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京都地方裁判所 平成3年(行ウ)36号 判決 1993年10月29日

京都市下京区西七条北東野町一七番地

原告

増井健治

右訴訟代理人弁護士

加地和

右同

西村立至

京都市下京区間之町五条下ル大津町八番地

被告

下京税務署長 小笠悌董

右指定代理人

本多重夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し、平成元年二月二一日にした昭和六〇年度分の所得額を総所得金額四八〇万五、〇〇〇円、分離長期譲渡所得金額一億五、九八二万三、二〇二円と更正した処分のうち、分離長期譲渡所得金額七、七七一万五、二七〇円を超える部分及びこれに対応する過少申告加算税賦課決定処分をそれぞれ取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が、租税特別措置法(昭和六一年法律第一三号による改正前のもの、以下、措置法という)三七条一項を適用しないでした被告の本件更正処分が、分離長期譲渡所得金額の過大認定の違法であると主張して、右更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の一部(右譲渡所得金額に対応する部分)の取消を求める抗告訴訟である。

二  前提事実(争いがない事実)

1  原告は、てんぐや食品株式会社(以下、てんぐや食品という)の代表取締役である。

原告は、昭和三七年一二月二五日、別紙物件目録(一)の番号二ないし四記載の土地(以下、甲土地という)並びに同目録(一)の番号一記載の土地(以下、乙土地という)及び同土地上の木造スレート葺平屋建工場一六六・六一平方メートル、付属建物木造スレート葺二階建倉庫、延面積五九・〇〇平方メートル(以下、本件工場等という)を取得した。原告は、甲土地上に木造瓦葺二階建共同住宅二棟、延床面積九一九・二四平方メートル(以下、本件共同住宅という)を建てて借家人に貸し付けて、アパート経営を始めた。昭和五四年九月には、本件工場等を取り壊した上、同年一一月に乙土地上に同目録(一)の番号五記載の建物(以下、本件店舗という)を建築した。そのころ、てんぐや食品は、本件店舗においてレストランを営業していた。

本件共同住宅は、昭和五八年九月ころまでにすべて取り壊された。

2  原告は、昭和六〇年五月一五日、訴外西村直行(以下、西村という)に対し、甲土地、乙土地及び本件店舗(以下、本件譲渡物件という)を売却し(以下、本件譲渡という)、同年七月二日、本件譲渡物件につき、西村に所有権移転登記を経由し、引渡を了した(ただし、本件店舗は、所有権移転登記は経由されていない)。

なお、本件共同住宅が取り壊され、甲土地が更地となってから、本件譲渡の日(昭和六〇年七月)までに一年一〇か月が経過している。

3  原告は、昭和五六年一月二六日、訴外山形及び株式会社京都プレイガイド(以下山形等という)から代金三億六、〇〇〇万円で別紙物件目録(二)の番号一ないし三記載の土地(以下、丙土地という)及び同目録(二)の番号四記載の建物(以下、本件事務所)を買い受け、同六〇年七月三一日、右各物件(以下、本件取得物件という)の引渡を受けた。

4  原告は、昭和六一年三月一五日、別表乙一のとおり、昭和六〇年度分の所得税の確定申告をし、被告は、平成元年二月二一日、同表記載のとおり、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

5  原告は、平成元年四月二一日、被告に対し、右各処分につき異議申立てをしたが、被告は、平成二年二月八日、右申立てを棄却する旨の異議決定をなした。

6  原告は、平成二年三月一二日、国税不服審判所長に対し、右異議決定を経た各処分につき審査請求をしたが、同所長は、平成三年七月一五日、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

7  なお、本件譲渡において、総所得の金額が四八〇万五、〇〇〇円であること並びに本件譲渡所得の金額について措置法三一条の分離長期譲渡所得の課税の特例が適用されること及び右長期譲渡所得金額の計算方法が別表甲、乙二のとおりの計算順序によることは当事者間に争いがない。

三  当事者の主張する分離長期譲渡所得金額

1  原告

別表甲のとおり、七、七七一万五、二七〇円である。

2  被告

別表乙二のとおり、二億七、一五〇万円である。

四  争点

1  本件譲渡物件の譲渡価額

2  措置法三七条一項の適用の有無

(一) 本件譲渡物件の事業用資産性。即ち、右物件は、「事業(事業と称するに至らない不動産又は船舶の貸付その他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うもの(措置法施行令二五条二項)を含む。以下、同じ)…の用に供しているもの」(措置法三七条一項)といえるか。

(二) 本件取得物件のうち本件事務所につき、その事業用資産性。即ち、右事務所は、「個人の事業の用…に供した」(措置法三七条一項)ものといえるか。

又、その買換資産の価額。

(三) 原告の買換申告手続(措置法三七条六項)履行の有無。

3  本件譲渡の必要経費

(一) 本件譲渡物件の取得費。

(二) 本件譲渡物件の譲渡に要した費用(以下、譲渡費用という)。

第三争点に対する判断

一  本件譲渡物件の譲渡価額。

1  原告の主張

二億五、〇〇〇万円。

2  被告の主張

二億九、〇〇〇万円。

3  検討

(一) 証拠(乙四ないし一四、二〇ないし二六、証人西村直行、原告本人(但し、後記譲渡価額に関する部分を除く)、弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 本件譲渡の手付金は、六、〇〇〇万円であり、その支払期日は、昭和六〇年五月一五日である。

西村は、同日、京都信用金庫くずは支店の普通預金口座(口座番号〇〇三三〇九七)から六、〇〇〇万円を出金し、同支店振出の小切手二枚(額面一、〇〇〇万円、額面五、〇〇〇万円)の各交付を受けた。

同日、五、〇〇〇万円が京都相互銀行(現在、京都共栄銀行、以下同じ)十条支店のてんぐや食品名義の普通預金口座(口座番号〇三一四五九)に入金された。同月一六日、一、〇〇〇万円が京都信用金庫くずは支店の増井謙二郎(原告の別名)名義の普通預金口座(口座番号〇一七五五六二)にそれぞれ前示各小切手で入金された。

なお、原告は、通称名として増井謙二郎名を終戦後から使用している。

(2) 西村は、京都信用金庫くずは支店の普通預金口座から、同年七月二日、二億三、〇〇〇万円を出金し、右金員のうち五、〇〇〇万円を現金で、そして、一億八、〇〇〇万円を同日、同支店振出の小切手三枚(額面一億五、〇〇〇万円、額面二、五〇〇万円、額面五〇〇万円)でそれぞれ交付を受けた。

同日、右小切手により、一億七、五〇〇万円が京都相互銀行十条支店のてんぐや食品名義の普通預金口座に入金され、翌七月三日、五〇〇万円が京都信用金庫本店を経由して同金庫くずは支店の増井謙二郎(原告の別名)名義の普通預金口座に入金された。同年七月二日、四、一〇〇万円が福徳相互銀行(現在、福徳銀行、以下同じ)七条支店の増井謙二郎(原告の別名)名義の普通預金口座(口座番号二一〇三二三)に入金された。残額九〇〇万円は、原告が不動産仲介費等に使用した。

(3) 西村には、本件譲渡の前後に本件譲渡以外に一、〇〇〇万円単位の金員を要する取引は他になかった。

(二) 右(一)(1)ないし(3)の事実及び前示第二の二の争いのない事実を総合すれば、西村は、昭和六〇年五月一五日、京都信用金庫くずは支店から六、〇〇〇万円を出金し、同日、原告に売買代金の手付金として右金額を支払った。また、同年七月二日、同支店から二億三、〇〇〇万円を出金し、同日、原告に売買代金の残金として右金額を支払った。結局、西村は原告に対し、本件譲渡物件の代金として合計二億九、〇〇〇万円を支払ったものと認めることができる。

したがって、本件譲渡物件の譲渡価額は、二億九、〇〇〇万円であると認めるのが相当である。

(三) これに対し、原告は、本件譲渡物件の譲渡価額を二億五、〇〇〇万円である旨主張し、これに副う証拠(甲二六、乙二、三、原告本人)がある。

しかし、右各証拠は、不動産売買契約書(甲二六)の第一条に売買価額として二億五、〇〇〇万円と記載されているのは、二億九、〇〇〇万円の代金額を税務対策上圧縮する趣旨であるとの証人西村直行の証言、及び前示(一)(1)ないし(3)の事実に照らし、たやすく信用できず、原告の右主張は採用できない。

二  措置法三七条一項の適用の有無

1  本件譲渡物件の事業用資産性

(一) 原告の主張

(1) 甲土地の事業用資産性

甲土地上の本件共同住宅から借家人を順次立ち退かせ、その後、同住宅を取り壊して甲土地を更地としたのは、新たに事業用資産を取得する目的からである。

原告は、甲土地を大橋病院に売却しようとして交渉していたが話がまとまらず、その後、甲土地及び乙土地につきてんぐや食品の借入債務の返済のため、売却を予定し、甲土地が更地となって以降も、引き続き売却の話を進め、最終的には昭和六〇年七月二日にこれを西村に譲渡した。

また、原告は、昭和五六年一月二六日、山形等から本件取得物件を買い受けたが、借家人の立退交渉等のため、昭和六〇年七月三一日になって初めて右物件の引渡を受けた。

右各事項を総合すると、甲土地が本件譲渡の日までに一年一〇か月以上、更地であったとしても、それは事業用資産の現実の運用が停止されてからなお相当の期間を超えていないものと認めるべきであり、甲土地はいまだ事業用資産としての性質が失われていないというべきである。

(2) 乙土地及び本件店舗の事業用資産性

原告は、てんぐや食品に乙土地及び本件店舗を賃料月額一五万円で賃貸しており、月々ではないものの、何度か賃料の支払いを受けていたのだから、事業用資産である。

(二) 被告の主張

(1) 甲土地の事業用資産性

本件共同住宅の取り壊しから本件譲渡の日まで一年一〇か月が経過しているうえ、取り壊しの九か月程前である昭和五七年一二月から本件共同住宅の水道及びガスは閉栓ないし除去されており、右の時点から本件譲渡の日まで二年七か月が経過している。

又、本件譲渡は、てんぐや食品の債務を弁済することを予定してなされたものであり、原告において措置法三七条一項の適用を受ける意図などはなかった。

よって、甲土地は、本件共同住宅取り壊しの時点で事業用資産としての性質が失われている。

(2) 乙土地及び本件店舗の事業用資産性

原告とてんぐや食品との間の乙土地及び本件店舗の賃貸借契約の存在自体が甚だ疑わしい。

仮に、右契約が存在するとしても、本件店舗のガスは昭和五七年一月から同六一年一二月まで使用されておらず、水道は昭和五七年二月以後ほとんど使用されていない状態にある。てんぐや食品が乙土地の本件店舗で営業していたのは昭和五七年一月までであり、その後本件譲渡に至るまで右店舗を使用した事実はない。

よって、乙土地及び本件店舗は、遅くとも同年二月以降は、事業用資産としての性質が失われている。

(三) 検討

(1) 本件譲渡物件は、昭和三七年一二月二五日に取得したもので、昭和六〇年五月一五日に譲渡されているから、措置法三七条一項に掲げられている表の第一四号の上欄に該当する(当事者間に争いがない)。

そこで、本件譲渡物件が同項にいう「事業の用に供しているもの」に該当するか否かにつき検討を加える。

「事業の用に供しているもの」とは、営利を目的とし、自らの危険と計算で継続的に行う事業のために使用する資産をいい(最判平二・七・一九裁判集民事一六〇号二七九頁及び原審判決参照)、原則として、譲渡の当時、現実に事業の用に供されている資産をいう。しかし、企業資本の運用の形態の変更に当たって、その実質的価値を維持させる目的で課税の軽減を図るという同規定の趣旨に照らせば、現実の供用が停止された後も、相当の期間内はいまだ事業用資産としての性質を失わないものと解するのが相当である。そして、どの程度の期間が相当性の範囲内かは、その資産の供用の停止が買換えを図る目的からなされたものか否か、停止中における買換えの準備活動状況、事業用資産の性質等を総合して個別・具体的に判断すべきである。

(2) 甲土地の事業用資産性

イ 前示二1の前提事実(争いのない事実)によれば、原告が本件共同住宅でアパート経営をしていたころは、甲土地を現実に事業の用に供していたといえるが、遅くともその取り壊しの時点で現実の供用が停止されていたことが認められる。そこで、右停止から一年一〇か月の期間が相当な期間といえるかにつき検討する。

証拠(甲一、四、七、八、二九、乙三、原告本人)及び争いのない事実によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和五六年一月ころから、本件共同住宅の借家人を順次立ち退かせ、甲土地を大橋病院に売却しようとしたが、売却の話は進展しなかった。

てんぐや食品は京都市伏見区東大手町七六一番地の土地及び建物(伏見東店)を取得するため、昭和五八年二月二五日、京都相互銀行十条支店から三億円を借入れ、原告は右銀行のために本件譲渡物件に極度額二億円の根底当権を設定した。

原告は、昭和五九年一二月六日、本件譲渡物件につき大信土地(代表者川瀬一郎)との間で売買契約を締結した。しかし、右大信土地は暴力団関係の会社であり、暴力団関係者が本件譲渡物件を占有するおそれがあったため、京都相互銀行は、右根抵当権に基づき京都地方裁判所に甲土地及び乙土地の競売を申立て、昭和六〇年四月一六日に競売開始決定がなされた。

原告は、本件譲渡物件が競売に付されるよりも、任意売却した方が高額で売れると考え、昭和六〇年四月二三日、大信土地との前記売買契約を合意解除した。そして、仲介業者である訴外株式会社京阪神(以下、京阪神という)を通じて昭和六〇年五月一五日、西村に右物件を譲渡し、同年七月二日、西村に所有権移転登記、引渡を了した。そして、その代金は、京都相互銀行の前記借入債務の弁済に充てられた。

他方、原告は、本件取得物件の譲受けに際し、福徳相互銀行七条支店から利率年七・五パーセントで二億円を借入れた。

原告は、昭和五六年一月二〇日、山形等との間で本件取得物件を買い受ける旨の契約締結したが、借家人の立退交渉等のため、昭和六〇年七月三一日になって初めて右物件の引渡を受けた。

ロ これらの事実からすれば、原告は、甲土地を含む本件譲渡物件の売却先を探す一方で、本件取得物件の購入のため福徳相互銀行から二億円の借入れを起こし、山形等から右物件を買い受ける契約を締結していることが認められる。そうすると、原告がてんぐや食品の借入債務の弁済のため、本件譲渡物件の売却を予定していたとしても、原告には、甲土地を事業用資産に買い換える目的があったというべきである。

そして、右のことに加え、前示の本件譲渡、買受けの経緯、準備状況及び甲土地のように同土地上でアパート経営をしているような場合、借家人を立ち退かせた上で同土地を更地にしなければ、実際上売却が困難であるという資産の状況等を総合すれば、甲土地が本件譲渡の日までに一年一〇か月以上、更地であった期間は、売買のための準備期間であり、事業用資産性を失わない前示相当な期間内のものと認めるのが相当である。

したがって、甲土地は、事業用資産にあたる。

(3) 乙土地及び本件店舗の事業用資産性

前示二1の前提事実によれば、てんぐや食品が乙土地上の本件店舗においてレストランを営業していたことが認められる。しかし、原告がてんぐや食品に右店舗を月額一五万円で貸し付けた事実や賃料を何度か受領していた事実を認めるに足りる的確な証拠がない。

したがって、乙土地及び本件店舗は、事業用資産にはあたらない。

2  本件事務所の事業用資産性及びその買換資産の価額

(一) 原告の主張

(1) 原告は、本件事務所を取得時からてんぐや食品に月額一〇万円で貸し付けている。原告は、本件事務所等の取得に際し、福徳相互銀行から利率年七・五パーセントで二億円を借入れているが、てんぐや食品がこの利子相当分を立替払いしている。これは、てんぐや食品が原告に支払うべき賃料債務と原告に対し請求すべき立替金債権とを相殺している趣旨と解釈されるべきであるから、本件事務所の実際の賃料額は、月額一〇万円よりはるかに多くなる。そうすると、原告は、本件事務所の貸し付けにより「相当な対価」(措置方施行令二五条二項)を取得していることが明らかである。

仮に、右賃料額が相場より低額であるとしても、原告は、てんぐや食品の業績が向上するとともに、将来的には「相当の対価」を受け取れるものと考えていた。

よって、原告の本件事務所の貸し付けは、「事業」にあたるから、本件事務所は、事業用資産にあたる。

(2) 本件事務所の買換価額は、本件事務所の取得代金四、一三四万円に株式会社永光への立退料一、九〇〇万円、及び居川隆夫への立退料四、〇〇〇万円を加えた合計一億〇、〇三四万円である。

(二) 被告の主張

仮に、原告が本件事務所をてんぐや食品に貸し付けていたとしても、月額一〇万円の賃料は低額であり(この点は、原告自身認めている)、当該賃料は「相当の対価」(措置法施行令二五条二項)とはいえない。

また、措置法三七条一項は、一年以内に事業の用に供することを要件とし、かつ、同規定は例外的な租税減免規定であり、その要件は厳格に解釈すべきであるから、将来的に相応の賃料を受け取れるという見込みをもって「相当の対価」の要件に該当すると解すべきではない。

よって、本件事務所の貸し付けは、「事業」には該当せず、本件事務所は、事業用資産にあたらない。

(三) 検討

(1) 本件事務所は、原告が本件譲渡の日の属する年である昭和六〇年七月三一日に、山形等から買い受けたものであり、措置法三七条一項に掲げられている表の第一四号の下欄イ(減価償却資産)に該当する(当事者間に争いがない)。

原告は、本件事務所をてんぐや食品に月額一〇万円で貸し付けていた旨主張し、それに副う原告本人尋問の結果がある。

しかし、原告本人の供述はあいまいであり、その裏付けとなる客観的な裏付証拠も存在しないことから、右原告本人の供述のみによって、右賃貸借の事実を認めることはできない。

仮に、右賃貸借を認めることができるとしても、次のとおり、「相当の対価」を得て継続的に行う不動産の貸付け(措置法施行令二五条二項)には該当しない。

(2) 原告は、福徳相互銀行からの借入れの利子相当分をてんぐや食品が負担していることをもって、それを実質的には原告に対する賃料債務の支払いと同視すべきである旨主張する。しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告が、本件譲渡物件を西村に売却し、その代金からてんぐや食品の京都相互銀行十条支店からの三億円の借入金債務を代位弁済したが、その後、てんぐや食品から右代位弁済による求償金債権の利息を受け取っていないというのである。そうすると、原告自身の借入金二億円分につきてんぐや食品が金利相当分を負担しているからといって、それが直ちに本件事務所の賃料額に相当するものとはいえない。

また、原告は、てんぐや食品の業績が上がれば将来的には相当の賃料を受け取れるのだから、本件事務所の賃貸借は、「相当の対価」を得て継続的に行う不動産の貸付けに該当するとも主張する。

しかし、不動産の貸付によって相当な対価を取得しているか否かは、その貸付時点を中心にして判断すべきであるから、将来的な見込みがあることのみをもって「相当な対価」を取得していることにはならず、原告の右主張は採用できない。

よって、本件事務所の貸借は、「相当の対価」を得て継続的に行う不動産の貸付けに該当せず、事業用資産にはあたらない。

(3) 以上のとおり、本件譲渡物件のうち、甲土地は、事業用資産と認められるが、本件取得物件のうち本件事務所は、事業用資産と認めることができない。また、丙土地が事業用資産であることを認めるに足りる的確な証拠がない。

よって、原告主張の買換資産の価額及び原告の買換申告手続履行の有無について判断するまでもなく、本件の長期譲渡所得の金額の計算においては、措置法三七条一項の適用はないと解するのが相当である。

三  本件譲渡の必要経費

1  本件譲渡物件の取得費

(一) 原告の主張

本件譲渡には、措置法三一条の四(長期譲渡所得の概算取得費控除)の規定が適用される。その取得費は、同条一項但書一号に該当する甲土地及び乙土地の購入代金一、七五〇万円、並びに同条一項但書二号に該当する本件店舗及び本件共同住宅の建築費から減価償却分を差し引いた三、九〇六万円の合計五、六五六万円となる。それは、本件譲渡に係る収入金額に百分の五を乗じて計算した概算取得費の額を超えるから、同条一項但書により、取得費は、右合計額五、六五六万円となる。

(二) 被告の主張

措置法三一条の四第一項本文及び「措置法(山林所得、譲渡所得関係)の取扱について」通達三一の四-一(昭和六三年直資三-五による改正前のもの、以下、措置法通達という)により、取得費は、譲渡収入金額に百分の五を乗じて計算される。譲渡収入金額は、譲渡価額から買換資産の価額を差し引いたものであるが、本件では、措置法三七条一項の適用がないと解されるから、譲渡価額二億九、〇〇〇万円に百分の五を乗じた一、四五〇万円が取得費となる。

(三) 検討

原告本人尋問の結果によれば、甲土地及び乙土地の購入代金や本件店舗及び本件共同住宅の建築費等につき契約書、領収書等の客観的資料はもはや残っていないことが認められ、本件全証拠に照らしても、原告主張の取得費を認めるに足りる的確な証拠がない。よって、本件譲渡の取得費は、措置法三一条の四第一項本文及び措置法通達により、譲渡収入金額に百分の五を乗じて計算した金額によるべきである。前示のとおり、本件譲渡物件の譲渡価額は、二億、九、〇〇〇万円であり、事業用資産の買換えに当たらず、措置法三七条一項の適用はないと解されるから、右二億九、〇〇〇万円に百分の五を乗じて計算した一、四五〇万円が取得費と認められる。

2  本件譲渡物件の譲渡費用

(一) 原告の主張

本件譲渡物件の譲渡費用(措置法三一条一項)は、原告が京阪神に対して支払った仲介手数料三〇〇万円、本件共同住宅居住者に対して支払った立退料六、〇〇〇万円、及び原告が大信土地(代表者川瀬一郎)との売買契約を合意解除したために支払ったキャンセル料一、〇〇〇万円の合計七、三〇〇万円である。

(二) 被告の主張

本件譲渡物件の譲渡費用は、京阪神に対して支払った仲介手数料三〇〇万円である。

(三) 検討

原告が京阪神に対して支払った仲介手数料三〇〇万円が本件譲渡物件の譲渡費用にあたることについては、当事者間に争いがない。そこで、右仲介手数料三〇〇万円を除く七、〇〇〇万円が譲渡費用として認められるかにつき検討する。

証拠(甲二九、乙二、原告本人の尋問の結果の一部)によれば、次の事実が認められる。

乙第二号証の確定申告書は、原告が経理を担当している宮川と相談のうえ作成し、税務署に提出したものである。それなのに、同号証の裏面には「アパート住人立退料」として六八二万二、〇〇〇円との記載があり、原告主張の立退料と金額においてかなりの開きがある。原告本人も、この差異につき明確な説明をしていない。甲第二九号証の念書には、川瀬一郎との本件譲渡物件の契約に関し、合計四、〇〇〇万円を支払う旨の記載があるが、その内訳が明らかではない。このような事実に照らすと、原告本人の尋問結果中、原告の右主張に副う部分は俄に信用できず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠がない。

よって、原告の右主張は失当であり、本件譲渡物件の譲渡費用は、京阪神に対して支払った仲介手数料三〇〇万円であると認められる。

第四結論

以上の認定に基づき、計算すると、本件の分離長期譲渡所得金額は、被告主張の別表乙二のとおり、二億七、一五〇万円となる。そうすると、被告のした本件所得税更正処分の分離長期譲渡所得金額は、右金額の範囲内である一億五、九八二万三、二〇二円であるから、右更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分は適法であり、これに違法な点はない。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 中村隆次 裁判官 河村浩)

物件目録(一)

<省略>

物件目録(二)

<省略>

別表甲

<省略>

別表乙一

昭和60年分所得税の課税の経過

<省略>

別表乙二

<省略>

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