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京都地方裁判所 平成4年(行ウ)36号 判決 1993年11月19日

原告

藤田孝夫

右訴訟代理人弁護士

片見冨士夫

被告

荒巻禎一

右訴訟代理人弁護士

前堀克彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、京都府に対し、金二三九万〇、一六〇円及び本訴状送達の日の翌日である平成五年一月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、京都府民である原告が、別紙記載の後示青少年の有害図書類指定に関する支出が違法な公金支出であるとして、京都府知事である被告に対し、京都府に代位して損害賠償の請求をする住民訴訟である。

二  前提事実(争いがない事実)

1  当事者

原告は、京都府民であり、被告は、京都府知事である。被告は、地方自治法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当する。

2  条例制定の経緯及びその内容

京都府は、昭和五六年、青少年の健全な育成に関する条例(昭和五六年京都府条例第二号)(以下、青少年育成条例という)を制定した。その後、平成三年一二月六日、京都府議会に青少年育成条例の一部を改正する条例(以下、本条例という)案が提出され、審議の結果、同月二〇日、右条例が可決された。

本条例は、同月二四日公布され、京都府青少年環境浄化審議会(以下、審議会という)の設置に関する規定は、公布の日から、その他の規定は、平成四年三月二〇日から施行された。

本条例は、青少年育成条例が関係業者の自主規制に委ねていた青少年向けの図書類の規制を知事による有害図書類の指定制度に変えるものである。

知事による有害図書類の指定(以下、指定制度という)の方法としては、①知事が審議会の意見を聞いた上で個別的に指定する個別指定制度(本条例一三条の二第一項)、②条例に定められた基準に従って自動的に指定する包括指定制度(同条二項、本条例施行規則(平成三年一二月二四日規則第三五号)一条二項)、③知事が審議会の意見を聞かずに緊急に指定する緊急指定制度(本条例二八条一項但書)の三種類が規定されている。そして、図書類取扱業者が指定された有害図書類を青少年に販売すれば、二〇万円以下の罰金が科せられる(本条例三一条四項一号、一三条の二第四項)。

3  公金の支出

京都府は、本条例の周知を図るため、改正のしおり及びポスターを作成し、配布、掲示等を行うとともに関係業界団体に関する説明会を開催した。又、平成四年二月から四月までの間、四回にわたり、審議会が開催された。知事は、同審議会の意見に基づき、同年三月と四月に有害図書類として雑誌、単行本合計八〇冊、録画テープ合計二〇点等を指定し、京都府広報でこれを告示して関係営業者にその旨を通知した。

右改正のしおり及びポスターの作成費用、有害図書類指定のための図書購入に要した費用等(別紙①ないし⑤記載の合計二三九万〇、一六〇円)が、京都府一般会計から青少年育成費として支出された(以下、本件公金支出という)。

右支出は、京都府の部課長専行規程(昭和二五年一〇月一五日京都府訓令第一八号)一三条により、京都府総合府民部青少年課長の専行事項とされている。

4  監査請求

原告は、平成四年九月二五日、本件公金支出につき、地方自治法二四二条一項に基づき、京都府監査委員に監査請求をしたが、同年一一月二〇日、同監査委員から棄却通知を受けた。

三  争点

本件公金支出は、憲法二一条一項、三一条、二二条一項に違反する違憲な条例に基づく違法な支出か。すなわち、本条例の憲法適合性。

四  原告の主張

1  憲法二一条一項違反

(一) 青少年の知る権利の侵害

(1) 本条例の指定制度、販売等の制限(本条例一三条の二)は、青少年の知る権利を侵害している。青少年といえども、特別の事情がない限り、成人と同様の知る権利が保障されなければならない(子どもの権利に関する条約一三条参照)。したがって、優越的人権である知る権利(表現の自由)の制約が問題となっている本件では、右条例の合憲性審査基準として、成人の場合と同様、規制を必要とする立法事実の存否、より制限的でない他の選びうる規制手段の不存在(以下、LRAの原則という)、事前抑制禁止の原則などの厳格な審査基準によって判断されるべきである。

(2) 規制を必要とする立法事実の不存在

有害図書類が青少年の健全な育成にとって有害であるとする実証的なデータはなく、本条例による規制を必要とする立法事実は存在しない。

(3) LRAの原則違反

本条例による規制目的を達成するためには、指定制度より制限的でない自主規制という規制手段が存在するから、本条例は、LRAの原則に違反する。

(4) 事前抑制禁止の原則違反

本条例の指定制度、販売等の制限は、情報の流通を制限し、事実上、図書類の発表の抑止効果を持つ点で一種の事前抑制にあたり、青少年の知る権利を侵害している。

(二) 成人の知る権利の侵害

有害図書類の指定によって、書店等でそれらの図書類が扱われなくなって、成人の知る権利が侵害されている。

(三) 有害図書類の作者の表現の自由の侵害

前記(一)、(二)のとおり、情報の受け手の知る権利が侵害されることによって、発表者の表現の自由が侵害される。

2  憲法二一条一項、三一条(明確性の原則)違反

本条例は、図書類取扱業者が有害図書類を青少年に販売等の行為をすれば、二〇万円以下の罰金に処する旨を規定している(本条例三一条四項一号、一三条の二第四項)。そうすると、憲法二一条一項の表現の自由及び三一条の罪刑法定主義から、規制対象の明確性が要請される。しかし、「著しく青少年の性的感情を刺激し、その健全な成長を阻害するおそれのあるもの」(本条例一三条の二第一項一号)「著しく粗暴性又は残虐性を生じさせ、又はこれを助長し、その健全な成長を阻害するおそれのあるもの」(同項二号)という有害図書類の定義及び「書籍又は雑誌であって、全裸、半裸若しくはこれらに近い状態での卑わいな姿態又は性交若しくはこれに類する性行為を被写体とした写真又は描写した絵で規則で定めるものを掲載するページ(表紙を含む。以下この号において同じ。)がその総ページの三分の一以上を占めるもの」(同条二項一号)という包括指定の基準が不明確である。

よって、本条例は、憲法二一条一項及び三一条に違反する。

3  憲法二二条一項違反

本条例の指定制度、販売等の制限によって、書店等の営業者がどのような図書を置き、販売するかの営業の自由(憲法二二条一項)が侵害されている。

五  被告の主張

1  憲法二一条一項及び二二条一項違反について

本条例が定める有害図書類が青少年の健全な育成に有害であることは、既に社会共通の認識になっている。したがって、精神的に未成熟な青少年をこのような害悪から保護するために有害図書類の販売等を制限することは、青少年の知る権利を侵害することにはならない。そして、これよって、成人に対する関係において、知る権利、作者の表現の自由、書店等の営業の自由が多少制約されることがあっても、それは右規制に伴う必要やむを得ない制約であるから、憲法二一条一項に違反するものではない。

2  憲法二一条一項、三一条(明確性の原則)違反について

本条例は、有害図書類の概念を一三条の二第二項及び本条例施行規則一条二項で極めて具体的に定めており、規制対象が不明確であるとはいえないから、憲法二一条一項及び三一条に違反するものではない。

第三  争点の判断

一 本件のように知事から専決委任を受けた京都府総合府民部青少年課長が委任にかかる当該財務会計上の行為を処理した場合、知事は、財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右青少年課長が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかった場合に限り、自らも財務会計上の違法な行為を行ったものとして、京都府に対し、右違法行為により府が被った損害につき賠償責任を負うと解するのが相当である(最判平三・一二・二〇民集四五巻九号一四五五頁参照)。

そして、被告の補助職員に対する指揮監督責任の点を判断するには、補助者の行った公金支出が違法であるか否かの判断が前提となる。

地方自治法二四二条の二所定の住民訴訟は、普通地方公共団体(以下、自治体という)の執行機関又は職員による財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防又は是正を裁判所に請求する権利を住民に与えて、地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものである(最判昭五三・三・三〇民集三二巻二号四八五頁)。

したがって、同条一項四号所定の代位請求による当該職員の財務会計上の行為につき損害賠償請求を問うためには、たといこれに先行する原因行為に違法事由が存在する場合であっても右原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られる(最判平四・一二・一五第三小法廷判決、昭和六一年(行ツ)第一三三号参照)。

ところで、本件は、青少年育成条例の改正条例である本条例を周知するための改正のしおり、ポスターの作成費用、関係諸団体に対する説明会の経費、本条例に基づく有害図書類指定のための審議会開催に要した経費、図書類購入に要した費用、旅費等の公金支出を違法であると主張してなされた当該職員たる知事に対する損害賠償の代位請求の住民訴訟である。

原告は、右公金支出の前提をなす本条例の違憲をいうのであるが、条例の制定は地方議会が行うものであって自治体の長の権限に属するものではない(地方自治法九六条、一三八条の二、同条の三、一四七条、一七六条)。

自治体の長は、条例が形式的に有効に成立した以上、条例の制定、改廃に異議を述べ、これを再議に付することができるが、違憲の最高裁判例がある場合など重大かつ明白な憲法違反がある特段の事情がある場合を除き、条例の内容について憲法に適合しないことを理由にその誠実な執行を拒否することは許されない。

そうすると、公金支出の前提ないし先行行為である地方議会の条例制定行為の違憲による違法性は、右の特段の事情があって、これに伴う所要の財務会計上の措置を採ることが、予算執行の適正確保の見地から看過できない瑕疵がある場合でない限り、本件公金支出がその職務上負担する財務会計上の義務に違反した違法なものとはいえない。

そして、本条例につき、右特段の事情ないし看過しえない瑕疵があることはその主張も立証もない。かえって、以下のとおり、本条例酷似の条例についてはこれを違憲でないとの最高裁判所の判例(最判平元・九・一九刑集四三巻八号七八五頁参照)があり、原告のその余の主張を考慮してもこれが明確に憲法に違反しているものとは認められない。

二  憲法二一条一項違反の主張について

1  国民の知る権利は、憲法上、明文規定はないが、憲法二一条一項の規定の趣旨・目的から、いわば派生原理として当然に導かれるものである(最判(大法廷)平元・三・八民集四三巻二号八九頁参照)。そして、青少年も、かかる人権の享有主体であるから、知る権利の保障を受ける。しかし、青少年は、一般的にみて精神的に未成熟であり、選別能力を十分に有しておらず、その受ける知識や情報の影響も大きいとみられるから、成人と同等な知る権利の保障を受ける前提を欠くものである。そうすると、青少年の表現行為に対する制約に関しては、成人における場合とは異なり、その憲法適合性について厳格な基準は適用されないと解するのが相当である(前掲最判平元・九・一九の伊藤正己補足意見参照)。

2  本条例は、青少年を取り巻く社会環境の整備を助長し、その健全な成長を阻害するおそれのある行為から青少年を保護し、青少年の健全な育成を図ることを目的としている(本条例一条)。そして、有害図書類の指定、販売等の規制(本条例一三条の二)も、青少年の健全な育成の観点から、それを阻害する有害環境の浄化を目的とするものと解される(<書証番号略>)。前示のとおり、青少年の未成熟性に照らせば、かかる目的は正当といえる。ただ、右規則が正当化されるためには、規制対象となる有害図書類を放置すれば、青少年の性犯罪や非行等の弊害が増加するという立法事実がなければならない。

そこで、この点を検討するに、有害図書類が、一般に思慮分別の未熟な青少年の性に関する価値観に悪い影響を及ぼし、性的な逸脱行為や残虐な行為を容認する風潮の助長につながるものであり、青少年の健全な育成に有害であることは既に社会共通の認識になっているといってよい(前掲最判平元・九・一九参照)。

したがって、本条例一三条の二第一、二項、二八条一項但書による指定制度も必要性があり、かつ、合理的であるというべきである。そうすると、有害図書類の指定制度による青少年への販売規制は、青少年に対する関係において、憲法二一条一項に違反しないことはもとより、成人に対する関係において、これにより有害図書類の流通を幾分制約することがあったとしても、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するための規制に伴う必要やむを得ない制約であるから憲法二一条一項に違反するものではない(前掲最判平元・九・一九参照)。

3 原告主張のLRA、事前抑制禁止の原則、作者の表現の自由侵害は、いずれも本条例に当てはまらず、失当であって、右適憲性の判断を左右するものではない。

三  憲法二一条一項、三一条(明確性の原則)違反について

刑罰法規が明確でなければならないことは、憲法三一条の要請するところである。又、規制対象が表現行為の場合には、憲法二一条一項からも規制対象の明確性が要請される。

そして、当該法規が明確であるといえるためには、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準を読みとれるかどうかによって決定すべきものと解される(最判(大法廷)昭五〇・九・一〇刑集二九巻八号五〇四頁参照)。

これを包括指定の基準(本条例一三条の二第二項一号)についてみれば、ここでは写真又は描写した絵が規制対象となっており、これらは、文章による場合と比較してそれ自体客観的な判断に馴染みやすいものである。そして、本条例施行規則一条二項が、「全裸、半裸又はこれらに近い状態での卑わいな姿態」「性交又はこれに類する行為」という客観的要件と同条項(1)、(2)号のアないしオ、アないしエという各列挙事項によって本条例一三条の二第二項一号の要件を明確化しており、これによって、通常の判断能力を有する一般人が具体的な場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準を読みとることができる。

又、有害図書類の定義(本条例一三条の二第一項一号、二号)についてみても、それがある程度、抽象的な概念であることは否定できないが、右包括指定の詳細な基準に準じて考えれば、不明確であるとはいえない。

よって、本条例が憲法二一条一項及び三一条に反するとはいえない。

四  憲法二二条一項違反の主張について

前示のとおり、指定制度に伴う販売等の制限によって、青少年や成人の知る権利を侵害することにはならない。そうすると、これによって、書店等の営業の自由が多少制約されることがあっても、それは右規制に伴う必要やむを得ない制約であり、憲法二二条一項に違反するとはいえない。

第四  結論

以上のとおりであるから、本件公金支出は適法であって、本訴請求は理由がないから、これを棄却する。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官中村隆次 裁判官河村浩)

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