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京都地方裁判所 平成8年(ワ)1898号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、平成一〇年七月二一日が経過するまで、別紙目録記載の医薬品を販売してはならない。

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は、原告が、被告は原告の有する特許権を侵害して医薬品の試験等を行い、それに基づき医薬品製造承認を得たとして、存続期間の満了した右特許権に基づき、又は被告の不法行為を理由として、被告に対し右医薬品の販売の差止を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  当事者

原告及び被告は、いずれも医薬品の製造販売を業とする株式会社である。

2  原告の特許権

原告は、メシル酸カモスタット(一般名称)の物質及び医薬用途(抗プラスミン剤、膵臓疾患治療剤)についての次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件特許発明」という)を有し、本件特許権に係るメシル酸カモスタット製剤(商品名フオイパン錠)を製造販売している(甲一、二)。

特許番号 第一一二二七〇八号

発明の名称 グアニジノ安息香酸誘導体及び該グアニジノ安息香酸誘導体を含有する抗プラスミン剤と膵臓疾患治療剤

出願日 一九七六年(昭和五一年) 一月二一日

公告日 一九八二年(昭和五七年) 三月二五日

登録日 一九八二年(昭和五七年)一一月一二日

特許請求の範囲 別紙一記載のとおりである。

3  被告は、別紙目録記載の承認年月日に、同記載の商品名のメシル酸カモスタット製剤(以下「被告製剤」という)につき、薬事法一四条の製造承認を取得し、現在、被告製剤の製造・販売の準備をしている。

4  被告製剤は、いわゆる医療用の後発医薬品に属するものであるところ、その製造承認の申請には、薬事法施行規則一八条の三及び厚生省の取扱通知(昭和五五年五月三〇日薬発第六九八号)により、次の資料を添付することが要求されている(甲三)。

(一) 物理的化学的性質並びに規格及び試験方法等に関する資料として規格及び試験方法に関する資料

(二) 安定性に関する資料として加速試験に関する資料

(三) 吸収、分布、代謝及び排泄に関する資料として生物学的同等性に関する資料

(四) 急性毒性、薬理作用、臨床試験の試験成績等に関する資料

5  右のうち安定性に関する資料である加速試験に関しては六か月間以上の試験期間が必要とされている(甲三)。

6  各都道府県知事あて厚生省薬務局長通知「標準的事務処理期間の設定等について」(昭和六〇年一〇月一日薬発第九六〇号・昭和六一年三月一二日薬発第二四〇号一部改正・平成二年一月一六日薬発第二六号一部改正)においては、都道府県知事が承認申請等を受理した日から厚生大臣が当該医薬品等に承認等を与える日までの標準的事務処理期間は、医薬品(医療用)の後発品は当分の間二年間とされている(甲四)。

7  本件特許権は、平成八年一月二一日の経過をもって出願日から二〇年を経過し、その存続期間は終了した。

8  被告は、本件特許権の存続期間中に、被告製剤に関し加速試験等の医薬品製造承認申請のために必要な各種試験を実施した。

三  当事者の主張

1  原告の主張

被告が、本件特許権の存続期間中に同期間満了後に製造・販売することを予定して本件特許権に係る物質を使用した準備行為をしたことは本件特許権を侵害する違法行為であり、これに基づき本件特許期間満了後に被告製剤を販売することも右違法行為と一体の行為であって、本件特許権の存続期間が満了した後であっても本件特許権に基づき、又は不法行為の効果として、被告製剤の販売の差止請求が認められるべきである。

原告の主張の詳細は別紙二原告の主張(一)ないし(三)のとおりである。

2  被告の主張

被告が被告製剤の製造承認申請に必要な各種試験を実施した行為等は、本件特許権の侵害に該当せず、又仮に該当するとしても、本件特許権は存続期間の満了により消滅しているから本件特許権に基づき、又は不法行為の効果として、被告製剤の販売の差止請求は認められない。

被告の主張の詳細は、別紙三被告の主張(一)及び(二)のとおりである。

四  争点

1  被告製剤は、本件特許発明の技術的範囲に含まれるか。

2  被告が、被告製剤の製造承認を得るために本件特許権の存続期間中に各種試験等を実施した行為は本件特許権を侵害する違法行為か。

3  存続期間が満了した本件特許権に基づき、被告製剤の販売の差止請求が可能か。

4  不法行為の効果として被告製剤の販売の差止請求が可能か。

第三当裁判所の判断

一  存続期間満了後の特許権に基づく差止請求の可否について(争点3)

1  原告は、争点1及び2が肯定されることを前提に、被告が本件特許権の存続期間満了後に被告製剤を販売する行為は、本件特許権の存続期間中に被告がなした各種試験等の違法行為と一体の違法行為であるから、存続期間満了後もなお本件特許権に基づき、被告製剤の販売の差止が認められるべきであると主張するので、まず、この点(争点3)につき判断する。

2  特許法一〇〇条一項は、「特許権者又は専用実施権者は、自己の特許権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と定めていることから、現に特許権又は専用実施権を有している者が、現にその権利を侵害され又は将来その権利を侵害されるおそれがある場合に、その侵害の停止又は予防を請求できるものと解せられる。これを本件についてみると、仮に、被告が本件特許権の存続期間中になした各種試験の実施等が本件特許権の侵害行為であり、かつ、被告がその成果に基づいて本件特許権の存続期間満了後に被告製剤の販売を行うものであるとしても、本件特許権は存続期間の満了により既に消滅しているから、被告製剤の販売により、本件特許権が現に侵害され又は将来侵害されるおそれがあるということはできない。

また、特許法六七条が特許権の存続期間を一定期間に限った趣旨は、特許権の付与によって発明者の利益を保護することにより発明の保護・奨励を図り産業技術の向上に資するとともに、特許権という独占的かつ排他的支配権の付与による第三者の営業活動上の制限ないし不利益及び発明の実施の促進による産業の発達に寄与するという目的との調和を図ったものであると考えられる。そして、特許法六七条二項、六七条の二、六七条の三は、医薬品等の特許権については、その製造承認等の手続の特殊性に鑑み五年を限度として存続期間の延長を認めているところ、右条項以外に特許権の存続期間の延長を認める規定は存在せず、右条項が昭和六二年法律第二七号により創設されたものであることに照らせば、特許法は、医薬品等の特許権についても、右条項の限度を超えてはその存続を認めない趣旨と解するのが相当である。

しかるに、特許権の存続期間が終了してもなおその特許権に基づき差止請求権を行使できるとするならば、特許権の効力の存続を認め、特許権の存続期間を延長することと同様の結果をもたらすことになるところ、このような結果は、前記のように特許権の存続期間が法定され、延長期間も限定されている趣旨に反することになる。

以上のように、特許権に基づく差止請求を定めた特許法一〇〇条一項の文言並びに特許権の存続期間及び延長期間の趣旨に照らせば、存続期間の満了した特許権に基づく差止請求を認めることはできないといわざるを得ない。

3  原告は、原告が求めているのは、本件特許権の存続期間中の被告の侵害行為の成果としての被告製剤の販売の差止のみであり、特許期間の延長を求めているものではないと主張する。しかし、特許法一〇〇条に定める差止請求権は、特許権によって発明者の利益を保護するための最も直截的かつ効果的な手段であって、特許権に付与された主要な効力の一つであることに照らせば、特許権の存続期間満了後に差止請求を認めるとすれば、特許権の存続期間及び延長制度の趣旨に反することは明らかであるから、右主張は採用できない。

また、原告は、被告は本件特許権の存続期間中の違法行為の成果を得ようとするものであるから、右違法行為がなかったとすれば、現在あるであろう姿に戻すという限度において、いわば特許期間満了後の特許権の余後効力として、差止請求権を有すると主張する。しかし、原告が主張するような特許権の余後効力を認めることができる法的根拠はないばかりか、このような余後効力を認めるならば、結局、特許権の存続期間や延長期間の趣旨に反することになることは前記と同様であるから、採用することはできない。

原告は、特許権の存続期間満了後に後発医薬品の製造・販売の準備を始めた場合には、その製造承認を得るために少なくとも二年六か月を要するから、その期間中は、原告が本件特許権に係る医薬品の製造・販売について市場を独占できる利益を有するとし、その独占的利益の侵害を防止するために侵害行為のなかった状態に戻すことを特許権の効力として認めるべきであるとも主張する。しかし、特許法が特許権の存続期間を法定している趣旨からすれば、特許権の存続期間満了後における経済的利益まで保護するものであるとは解せられない。また、確かに、薬事法の規制上、医薬品の製造承認を得るには一定の期間を要することとなっているものの、それは薬事法所定の目的を達成するための行政上の必要性に由来するものに過ぎず、先発の医薬品の製造・販売業者の利益を図るためものではないのであるから、薬事法による医薬品の製造承認上の規制により、結果的に、特許権の存続期間の満了後においても、一定期間、後発医薬品の製造・販売が開始されないことになり、先発の医薬品の製造・販売業者が事実上市場を独占できるという利益を享受することがあるとしても、それは、薬事法の規制に伴う事実上の反射的利益に過ぎない。したがって、これをもって、特許権に存続期間満了後も差止請求を認める根拠とすることはできない。

さらに、原告は、被告は本件特許期間中に秘密裡に準備行為を行ってきたのであるから、本件特許権の存続期間が満了したことを理由に差止請求権が認められないと被告が主張することは、クリーンハンドの原則や信義則に照らして許されないと主張するが、本件特許権の存続期間の満了後は、原告は差止請求権を有しないから、原告の右主張は失当である。

原告が、指摘するその他の事由及び外国の裁判例を考慮しても、以上に述べたところに照らせば、特許法その他わが国の法制上、既に消滅した特許権に基づき差止請求を認めるべき根拠は見い出せない。

4  右のとおり、存続期間満了後の特許権に基づく差止請求は認めることはできず、したがって、仮に争点1及び2が肯定され、被告製剤の販売が、本件特許権の存続期間中になされた侵害行為の成果に基づくものであるとしても、原告の本件特許権に基づく差止請求は理由がない。

二  不法行為の効果としての差止請求の可否について(争点4)

1  次に、不法行為の効果として被告製剤の販売の差止請求が認められるか否かについて検討する。

仮に不法行為の効果として、その差止請求を認めうる場合があるとしても、それは被害者の現存する権利又は法的利益が現に侵害され又はその侵害が間近に迫っている場合に限られるものと解するのが相当である。しかるに、原告が主張する権利侵害の内容は本件特許権の侵害であるところ、本件特許権は存続期間の満了により既に消滅しているから、被告製剤の販売により、本件特許権が侵害され又はその侵害が間近に迫っているということはできず、本件特許権の侵害による不法行為の効果としての差止請求を認めることはできない。

2  原告は、本件特許権の存続期間の満了後二年六か月間は市場を独占できる利益を有し、被告製剤の販売によりこの利益が侵害されると主張するが、原告の主張するこの利益が、事実上の利益に過ぎないことは前記一3で述べたとおりであって、法的に保護された又は保護すべき利益であると解することはできない。したがって、右利益の侵害を理由として、被告の被告製剤の販売行為が不法行為に該当するということはできない。

その他の原告の主張をもってしても、被告製剤の販売によって、原告の現存する権利又は法的利益が、現に侵害され又はその侵害が間近に迫っているものということはできない。

3  したがって、争点1及び2が肯定されるか否かにかかわらず、不法行為の効果としての差止を求める原告の請求も理由がないというほかはない。

三  以上の次第であり、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 井垣敏生 裁判官 松本利幸 裁判官 本田敦子)

別紙目録及び別紙一ないし三 省略

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