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京都地方裁判所 昭和28年(行)1号 判決 1956年5月17日

原告 平田親励

被告 京都市長

主文

原告の賦課処分無効確認請求はこれを棄却する。

原告の賦課処分取消の訴はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は別紙目録第一記載の建物につき被告が原告に対して別紙目録第二記載の如く固定資産税を賦課した各処分は無効であることを確認する。仮りに無効でないとすれば右各賦課処分を取消すとの判決を求め、その請求原因として、別紙目録第一記載の建物は原告の所有であるが、被告はこれら建物につき原告に対し別紙目録第二記載の如く昭和二十五年度乃至同三十年度の各固定資産税を賦課してきた。そこで原告は同目録記載の如く不服を申立てゝこれを争つてきたのであるが、被告の右各賦課処分には次の如き違法が在る。

(一)  本件建物は課税対象たる固定資産ではない。

(1)  課税対象たる固定資産は適正な時価の形成されるものでなければならない。

租税は、国家や地方公共団体が、その配分する政治的福祉に対して担税力に応じて公平に、公費の分担を人民に強制する点にその本質が見出される。これを物税に就てみると、政治的福祉が加工の形式で物に化体して配分されているので、この場合には、その物の市場価格に比例して担税力を認めるのが最も公平と云へるのであつて、物税の代表的なものとしての物品税に於て、その課税標準を市場価格としている(物品税法第二条、第三条)と同じく、固定資産税に於ても、その課税標準を、固定資産の価格、即ち適正な時価とし(地方税法第三百四十二条第二項同第三百四十一条第五項)以て、公費の分担である課税の公平を計つている。而して課税対象の時価評価が、課税の公平を担保する唯一の方法であるから、右評価に当つて、時価を離れた不当な価格の算定に基き課税を為すに於ては、或は公費の分担を免れしめ或は私有財産を没収するに等しい不当な結果を招くことになる。従つていやしくも時価の存しない物件には固定資産税を課し得ないのである。地方税法第三百四十八条は固定資産税を課することができない物件の範囲を規定しているが同条所定の物件は、それ自体の性質上固定資産税を課し得ないのでなく況や、本来課税し得る物件につき法律が恩恵的に免税の特典を与えたものでもない。それらが非課税とされているのは、当該物件の用法上その時価が形成されないことに基くのであつて、このことは同条第二項但書で、物件を有料で借り受けた者がこれを第二項各号列記の用に供して使用する場合には、右借り受けた者に課税せず、当該物件の所有者に固定資産税を課することとしており又同条第三項で第二項各号に掲げる以外の目的に使用する場合には課税するとしているのに徴し明らかである。してみると同法第三百四十二条第一項、第三百四十一条第一号の規定により固定資産税課税対象とされている家屋と雖も、その時価の形成されない限り、これに対し課税を為し得ないものと云うべきである。

而して、時価の形成の存否は法律の規定しないところであるから、これを経済理論により決する外ないところ、元来、人間の慾望を満足する手段を以て「財」とされ、これにより慾望が充足される度合を「財」の主観的価値とされる。而して、かゝる「財」が市場に於て取引され、需要供給の経済法則に従つて形成されるその価格を交換価値(或は成行相場)と称する。ところで、かゝる価格も、その「財」の生む利潤の多寡を基準として時々高低の変動を生ずるのであるが、この時々変動の点からこれを時価とも呼ぶ、他面、利潤を生み、従つて時価の形成される「財」は、利潤を生む点より、これを資本財、その「財」が使用されて更に次の「財」が生産される点より生産財と称せられるのであるが、資本財、生産財と雖、一旦、市場から退いて消費過程に入れば、最早、利潤を生むことなく、従つて、時価の形成されることのない消費財として、単に消費者の主観価値が認められるに過ぎない存在となる。従つてかかる消費財はその時価の形成がなされない点で、固定資産税課税の対象となり得ない。

(2)  課税対象たる固定資産は、減価償却可能なものでなければならない。

資本財であつても、刻々減耗するから、右減耗による減価に対し、収入の一部を積立て、当該資本財が滅尽した場合に、右積立金を以てその再取得が為される。斯くして、物理的に「財」の滅失があつても、経済的には永久に「財」の資本性が固定せしめられる。かゝる減価償却方法を講ずる資産を償却資産と云い減価償却の方法を講ずることにより獲得せられる財の固定性から固定資産とも呼ばれる。(因みに、所得税法では固定資産、資産再評価法では償却資産、地方税法では固定資産或は償却資産なる用語を用いている。)従つて、減価償却方法を講ぜられる資産、即ち、償却資産が固定資産であつて斯かる方法の講ぜられないものは、消費財は固より資本財と雖も固定資産ではないのである。地方税法第三百四十一条第一号に「固定資産は、土地、家屋及び償却資産を総称する。」と規定するが、右土地及び家屋は償却資産の例示に過ぎず、結局、固定資産は償却資産の謂に外ならないと解すべく、而して、償却資産に就ては同条第四号を以て減価償却額が所得税法上、必要経費に算入されるものなる旨定義しているのである。

(3)  以上の通りであるから、所有者が自ら居住し住宅として使用する家屋は、既に消費過程に入つているものとして、利潤を生むことなく、従つて時価の形成の余地なく、また減価償却の方法は講ぜられずして時々刻々消耗するに委せられているのであるから、これを固定資産税課税の対象たる固定資産と為すを得ない。また、借家法の適用があり、且つ、地代家賃統制令により賃料の統制されている賃貸家屋についてみると、同令施行規則第一条は「令第五条第二項の停止統制額に代わるべき額は、租税、地代又は必要経費に足らぬものに対して定める」旨規定し家屋賃貸により利潤の如きは全く考慮されていないのであつて自由な経済法則の支配が許される下に於て、償却費その他必要経費及び利潤を織り込んだ賃料が自由に定められ、右賃料を基準として賃貸家屋の取引相場、即ち、時価が形成される場合と異り、かゝる賃料統制下にあつては、時価は全然形成されない上、右統制賃料を以ては、これが減価償却方法を講じ得ないから、前記所有者自ら居住する住宅用家屋と同じく、固定資産税課税の対象たる固定資産と云うを得ない。

(4)  而して、また、家屋の統制賃料は一般物価の上昇に追随せず、これを昭和二十五年には、四分二厘増、同二十六年には六分六厘増、同二十七年には一割二分五厘増、同二十八年には一割六分増に改訂せられたに止り、賃貸人たる家主の犠牲に於て借家人の利益を計つている。斯の如く、社会保障なる国家政策の用に供せられている物件は、営利の目的に供せられているものでない点に於て、地方税法第三百四十八条第二項第九号(現行第十号)に所謂「社会福祉事業の用に供する」物件と異る所なくまた、僅かに雨露を凌ぐに足るに過ぎない住宅用家屋は、国民が最低限度の生活を営むに必要な物件であつて、これ亦、営利の目的に供されていない点より、同項第一号所定の国家又は公共団体がその存在の為め必要な物件と選ぶところがないと云うを得べく、従つて、時価が形成されないか、または、仮りに時価が形成されるとしても、到底、事業用の償却資産と同一の時価を生ずるものではない。然るにも拘らず、かゝる家屋に対し事業用の償却資産と同一基準を以て固定資産税課税が許されるものとすれば、かような物件に対する課税は民生の安定と税源の涵養を目的とする固定資産なる制度の精神に反し、社会保障の用に供せられている家を荒廃せしめ、且つ、国民の生存権を侵害するものであつて、右固定資産課税を許容する地方税法の規定は憲法第十三条、第二十五条、第二十九条に反し、無効と云うべきである。

(5)  以上を本件賦課について言えば原告所有の別紙目録第一記載の家屋のうち、柳下町十三番地平家建五十八坪九合六勺五戸建のうち一戸は原告自らが住宅として居住する家屋であり消費過程にあつて、何等の利潤を生まない物件であり、又、その余の家屋はいずれも低廉な統制家賃を以て賃貸中のものであり、右賃料を以ては、賃貸による利潤は固よりこれが減価償却の余地もない有様であるから、これらの家屋はいずれも時価を生ぜず、また減価償却も講ぜられないから、固定資産税課税の対象たる固定資産に該当しない。従つて非課税物件に対する課税として無効というべきであり、仮りに課税対象となるとすれば前記の如く違憲と解するの他なく本件賦課はいずれによるも無効と云うべきである。

(二)  仮りに本件賦課処分が無効と言い得ないとしても、賦課の基礎とした課税標準の決定に違法があり、これに基く賦課であるから違法として取消を免れない。即ち地方税法第三四二条、第三四一条第五号の規定により固定資産の課税標準は適正な時価によるべきこと明白である。適正な時価とはその物件の現実に有する価格即ち経済自然の法則によつて実際取引上形成される相場でなければならない。然るに本件に於ける課税標準価格は、二十数年も以前に建てた家を今日建てたものと仮定し、又経過年数に応じて、減価償却が出来たものと仮定し、この仮定の新築費から仮定の償却費を差引いた残額を残存耐用年数に応じた家屋の現在の価額と看做したものであつて、かゝる基準はあくまで架空のもので適正な時価と云うことはできない。なおかくの如き不当な評価基準の設定が適法なりとせば正に前記憲法の各条に違反するものである。

以上本件賦課処分は違法であるからこれが無効なることの確認を求め、然らずとしても取消を求める為本訴に及んだ旨陳述し、

被告の本案前の抗弁に対し

出訴期間の起算点となる処分は異議その他の不服の申立のあつた場合はその裁決があるまでは処分は未完成のまゝで存続するので処分の完了した日が処分のあつた日と解すべきである。又行政事件特例法第五条第五項は所得税法第五一条第二項、自作農創設特別措置法第四七条の二の如く他の法律で、同項で引用する第一項及第三項に代るべき期間即ち同条項の期間の規定の適用を排除する規定を設けたる場合を意味するもので、地方税法第三七〇条第五、第七項の如くその法律でも出訴できると定めた場合には特例法第五条第一、第三項によることを排除したものではない。

なお昭和三十年度分を除きその他の年度の各評価々格の決定につき固定資産評価審査委員会に対し異議の申立を為していないが、課税処分は課税各体の時価に法定の税率を乗じて算出された金額を賦課するものであるから課税処分が適法たる為には法定の税率によるべきことの他当然に課税各体の価格が適正に評価されていることを前提とし、両者を区分して課税処分の適法性を観念することはできない。それ故評価決定に対し異議の申立為さずとするも、それに存する瑕疵は治癒されることなく課税処分の違法として当然に存続承継されているものである旨述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告の主請求につき主文第一項同旨の判決予備的請求(取消請求)につき原告の訴を却下するとの判決を求め、本案につき請求棄却の判決を求め、本案前の抗弁事由として、原告が取消を求める被告の本件各賦課処分中、昭和二十五年度、同二十六年度、同二十八年度、同二十九年度、同三十年度についてはいづれも原告主張自体によつて原告が地方税法第三七〇条により為すことの出来る訴願を経ていないこと明らかであるから行政事件特例法第二条により本訴は不適法であり、然らずとするも、昭和二十五年度、同二十六年度は各賦課処分、同二十七年度は訴願に対する裁決、同二十八年度、同二十九年度は各異議に対する却下決定のそれぞれあつたことを知つた日(この点については行政事件特例法第五条第五項により特別の定めたる地方税法第三七〇条第五項第七項が適用され出訴期間は三十日以内となる、仮りに然らずとしても行政事件特例法第五条第一項の六ケ月以内)又は処分の日(行政事件特例法第五条第三項による)よりいづれも不変期間たる法定出訴期間経過後に提起されたもので不適法として却下を免れないと述べ、

主請求と予備的請求の本案につき、

被告が原告主張の各賦課処分を為したことはこれを認めるが原告主張のその余の事実は否認する。被告賦課処分には何らの違法はない。

固定資産税の課税対象たる固定資産は地方税法第三四一条に規定するところで、同条に謂う家屋は事業用たると否とを問わない。そもそも固定資産税は物税であり且つ財産税であるからその税源は所有者の所得ではなくて固定資産そのものである。従つて所有者の所得の多募によつて課税が左右されるものではない。地方税法第三四八条による固定資産税の非課税の範囲の規定も原告主張の如き趣旨により定められたものではなくそれぞれの用途の公用性や所有者の性格やその他の公益的な理由等によるもので、収益を生ずるか否か或は商品価値の有無等によつて決せられるものではない。本件の原告所有建物が固定資産の課税対象物件であることは議論の余地はない。原告はひつきよう固定資産に対し独自の見解を立てこれにより憲法違反を云為するものですべて失当である。なお固定資産評価額の決定は適正な時価によつたものである地方税法第三四一条第五号の適正な時価とは必ずしも具体的現実の売買価格を意味するものではない。現実の売買価格は売買当事者の種々の個人的特殊事情が価格決定の重要な要素として混入し却つて価格の適正な評価を妨げているのである。そこで地方税法に於ては固定資産の評価の均衡と適正を期する為地方財政委員会(後に自治庁長官)が市町村長に対し固定資産の評価基準及び評価の実施方法並手続を示すべき義務を課し、市町村長はこれに準じて独自の責任と判断によつて固定資産の価格を決定しなければならないことゝしている。従つて法は右評価基準に準じて固定資産の価格を求むべきことを示しているのであり、これに基く評価価格を即ち適正な時価と定めているものと云うべきである。而して右評価基準の示す方式は木造家屋について、各市町村毎に構造、用途、再建築価格、坪当単価の等級に応じ賃貸価額が附近の類似家屋の賃貸価額と均衡がとれており、建築事情、位置、構造、その他に於て標準的であるものを考慮して標準家屋を設定し、その標準再建築価格を求め、これに比準して課税各体たる個々の家屋の再建築価格を求め、これに損耗度、利用価値等の増減価考慮を加えて評価額を算出する方式を採つている。被告市が本件各賦課処分を為すについてもかような評価基準を基礎として京都市の実情に則した独自の評価基準を作成しこれによつて評価決定を行つたのであつてその評価には何ら違法は存しないと述べた。(立証省略)

理由

一、別紙目録第一記載の家屋がいずれも原告の所有に係り、被告がこれらにつき別紙目録第二記載の通り昭和二十五年度乃至昭和三十年度の各固定資産税賦課処分をしたことは当事者間に争はない。

二、原告は右賦課処分が無効である理由として(一)地方税法第三四一条第五号は固定資産税の課税標準を「適正な時価」と定めている。「適正な時価」とは需給の法則に従つて取引市場において形成される売買価格を謂う。従つてかような「適正な時価」の得られる固定資産は固定資産税における課税対象物件であるが、本件において賦課の対象となつた各家屋はその一は原告の自己居住家屋で日々の消費生活に供されている消費財であり、他はすべて低廉な賃料統制に服する賃貸家屋で利潤すら覚束なくいずれも全く取引市場において自由価格の形成される余地のない物件であるから課税対象たる固定資産とはいえない。(二)固定資産は償却資産の別称であつて減価償却のなされることにより「財」の資本性が固定せしめられるものでなければならない。本件家屋は利潤を生ぜず減価償却の途のない物件であるから課税対象たる固定資産とはいえないというのである。

三、併しそもそも固定資産税なるものは、わが国において古くから国税として、最近においては地方税として行われてきた地租及び古くから府県、市町村の有力な財源とされた家屋税を統合しこれに新に償却資産をも加えてこれらを固定資産と総称し、昭和二十五年七月市町村税として創設せられたものにかかり、右の如き立法の沿革上の根拠からするも、将又地方税法には固定資産を、土地、家屋、償却資産の総称となし家屋とは住家、店舖、工場、倉庫等の建物となし(法第三四一条)法第三四八条所定の非課税特例を除くの外すべての家屋を課税各体となす成法上の根拠からいうても、原告主張のような理由で本件家屋が固定資産の客体たることを免れうるものということのできないことはまことに明瞭である。

詳説するに(一)固定資産税の性質はいわゆる物税であつて、課税対象たる固定資産そのものの価値に着眼して課せられる財産課税であるから、担税力はその物自体の滞有している各観的価値に応じ決定せられるべく、その物の所有者の所得の有無や所有者がその物を如何に活用し経済利益を得るかという手腕の有無その他一切の人的要素により左右せらるべきでない。従つて課税標準たる固定資産の価格(法第三四二条第二号)即ち「適正な時価」(法第三四一条第五号)という意味も当該物件自体の価値に着眼せねばならぬことは当然であるところ、時価とは通常の場合取引市場における需給の経済法則によつて形成される具体的交換価値即ち売買価格をいうのであるが、固定資産はその性質上一般商品のようにこれを転々流通さすべき性質のものではなく、固定して継続的に使用収益するに適するものであるからその市場価格は容易にこれを求め難く、加え固定資産においては流動資産におけると異り、その市場価格は売主と買主双方の種々の考慮その他偶然の事情が価格の決定に作用し、多くの場合これらの思惑や事情を離れた物自体の価値を適正に表現するものと見られず、かように求め難く又適正を期し難い市場価格に常によるべきものとするときは、公平適正にしかも迅速簡便に税収入を確保しようとする行政目的に副わない結果となることは明かである。そこで固定資産の適正価格はその物の市場価格よりも寧ろ建物については再建築価格償却資産についてはその物の再取得価格に重点がおかれるのは当然であつて、この再建築又は再取得価格の算定を適正にし、その種類や規模等により固定資産相互の間の評価に均衡をえせしめるためには、類型化された評価基準を設定し、その実施方法を画定する必要がある。法第三八八条第二項が自治庁長官において市町村長に対し固定資産の評価基準を示す等の義務を法定していることや市町村長はこの基準に準じて固定資産を評価せねばならぬ(法第四〇三条第一項)のはこの要請に答えたものである。かくて自治庁長官通達によれば、家屋については、再建築価格を基準として家屋年令、損耗の程度、所在地域の状況、床面積の広狭等に応ずる増減価を考慮して評価すべきこととなつているのであるから、原告主張の(一)のような事情は家屋評価につき考慮せらるべきものとされていないのである。固より自治庁通達の如きは法規たる性質を有しえないものであるから全面的にこれに盲従すべきものではなく批判を容れる余地のあるものであるけれども、固定資産たる家屋の評価は再建築価格を根本の基準とすべきものなることは既に説明した通りであり、仮に原告主張のような事情をも評価の基準として考慮すべしとの立場に立つても、かかる事情は基本的な基準でなく副次的な増減価考慮の事由たる意味を有するものと解する外ないから、本件家屋に右原告主張のような理由で適正価格が存在しえないものとは解し難く、従つて原告の右の主張は失当である。次に(二)固定資産税は固定資産より生ずる収益に課税せられるものでなく、固定資産そのものの現状に具体化されている利用価値に着眼するものなること前に説明した通りであるから、固定資産が事業の用に供せられているか否か、収益を挙げ得るか否かというようなことは本来からいえば固定資産税とは無関係のものであり、従つて課税対象たる固定資産一般について考えるときは、減価償却可能の固定資産即ち事業用の固定資産に限るものと解すべきではない。ただ法は土地家屋以外の有形減価償却資産を課税客体としているがこれは減価償却可能という点を固定資産の本質として捉えたものではなく、かかる資産は課税権の主体たる市町村の道路、消防、衛生等の施設と密接な受益関係にありこれを課税客体とすることが応益課税の原則に適合するものと考えられること、及び課税客体としての捕捉が容易であること、並に事業用の減価償却可能固定資産を所有する所得税法人税の納税義務者が、かかる税額を不当に減少させるため、固定資産を過大に評価するの幣を避けようとする狙があつたことなどによるものと解せられる。従つて償却資産を課税客体の一としていることを根拠として、他の課税客体たる土地家屋についても償却資産たることを要すると立論することは到底許されない。故に本件家屋が固定資産税の課税客体たりえないものに課税処分をした違法があり該処分が無効であるとの原告の主張はいずれも採用しえない。

四、次に原告は本件各家屋の如き「時価」を有せず減価償却の途もない物件に対し課税を許すとせば、かかることを許す地方税法の規定は違憲であると主張するが、この主張は前記の如き固定資産税の本質、課税標準に関する解釈の誤謬に基く原告独自の見解の下に「時価」のある家屋を「時価」なきものと解し、本来固定資産税の対象たることの本質的要件でないものを、それであるが如く解しているにすぎないものである。既述の如く固定資産税は、課税各体たる固定資産を所有するという事実自体に担税能力を認め、課税標準をその物自体の客観的価値に求めるのであつて、このことは、課税標準としての「時価」の評価にして適正になされる限り、課税客体の担税力に応じた課税いわゆる応能課税の原則及び課税をして、課税主体たる市町村の行政施設より受ける有形無形、直接間接の利益の受益度合に応ぜしめるいわゆる応益課税の原則の双方に遵うものであり、これを以て憲法第一三条第二五条第二九条に違反するとなす原告の主張は当らない。

五、次に原告の本件賦課処分取消請求につき考察する。

(一)  昭和二十九年度分及び昭和三十年度分について、

右両年度分については原告は賦課処分に対し別紙第二目録記載の通りにいずれも異議の申立をしたところ、却下の決定を受けたにかかわらず訴願を経ることなく直に出訴したものなることは原告の主張するところである。而して行政事件訴訟特例法第二条の解釈として、出訴の前提として異議、訴願等の救済手段が段階的に設けられている場合は、特段の規定がない限り、段階的救済手段の総てを尽した上でなければ出訴しえないものと解すべきである(最高裁判所昭和二六年八月一日判決参照)ところ、昭和二十九年五月十三日公布法律第九三号改正地方税法は固定資産税賦課処分に対し不服ある者は先づ異議の申立をなし、異議決定に対し訴願をなし、訴願裁決に対し始めて出訴しうる旨を規定している(法第三七〇条第一項第五項第七項)、よつて原告は本件賦課処分に対しては市長に対する異議及び府知事に対する訴願を経て後始めて本訴を提起しうべきものなるにかかわらず、右異議を経たるのみで訴願を経ることなく提起した本訴は不適法たること明かである。

(二)  昭和二十七年度分について、

右年度分については原告は賦課処分に対し別紙第二目録記載の通りにいずれも異議の申立及び訴願をなしたがいずれも却下又は棄却せられて出訴に及んだものなることは原告の主張するところである。而して昭和二十九年改正地方税法以前の同法(旧法)によれば賦課処分に対する異議の却下決定に不服ある者には、道府県知事への訴願又は裁判所への出訴が選択的に許されていたものであるところ、右出訴は異議決定又は訴願裁決の通知を受けた日からいづれも三十日以内にせねばならぬとせられていた(旧法第三七〇条第五項第七項)にかかわらず、原告は右期間後に出訴に及んだものなること明かであり、且つ宥恕すべき事由の主張もないから、これ亦不適法である。

(三)  昭和二十五年度同二十六年度同二十八年度分について、

昭和二十五年度同二十六年度分同二十八年度分については原告は賦課処分に対し別紙第二目録記載の通りにいずれも異議の申立をしたがその中昭和二十五年度分と昭和二十六年度分については未だ市長において何等の決定もせず、また昭和二十八年度分については却下決定があつて出訴に及んだものなることは原告の主張するところである。而して旧地方税法第三七〇条第一項によれば賦課処分に不服ある者は処分後三十日以内に異議の申立をしなければならないのに、昭和二十五年度分については原告はこの異議申立期間を徒過したものなることはその主張自体明かであり、原告は取消訴訟の要件としての訴願(行政事件訴訟特例法第二条の用語例に従う)を適法に提起したものということができず従て同条但書にいうところの訴願の裁決を経ないで訴を提起しうる場合に該当しないから同年度分に対する原告の本訴はこの点において不適法である(昭和三十年一月二十八日最高裁判所判決参照)。次に昭和二十六年度分については右の点における異議申立期間の懈怠なく従て同条但書に該当するが如くであり、又昭和二十八年度分については異議却下決定があつてから三十日内に訴が提起せられいづれも適法なるが如くであるけれども、原告が本訴において賦課処分の違法事由となすところは固定資産の価格評価の不当つまり課税標準決定処分の違法を理由とするものであることは原告の主張自体に徴し明かであるところ、地方税法においては(法第四三二条)固定資産課税台帳に登録された価格についての不服は所定期間内に固定資産評価審査委員会に審査請求をなしうることとし、法第四二六条、四二七条、四三三条、第四三〇条等によりこの委員会を市町村長から独立した公正な中立的機関即ち準司法的機関となすと共に、課税標準決定の適否の争は一切先づ同委員会の審査にかからしめ、これに対する不服がある場合には、道府県知事に対する訴願又は裁判所へ出訴することを許していた(旧法第四三四条第一項)のであるが、少くとも同委員会の審査はこれを経ておかねば、後日賦課処分を争う段階となつても、課税標準決定の違法の故に賦課処分の違法を主張することをえないこととなつていたものである(旧法第三七〇条第一項但書)。昭和二十六年度分及び昭和二十八年度分について、原告は賦課処分に対し異議を申立てたことを主張しているが、課税標準決定に対し前記委員会に審査請求をしたことは何等主張していないのであるから、右課税処分に対する異議は審査の手続を経ていないところの不適法な異議というの外なくかかる異議は行政事件訴訟特例法第二条の訴願前置の要件を充足するものというをえないこと勿論であるから、(前掲最高裁判所判決参照)結局原告の右両年度課税処分に対する本件訴も亦右の点において不適法たるを免れない。

(六)、然らば原告の本訴賦課処分無効確認請求はその理由なく、同取消の訴はいずれも不適法であるから、前者はこれを棄却し、後者はこれを却下し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決した。

(裁判官 宅間達彦 木本繁 林義雄)

(別紙省略)

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