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京都地方裁判所 昭和42年(ワ)653号 判決 1970年4月27日

原告

岡田寛

代理人

酒見哲郎

被告

磯部興業株式会社

代理人

小田美奇穂

立野造

主文

被告は原告に対し金一〇万円の支払をせよ。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は二分し、それぞれの一を原告、被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することが出来る。

事実

第一、双方の申立

一、原告は、「被告は原告に対し金三〇万円を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」。との判決並に仮執行の宣言を求めた。

二、被告は「原告請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、請求原因

一、別紙目録記載の土地、建物は(以下原告土地、原告居宅という)訴外丸江伸銅株式会社の所有であつて、原告は右会社の重役として、賃借居住している。

二、被告は、原告土地に西接する土地の所有者で、昭和三九年秋頃より、その地上に、訴外浅沼組に請負わしめて、平安閣新築工事を施行した。

三、被告は右平安閣建設により、左のような不法行為をなして、原告に精神的な苦痛を負わしめた。

1  被告は旅館平安閣の開業を一月一日に合わせるため突貫工事を浅沼組に実施せしめたのであるが、通常住宅地に隣接して大工事をなす場合は、隣家の住人に迷惑をかけることあるを慮つて、挨拶をするのが常識であるのにこれをなさず、かつ原告居宅内に何の断りもなく工事人を立入らしめて生活の平穏を乱し、あまつさえ年末には深夜に至るまで原告居宅庭の部分に立入らしめて、厳粛な忘年の一夜を無にさせた。

2  被告は、原告側の建仁寺垣を何の権限もなく取り払い、そのあとにブロック塀を建設したが、被告に面する部分は化粧をしたにかかわらず、原告居宅に面する部分は荒肌を露呈せしめ岡田一家より、庭の憩を取り去つてしまつた。

3  被告は非常階段を原告の庭に向けて開放し、しかも敷地内の一部を占拠して建設したため、原告としては何時、如何なる人物が平安閣より侵入するかも知れず不安の日々を送らざるを得ぬこととなつた。しかも被告に対し、その閉鎖方を要求しても応ぜず、原告において自衛のため戸を作らざるを得なかつたが、これとても完全なものも出来ず、未だに不満な日を送つている。

4  平安閣は原告居宅を見下すごとくそそり立ち、窓等も原告の庭に向つて開かれているため雑品、空缶等を、平安閣従業員、もしくは宿泊客が、投棄し、原告の申出にかかわらず未だに改善されない。

しかも窓から原告方をのぞき見されるので、おちおち暮すわけにもゆかず、常に余分の緊張を強いられている。

5  被告の建築によつて、従前の平安神宮の森を望見することの喜びを断たれ、宿泊客の姿を常時見なければならない苦痛は比類がない。

四  よつて、原告は被告に対し、右精神的苦痛に対する慰藉料として金三〇万円の賠償を求める。

第三、被告の答弁並に主張

一、請求原因第一、第二項は認める。

二、同第三項は争う。

三、1 被告及び浅沼組は近隣に挨拶にまわつている。工事人の立入や深夜作業を工事人に指示したことはない。

2 建仁寺垣は元来被告の所有であるから、これを除去するのに原告の許諾を求める必要はない。ブロック塀は元来素肌のまま使用するもので、これを化粧しないとの非難はあたらない。

3 非常階段は、原告方の庭の上に侵入していない。又、ブロック塀は、非常階段付近まであるが、その上には高さ約一米の丈夫な金網が、設置されている。それから南へは、原告が設けた板塀と、その西に接して右金網と同じ高さのトタン塀が設けられている。故に原告方に人間が侵入する不安はない。

4 原告は、眺望を奪われ宿泊客の姿が見えるのは苦痛というが、社会生活における協同の観念を無視するものである。特に相隣関係においては一般社会観念に従いある程度の受忍義務があるというべきである。

第四  立証<省略>

理由

一請求原因第一、第二項は争いはない。

二<証拠>によると、平安閣建築工事を始めるにあたつて、請負人浅沼組及び被告会社の各係員が、その近隣をまわつて、工事のため迷惑をかけることにつき、挨拶をしていること、原告方にも挨拶に来たことが認められる。又建仁寺垣の点については、原告本人の供述によると訴外浅沼組が、原告に対して金銭的補償をなしていることが認められる。

故に、右の原告の主張はもはや判断の必要はない。

三<証拠>によると、本件ブロック塀設置工事期間は二、三日であつたが、その間工事人は爾地の境界にあつた垣根を取りこわして原告方庭先に放り込み、その庭の内でブロック塀の準備をしたり原告の庭先から居宅の縁がわに坐り込み一服したり、元旦の夜明けまでかかつてブロック塀のつみ重ねをしたりしたこと、ブロック塀は、非常階段附近までしか設置されず、その南方が出入自由の状態であつたため、不用心なので、被告に、適当な処置を頼んだが、被告はこれに応せず、やむなく原告において板塀を設置したこと、平安閣からは、原告の庭先に、あきびん、みかんの皮、薬の空缶等が、よく投げ込まれることがあること。ブロック塀の被告に面する部分は化粧されているが、原告の庭に面する部分は粗肌をむき出して、ブロックの接着部分のセメントが、ふくれ上つた状態にあること。

を認めることが出来る。

しかし、非常階段が、原告敷地内に入り込んでいるとは認められない。

四原告と被告とは相隣関係にあるから、社会生活上協調すべきは当然である。故に、原告としては、被告の本件工事にあたり、社会観念上通常起り得ると認められる障害についてはこれを受忍すべきである。と同時に、被告としても、出来るだけ相隣者に迷惑をかけぬよう配慮すべき義務があると言わねばならない。工事開始にあたつて近隣に挨拶まわりだけすれば、いかなる迷惑をかけてもかまわないと言えないことは自明の理である。

そして前記認定の事実はいづれも原告の受忍の限度を越したものと認められる。

原告の庭や、居宅縁側の使用については、必要ならば原告の了解を得るべきであり、板塀の設置は、原告の手をまたず直になすべきであり、ブロック塀の夜間作業は、それが、原告の庭先でなされることであつてみれば、事前に何等かの了解をとるか、深夜をさけるべきであるし、ブロック塀の化粧については、自己の側のみ化粧して、他人の面を放置するとは、全く、理解に苦しむところである。(証人山口忠雄の証言によると、原告方に面するブロックのつみ方は未だ仕上げ未了の状態にあることが認められる。)

前記認定のような事実によつて、原告が日常生活に不安を感じたことは容易に推認し得るところであつて、一般社会観念上、受忍の限度を越えるものというべく、被告は工事の施行者、平安閣の経営者として、善良なる管理者の注意義務を欠き、原告の生活上の平穏を害したものとして不法行為が成立すると解される。

本件工事は、被告の施行にかかるものであるから、工事全般の責任は被告にあるというべく、工事人のなした行為である故をもつて、その責任を免れることは出来ない。従つて、被告は、右の不法行為についての損害を賠償すべき義務ありと言わねばならない。

原告が眺望を害されたこと、宿泊客の姿を常時見なければならない等のことは、原告として、受忍すべき範囲に属するものと認める。

五右に記述した諸点を勘案して、原告の精神的苦痛に対する慰藉料としては金一〇万円をもつて、相当と認める。従つて、原告の請求は、右の限度において理由あり、その余は棄却する。

よつて、民事訴訟法第九二条、第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。(久米川正和)

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