大判例

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京都地方裁判所 昭和52年(ワ)1019号 判決 1979年6月01日

原告

大川東洋子

右訴訟代理人

水野武夫

外三名

被告

安里順記

右訴訟代理人

小林寛

小林二郎

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和五二年八月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、それぞれを原被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五二年八月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。<以下、事実省略>

理由

第一事実経過

<証拠>によれば次の事実が認められる。

1  原告は昭和三九年中島整形外科で、昭和四五年村越整形外科でそれぞれ重瞼術(二重まぶたにする手術)を受けたものであるが、右村越整形外科で受けた手術のあとが次第にうすくなつて二重まぶたがはつきりしなくなり、また腫れぼつたい感じになり、ことに左眼瞼の方が思わしくなかつたので、昭和五〇年七月九日被告方医院を訪れて治せるかどうか尋ねた。被告は原告の左上眼瞼が外反症、いわゆるアカンベーの状態になつていることに気付き、治せる可能性がある旨告げた。翌日再び原告が被告方に来診したので、被告は原告の眼瞼を詳しく診察し、片方眼瞼の術後変形症という診断名をつけた。原告はまぶたの一部手直しを依頼したが、被告は全部手術した方がきれいになるといつたので原告はこれを承諾し、血液検査のため採血をされた。

2  採血の結果は赤血球四〇九万/mm2、血色素量7.8g/dl48.8%、ヘマトクリツト値二六%、GOT25、B・S(血糖値)一一六、K(血清カリウム)4.2、アルカリホスターゼ6.8、直接ビリルビン微弱陽性、間接ビリルビン弱陽性であつた。被告は右検査結果から膵臓に機能障害があると判断した。

3  翌一一日原告は被告方で重瞼術の手術を受けた。その術式は上眼瞼の皮膚を切開刀で切り、眼科用鋏で皮下組織を剥離していき次に絹糸で縫合するものであつたが、被告が左眼瞼を眼科用鋏で剥離していつた際、中央部付近に抵抗があり、その部分に固い瘢痕があるのに気付いた。これは被告が術後変形症という診断をしたときに予測できるような瘢痕で、被告は前の医者がつけた傷と考えた。

右手術は、他の医者で受けた重瞼術のやり直しということで被告は手術料として一二万円を請求し原告はこれを支払つた。

被告は、術後の組織反応を防止するためと原告に前記膵障害のあるということで、術前及び術後に次の薬剤を静脈及び皮下注射し、その費用四〇〇〇円の支払いを受けた。

グルコース(ブドウ糖)、インシユリン(糖尿病の治療薬)、インタセリン(通常胃潰瘍等の治療に使われる組織賦活剤)、カルボカイン(一般には局所麻酔に用いる。)

術後被告は原告に合成化学調味料を絶対にとらず、又肉や野菜を普段より多く食べるよう指示して帰した。

4  その後七月一二日から一八日まで原告は被告方医院に通院し右と同じ注射を受けその都度四〇〇〇円を支払い、七月一八日に抜糸した。この間原告は左眼が痛み目脂がよく出るのでその旨被告に訴えたが、被告は抜糸すれば大丈夫だといつていた。又原告は手術前に注射のことは聞いていないのでなぜ注射が要るのかと聞いたところ、被告は原告の膵臓がよくないのだという趣旨のことを言つた。

5  抜糸後原告は左右まぶたの形が違うことに気付き、左まぶたの中央からやや鼻側の部分が引張られてへこみ、外側がめくれる感じがした。それと共に目脂がよく出て、朝に砂でもいれたような異物感があり、痛みも残つていたので同年八月二日原告は被告方を訪れその旨訴えた。被告が診察したところ左側の腫れのひき方が遅い状態であつたので、体の異常の有無を調べるため再び採血して血液検査をした。その結果は次のとおりである。アルカリホスターゼ7.2、血糖値一三四、血清カリウム3.4。

6  被告は右検査結果から膵臓の状態が悪化しており、又カリウム量が低下して心臓の機能にも悪いところがあると判断し、これがため左眼瞼の腫れのひきが遅くなつていると考え、原告に対し前記薬剤にカリウムを添加したソリタ二号(点滴液)を加えて静脈及び皮下注射をすることにした。右注射は八月四日、五日、七日、一一日、一二日に行われ一回の費用は五〇〇〇円であつた。

7  原告は被告から目脂が出るのは手術の故だけでなく目も悪いのだと言われたため、同年八月九月の間左京区の岡田眼科医院に通い、手術後約三ケ月経過した同年一〇月又被告を訪れ治るといわれたのに治らないことを告げたところ被告はどうもないやないかといつてメスを持つて再び切開をしようとしたため原告が傷がつきませんかときいたところ被告がどうなるか解らんというので原告は切開を断つて帰つた。

8  原告は同年暮国立病院の眼科を訪れ今までの経緯を述べたところ医師は原告が異物感があるという個所を裏返してみて糸が残つているような個所がある、手術をしてもらつたところで診てもらつたらどうかといつた。又原告はそれからも東寺の吉川眼科、城陽の岡田眼科、内田眼科を訪れたが、痛み、腫れ、目脂などの症状は軽快しなかつた。

9  昭和五一年六月初、原告は夫とともに被告を訪れ、症状が変らないことを訴えたところ被告は注射を中断したからだというので、何のための注射かと聞くと膵臓と目を治療するためだと答え又左眼のひきつれは仕方がないから右の方を左の方と同じように揃えるのであれば右も深くしなければならない。それなら前と同じように注射を続けなければならないといつた。

10  同五一年六月原告は山田亮三医師の診断を受けたが、同医師は原告の左上眼瞼の溝が良好な型を示さず、歪んでいる、右眼瞼は良好な型を示しているが左眼瞼は明らかに歪んでいて顔貌がそこなわれている。それは左上眼瞼の鼻側から五ミリの位置にある皮膚側(表面)及び結膜側(裏面)に認められる過剰な癒痕形成によるものであると診断した。

11  原告は昭和五一年一一月一九日白壁整形外科に於て左目尻部の残糸除去の手術を受けたがその結果それまであつた左眼の痛みや目脂がとまつた。また昭和五二年八月及び一二月、五三年三月の三回にわたり同外科で右まぶたの溝を深くする手術を受け、左右の不均衡を解消した。

以上の如く認められる右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで原告は左上眼瞼の瘢痕(前記山田亮三医師の診断によればこれがため左上眼瞼の溝が歪み、顔貌が損われているという。)は被告が形成したものであると主張するので検討するに、前掲乙第一号証の一(被告作成のカルテ)には「欠損の型」の項に原告の左眼及び眼瞼の図が描かれており、眼瞼の中央部と鼻側の眼縁との中間付近に、前記山田医師の診断書(甲第二号証)に図示されているのとほぼ同じ位置に黒丸が塗られ、「陥凹」という説明と「術後外反症」という記載があり、「病歴」の項には「大阪村越整形外科医院で重瞼術の手術をしたが、左眼上眼瞼が外反症になつた」という記載がある。右のようにカルテの瘢痕の位置が被告が行つた本件手術後に診断した山田医師の診断書と一致していること、村越整形外科医院に関する記述は原告が同医院での手術の結果が思わしくなく、ことに左眼瞼がよくなかつたことを訴えていたことによるものと考えられることから、原告が被告方医院に来診した昭和五〇年七月一〇日には既に原告の左上眼瞼には瘢痕が形成されていたことが推認できる。仮に被告が瘢痕を形成したとすると右カルテの記載は虚偽記入ということになるが、そうだとすれば被告が診察したのは昭和五〇年八月一二日が最後であり、その後は原告の眼瞼を詳しく診察していないのであるから被告は八月一二日までに瘢痕の位置形状を認識し得たとしなければならないところ、七月一一日の被告の手術からその約二〇日後の八月一二日までの間に陥凹するまでに至る瘢痕が形成されるとは到底考えることができず、また村越整形での件は原告が告げない限り被告が知り得ない事柄であることも考え合わせれば、右カルテの記載は真実であると認めることができる。

また原告は村越医院の手術の失敗のため外反症になつたのであれば美容に関心の深い原告が五年間も放置しておくはずがない旨主張する。確かに前記認定のとおり原告は繰り返し重瞼術を受けており、二重まぶたに対する執着心はかなり強いとみられるが、外反症といつてもその程度が軽度のものから甚しいものまで種々あることは容易に推認されるのであつて、原告のそれは瘢痕形成による局部的かつ軽度のものであつたとみられ、仮に原告が五年間放置したとしても右認定の妨げとならない。

以上の次第で原告の左上眼瞼の瘢痕は被告が形成したものではなく、被告の手術前からあつたものと認められ、<る。>

第二原被告間の手術契約の内容について

前記認定事実によれば、昭和五〇年七月一〇日原被告間に被告が原告の両上眼瞼に重瞼術を施す契約が成立し、同月一一日被告は原告に右手術をしたと認めることができる。被告は重瞼術は美容整形手術ではなく形成外科手術というが実体は同じものと認められる。

なお原告は原告の上眼瞼に瘢痕があつたのであれば、被告のとるべき処置は右瘢痕を減少させることであり、重瞼術はもともと瘢痕をつけることによつてまぶたを二重にする手術であるから被告のした重瞼術は瘢痕による重瞼術の治療として不適切であると主張する。

なるほど<証拠>によれば重瞼術の失敗から眼瞼に形成された瘢痕による外反症の治療としては、瘢痕をステロイド等でやわらかくするとか、脂肪を間にはさみ込むとかの方法があるが、更に重瞼術を施すことは通常しないことが認められるので被告は外反症に対する直接の治療をしたとは言えない。しかしながら原告の瘢痕は左眼瞼の鼻側五ミリメートル付近に限局されているのであつて、眼瞼全体に重瞼術を施すことにより、右瘢痕による部分的外反症を他の部位の溝を深くすることにより相対的に外観上和らげることは可能と考えられ、原告の二重まぶたは全体に溝が浅くなつていてこれを深くすることも要求されていたこと、美容整形外科手術の目的は一般の医療行為と異なり疾病の予防治療ではなく、その結果の美しさにあることと考えられることからすれば、被告が、原告の瘢痕に対し直接治療行為をすることなく眼瞼全体に重瞼術を施したことは、不適切であつたといえないというべきである。

第三被告の義務違反について

(一) 重瞼術の失敗について

前記認定のとおり左上眼瞼の瘢痕は被告が形成したものではなく、被告が左上眼瞼にのみ過剰かつ歪んだ瘢痕を形成したため原告の顔貌が損われた旨の原告の主張は採用できない。

また被告が原告の左上眼瞼にあつた瘢痕を拡大したとか、外反症を増悪させたことを認めるに足りる証拠はない。被告の術後左眼の痛みや腫れがあつたことは前記認定のとおりであるが、これは後に判示するようにむしろ被告の術後の処置の不適切さ及び手術用絹糸の遺留によるものと認められ過剰な瘢痕形成によるとは認められない。

また原告は術後左右の眼瞼の不揃いに気付き、前掲検甲第一、二号証の写真によれば、原告の左上眼瞼の溝の形はやや不正であり、右に比して溝が深いことが認められるが、これは以前からあつた左上眼瞼の瘢痕によるものと認められ被告の手術によるものではないことは繰り返し述べたとおりである。そして当裁判所は右写真により原告の二重まぶたの左右の不均衡は認められるものの、これにより原告の顔貌が著しく損われているという印象を受けないのであり、被告の施した重瞼術自体が失敗であつたということはできないと考える。被告はかかる美容整形手術契約の内容として原告のまぶたを美しく二重にする義務を負つているとしても、そもそも美しいか否かは各人の主観によるところが大きい概念であつて客観的に決し難いところがあるのであり、また既往に左上眼瞼に瘢痕があつた原告においては、右写真の程度の二重まぶたが得られたのであれば、被告の義務違反は問い得ないというべきである。

(二) 術後の治療について

前記認定のとおり被告は本件手術後十数日にわたりグルコースやインシユリンの注射をしている。

被告は右注射は原告に膵機能障害に対する治療行為であり、原告の左上瞼眼の腫れを早くひかすためでもある旨主張する。

しかし原告の血液、血清の検査所見は正常値か正常値に近い付近にあり若干高い血糖値にしてもインシユリンの治療を必要とする程のものとは認められない。

当裁判所は原告に果して膵機能障害があつたのかどうか又その有無を前記の如き血液検査所見だけで判定し得るのか否か、仮に膵磯能障害があるとしてもブドウ糖、インシユリン、インタセリン、カルボカイン、カリウムなどを注射する方法がその治療行為といえるのかどうか、美容整形手術を受けた患者に右の如き薬剤を投与するのが妥当か等の点で大いに疑問を感じるものであり、被告の治療行為は過剰診療である疑いを払拭できないのであるが、それはさておき、<証拠>によれば美容整形の手術を受けた患者に対しては術後消炎剤、抗腫脹剤、抗生物質の投与が必要とされることが認められるところ、被告はかかる薬剤を一切投与していない。又被告は右薬剤は原告の左眼瞼の腫れに対する治療と主張するが右薬剤にその主張する薬効があるとは到底認められない。

前記認定のごとく原告は被告に手術を受けた後に目に痛みがあり、<証拠>によれば原告の左眼瞼には腫脹があつたことが認められ、右の痛みや腫脹は術後の炎症の存在等を推認せしめるのであつて、右症状は被告が術後消炎剤や抗腫脹剤、抗生物質を投与しなかつたためか或はもつと適切な治療法をとらなかつたために起きたものと認められる。この点において被告の過失は明らかである。

(三) 手術用絹糸の遺留について

<証拠>によれば、被告は昭和五〇年七月一一日、原告の左右上眼瞼部の手術に際し、手術用絹糸をもつて切開部分を縫合し、同月一八日その抜糸をしたこと、原告は右手術後、左上眼瞼部に痛みと異物感を生じ、目やにが毎日のように出ていたこと、手術前には右症状がなかつたこと、その後、白壁整形外科において左上眼瞼部に残存していた手術用絹糸の摘出手術を受け、前記症状がなくなつたことが認められる。これらの事実によれば、被告が手術用絹糸の一部を原告の左上眼瞼部に残存させ、これに起因して、原告の左上眼瞼部に痛み、異物感、目やに等の障害を生じさせたことを推認することができ右認定を覆えすに足りる証拠はない。

本件のような二重まぶたの美容整形手術は、もともと緊急性がなく、医学的必要性にも乏しいものであるから、手術の依頼を受けた医師としては、患者に対し生理的機能的な障害を残すことのないように手術を施行すべき義務を負うところ、被告は手術に使用した絹糸の一部を原告の左上眼瞼部に残存させ、原告に前記諸症状を発生させたものであつて、本件医療契約において被告に過失のあることは明らかである。

第四損害について

右のとおり、被告は本件手術において術後消炎剤の投与など適切な治療をせず、また抜糸の際手術用絹糸の一部を遺留した過失があり、これにより原告は目の痛み、異物感、目脂の排出などが長く続く苦痛を受けたのであつて、原告の右苦痛に対する慰藉料は諸般の事情を考慮し、金三〇万円を相当する。<以下、省略>

(菊地博 川鍋正隆 天野実)

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