京都地方裁判所 昭和47年(ワ)52号 判決
原告 東良正博
被告 国
訴訟代理人 井上郁夫 外三名
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 昭和四五年三月一六日訴外上京税務署長に対して提出された原告を申告者とする昭和四一年分所得税の修正申告書、同昭和四二年分所得税の修正申告書、同昭和四三年分所得税の修正申告書は、いずれも真正に成立したものでないことを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文第1、2項同旨の判決
第二当事者の主張〈省略〉
第三証拠〈省略〉
理由
一 請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。
二1 〈証拠省略〉、によると、本件各修正申告書である〈証拠省略〉の各申告者らん名下の印影は原告の印顆により顕出されたものであることが認められるから、反証がない限り、右〈証拠省略〉は真正に成立したものと推認されるところである。
2 そこで、反証の有無について検討する。
(一) 本件各修正申告書は訴外山田光樹が上京税務署の担当係官の下書した右申告書用紙に前記原告の印鑑を自ら押捺したうえ、右税務署長に提出したものであることは当事者間に争いがない。
しかしながら、右山田が本件各修正申告書を提出するにいたつた経緯をみるに、〈証拠省略〉の結果によると、
(1) 原告は父東良正一と母、ミツとの間の長子であるが父正一が昭和二〇年一月二六日戦死したため、原告が家屋敷、田畑などを家督相続により所有するにいたつたこと。
(2) 父正一が死亡したのち、母ミツが原告の法定代理人として原告の財産を管理したが、原告が成年に達してからも、同女が原告からその財産一切の管理を委任され、自ら農業を営むほか、昭和三五年ごろからは、訴外株式会社デルタ自動車教習所に原告所有地を教習所用地として賃貸したり、その土地を担保として利用させる等して収入をはかり、原告ならびに自らの生計の資に充ててきたこと。
(3) 本件各修正申告書作成当時、原告はいまだ大学生であり、自己名義の財産の所在すら知らず、その財産管理、運用はもとより、税務申告も母ミツに一任しており、現に上告税務署係官が本件修正申告について事情を聴取するため、原告に電話したところ、原告は「所得税のことは自分は何もわからずすべて母に任しているから、母に聞いて欲しい」旨回答していること。
(4) ところで、右ミツは前記のように「デルタ」と財産上の関連を持つていたため、昭和三八年ごろより同社役員訴外山田光樹に原告の所得申告を相談し、同人が各確定申告書の作成を代行してきたが、本件においても、前記係官が右ミツに電話連絡して事情を聴取しようとしたところ、同女は右山田に聞いて欲しい旨述べたため、同係官は右山田と面接し、右「デルタ」や銀行関係の事前調査結果をあわせて原告の不動産譲渡所得ならびに利子所得について事情を聴取し、昭和四一年ないし四三年分につき申告もれがある旨の確信を深めたこと。
(5) 一方右山田は右係官が右調査の結果算出した各修正申告額とその内容を右ミツに説明し、同女が右のような修正申告をすることに同意したため、昭和四五年三月ごろ前記修正申告書用紙を上京税務署付近の喫茶店で同女に示し、その了解のもとに同女から原告の印鑑を預りその場で前記のとおり押捺し、これを右税務署に提出したこと。
以上の事実が認められ、これらの事実に徴すると、前記のとおり本件各修正申告書の申告者らん名下の原告の印鑑が訴外山田の押捺したものであつても、右山田は原告の母ミツの承諾のもとに右申告書の記載、捺印、提出等をなしたにすぎなく、これは右ミツの履行補助者としてなしたものというべきであり、また右ミツは原告からその所有財産一切の管理、運用はもとより、その税務申告についてもその代理権を授与されていたものであるから、これが結局原告の意思に基づかないものとはなしがたく、前記推定をゆるがすことはできないものである。
(二) また、右ミツの証言中には、同女は前記山田から税務署係官の算出した各修正申告額とその内容を説明されたが、この申告の意味はよくわからなかつたが右山田から「デルタ」が支払つて迷惑はかけないといわれたため、本件各修正申告書に捺印した趣旨の供述部分がある。
しかしながら、さらに同女ならびに前記山田の各証言によると、同女は「デルタ」に対し従前から前記のとおり原告所有財産を担保として利用させてきたところ、本件修正申告がこれとの関連でなされることは十分了解して申告することに同意したことが認められるから、前記供述をもつて直ちに前記推定をうごかすことはできないものである。
(三) 他に、前記推定をくつがえす証拠はない。
三 以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤博)