇〇〇万円とすること、金六〇〇〇万円を貸し渡すが、金四八〇万円を利息として天引きし、金五五二〇万円を現実に授受すること、蝉ケ垣内町の物件を同年一二月ころまでに売却すると金二億五〇〇〇万円ないし金二億六〇〇〇万円手に入るので、これで右貸付金を返済すること等の細かい詰めをして、同年一〇月二六日に被告石黒司法書士事務所で取引することにした。

(三)  同月二六日、原告藤久が被告石黒司法書士事務所に赴くと、中林、岡野らの外、吉田が自称南野を伴つて同事務所にやつて来た。

この際、取引を行うにあたつて、原告藤久は、自称南野とは初対面であつたので、同人が南野本人であることの確認を求めたところ、吉田が、「私が保証します。間違いなく本人です。」と答え、続いて被告石黒に尋ねたところ、同被告も、「間違いありません。本人です。以前から私の事務所でいろいろ扱つていますので。」と答え、「確認済みですか。」と重ねて尋ねても、同被告は、「確認しています。」と答えた。

そこで、原告藤久は、自称南野に対し、金六〇〇〇万円を貸し渡すこととし、同人との間で、荒草町の物件について、代物弁済予約契約及び根抵当権設定契約を締結し、更に同物件のうち建物については、譲渡担保契約を締結した。そして、自称南野は、登記手続の委任状に南野長太郎と記載してこれに「南野長太郎」名の印章を押印するとともに同名の印影が押印された印鑑登録証明書二通を提出し、登記済証は手元にないので保証書でやつて欲しい旨を述べ、これに対して被告石黒が、自己の妻と二人で保証人になつて保証書を作成する旨請け合つたので、原告藤久は、自称南野に対し、安心して現金五二〇万円及び保証小切手五通額面金額合計五〇〇〇万円でもつて右貸金五五二〇万円を支払つた。

(四)  被告石黒は、同月二七日、京都地方法務局左京出張所に対し、荒草町の物件について、本件(一)、(二)の各登記の登記手続を、また、同月二九日、同出張所に対し、同物件のうち建物について、本件(五)の登記の登記手続を、それぞれ代理人として、同人がその妻と二人で作成した保証書を添付のうえ申請した。

これに対して、同出張所の谷口登記官は、同月二七日受付第二六四二一号で本件(一)の登記を、また、同日受付第二六四二〇号で本件(二)の登記をそれぞれ実行し、続いて同月二九日受付第二六五六八号で本件(五)の登記を実行した。

(五)  同月二七日ころ、中林が東和産業の事務所を訪れ、原告らに対し、自称南野の方では更に金員が必要で、蝉ケ垣内町の物件についても取引をしないと借金を返済できない旨を述べ、同物件を担保にして自称南野に対し更に金員を貸し付けるか、同物件を原告らの方で買い取つてくれるよう依頼したので、原告らは、二人で相談したうえ、条件次第では資金を出し合つて、同物件を買い受けてこれを他に転売し、利益をあげようと考えた。

(六)  そこで、右以降、同月三〇日ころにかけて、原告らと中林及び岡野らとの間で、蝉ケ垣内町の物件の売買について、売買代金を即金で支払うリスクをどのように担保するか、また、同物件の現況が農地であるため農地転用の許可をどのようにするか等の話合いを行い、その結果、手続としては、農地転用を条件とする停止条件付売買契約を締結して売買予約に基づく所有権移転請求権仮登記をつけ、また、金二億五〇〇〇万円程度を極度額とする根抵当権を設定し、岡野が自称南野から所有権移転登記に必要な白紙委任状と印鑑登録証明書を預つておき、いつでも所有権移転登記ができるようにして、農業委員会へ提出する五条申請の手続書類一式に「南野長太郎」名の印章を押印しておくことになつた。

(七)  続いて同月三一日、原告らと中林及び岡野らとの間で再び話し合つた結果、蝉ケ垣内町の物件の売買代金は金二億円とし、前記貸付金六〇〇〇万円のうち金三〇〇〇万円分については右売買代金から控除して返済することとし、同物件は現況が農地であるため、宅地として使用できるようになるまでの金利金二〇〇〇万円及び移転登記の費用として金三〇〇万円の合計金五三〇〇万円を前記売買代金から控除して、金一億四七〇〇万円を現実に授受し、前記貸付金の残金三〇〇〇万円分については、金利を支払つたうえ弁済期を延期することとした。そしてこの際、銀行融資の関係で、中林が同年一一月二日に尼崎浪速信用金庫園田支店へ蝉ケ垣内町の物件の登記簿謄本及び必要書類を持参すること、前記(六)の各登記の名義人は原告松平とすること、登記手続の申請は、必要書類をととのえて同年一〇月三一日に行うが、実際の取引はそれと関係なく同年一一月七日までに行うこと等を決定し、同年一〇月三一日付で同物件についての売買契約書を作成した。

(八)  同年一一月二日、中林は、右の約定どおり蝉ケ垣内町の物件の登記簿謄本等を持参したので、原告らは、これらを受領したうえ、尼崎浪速信用金庫において融資の申込みを行い、その了解を得た。

(九)  他方、被告石黒は、同年一一月二日、京都地方法務局左京出張所に対し、蝉ケ垣内町の物件について、本件(三)、(四)の各登記の登記手続を、南野本人の代理人として、同人がその妻と二人で作成した保証書を添付のうえ申請した。

これに対して、同出張所の野上登記官は、同日受付第二六九六六号で本件(三)の登記を、また、同日受付第二六九六五号で本件(四)の登記を実行した。

(一〇)  同月四日、原告藤久は、荒草町の物件を担保とする前記金六〇〇〇万円の貸付金について公正証書を作成するため、自称南野の代理人である岡野とともに尼崎公証人役場に赴いたが、その帰途、同人は、原告藤久に対し、蝉ケ垣内町の物件の登記簿謄本を交付した。原告藤久が右登記簿謄本を見ると、既に同月二日付で原告松平を権利者とする本件(三)、(四)の各登記がなされていたので、岡野に対し、意外に早く登記がなされた事情を尋ねると、同人は、「吉田や自称南野が私をことのほか信頼して手続をすべてまかせてくれたので、うまくいき、これで安心でしよう。」と述べた。

(一一)  同月六日、原告らが尼崎浪速信用金庫園田支店の安藤貸付次長を伴つて被告石黒司法書士事務所に赴くと、同事務所に中林、岡野、吉田、自称南野らが集まつた。

そこで、原告らは、再度自称南野が南野本人であることの確認を求めたところ、吉田及び被告石黒が、「間違いなく本人です。」と述べ、しかもこの際には既に本件(三)、(四)の各登記がなされていたので、原告らは、自称南野との間で、蝉ケ垣内町の物件について、正式に売買契約及び根抵当権設定契約を締結し、自称南野に対し、貸付金の弁済金等を控除した売買代金一億四七〇〇万円を現金一六〇〇万円及び保証小切手九通額面金額総額一億三一〇〇万円でもつて支払つた。そして、原告らは、被告石黒から、本件(三)、(四)の各登記のなされた登記済証を受領し、また、蝉ケ垣内町の物件の農地転用の手続については、吉田が農地転用の書類一式を用意して持参しており、二、三日のうちにすべて手続を済ませておく旨同人が述べたので、原告らは、吉田に農地転用の手続をすべてまかせることとした。

(一二)  ところが、その後、蝉ケ垣内町の物件の農地転用の手続が進まなかつたことから、同物件及び荒草町の物件の各取引に現われた自称南野は、右各物件の真の所有者である南野本人とは全く別人の西田芳夫であり、右各取引において自称南野が作成、提出した前記各委任状、印鑑登録証明書等の書類が偽造されたものであることが判明し、原告らは南野本人から本件(一)ないし(五)の各登記の抹消登記手続請求訴訟を提起され(当庁昭和五六年(ワ)第二〇〇一号事件)、その裁判でも本件(一)ないし(五)の各登記はいずれも無効なものと認められ、原告らは敗訴した。このため、荒草町の物件の取引の当初から出資及び利益をすべて折半する約定をしていた原告らは、本件各取引において自称南野に対して支払つた合計金二億〇二二〇万円の半額である金一億〇一一〇万円の金員をそれぞれ詐取されたことになり、右と同額の損害を被つた。

二被告国の責任について

1  京都地方法務局左京出張所の谷口登記官は、昭和五六年一〇月二七日受付第二六四二一号で本件(一)の登記を、また、同日受付第二六四二〇号で本件(二)の登記をそれぞれ実行し、続いて同月二九日受付第二六五六八号で本件(五)の登記を実行したこと、同出張所の野上登記官は、同年一一月二日受付第二六九六六号で本件(三)の登記を、また、同日受付第二六九六五号で本件(四)の登記をそれぞれ実行したこと、ところが、その後、荒草町の物件及び蝉ケ垣内町の物件の各取引に現われた自称南野は、右各物件の真の所有者である南野本人とは全く別人の西田芳夫であり、右各取引において自称南野が作成、提出した委任状、印鑑登録証明書等の書類が偽造されたものであることが判明し、民事裁判においても、本件(一)ないし(五)の各登記がいずれも無効なものと認められたこと前記一で認定のとおりである。

2 ところで、我国において国民の不動産登記に対する信頼は絶大であり、登記官に対する期待と信頼は極めて大きいこと、登記官は、少なくとも登記申請書類について形式的審査権を有しており、不動産登記法四九条八号は、登記申請書に必要な書面又は図面が添付されていないときは登記申請を却下すべき旨規定しているから、登記官としては、登記申請書に偽造された書面が添付されている場合には、当然当該登記申請を却下すべきであることは原告らと被告国との間で争いがないところ、登記官は、登記申請書類に対する形式的審査権の内容として、登記申請があった場合、申請者が適法な権利、義務者又はその代理人であるか否か、登記申請書及び添付書類が法定の形式を具備しているか否か等を審査しなければならず、その審査にあたつては、添付書類の形式的真否を、添付書類、登記簿、印影の相互対照等によつて判定し、これによつて判定しうる不真正な書類に基づく登記申請を却下すべき注意義務を負うものと解される。

そこで、右に従つて、谷口登記官及び野上登記官において本件(一)ないし(五)の各登記を実行したことにつき過失があつたかどうか以下に検討する。

3  谷口登記官が荒草町の物件について本件(一)、(二)、(五)の各登記を実行した点について

(一)  まず、被告国は、原告らが本件(一)、(二)、(五)の各登記をも被告国の責任原因として主張するのは、時機に遅れた攻撃方法であるから却下されるべき旨主張するので、この点について判断するに、確かに、本件訴えは昭和五七年二月二日に提起されたこと、原告らは、昭和六〇年一月三一日の第一九回口頭弁論期日において、被告国の責任原因としては本件(三)、(四)の各登記のみを問題にし、本件(一)、(二)の各登記に関する主張は事情である旨釈明したのにかかわらず、その後の昭和六二年七月一六日の第二八回口頭弁論期日において、本件(一)、(二)の各登記をも被告国の責任原因とする旨主張を改めるとともに本件(五)の登記について初めて主張するに至つたことは本件記録上明らかであるが、他方、原告らは、荒草町の物件の取引及びそれに基づく本件(一)、(二)の各登記を含め本件の事実経過については、本件訴え提起時から全体的に主張していること、また、その立証関係について見ても、右第二八回口頭弁論期日までに荒草町の物件の取引及びこれに伴う本件(一)、(二)、(五)の各登記に対応する立証を終えていることは本件記録上明らかであるから、原告らが右期日において本件(一)、(二)、(五)の各登記をも被告国の責任原因として主張するに至つたとしても、それは右期日までに弁論に現れた事実関係を法的に構成しただけであり、その点についての被告国の責任の有無を判断するについて新たな証拠調べを要するとも考えられないから、原告らの右新たな主張は、時機に遅れた攻撃方法であるとはいいがたく、したがつて被告国の前記主張は採用できない。

(二)  そこで、谷口登記官の過失の有無について判断するに、まず、原告らは、谷口登記官が本件(一)、(二)、(五)の各登記を実行するにあたつて、各登記手続の申請に添付された本件偽造印鑑登録証明書それ自体をよく点検すれば、これが偽造であることを看破することができた旨主張するので、この点について検討する。

(1) <証拠>を総合すれば、被告石黒が、京都地方法務局左京出張所に対し、昭和五六年一〇月二七日、荒草町の物件について、本件(一)、(二)の各登記の登記手続を、また、同月二九日、同物件のうち建物について、本件(五)の登記手続をそれぞれ申請した際、各登記申請書に添付した本件偽造印鑑登録証明書(甲第二七号証の二、第二八号証の六)は、いずれも交付番号が〇〇〇五三八で同一のものであること、右各本件偽造印鑑登録証明書は、いずれもその住所、氏名、生年月日欄の書き込みが楷書でない字で枠からはみ出して書かれ、枠の取り方が二重になつており、また、一〇月に発行されたものであるのに交付番号が〇〇〇五三八となつていること、更に、真正な印鑑登録証明書(甲第一六号証、第二一号証)と比較対照すると、交付年月日のゴム印が長いことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) ところで、前記2に説示した登記官の登記申請書類に対する審査権の内容及びそのうちの印鑑証明書(不動産登記法施行細則四二条、同条の二第二項、本件では印鑑登録証明書と称している。)は、登記官の職域外で作成されるものであり、その種類も多様にわたることから考えると、登記官が印鑑証明書の作成過程まで熟知すべき義務があるとはいいがたい。<証拠>によれば、京都市の各区役所が発行する印鑑登録証明書は、市民からその発行の申出があると、予め用意された京都市の紋章の印刷された印鑑登録証明用紙(これは、同市総務局が業者に一括発注して各区役所に送付されている。)の黒枠の中に印鑑登録原票(各区役所で印鑑登録を受理した都度、印影欄に登録に係る印章の印影が押印され、住所、氏名、性別の各欄に該当事項が記載されたもの)を入れ合わせたうえ、乾式電子複写機により複写し、引き続いて自動認証器により交付番号、交付年月日及び区長認証印を印刷して出来上るものであつて右黒枠から印鑑登録原票の記載文字がはみ出た形式になることないのであるが、現実に発行されている真正な印鑑登録証明書の中には、印鑑登録原票において記載欄外に住所、氏名、生年月日欄の書き込みがはみ出して書かれ、しかも、右黒枠の中への印鑑登録原票の入れ合わせが不完全なために、枠の取り方が二重になつてあたかも右書き込みが右黒枠外にはみ出しているかの如くみえるもの、交付年月日のゴム印の長さが異なつているものが存在し、印鑑登録証明書の交付番号と発行時期は必ずしも対応しているものでないことが認められ、この点も考え併せれば、右(1)に認定した自称南野の印鑑登録証明書に見られる特徴点を谷口登記官において看過したからといつて、直ちに同人に過失があつたと認めることはできない。

そうすると、原告らの前記主張は採用できない。

(三)  次に、原告らは、谷口登記官が本件(一)、(二)、(五)の各登記を実行するにあたつて、各登記手続の申請に添付された本件偽造印鑑登録証明書中の「南野長太郎」名の印影と南野本人作成名義の委任状及び登記原因証書中の同名下の印影とを比較対照すると、主として三点において相違しており、谷口登記官においてよくこれらの印影対照を行つておれば、右各登記申請を却下することができた旨主張するので、この点について検討する。

(1)  まず、原告らは、本件(一)、(二)、(五)の各登記の登記手続の申請に添付された本件偽造印鑑登録証明書中の「南野長太郎」名の印影と登記原因証書中の同名下の印影とが相違している点を主張するが、そもそも、不動産登記の申請書に添付すべきものとされている登記原因証書には、当事者本人又はその代理人の押印があるのが通常ではあるが、その押印が欠けている場合又は申請書に添付された印鑑証明書の印影と符合しない場合であつても差し支えないものと解されているのであるから、右各登記申請を受理した谷口登記官としては、登記義務者の意思を確認するために、本件偽造印鑑登録証明書中の「南野長太郎」名の印影と南野本人作成名義の登記原因証書中の同名下の印影の同一性を確かめる義務はなく、したがつて、原告らの右主張は、それ自体失当というべきである。

(2)  被告石黒が、昭和五六年一〇月二七日、京都地方法務局左京出張所に対し、荒草町の物件について、本件(一)、(二)の各登記の登記手続を、また、同月二九日、同出張所に対し、同物件のうち建物について、本件(五)の登記の登記手続をそれぞれ申請した際、各登記申請書に添付した本件偽造印鑑登録証明書(甲第二七号証の二、第二八号証の六)は、いずれも交付番号が〇〇〇五三八で同一のものであることは前記(二)(1)で認定のとおりであるところ、<証拠>を総合すれば、被告石黒が前記のとおり本件(一)、(二)、(五)の各登記の登記手続を申請した際、各登記申請書に添付した南野本人作成名義の委任状(甲第二七号証の四、第二八号証の三)の「南野長太郎」名下の印影は同一のものであること、ところで、本件偽造印鑑登録証明書中の「南野長太郎」名の印影と南野本人作成名義の右各委任状中の同名下の印影とを照合してみると、「南」の字と「長」の字の関係について、印鑑登録証明書の印影では「長」の字の横棒が「南」の字の左側に接続しているのに対し、委任状の印影では右部分が離れていること、「野」の字と「太」の字の関係について、印鑑登録証明書の印影では「野」の字の「田」の部分の中央と「太」の字の横が接続しているのに対し、委任状の印影では右「田」の部分の中央と下の中間あたりに「太」の字の横が接続していること、「郎」の字の「file_9.jpg」の部分について、印鑑登録証明書の印影では「file_10.jpg」の部分と「file_11.jpg」の部分がほぼ上下に平行になつているのに対し、委任状の印影では「file_12.jpg」の部分が「file_13.jpg」の部分に比して左側に片寄つていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)  ところで、前記2に説示した登記官の登記申請書類に対する審査権の内容に照らすと、登記官が登記申請書又は委任状に押印された印影と印鑑証明書の印影との照合を行うにあたつては、その方法として、原則として照合すべき両印影を肉眼により近接照合してその同一性を判別することで足り、右の方法による対照の結果両印影の同一性について疑義が生じた場合にのみ更に拡大鏡を使用する等確度の高い方法により同一性を審査すべき義務があるというべきところ、右(2)に認定した本件偽造印鑑登録証明書中の「南野長太郎」名の印影と南野本人作成名義の委任状中の同名下の印影との間の三点にわたる相違点は、いずれも両印影を左右に並べ、文字の一画一画につき厳密な照合を行うのでなければ容易に判明しえない程度に微細なものであるうえ、証人野上博史の証言によれば、本件当時、京都地方法務局左京出張所に勤務していた同人らの登記官は、一日当り一〇〇ないし一二〇件程度の登記手続を処理していたことが認められ、また、弁論の全趣旨によれば、原告ら自身においても、本件訴えの提起時においては、前記のとおり本件偽造印鑑登録証明書中の「南野長太郎」名の印影と南野本人作成名義の委任状中の同名下の印影が相違していることを問題にしておらず、したがつて、本件訴状においても右の主張をなしておらず、昭和五七年九月一〇日の第五回口頭弁論期日に至つて初めて右の主張をなすに至つたことが認められることをも考え併せると、通常の事務処理の過程において右相違点を看破することは極めて困難であつたものというべきであり、したがつて、谷口登記官において右相違点を看過したからといつて、直ちに同人に過失があつたと認めることはできない。

(四) そして、原告らは、本件のように保証書によつて登記手続の申請がなされた場合には、登記済証によつて登記手続の申請がなされた場合に比して登記官に要求される注意義務の程度は高い旨主張するが、保証書によつて登記手続の申請がなされた場合には、不動産登記法四四条、一五八条により、登記義務者本人の登記申請であることが十分に担保されていると考えられるから、原告らの右主張も採用できず、他に谷口登記官が荒草町の物件について本件(一)、(二)、(五)の各登記を実行したことにつき過失があつたことを認めるに足りる証拠はない。

4  野上登記官が蝉ケ垣内町の物件について本件(三)、(四)の各登記を実行した点について

(一)  まず、原告らは、野上登記官が本件(三)、(四)の各登記を実行するにあたつて、各登記手続の申請に共通して添付された本件偽造印鑑登録証明書それ自体をよく点検すれば、これが偽造であることを看破することができた旨主張するので、この点について検討する。

(1) <証拠>を総合すれば、被告石黒が、昭和五六年一一月二日、京都地方法務局左京出張所に対し、蝉ケ垣内町の物件について、本件(三)、(四)の各登記の登記手続を申請した際、各登記申請書に添付した本件偽造印鑑登録証明書(甲第二九号証の四)は、交付番号が〇〇〇五三三のものであること、右印鑑登録証明書には、前記3(二)(1)に認定したのと同様の特徴点が存在することが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) そうすると、前記3(二)(2)に説示したのと同様に、野上登記官が右(1)に認定した本件偽造印鑑登録証明書に見られる特徴点を看過したからといつて、直ちに野上登記官に過失があつたと認めることはできない。

(二)  次に、原告らは、野上登記官が本件(三)、(四)の各登記を実行するにあたつて、各登記手続の申請に添付された本件偽造印鑑登録証明書中の「南野長太郎」名の印影と南野本人作成名義の委任状及び登記原因証書中の同名下の印影とを照合すると、主として三点において相違しており、野上登記官においてよくこれらの照合を行つておれば、右各登記申請を却下することができた旨主張するので、この点について検討する。

(1)  まず、原告らが本件(三)、(四)の各登記の登記手続の申請に添付された本件偽造印鑑登録証明書中「南野長太郎」名の印影と登記原因証書中の同名下の印影とが相違している点を主張することについては、右主張自体失当であること前記3(三)(1)に説示のとおりである。

(2)  被告石黒が、昭和五六年一一月二日、京都地方法務局左京出張所に対し、蝉ケ垣内町の物件について、本件(三)、(四)の各登記の登記手続を申請した際、各登記申請書に添付した本件偽造印鑑登録証明書(甲第二九号証の四)は、交付番号が〇〇〇五三三のものであることは前記(一)(1)に認定のとおりであるところ、<証拠>を総合すれば、被告石黒が前記のとおり本件(三)、(四)の各登記の登記手続を申請した際、各登記申請書に添付した南野本人作成名義の委任状(甲第二九号証の三)の「南野長太郎」名下の印影と本件偽造印鑑登録証明書中の同名の印影とを照合してみると、前記3(三)(2)に認定したのと同様の相違点が存在することが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)  そうすると、前記3(三)(3)に説示したのと同様に、野上登記官において右相違点を看過したからといつて、直ちに同人に過失があつたと認めることはできない。

(三) そして、本件のように保証書によつて登記手続の申請がなされた場合には、登記済証によつて登記手続の申請がなされた場合に比して登記官に要求される注意義務の程度が高い旨の原告らの主張が採用できないことは、前記3(四)に説示したとおりであり、他に野上登記官が蝉ケ垣内町の物件について本件(三)、(四)の各登記を実行したことにつき過失があつたことを認めるに足りる証拠はない。

5  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告国に対する請求はいずれも理由がないことに帰する。

三被告石黒の責任について

1  被告石黒は、昭和五六年一〇月二六日の荒草町の物件の取引に際して、原告藤久から、自称南野が南野本人であることの確認を求められたのに対し、「間違いありません。南野本人です。以前から私の事務所でいろいろ扱つていますので。」と答えたこと、被告石黒は、同月二七日、京都地方法務局左京出張所に対し、同物件について、本件(一)、(二)の各登記手続を、また、同月二九日、同出張所に対し、同物件について、本件(五)の登記の登記手続を、それぞれ代理人として、同被告がその妻と二人で作成した保証書を添付のうえ申請したこと、これに対して、同出張所の谷口登記官は、同月二七日受付第二六四二一号で本件(一)の登記を、また、同日受付第二六四二〇号で本件(二)の登記をそれぞれ実行し、続いて同月二九日受付第二六五六八号で本件(五)の登記を実行したこと、その後、被告石黒は、同年一一月六日の蝉ケ垣内町の物件の取引について、これに先立つ同月二日、京都地方法務局左京出張所に対し、同物件について、本件(三)、(四)の各登記の登記手続を、代理人として、同被告がその妻と二人で作成した保証書を添付のうえ申請したこと、これに対して、同出張所の野上登記官は、同日受付第二六九六六号で本件(三)の登記を、また、同日受付第二六九六五号で本件(四)の登記を実行したこと、ところが、その後、荒草町の物件及び蝉ケ垣内町の各物件の各取引に現われた自称南野は、右各物件の真の所有者である南野本人とは全く別の人物であり、右各取引において自称南野が作成、提出した委任状、印鑑登録証明書等の書類が偽造されたものであることが判明し民事裁判においても、本件(一)ないし(五)の各登記がいずれも無効なものと認められたこと前記一2で認定のとおりである。

2  そこで、被告石黒が、右1のとおり、荒草町の物件及び蝉ケ垣内町の物件の各取引に基づく登記手続の申請に際して、登記義務者である自称南野が南野本人に間違いない旨の保証書を妻と二人で作成したことに過失があつたかどうかについて検討する。

(一) 司法書士は、司法書士法に基づき、司法書士試験に合格する等の資格を要求され、同法一条の二によれば、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実に職務を行うべきものとされていること、保証書については、不動産登記法四四条において、登記済証が滅失したときにこれに代替するものとして作成さるべきものとされ、確実な知識がないのに保証をした者には刑罰(一年以下の懲役又は五〇万円以下の罰金)が科せられる(同法一五八条参照)ほど厳しく、保証書を作成するについては、確実に登記義務者と面識のあることが必要とされることは、原告らと被告石黒の間で争いがない。

(二) ところで、本件荒草町の物件及び蝉ケ垣内町の物件の各取引は、もともと南野本人の息子である宏和が女性関係や博打で多額の負債をかかえたためその返済をする目的で行われたこと、また、右各取引における取引総額は金二億六〇〇〇万円にも及ぶことは前記一2で認定のとおりであるところ、被告石黒本人尋問の結果によれば、同被告が自称南野を南野本人と信じた理由は、以前からの知人であつた笠岡の紹介で吉田と面識をもち、同人の紹介で自称南野と面識をもつたこと、吉田が自称南野と宏和を伴つて被告石黒司法書士事務所を訪れ、宏和が女性関係や博打で多額の負債をかかえてその返済のため金員を借用する必要がある旨の話をしたが、その話の内容には真実味があつたこと、自称南野の年齢や風貌がそれらしかつたこと、吉田自身も自称南野が南野本人に間違いない旨述べたこと、自称南野が登記済証をなくした理由及び運転免許証を持ち合わせていない理由の説明も合理的であつたこと、荒草町の物件の取引に先立つエーユーブロックにかかる取引も問題なくなされたこと等に尽きるのであつて、自称南野とは初対面であるのに、南野本人の自宅に直接連絡をとつて面会する等客観的な方法による判断はなしていないこと、一般に司法書士が登記手続の依頼を受けた本人から保証書の作成をも依頼された場合には、なるべく本人に保証人となるべき者を探させるのが原則であり、司法書士会等から特に禁じられてはいないものの、司法書士が自ら保証人になるのは例外的な場合であるのに、被告石黒は、安易に取引にも立ち会つていない自らの妻をも保証人としたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) 右(二)の認定事実に照らすと、被告石黒は、荒草町の物件及び蝉ケ垣内町の物件の各取引に基づく登記手続の申請に際して、自称南野が南野本人であることについて確実な知識を有していたものとはいえないのに、原告らに、南野本人に間違いない旨回答したうえ、妻とともに保証書を作成したものであり、右の点において既に被告石黒には過失があるというべきである。

3  本件荒草町の物件及び蝉ケ垣内町の物件の各取引に現われた自称南野は、右各物件の真の所有者である南野本人とは全く別人の西田芳夫であつたこと、原告らは、南野本人から本件(一)ないし(五)の各登記の抹消登記手続請求訴訟を提起され、その裁判でも本件(一)ないし(五)の各登記はいずれも無効なものと認められ、原告らが敗訴したこと、このため、右各取引について出資及び利益を折半する約定をしていた原告らは、自称南野に対して支払つた合計金二億〇二二〇万円の半額である金一億〇一一〇万円の金員をそれぞれ詐欺されたことになり、右と同額の損害を被つたことは前記一2で認定のとおりであり、また、前記一2において認定した本件の事実経過に照らすと、原告らが右各取引について合計金二億〇二二〇万円の金員を出捐するに至つたのは、被告石黒において自称南野が南野本人に間違いない旨の保証書を作成したことによるものと認められるから、被告石黒が右趣旨の保証書を作成したことと原告らが右損害を被つたことの間には因果関係があるというべきである。

4  そうすると、被告石黒は、原告らの被つた損害合計金二億〇二二〇万円を賠償すべき責任があるというべきである。

四被告石黒の抗弁について

1  過失相殺について

<証拠>を総合すれば、原告藤久は、昭和四三年ころ、不動産仲介業等を目的とする東和産業を設立し、それ以降その専務取締役をしていること、他方、原告松平は、昭和四六年ころから不動産業を営み、昭和五二年ころ、訴外株式会社一ノ松建設を設立し、その代表取締役に就任したこと、原告藤久と同松平は、同業者として、昭和四七年ころからこれまで共同出資により相当数の不動産取引を行つたことがあること、原告藤久は、自称南野の話を持ち込んだ中林とは八年来の知人であり、また、岡野は本件において中林から紹介された人物であり、中林及び岡野を信用していたこと、原告藤久は、昭和五六年一〇月二一、二二日の両日に蝉ケ垣内町の物件を実際に見て、特に二二日の際には、同物件上に、「この土地は絶対に売りません。」と表示された立て札が立つていたのを確認したのにかかわらず、宏和が道楽息子であるため同物件を勝手に処分されないよう南野本人が立て札を立てているにすぎない旨の中林らの説明を軽信し、それ以上実際に南野本人に面談する等して同人の意思を確認することもしなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、しかも、本件荒草町の物件及び蝉ケ垣内町の物件の各取引は、もともと自称南野の息子であるという宏和が女性関係や博打で多額の負債をかかえたためその返済をするということで行われたもので、右取引における取引総額は金二億六〇〇〇万円に及ぶことは前記一2において認定のとおりである。

右認定事実に照らすと、原告らには、不動産業者として高額の取引を実行するにあたり詐欺的取引を防止するための方策を怠つた過失があるというべきであり、この点の原告らの過失が自らの損害を生ぜしめた主要因と見ることができ、この原告らの過失割合は、全損害金二億〇二二〇万円の八五パーセント程度にあたると解するのが相当である。したがつて、原告らの過失を相殺したうえで被告石黒が原告らに賠償すべき損害額は、合計金三〇三三万円になると解すべきである。

2  損益相殺

原告らが、本件の関係人である上出及び中林から被害弁償金として各金一〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないから、被告石黒が原告らに賠償すべき損害額は、右1の金三〇三三万円から右合計金二〇〇万円を控除して、合計金二八三三万円になるというべきである。

五ところで、原告らは、本件荒草町の物件及び蝉ケ垣内町の物件の各取引については、二人で共同出資し、その利益も折半する約定をなしていたことは前記一2において認定のとおりであるから、被告石黒は、原告らに対し、右損害金合計金二八三三万円の二分の一である金一四一六万五〇〇〇円あてを支払う義務があるというべきである。

六以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、原告らにおいて被告石黒に対し各金一四一六万五〇〇〇円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告石黒に対するその余の請求及び被告国に対する請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鐘尾彰文 裁判官彦坂孝孔 裁判官髙橋善久)

別紙物件目録(一)

一 京都市北区上賀茂荒草町五〇番

宅地 505.61平方メートル

二 同所三一番一

宅地 165.37平方メートル

三 同所三一番二

宅地 70.20平方メートル

四 同所五〇番地

家屋番号 同町五〇番一

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 81.53平方メートル

二階 56.96平方メートル

五 同所五〇番地

家屋番号 同町五〇番二

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 76.71平方メートル

二階 50.68平方メートル

六 同所五〇番地

家屋番号 同町五〇番三

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 42.18平方メートル

二階 30.25平方メートル

七(一棟の建物の表示)

同所三一番地一、三一番地二

木造瓦ルーフイング葺二階建居宅

床面積 一階 93.92平方メートル

二階 51.77平方メートル

(専有部分の表示)

家屋番号 荒草町三一番一の一

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 33.72平方メートル

二階 24.82平方メートル

八(一棟の建物の表示)

右七の(一棟の建物の表示)と同じ

(専有部分の表示)

家屋番号 荒草町三一番二

木造瓦ルーフイング葺二階建居宅

床面積 一階 54.77平方メートル

二階 24.82平方メートル

別紙物件目録(二)

一 京都市北区上賀茂蝉ケ垣内町六三番

田 二一七平方メートル

二 同所六四番

田 八四六平方メートル

別紙登記目録(一)

別紙物件目録(一)の物件に対する

所有権移転請求権仮登記

昭和五六年一〇月二七日

受付第二六四二一号

原因 同月二六日代物弁済予約

権利者 大阪府豊中市玉井町三丁目六番二八番

藤久武志

別紙登記目録(二)

別紙物件目録(一)の物件に対する

根抵当権設定

昭和五六年一〇月二七日

受付第二六四二〇号

原因 同月二六日設定

極度額金八〇〇〇万円

債権の範囲 証書貸付取引 手形割引取引 金銭消費貸借取引 手形債権 小切手債権

債務者 北区上賀茂南大路町八三番地

南野長太郎

根抵当権者 大阪府豊中市玉井町三丁目六番二八号

藤久武志

共同担保目録す四一六七号

別紙登記目録(三)

別紙物件目録(二)の物件に対する

所有権移転請求権仮登記

昭和五六年一一月二日

受付第二六九六六号

原因 同年一〇月三一日売買予約

権利者 兵庫県西宮市柏堂西町一五番一六号

松平彰好

別紙登記目録(四)

別紙物件目録(二)の物件に対する

根抵当権設定

昭和五六年一一月二日

受付第二六九六五号

原因 同年一〇月三一日設定

極度額金二億五〇〇〇万円

債権の範囲 証書貸付取引 手形割引取引 金銭消費貸借取引 手形債権 小切手債権

債務者 北区上賀茂南大路町八三番地

南野長太郎

根抵当権者 兵庫県西宮市柏堂西町一五番一六号

松平彰好

共同担保目録す四二六〇号

別紙登録目録(五)

別紙物件目録(一)の四ないし八記載の各建物に対する

所有権移転登記

昭和五六年一〇月二九日

受付第二六五六八号

原因 同月二六日譲渡担保契約

権利者 大阪府豊中市玉井町三丁目六番二八号

藤久武志

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