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京都地方裁判所 昭和31年(行)15号 判決 1958年8月06日

原告 西岡工業株式会社

被告 伏見税務署長

訴訟代理人 平田浩 外四名

主文

被告が原告に対し昭和三十年三月三十一日付でなした原告の自昭和二十八年十二月一日至昭和二十九年十一月三十日事業年度の所得額三九三、八〇〇円、法人税額一六五、二七〇円とする更正並びに過少申告加算税額七、五〇〇円とする決定のうち、所得額六三、八〇〇円、法人税額二六、七九〇円、並びに過少申告加算税額六〇〇円をそれぞれ越える部分はこれを取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項中過少申告加算税額の点につき、その全部の取消を求めた外同旨の、第三項同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、原告会社は肩書地で昭和二十五年十二月より水道工事請負業を営む法人で青色申告納税者であるところ、自昭和二十八年十二月一日至昭和二十九年十一月三十日事業年度分の法人税の課税標準となる確定所得金額を三四、三三二円として被告に申告した。

二、被告は昭和三十年三月三十一日付で右申告額を三九三、八〇〇円と更正し、過少申告加算税額を七、五〇〇円と決定して原告に対し同年四月二日その旨通知した。しかしながら右の処分は、

(1)  原告は青色申告納税者であるのにもかかわらず、その通知書には更正の理由欄に更正の内訳項目並に金額が記載されてはいるが、法人税法第三十二条の規定による更正の理由が附記されていない。

(2)  更正の内訳中に記載されている仮料金三三〇、〇〇〇円を原告所得計算上加算される理由はないから違法である。

三、原告は昭和三十年四月三十日被告に再調査の請求をしたところ被告は何等の再調査もせず昭和三十年十一月三十日付でこれを却下した。

四、右却下決定に対しては原告は昭和三十年十二月二十日大阪国税局長に対して調査の請求をしたが、同局長は昭和三十一年六月二十六日付でこれを理由なしとして棄却した。

五、よつて原告は前記の理由により被告の更正中所得額六三、八〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税額の決定の取消を求めるため本訴に及んだ。

と述べ、被告の主張に対する答弁として、

一、第一項は、当該年度分所得金額並に脱ろう売上金の項を除いて認める。

二、第二項は否認し、次の通り主張する。

(1)  原告は簿外現金を保有していてこれを帳簿に繰入れ繰出ししていたものではなく、当時の監査役訴外西岡長次郎が自己の有する現金を原告のために、その資金繰の必要に応じて立替えたものである。

(イ)  原告は昭和二十九年三月十日訴外大鳥居工業所より現金で一〇〇、〇〇〇円、約束手形で一三〇、〇〇〇円の支払をうけたが、支払現金の必要上、西岡は自己所有の現金を原告のために立替えてその支払にあて、右手形は自己の手許に保有しその後原告の資金が豊富になつたので右の立替金を回収するため、原告より大和銀行宛の小切手の振出をうけてこれを自己が所有し、前記手形を原告に返還した上これを訴外森川種三郎に対する支払に充てたのであるが、その間帳簿上右の手続の記帳を省略し、大鳥居工業所より全額現金で支払をうけ、森川に対し現金で支払つたように記入したのみである。又、

(ロ)  原告は同月十三日前記大鳥居工業所より約束手形で金二〇〇、〇〇〇円の支払をうけたが、原告は当時訴外大和銀行よりの借入金返済の要があつたので、前記西岡は自己所有の現金二〇〇、〇〇〇円を原告のために立替え、右手形を自己において保有し、四月七日に現金二三〇、〇〇〇円を原告の預金より引出し、その内二〇〇、〇〇〇円を右立替金の回収に充て、右手形を原告に返還した上、これを訴外株式会社水田清太郎商店への支払に充てたのであるが帳簿上右の手続の記帳を省略し、訴外大鳥居工業所より現金の支払をうけ、水田に対し現金で支払つた様に記入したのみである。

(ハ)  仮に大鳥居工業所より手形を受領した日が被告主張の様に一三〇、〇〇〇円については三月二十五日、二〇〇、〇〇〇円については四月五日であつたとしても西岡が三月十日に一三〇、〇〇〇円の、同十三日に二〇〇、〇〇〇円の各現金を立替え、大鳥居工業所よりの入金の様に記入することとは矛盾しない。即ち、原告は大鳥居工業所に対して各支払期限である三月十日に一三〇、〇〇〇円を、同十三日に二〇〇、〇〇〇円を支払うことを求めたにもかかわらず大鳥居工業所はその支払をなさなかつたため原告は資金繰に行きちがいが生じ、支払資金並に借入返済資金に困つたため、西岡はその入金予定日に右金額を立替え、大鳥居工業所より支払があつた様に記入したのである。

西岡が自己の名をもつて立替金の出入りを記帳しなかつたのは、そのような金員の存在、出所について疑惑の目をもつてみられることをさけたためであり、右金額の現金の出入が原告にあつたことは真実であり、仮にその中間において更に取引があり、帳簿上それが省略されていたとしても結果として何等変りなく、又これは原告の損益には何等関係のない点であるからこの点につき帳簿が現実の取引に正確に一致していなかつたとしても、それのみで直ちに利益の隠ぺいがあるということはできない筈である。西岡は昭和二十九年十二月二十三日死亡したが永年営業をして信用があり当時一〇数万円の遺産金があり、更に訴外西岡敦子より八〇、〇〇〇円を昭和二十七年頃より同二十九年十二月迄預つて運用し、訴外卯野夏江より五〇、〇〇〇円を訴外長谷川徳松より一〇〇、〇〇〇円を、いずれも同年三月頃借用し、同四月上旬に返還した事実があつて、西岡は原告に立替えるべき現金を所有していたのである。

(ニ)  被告主張の法人審理提要は屋内鉄管工事又は屋外の大規模な工事を業とする者を対象として利益率な算出したもので原告の様な小規模な屋外鉄管工事を業とするものには妥当しない。

三、更正通知書の仮払金三三〇、〇〇〇円という記載あることは認めるが、これのみをもつてしては被告がいかなる点を指摘して、いかなる理由でこれを所得に加えるものか全く不明であるから、法人税法第三十二条の理由付記とは認められない。

と述べ、

被告指定代理人等は、原告の請求を棄却する。訴外費用は原告の負担とする。との判決を求め、原告の請求原因に対する答弁として、

一、第一項は認める。

二、第二項については主張の様な所得額の更正、過少申告加算税額の決定並に原告への通知があつたことを認め、その余は争う。

三、第三項については、原告は昭和三十年五月一日再調査請求書を被告に提出し、被告は再調査の結果同年十一月三十日棄却の決定をして原告に通知したと主張する。

四、第四項は認める。

と述べ、主張として

一、原告会社の自昭和二十八年十二月一日至昭和二十九年十一月

三十日事業年度分所得金額は、被告の更正した通り三九三、八

五二円である。

その内容は次の通りである。

(一)  原告会社が当期損益計算書に計上した利益金額二八、六七五円

(二)  右決算に計上の金額のうち所得計算上損金に計上してはならないもの

市民税    五、九二六円

源泉徴収税    七〇〇円

事業税   二九、六七〇円

利子税    二、一八一円

所得税      一二〇円

(三)  脱ろう売上金 三三〇、〇〇〇円

(四)  前記決算で益金に算入しているが、法人税法上益金算入をしないもの

株式の配当 △ 六八〇円

(五)  当期以前に限度額を越えて計上していたため、その期の損金として認められなかつた減価償却額で、当期に損金として計上することができるもの

△二、七四〇円

差引課説所得金額三九三、八五二円

二、(一)原告の会計帳簿はその全取引を正確に歴史的に記録したものではない。原告は売上金を故意に記帳しないで簿外現金として保有し、資金繰りの必要に応じ、随時これを簿内に繰入れ又これを簿外にしていたものである。却ち原告は昭和二十九年三月十日頃右簿外現金の内、一三〇、〇〇〇円を、同月十三日頃二〇〇、〇〇〇円を繰入れ翌月これらを再び簿外にした。

その間原告は帳簿記入をせず四月末日以後になつて次の様に任意帳簿記入を行つてつじつまを合わせた。

(イ)  一三〇、〇〇〇円については三月十日に訴外大鳥居工業所から売掛代金一〇〇、〇〇〇円を現金で支払を受けたにすぎないのにかかわらず、二三〇、〇〇〇円の支払をうけたように記帳し、同年四月二十二日訴外森川種三郎に一三〇、〇〇〇円を訴外大鳥居工業所が同年三月二十五日に振出した約束手形で支払つたにもかかわらず、これを現金で支払つた如く記帳し、

(ロ)  二〇〇、〇〇〇円については、その事実がないのに同年三月十三日前記大鳥居工業所より仮受金として小切手で受取り、これを直ちに当座預金に預け入れたように記帳し、同年四月七日株式会社水田清太郎商店に買掛金二〇〇、〇〇〇円を大鳥居工業所が同年四月五日に振出した約束手形で支払つたのを現金で支払ったと記帳したのである。

(ニ)  右資金繰に使つた現金三三〇、〇〇〇円が売上金を故意に脱ろうした原告の簿外金であることは当時原告の平均従業員が一一、一人であつた事実から推認できる。即ち大阪国税局で管内の事業を営む法人について実地調査の上作成した法人審理提案によると昭和二十九年中の水道工事業の従業員一人当りの年間標準売上高は最低七〇万円であり、その営業利益率は一一%である。これによつて計算すると原告の標準利益額は八五四、七〇〇円となる。

700,000円×11.1×0.11=854.700円

この金額と原告の損益計算書に計上した利益金額を対比した上で帳簿操作の事実を考えあわせると少くとも右三三〇、〇〇〇円は売上金を故意に脱ろうしたものであることは明らかである。

三、法人税法第三十二条による更正、決定に付記すべき理由については何等の記載事項の定めはないから同法条の立法趣旨より考えて、その程度は更正事項と金額とを個別的に記載することによりその更正、決定がいかなる事項をどう決定したことによつてなされたものであるかがわかれば充分と解され、本件更正通知書には右趣旨にしたがい理由の記載がなされている。

と述べた。

立証<省略>

理由

一、原告会社はその主張の如き事業を営む法人でいわゆる青色申告納税者であること、昭和二十八年十二月一日より同二十九年十一月三十日に至る事業年度分の法人税に関し被告に対し確定所得金額を三四、三三二円として申告したのに対し、被告は昭和三十年三月三十一日付でその所得額を三九三、八〇〇円と更正し、過少申告加算税額を七、五〇〇円と決定して同年四月二日原告に通知したこと、原告は右処分につき被告に対し再調査の請求をしたところ、被告はこれを認めなかつたので昭和三十年十二月二十日大阪国税局長に対し審査の請求をしたが、同局長は昭和三十一年六月二十六日付で棄却の決定をしたことについては当事者間に争がない。

二、原告は本件更正通知書には法人税法第三十二条に規定する更正の理由の附記がないと主張する。成立に争のない甲第一号証によれば本件更正通知書には更正の理由の欄が設けられ、そこに原告の申告した利益金額について損金計上市民税八五一円、償却超過額認容二、七四〇円、過納事業税八、九九〇円をそれぞれ減じ、損金計上事業税三一、八三〇円、仮払金三三〇、〇〇〇円、未納利子税一、二六〇円、前期認容済事業税六、八三〇円、同利子税二、一八一円を加算した旨の記載のあることが認められるのでこれが同条の理由の付記に該るか否かについて検討する。

青色申告について更正処分をするに際し、いわゆる白色申告の場合とことなり特に法人税法第三二条後段において理由の付記を税務官庁に要求している趣旨は、青色申告制度が営業につき政府所定の正規の方式にしたがつて備えつけ記帳された帳簿並びにこれにもとづき計算された計算書類については、それが真実に取引の結果を示し正確に利益を算出したものとしてこれに信頼をおくという理念にもとづいており、この故に一旦青色申告の承認を与えた以上、その申告について更正処分をするのは原則として帳簿乃至は申告書と添付書類の調査により課税標準又は欠損金額の計算に誤りがあると認められる場合に限つていることからみれば、申告者の記帳上あるいは決算処理上の誤りを指摘し申告者の計算により得ない部分とその根拠を明確にして恣意の更正を防ぎ、申告者を納得させ、同時に正しい帳簿慣行を指導するという点に存するのであるから、その理由記載の程度も、いかなる記帳にあるいはどの点の計算に不正確あるいは誤りがあつて課税標準、欠損金額が申告にしたがい得ないものであるかを、申告者に理解しうる程度に具体的に示されるものでなければならない。本件についてみれば仮払金の項目を除いた他の項目はそれが原告が課税標準の計算に際し計上の方法を誤つたものを更正したものであることは容易に理解しうるもので、この範囲の更正であれば、この様に科目と金額を示すのみで理由の記載としては充分である。しかし借払金三三〇、〇〇〇円の項目はどの様に理解しうるものであるか。あるいは期末における仮払金の残高が貸借対照表の資産の部に計上されていないという趣旨と考えてみても、被告の弁論の全趣旨によつても成立に争いのない甲第七号証によつてもその趣旨で更正されたものとは認めがたく、又あるいは期間内の仮払金についての取引、その帳簿処理に誤りがあるという趣旨と考えてみても仮払金は通常、経費等支出の項目に整理されている筈で仮払金を増すということが利益の増加とただちにむすびつくものではない、いづれにしても仮払金についての更正は何を意味するか判然とせず、まして被告の主張する様な売上金の脱ろうを意味するものとはとうてい理解出来ない。故にこの点については法人税法第三十二条後段の理由付記としては不備のものと云わなければならない。同条の規定は前示の青色申告制度の趣旨、同条の規定の文言よりみて単なる訓示規定とは解し得ないものであり、理由の付記の義務づけられている以上、仮に形式的に理由欄に何らかの記載があつても、不充分でいかなる理由で更正したかを理解しえないようなものであるときはやはり同条規定に反するものというべく、本件における更正処分の仮払金三三〇、〇〇〇円を加算した部分は違法として取消されなければならない。

三、被告は原告の申告した所得金額の計算には三三〇、〇〇〇円の売上金の計上がもれており誤りがあるから結局本件更正処分は正当であると主張する。成立に争いのない乙第一号証乃至第六号証、第八号証の一、二、第九号証、第一〇号証、甲第五号証の一、二によれば、原告の金銭出納帳には昭和二十九年三月十日付の大鳥居工業よりの現金入金二三〇、〇〇〇円の記帳があるが、同日右会社より現実に支払われたのは一〇〇、〇〇〇円であり、残余の一三〇、〇〇〇円は別途より入金されたものであること、又同年四月二十二日付の森川種三郎あての現金出金一三〇、〇〇〇円の記帳があるが森川に対する支払は現実は手形によつたもので現金は別途へ支出されたものであること、又同年三月十三日付の大鳥居工業所より現金入金二〇〇、〇〇〇円の記帳があるが当日その様な事実はなく、右金額は別途より入金されたものであること、又同年四月七日付の水田清太郎商店あて現金出金二〇〇、〇〇〇円の記帳は現実に同人には手形を支払い現金は別途へ支出されたものであつて、原告の帳簿には手形による入金出金を現金による入金出金の様に記帳し、あるいは現実の取引より前後に日をずらした記帳のあることが認められるところ被告は右一三〇、〇〇〇円、二〇〇、〇〇〇円の帳簿にあらわれていない現金の収支は当期原告が売上金の記帳を脱ろうし、簿外金として保有していたものを帳簿に繰入れ繰出ししていたものと主張し、原告は当時経理担当者であつた簿外西岡長五郎が自己の有する現金を資金繰の都合上原告のために立替えただその点についての記帳を省略したにすぎないと主張する。証人長谷川徳松、同卯野夏江の各証言によれば昭和二十九年三月頃長谷川は西岡長五郎に対し原告の支払資金に充てるという趣旨で二〇〇、〇〇〇円の手形を担保として一〇〇、〇〇〇円を貸付けたこと、同卯野夏江が同年三月頃と五乃至六月頃に西岡長五郎に対し前同様の趣旨で三〇、〇〇〇円乃至五〇、〇〇〇円を貸付けたことが認められるから、前記三三〇、〇〇〇円が果して西岡長五郎が原告のために立替えたものと断定は出来ないとしても、原告が当時支払資金に相当逼迫し、八西岡長五郎が資金調達に腐心していたことは認められるのであつて原告の主張する事情が全くなかつたとは云えない。これに対し原告の帳簿が前示の様に全取引を歴史的に記帳せず、記帳されてない現金収支三三〇、〇〇〇円があると、及び成立に争いのない乙第七号証の一、二及び証人山村秀雄の供述により認められるように大阪国税局が同種の営業について調査して算出した係数を原告の場合に適用すればその標準利益金額は八五四、七〇〇円となるはずであるということのみをもつてしてはただちに前記三三〇、〇〇〇円が当該営業年度における売上金を、その記帳を脱ろうして簿外化したことによるということを認めることは出来ない。他に右主張を認め得る証拠はない。この点においても被告の主張は理由がない。

四、原告会社が昭和二十八年十二月一日以降昭和二十九年十一月三十日迄の事業年度の損益計算書に計上した利益金額は二八、六七五円であり、右決算中損金に計上した金額のうち法人税法上所得の計算について損金に計上してはならないものとして市民税五、九二六円、源泉徴収税七〇〇円、事業税二九、六七〇円、利子税二、一八一円、所得税一二〇円、右決算で益金に算入しているが法人税法上益金に算入しないものとして株式の配当六八〇円当期以前に限度額を超えて計上していたためその期の損金として認められなかつた減価償却額で当期に損金として計上出来るもの二、七四〇円のあることは当事者間に争いないところであり結局本件更正処分のうち原告の前記事業年度の所得金額六三、八〇〇円とこれを基礎として法人税法にしたがつて計算した法人税額二六、七九〇円を超える部分は違法であり、過少申告加算税の決定については右法人税額を越える部分について課したものであること法人税法に基く計数上明らかな六〇〇円を超える部分は違法でありいずれも取消をまぬがれない。

よつて原告の本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用については民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 中村捷三 尾中俊彦)

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