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京都地方裁判所 昭和43年(わ)399号 判決 1970年3月12日

主文

被告人島田三千男を懲役一年および罰金一〇、〇〇〇円に処する。

同被告人において右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

但し、同被告人に対し、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人長巌は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人島田三千男は、金茂ならびに申正松から「大阪の分散品で一千万円ほどの白生地がある。買うか買手をさがすかしてほしい」旨話しかけられるや、これを呉服卸商の長巌に買取つてもらうべく斡旋してやろうと考え種々手筈を整えていたところ、昭和四三年三月二六日午前六時ころ、申正松らが自ら当日未明貨物自動車を襲つて強奪してきた別紙賍品一覧表記載のちりめん類等在中の梱包三九点(時価合計約一〇、四〇六、七六〇円相当、以下、単に本件梱包という)を京都市北区小山下花ノ木町一二番地の二の長巌方に持参した際、自らも同人方に赴いたうえ、それが賍品であるかもしれないとの未必的認識を抱きながら、同人に対して「商品が着いたので見てやつてくれ」「百万円ぐらい出してやつてくれ」などと本件梱包を買取られたい旨申し向けてその買取方を斡旋し、もつて賍物の牙保をなしたものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

被告人島田三千男の弁護人は、「被告人島田三千男は、本件梱包が賍品であるとの認識を欠く状態で判示の斡旋行為を行なつたものであるから、無罪である」旨主張している。

しかして、被告人島田三千男としても、当初の捜査段階において本件梱包が賍品であるかもしれないとの未必的認識を有していた旨自供していたが、その後の公判段階においては右自供を覆すに至つているのである。

しかしながら、前掲各証拠によると、被告人島田三千男が判示の斡旋行為を行なつたのは、金茂や申正松から判示の如く「大阪の分散品で一千万円ほどの白生地がある。買うか買手をさがすかしてほしい」旨話しかけられていたことに基づくものではあるが、そこに至るについては金茂ないしは申正松との間に数回にわたり事前の打合わせが持たれていたこと、被告人島田三千男は右打合わせの過程において同人らに対して商品の品質、価格、所有者、所在地などにつき種々質問をなし見本を持参するようにも要求したが、同人らからはあいまいな説明しか得られなかつたばかりか、結局見本を持参されることもなかつたこと、申正松においては時価一千万円もの多額の商品についての取引を斡旋してもらうというのに被告人島田三千男に対して自らの住居や連絡場所を明らかにせず、常に自分の方から被告人島田三千男方に電話をかけるという一方的な連絡方法によつて被告人島田三千男を喫茶店に呼び出し、そこで種々打合わせを行なうというような態度をとつていたこと、申正松らは一旦三月二三日午前六時に商品を持参する旨約束しておきながら何らの事前連絡もないままその約束を履行せず、しかも事後的にもその点に関してあいまいな説明しかできなかつたこと、しかるに、その後判示の時点に商品を持参する旨打合わせた際には、被告人島田三千男に対して商品持参後即刻現金の支払を受けられるよう手配されたい旨申し向けるなど、現金の受取方を急いでいたこと、申正松らによつて本件梱包が被告人長巌方に持参された時刻は、この種商品につき通常の取引を行なう時刻としては極めて不自然な早朝の午前六時ころであつたこと、しかもその際被告人島田三千男としても同人らとの予めの打合わせに基づき自らその場に赴いたうえ本件梱包を現認していること、それによると、「分散品」と称する本件梱包の荷姿が、同人らから予め聞かされていた「パツキングケースに入れてある」という話とは相当程度に様子が違つており、一見するだけでも搬送中の荷物類ではないかとの疑念を抱かせるような梱包姿であつたこと、被告人島田三千男としては右打合わせの過程において時に金茂や申正松に対して「おかしな商品ではないか」と一応の疑問を呈することがあつても、同人らから「分散品であつて不正品ではない」旨の弁解を受けるや、それ以上何らの具体的追究を行なうということもないまま結局判示の如き斡旋行為を行なうに至つていること、被告人島田三千男は現に実兄とともに時に卸売もするような呉服商を営んでいるのであつて判示の斡旋行為を行なつた当時においてもちりめん類(白生地)の取引についてある程度の知識を有していたものであること、等の諸事実を認めることができるのであつて、右認定の諸事実から総合的に判断してみるときは、判示斡旋行為の時点においては、被告人島田三千男としても本件梱包が強奪品であるという点についてまでの認識を抱きえたかどうかは別として、それが窃盗などの不正手段によつて入手された賍品ではないかとの疑念を抱きうるような客観的状況が存在していたと認むるに十分であるというべく、一方、被告人島田三千男が金茂や申正松の「分散品であつて不正品ではない」との弁解をある程度信じていたということも全く否定しきれない事実ではあるにしても、そのことの故に被告人島田三千男において本件梱包が賍品であるかもしれないとの未必的な認識をまで全く払拭しきつていたとは到底解し難いといわなければならず、果してそうであるとすれば、結局被告人島田三千男は本件梱包が少なくとも賍品であるかもしれないとの未必的な認識を抱きながら敢て判示の如き斡旋行為を行なつたものであると推認するのが相当である。

以上の次第であるから、同弁護人の右主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人島田三千男の判示所為は、賍物牙保罪として刑法二五六条二項、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、その所定刑期ならびに金額の範囲内で同被告人を懲役一年および罰金一〇、〇〇〇円に処することとし、同被告人において右罰金を完納することがではないときは、刑法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとするが、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(被告人長巌に対して無罪の言渡をする理由)

一、被告人長巌に対する本件公訴事実は、「被告人長巌は、昭和四三年三月二六日午前六時ころ、京都市北区小山下花ノ木町一二番地の二の自宅において、申正松から被告人島田三千男を介して、申正松らが当日未明貨物自動車を襲つて強奪してきた本件梱包の買取方を求められるや、これを賍品であるとの認識を抱きながら預つて保管し、もつて賍物の寄蔵をなしたものである」というのである。

二、ところで、刑法二五六条二項の賍物寄蔵罪が成立するためには、「故意」として、被告人が賍物を預る旨の意思を有していることが必要であるほか、「実行行為ないしは結果」として、被告人が賍物を現実に預つたこと、すなわち賍物に対する占有が被告人の支配下に移転されたことが必要であると解され、その点で被告人が単に賍物を預る旨の意思表示や約束をなしたにとどまるという如き場合にあつては、未だ同罪の成立はないものといわなければならない。

三、これを本件についてみるに、<証拠>を総合すると、昭和四三年三月二六日午前六時ころ、申正松らによつて、同人らが当日未明貨物自動車を襲つて強奪してきた本件梱包が京都市北区小山下花ノ木町一二番地の二の被告人長巌方に持参されたこと、本件梱包はひとまずこれを積んできた小型貨物自動車から降ろされて同人方の土間ないしは中四畳半の間に運ばれたが、そのうち一部はさらに当時商品置場として使用せられていた表六畳の間に入れられたこと、その後申正松らに同行してきた被告人島田三千男と一足遅れてその場にやつてきた金茂の両名によつて被告人長巌に対して本件梱包の買取り方が求められたこと、その過程で被告人長巌から同人達に対して「ここに置くだけ置いておいてあんたらがぼつぼつ売つたらよい」との趣旨の発言がなされたこと等、被告人長巌につき本件公訴事実に基づく犯罪の成立を肯定しなければならないかのような諸事実を認めることができるのではあるが、反面、本件梱包が当日被告人長巌方に持参されたのは、被告人島田三千男が同月二一日ごろから「大阪の分散品らしい一千万円ほどの白生地があるので買つてやつてほしい」旨話しかけていたのを被告人長巌において了承していたことに基づくこと、本件梱包が運ばれた土間ないし中四畳半の間は、被告人長巌方の玄関口を入つたところに位置していて、同人方を訪れる客においても普段常に立ち入り、玄関口の外部からもその様子を容易にうかがい知ることのできる場所であること、さらに本件梱包の一部が入れられた表六畳の間は、当時においては内部に木製棚を設けるなどして商品置場として使用せられていたけれども、もともとは洋式の応接間であつたこと、この表六畳の間は中四畳半の間のすぐ北側に位置していて、中四畳半の間との間には板製の引違い戸が立てかけてあるだけでそこに特段の施錠設備があつたとも認め難く、その引違い戸も本件梱包が表六畳の間に入れられていた間は開かれたままの状態であつたこと、被告人長巌方においては、昼間は中四畳半の間で客の前に商品を並べ、夜間は残つた商品を表六畳の間に入れるというのが常であり、表六畳の間に入れられた商品も頻繁にそこから出し入れされており、同一商品が同所に置かれたまま長期間保存されるというようなことはあまりなかつたこと、本件梱包が土間ないし中四畳半の間に運ばれた点についてはともかく、それが表六畳の間に入れられた点については、被告人長巌がこれを指示したものとは認め難く、むしろ梱包が自動車から降ろされて次々と土間ないしは中四畳半の間に運ばれてくる状況を見た被告人長巌の妻長輝子がこのままでは土間や中四畳半の間は足の踏み場もなくなつてしまうと判断した結果自らこれを指示したものであること、本件梱包が申正松らによつて被告人長巌方に持参されて後、土間や中四畳半の間に運ばれ、さらに表六畳の間入れられるまで、約二〇分前後の時間が経過したが、その間、被告人長巌としては寝間着姿のまま玄関口から外に出て被告人島田三千男や申正松と顔を会わすことがあつたものの、その余は洗面をしたり手洗いに行つたりしていて被告人島田三千男から「商品が着いたので見てやつてくれ」と言われたこと以外には同人らと本件梱包についての会話を交わすこともなかつたこと、被告人長巌はその後表六畳の間に入れられたりしている「分散品」と称する本件梱包の一部を現認のうえ点検したが、その結果は、その荷姿が一見して搬送中の荷物類ではないかとの疑念を抱かしめるような梱包姿であつたばかりか、その内容品もかねて被告人島田三千男から聞かされていた白生地の「駒綸子」などとは相当程度様子の違つたウール類などであり、そのうえ金茂が執拗に「不正品ではない」ことを強調するような発言を繰りかえしたことなどもあつて、本件梱包は賍品であるかもしれないとの疑念を抱くに至り、これを被告人島田三千男にそれとなく正してみたが同人からはいまひとつ納得しうるような回答を得られなかつたこと、これに対して、被告人長巌として「賍品らしき物を持参した者がいる」旨直ちに警察官署に通報したというわけではなく、又被告人島田三千男や金茂に対して「賍品であるから買取れない」などとはつきり明言したというわけでもないが、それは同人達の手前がはばかられてそのような積極的措置をとることができなかつたということのほか、同人達から「まもなく本件梱包の持主たる会社の専務がやつてくる」旨聞かされていたこととて、専務がくれば買取れない旨の事情を話して善処しようとの考えを抱いていたからでもあつたこと、そこで被告人長巌としてはとりあえず同人達を中四畳半の間のすぐ南側に位置する奥六畳の間に招じて朝食をとらせるなどし、その間、同人達に対して京都大学の卒業証書を見せたり、「私は京大の教育学部を出ている。将来は衆議院議員の選挙にも立候補したい。総理大臣になれないともかぎらないのでこのような品物を買うのはこらえてほしい」などと申し向け、遠まわしに本件梱包を買取れない旨の意思表示を繰りかえすとともに、同人達から求められた現金の支払方をも拒絶し続けていたこと、前認の「ここに置くだけ置いておいてあんたらがぼつぼつ売つたよい」との趣旨の発言は被告人長巌において右のような意思表示を繰りかえす過程において行なわれた発言であること、このようなやりとりが約三〇分前後続けられやがて朝食も終りかけた同日午前七時すぎころになつて警察官がその場に到着し、被告人長巌も被告人島田三千男や金茂とともに警察官署への任意出頭を求められるに至つたこと等、被告人長巌につきむしろ本件公訴事実に基づく犯罪の成立を否定すべきではないかとの疑問を抱かせるような諸事実をも認めることができるのである。

四、そこで、以下、右各認定の事実関係に基づいて、被告人長巌が前述した賍物寄蔵罪の各成立要件を充足したものといいうるか否かの点につき判断を加える。

(一)、まず、被告人長巌において賍物たる本件梱包を預る旨の意思を有していたか否かの点につき検討するに、問題点は被告人長巌において前認の如き「ここに置くだけ置いておいてあんたらがぼつぼつ売つたらよい」との趣旨の発言を行なつているという点であるが、右発言は、それが行なわれた前後における前認の如き具体的状況に鑑みるときは、被告人長巌において本件梱包を買取る意思のないことを被告人島田三千男や金茂に了解せしめるためいわば方便として行なつた発言にすぎないと解するのが相当であつて、これを以て被告人長巌が真実本件梱包を預る旨の意思を有していたことの証左であるとまでは到底断じ難く、他に被告人長巌が真実本件梱包を預る旨の意思を有していたことを認むべき証拠は本件全証拠中のどこにも見当たらない。

(二)、次に、百歩譲つて仮に被告人長巌が本件梱包を預る旨の意思を有していたものであるとして、前認の如き本件の具体的事実関係は、これを以て被告人長巌が本件梱包を預つて保管したものであるとの評価をなしうるものであるか否かの点を検討するに、前認の事実関係としては、本件梱包が被告人長巌方の土間や中四畳半の間ないしは表六畳の間に置かれていたのではあるが、それがどの程度被告人長巌の意思に基づくものといいうるかがはなはだ疑問であるといわなければならないばかりか、その置かれ方も本件梱包を持参した申正松らがこれを一時的にそこに置いていたにすぎないのではないかとの疑問を強く抱かせる程度のものであり、そのうえ、本件梱包を持参した側の被告人島田三千男や金茂がいまなおその場にいて被告人長巌に対して本件梱包の買取り方を求めており、これを受けた被告人長巌も本件梱包を買取れない旨の意思表示を繰りかえしていたというのであるから、このような諸点に鑑みるときは、本件梱包に対する占有(事実上の支配)はいまなおその場にいた被告人島田三千男や金茂個人ないしは同人らによつて代表される申正松らの本犯者達の支配下にあつたものであると解するのが相当である。

なおその際問題として残る点は、被告人長巌において前認の如き「ここに置くだけ置いておいてあんたらがぼつぼつ売つたらよい」との趣旨の発言を行なつているという点であるが、右発言は、仮にそれが真実本件梱包を預る旨の意思を有していた被告人長巌によつて行なわれたものであるとしてみても、それのみによつて被告人長巌に対して本件梱包に対する占有(事実上の支配)を取得せしめるものとは到底解し難く、被告人長巌としては、右発言により、せいぜい被告人島田三千男や金茂に対して本件梱包を預る旨の意思表示ないしは約束をなしたにすぎないと解するのが相当である。

果してそうであるとすれば、本件の事実関係を以て被告人長巌がすでに本件梱包を預つて保管したものであるとまでは到底断じ難く、少なくともそのように断ずるについてはなお相当程度合理的な疑いが残るものといわなければならない。

五、以上の次第であるから、被告人長巌に対する本件公訴事実については、すでに「故意」の点で、被告人長巌が賍品たる本件梱包を預る旨の意思を有していたことを認めるに足る証拠がないというべく、仮に「故意」の点についてはその証明があるものとしてみても、「実行行為ないしは結果」という点で、被告人長巌が本件梱包を預る旨の意思表示ないしは約束をなしたということの証明があるのみであつて、被告人長巌が本件梱包を現実に預つて保管したということを認めるに足る証拠がないというべく、従つて、前述二の法理に照らすときは、いずれにしても、被告人長巌に対する本件公訴事実は犯罪の証明がないということに帰着するから、刑事訴訟法三三六条により被告人長巌に対して無罪の言渡をすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。(森山淳哉 相良甲子彦 栗原宏武)

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