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京都地方裁判所 昭和55年(ワ)1368号 判決

原告

京阪神ハウジング株式会社

右代表者

春田鉄也

右訴訟代理人

柴田定治

被告

藤昇三

被告

高田粂次

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

長野益三

外三名

主文

一、原告に対し、被告大藤、同高田は各自三〇〇万円、被告国は一四〇万円とそれぞれの金員に対する昭和五四年一〇月三〇日から完済まで年五分の金員を支払え。

二、原告の被告国に対するその他の請求を棄却する。

三、訴訟費用中、原告と被告大藤、同高田との間に生じた分は全部右被告両名の負担とし、原告と被告国との間に生じた分はこれを二分し、その一を原告の、その他を被告国の、各負担とする。

四、この判決は、被告大藤、同高田に対する部分に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

(被告大藤関係)

被告大藤は、民訴法一四〇条により原告主張の請求原因事実を自白したものとみなされる。

(被告高田関係)

一、〈証拠〉を総合すると、請求原因(一)項の事実が認められる。

二、請求原因(二)、(三)項の事実は当事者間に争いがない。

三、被告高田は、本件の賠償金として二〇万円を支払つた旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

(被告国関係)

一、請求原因(一)、(三)項の事実は当事者間に争いがない。

二、(一)〈証拠〉を総合すると次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  被告高田は、昭和五四年一〇月一六日、吉田は同月一八日、それぞれ左京登記所から不実記載した本件土地の登記簿謄本の認証、交付を受けた。

2  被告高田は、同月二〇日ころ被告大藤に対し、右登記簿謄本を利用して本件土地の売買契約を締結し、その手付金名下に買主から金員を騙取する計画のあることを話していたが、同月二五日ころ同月一八日付の本件土地の登記簿謄本(以下「本件登記簿謄本」という。)、百々菊雄名に改ざんした固定資産税課税台帳登録事項証明書(いわゆる評価証明書)の電子コピー及び被告高田が写した公図の写を交付して本件土地の買主を見つけてくれるよう依頼した。

3  そこで、被告大藤は、同月二六日ころ不動産売買及び建築業を営む原告会社を訪ね、十数年来の知り合いで、分譲住宅の建築工事を請負つたり、売買物件の紹介をしたり、更に金融機関から融資を受ける際連帯保証人になつてもらつたりしたことのある原告代表者に対し、本件登記簿謄本等を渡して一坪当たり七五万円で買つてもらいたい旨申入れた。

これに対し、原告代表者が、右価格が相場よりも安いためその理由を問い質したところ、被告大藤は「土地の持主が、どうしても今月末までに金がいるというので七五万円でよいということになつたが、その代り手付金として一、〇〇〇万円ほしいといつている」旨説明した。

また、原告代表者が被告大藤と売主との間に他の仲介者がいるのかどうか確認したところ、被告大藤は「素人さんが一人入つている」旨説明した。

そこで、原告代表者は、後日返事することにしてその場での折衝を終え、そのあと住宅流通センターを通じて富士建設とあづま不動産に本件土地を一坪当たり八八万円で転売することにし、同月三〇日に契約する旨の合意をした。

4  そして、原告代表者は、同月二九日ころ被告大藤に対し、本件土地の買受けを承諾し、翌三〇日原告会社専務取締役吉田俊幸(以下「吉田専務」という。)と共に、被告大藤及び百々菊雄になりすました被告高田の案内で本件土地を見分した。

そして、その際、被告髙田は、原告代表者及び吉田専務に対し、「金融全般百百商事代表者百々菊雄」と印刷されている名刺を手渡し、また、原告代表者から身分を確認するため運転免許証類の提示を求められるや、「一年前に免許停止になつたので、今運転免許証はない。保険屋をやつているのでその証明でもよかつたら見てくれ」といつて、かねて住所・氏名を百々菊雄のそれに書替えていた被告高田の勤務先である日本団体生命保険株式会社発行の被告高田の身分証明書を提示した。

5  このように本件土地の見分をしたあと、原告代表者は、その場で被告高田に本件土地を買受ける旨約し、取引の慣行に従がい、契約書の作成等の手続を売主である百々商事の事務所で同日午後二時半にしたい旨申入れたところ、被告高田は原告会社事務所でする旨答えたため、結局原告会社事務所で手続をすることになつた。

そして、原告代表者は、被告高田に対し、右契約手続の際に百々の印鑑証明書を持参するよう要求し、また被告大藤に対し、他の仲介者が来ていないことについて尋ねたところ、同被告は「ちよつと急用があつたのでこれなかつた」旨答えた。

6  そのあと、原告代表者と吉田専務は左京登記所へ行き、本件土地の登記簿及び公図を閲覧して被告大藤から受取つていた本件登記簿謄本と照合したところ、原本と一致し、抵当権等の制限物権も何ら設定されていないことを確認した。

7  一方、被告高田と被告大藤は、原告代表者から要求されていた百々菊雄の印鑑証明書がないため、これに代るものとして、昭和五三年八月ころ京都府公安委員会発行の被告大藤に対する運転免許取消処分通知書を電子複写機で複写し、そのコピーの被告大藤の住所・氏名を百々のそれ(ただし、住所は京都市中京区西洞院四条上ル田中ビル内の百々商事の事務所所在場所)に改ざんして、更にそれを複写した。

そして、同日午後三時ころ原告会社事務所に赴き、被告高田が原告代表者に対し「家に帰らなかつたので印鑑証明書は持つてこなかつたが、その代りに運転免許取消通知書を持つてきた」などといつて前記コピーを提示した。

そして、被告高田は、原告との間で、売主を百々菊雄、買主を原告とし、売買代金を六、七五〇万円とする本件土地の売買契約を締結し、原告会社備付の用紙を用いてその旨の契約書を作成したうえ、手付金の額について原告代表者が売買代金の一割を要求したものの、交渉の結果八〇〇万円で合意するに至つた。

8  そこで、原告代表者は、金額八〇〇万円、支払人京都信用金庫山科支店の原告会社振出の小切手一通を作成したが、その際右小切手に線引したところ、被告大藤から「明日金がいるので、銀行渡りにしないでくれ」と頼まれたため、線引個所に訂正印を押してこれを被告高田に交付した。

ところが、被告高田及び同大藤は、その後間もない同日午後四時すぎころ、右小切手を京都信用金庫山料支店へ持参して支払を請求し、時間外で、かつ大金であることを理由に支払を拒まれるや、原告会社事務所に引返して原告代表者から四〇〇万円二通の小切手に書替えてもらつたうえ、再び右支店へ行き、右小切手のうち一通四〇〇万円の支払を受け、次いで翌三一日被告大藤が同支店で残り一通につき四〇〇万円の支払を受けた。

(二) 右認定事実によれば、被告高田及び同大藤は、不実記載した本件登記簿謄本を利用して、いかにも本件土地が百々菊雄になりすました被告高田の所有であるかのように装い、その旨誤信した原告代表者から本件土地売買の手付金名下に八〇〇万円を騙取したものであり、その結果原告は右同額の損害を被つたものと認められる。

三、そこで、左京登記所登記官の過失の有無について判断する。

(一) 当事者間に争いのない請求原因(一)項の事実、〈証拠〉によると、左京登記所においては、昭和五四年一〇月一五日当時総括登記官を閲覧席の前面に配置し、同登記官や所長がそれぞれ担当事務を処理しながら登記簿等の閲覧者を監視するほか、他の職員も各自の業務に従事しながら適宜閲覧席に注意を払う態勢をとつていたこと、左京登記所においては、これまで一度も本件のような登記簿原本の抜取り、改ざんという事故は発生していなかつたこと、吉田は、左京登記所職員の目をくぐり、巧みに登記簿原本を抜取つて持ち出し、そして不実記載後これを返戻したものであることが認められる。

(二) しかしながら、不動産登記法施行細則九条は、登記官は登記用紙の脱落の防止その他登記簿の保管につき常時注意すべき旨、同三七条は、登記簿等の閲覧は登記官の面前においてこれをさせるべき旨、また不動産登記事務取扱手続準則二一二条は、登記簿等を閲覧させる場合には、登記用紙等の枚数を確認する等その抜取、脱落の防止に努め、登記用紙等の汚損、記入及び改ざんの防止に厳重に注意すべき旨それぞれ規定しているところ、左京登記所において過去に本件のような事故が発生していないとしても、同種の事故の発生はあり得ることであり(広島地方裁判所昭和四二年(ワ)二四三号、二五二号、同四三年三月六日判決。訟務月報一四巻四号三五〇頁参照)、〈証拠〉によると、現に、本件事故よりわずかに前の昭和五四年八月ころ、盛岡地方法務局から土地登記簿を盗み出して改ざんしたうえ、これを利用して金銭を詐取した旨の新聞報道があり、神岡及び被告高田は右新聞記事を読んで本件土地の登記簿原本の抜取り、不実記載を計画するに至つたものであることが認められるのである。

そして、不動産の登記は、物権変動の対抗力を左右し、権利関係の確認・証明の機能を営む重大な事柄であるから、登記簿の管理は厳重な注意をもつてされるべきものであるところ、〈証拠〉によると、本件事故発生当時の左京法務局においては、特定の閲覧監視者もおらず、閲覧席に防犯用のバックミラー等も設置されていなかつた(本件事故発生後、監視者一名を置き、バックミラーも設置された)うえ、閲覧席の机の上に新聞や雑誌等を置くことも規制していなかつたことがうかがえるだけでなく、閲覧終了後の登記簿は、閲覧席近くにある返却台に置かれるだけで、登記官による登記用紙の枚数の確認等は多忙であること等の理由で全くされていなかつたことが認められるのであつて、もしこれらの処置がとられ、また、登記官が今少し監視の目を注いでいたならば、吉田が本件土地の登記簿原本を抜取つたときの閲覧者は二二ある閲覧席に四、五名いたにすぎず、また返戻のときもそれより若干多かつたにすぎない(証人吉田春一の証言)こととも相まつて、本件事故も未然に防止することが不可能ではなかつたと考えられるのである。そうすると、左京登記所の登記官には、登記簿閲覧の監視につき過失があつたものと認めざるを得ない。

四、そこで、被告国の主張について検討する。

(一) 被告国は、原告の被つた損害は、原告代表者が現所有名義の実在、登記原因の真否等についての確認調査を怠つた原告代表者らの一方的過失により生じたものであつて、左京登記所の登記官の過失によつて生じたものではないから、登記官らの過失と原告の被つた損害との間には因果関係がなく、仮にそうでないとしても過失相殺すべきであると主張する。

(二) 原告代表者が被告高田らとの間で本件土地の売買契約を締結するにあたり、不動産登記済証の提示を求めなかつたことは当事者間に争いがなく、また売主の印鑑証明書の呈示も受けなかつたことは既に認定したところから明らかである。

(三) ところで、〈証拠〉によれば、不動産取引業者が不動産の売買契約を締結するにあたつては、登記簿や公図に基づき、また必要に応じ現場を見るなどして物件の確認をするにとどまり、登記済証の提示は登記手続や売買代金の最終決済時にされるのが通常であると認められる(百々菊雄が袖岡らと共に、昭和五四年一〇月二二日に宅地建物取引業及び左官業を営む正栄左官工業株式会社から、本件土地の登記簿謄本を利用して本件土地の売買手付金名下に三〇〇万円を詐取した際にも、売買契約時には登記済証の呈示は要求されておらず、中間金支払時に仮登記することにし、その際登記済証、評価証明書、印鑑証明書、住民票等の提出を要求されたにとどまつている。)。

したがつて、不動産業者が不動産の売買契約を締結するにあたつては、特別な事情がない限り、売買契約締結時に売主に対して登記済証の提示を求めなくとも、取引における通常の注意を怠つたものということはできないと考えられる。

(四) ところで、本件においては、二項の(一)で認定したとおり、本件土地は担保権の全く設定されていない土地で、融資を受ける方法は十分あると考えられるにもかかわらず、単に売主が月末までに金がいるとの理由だけで、時価相場よりも安い価格で売り急いでいたこと、原告代表者は、被告大藤から、同被告と売主との間に仲介者が一人入つている旨説明を受けているのに一度も顔を合わせていないこと、本件土地の見分の際、百々菊雄と称する被告高田から受けとつた名刺には「金融全般百々商事代表者」と肩書が記載されている一方、その身分確認のため提示を受けた身分証明書は生命保険会社発行のものであつて、極めて不自然であること、原告代表者は、被告高田に対し、契約手続の際に印鑑証明書を持参するよう要求し、同被告はこれを承諾したが、実際には印鑑証明書を持参せず、一年余り前に発行された運転免許取消処分通知書の電子コピーを持参したにすぎないことなど、不自然な点が多かつたことが認められる。

したがつて、このような場合、不動産業者である原告代表者としては、単に登記簿謄本の提示を受けるだけでなく、八〇〇万円もの多額の手付金を支払うのであるから、売買契約締結時において、登記済証の提示を求め、あるいは確実に印鑑証明書の提示を受けるなどして、売主及びその所有権の確認・調査をすべきであつたといわざるを得ないのであつて、原告代表者は結局これを怠つたものと認められる。

(五) しかしながら、原告代表者に右のような不注意があると認められるものの、不動産取引にあたつては、登記簿の記載を一応真正なものと信ずるのが通常であるから、前認定のような原告の損害が被告代表者の一方的な不注意により生じたものであるとはいい難い。

しかして、登記官の違法行為によつて実体上の権利を伴わない不実の登記が生じ、これを信じて無権利の登記名義人と取引し、所有権を取得できないのに代金の一部である手付金を支払つて損害を被つたときは、その損害は登記官に違法行為がなく、不実記載の登記がなかつたならば当然生じなかつたものであるから、登記官の違法行為と損害との間には通常生ずべき相当因果関係があると解される。

したがつて、左京登記所の登記官の監視義務懈怠により本件土地の登記簿に不実記載がされたことと、右登記の記載を信じて本件土地の売買契約を締結し、手付金を支払つた結果原告が被つた前記損害との間には相当因果関係があるというべきである。

(六) しかしながら、原告代表者の前認定のような不注意は、被告国に対する損害賠償請求との関係ではこれを斟酌するのが公平の理念に適うものと解されるところ、原告代表者の右過失を斟酌すれば、被告国に負担させるべき賠償額は原告の被つた損害の八割と認めるのが相当である。

そうすると、原告が被つた損害額は既に認定したとおり八〇〇万円であるから、これを前記割合で過失相殺すると、被告国が負担すべき賠償額は六四〇万円になる。そして、前示のとおり、原告は被告大藤から本件の損害賠償として五〇〇万円を受領しているのであるから、これを差引くと一四〇万円となり、結局被告国は原告に対し、本件損害賠償金として右一四〇万円を支払う義務がある。

(結論)

以上の次第で、原告に対し、本件不法行為に基づく損害賠償として被告大藤、同高田は民法七〇九条、七一九条により、各自三〇〇万円、被告国は国家賠償法一条により一四〇万円と、いずれも右金員に対する不法行為の日である昭和五四年一〇月三〇日から完済まで民事法定利率年五分の遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の被告大藤、同高田に対する請求は全部理由があり、被告国に対する請求は右認定の限度で理由があるからこれを認容し、その他は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言(ただし、被告国に対する仮執行宣言は相当でないからこれを付さない。)につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (喜久本朝正)

物件目録〈省略〉

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