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京都地方裁判所 昭和55年(行ウ)1号 判決 1981年7月17日

原告 嶋林光男

被告 左京税務署長

代理人 片岡安夫 西峰邦男 古城毅 信田尚志 ほか三名

主文

被告が原告に対し、昭和五三年八月一一日付でなした原告の昭和五二年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の父亡嶋林徳治郎(以下「徳治郎」という。)は、昭和一五年頃以来在間松栄(以下「在間」という。)から別紙目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を賃借していたが、昭和三三年九月一九日死亡したため、原告が相続により本件建物の借家権(以下「本件借家権」という。)を承継した。

2  原告は、昭和五二年四月二一日在間から同人所有の本件建物及びその敷地たる別紙目録(一)記載の土地(以下「本件土地」といい、本件土地及び建物を合わせて「本件物件」ともいう。)を代金一四四〇万円で買受け、同月二三日これを直ちに代金二四〇〇万円で東洋土地開発こと林忠孝(以下「林」という。)に転売する旨の各契約をし、同年五月二〇日右各代金は同時に決済され、その結果原告に九六〇万円の差益が生じた。

3  原告は、右差益が本件借家権の譲渡によつて生じたもので租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条に規定する分離長期譲渡所得に該るものとして、原告の昭和五二年分(以下「本件係争年分」という。)所得税につき法定期限内に別表の(一)のとおり確定申告したところ、被告はこれを措置法三二条に規定する分離短期譲渡所得であるとして昭和五三年八月一一日付で別表の(二)のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした(以下「本件各処分」という。)。原告はこれに対し同年一〇月九日異議申立をしたが、同年一二月八日棄却されたので、更に国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、昭和五四年九月二八日これを棄却する旨の裁決がなされ、同年一〇月二〇日右裁決書謄本が原告に送達された。

4  しかしながら、本件各処分は以下に述べるとおり違法であり、取消を免れない。

(一) 原告の得た前記差益九六〇万円は本件借家権消滅の対価である。すなわち、右差益は、原告が原所有者在間との買取交渉に際し、本件土地の時価が坪当り一〇〇万円であるところ、原告が長年本件建物を賃借し借家権を有していることを考慮し、右借家権を右時価の四〇パーセントと評価して残りの六〇パーセント、すなわち坪当り六〇万円をもつて本件物件の価格とし、これに本件土地の面積二四坪を乗じた一四四〇万円をもつて買取価格とすることに合意し、これを直ちに原告が林に右時価坪当り一〇〇万円にて算定した二四〇〇万円をもつて転売したことから発生したものである。原告が在間から本件物件を買受けたことにより本件借家権は混同によつて消滅したが、これは無償にて消滅したものではなく、原告に借家権の負担のない二四〇〇万円相当の土地・家屋をもたらした。もとより、原告は投機的な利益を狙つて買取と転売を行なつたものでなく、元来自己使用の目的で買取ろうとしたものであるが、突然銀行からの融資を得られなくなつたことから、既に在間との売買契約を済ませていた原告としては手付金没収を免れるため転売よりほかに方法がなかつたものである。借家権の価格を時価の四〇パーセントとすることは、本件借家権が原告の父の代からの長年に亘るものであり、地代家賃統制令が適用され、家賃は周辺のそれに比較して著しく低額であつたこと等諸事情を勘案すると決して高額なものといえず、評価額として相当な程度のものと考えられる。買取契約から転売契約までの期間が僅か二日にすぎず、この間に土地の値上がりを生ずる何らかの外部的な事実が発生したとは考えられないことからすれば、原告の得た差益は本件借家権の存在により発生し、その消滅の対価であると考えるほかない。

(二) 借家法上借家人は所有者の承諾なく借家権を譲渡または転貸することはできないが、目的物の引渡を受けた後はその後の物権取得者にも対抗でき(借家法一条)、更新の拒絶や解約も所有者に自己使用などの正当な理由がない限り許されず(同法一条の二)、更に法定更新、解約申入期間の制限、造作買取請求権等により、借家人の側に債務不履行などのない限り事実上自らの必要な期間賃借を継続できる。また、賃料についても強く規制され、裁判所の監督が行なわれているため、長期に亘り継続されている家屋の賃料は新しく開始された家屋賃貸借の賃料より通常は低廉である。これらの結果、所有者は借家人を立退かせることなく家屋を処分することは困難であり、処分するとしても通常の取引価格に比べて著しく低いものとならざるを得ず、所有者はこのように低価格のまま処分するか、借家人に立退料を支払つて空家としたうえで処分することとなる。賃貸家屋の所有者のこのような空家との差損はいうまでもなく借家権の存在により生じているものである。他方、借家人も長期に居住を継続することにより新たに家屋を借り受ける際に必要な多額な資金と、より高額な賃料の支払を免れているのであつて、この利益もその借家権から生じている。更に借家人が当該家屋を所有者から買受けるについては、他の第三者より有利な地位と条件で買受けることができるし、立退く際には立退料の交付を受けることができる。借家権が借家人にもたらすこの経済的利益は借家権が一種の資産であることにあり、この借家人の買入価格と一般の取引価格との差額や立退料が資産たる借家権の価値である。この意味で借家権消滅の対価たる立退料と、借家人が買受人であるときの一般取引価格との差額は、理論的・経済的には同一物である。立退料については判例上も課税上も借家権消滅の対価、すなわち譲渡所得であるとして取扱われているが、本件では、買取契約と転売契約とが僅か二日しか離れておらず、移転登記は中間省略の方法でなされ、日ならずして原告は本件建物から立退いていることなどして、外形的にみて本件土地は原所有者在間から林に譲渡され、賃借人たる原告が立退料を得て立退いたのと択ぶところはない。従つて、原告の得た差益は立退料と全く同じ性質を有するものであり、借家権消滅の対価として譲渡所得とすべきである。

(三) 既に借地権については、借地人が土地を取得した後数年して売却した場合でさえ、なおその差益のうち以前借地権を有していたことによるものは借地権による譲渡所得として課税されることになつている(所得税基本通達三三―一〇)。借地人が底地を買入れた場合における買入価格と時価との差額は借地権消滅の対価にほかならない。借家権の場合に資産の消滅による対価としての譲渡所得性を否定するのは理論的統一性を欠いている。

(四) 以上のとおり、本件借家権消滅の対価は譲渡所得となるが、借家権の譲渡につき措置法三一条、三二条の適用がないとすれば総合課税によるべきであり、これによれば原告の昭和五二年分所得税の申告すべき納税額は別表の(三)のとおりとなる。但し、譲渡所得額の算出は次のとおり。

(収入金額)(譲渡費用)(特別控除額)(譲渡所得額)

960万円 - 112万円 - 50万円 = 798万円

(五) 以上のとおりであるので、本件差益を分離短期譲渡所得の特例に該当するとした本件各処分は違法である。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、昭和五二年五月二〇日に各代金が同時に決済されたことは不知、その余は認める。

3  同3は認める。

4  同4は争う。

三  被告の主張

本件各処分は以下に述べるとおりいずれも適法である。

1  原告は、昭和五二年四月二一日在間との間において本件物件を代金一四四〇万円で同人から買受ける旨の売買契約を締結し、同月二三日林との間において本件物件を同人に対し代金二四〇〇万円で売渡す旨の契約を締結した。

2  右各取引によつて原告に生じた差益は、原告が本件建物を在間から賃借していることを奇貨として本件物件を時価よりも安価に買入れたうえ、これを少なくとも時価で他に転売したことにより生じたものであり、その際に借家権などの取引が行なわれたとみる余地はない。原告が在間から本件物件の所有権を取得したことにより本件借家権は消滅し、その後本件物件の各所有権が林に移転したものであり、右差益はあくまで本件物件の所有権の譲渡によつて生じたものにすぎず、本件物件の譲渡に際して本件借家権はもはや考慮の対象とならない。借家人である原告は本件建物を賃借しているままの状態で本件物件を在間から譲受けたものであり、原告の本件物件の取得価額は原告が借家人の地位を利用した有利な条件の取引により契約された価額である。したがつて、その取得価額は本件物件の時価より幾分低廉かも知れないが、それは原告が右のような有利な条件で取引した結果にすぎず、あくまで右取得価額は本件物件の取引の対価というべきである。

3  本件建物の所在する地域は借家権が単独で取引の対象とされ、それが慣行として行なわれている地域に属しておらず、借家権の価格なるものは存在しない。

仮に借家権の価格が存在するとしても、居住用建物の借家権は、普通の意味の財産権とは著しく異なり、家主と借家人との経済的事情等により左右される浮動的な要素をもつており、また、営業用建物の借家権は、借家人が当該借家権の対象となつた建物の営業諸設備に投下した資本の回収をも考慮し、合わせて営業権を伴つた価格で取引されるなど、借家権の価格の形成要因は極めて複雑で、貸家及びその敷地の価格と借家権の価格は、相互に密接な関連をもつているが、必ずしも後者が前者から一義的に明白に定まるものではなく、また、貸家及びその敷地の価格と借家権の価格との合計額は必ずしも自己使用の建物及びその敷地の合計価格とは一致するものではない。従つて、前記差額九六〇万円が本件借家権の価格として相当なものとは到底考えられない。

4  「借家人が受ける立退料」とは、借家人が賃借の目的とされている家屋の立退きに際しその代償として受取る金銭であるが、これは(一)家屋の明渡しを実行するために借家人が直接負担しなければならない費用の実費補償金、すなわち移転費用の補償の性格を有するもの、(二)家屋の明渡しのため借家人が事実上失う営業上の利益の補償金、すなわち収益補償たる性格を有するもの及び(三)家屋の明渡しにより消滅する権利の対価としての補償金、すなわち対価補償たる性格を有するものとに三分される。

ここでいう、「権利の対価としての補償金(借家権の消滅の対価補償)」に相当する部分の金額の算定は、その地域における借家権の取引慣行の有無、売買実例等から判断することとして取扱つている(所得税基本通達三三―六)。

立退料のうち借家権の消滅の対価に相当する部分の金額は税務の実務上譲渡所得として取扱われているが、本件のように借家人がその敷地を含めて家屋の所有権を取得したことにより借家権が混同によつて消滅した場合は含まれない。

原告は本件物件を借家人たる地位を保持したまま取得したものであり、その取得後これを譲渡した際に生じた差益は、借家人が賃貸借の目的とされている家屋の立退きに際し受けるいわゆる立退料とはその性格を全く異にし、これを譲渡所得として取扱う余地はない。

しかも、原告は本件物件を自己使用の目的で買取ろうとしたものでなく、また、手付金没収を免れるため転売したものでもなく、当初から転売による差益を求める目的で本件物件を在間から買受け、林に転売したものである。従つて、借家権の消滅の対価である立退料とは実質的に異なる。

5  借地人がその占有する土地の所有権を買取り、その後それを転売した場合、右所有権の取得により借地権は混同によつて消滅しても、税法上譲渡所得の計算において土地の取得の時期の判定にあたつて底地価額相当金額部分と借地価額相当金額部分とに区分し、前者はこの所有権を取得した日に取得があり、後者は借地権の取得の日に取得があつたものとしてそれぞれ取扱われている。しかし、借家人がその居住家屋の所有権を買取つて、その後これを他に転売した場合、このような取扱いは認められていない。

借家権は借地権と比較して、その期間、譲渡性等(借家法三条の二、借地法二条、五条、九条の二、三、一〇条参照)において法律上権利としての保護の度合が弱く、借家権を借家人が譲渡したときその所有者等の賃貸人に対して対抗するためには原則としてその承諾を得ることを必要とし、かつ、その承諾を強制したり、これに代わる裁判所の許可を得るなどの法的な救済手段はない。また、借地権は土地所有権に対する制限の度合が強く、経済上借地権価額として独立の価値を持つているのに対し、借家権は建物自体がその存続性において永久的なものではなく、年を経るに従つて老朽化し、経済的な価値を逓減していくものであるうえ、権利としての独立した経済的な取引価値が軽少であり、借家人間相互の取引の頻度も居住用の家屋については稀少であつて、権利金、更新料などの金額についても借地権とは格段の相違があり、また、その現実の存続期間の長さにも差がある。

先に述べた借地権と借家権との間における税法上の取扱いの相違は、このように借家権がその譲渡性等において借地権に比較して法律的な保護の度合が弱いことに基づくものである。

6  以上のとおり、本件係争年分における原告の譲渡所得は本件物件の譲渡により生じたものであるところ、その取得、譲渡の時期からみて措置法三二条の分離短期譲渡所得に該当する。

なお、同規定は強行法規であり、短期譲渡所得は他の所得と分離して課税することが義務付けられているものであるため、右譲渡所得を総所得金額の中に組入れて課税する便宜的な方法は許されず、仮にその方法によつた場合税額が低くなつたとしても右の方法は採用できない。

7  原告は、本件物件を一四四〇万円で取得してこれを二四〇〇万円で譲渡し、譲渡の費用として仲介手数料一一〇万円及び収入印紙代二万円を支払つているため、原告の本件係争年分における分離短期譲渡所得金額は次のとおり八四八万円となり、これによれば、原告の右年分における申告納税額及び過少申告加算税は別表(二)のとおりとなる。

(収入金額)(取得費)(譲渡費用)(分離短期譲渡所得金額)

2400万円-1440万円-112万円=848万円

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1は認める。

2  同2は争う。原告の得た差益は本件借家権消滅の対価である。原告が在間から本件物件を時価より安価で買入れることができたのは、本件借家権が存在し、これが資産として価格を有していたからにほかならない。

3  同3は争う。本件借家権の評価額は相当である。

4  同4のうち、立退料が被告主張のとおり三分されること、立退料のうち借家権消滅の対価に相当する部分の金額は税務の実務上譲渡所得として取扱われていること、原告が本件物件を借家人たる地位を保持したまま取得したものであることは認め、その余は争う。原告の得た差益は立退料と同じ性質を有する。

5  同5のうち、借地権が税法上被告主張のとおり取扱われていることは認め、その余は争う。借家権についても借地権と統一した取扱いをすべきである。

6  同6は争う。原告の譲渡所得は本件借家権の消滅によつて生じたものであるから措置法の適用はない。

7  同7のうち、収入金額、取得費、譲渡費用はいずれも認め、その余は争う。

第三証拠 <略>

理由

一  原告の父徳治郎が昭和一五年頃以来有していた本件借家権を昭和三三年九月一九日原告が相続により承継したこと、原告が昭和五二年四月二一日在間から同人所有の本件物件を代金一四四〇万円で買受け、同月二三日これを代金二四〇〇万円で林に転売する旨の各契約がなされ、その結果原告に九六〇万円の差益が生じたこと及び請求原因3の事実(本件各処分等の経緯)については当事者間に争いがない。

二  被告は、本件各処分が適法であることの根拠として、右差益が本件物件の所有権の譲渡によつて生じたものにすぎず、本件借家権は考慮の対象とならない旨主張するので、右差益の発生と本件借家権との関係について検討する。

1  <証拠略>を総合すると、本件建物は昭和五、六年頃建築されたもので、北大路通りに面し、その間口は二間半、奥行は約六間であること、原告の父徳治郎は、昭和一五年頃在間から本件建物を賃借し、以来これに居住して氷、薪炭の販売を営んでいたが、昭和二七、八年頃通りを隔てた向い側の土地(原告の現住居地)を購入し、右営業を拡大したこと、原告は徳治郎の営業を引継いだが、昭和三四、五年頃から建築材料商を営むようになり、やがて本件建物一階は建築材料の倉庫、展示場に使用し、二階は昭和四五、六年頃まで原告が居住し、その後昭和五〇年まで従業員に使用させていたこと、本件借家権について権利金の授受はなく、また、期限の定めもないため原告が更新料の支払いをしたことはないこと、本件借家権については地代家賃統制令が適用され、原告が本件建物を買取る直前の家賃は月二万円であつたが、当時これを新たに借受けるには権利金を必要とし、家賃も月五、六万円となるものであつたこと、本件建物は昭和五〇年頃には朽廃がすすみ、その修理の交渉をめぐつて原告は在間に対し本件物件の買取りを申入れていたところ、昭和五二年二月頃に至り、原告が在間に対し、本件土地の時価は坪当り一〇〇万円であるが、本件借家権を考慮して坪当り四、五〇万円で買受ける旨申入れたのに対し、在間は本件土地が坪当り時価一〇〇万円から一一〇万円であるとしてこれに応じず、二、三回交渉した末、在間からの提示により、本件建物の価格を零とみ、本件土地を坪当たり六〇万円として本件物件の代金を一四四〇万円とすることに合意ができ、原告は同年四月二一日在間との間で右売買の契約を取り交わして手付金一〇〇万円を支払つたこと、一方で、原告は同月初め頃から、不動産業者を介して宅建業者である林に本件物件の売渡しを交渉し、同月二三日本件土地を坪当たり一〇〇万円とした二四〇〇万円で本件物件を売渡す旨契約して林から手付金二〇〇万円を受領したこと、右各売買の残代金は、同年五月二〇日錦部司法書士事務所において原告、在間、林が参集して決済され、その差額九六〇万円が原告の手元に残つたこと、在間と林とは同日原告と個別に代金の決済をしたものであつて、互いに原告との間の売買内容は知らされていないこと、本件土地については同月二一日在間から林へ直接移転登記が経由され、その頃原告は本件物件を林に引渡し、その後林は本件建物を取壊して建売住宅を建築し、他に売却したこと、以上の事実が認められ、原告本人の供述中、原告が在間から本件物件を買取るについて当初から他への転売を意図したものでなく、もともと自己において使用するためであつたが、急に銀行の融資が得られなくなつたため、やむなく林に転売したものであるとの供述部分は<証拠略>に照し措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  ところで、譲渡所得とは「資産」の譲渡による所得をいうものである(所得税法三三条一項、但し、たな卸資産(これに準ずる資産として政令で定めるものを含む。)の譲渡その他営利を目的として継続的に行なわれる資産の譲渡による所得及び山林の伐採又は譲渡による所得は譲渡所得に含まれない。)。そこで、まず本件借家権が右「資産」に該るか否かについて判断しなければならない。

譲渡所得の基因となる資産について所得税法は定義規定を設けていないが、右資産とは、社会生活上金銭に評価することが可能なものであり、現実に有償譲渡の可能性のあるものと解すべきである。

借地権は所得税法上固定資産として扱われており(同法二条一項一八号、五八条一項一号参照)、借地権の譲渡、転貸については借地法上賃貸人の承諾に代わる裁判所の許可の制度が設けられており、その譲渡性について法的保護が加えられているのに対し、借家権に対する借家法の態度は譲渡性よりはむしろ居住性の保護に重点を置いていることは否定できないところである。しかし、借家人は、賃貸人に無断で借家権を譲渡できないとはいえ、その承諾を得れば譲渡することができるものであるうえ、譲渡について賃貸人が不承諾であつても、その譲渡が賃貸人、借家人間の信頼関係を破壊しないような場合であれば、賃貸人はその承諾を拒み得ないものと解するのが相当であるから、借家権について有償譲渡の可能性が全くないものということはできない。後述するとおり、借家人が当該建物及びその敷地を買受けた場合、法的には混同により借家権は消滅しても、その借家権としての経済的価値はなお保持しているというべきところ、借家人は賃貸人の地位を兼ね備えることによつて借家権譲渡の承諾を与えうる地位をも得たものであり、その後右土地建物を他に譲渡して明渡した場合には、借家権譲渡について賃貸人の承諾は問題とならない。従つて、その場合の借家権の譲渡性は明らかである。そして、借家権の譲渡、転貸等それ自体が取引の対象となることは比較的少ないとはいえ、借家権を消滅させその明渡を受けるために立退料を支払わねばならない事例は少なくなく、また、借家権が付着した建物及びその敷地の所有者が、これをそのままの状態で第三者に売却する場合、その代金は借家権等が全く付着していない当該土地建物の時価より低額となるのが通常である。これらは、借家権が社会生活上、一般に、金銭的評価が可能なものとして経済的価値を有していることにあるというべきである。

本件においても、前示のとおり、原告と在間との売買契約は、本件物件の価格が時価にして二四〇〇万円相当であることを双方了承のうえ、本件借家権が存することを考慮し、その六〇パーセントをもつて代金とすることに合意したものであるから、本件借家権についても所得税法上資産であると解するのが相当である。

なお、借家権は建物の利用権であり、法的にはその敷地についてまで利用権を有するものでないが、その建物を利用する限りにおいて右敷地を占有してその支配力を及ぼしているものであり、敷地の経済的価値を減殺していることは否定できない。従つて、取引上売買代金を決定するについて、朽廃化した建物の価格を零とし、敷地の時価を基準とする如き方法が用いられても、これをもつて借家権の価格を零とすることはできない。

被告は、本件建物の所在する地域は借家権が単独で取引の対象とされ、それが慣行として行なわれている地域に属しておらず、借家権の価格なるものは存在しない旨主張し、本件全資料によつても、本件建物所在地域において借家権の取引慣行の存在を認めることはできないものであるが、そのような取引慣行があれば本件借家権の資産としての性質がより明確になるとはいいえても、それがないからといつて、本件借家権の資産性を否定し去ることはできない。また、本件借家権設定の際権利金の授受が行なわれていないことは前示したとおりであるが、権利金授受の有無についても、右に述べた取引慣行の有無と同様、本件借家権の資産性を否定する根拠とならないだけでなく、本件建物を現在新たに賃借するには権利金の支払を必要とするものであることも前示したとおりであるから、本件借家権について権利金が支払われていないことをもつて資産性なしとすることはできない。

このように、本件借家権の存在により、原告は本件物件を時価よりも低廉な価格で買受けることができたものであり、本件物件を林に時価で転売したことによる差益は、資産たる本件借家権の存在により生じたものということができる。

被告は、本件物件の譲渡に際して本件借家権は考慮の対象とならない旨主張するが、譲渡所得は資産の値上りによる増加益が処分によつて実現したものであるから、原告が、先にみたとおり、時価を基準に本件借家権の存する本件物件を低廉に買受けて、これを僅か二日後に時価で転売したものである本件において、資産の値上りが生じたとする可能性はなく、本件借家権の経済的価値を無視して、本件差益の発生を合理的に説明することはできないといわなければならない。

3  次に、譲渡所得は資産の「譲渡」による所得であるから、本件差益が資産の対価たる性質を有することが必要である。

譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであるから、右にいう「譲渡」には、売買等により資産が他に移転する場合のみならず、権利放棄等により資産が消滅する場合をも含むものと解するのが相当である。

ところで、本件においては、借家権は混同によつて消滅したが、この時点を把えて、譲渡所得にいう資産の譲渡があつたといいうるかが問題となる。資産の消滅による対価とは、金銭の支払等を受けた場合に限られるものでなく、時価より低廉で買受けた場合もこれによる差益は対価といいうるから、借家人がその有する借家権のために、時価より土地建物を低廉に買受け、借家権が混同によつて消滅した場合も、その時価との差益をもつて借家権消滅の対価とみる余地もありうる。しかし、混同は、権利放棄のように借家権消滅を目的とした法律行為でなく、また、混同によつて借家権が消滅しても、借家権の放棄と異なり、借家権の内容たる建物利用権を失わず、依然としてこれを有している。しかも、代金を支払つて土地建物を取得した時点と、代金の支払を受けてこれを譲渡した時点とでは、担税力において後者が優ることは明らかである。借地権等について所得税基本通達三三―一〇は、「借地権その他の土地の上に存する権利を有する者が底地(当該権利の設定されている土地をいう。)を取得した場合には、その土地の取得の日は、当該底地に相当する部分とその他の部分とを各別に判定するものとする。底地を有する者がその土地の上に存する権利を取得した場合も、同様とする。」とし、その取得日を借地権相当部分と底地相当部分とに別個に判定するとしており、資産たる借地権の保有期間についての課税上の利益を調整する取扱いが税務上行なわれている。これは、土地の譲渡の時点を把えて借地権相当部分の譲渡があつたということを前提にするものといえるが、右に検討したところによつても、このような取扱いが不合理なものであるとする理由は見当らない。そして、前述したように資産としての性質を有する借家権についても、これと異なる取扱いをする合理的な理由はないといわねばならず、借家人が土地建物を取得して混同によつて借家権が消滅した時点でなく、取得した土地建物を他に譲渡した時点で、借家権相当部分について譲渡所得が発生したとみるのが相当というべきである。

これを本件についてみると、原告が林に本件物件を譲渡した昭和五二年四月二三日、その代金二四〇〇万円中本件借家権の価額に相当する部分が譲渡所得として発生することとなる。

4  そこで、本件借家権の価額を検討するに、前示のとおり、在間、原告間においては、交渉を重ねた末、本件土地の時価たる坪当り一〇〇万円を基準に、その六〇パーセントをもつて算定した一四四〇万円を本件物件の売買代金とし、原告、林間においても、本件土地の右時価をもつて売買代金二四〇〇万円を算定したものであつて、その間僅か二日にすぎず、右短期間に増加益が実現したとみることは困難というほかなく、また、本件借家権は昭和一五年頃以来の長期に亘るものであつて、原告はここで営業し、地理的条件にも恵まれているうえ、地代家賃統制令の適用を受けて家賃も他に比べ低額である等前示認定の諸事情に照らし、その経済的価値も決して低いものといえず、本件物件の時価の四〇パーセントに該る本件差益九六〇万円が、営業補償金等本件借家権の価額以上のものを含むものであるか、あるいは本件借家権の価額として不相当なものであるかを確定できるだけの資料がない。従つて、結局右差益九六〇万円全額を本件借家権の価額とみるほかはない。

三  借家権は措置法三二条、三三条にいう「土地の上に存する権利」ということはできず、同法による分離課税を適用することができない。従つて、所得税法による総合課税の方法によるべきである。

そこで、原告の本件係争年分における譲渡所得金額を算定するに、まず、本件借家権譲渡による収入金額は、右にみたとおり本件差益の九六〇万円となる。

原告は、譲渡費用を一一〇万円と主張するが、右は本件物件の譲渡によるものであり、これをすべて本件借家権の譲渡費用たりうるか問題である。しかし、仮に本件借家権の取得費、譲渡費用とも零とみても、原告の譲渡所得は次のとおり九一〇万円となる。

(収入金額)(特別控除、所得税法33条3項2号)(譲渡所得金額)

960万円    -    50万円    =    910万円

そして、本件借家権の取得は昭和一五年頃であること前示のとおりであるから、原告の課税総所得金額は所得税法二二条二項二号により次のとおり五九二万五〇〇〇円となり、これに対する算出税額は一一一万九七五〇円となる。

(給与所得) (譲渡所得) (所得控除額) (課税総所得金額)

291万円 + 910万円/2 - 153万4480円 = 592万5000円

(1,000円未満切捨)

(税率) (控除額)   (税額)

592万5000円 × 0.27 - 48万円 = 111万9750円

なお、本件借家権の制限を受ける本件物件(借地法に対する底地に該るもの)相当部分の譲渡については分離短期譲渡所得が発生するが、これは一四四〇万円で取得し、同額で譲渡したことになるから、結局所得は発生しない。

そうすると、原告の申告すべき納税額は算出税額一一一万九七五〇円から源泉徴収税額一五万六五〇〇円を控除した九六万三二五〇円となつて、本件更正処分及び確定申告における税額を下回るものとなり、本件各処分は違法たるを免れず、取消されるべきである。

四  よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田坂友男 東畑良雄 森高重久)

別紙 目録、別表 <略>

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