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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)1382号 判決 1986年2月04日

原告

中華民国

右代表財務部国有財産局長

謝賓生

右訴訟代理人

張有忠

被告

于炳寰

王久雄

金大信

魏國雄

馮健疇

翁信福

林泰秀

趙春江

右訴訟代理人

前川信夫

主文

一  被告らは原告に対し、別紙物件目録記載の建物のうち、別紙占有関係一覧表記載の各占有部分を明渡せ。

二  訴訟費用(差戻前の第一審及び控訴審の費用を含む)は被告らの負担とする。

三  この判決は第一項に限り仮に執行できる。

事実

第一  申立

一  原告

主文一、二項同旨と仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

一  原告の請求原因

1  別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物という)は、もと合資会社洛東アパートメントの所有であつた。

2  原告は昭和二七年一二月八日右会社より本件建物を買受け、昭和三六年六月八日右売買を原因とする所有権移転登記を経た。

3  被告らは本件建物のうち別紙占有関係一覧表記載の各占有部分を占有している。

4  よつて、原告は被告らに対し、本件建物所有権にもとづき、各占有部分の明渡しを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因一、三の事実は認める。

2  請求原因二の事実のうち登記の点は認め、その余は否認する。

三  被告らの抗弁

1  本件建物の入居者で構成される権利能力なき社団である「光華寮」は、本件建物が、旧日本軍の中国における掠奪物資の処分代金によつて買取られたとの報告を受けた昭和二五年五月末日頃以降、本件建物を所有の意思をもつて平穏、公然と管理占有し、これが「光華寮」の所有であると信じたことに過失がないから、それより一〇年を経過した時点で取得時効が完成し、その所有権を取得した。

2  中国においては中華人民共和国政府が昭和二四年一〇月一日に成立し、日本国政府は昭和四七年九月二九日右政府との間で中華人民共和国政府が中国における唯一の合法政府である旨の共同声明を発出した。

これにより中華民国は法的には消滅し、その所有していた財産は全て中華人民共和国の所有に帰したと解すべきである。

3  原告が本件建物を買受けた当時には、全寮生をもつて構成された自治組織である「光華寮」が、本件建物を自主的に管理運営していた。原告はこのような現状を前提として留学生を救済するため本件建物を買受け、現状を承認して来たものである。被告らは戦時中に派遣された旧留学生であり、自治組織が被告らに居住を認めているのであるから、被告らの占有は不法なものではない。

四  抗弁に対する原告の認否主張

1  抗弁1の事実のうち、本件建物に入居者があつた事実は認めるが、その余は否認する。入寮者により構成される権利能力なき社団は存在していなかつたし、入居者らの占有には所有の意思がなく、また過失があるものである。

2  抗弁2の事実のうち前段は認め、後段の主張は争う。

中華民国政府は台湾を有効に支配しているから、政府承認の切替えがあつても、中華人民共和国成立後に日本で取得した非外交財産について、所有権を失うものではない。

第三  証拠<省略>

理由

一原告の本件建物の所有権取得

1  次の(一)及び(五)の登記の点に関する事実は当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>により認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(一)  本件建物はもともとは、合資会社洛東アパートメントの所有であった。

(二)  本件建物の敷地である京都市左京区北白川西町七八番一宅地九〇・〇五坪及び同所七九番二宅地二一〇・二一坪はもともとは、藤居庄次郎の所有であつた。

(三)  原告駐日代表団は昭和二五年五月二七日、合資会社洛東アパートメント(代表者藤居庄次郎)より本件建物を、藤居庄次郎より右(二)の敷地を、あわせて代金二五〇万円で買受ける旨の契約をして、即日右代金を支払つた。

(四)  ところが、右各不動産について原告への所有権移転登記がされないままで時が経過し、この間に原告との平和条約が発効し、原告在日大使館が従前の駐日代表団の業務を承継した。同大使館は昭和二七年一二月八日、合資会社洛東アパートメント(代表者藤居庄次郎)及び藤居庄次郎との間で、右(三)の売買契約を合意解除し、改めて本件建物及び右(二)の敷地を、あわせて代金三〇〇万円で買受け、その代金のうち二五〇万円は右(三)の契約にもとづき既に交付されていた金員をもつてこれに充てる旨の契約をして、同日付の売買契約書を作成し、代金五〇万円を支払つた。

(五)  合資会社洛東アパートメント及び藤居庄次郎はなお所有権移転登記手続をしなかつたので、原告は昭和二八年に同社及び藤居庄次郎の相続人を被告として、本件建物及び右(二)の敷地について所有権移転登記手続を求める訴えを提起し、昭和三五年一〇月四日には原告勝訴の判決が確定して、昭和三六年六月八日に所有権移転登記を得た。

2  右認定の事実によれば、原告は昭和二七年一二月八日本件建物の所有権を取得したものということができる。

二取得時効の主張

1  被告らは、本件建物入居者により構成される権利能力なき社団である「光華寮」は、本件建物が、旧日本軍の中国における掠奪物資の処分代金によつて買取られたとの報告を受けた昭和二五年五月末日頃以降、本件建物を所有の意思をもつて平穏、公然と管理占有し、これが「光華寮」の所有であると信じたことに過失がないから、それより一〇年を経過した時点で取得時効が完成し、その所有権を取得したと主張する。

2  <証拠>、並びに弁論の全趣旨によると、国は昭和二〇年に本件建物を借受けてこれを中国人学生のための寮として用いていたが、終戦後は寮としての管理をせず、国の賃借契約は終了したこと、そのため、これに入居していた寮生らは、昭和二〇年一〇月ころ以降は、寮生の中より幹事数名を選び、幹事らにより構成される幹事会を通じて、入居者からの寮費の徴収、必要な電気代、水道代の支払、従業員の雇用、食堂の経営を行い、寮規を定めて本件建物内における規律の維持を行つていたことが認められる。

3  <証拠>、並びに弁論の全趣旨によれば、本件建物の入居者らや前記2の幹事らは、昭和二五年五月末頃迄は、本件建物が合資会社洛東アパートメントの所有であることを知り、これに寮生として入居していたこと、右入居者ら、幹事らが右のころに本件建物が原告により買取られたことを知つたのちも、これらが右入居者やそれによる団体の所有ではないことを知つており、せいぜい、これが中国人民全体のもの又は中華人民共和国の所有になるべきものであると信じていたにすぎず、同人らの入居、占有が所有の意思に基づいたものではなかつたことが認められる。

4  本件建物の入居者ら又は前記幹事らにおいて、昭和二五年五月末頃の時点で、本件建物が右入居者らで組織する団体の所有に帰したと信ずべき正当の事由があつたとは、本件全証拠によつても認めることはできない。本件建物の買受代金が、日本軍が戦時中に中国において掠奪した物資の売却代金から支出されたと認めるに足る証拠はないし、仮に本件建物の入居者、幹事らにおいてそのように信じるべき事情があつたとしても、そのことは同人らにおいて本件建物が入居者ら又は入居者らで組織される団体の所有となつたと信ずべき正当の理由となるとは解されない。

5  右2ないし4に判断のとおり、本件入居者により構成される権利能力なき社団が存在し、それが本件建物を占有して来たとしても、その占有は所有の意思に基づくものとは言えないし、またその所有と信じたとすればそれは過失があるから、その社団が本件建物を時効により取得するものではない。

6  以上のとおり、被告らの取得時効の抗弁は理由がない。

三中華人民共和国政府の承認

1  次の事実は当裁判所に顕著である。

(一)  中華民国政府はかつて中国全土を支配していたが、内乱が生じて中国全土における支配権を失い、昭和二五年以降は、台湾及びその周辺諸島と本土に近い少数の島についてしか現実の支配権を有しないこととなつた。

(二)  中国共産党は、右の内乱を通じて中国全土に支配力を及ぼし、昭和二四年一〇月一日北京において中華人民共和国政府の成立を宣言した。

(三)  我国政府は、中華人民共和国政府の成立後も、後記(四)の共同宣言に至るまで中華民国政府を中国を代表する政府として認め、昭和二七年四月二八日には台北で日本国と中華民国との間の平和条約に署名し、我国は台湾及び周辺諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したことを承認した。

(四)  我国政府は中華人民共和国政府との間で、昭和四七年九月二九日北京において共同声明に署名して発出したが、その内容(一部)は次のとおりである。

(1) 日本国と中華人民共和国との間のこれまでの不正常な関係は、この共同声明が発出される日に終了する。

(2) 日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。

(3) 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

(4) 日本国政府及び中華人民共和国政府は、一九七二年九月二九日から外交関係を樹立することを決定した。

(五)  我国外務大臣は昭和四七年二月二九日北京において記者会見し、中華民国政府との間の平和条約は存続の意義を失い終了したと認めるのが日本国政府の見解であると述べた。

(六)  我国が受諾したポツダム宣言の第八項は、「カイロ宣言の条項は、履行されるべく、又日本国の主権は、本州、北海道、九州及四国並に吾等の決定する諸小島に局限せらるべし」としており、カイロ宣言は、「同盟国の目的は、台湾及び澎湖島のような日本が中国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還することにある」としていた。

(七)  中華民国政府は、中華人民共和国政府の成立以降も現在まで、現実に、台湾及びその周辺諸島、及びそこの地域の人を、排他的、永続的に支配、統治しており、我国は右共同声明後も、貿易、経済、航空その他の実務関係を続けている。

2  <証拠>、並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(一) 本件建物は終戦後も中国人学生の寮として用いられていた。原告が前記一のとおり本件建物を買受けた目的は、中国人留学生を本件建物に寮生として入居させて、その住居問題を解決することにあつた。本件建物には、原告の買受後も、中国人学生が寮生として入居していた。

(二) 原告は前記一のとおり、本件建物を買受けたのち、売主に所有権移転登記手続を求める訴えを提起し、勝訴の確定判決を得て、その旨の登記を得た。原告は昭和四二年八月本件建物の入居者に対し、退去を求め、退去できない者で中華民国の有効な旅券を持つ者は、一時使用契約書を提出すべき旨を通知し、同年九月六日入居者らを被告として本件建物の明渡しを求める本件訴えを当裁判所に提起した。

(三)  本件建物の入居者らは、原告の右通知、訴えを無視して、本件建物を管理し、新入居者を選定入居させたりしている。

(四)  中華人民共和国政府は、本件建物をかつて支配したとか、我国政府に対し本件建物がその所有である旨の主張をしたり、本件建物を支配しようとしたとかの立証はないし、本件訴訟でもその旨の主張をするための手続きもとつていない。

3  一般に、ある国家について、旧政府が完全に消滅して新政府が成立した場合(政府の完全承継)には、旧政府の所有していた財産は全て新政府に承継され、旧政府が完全には消滅せずその国の領土の一部を実効的に支配している場合(政府の不完全承継)に、旧政府の所有していた財産のうち新政府の支配する地域に存するものは、新政府に承継されると解されている。

政府の不完全承継の場合に、旧政府が外国において所有していた財産については、新政府の支配が及んでいないし、なお旧政府は存続しているわけであるから、その財産は新政府には承継されない。しかしながら、財産所在地の外国が新政府を承認(承認の切替え)した場合には、その外国は新政府を国を代表するものと認めなければならないから、旧政府が国を代表する立場において所有し、支配していた財産(大使館建物などの外交財産)、その外国が旧政府に認めた国家権力行使のための財産(例えば、領事裁判所建物など)は、承認の切替の時点で、新政府に承継されるものと解さねばならない。しかし、それ以外の財産、特に旧政府が新政府成立後に取得した財産で、新政府が支配も権利主張もしていない財産については、承認の切替えにも拘らず、旧政府はその権利を維持し、その外国内においてその財産についての権利行使をすることができるものと解すべきである。

4 我国は昭和四七年九月二九日中国について、中華民国政府より中華人民共和国政府へ承認の切替えを行つたものではあるが、中華民国政府が台湾ほかをなお統治しているから、政府の不完全承継の場合に当るところ、本件建物は我国内に存在し、外交財産でも、中国の国家権力行使のための財産でもなく、そのうえ、これは中華人民共和国政府の成立後に原告が取得したものであつて、中華人民共和国政府がこれを支配したり、その権利を主張したりしたこともないのであるから、原告は右の政府承認の切替えにも拘らず、本件建物に対する権利を失わず、我国内においてその権利を行使することができると解すべきである。

本件建物は中国人学生の寮として用いられて来たところ、原告もその用途に供するために本件建物を購入したことは前認定のとおりであり、原告からすると本件建物はその行政目的を達成するためのものであつたと解される。しかし、このような学生寮の経営は、非権力的な行為であつて、国家でなければ行えないようなものではなく、これを行うにつき財産所在国の承諾を要するものでもないから、このような財産が承認の切替えにより新政府に承継されるものではない。

四被告らの占有

1  被告らが本件建物のうち別紙占有関係一覧表記載の各部分を占有していることは、当事者間に争いがない。

2  被告らの本件建物の入居占有が主張の寮生自治組織の承諾の下にされているとしても、その組織が所有者の原告に対抗できる権限を有していたとの立証はないから、右主張の承諾は被告らの本件建物占有を適法にするものではない。

原告が本件建物を購入した当時にはこれに中国人学生が寮生として入居していたこと、原告の購入目的はこれを中国人留学生の寮として用いることにあつたことは前示のとおりであるが、それだけでは、原告の個々的な承諾もないまま中国人学生が本件建物に入居して占有できるものではない。他に被告らの本件建物占有に正当の原因があることは認められない。

五結  論

以上の認定、判断によると、原告の被告らに対する本件建物明渡の請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官武田多喜子 裁判官長久保尚善)

物件目録

京都市左京区北白川西町七八番地の一、同所七九番地の二所在

家屋番号同町四七番

鉄筋コンクリート造陸屋根五階建地下一階附共同住宅

一階一三〇坪九合、二階一一〇坪、三階一一〇坪、四階一〇五坪、五階九三坪七合、地下九五坪

占有関係一覧表<省略>

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