京都地方裁判所 平成5年(行ウ)9号 判決
主文
一 被告Aは、京都市に対し、四億六八九二万四二六〇円及びこれに対する平成五年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告Aに対するその余の請求及び被告池尻興産株式会社及び同株式会社北摂カントリー倶楽部に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告らと被告Aとの間においては、原告らに生じた費用の五分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告らと被告池尻興産株式会社及び同株式会社北摂カントリー倶楽部との間においては、全部原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、京都市に対し、連帯して、四三億五四二九万六六一三円及びこれに対する平成五年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前)
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(本案)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告Aは、平成元年八月三〇日から平成八年一月二九日まで、京都市長の地位にあった者である。
2(一) 被告池尻興産株式会社(以下「被告池尻興産」という。)及び被告株式会社北摂カントリー倶楽部(以下「被告北摂カントリー」という。)は、平成四年三月二六日、京都簡易裁判所に対し、京都市を相手方として、八〇億円の損害賠償を求める調停を申立てた(京都簡易裁判所平成四年(ノ)第九〇号事件、以下「本件調停」という。)。
(二) 本件調停において、裁判所は、民事調停法一七条に基づき、同年五月一三日、①被告北摂カントリーは、京都市に対し、別紙物件目録一ないし一五記載の各土地(以下「本件土地」という。)及び同土地上の立木を代金四七億五六二三万一六八四円で売り渡し、京都市はこれを買い受ける、②この決定は京都市議会の承認を得た場合に効力を生ずるとの内容の調停に代わる決定(以下「本件決定」という。)をした。
(三) 被告Aは、同年五月二一日、京都市議会に、本件決定に対して異議を申し立てないこと及びこれに伴い必要となる経費を土地取得特別会計予算として計上することを内容とする議案(議第一〇九、一一〇号、以下「本件議案」という。)を提出した。
(四) 京都市、被告池尻興産及び同北摂カントリーは、本件決定に対して異議を申立てず、本件決定は、同月二七日の経過をもって確定した。
(五) 京都市において、同年七月三日、本件決定に基づく代金として、四七億五六二三万一六八四円の支出について、総務局総務部総務課長が、その支出命令を専決決定した。京都市収入役が、これに基づき、同月八日、右金額の金員を被告北摂カントリーの銀行口座に振り込んだ。
3 本件土地の価格は、本件決定が確定した時点で、四億〇一九三万五〇七一円を超えるものではなく、本件決定における本件土地の代金額は、通常の取引価格に比して著しく高額である。
4(一) 地方公共団体の長は、その事務を誠実に執行する義務を負い(地方自治法(以下「法」という。)一三八条の二)、また、地方公共団体の経費はその目的を達成するために必要かつ最小の限度を超えて支出してはならないとされている(地方財政法四条一項)。ところが、被告Aは、(1)被告池尻興産及び同北摂カントリーと共謀の上、共に連携しあって同被告らの利益を図るため、本件調停の手続及び本件決定を利用して、本件決定による代金額が経済的には著しく高額に過ぎることを十分認識しながら、本件決定に対して異議を申し立てずにこれを確定させて、京都市の公金四七億五六二三万一六八四円を支出させ、また、(2)少なくとも、本件決定における本件土地の代金額が不当に高額であることを知り得たにも関わらず、本件決定に対して異議を申し立てずに本件決定を確定させた。(3)更に、同被告は、本件調停において本件土地の適正価格を示さず、市議会に本件決定に対して異議を申し立てない旨の本件議案を提出し、本件議案の議決に際して適正価格に関する情報を提供せず、更には、本件議案を可決した市議会の決議について再議に付さず、専決決定された支出命令も阻止しなかった。
(二) 被告池尻興産及び同北摂カントリーは、(1)右(一)の(1)のとおり、被告Aと共謀して、京都市の公金を支出させ、(2)被告北摂カントリーは、本件決定による売買が暴利行為にあたり無効であるのに、法律上の原因なく、本件決定にかかる代金の支払を受け、同額の損害を京都市に与えた。また、同被告は、被告池尻興産が、自らのゴルフ場開発部門として設立したものであって、独立した実体はなく、本件決定の確定による利益を得ている
5(一) 京都市は、本件決定の確定による前記の支払により、支払額と相当価格の差額として、少なくとも四三億五四二九万六六一三円の損害を被った。
(二) 被告Aは、右4(一)(1)ないし(3)により、京都市に対し、債務不履行または不法行為に基づき、右(一)の損害を賠償する義務を負い、被告池尻興産及び同北摂カントリーは、右4(二)(1)によって不法行為に基づき、(2)によって不当利得に基づき、右(一)の損害金の支払義務を負う。
6 原告らは、平成五年三月二五日、京都市の監査委員に対し、本件決定を確定させたことやそれに基づく支出が違法であるなどとして、住民監査請求をした。
監査委員は、同年四月二一日付けで、原告らに対し、右監査請求を却下するとの決定をした。
7 よって、原告らは、被告Aに対しては法二四二条の二第一項四号前段に基づき、被告池尻興産及び同北摂カントリー倶楽部に対しては同号後段に基づき、京都市に代位して、連帯して四三億五四二九万六六一三円及びこれに対する右不法行為の後の日である平成五年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を京都市に支払うことを求める。
二 被告らの本案前の主張
1 原告らのうちには、京都市民でない原告も含まれる。本件訴えのうち、右各原告に係る部分については、不適法である。
2 監査委員は、原告らの監査請求に対し、「監査委員は裁判所の調停に代わる決定の当否の判断を行う権限を有しないところ、右監査請求は京都簡易裁判所の調停に代わる決定が不当であるとの前提に立つものであるから住民監査請求の対象とならない」との理由で監査を行わずに却下した。
したがって、本件訴えは、監査委員の監査を経ずに提起されたもので訴えの要件を欠く。
3 本件訴訟において、原告らが主張する本件土地の売買は、京都市が本件調停において応対したうえでの京都簡易裁判所の調停に代わる決定(本件決定)の結果としてのものであって、地方公共団体の財務会計上の処理を目的としたものではない。
調停に代わる決定に対して異議の申立てをしなかったという行為及び被告Aの請求原因4(一)の(1)ないし(3)の行為は、いずれも、財務会計行為には当たらない。
4 本件決定が確定したことによって、京都市と被告池尻興産及び同北摂カントリーとの間においては、本件決定の内容によって、裁判上の和解をしたのと同一の効力を有することになった。
本件訴訟は、住民訴訟の名を借りて、右の効力を争おうとするものであり、許されない。
三 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)ないし(三)の事実はいずれも認める。
3 同3の主張は争う。本件土地の価格は、平成四年五月当時、四七憶五六二三万一六八四円を下らない。
4 同4(一)(二)の事実は否認する。被告Aは、京都簡易裁判所の本件決定があったことを踏まえ、本件決定による代金額が適正なものであることを信じていたし、しかも、これを京都市議会に本件議案として諮った上で、議会の議決に従って、本件決定に対して異議の申立てをしなかった。また、京都市は、本件決定が確定した結果、被告池尻興産及び被告北摂カントリーに対し、これに反する主張をすることはできないから、原告ら主張の損害賠償請求権や不当利得返還請求権を有しない。
5 同5は争う。
6 同6の事実は認める。
理由
第一被告らの本案前の主張について
一 被告らの本案前の主張1について
本件記録及び弁論の全趣旨によれば、原告らは(なお、口頭弁論終結後に取り下げられた原告らは、当然、除かれている。)、いずれも、本件訴え提起時から弁論終結時に至るまで、京都市民であったものと認めるのが相当である。
被告らの右主張は採用できない。
二 同2について
法二四二条の二第一項は、訴えの適法要件として、適法な監査請求を行ったことのみを要求しており、監査委員が監査請求に対し実体判断をしたか否かは問題にはならない。本件訴えは、監査請求を前置するとの要件に欠けるところはなく、被告らのこの点の主張も採用できない。
三 同3について
1 本件決定は、その確定により、京都市が代金を支払う義務を負担して、本件土地を取得するとの内容の裁判上の和解をしたのと同一の効力を発生させるもので(民事調停法一八条三項)、当事者の一方が、異議の申立てをしさえすれば右確定がなくなるものであるから(同条一項、二項)、右決定に対して異議を申し立てる権限を有する京都市長が、これをしないという不作為は、それ自体、法二四二条一項所定の長の「財産の取得」又は「債務その他の義務の負担」として、財務会計行為に当たるものというべきである。
2 また、請求原因4(二)については、その主張はやや不明確ではあるが、京都市が被告池尻興産及び同北摂カントリーに対して有する損害賠償請求権及び不当利得返還請求権という債権の管理を京都市において怠ったことによる、その相手方に対する右各請求権の代位行使と解しうる余地があり、そうであるとすると、これも財務会計行為の違法を前提とする請求であると解される。
3 ただし、右の異議の申立てをしない行為以外の被告Aについての請求原因4(一)(3)の主張は、法二四二条一項所定の財務会計行為とはいえない。
四 同4について
原告らの本件請求は、不法行為及び不当利得を理由とするものであり、これらの請求が、本件決定の確定の効力により許されなくなるかどうかの問題は、本案の問題であるから、この点に関する主張は、本案前のものとしては採用できない。
第二本案について
一 請求原因1、2(一)ないし(三)の事実は、当事者間に争いがない。
二 前記一の争いがない事実、甲一ないし四一(枝番も含む。)、検甲一ないし一四、乙一の一ないし二八、三、四、丙三、七、一〇、一二、一三、一四、二七ないし五一(枝番も含む。)、証人B、同C、同D、同E、同Fの各証言、被告A、被告池尻興産代表者本人の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 被告池尻興産は、昭和六二年ころ、京都市α一七五二番六の山林ほかの本件土地を含む周辺一帯の山林一三五万二一四一平方メートルを開発し、そこに、一八ホール、クラブハウス、管理施設などを有するゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を建設することを計画した。そのうち、本件土地は、京都市βの南西付近から大阪府高槻市にかけて所在するポンポン山の北側山麓で、JRγ駅の西方約八キロメートル、同δ駅の北方約一一キロメートルに位置し、標高二〇〇メートルから六〇〇メートルで、その相当部分は三〇度以上の傾斜がある雑木林地帯であり、その実測面積は、一三三万九七八三・五七平方メートルであった。同被告は、同年八月ころ、京都市建設局土木部開発指導課に相談し、以後、同課その他の関係部局との間で、何度かの協議を重ねた。また、平成元年六月二三日、本件ゴルフ場を経営するために、被告北摂カントリーが設立された。
2 被告池尻興産は、本件ゴルフ場計画予定地として、本件土地を含む周辺土地につき、国土利用計画法二三条一項(平成一〇年改正前)に基づく届出を行うとともに、買収を進めた。同被告は、平成二年一〇月三一日までに、右各届出に対する不勧告通知を受け、同年一二月五日までに、用地の売買契約の締結等を終えた。本件土地の購入費用は、合計約二〇億円であった。
被告池尻興産は、平成二年九月二七日から平成三年一月三一日の間に、被告北摂カントリーに、本件土地をすべて譲渡した。
3 京都市においては、それまで、ゴルフ場の建設を直接規制する趣旨の要綱等はなかったが、平成二年八月ころ、ゴルフ場建設のための開発行為の許可の基準等を定めた京都市ゴルフ場等の建設事業に関する指導要綱(以下「要綱」という。)が制定され、同月一三日から施行された。
4 被告池尻興産は、平成二年一〇月ころ、本件土地を含む周辺土地をゴルフ場として開発する事業計画に関する書面を京都市建設局開発指導課に提出した。そして、同被告は、以後、都市計画法上の開発行為の許可を得るため、要綱七条に基づき、京都市の開発指導課との間で、事前協議の手続を進めた。被告池尻興産は、更に、平成三年四月に、設計変更した事業計画概要書を改めて提出した。
5 しかし、本件ゴルフ場の建設については、予定地の周辺住民から反対運動が起こり、隣接する高槻市の住民団体は、六万人を超える反対署名を集めて京都市に提出した。また、高槻市議会は、二度にわたって、本件ゴルフ場の建設に反対する旨の決議を行い、高槻市も、京都市に対し、本件ゴルフ場の建設について、慎重な対処を求める旨の意見書を出した。
京都市においては、要綱八条に基づいて、助役二名、都市計画局長、建設局長ら幹部で構成する京都市ゴルフ場等建設審査委員会で、本件ゴルフ場の建設について審議を行い、その結果、平成四年三月一二日、被告Aに対し、事業計画を認めないのが相当である、建設予定地は、自然環境を生かして、人と自然が触れ合える場として整備をしながら地域振興を図ることが望ましい旨の意見具申と題する書面を提出した。
被告Aは、右意見を受けて、同日、本件ゴルフ場の建設を認めない方針を固め、開発指導課職員が、被告池尻興産にその旨を口頭で伝えた。
6 被告池尻興産及び同北摂カントリーは、同年三月二八日、京都市を相手方として、同市が、本件ゴルフ場の建設に関して右被告らに対して様々な行政指導等を行ってきたこと、本件土地の取得についての国土利用計画法に基づく届出に対して不勧告通知をしたこと等により、同被告らに開発行為が許可されるものとの強度の期待を生じさせたと主張し、京都市が前記のような判断をしたことは違法であり、それによって八○億円の損害を被ったとして、右損害の賠償を求める民事調停(本件調停)を、京都簡易裁判所に申し立てた(京都簡裁平成四年(ノ)第九〇号事件)。右申立代理人は、甲府市内に事務所を有するI弁護士であった。
京都市のG助役は、本件調停の申立てに関し、被告Aと協議のうえ、損害賠償請求には応じられないが、本件土地を適正価格で買収する意向はある、との内容の対応方針を決定した。しかし、京都市において、本件土地やその周辺の土地についての具体的な利用の計画があるわけではなかった。
7 被告Aは、同月三一日、被告池尻興産に対し、本件ゴルフ場の建設に係る事業計画を認めないことを決定した旨を「基本方針通知書」と題する書面により通知した。
8 京都市は、同年四月三日ころ、本件調停における代理人としてE弁護士を選任し、同弁護士は、その後すぐに、調停裁判所に委任状を提出した。同弁護士及び被告地尻興産らの代理人は、同月七日、調停裁判所に対し、第一回期日を同月一五日と指定することを請ける旨の書面を提出した。さらに、翌八日には、第二回期日を同月二八日とすることも事実上決められた。本件調停の期日は、当事者双方の要望により、右のように相当に短い間隔で入れられた。
京都市代理人のE弁護士は、右第一回期日において、調停委員に対し、申立てに係る損害賠償請求には応じられないが、本件土地を適正価格で買い取ることなら応じられる旨を伝えた。
その結果、次回期日である同年四月二八日までに、京都市の側では、本件土地の適正価格を検討してその買取金額を提案し、被告池尻興産らの側では、本件土地の売却という方向での解決が可能なのか検討することになった。
9 京都市の財産管理課は、同月二〇日、株式会社関西総合鑑定所(以下「関西総合鑑定所」という。)に対し、本件土地の価格について鑑定を依頼した。
E弁護士は、同月二八日に開かれた第二回期日において、本件土地の価格評価を委託しているがまだ結果が出ていないこと、適正な評価が出た折りには、その範囲内の価格であれば、京都市としては取得する方針であることを明言した。
10 関西総合鑑定所のB不動産鑑定士は、平成四年五月七日に、同五月一日時点の本件土地の価格を四七億六九六三万円(一平方メートル当たり三五六〇円、実測面積一三三万九七八三・五七平方メートルとして算出)とする評価書(丙三)を作成し(以下「B評価書」という)、財産管理課に交付した。
B評価書には、被告池尻興産らが本件土地上に建設しようとしていた本件ゴルフ場の予定図面が添付されており、そこには、ゴルフコース一八ホール、ヘリポート等の設置状況も比較的詳細に記載されていた。
被告Aは、同月八日、調停で提示する代金額として、B評価書に基づいて、四七億五六二三万一六八四円(一平方メートル当たり三五五〇円、面積一三三方九七八三・五七三平方メートルとして算出)を決済した。
京都市代理人のE弁護士は、同日の第三回調停期日において、調停委員に対し、右価格であれば買収に応じると述べ、自ら作成した調停条項案(甲二一の一四)を提出した。しかし、同弁護士は、B評価書(丙三)自体を調停裁判所に提出したり、調停の手続内で被告池尻興産側に呈示したりはしなかった。結局、被告池尻興産らとの間で直ちに調停成立にまでは至らなかった。調停委員から、京都市側に対し、被告池尻興産らが本件土地の取得に際して実際に支出した経費分を上積みできないかとの打診等もあったが、E弁護士は、これ以上は出せないと回答し、京都市職員とも相談した上で、調停委員会に対し、早急に調停に代わる決定を出してもらいたいとの希望を示した。被告池尻興産らの代理人であるI弁護士も、調停に代わる決定を出すこと自体には異存はなく、調停委員会にもそのように対応した。
11 調停主任の裁判官としては、B評価書も調停手続には提出されておらず、他に本件土地の価格についての資料もなく、本件土地の価格について検討したわけではなかった。しかし、右裁判官は、京都市側及び被告池尻興産ら側の主張及び調停手続における対応、態度等から、京都市側がほぼその提案した代金額である四七億五六二三万一六八四円又はそれに近い金額で本件土地を買い取るとの内容であれば、最終的に両者ともに異存がなくなる可能性があると判断し、同月一三日の第四回期日において、次のとおり、民事調停法一七条に基づく調停に代わる本件決定をした。本件決定の内容は、京都市代理人が提出した前記の調停条項案とほぼ同内容のものであった。
(一) 被告北摂カントリーは、本件土地及び土地上の立木を代金四七億五六二三万一六八四円で京都市に売り渡し、京都市はこれを買い受ける。
(二) 被告北摂カントリーは、平成四年六月末日までに、本件土地の所有権移転登記手続に必要な一切の書類を整え、京都市に提出し、同日までに本件土地と立木を京都市に引き渡す。
(三) 京都市は、前記所有権移転登記手続と引渡しが完了した後、被告北摂カントリーの請求に基づき、直ちに同被告に前記売買代金を支払う。
(四) 被告池尻興産らと京都市は、これに定めるほかには、何ら債権債務のないことを相互に確認する。
(五) 被告池尻興産らは、本件損害賠償調停事件については、以上により一切解決したものとし、京都市に一切請求しない。
(六) この決定は、京都市議会の承認を経ることを条件とし、右議決により効力を発生する。
12 京都市においては、同月一九、二〇日、市会財政総務委員会及び建設委員会において、本件決定を巡る質疑が行われた。その際、議員の中から、「業者の買収予定価格は約二〇億円であったと言われている。」等として、価格が適正であるのか、高すぎるのではないか、「なぜ買い急ぐのか。」という質問が出たが、市の企画調整局活性化推進室長は、京都市に非はなく賠償には応じられない、適正価格なら買取りに応じるとの方針であったこと、本件ゴルフ場建設予定地は、自然に恵まれた地域なので、市民が自然とふれあえる場として確保し、市街地からのアクセスを整備するなどして地域の振興を図る必要があること、京都市において具体的な利用計画があるわけではないが、転売の可能性もあり、この機会を逃すと適正な価格での買取りが困難になるになる、等と説明した。
13 被告Aは、平成四年五月二一日、すでに開催中であった京都市議会の定例会に、本件決定に対して異議を申し立てないこと及びこれに伴い必要となる経費を土地取得特別会計予算として計上することを内容とする本件議案を提出した。
右定例会の会期は同月二二日までであったが、議会運営委員会は、本件議案について慎重に審理を尽くすため、その会期を同月二六日まで延長することを決定し、同月二二日の定例会において、右の会期の延長と本件議案の審議のために普通予算特別委員会を設けることが決定された。
また、「ポンポン山ゴルフ場建設に反対する会」など住民団体は、同月二一日、本件決定の買取価格は高額に過ぎるとして、本件決定に対して異議を申し立てるように求める書面を京都市に提出した。
14 同月二二日、普通予算特別委員会において、本件議案をめぐって、取得の必要性には疑問がある、本件土地周辺の山林は一平方メートル当たり一〇〇〇円ないし一五〇〇円で取引されており、約四七億円というのはあまりにも高額すぎる、公正さを装うために裁判所の決定を得たのではないかと疑われる、不動産鑑定評価委員会を利用せず民間の鑑定業者一社に依頼しただけで適正な価格といえるのか、B評価書が採用した取引事例の中にはゴルフ場建設予定地等も含まれており、B評価書は信用できないのではないか、被告池尻興産が京都市に提出した事業計画概要書では、取得費用として約二〇億円となっている、国土法による被告池尻興産の取得価格も考慮すべきである、等々の具体的な反対意見が活発に述べられた。そして、議論は、特に、本件土地の買取価格が適正であるかどうかの点について集中した。市側は、B評価書は適正であること、前記のとおりの自然環境の確保や地域の振興の必要性等の説明を繰り返したが、本件土地の価格の評価の依頼の方法や内容をめぐる質問に対しては、結局、具体的な答えはしなかった。しかし、普通予算特別委員会は、同月二五日、本件議案について、総括質疑を行った後、賛成多数で原案どおり可決した。
15 本件決定、及びその後の市議会等での前記の一連の動きは、連日、新聞各紙で報道された。京都弁護士会に所属する弁護士二六名は、同月二五日、京都市に対し、本件決定に対して異議を申し立てることを求めるアピールを出した。
16 本件議案に関し、同月二六日の市議会定例会において、反対派の議員が再び反対意見を述べた後、賛成派の議員が、買収価格には極めて不満を感じるし、本件決定に至るまでの経過は拙速ではあるが、解決を先送りすれば将来に一層の負担を生ずることになると判断し、やむなく本件決定に従うことにした旨の意見を述べた。同日の採決において、本件議案は原案のとおり可決された。
17 被告Aは、結局、京都市長として、右の市議会の議決どおり、本件決定に異議を申し立てず、被告池尻興産、同北摂カントリーのいずれも、本件決定に異議申立てをしないまま、異議申立期間の経過により、本件決定は、同月二八日に確定した。
18 被告Aは、同年七月三日、本件決定による価格での経費支出決定を行い、回目、総務局総務部総務課長が、支出命令を専決決定した。これに基づき、京都市収入役が支払決定を行い、同月八日、四七億五六二三万一六八四円が被告北摂カントリーの銀行口座に振り込まれた。同被告は、その後、平成五年二月五日、株主総会の決議により解散し、Hがその清算人となった。
19 京都市は、平成八年、本件土地一帯を都市公園とすることを決定し、現在、右の一帯の土地は、「大原野森林公園」として市民に開放されている。
三 次に、本件決定の確定当時における本件土地の価格が、原告らが主張するように著しく高額に過ぎるかどうかについて検討する。
1 まず、B評価書(丙三)について検討する。
(一) 丙三、六、九、一一、五〇及び証人Bの証言によれば、B評価書は、平成四年五月二日に同月一日を価格の時点として評価したもので、その内容は、概ね、以下のとおりと認められる。すなわち、本件土地の地域要因及び個別的要因を分析し、その最有効使用を現況どおり山林としての利用と判定した上で、取引事例比較法によって比準価格を求めるため、別紙取引事例目録六、九、一〇及び一一の各事例(以下、番号に従って「事例一」「事例二」などという。)を採用し、各事例の取引価格に、事情補正、時点修正並びに地域要因比較及び個別的要因比較による各修正を施して、試算価格を算出し、それらの概ね中庸値である一平方メートル当たり三六二〇円をもって比準価格と定め、さらに、基準地について、時点修正並びに地域要因比較及び個別的要因比較による各修正を施して、規準価格一平方メートル当たり三三〇〇円を求めた、というものである。
B評価書は、結論として、本件土地の平成四年五月時点の価格を、一平方メートル当たり三五六〇円、合計四七億六九六三万円とした。
(二) しかしながら、B評価書には、以下の疑問があるといわなければならない。
(1) まず、B評価書は、本件土地の傾斜は、前記認定のとおり、その相当部分において、三〇度以上であるにも関わらず、これを約五度と評価しており、また、甲二六、丙五〇及び弁論の全趣旨によれば、本件土地の北側には、平均幅員約三・五メートルないし四メートルの京都府道柚原向日線があり、西側は三〇〇メートル付近に市道が南北にわたってあるが、本件土地は右各公道には直接に接面しないことが認められるにも関わらず、接面するものとして評価しており、この点だけでも、その評価額が高額になり過ぎているといわなければならない。
(2) そして、B評価書においては、事例六、九、一○、一一の各取引事例による取引価格がその評価の重要な基礎とされているところ、甲二六、証人Fの証言や弁論の全趣旨によると、事例九の対象地の所在を鑑定士が誤認しており、実際の位置より約一二キロメートル北東方向に存在するものとしていたことが認められる。そのため、B評価書においては、右事例による試算価格(標準画地、一平方メートル当たり、以下同じ)が同じ事例を採用しているF不動産鑑定士の鑑定評価書(甲二六、以下「F評価書」という。)と比較して、最寄駅、最寄集落への接近性、標高・傾斜、造成の難易による地域格差の点で大きな相異が生じ、その試算価格が一〇五八円となっている。また、B評価書が採用している事例一〇は、採石場に隣接する土地の取引であり、事例六は、ゴルフ場建設予定地としての取引であり、いずれも、開発を前提としない評価をする以上、少なくとも相当程度の減額方向での修正が必要と考えられるが、B評価書においては、かような考慮がされたとは認めがたい。
(3) 以上のとおり、B評価書の内容は、本件土地の価格の評価の前提となる基本的な事項に重大な疑問があり、その評価額は、結局、極めて高きに失するものとなっており、採用しがたい。
2 次に、F評価書(甲二六)について検討する。
(一) 甲二六、二九ないし三三、四一、証人Fの証言並びに弁論の全趣旨によれば、F評価書は、平成八年八月に本件土地の平成四年五月時点での価格を評価したもので、その内容は、事例一ないし九の各取引事例を基礎として、各事例の取引価格に事情補正、時点修正等を加えて、それぞれの試算価格を算出し、算出された各試算価格がほぼ均衡を得ていることから、そのほぼ中庸と思料される一平方メートル当たり一〇四〇円をもって比準価格と定め、結局、右比準価格をもって、本件土地の一平方メートル当たりの価格とし、本件土地の平成四年五月時点の価格を、一三億九三三七万五〇〇〇円としたものである。
(二) F評価書の内容にも、次のとおり、若干の問題点がないわけではない。
(1) 事例五について、地域要因比較による修正を一〇〇/一六〇、個別的要因比較による修正を一○○/三五三としているが、同事例の対象地が道路に接面していること、採石場としての取引であること等と考慮しても、なお、右修正値に相当する価値の差があったと評価できるのかどうかはやや疑問がある。
(2) また、事例六について地域要因比較による修正を一○○/二二五とし、事例九について地域要因比較による修正を一○○/三二五としているが、本件土地は、JRγ駅の西方約八キロメートル、同δ駅の北方約一一キロメートルに位置するのに対し、事例六の対象地はδ駅の北西約九キロメートルに、事例九の対象地は同ε駅の南西約七キロメートルに位置するものであり、集落との距離、道路接面状況等を考慮しても、なお、右修正値に相当するほどの差があったと評価できるのかどうかやや疑問が残る。
(五) しかし、F評価書におけるその余の点についての前提事項には基本的な疑問点はなく、また、その評価の判断過程、特に、事例一ないし四の各取引価格についての事情補正、時点修正並びに地域要因比較及び個別的要因比較による各修正にも、特に不合理な点は認められない。
3 次に、前記二の認定事実、甲一三、一五、一九、二〇(枝番を含む。)、
被告池尻興産代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告池尻興産は、本件ゴルフ場の建設用地として、平成元年三月ころから、順次、本件土地を、それぞれの所有者から買収し、平成二年一二月ころまでに本件土地の買収を終えたこと、同被告は、平成二年一〇月二三日、本件土地のうち別紙物件目録一三の土地につき、予定価格を一平方メートル当たり一五一五円として、国土利用計画法に基づく届出をし、平成二年一二月一九日、同じく本件土地のうち同目録四、五の各土地につき、同額の予定価格の届出をし、いずれも不勧告の通知を受けたこと、同被告は、平成三年四月一二日、京都市に対し、本件ゴルフ場建設のための事業計画の概要書(甲一五の一、二)を提出したが、それによると、用地買収費は約二〇億円とされていること、以上が認められる。
そして、右認定事実によれば、被告池尻興産は、平成元年から平成二年一二月ころまでの間に、本件土地を、順次一平方メートル当たり、概ね、一六〇〇円以下の単価で、それぞれの地権者から取得したものと推認される。
4 このようにみてくると、本件土地の平成四年五月当時の価格は、ゴルフ場等開発を前提とせずに山林としてのものであれば、評価方法による相異はあるとしても、被告池尻興産の前記の本件土地の取得価格を上回るものではないというべきである。なぜなら、同被告の取得時期が、いわゆるバブル経済による地価上昇のピーク時又は少し前の時期であり、その後、バブル経済が崩壊して地価が下落に転じ、平成四年五月当時まで継続的な下落傾向にあったことは、当裁判所に顕著であるからである。
そうすると、本件土地の平成四年五月当時の経済的な適正価格は、前判示のとおり、B評価書はもちろん、F評価書もそのままの価格は採用できず、原告らが裁判所へ鑑定の申出をしないので、認定に困難は伴うけれども、既に判示したところを総合すると、できるだけ高額に評価しても、一平方メートル当たり一六〇〇円、すなわち、合計二一億四三六五万三七一二円を上回るものではなかったものと認められる。
四 以上の判断を前提として、以下、まず被告Aの責任について検討する。
1 地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要かつ最小の限度を超えて支出してはならないとされており(地方財政法四条一項)、これに反して、地方公共団体が全く不必要な財産を取得したり、高額過ぎる対価を支払って財産を取得することが、違法な財務会計行為となることがあるのは明かである。特に、地方公共団体が土地を取得する場合には、地価は上昇したり、あるいは下落したりするのが現状である以上、地方公共団体としては、取得価格がその当時の適正価格をできるだけ上回ることのないよう、できるだけ安価に取得できるように最善の努力をすべきものというべきである。ただし、他方、地方公共団体が、様々の行政目的をもって、その必要上土地を取得しようとする場合、法律上強制買収をすることができないときは、そもそも買取ることができるかどうか、どれだけの代金額で買取ることができるかは、相手方、すなわち売主の意向が大きく反映されるものであることも否定できず、場合によっては、当該土地の取得を断念せざるを得ない場合、買取ることは可能ではあってもその価格が適正価格を上回ることとなる場合も容易に想定される。
したがって、地方公共団体が土地を取得するかどうか、いくらの代金で取得するかは、原則として、それを決定する権限を有する長の政策的ないし合目的な裁量判断に属する事項であり、それらが地方財政法四条の観点から違法となるのは、単に取得した代金額が経済的な適正価格を上回るというだけでは足りず、当該土地を取得する具体的な行政目的、取得の必要性、相手方との交渉の経緯、その時の経済情勢等に照らして、右の決定権限を有する長がその裁量の範囲を逸脱し、権限を濫用した場合に限られると解するのが相当である。
2 これを本件についてみると、前記二の認定事実によれば、確かに、本件土地やその周囲一体は自然環境に恵まれた場所であり、その良好な環境を保持し、同時に地域の振興を諮るため、京都市が当時本件土地を買い取る必要性は一応あったものと考えられる。また、京都市において本件調停を解決すること自体にもむろん意義があったといえる。
しかし、当時、京都市としては、本件土地の具体的な利用計画はなかったというのであるし、本件調停の申立てによって求められた損害賠償請求には応じないとの態度を明確に決定していたのであるから、本件土地の必要性というのも、緊急に差し追ったものでないのはむろん、さほど大きいものであったともいえないことは確かである。また、被告池尻興産や同北摂カントリー側でも、本件土地を転売したり、何らかの利用に供する計画が当時あったことも認められない。それにもかかわらず、前記一一の認定事実によれば、本件決定が確定するまでの本件調停における京都市側の対応、本件決定の後の議会等の手続も含めた京都市側の対応は、あまりにも性急であって、正規の内部手続にも違反し、当然に生じる筈の疑問をも無視した極めて異常なものであったというほかない。
3 まず、京都市においては、不動産を取得する場合には、その価格について、京都市公有財産規則五条により京都市不動産評価委員会に諮らなければならないとされているのに、株式会社関西総合鑑定所に委託してそのB評価書のみに依拠した対応をしたのは、明かに同条に違反する処理である。京都市不動産評価事務取扱要綱一五条(2)では、調停により当該土地の価格が確定した場合には右委員会へ諮ることを省略できるとされているが、京都市は、本件調停の手続にB評価書すら提出せず、価格について全く何らの資料のない裁判所に調停に変わる決定をするように求めたものであり、本件決定は京都市側の提案を考慮したものにすぎないのであるから、同項に該当しないのはもともと明らかであったといわなければならない。そして、京都市は、B評価書を入手しながら右のようにこれを本件調停の手続に提出すらしなかったのである。また、本件決定の後、委員会や本会議における本件決議を巡る質疑の中で、何故に京都市不動産評価委員会へ諮らないのか、事業計画概要書によっても被告池尻興産の取得価格は約二〇億円とされているのに何故にその二倍以上の高額で買取るのか、B評価書の評価で採用された事例ではゴルフ場の建設予定地も含まれており、B評価書の評価は高額に過ぎるのではないかとの具体的な質問も出ているにもわらず、京都市側は、これらの質問に対してほとんど具体的な説明をしなかったのである。被告Aとしては、本件議案について、その必要性のみならず、買取価格の点についても議会に対してしかるべき説明をすべきであったと考えられる。
4 かような経過を経て本件決定が確定したこと、それにより京都市が買取ることになった価格は、前記三のとおり、できるだけ高額に評価した上限価格である二一億四三六五万三七一二円に対して、更にその二倍を越える四七億五六二三万一六八四円という経済的にはまずあり得ないほどの高額であったことを総合すると、被告Aは、本件決定については異議を申し立てる義務を負っていたもので、にもかかわらず、同被告は、その裁量の範囲を逸脱し、その権限を濫用して本件決定に対して異議の申立てをしなかったもので、右行為は、違法な財務会計行為というべきである。そして、前記二で認定の事実経過に照らすと、同被告に少なくとも過失があったことが認められる。請求原因4(一)の(2)の主張は理由がある。
5 被告らは、本件決定に対して異議を述べないこととする旨の本件議案が京都市議会において可決されており、被告Aはこれに従ったに過ぎないと主張する。
そもそも、本件決定に対し、民事調停法一八条の異議の申立てをしないことは、前判示のとおり、本件土地を本件決定で示された価格で買い取る旨の裁判上の和解をするのと法的に異なるところがないから、本件決定で明示されたか否かにかかわらず、法九六条一項一二号により、被告Aは、長として単独でこれを決定することができず、京都市議会による決議が必要であったのであり、本件議案が京都市議会で可決されたことは、前記のとおりである。
しかし、本件議案が京都市議会で可決されたことは、法九六条の関係で、長である被告Aに、右の異議申立てをしないこととする権限を与える法的効果を与えるにすぎず、決議どおりそれを義務づけるものではないと解される。そして、議会の議決を経たからといって、財務会計上違法な行為が、違法でなくなることがあり得ないのもまた当然のことである(最大判昭和三七年三月七日・民集一六巻三号四四五頁及び法一七六条四項参照)。したがって、本件議案が京都市議会で可決されたことは、被告Aの責任を免責する理由とはならないというべきである。
6 さらに、被告らは、本件決定は、京都簡易裁判所の裁判官が本件調停において一切の事情を考慮した上で相当と認めて行った判断であることを強調する。
しかし、前判示のとおり、京都市側は本件調停の手続にB評価書すら提出せず、調停に代わる決定を求めたのであって、しかも、本件調停には本件土地の価格についての何らの資料もなく、裁判官は、本件土地の価格については具体的に検討することなく、あくまで当事者双方の主張及び対応を総合考慮した結果、本件決定をしたものに過ぎない(なお、右裁判官が本件決定をしたこと自体は、むろん適法である。)。かような場合には、本件決定が裁判官によってされたことをもって、前記判断を左右するものではないというべきである。
7 次に、京都市の損害について検討すると、京都市は、被告Aの右の違法な財務会計行為によって、結果的には、本件土地の代金として、その公金から四七億五六二三万一六八四円を支出したものであり、しかも、本件土地の地価は、その後も継続的に下落傾向にあったことが認められ(当裁判所に顕著な事実)、しかも、前記二の認定事実によれば、本件決定に対して異議の申立てをし、その後、被告池尻興産及び同北摂カントリーから本件調停と同内容の損害賠償を求める訴訟が提起されたとしても、右被告らの請求が一部でも認容される可能性は低かったものと考えられる(なお、最三小判昭和五六年一月二七日・民集三五巻一号三五頁参照)。しかし、他方、前判示のとおり、同被告の行為はその裁量権を逸脱したことによるものであり、京都市として本件土地を取得する行政目的は一応あったものと認められることをも考慮すると、被告Aの前記違法行為と相当因果関係にある京都市の損害は、右の支出された公金のうち、少なくとも、前記三で判断した二一億四三六五万三七一二円の二倍を越える部分、すなわち、四億六八九二万四二六〇円相当であったものと認めるのが相当である。右の損害額がそれ以上であることを認めるに足りる的確な証拠はない。
五 次に、被告池尻興産らの責任について検討する。
1 原告らが主張する請求原因4(二)(1)の事実(同4(一)(1)の事実と同じ。)、すなわち、被告A、被告池尻興産及び同北摂カントリーが、共謀して、被告池尻興産及び同北摂カントリーの利益を図るため、本件調停による手続及び本件決定を利用して、本件決定による代金額が経済的には著しく高額に過ぎることを十分認識しながら、被告Aにおいて本件決定に対して異議を申立てずにこれを確定させた事実は、前記二の認定事実によっても推認することは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
2 また、原告らは、本件決定により京都市が本件土地を買取ることが暴利行為として無効であるとも主張するが(請求原因4日(二)(2))、前記二の認定事実によっても、本件決定による買取が暴利行為で無効であるとまではいえない。むしろ、京都市と被告池尻興産及び同北摂カントリーとの間においては、本件決定の確定により、民事調停法一八条三項に基づき、本件決定と同内容の裁判上の和解が成立したのと同様の法的効果が発生したものというべきである。
3 原告らの被告池尻興産及び同北摂カントリーに対する本件請求は、いずれも理由がないというほかない。
六 以上の次第であって、原告らの本件請求は、被告Aに対しては、四億六八九二万四二六〇円及びこれに対する本件決定が確定した後の平成五年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、被告池尻興産及び同北摂カントリーに対しては、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法六一条、六四条、六五条に従い、仮執行宣言を付するのは相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 山本和人 裁判官 秋吉信彦)