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京都地方裁判所 昭和47年(ワ)42号 判決

原告 佐々木平左衛門

〈ほか一名〉

右原告両名訴訟代理人弁護士 前堀政幸

右同 村田敏行

被告 住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 諸葛義夫

右訴訟代理人弁護士 伊達利知

右同 溝呂木商太郎

右同 伊達昭

右同 沢田三知夫

右同 奥山剛

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告は原告らに対し、各金二、五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四七年二月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、(保険契約の締結)

被告は、訴外佐々木明美との間に、普通乗用自動車(京五の九三九号)(以下、本件自動車という。)につき、保険期間を昭和四四年四月二五日から昭和四六年四月二五日までとする自動車損害賠償責任保険契約(以下、本件保険契約という。)を締結した。

二、(事故の発生)

訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通は、次の交通事故によって死亡した。

(一)  発生時 昭和四五年二月二三日午後一〇時六分頃

(二)  発生地 京都府乙訓郡向日町寺戸二枚田先阪急梅ノ木踏切

(三)  事故車 本件自動車

運転者 不明(なお、捜査当局は事故時の現場状況から訴外佐々木春雪と判断していたようである。)

(四)  被害者 訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通(同乗中)

(五)  態様 前記場所において本件自動車が阪急電車と衝突し、被害者両名が同乗者佐々木春雪、同佐々木勝、同佐々木明美とともに死亡した。

三、(責任原因)

訴外佐々木明美は、本件自動車を所有して自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故によって生じた訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通の損害を賠償する責任がある。

四、(損害)

(一)  訴外佐々木逸雄(死亡当時満一一才)に生じた損害

(1) 逸失利益 金三、五五九、四五三円

(2) 慰藉料  金三、〇〇〇、〇〇〇円

(二)  訴外佐々木誠通(死亡当時満七才)に生じた損害

(1) 逸失利益 金三、二五七、九八二円

(2) 慰藉料  金三、〇〇〇、〇〇〇円

五、(相続)

原告らは、訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通の父方実祖父母であるが、右訴外人らの実父佐々木勝、実母佐々木明美がいずれも右訴外人らとともに本件事故によって即死し同時に死亡したものと推定される結果、右訴外人らの相続人としてそれぞれその相続分に応じ、訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通の前記各損害賠償請求権の四分の一宛を相続した。

六、(結論)

よって、原告らは被告に対し、右各損害金の内金として、いわゆる強制保険金支払限度額である各死亡者金五、〇〇〇、〇〇〇円のうち、各原告が相続した訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通各人につき金一、二五〇、〇〇〇円宛、すなわち各原告につき合計金二、五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四七年二月五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四、原告の事実上および法律上の主張

一、(請求原因に対する認否)

(一)  請求原因第一項の事実は認める。

(二)  同第二項中、事故車の運転者に関する主張事実は争うが、その余の事実は認める。本件事故当時本件自動車を運転していたのは、佐々木勝である。

(三)  同第三項の事実は認める。

(四)  同第四項の事実中、訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通の各死亡当時の年令が原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は争う。

(五)  同第五項の事実中、原告らと訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通、同佐々木勝、同佐々木明美との間の相互の身分関係、および右訴外人らがいずれも本件事故によって即死したことは認めるが、その余の事実は不知。

二、(被告の主張)

(一)  自賠法一六条の請求は、保有者の被害者に対する損害賠償責任が発生し認容されることを前提とするものであるところ、本件自動車の所有者は訴外佐々木明美、事故時の運転者は佐々木勝であって、被害者たる訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通の実父母である。一般に円満な夫婦親子等扶養被扶養の関係にある近親者間における過失に基づく生命自体の侵害行為については、被害者の加害者に対する損害賠償請求権は発生せず、また仮に観念的には発生するとしてもその行使は倫理的に許容されないと解すべきであるから、原告らの請求は失当である。

(二)  本件自動車の所有者は佐々木明美名義であるが、同人は無免許者で、運転免許を有するのはその夫佐々木勝であり、本件自動車は佐々木勝一家の所謂ファミリーカーであるから、佐々木勝は佐々木明美とともに本件自動車の保有者というべきである。したがって仮りに訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通が本件事故による損害賠償請求権を取得しかつこれを行使しうるとしても、佐々木勝は本件自動車の加害運転者としてのみならず保有者として右訴外両名に対して損害賠償債務を負担し、原告らは同債務を相続により承継したものであるから、原告らが相続により取得した右訴外両名の損害賠償債権は、混同により消滅したというべきである。

第五、被告の主張に対する原告らの反論

一、被告の主張(一)について

一般的に、実親子の間といえども民法上は独立の人格者であり、親子間の財産上の権利義務を定めた規定も存するのであって、不法行為による賠償義務についても親子間であるが故に別異に論ずべき根拠はない。また、本件のように、保険会社に対し自賠法一六条に基づく直接請求権を行使する前提として、保有者たる親に対し同法三条に基づく損害賠償請求権を行使しても、円満な家族生活共同体を破壊することはないから、親子間の倫理に反することにもならず、したがって右権利行使が制限を受ける理由は存在しない。さらに、自賠法は、そもそも自動車のすべての保有者に責任保険契約を義務づけて運行者の資力を確保し、被害者救済の確実な実現を目的として定められているのであり、一般の任意保険約款に規定されている同居の親族に対する免責条項が同法には存在しないこと、被害者の直接請求権を規定していること、被害者の「他人」の概念についての制限を規定していないこと等を考えあわせば、自賠法は運行供用者または運転者以外の者に生じた損害は保険金額の限度ですべて保護しているものと解すべきであり、親子間の事故であるからといって自賠法による救済を拒否すべき理由はない。

二、同(二)について

佐々木明美が本件事故当時無免許であったこと、および本件自動車が本件事故以前佐々木勝の家族のために使用されていた所謂ファミリーカーであることは認める。

しかし、仮りに佐々木勝が本件自動車の保有者であったとしても、本件保険金請求権は混同消滅しない。すなわち佐々木勝が本件事故により訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通に対して負担した損害賠償義務は、当然自動車損害賠償責任保険において填補されることが明らかな損害賠償義務であり、いわば保険金による填補債権付債務というべきものである。したがって、原告らが右訴外両名の損害賠償債権を相続し、同時に佐々木勝の右保険金による填補債権付損害賠償債務を相続したとしても、その保険金による填補債権は混同により消滅すると解すべきではないから、自動車損害賠償責任保険金を被害者請求するになんら障害となることはない。右の事理は、仮りに佐々木勝が本件保険金請求時まで生存していた場合と比較すれば明らかであるのみならず、自動車損害賠償責任保険制度が責任保険制度であるとはいえ、同時に社会保障制度の性格をもつことに鑑み合理的である。

第六、証拠関係≪省略≫

理由

一、(本件保険契約の締結と死亡事故の発生)

請求原因第一項の事実、および同第二項の事実中事故車の運転者を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。

二、(責任原因)

請求原因第三項の事実は、当事者間に争いがない。

そうすると佐々木明美は運行供用者として本件事故によって訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通に生じた損害を賠償する責任を負わなければならない。

また、右争いのない事実に、≪証拠省略≫を綜合すると、本件自動車の所有名義人は佐々木明美であったが、同人が自動車運転免許を有していなかったため、本件自動車購入時以来同人の夫佐々木勝が常時これを運転し、自己および家族のために使用していたこと(本件自動車が佐々木勝の家族のために使用されていた所謂ファミリーカーであることは、当事者間に争いがない。)が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、佐々木勝は、佐々木明美とともに、本件自動車を保有して自己のために運行の用に供していたものというべきところ、本件事故当時佐々木勝が右運行供用者たる地位を失なっていたことを認めるにたる証拠はないから、佐々木勝もまた運行供用者として本件事故によって訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通に生じた損害を賠償する責任を負うものである。

三、(被告の主張(一)について)

被告は、夫婦親子等近親者間における生命侵害行為については、被害者の加害者に対する損害賠償請求権は発生せず、また仮りに観念的には発生するとしてもその行使は倫理的に許容されないと解すべき旨主張する。

佐々木勝、佐々木明美が訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通の実父母であることは当事者間に争いがないところ、一般に同一の家族生活共同体に属する親子間においてはその間の生活関係は情宜や倫理等の非法律的規範によって律せられ、その生活過程において一方が他方に与えた損害も相互の協力扶助関係のなかに解消されて内部的に解決されることにより円満な家庭生活の維持が図られることが少なくないが、親子といえどもそれぞれ独立の人格者として権利義務の主体となりうる現行法のもとにおいては、親子間においても不法行為その他の法律原因に基づく債権債務関係の成立を否定しえず、右のような非法律的規範が円満な家庭生活の維持に利するところが少なくないとしても、このことが直ちに親子間における債権債務関係の成立とその行使を妨げる根拠とはなりえない。ことに、本件においては、自動車事故によって生命を侵害された子が保有者たる親に対して自賠法三条に基づく損害賠償請求権を有することを主張し、これを前提として保険会社に対し同法一六条に基づく直接請求権を行使するものであって、その行使が家族生活共同体を破壊するおそれがあるとはいえず、したがって権利濫用や信義則違反としてこれを排斥すべき理由はなく、また親子間の事故であることを理由に自賠責保険の保護を拒むべき法律上の根拠もないから、被告の右主張は採用することができない。(最判昭和四七年五月三〇日、判例時報六六七号四頁以下参照)

四、(被告の主張(二)について)

原告らが訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通の父方実祖父母であること、右訴外人らが実父佐々木勝、実母佐々木明美とともに本件事故によって即死したことは、当事者間に争いがなく、この事実に≪証拠省略≫を綜合すると、右訴外両名の相続人は原告らと母方祖父母のほかになく、また佐々木勝の相続人は原告ら以外にないことが認められるから、原告らはそれぞれその相続分に応じ、訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通の佐々木勝、佐々木明実に対する前記各損害賠償請求権を各四分の一の割合で相続するとともに、佐々木勝の右訴外両名に対する前記各損害賠償義務をも各二分の一の割合で相続したものというべく、その結果右相続した右訴外両名の佐々木勝に対する損害賠償請求権は権利義務の混同により消滅し、またこれに伴い右相続した右訴外両名の佐々木明美に対する損害賠償請求権もその目的を達成して消滅したことになる。そして、自動車責任保険は、本来加害者たる保有者等が現実に負担した損害賠償責任を填補するための制度であって、保険者と被害者との間に直接の法律関係を予定しないものであるところ、被害者の保険者に対する損害賠償額の直接請求権は、自賠法が被害者に対し保険金額の範囲内で保有者等に対する損害賠償請求権の迅速確実な実現を得しめるため特別の規定を設けることによって自賠責保険制度の一環に組み入れられたものにほかならないから、被害者の保有者等に対する損害賠償請求権の存在を前提としてはじめて右直接請求権が認められるものといわなければならない。そうすると、右認定のとおり原告らが訴外佐々木逸雄、同佐々木誠通を相続することにより取得した佐々木勝、佐々木明美に対する各損害賠償請求権が、同時に佐々木勝の右訴外両名に対する損害賠償義務をも承継したことによって生じた混同の結果消滅し、かつ右承継により原告らが単に被害者の地位のみならず加害者側の地位にもたつことになった以上、専ら被害者の地位の承継を根拠として被告に対し右損害賠償額の直接請求をすることは許されないものというべきである。

そうすると、この点に関する被告の主張は理由があるといわなければならない。

五、(結論)

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告に対する本訴請求はいずれも失当というべきであるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判断する。

(裁判官 谷村允裕)

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