京都地方裁判所 昭和44年(ワ)1686号 判決
原告
不破ちよ子
外二名
原告ら代理人
植松繁一
被告
国
みぎ代表者
田中伊三次
みぎ代理人
松田英雄
外六名
被告
京都府
みぎ代表者
蜷川虎三
みぎ代理人
田辺重義
外二名
主文
被告らは各自
原告不破ちよ子に対し金七〇万八、六四三円
原告不破喜弘に対し金九四万〇、六四三円
原告大槻千枝子に対し金七〇万八、六四三円
とこれらに対する昭和四二年一月九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、五分し、その四を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができ、被告らは共同して原告らに対しそれぞれ金五〇万円の担保を供して仮執行を免れることができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告ら訴訟代理人
被告らは各自原告らに対し、いずれも金三五〇万円と、これに対する昭和四二年一月九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決と仮執行の宣言。
二、原告ら代理人
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決と担保を条件とする仮執行免脱宣言。
第二、当事者の事実上の主張
一、原告らの本件請求の原因事実
(一) 事故の発生
訴外亡不破喜八郎は次の交通事故により死亡した。
(1) 事故の日 昭和四二年一月八日午前八時四五分頃
(2) 事故の場所 綾部市戸奈瀬町松原一九番地先国道二七号線上
(3) 加害者一 大型トラック(京1い一八一〇号)
運転者 訴外荻野彦三
加害車二 普通乗用自動車(京5に一九八〇号)
運転者 訴外湯浅俊司
(4) 被害車 普通乗用自動車(京5の六六四三号)
運転者
被害者}訴外亡不破喜八郎
(5) 事故の態様
不破喜八郎は、被害車を運転して国道二七号線を舞鶴に向つて北進中、路肩に繁つていた竹が積雪のため道路の北行車道の高さ1.5メートルのところに垂れ下つていたので、これをさけるためハンドルを右に切つて対向車線に出たとき、対向車線を南進してきた加害車一と正面衝突し、加害車二が被害車に追突した。
(6) 不破喜八郎は、脳振盪、頭蓋内出血のため、即死した。
(二) 責任原因
(1) 本件道路は、被告国が管理し(道路法二九条、四二条)、被告京都府は費用負担者である(同法五〇条)。
(2) 本件事故現場附近は、京都府下でも積雪量の多いところであるから、冬期路肩の竹が道路に垂れ下り交通の安全を妨げることは予測できた。従つて、道路管理者が、本件事故のときのような道路の危険状態を改善せず放置していたことは、道路管理上の安全性を欠き瑕疵があつたとしなければならない。
(3) 従つて、被告らは、国家賠償法二条、三条によつて賠償責任がある。
(三) 損害〈略〉
(四) 結論
被告らに対し、原告不破喜弘は金六一六万六、二七七円、原告不破ちよ子は金六〇一万四、五〇二円、原告大槻千枝子は金六〇二万四、五〇二円の支払いが求められるので、原告らは、内金としていずれも金三五〇万円と、これらに対する本件事故の日の翌日である昭和四二年一月九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、被告らの答弁と抗弁
(一) 本件請求の原因事実中、第一項と第二項(1)の事実は認める。
(二) 第三項の損害額を争う。ただし、相続関係と損害填補額を認める。
(三) 被告らの主張
(1) 本件道路には管理上の瑕疵がなかつた。
本件事故のとき、路肩の竹が道路に垂れ下つていたがそれでも、垂れ下つた竹の最下部と路面とには1.5メートルの空間があり、自動車の運転者の目の位置から前方を見とおすことは十分できたから、そのままで下を通り抜けることができた。従つて、竹の垂れ下つていたことが道路の安全性を阻害したことにならない。
(2) 積雪のため竹が垂れ下つても、融雪によつて復元する一時的現象であつて、これは、道路自体に欠損があつた場合と異なる。
そうして、竹の垂れ下つていた地点を中心に、北方約二二六メートル、南方約一二〇メートルの間は、極めて見とおしがよいし、北行車両は、約一二〇メートル手前のカーーブを曲ると、この竹の垂れ下つていることと、対向車線の車の状況が判るのであるから、竹の垂れ下つたところまで、北行車は、余裕をもつて適切な運転措置がとれる状態にある。
このようにみてくると、竹の垂れ下つていることは、交通の円滑を阻害することになつても、道路の安全性に欠けることにはならない。
仮に、本件道路に瑕疵があつたとしても、本件事故と因果関係がない。
(3) 本件事故は、不可抗力によるものであるから、被告らには責任がない。
本件道路の路肩に生育していた竹は、道路法面(斜面)下方向に傾斜していた。それだのに積雪によつて、一変して道路の方向に垂れ下つてしまつた。道路管理者としてこのようなことは予想外のことであり、これまでにこのようなことはなかつた。
本件道路の雪寒対策本部綾部班の班長である近畿地方建設局福知山工事事務所綾部国道維持出張所長は、本件事故の日の朝午前六時頃、宿直員から雪に対する注意報の出ていることを告げられ、積雪量七センチメートルであることを現認し、直ちに出動態勢を指示し、午前七時頃、委託請負業者である槻瀬組に除雪の出動を命じ、担当職員を召集した。そこで、これら業者や職員は巡回や除雪活動を開始した。そうして、まず、積雪量の多い舞鶴方面寄りの上杉、黒谷から除雪や巡回をはじめ、本件事故現場の方に向つたが、その到着前に、本件事故が惹起てしまつた。
本件道路の管理の直接の責任者である前記綾部国道維持出張所長は、道路管理者としてしなければならないことは全部したのであるから、本件事故は、不可抗力によるものである。
(4) 不破喜八郎は、竹が垂れ下つて見とおしが悪くなつていたのであるから、その下を通り抜けられるかどうかを確認したうえで通り抜けるか、迂回すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然高速のまま対向車線に進入して加害車一と正面衝突した。
これは、不破喜八郎の過失であるから、過失相殺の主張をする。
第三、証拠関係〈略〉
理由
一、原告ら主張の本件請求の原因事実中第一項の事実は、当事者間に争いがない。
二、本件事故現場の国道二七号線の北行車道に、路上1.5メートルのところまで、積雪の重みによつて竹が垂れ下つていたことは、当事者間に争いがないから、これが、道路管理の瑕疵になるかどうかについて判断する。
(一) 〈証拠〉によると次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。
(1) 本件事故現場附近の状況は、別紙添付図面のとおりである。
国道二七号線は、京都市と舞鶴市を結ぶ唯一の重要幹線道路で、交通量が多く、北行車道南行車道とも一車線のアスフアルト舗装で、歩車道の区別はない。
(2) 本件事故のあつた日の前日である昭和四二年一月七日の夜半から雪が降り、同月八日朝には、一〇センチメートル程の積雪があり、本件事故現場附近では、その両側に積雪部分があつたため、有効幅員は約5.3メートルしかなかつた(道路幅員6.3メートル)。
本件事故のころは、雪は降つてはいたが、路上の雪が一部融け、みぞれ状になつていたので、通行する車は、スリップしやすい状況にあつた。
(3) 本件事故現場附近の東側は山がせまり、西側は低くなつていて、道路法面とそれに続く民有地一帯は竹やぶである。
(4) 本件事故のとき、法面に生立していた、大人の背の高さの三倍もある竹二、三本が、積雪のためしなつて、路面から1.5メートルの高さにまで北行車道に垂れ下つていた。それは、センターラインまで覆いかぶさる恰好で、北行車道の車両運転者の前方の見とおしを全くさえぎつてしまうものであつた。そこで、これら運転者は、垂れ下つた竹をくぐり抜けて行くことは、危険のためできず、対向車線に入つてこれを迂回するしかなかつた。
(5) 不破喜八郎は、被害車を運転して、この垂れ下つた竹をさけて迂回すべく①の辺から、対向車線に入つた。
(6) 他方、加害車一を運転して時速約四〇キロメートルで南進していた訴外荻野彦三は、点で、垂れ下つた竹の横からニユツと出てきた①の被害車を発見し、衝突の危険を感じ、点で急制動をかけて左側に転把した。このとき、被害車は②点にきていた。加害車一が、点で側溝に左前車輪を落して停車したとき、被害車は、スリップしながら、加害車一の運転台の下にはまり込むようにして衝突した。
(7) 訴外湯浅俊司は、加害車二を運転して、被害車の後方約一〇メートルのところを追尾し、前記垂れ下つた竹を迂回する被害車を見てこれに続き、対向車線に入つて自車線に戻ろうとしたとき、スリップし、道路の西側から転落しそうになつたので、あわててハンドルを右に切り直し、そのまま被害車に追突した。
(8) 本件道路には、本件事故現場以外にも、道路わきに竹やぶがあり、本件事故までに、それが、積雪のため道路上に垂れ下つていたことはあつた。
(9) 本件道路を直接管理している近畿建設局福知山工事事務所綾部国道維持出張所は、本件事故直後、この垂れ下つた竹二、三本を切りとり、数日後、防護柵を設けて、竹が道路に垂れ下つてくるのを防止した。その防護柵は、柱をたて、それにワイヤー製の一尺平方くらいの目になつた網を張つたものである。
(二) 以上認定の事実からすると、次のことが結論づけられる。
本件道路は、重要幹線道路であり、車両の交通量が多いのであるから、道路管理者は、本件道路の交通上の安全には、万全を期すことが要求される。
それにも拘らず、道路法面に生育していた竹が、積雪のため道路に垂れ下り、一車線しかない北行車道の通行を閉そくして阻害していたのであるから、(このような状態が何時から現出していたかは証拠上明らかではない)、この危険状態は、道路が通常具備すべき安全性を欠いていたとしなければならない。すなわち、本件道路には、管理上の瑕疵があつたことに帰着する。
(三) しかし、被害車の運転者である不破喜八郎には、垂れ下つた竹を迂回するため、対向車線の車両の有無を確認し、必要ならば、その直前で一時停車をして安全に対向車線に進入すべき注意義務があるのに、不破喜八郎は、この義務を怠り、対向車線の安全を確めないで、漫然とそのまま迂回して行つたもので、これが、本件事故の一原因であることは多言を必要としない。
当裁判所は、不破喜八郎の過失を四〇パーセントと評価する。
三、被告らの主張に対する判断
(一) 被告らは、本件道路の瑕疵と本件事故とには因果関係がないと主張しているが、前記認定事実からすると、竹が垂れ下つて北行車道が閉そくされた状態になり、被害車は、このため、それを迂回した結果加害車一と衝突したのであるから、到底この主張は採用できない。
北行車の車両の運転者が、余裕をもつて適切な運転措置がとれたかどうかは、過失相殺の一事由になり得ても、本件に認定した事情のもとでは、被告らが主張するように因果関係を否定する事由にはならない。
(二) 被告ら主張の不可抗力について、〈証拠〉によると、被告らが不可抗力であると主張している事実のうち、本件事故の日の朝、綾部国道維持事務所が、巡回や除雪をはじめそれが間に合わなかつた事実が認められるが、当裁判所は、この事実は、被告らの管理責任を免れさせる不可抗力には当らないと考える。
とりわけ、本件道路が重要幹線道路であり、交通量の多いこと、竹が垂れ下つて一車線しかない北行車道の進行が阻害されていたこと、法面の竹を切り取ることはまことに簡単であることなどを考えたとき、巡回と除雪が間に合わなかつたというのは、被告らの単なる弁解か言いのがれでしかない。
四、被告国が本件道路の管理者であり、被告京都府がその費用負担者であることは、当事者間に争いがないから、原告らの損害額について判断する。
(一) 不破喜八郎の葬儀費 金二五万円
原告不破喜弘の本人尋問の結果によると、同原告は、葬儀費として約金七〇万円を支払つたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
当裁判所は、本件事故と相当因果関係にある葬儀費は、金二五万円が相当であると認める。
(二) 物損 金二万円
同結果によると、同原告は、被害車の引揚料と運搬料として少なくとも金二万円を支出したことが認められ、この認定に反する証拠はない。
従つて、同原告のこの損害は金二万円である。
(三) 不破喜八郎の逸失利益 金一二九万二、六四〇円あて
同結果によると、不破喜八郎は、昭和四一年四月から個人企業を会社組織にし、訴外不破染工株式会社の代表取締役に就任し、一か月金八万円の給料を得ていることが認められ、この認定に反する証拠はない。
そうすると、不破喜八郎の年間収入は、金九六万円であるが、その生活費として、原告らが主張する金三六万円を控除する。
不破喜八郎の本件事故による死亡時の年令が、満五九歳であることは、弁論の全趣旨によつて認められるから、これを基礎にその逸失利益を積算すると、金三八七万七、九二〇円になる。
600,000円×6.4632(就労可能年数8年のライプニツツ係数)=3,877,920円
原告らが不破喜八郎の相続人であることは、当事者間に争いがないから、原告らは遺産相続人として、この債権を三分の一あて承継取得したもので、その額は各金一二九万二、六四〇円である。
(四) 慰藉料 各金一〇〇万円
本件に顕われた諸般の事情を斟酌し、原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇〇万円あてが相当である。
(五) 過失相殺と損益相殺
(1) 以上の合計である
原告不破喜弘は、 金二五六万二、六四〇円
そのほかの原告らは、 金二二九万二、六四〇円
が、それぞれの損害額であるが、不破喜八郎の過失は、前記のとおり四〇パーセントであるから、これを過失相殺すると次のとおりになる。
原告不破喜弘は、金一五三万七、五八四円
そのほかの原告ら各金一三七万五、五八四円
(2) 原告らが、自賠責保険から金一二〇万〇、八二四円を、訴外湯浅俊司から金八〇万円を受け取つたことは、当事者間に争いがないから、これらを三分してみぎ損害額に充当すると次のとおりになる。
原告不破喜弘 金八七万〇、六四三円
そのほかの原告ら 各金七〇万八、六四三円
(六) 弁護士費用
原告不破喜弘の本人尋問の結果によると、同原告は、本件原告訴訟代理人に訴訟委任をし、着手金として、金七万円を支払つたことが認められる。
そうすると、同原告が、被告らに対し、本件事故による損害として負担が求められる弁護士費用は、金七万円が相当である。
そのほかの原告らも、弁護士費用を損害として請求しているが、本件は、被告らのほかに相被告として、加害車二に関する湯浅俊司らを被告にし、これらの相被告らとは、本件口頭弁論終結の日にようやく和解ができたことを考えると、そのほかの原告らの弁護士費用をも、本件事故による損害として、被告らにだけ負担させるのは不相当である。従つて、この請求は排斥する。
五、むすび
被告らに対し、原告不破喜弘は金九四万〇、六四三円、そのほかの原告らは各金七〇万八、六四三円と、これらに対する本件事故の日の翌日である昭和四二年一月九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いが求められるから、原告らの請求をこの範囲で正当として認容し、原告らのその余の請求を棄却し、民訴法八九条、九二条、一九六条に従い主文のとおり判決する。 (古崎慶長)