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京都地方裁判所 平成3年(ワ)31号 判決 1991年7月18日

原告

甲野花子

原告

甲野太郎

右両名法定代理人後見人

甲野善夫

右原告ら訴訟代理人弁護士

佐賀千惠美

被告

甲野一郎

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  原告らは、「被告は原告ら各自に対し、金五八八万円及びこれに対する昭和六〇年六月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べ、証拠として<証拠>を提出し、原告ら法定代理人甲野善夫の尋問を求めた。

1  原告らは、被告及び亡甲野良子(以下「良子」という)夫婦の間の実子であり、昭和六〇年五月頃まで原告ら肩書地の住所で親子四人が同居していた。

2  ところが、被告は、妻の良子以外の女性と不貞行為をしたうえ、その頃妻子を捨ててその女性と行方不明となり、現在も被告の所在は判明しない。そのため、良子は一人で原告らを育ててきた。

3  しかし、良子は、平成二年四月五日、交通事故で死亡した。良子の相続人は原告ら及び被告の三人であり、被告が二分の一、原告らが各四分の一の割合で良子が加害者に対して有する損害賠償請求権を相続した。

4  ところで、良子は、前記2のとおりの被告の不貞行為と悪意による遺棄の不法行為により精神的苦痛を被っていた。右苦痛に対する慰謝料は、不貞行為によるものとして金五〇〇万円が相当であり、悪意による遺棄によるものとして、昭和六〇年五月から昭和六二年四月まで女手一つで二人の子供を育てなければならなかったことについて一か月金一〇万円として金六〇〇万円が相当である。

子である原告らは、良子の死亡により、それぞれ右の慰謝料額の四分の一にあたる金二七五万円を相続した。残り二分の一については被告が相続人であるが混同により消滅している。

5  次に、被告は子である原告ら両名をも悪意で遺棄したもので、これにより原告両名も多大の経済的・精神的苦痛を被った。これによる慰謝料は左記のとおり原告各自につき金五三五万円相当である。

(一)  経済的には扶養料が与えられなくなり、昭和六〇年五月から平成三年五月までの六年一か月一人当たり金四万円の割合による金二九二万円

(二)  昭和六〇年五月から良子が死亡した平成二年四月までの約五年間父親不在の母子家庭として育ち、良子死亡後は原告らだけで生活せざるを得なかった精神的苦痛に対する慰謝料と原告各自につき金二四三万円。

(三)  なお、右(一)の経済的不利益は実質的に過去の扶養料請求にあたるものであるが、広く慰謝料に包含して請求して差し支えないものと思料する。

6  原告らは、本件訴訟を弁護士に委任したが、その費用としては原告各自につき金五三万円が相当である。

7  よって、原告らは各自被告に対して、

(一)  一次的に、前記4の良子の慰謝料請求権の相続分金二七五万円、同5の原告ら固有の慰謝料請求権の内金二六〇万円、同6の弁護士費用金五三万円の合計として金五八八万円

(二)  二次的に、仮に、前記4の請求が認められないときは、前記5の各自固有の慰謝料金五三五万円と同6の弁護士費用金五三万円の合計として金五八八万円

及びこれに対する昭和六〇年六月一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告は、公示送達の方法による呼出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しなかった。

理由

一<証拠>によれば、被告と良子は昭和四六年に結婚した夫婦であり、原告甲野花子は昭和四六年一二月二一日、原告甲野太郎は昭和四九年七月二七日に出生した右両名の子であり、同人らは原告ら肩書地で暮らし、被告はモールの職人として働いていたこと、ところが、被告は昭和六〇年五月頃(当時原告甲野花子は一三歳、原告甲野太郎は一〇歳)に他の女性と懇ろな関係になって所在を不明にし、以後良子や原告らとの音信を絶ち、現在もその所在が不明であること、被告に出奔された良子は、その後食堂やスナックで働くとともに生活保護を受けて原告らを養育してきたこと、ところが、良子は平成二年四月五日に加害者乙川三郎運転の車に跳ねられて死亡したこと、原告らは良子の死後引き続き生活保護を受けながら肩書地の住居で生活しているもので、被告の実兄である甲野善夫が原告らの後見人に選任されたものであること、ところで、良子は生前に被告との離婚の意思を周囲の者に表明したことはなかったこと、以上のとおりの事実が認められ、なお、原告らの本訴は、被告が相続した良子の死亡事故による損害賠償請求権の消滅時効が懸念され、原告らにおいて父である被告に対する債務名義を取得して同人が有する損害賠償請求権を差し押さえてこれを取得する意図で提起されたものであることは弁論の全趣旨により明らかである。

二原告らは、母良子が生前に被告に対して慰謝料請求権を有していたとしてその相続を主張する。夫婦の一方に不貞行為ないし遺棄行為があったときには、他方は、離婚とともに離婚を余儀なくされたことによる慰謝料を請求しうるほかに、離婚を求めずして右の不貞行為ないし遺棄行為それ自体を不法行為として慰謝料を請求しうるものであるが、交通事故その他の原因での死亡事故や身体傷害の場合のように被害者の精神的苦痛の発生、慰謝料請求権の行使が事理ないし社会通念上明らかな場合と異なり、夫婦の一方に不貞行為ないし遺棄行為があったとして、現に夫婦の間柄にある他方がその違法の責めを問うか否か、そして慰謝料請求権を行使するか否かはもっぱらその者の意思にかかわるものであって、生命・身体に対する不法行為の場合とで被害法益も異なり、本件のように死者が生前に配偶者の夫婦としての義務違反行為により被ったとする精神的苦痛に対する慰謝料については、その請求権が確定判決ないし示談書等により確定されていることまでは必要がないにしても、すくなくとも死者本人によるその行使の意思が客観的にも明確に表明されている事情のないかぎり、相続人においてこれを相続しないと解するのが相当である。右事情の認められない本件においては、原告の右請求は理由がない。

三次に、被告に対する原告ら固有の慰謝料請求についてみるに、原告らは被告が昭和六〇年五月頃に家を去って後、母子家庭としての生活を余儀なくされ、良子の死後は原告らだけでの生活を続けてきたもので、被告から経済的な扶養を受けられなかったものである。

しかし、原告らが母とだけの生活ををする事態に陥ったのは、被告の出奔という夫婦間の出来事によるやむを得ない結果というべきであり、一方的とはいえ被告が妻との共同生活を解消した行為自体が同時に子に対する不法行為を構成するということはできないし、原告らのいうその後における被告の原告らに対する監護・養育義務不履行のうち、養育費の負担義務の不履行については要扶養者である原告らからの扶養料請求として別途解決が図られるべき事柄であって、これとは別に、原告らがその間前記の状況におかれて精神的苦痛を受けたことは否定できないとして、妻のもとを出奔してのち原告らの監護等をしなかったことをもって、子の有する権利を違法に侵害し、子に生じた精神的苦痛に対し金銭賠償義務を命ずべき不法行為に該当するということは困難であるといわざるをえない。

また、原告らはその間母良子の監護のもとに同女が働いて得た収入と公的扶助で一応生活し、同女の死後も継続して右の扶助を受給して生活を維持しているものであって、子としては父母の婚姻の破綻によって苦境に陥ったとしてそれなりに耐えるべきであり、本件訴訟の目的が前記のとおりのところにあり、良子の死亡事故の発生とこれに伴う損害賠償請求権の相続という事態が起こらなければ、本訴が提起されることもなかったと推認されることにも徴して、原告らの右苦痛が肉親である被告を恨みにまで思うなど被告をして慰謝料を支払いを命ずるのが相当な程度に耐えがたいものであったとは認め難い。

四右の次第で本件慰謝料請求が認められない以上、原告らの弁護士費用請求も失当である。

五とすれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官朴木俊彦)

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