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京都地方裁判所 昭和34年(わ)469号 判決

被告人 松本彦也 外二名

主文

被告人三名はいずれも無罪。

理由

一、公訴事実の要旨

被告人三名は、いずれも京都府立山城高等学校定時制(以下、山城定時制と略称する。)教諭で、京都府立高等学校教職員組合(以下、高教組と略称する。)の山城定時制分会の分会員であるとともに、被告人松本は高教組副執行委員長、同波多野は同分会長、同玉村は同分会拡大闘争委員会の委員(以下、同委員会の委員を拡闘委員と略称する。)をしていたものであるが、京都府教育委員会(以下、府教委と略称する。)が昭和三四年三月二五日内示し、同年四月二日発令した人事移動により、さきに高教組を脱退した中村清兄が同定時制教諭に転勤となり、同定時制に校長副校長を除き唯一の非組合員が存在することになつたので、被告人三名を含む同分会員は、高教組が右内示以来展開してきた人事移動反対闘争の一環として、中村教諭が非組合員で、前任校当時勤務成績が悪かつたこと等の理由で同教諭の受入れを拒否しようと企て、同年四月七日京都市北区大将軍坂田町の同定時制事務室において、被告人三名のほか他の拡闘委員も出席のうえ、拡闘委員会を開き、被告人松本の提案により、(1)、同教諭を同定時制教諭として絶対受入れない。(2)、当分の間同教諭の登校を拒否する。(3)、仮りに登校しても職員室及び事務室に入ることを拒否する等を協議決定し、次いで同日と翌八日の二回にわたり、同定時制職員室において、被告人三名及び他の分会員も出席して分会会議を開き、被告人波多野から右決定事項を提案してそのとおり決議し、さらに、被告人松本らの発議により右決議を同教諭初登校の際被告人波多野、同玉村において直接本人に通告することをも決定し、ここに、被告人三名及び他の分会員は共謀のうえ、被告人波多野、同玉村において、同月八日午后六時ごろ、初登校した同教諭を同定時制応接室に呼び入れ、同室において同教諭に対し、「分会代表として分会の決議を伝える。」と前置し、前記決議どおりの事項を申し向け、もつて、団体の威力を示して同教諭の自由及び名誉に害を加うべきことを告げて脅迫したものである。

二、当裁判所の判断

第七ないし第九回公判調書中の証人中村清兄、(中略)を総合すると次の事実が認められる。すなわち、

被告人三名は、いずれも山城定時制の教諭で、府立高等学校教職員で組織する高教組の同定時制分会の分会員であるが、同分会は昭和三四年三月二五日以来、高教組の指令に従い、府教委が同日内示した同年度府立高等学校教諭の人事移動は、さきに高教組府教委間にとりかわされた人事移動に関する覚書に違反する無効のものであるとしてその撤回を求め、高教組傘下の各分会と共同してハンスト日宿直拒否などの反対闘争を展開すると同時に、府教委に対し同月三一日限りで同定時制英語科臨時教師の身分を失うことになつている渡辺教師の留任を求めるとともに、右人事移動により同定時制に転入を予定されている社会科の中村清兄教諭を受入れできない旨主張しており、同定時制生徒会も、右同様主張要望し、その実現のためには実力行使をも辞さないとの決議をしていた。同分会が右のような主張をするに至つたのは、同定時制では、従来から英語科教師が不足し、やむなく中国語の講座を設けたりするなど時間割編成に苦慮してきたが、昭和三四年度にはさらに英語科教授時間数が増加するため、右渡辺教師の留任に加え同科教諭一名の増員を必要とする状態であつたのに反し、社会科については、同年度に一名転出しても同年度から教授時間数が減少するのでそのまままかなえる状態であつたところから、同定時制としては、同年度人事移動に際し、前記期限付臨時教師となつて以来、教育的成果をあげ生徒に信頼されていた渡辺教師の留任と英語科教諭の増員を再三要望していたにもかかわらず、前記内示によると、右留任要求は容れられず、英語科教諭一名の転入と、転出予定の社会科尾関教諭の後任に、かねて教育態度や勤務状態にとかく問題のあつたほか、高教組の分会長当時分会費をうやむやに費消したと非難せられたことなどあつてその後高教組を脱退していた前記中村教諭が転入してくることになり、従つて、渡辺教師の留任を実現するためには、教員定員の関係上、中村教諭の転入を認めることができなかつたからである。

府教委は昭和三四年度人事移動をなすにつき、同年三月中ごろから二回にわたり関係高校長を集め、各校における教科面の過不足、移動対象者の希望などを調査し、その都度それに応じて疎案を変更したうえ前記内示をし、苦情処理期間をおいて同年四月二日発令をしたものの、中村教諭については、右疎案では同教諭を朱雀高校鳥羽分校から桃山高校定時制に転出させることにしていたが、教科の関係からその受入れを拒否されたため、山城定時制に変更することとし、当時病気療養中で、既に退職の意思を固めていた事情もあつて校務をとれなかつた高乗同校校長に電話で連絡をとつただけで、前記のような同定時制の実情を考慮せずに内示したものであり、しかも、移動対象者以外のものからの内示に対する苦情申立は認められず、また同教諭も右移動に異存がなかつたので、同定時制においてその変更を求めるには高教組と府教委との政治的話合いにまつほかなかつたが、これも、府教委が内示後高教組との接渉を避けてその所在を明らかにしていなかつたため、ほとんど期待できない有様であつた。

これに対し、高教組は前記発令後もあくまでその無効を主張し、同年四月中ごろを解決時点に想定して早期に校長会を開催させ、これに同調するよう働きかけるとともに、各分会に対し、組合員については同月八日まで前任校において、その後は新任校において発令撤回を求めて戦い、非組合員に対してはしばらく登校せず待機してもらうよう要請するなどして協力を求めることを指令していたところ、山城定時制分会は、右指令と、新学期や発令による転入者の登校を目前にひかえ、さきに、林副校長の回答から確保できたものとしていた渡辺教師の留任が認められていないことが判明し、改めてその要求をする必要に迫られていた同定時制の実情に沿つた闘争方針を検討するため、同月七日被告人波多野同玉村と他の拡闘委員による同委員会を開き、その際、転入予定教諭三名のうち、中村教諭に対しては、非組合員であるため、高教組が前記のとおり同年度人事移動を無効と主張し、発令の撤回を求めて闘争しており、かつ同定時制における前記のような教科及び教員定員の関係上、渡辺教師の身分を確保するにつき中村教諭を受入れることのできない事情、その他、闘争の理由、経過、見込み、同定時制生徒会の動向などを説明し、前記高教組の解決目標時点とにらみ合せ、同教諭において当分登校しないように、登校するのであれば、強硬に受入れを反対している生徒会の動向からみて不必要な摩擦の起るのを避けるため、生徒らの出入りする職員室事務室には当分入らないよう要請することとし、他の二名の教諭に対しては、いずれも組合員であるから、前記渡辺教師の身分確保という同定時制独自の闘争に協力してもらえるかどうか確認した後、同定時制教諭としてでなく、同分会の一員として受入れることなどを決定し、さらに、同日と翌八日、それぞれ分会会議を開いて右決定どおり決議し、中村教諭に対する要請は、同教諭の初登校の際、分会長である被告人波多野と、前年度分会長である同王村の両名が口頭ですることをも決議した。なお、右拡闘委員会や分会会議においては、中村教諭の登校ないし入室をピケとかその他何らかの方法で阻止するなどという話合いは全くなされなかつた。

被告人波多野同玉村は同月八日午后六時ごろ、被告人松本らに促され、右決議に従い中村教諭に右要請をするため、校長の了解を得たうえ、折柄初登校して校長室にいた同教諭に、分会代表としてお話ししたいことがあるから隣りの応接室へ来てほしいといつて同教諭を右応接室に誘い、テーブルを囲んでそれぞれ腰を掛けた後、被告人波多野から一〇分前後にわたり前記決議どおり説明し要請をしたが、同教諭はその間当分とはいつまでかと釈明を求めたりしてそれをきき終り、被告人両名に、「お役目ご苦労。」といい、被告人波多野に対し握手を求めたりした。

ところで、脅迫罪が成立するためには一般人をして畏怖の念を生ぜしめるに足る被通知者の自由、名誉等に対する害悪の通知を必要とするところ、以上認定事実からすると、被告人波多野同玉村が中村教諭に対し、同定時制教諭として受入れないとか、登校ないし入室しないようにという趣旨のことをいつたのは前記のとおり説得要請するためであり、かつ、その内容のうちに、前述のような害悪の通知にあたるといえるほどの事項を認めることができず、また、その場のふん囲気もそれに応じたもので、少なくとも前述のような害悪の通知とみられるほど険悪なものであつたと認められないから、これをもつて前述のような同教諭の自由、名誉等に対する害悪の通知があつたということはできない。(もつとも、前記証人中村清兄の供述記載によると、中村教諭は、さきに、山城定時制八木主事宅を訪れた際、同主事から受けた同定時制における人事移動反対闘争についての説明や、同定時制玄関にはられていたビラ、あるいは、たまたま校長室にいた生徒らの同人に対する言動などから、登校以来、自己に対し、受入反対のためのどのような手段がとられるだろうかと、内心相当不安な状態であつたところへ、前記のとおり両被告人がお話ししたいことがあるから隣りの応接室へ来てほしいといつてきたことはうかがえるけれども、同人が右両被告人の言動から特に険悪なものを感じたとは、同供述記載によつても認められない。)従つて、結局両被告人につき脅迫罪の成立を認めるに足る証拠は充分でないと解するほかなく、ひいて、同罪の成立を前提とする本件暴力行為等処罰に関する法律違反の罪も、その余の点につき判断するまでもなくこれを認めることはできない。してみると、それを共謀したとして同罪責を問われている被告人松本についても、また同様である。

よつて、被告人三名に対しては刑事訴訟法三三六条後段により主文のとおり判決する。

(裁判官 柳田俊雄 島信幸 藤原達雄)

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