京都地方裁判所 平成26年(ワ)463号 判決
原告
X1 他1名
被告
Y1 他1名
主文
一 被告らは、原告X1に対し、連帯して二二五九万四二二三円及びこれに対する平成二五年一〇月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告X1のその余の請求及び原告X2の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告X1と被告らとの間ではこれを五分し、その三を同原告の、その余を被告らの各負担とし、原告X2と被告らとの間では原告X2の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、各自、原告X1に対し、五九九七万〇七九七円及びこれに対する平成二五年一〇月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、各自、原告X2に対し、二二〇万円及びこれに対する平成二四年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告X1(以下「原告X1」という。)が運転していた普通乗用自動車(以下「原告車」という。)に、被告Y2株式会社(以下「被告会社」という。)が所有し、被告会社の従業員である被告Y1(以下「被告Y1」という。)が運転していた中型貨物自動車(以下「被告車」という。)が追突し、原告X1が傷害を負った事故(以下「本件事故」という。)について、被告Y1に対しては民法七〇九条、被告会社に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、①原告X1が、損害賠償金五九九七万〇七九七円及びこれに対する自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の保険金受領日の翌日である平成二五年一〇月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を、②原告X1の妻原告X2(以下「原告X2」という。)が、固有の慰謝料二二〇万円及びこれに対する本件事故日である平成二四年三月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を、それぞれ求める事案である。
一 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
ア 原告X1は、昭和二四年○月○日生で、本件事故当時六二歳であった。
イ 原告X2は、平成八年頃から原告X1と同居し、本件事故当時、内縁関係にあったところ、原告らは、平成二四年四月二四日に婚姻した。
(2) 本件事故
ア 発生日時 平成二四年三月一五日午後四時二〇分頃
イ 発生場所 京都府乙訓郡大山崎町字円明寺小字井尻二三番地二
名神高速道路上り線四九六
ウ 事故態様 被告Y1が、前記イの高速道路走行車線を西から東へ向かい時速約七五ないし八〇kmで被告車を運転するに当たり、目的地までの所要時間確認のため携帯電話機を操作して同機表示画像を脇見していたところ、渋滞のため減速して進行していた原告X1運転の原告車を前方約一三・九mの地点に認め、急制動の措置を講じたが及ばず、原告車後部に被告車前部を追突させた。(甲一、二の七ないし一二)
(3) 責任原因
ア 被告Y1は、被告車を運転して前記(2)イの高速道路走行車線を走行するに当たり、前方左右を注視し、進路の安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り、前記(2)ウのとおり、携帯電話機表示画面に脇見し、前方左右を注視せず、進路の安全を確認しないまま漫然と時速約七五ないし八〇kmで進行した過失により、被告車を原告車に追突させ、原告X1に傷害を負わせた。
したがって、被告Y1は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告X1に生じた損害について賠償責任を負う。
イ 被告会社は、本件事故当時、被告車を保有しており、被告車の運行供用者であったから、自賠法三条に基づき、本件事故により原告X1に生じた損害について賠償責任を負う。
(4) 原告X1の傷害の内容及び治療経過
ア 原告X1は、本件事故により、右硬膜下血腫、外傷性脳出血、頭蓋骨骨折等の傷害を負い、その治療のため、以下のとおり入通院した。(甲二の四、三七、乙三ないし五)
(ア) a医療センター(以下「a医療センター」という。)
平成二四年三月一五日から同年五月一一日まで(五八日)入院
(イ) 医療法人b病院(以下「b病院」という。)
平成二四年五月一一日から同年一一月一日まで(一七四日〔ただし、同年五月一一日は前記(ア)と重複するため、同日を除く。〕)入院
(ウ) cリハビリテーションセンター附属病院(以下「cリハビリセンター」という。)
平成二四年一一月六日から平成二六年三月二五日まで(通院実日数九三日〔うち同年一月三一日までの通院実日数八八日〕)通院(乙四)
イ 本件事故により、原告X1には、脳外傷に起因する高次脳機能障害の後遺症が残存した(ただし、後遺症の内容及び程度については、後記のとおり当事者間に争いがある。)。
(5) 自賠責保険における後遺障害認定
原告X1は、平成二五年一〇月二二日までに、自賠責保険の後遺障害認定手続において、症状固定日を同年四月二四日とする診断結果を前提に、後遺障害について「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」として、自賠法施行令二条別表第二(以下「後遺障害等級表」という。)三級三号に該当する旨の認定を受けた(甲四一)。
(6) 精神障害者福祉手帳における障害等級認定
原告X1は、平成二四年一一月一二日、b病院主治医作成の同年九月二四日付け診断書(乙三・二六二頁)を前提に精神障害者福祉手帳の障害等級三級の認定を受けた(甲五四)。
その後、原告X1は、平成二六年九月二五日以降平成二七年三月三日までの間に、cリハビリセンター担当医師作成の平成二六年九月二五日付け診断書(甲六八)を前提に精神障害者福祉手帳の障害等級二級の認定を受けた(甲一六七)。
(7) 労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)における障害等級認定
原告X1は、労災保険において、平成二六年五月三〇日までに、症状固定日を同年一月三一日とする認定を受け、同認定を前提に、同年五月三〇日、労災保険における障害等級三級の認定を受けた(甲五五、乙四・一二〇頁)。
(8) 損害の填補
ア 被告会社の加入する任意保険会社は、損害の填補の趣旨で、原告X1の治療費及び文書料(以下「治療費等」という。)として二三五万一九七七円を前記(4)ア(ア)ないし(ウ)の各病院に直接支払ったほか、原告X1に対し四八八万二一六一円(合計七二三万四一三八円)を支払った。
イ 原告X1は、労働者災害補償保険法(以下「労災法」という。)に基づく保険給付として、以下の金員を受領した。
(ア) 平成二四年三月分から平成二五年六月分までの療養給付
四〇八万九五〇二円
(イ) 平成二四年三月一五日から平成二五年一月二九日までの休業補償給付
五七万二七一八円
ウ 原告X1は、平成二五年一〇月二八日、自賠責保険金として二二一九万円を受領した。
二 争点
(1) 原告X1の訴訟委任の有効性
(2) 原告X1の後遺障害の内容及びその程度(労働能力喪失率、介護の必要性)
(3) 原告X1の損害
(4) 原告X2の損害
三 争点に対する当事者の主張
(1) 争点一(原告X1の訴訟委任の有効性)
ア 被告らの主張
訴訟委任が有効となるためには、訴えの提起及びその内容を認識し、理解することが不可欠であるところ、原告X1は、会社で倒れたことに関する保険会社に対する請求の委任という認識しか有しておらず、訴えを提起することも、交通事故を原因とする損害賠償請求という訴えの内容も理解しないまま、訴訟委任状(乙一)に署名捺印した。
よって、原告X1の本件訴訟に関する委任は無効であるから、本件訴えを不適法却下すべきである。
イ 原告X1の主張
原告X1は保険会社に対する請求について原告ら訴訟代理人に委任したことを認識しているところ、本件訴訟は実質的には被告会社の加入する保険会社との間における損害賠償に関する争いであるから、原告X1の上記認識は、委任の趣旨として合致している。
よって、原告X1の本件訴訟に関する委任は有効である。
(2) 争点二(原告X1の後遺障害の内容及びその程度〔労働能力喪失率、介護の必要性〕)
ア 原告らの主張
原告X1の後遺障害は、「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」として後遺障害等級表三級三号に該当する。すなわち、原告X1には本件事故による脳損傷を原因とした高次脳機能障害が残存しており、その症状固定日は平成二五年四月二四日であるところ、原告X1の日常生活動作面についてみると、食事、更衣、排便・排尿、入浴及び階段昇降においては随時の介助、声掛け及び見守りを必要とし、屋外歩行や公共交通機関利用においては付添や介助を必要とするほか、ボヤを出したこともあって目が離せない状態であること、認知・情動・行動障害についてみると、自発性低下、易怒性があり、社会で良好なコミュニケーションをとることができず、社会生活は困難であること、精神障害者福祉手帳における障害等級二級の認定を受けたほか、自賠責保険の後遺障害認定手続において後遺障害等級表三級三号の認定を受けたこと等に照らすと、原告X1の後遺障害は、後遺障害等級表三級三号に該当し、その労働能力喪失率は、一〇〇%というべきである。
また、原告X1について、上記のとおり、日常生活動作面で随時の介助、声掛け及び見守りが必要であるから、将来介護の必要性がある。
イ 被告らの主張
原告X1の後遺障害は、「特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」であり、後遺障害等級表第五級三号該当程度にとどまる。すなわち、症状固定日が平成二五年四月二四日であることは認めるが、原告X1は、単純作業であれば援助を受けつつ就業可能であるから、その労働能力喪失率は七九%とすべきである。
また、原告X1について、原告X2の勤務中、見守りもなく一人で過ごしていることや日常生活動作面で全て自立している旨の医師の診断結果に照らすと、将来介護の必要性はない。
(3) 争点三(原告X1の損害)
ア 原告X1の主張
(ア) 治療費等 六四四万一四七九円
原告X1は、本件事故による傷害の治療費等として、六四四万一四七九円(入院中の個室料及び平成二五年六月二七日までに要した治療費を含む。)を要した。
(イ) 入院雑費 三四万八〇〇〇円
原告X1は、本件事故による傷害の治療のため、合計二三二日入院し、その間の入院雑費として三四万八〇〇〇円(日額一五〇〇円)を要した。
(ウ) 通院交通費 八三万三一九〇円
①原告X1について、入院中、外泊の際に要した交通費及び退院後平成二五年四月二四日までに要した通院交通費並びに②原告X2について、入院中、付添のために要した交通費及び退院後平成二五年四月二四日までに通院付添のために要した交通費は、合計八三万三一九〇円である。
(エ) 休業損害 三二六万一八九二円
(オ) 付添費 二八四万二〇〇〇円
a 入院中
原告X2は、原告X1の入院中、重篤な傷害を負った原告X1に付き添って看護師の手の足りない部分を補い、原告X1の快復を助けた。
b 退院後
原告X1は、退院後も、通院時の付添や日常生活における介助、声掛け及び見守りなどの付添介護を行った。
c 原告X2の付添費は、入院時から症状固定日(平成二五年四月二四日)までの全期間(四〇六日)を通じて日額七〇〇〇円を下らない。
(計算式)
七〇〇〇円×四〇六日
(カ) 入通院慰謝料 三七三万円
(キ) 後遺障害慰謝料 二〇〇〇万円
原告X1の後遺障害は後遺障害等級表三級三号に該当するから、その慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。
(ク) 逸失利益 二二六四万三八〇八円
原告X1の基礎収入は年額二九三万二四九〇円であり、本件事故がなければ、少なくとも平均余命の半分である一〇年間(ライプニッツ係数七・七二一七)稼働することができた。
原告X1は後遺障害等級表三級三号に該当する後遺障害を負っており、労働能力喪失率は、一〇〇%である。
(計算式)
二九三万二四九〇円×七・七二一七×一〇〇%
(ケ) 将来介護費 二二七四万三五一五円
前記(2)アのとおり、原告X1は後遺障害等級表三級三号に該当する高次脳機能障害を負っており、平均余命である二〇年間(ライプニツツ係数一二・四六二二)にわたって、日常生活動作面において、随時の介助、声掛け及び見守りを必要とするところ、原告X1の後遺障害の内容及びその程度に照らすと、その介護費は、日額五〇〇〇円が相当である。
(計算式)
五〇〇〇円×三六五日×一二・四六二二
(コ) (ア)から(ケ)までの小計 八二八四万三八八四円
(サ) 損害の填補 五四五二万〇七九七円
(コ)から任意保険会社の保険金を損害金元本に充当し、労災法に基づく保険給付により受領した金員のうち療養給付を治療費等に、休業補償給付を休業損害にそれぞれ充当すると、損害金元本の残額は七〇九四万七五二六円となる。また、平成二五年一〇月二八日に受領した自賠責保険金二二一九万円を同日時点における遅延損害金、元本の順に充当すると、損害金元本の残額は、五四五二万〇七九七円となる。
(シ) 弁護士費用 五四五万円
(ス) 原告X1の損害金合計((サ)+(シ)) 五九九七万〇七九七円
イ 被告らの主張
(ア) 治療費等
治療費等のうち、入院中の個室使用料及び症状固定日である平成二五年四月二四日よりも後の治療費は否認し、その余は認める。入院中の個室収容及び症状固定後の治療につき、いずれも必要性はない。
(イ) 入院雑費
損害額を争う。原告X1の入院は長期にわたるから、入院雑費は、日額一三〇〇円とすべきである。
(ウ) 通院交通費
通院交通費のうち、原告X1の退院後の交通費は認めるが、その余は否認する。
(エ) 休業損害
認める。
(オ) 付添費
a 入院中
入院中の付添費は否認する。病院による看護のほかに近親者による付添看護の必要はない。仮に付添看護の必要性が認められる場合においても、その期間は原告X2が介護休暇を取得した平成二四年一〇月三日から同年一一月一日までの間に限られ、その内容は精神的援助及び意思疎通にとどまるから、付添費は、日額二〇〇〇円を上限とすべきである。
b 退院後
原告X2が介護休暇を取得した平成二四年一一月一日から同年一二月三一日までの間については付添介護の必要性を認めるが、その余は否認する。上記期間においても、その内容は精神的援助及び意思疎通にとどまるから、付添費は、日額二〇〇〇円を上限とすべきである。
(カ) 入通院慰謝料
認める。
(キ) 後遺障害慰謝料
損害額を争う。原告X1の後遺障害の程度は後遺障害等級表五級三号にとどまるから、同等級表三級三号を前提とする損害額は、認められない。
(ク) 後遺障害逸失利益
原告X1の基礎収入及び就労可能年数は認めるが、その余は否認する。原告X1の後遺障害の程度は後遺障害等級表五級三号であり、労働能力喪失率は七九%にとどまるから、同喪失率一〇〇%を前提とする損害額は、認められない。
(ケ) 将来介護費
否認する。前記(2)イのとおり、将来介護の必要性はない。
(コ) 損害の填補
認める。ただし、原告X1の主張する既払金の他に原告X1が受領した労災法に基づく休業補償給付一五二万四二一〇円についても損益相殺すべきである。また、労災法に基づく年金給付につき本件口頭弁論終結時までに支給停止が解除された場合、同給付額を損益相殺すべきである。
(サ) 弁護士費用 否認ないし争う。
(4) 争点四(原告X2の損害)
ア 原告X2の主張
原告X2は本件事故によって生死を害された場合にも比肩すべき精神上の損害を受けたから、親族固有の慰謝料が発生するというべきであり、その額は二〇〇万円を下らない。また、弁護士費用は二〇万円を下らないから、本件事故によって合計二二〇万円の損害が発生している。
イ 被告らの主張
原告X2が本件事故によって生死を害された場合にも比肩すべき精神上の損害を受けたとはいえないから、原告X2に固有の慰謝料は発生しない。
第三当裁判所の判断
一 争点一(原告X1の訴訟委任の有効性)
被告らは、原告X1の本件訴訟に関する委任は無効であって、本件訴えを却下すべきである旨主張する。
しかし、証拠(甲七一、乙一、乙三・二六三頁、二七一頁、原告X2本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告X1は、訴訟委任状(乙一)作成の際、保険金及び給付金を請求することの意味を理解できる能力を有していたこと(乙三・二六三頁、二七一頁)、原告訴訟代理人の弁護士事務所において、原告X2から会社で倒れたことに関して保険会社に対する請求をするため弁護士に相談している旨の説明を受けた上で、上記委任状に自ら署名押印したことが認められる。そうすると、原告X1は、自身の後遺障害に関する金員を求めるために弁護士に委任する旨認識し、理解した上で上記委任状に署名押印したというべきであり、わざわざ弁護士事務所に赴いていることも併せて考慮すると、上記署名押印の際、訴訟の提起についても弁護士に委任をすることを認識し、理解していたというべきである。
よって、原告X1の訴訟委任は有効というべきであるから、被告らの主張を採用することはできない。
二 争点二(後遺障害の内容及びその程度〔労働能力喪失率、介護の必要性〕)
(1) 原告X1の治療経過、後遺障害の内容及びその程度に関する認定事実
前記前提事実、証拠(甲二の四・五・一五・一六、一八、二〇、三七、三八、四一、五五、七一、乙三ないし五、原告X2本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件事故日から平成二五年四月二四日頃まで
(ア) 原告X1は、平成二四年三月一五日、本件事故により右硬膜下血腫、外傷性脳出血、頭蓋骨骨折等の傷害を負い、a医療センターに救急搬送され、保存的治療を受けた。a医療センターにおける初診時の意識レベルは強い呼び掛けに開眼し「うん」と返事ができるものの名前や場所が言えない程度であったが、同日夜以降、意識レベルが悪化し続けて開眼しない状態になり、同月二三日に気管切開術が施行された。その後、意識障害は徐々に改善し、リハビリのために転院したb病院の初診時(同年五月一一日)には、失見当識はあるものの、開眼時間が増加し、簡単な意思疎通も可能な状態になった。(甲二の四・五・一五・一六、乙三・一頁、乙五・八頁、三五頁、四五頁、二六〇頁、二九六頁、三六七頁)
(イ) 原告X1は、b病院でリハビリ加療を受けた結果、退院時(平成二四年一一月一日)には、食事、更衣、移動、入浴、排泄等の日常生活動作面についてはほぼ自立したものの、歩行面において転倒には至らないものの時折側方へのふらつきがみられるほか、日付や場所の混乱など見当識障害、記銘障害、遂行機能障害、注意障害の高次脳機能障害が残存した。(甲一八、二〇、乙三・一頁、二五一頁、二六八頁、二六九頁、二七〇頁、二七一頁、二七三頁、乙四・四頁、五頁)
(ウ) b病院主治医は、平成二四年九月二四日、原告X1の日常生活能力について、適切な食事摂取・身辺の清潔保持につき「自発的にできる」、他人との意思伝達・対人関係につき「適切にできる」、通院と服薬・身辺の安全保持・社会手続や公共施設の利用につき「概ねできるが援助が必要」とし、「精神障害を認め、日常生活に著しい制限を受けており、時に応じて援助を必要とする」旨診断した。同診断結果に基づき、原告X1は、同年一一月一二日、精神障害者福祉手帳における障害等級三級の認定を受けた。(甲五四、乙三・二六二頁)。
(エ) 原告X1は、退院後、cリハビリセンターに通院し、言語聴覚療法、作業療法、心理療法のリハビリ加療を受けた結果、言語聴覚療法については、理解、発話ともに日常生活に支障のないレベルであり、コミュニケーション能力低下は記銘力障害に起因するとして、平成二四年一二月二七日に言語聴覚療法のリハビリが終了した。また、平成二五年二月四日にストーブを消し忘れてボヤ騒ぎを起こしたことがあったものの、同年四月二四日頃までにパターン化した作業活動における注意面において改善がみられたほか、歩行や階段昇降など移動動作の安定性が向上し、階段昇降については、同月二二日に安全性向上を理由にリハビリが終了した。(乙四・一二頁、一八頁、二〇頁、三五頁、三六頁、四三頁、四四頁、九四頁、九八頁、九九頁)
イ 自賠責保険における後遺障害認定
(ア) a医療センター担当医師は、平成二五年四月二四日、原告X1の症状固定日を同日とする旨診断し、その旨を記載した同年六月一九日付け自賠責後遺障害診断書(甲三七)を作成した。
また、上記担当医師は、原告X1について、ウェクスラー成人知能検査(WAIS―Ⅲ)の結果、言語性IQ六五、動作性IQ六九、全検査IQ六四であること、高次脳機能障害の後遺症により、自発性低下、易怒性がみられ、日常生活に見守りや声掛けが必要である上、社会で良好なコミュニケーションをとることができず、社会生活は困難であること、左右上下肢の運動機能の検査結果は正常であるが、体幹につき軽度バランス障害があり、自覚症状として軽度ふらつきがある旨診断し、同診断結果を記載した平成二五年六月一八日付け「神経系統の障害に関する医学的意見」と題する書面(甲三八)を作成した。
(イ) 原告X1は、自賠責保険の後遺障害認定手続において、平成二五年一〇月二二日、前記(ア)の自賠責保険後遺障害診断書及び「神経系統の障害に関する医学的意見」と題する書面の診断結果を前提に、原告X1の後遺障害について後遺障害等級表三級三号に該当する旨の認定を受けた(甲四一)。
ウ 平成二五年四月二五日以降
(ア) 原告X1は、平成二五年四月二五日以降もcリハビリセンターに通院し、作業療法、心理療法のリハビリ加療を受けた。原告X1の症状の経過は、以下のとおりである。
a 平成二五年四月一日から同年五月一日までの間において、階段昇降の安定性が向上し、作業活動の注意力に改善傾向が認められた。(乙四・九九頁)
b 平成二五年五月一日から同年六月三日までの間において、メモ等を利用してのスケジュール等の確認や目的地へ通う経路の再生などが可能になった(乙四・一〇二頁)。
c 平成二五年六月三日から同年七月一日までの間において、スケジュールの記銘、移動経路の見当等に一定の改善傾向が認められた(乙四・一〇八頁)。
d 平成二五年七月一日から同年八月一日までの間において、注意障害や感情コントロールについて対処法がある程度身についた(乙四・一一二頁)。
e 平成二五年八月一日から同年一〇月一日までの間において、作業記憶や生活場面での記憶再認などを時々のヒントを与える程度でできるようになった(乙四・一一三頁)。
f 平成二五年一〇月一日から同年一一月五日までの間において、作業や生活場面での記憶に幾分かの改善傾向が認められた(乙四・一一七頁)。
g 平成二五年一一月五日から同年一二月二日までの間において、作業記憶や生活場面での想起が増えた(乙四・一一八頁)。
h 平成二五年一二月二日から平成二六年二月五日までの間は、明らかな変化は認められなかった(乙四・一一九頁、一二九頁)。
(イ) cリハビリセンター心理療法担当者作成の平成二五年七月二三日付け「報告・連絡票」と題する書面(乙四・四九頁)において、原告X1について、平成二五年四月及び同年五月までは、いらいらの訴えや問題行動が目立ったが、同年六月以降は非常に落ち着いて生活できていること、同月以降の原告X1の変化の要因として、夫婦間の危機に直面し、原告X1が行動を改めたことに加え、原告X2が些細なことで注意せず寛容に対応するようになったことが挙げられること、原告X1は、自身の障害認識を深めるとともに、注意障害や感情のコントロールのしにくさを自覚し、心理療法担当者が提案した対処法を取り入れている旨の記載がある。
(ウ) cリハビリセンター主治医であるA医師(以下「A医師」という。)は、平成二五年六月三日付け、同年七月一日付け、同年八月一日付け、同年一〇月一日付け及び同年一一月五日付けの各リハビリテーション評価計画書「制限日数を超えて行うべき医学的所見」欄に、いずれも、高次脳機能面で改善傾向があり、今後も向上が期待できる旨記載した。(乙四・一〇二頁、一〇八頁、一一二頁、一一三頁、一一七頁、一一八頁)
また、cリハビリセンターにおいて、平成二四年一一月二〇日から平成二六年二月一〇日までの間、少なくとも三か月に一回以上作成されていたリハビリテーション実施計画書の各「活動欄」において、食事、移乗、整容、トイレ動作、入浴、平地歩行、階段、更衣、排便管理・排尿管理について、いずれも、「自立」との記載がある。
(乙四・一〇頁、一九頁、三〇頁、三三頁、三六頁、四三頁、四六頁、五二頁、五七頁、五九頁)
(エ) A医師は、平成二六年二月一八日付け「脳損傷又はせき髄損傷による障害の状態に関する意見書」(乙四・一三〇頁)において、原告X1の傷病が治癒した日を平成二六年一月三一日とし、ウェクスラー成人知能検査(WAIS―Ⅲ)の結果、言語性IQ七八、動作性IQ七五、全検査IQ七四であること、高次脳機能障害に関して①意思疎通能力については「困難はあるが多少の援助があればできる」(相当程度喪失)が、②問題解決能力、③作業負荷に対する持続力・持久力及び④社会行動能力については、いずれも「困難はあるがかなりの援助があればできる」(半分程度喪失)レベルとした上、食事、入浴、用便、更衣、外出、買い物につき自立している旨診断した。
(オ) A医師は、平成二六年二月二五日付け診断書(乙四・一三六頁)において、症状固定日を平成二六年一月三一日とし、原告X1には高次脳機能障害として記憶障害、注意障害、遂行機能障害が認められること、原告X1は家庭内での問題行動や感情コントロールの困難さが減少し、精神的に落ち着いて生活できるようになってきたこと、パターン化した作業活動での注意力が一定程度改善し、家事や作業の場面でいらつくことなく遂行できるようになったこと、スケジュール変更があってもメモの確認などで間違いが減少している旨診断した上、日常生活能力の判定欄において、適切な食事・身辺の清潔保持につき「できる」、通院と服薬・他人との意思伝達及び対人関係・社会性につき「概ねできるが時には助言や指導を必要とする」レベルと判定し、日常生活能力及び労働能力について、「生活動作面では概ね自立している。肉体的労働であれば、習熟できれば可能である(業務内容による)」旨記載した。
(カ) cリハビリセンター心理療法担当者作成の平成二六年三月二五日付け「報告・連絡票」と題する書面(乙四・七一頁)において、原告X1について、従前に比し、自身の注意不足や記憶の悪さを自覚して気をつけようと意識できるようになってきたこと、特に原告X2に変化があり、原告X1の長所にも目を向けて上手にサポートしている旨の記載がある。
(キ) 原告X1は、労災保険における障害等級認定手続において、平成二六年五月三〇日までに症状固定日を同年一月三一日とする旨の認定を受けた上、同年五月三〇日、上記認定を前提に障害等級三級の認定を受けた(甲五五、乙四・一二〇頁)。
(ク) cリハビリセンター担当医師は、平成二六年九月二五日、原告X1の日常生活能力について、適切な食事摂取・身辺の清潔保持につき「自発的にできるが援助が必要」、他人との意思伝達・対人関係につき「できない」、通院と服薬・社会手続や公共施設の利用につき「援助があればできる」とし、「精神障害を認め、日常生活に著しい制限を受けており、常時援助を必要とする。」旨診断した。原告X1は、同診断結果に基づき、精神障害者福祉手帳における障害等級二級の認定を受けた。(甲六七、六八)
エ 原告X1の状態
原告X1は、本件事故前、d社において運転手として勤務していたが、本件事故による後遺障害のために運転をすることができなくなり、本件事故後、上記会社を退職し、現在は無職である。平日昼間、唯一の同居の家族である原告X2が勤務しているため、一人で過ごしている。
原告X1は、日常生活動作面については概ね自立しているものの、入浴時に湯船に入る際にはふらつくため、介助が必要であるほか、更衣の際にその場に応じた適切な衣服に着替えをしないことがある。
原告X1は、原告X2が平成二四年一一月及び同年一二月に付き添って通院した結果、平成二五年一月以降、自宅からバスの乗換えが不要であって降車バス停前に位置するcリハビリセンターに、一人で通院できるようになった。また、自宅周辺のパン屋や弁当屋に行って、一人で買い物をすることもできるほか、原告X2が数か月間一緒に散歩した結果、自宅周辺を三〇分程度、一人で散歩できるようになった。もっとも、原告X1が散歩をするのは原告X2と一緒に散歩した同じコースだけであり、自分で考えて新しいコースを散歩することはできない。(以上につき甲七一、乙四・一三七頁、原告X2本人)
(2) 以上を前提に、後遺障害検討の前提となる症状固定時期、後遺障害の内容・程度、労働能力喪失率及び介護の必要性について検討する。
ア 症状固定時期
(ア) 前記(1)アないしウによれば、原告X1について、平成二五年四月二四日に症状固定した旨診断があるものの、その後もcリハビリセンターに通院してリハビリ加療を受けたことに加えて、原告X2が原告X1の長所にも目を向けてサポートする等献身的に介護をした結果、少なくとも同年一二月頃まで高次脳機能障害につき作業や生活場面での記憶想起、注意障害や感情コントロール面等に改善傾向がみられ、知能検査結果も向上したが、平成二六年一月三一日以降同年九月二五日頃までは明らかな改善がなく、同日頃に原告X1の状態が悪化したことが認められる。以上の症状経緯に加えて、前記(1)ウ(オ)及び(キ)のとおり、主治医が症状固定日を平成二六年一月三一日と診断し、労災保険においても同日を症状固定日と認定していることも併せて考慮すると、原告X1の症状固定日は、平成二六年一月三一日というべきである。
(イ) 原告らは、症状固定日が平成二五年四月二四日である旨主張する。
前記(1)イのとおり、a医療センター担当医師は平成二五年四月二四日を症状固定日とする旨診断している。
しかし、前記(1)ウのとおり、平成二五年四月二五日以降も原告X1の症状について高次脳機能面で改善が認められることや症状固定日が同日より約九か月も後である旨の主治医の診断結果に照らすと、上記a医療センター担当医師の診断結果を考慮しても、原告らの主張を採用することはできない。
イ 後遺障害の内容及びその程度
(ア) 前記(1)によれば、原告X1は、食事、更衣、移動、入浴、排泄等の日常生活動作面は概ね自立しているものの、高次脳機能面での後遺障害として記憶障害、注意障害、遂行機能障害が残存し、平成二五年四月二四日時点では、自発性低下、易怒性があり、社会で良好なコミュニケーションをとることができず、社会生活が困難な状態であったこと、コミュニケーション能力低下は記銘力障害に起因していたといえるところ、その後、高次脳機能面に改善がみられ、平成二六年一月三一日時点では、感情コントロールの困難さが減少して精神的に落ち着いただけでなく、パターン化した作業活動での注意力も改善し、家事や作業場面でもいらつかずに遂行できるようになったこと、スケジュール変更にもある程度対応できるようになり、記銘力も向上したことに加えて、他人との意思伝達や社会性につき「概ねできるが時には助言や指導を必要とする」との医師の診断も併せ考慮すると、原告X1は、同日時点では、記銘力改善によりコミュニケーション能力が向上し、注意障害及び遂行機能障害も改善して精神的にも落ち着き、社会生活が概ねできるレベルにまで改善したというべきであり、上記後遺障害の内容及びその程度に照らすと、原告X1は、パターン化した単純な繰り返し作業であれば遂行できるというべきであり、特に軽易な労務に限定すれば就労可能であるというべきである。
したがって、原告X1の後遺障害は、後遺障害等級表五級三号に該当し、その労働能力喪失率は七九%とするのが相当である。
(イ) 原告らは、原告X1には高次脳機能障害により、自発性低下、易怒性があり、良好なコミュニケーションをとることはできず、社会生活が困難であること、自賠責保険において後遺障害等級表三級三号であるとの認定を受けたことを理由に、原告X1の後遺障害は後遺障害等級表三級三号に該当する旨主張する。
前記(1)イのとおり、原告X1の症状について、原告らの主張に沿う医師の診断結果があり、原告X1は、同診断結果を前提に自賠責保険において後遺障害等級表三級三号に該当する旨の認定を受けたことが認められる。
しかし、前記(1)イのとおり、原告らの主張する原告X1の後遺障害の状態は平成二五年四月二四日を症状固定日とする診断結果に基づくものであり、自賠責保険の上記認定も上記診断結果に基づき症状固定日を同日とすることを前提とするところ、前記アのとおり、同日以降においても高次脳機能面での改善が認められること、症状固定日は平成二六年一月三一日というべきであることに照らすと、症状固定日を平成二五年四月二四日とする診断結果や認定を根拠に原告X1の後遺障害等級を判断すべきではない。
したがって、原告らの主張を採用することはできない。
(ウ) また、原告らは、原告X1の症状について、食事、更衣、排便・排尿、入浴、階段昇降には随時の介助、声掛け及び見守りが必要であること、屋外歩行や公共交通機関に乗る際には付添や介助が必要であること、ボヤを出したことがあり目が離せない状態であることを理由に、原告X1の後遺障害が後遺障害等級三級三号である旨主張する。
入浴及び更衣面については、後記ウ(ア)のとおり、随時の介助、声掛け及び見守りが必要であると認められる。
しかし、前記(1)ア(エ)、ウ及びエのとおり、原告X1は、cリハビリセンター通院中である平成二四年一一月二〇日から平成二六年二月一〇日までの間、同センターにおいて、食事、移乗、整容、トイレ動作、平地歩行、階段、排便管理・排尿管理につき一貫して自立している旨診断を受けている上、主治医が、同月二五日付け診断書において、適切な食事及び身辺の清潔保持につき「できる」旨診断していること、階段昇降のリハビリも安全性向上を理由に平成二五年四月二二日に終了していること、原告X1は、散歩や買物のために一人で外出しているほか、一人でバスに乗ってcリハビリセンターに通院できること、ボヤ騒ぎが起きたのは症状固定日の一一か月以上も前であって、その後、症状固定日までの間に高次脳機能面での改善が認められること、一件記録を精査しても、症状固定後、特に原告X2の勤務中に帰宅を要する事態が生じた事情は認められないことに照らすと、入浴及び更衣面につき随時の介助、声掛け及び見守りを必要とすることを考慮しても、原告らが主張する事情を理由に後遺障害等級三級三号に該当すると認めることはできない。
したがって、原告らの主張を採用することはできない。
(エ) また、原告らは、原告X1が精神障害者福祉手帳において障害等級二級の認定を受けたことを理由に後遺障害等級五級三号の認定はあり得ない旨主張する。
しかし、前記前提事実、前記二(1)ア(ウ)及びウによれば、原告X1は、平成二四年九月二四日におけるb病院主治医の診断結果に基づいて、同年一一月一二日に精神障害者福祉手帳障害等級三級の認定を受けたこと、その後、平成二六年一月三一日頃まで高次脳機能障害につき改善したこと、その後、同年九月二五日頃には、平成二四年九月二四日当時よりも日常生活に援助を必要とする事項が多くなり、原告X1の状態が悪化したこと、精神障害者福祉手帳における障害等級二級の認定は、平成二六年九月二五日における診断結果に基づくものであることが認められる。
以上の原告X1の症状経緯によれば、平成二六年九月二五日頃における原告X1の症状悪化は、本件事故による後遺障害とは異なる機序によることが推認されるというべきであり、同日における診断結果を前提とする障害等級認定を理由に原告X1の後遺障害を判断すべきではない。
したがって、原告らの主張を採用することはできない。
ウ 介護の必要性
(ア) 前記イのとおり、原告X1は日常生活動作面では概ね自立しており、自宅での日常生活において常時の介護の必要性は認められない。
もっとも、前記(1)エによれば、原告X1は、普段と同じ決まった行動はできるものの、自分で考えて新しい行動をすることはできず、従前と異なる新たな行動を必要とする場合には付添を要する場面があるといえること、日常生活動作面においても、入浴の際、湯船に入るときにはふらつくために介助が必要となるほか、更衣の際、その場に応じた適切な衣服への着替えを促したりするなど限定的な場面において随時の介助、声掛け及び見守りをすることが必要であるというべきである。
(イ) 被告らは、原告X2の勤務中見守りがないことや日常生活動作面で自立している旨の診断結果を理由に介護の必要性がない旨主張する。
前記(1)エのとおり、原告X1は、平日昼間、一人で過ごしており、一件記録を精査しても、症状固定後、特に原告X2の帰宅を要する事態が生じた事情も認められないことに加えて、前記(1)ウ(ウ)及び(エ)のとおり、日常生活動作面で自立している旨の診断結果が存在し、被告らの主張に沿う事情が認められる。
しかし、前記(1)ア、イ及びエのとおり、原告X1には、退院時に若干のふらつきが認められ、その後のリハビリにより移動動作の安定性が向上したものの、平成二五年四月二四日における医師の診断においても体幹に軽度バランス障害があるとされ、現在においても入浴時に湯船に入る際にはふらつくために介助が必要であること、更衣面でも着替えはできるものの、その場に応じた衣服を選ぶことができない場合があることに照らすと、原告X1は、日常生活動作面において概ね自立しているといえるものの、健常人と同程度に完全に自立しているとまではいえないというべきである。
したがって、被告らの主張を採用することはできない。
三 争点三(原告X1の損害)
(1) 治療費等 六四四万一四七九円
ア 前記前提事実、証拠(甲四ないし三六)及び弁論の全趣旨によれば、原告X1が、本件事故により治療費等として合計六四四万一四七九円を要したこと、うち四〇八万九五〇二円については労災法に基づく療養補償給付により病院に支払われ、その残額である二三五万一九七七円については被告会社加入の任意保険会社により直接病院に支払われたことが認められる。
以上によれば、治療費等は、六四四万一四七九円とするのが相当である。
イ 被告らは、治療費等のうち、入院中の個室使用料につき個室収容の必要がなく認められない旨主張する。
証拠(乙六)によれば、原告X1は、b病院入院時、病床への適応困難との主治医の判断により個室に収容されたこと、原告X1の主治医は、平成二四年五月二九日、保険会社からの個室使用に関する質問に対し、医学的に個室管理の必要がないと判断した場合には個室から出て行ってもらう旨回答したことが認められる。
しかし、一件記録を精査しても、平成二四年五月二九日以降、原告X1が医師から個室から出るよう指示を受けた等の事情は認められないことに加えて、証拠(甲一四、一六、二〇、乙四・一〇三頁)及び弁論の全趣旨によれば、入院中、原告X1には高次脳機能障害を原因とする脱抑制の症状があり、退院直前まで対人トラブルが発生していたことが認められることに照らすと、入院中、原告X1を個室に収容する必要があったというべきであり、個室使用料は、本件事故との相当因果関係のある損害というべきである。
したがって、被告らの主張を採用することはできない。
ウ また、被告らは、症状固定日を平成二五年四月二四日とすることを前提に症状固定後については治療の必要がない旨主張するが、前記二(2)アのとおり、症状固定日は平成二六年一月三一日と認められ、前記アの治療費は同日までに要したものであり、本件事故と相当因果関係のある損害というべきであるから、被告らの主張を採用することはできない。
(2) 入院雑費 三四万八〇〇〇円
前記前提事実のとおり、原告X1は、本件事故による傷害のために合計二三二日間入院しているところ、前記二(1)ア(ア)及び(イ)のとおりの原告X1の傷害の重篤性に照らすと、入院雑費として日額一五〇〇円を本件事故と相当因果関係のある損害とすべきである。
したがって、入院雑費は、下記計算式のとおり、三四万八〇〇〇円とするのが相当である。
(計算式)
一五〇〇円×二三二日
(3) 入通院交通費 四万六七七〇円
ア 入院中の原告X1の交通費として、証拠(甲七九)及び弁論の全趣旨によれば、a医療センターからb病院転院時に移動のためタクシー代六五七〇円を要したことが認められるところ、同金員は、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。なお、入院中、外泊の際に要した交通費は、入院雑費に含まれるというべきである。
イ 退院後の原告X1の交通費として、退院後から症状固定日である平成二六年一月三一日までの間における原告X1の通院交通費は、本件事故と相当因果関係のある損害といえるところ、前記前提事実、証拠(甲三七、三八、八六、乙三・二七七頁、乙四・二頁ないし六一頁)及び弁論の全趣旨によれば、原告X1は、上記期間において、cリハビリセンター(通院実日数八八日)、a医療センター(通院実日数三日)及びb病院(通院実日数一日)に通院したこと、各病院への一回当たりの通院交通費は、cリハビリセンターにつき四四〇円、a医療センターにつき三八〇円及びb病院につき三四〇円であることが認められる。
ウ 以上によれば、入通院交通費は、下記計算式のとおり、四万六七七〇円とするのが相当である。なお、原告X2の交通費は、後記(5)のとおり、付添費に含めて評価するから、上記金額には含めない。
(計算式)
六五七〇円+四四〇円×八八日+三八〇円×三日+三四〇円
(4) 休業損害 三二六万一八九二円
休業損害が上記金額であることにつき当事者間に争いはない。
(5) 付添費 二六七万九〇〇〇円
ア 入院中(平成二四年三月一五日から同年一一月一日まで〔二三二日〕)
(ア) 証拠(甲一四、一六、乙三)及び弁論の全趣旨によれば、入院中、医師から原告X2に対し付き添うよう指示はなかったものの、原告X1には危険行為やふらつきによる転倒がみられ(乙三・四二頁、八三ないし九二頁、九五ないし九九頁、一〇一ないし一〇四頁、乙五・二四六頁)、病院側が原告X2に対して原告X1を注意して見るよう促したことがあったこと(乙三・八七頁)、原告X1は、本件事故による後遺障害である易怒的傾向や脱抑制のために他の患者の頭を叩くなど退院直前まで対人トラブルを生じさせていたこと(甲一四、一六、乙三・一〇〇ないし一〇二頁、一〇三頁、一〇六頁、一一四頁、二七〇頁)が認められる。
入院中における原告X1の上記症状及び入院経過に加えて、前記二(1)ア(ア)及び(イ)のとおりの原告X1の傷害の重篤性を併せて考慮すると、病院の看護体制にかかわらず、入院中、原告X1に対して介助、声掛け及び見守りが必要であったといえ、付添看護の必要性があったというべきである。
(イ) 証拠(甲五二)及び弁論の全趣旨によれば、入院中、原告X2は、原告X1に付き添うため、本件事故後一〇日間仕事を休んだほか、その後も有給休暇を一八日取得しただけでなく、平成二四年一〇月三日から同年一一月一日までの間(三〇日)介護休暇を取得したこと、その余については、稼働する傍ら仕事を終えた後や休日に原告X1に付き添って看護をしたことが認められる。
(ウ) 以上によれば、入院中の付添費は、原告X2の通院交通費を含めて、本件事故後一〇日間及び有給休暇・介護休暇を取得した四八日間(合計五八日)につき日額七〇〇〇円の限度で、その余の一七四日間につき日額三五〇〇円の限度でこれを認めるのが相当であるから、下記計算式のとおり、一〇一万五〇〇〇円とするのが相当である。
(計算式)
七〇〇〇円×五八日+三五〇〇円×一七四日
イ 退院後(平成二四年一一月二日から平成二六年一月三一日まで〔四五六日〕)
(ア) 前記二(1)ア(イ)・(エ)の認定事実、証拠(甲二〇、乙三・一頁、二五一頁、二七〇頁、二七一頁、乙四・四頁、五頁、三五頁)及び弁論の全趣旨によれば、原告X1は、退院時において、日常生活動作面ではほぼ自立していたものの、歩行面で時折側方へのふらつきがみられ、日付や場所の混乱など見当識障害、注意障害、遂行機能障害、記憶障害が残存し、動作時は注意緩慢となり、細かいことへの注意低下が目立つ状態であったこと、先を予測した行動ができず、感情の変動も大きく意にそぐわないことについては怒りやすい傾向があったこと、平成二五年二月四日にはストーブを消し忘れて外出しボヤ騒ぎを起こしたことが認められるほか、前記二(1)イ(ア)のとおり、症状固定日を同年四月二四日とすることを前提とする医師の診断において、日常生活に声掛けや見守りが必要であって、社会生活は困難である旨の診断を受けたこと、その後、前記二(1)ウ(ア)ないしカのとおり、症状固定までの間にリハビリ加療や原告X2の介護等の甲斐もあって高次脳機能面で改善があったことが認められる。
以上の原告X1の退院時の状態及び退院後の症状経過に照らすと、日常生活動作面ではほぼ自立していたから常時の身体的介護までは必要がなかったものの、退院後、症状固定までの間、原告X1に対して、精神的援助及び意思疎通にとどまらず、日常生活において、少なくとも声掛けや見守りを中心とした随時的な介護が必要な状態であったと認められる。
(イ) もっとも、証拠(甲五二)及び弁論の全趣旨によれば、原告X1の唯一の同居の家族である原告X2は、平日は稼働しており、退院後症状固定日までの四五六日間のうち、介護休暇を取得した平成二四年一二月三一日までの六〇日間及び有給休暇を取得した一四日間については、原告X1の介護のために仕事を休んだものの、その余については、仕事をする傍ら原告X1の介護をしていたことが認められる。
(ウ) 以上によれば、原告X1の退院後症状固定日までの付添費は、原告X2の通院交通費を含めて、介護休暇又は有給休暇を取得した合計七四日間につき日額七〇〇〇円の限度で、その余の三八二日間につき日額三〇〇〇円の限度でこれを認めるのが相当であるから、下記計算式のとおり、一六六万四〇〇〇円とするのが相当である。
(計算式)
七〇〇〇円×七四日+三〇〇〇円×三八二日
ウ したがって、原告X1の本件事故日から症状固定日までの付添費は、合計二六七万九〇〇〇円とするのが相当である。
(6) 後遺障害逸失利益 一七八八万八六〇八円
原告X1の基礎収入が年額二九三万二四九〇円であることは当事者間に争いがない。前記二(2)アのとおり、症状固定日は平成二六年一月三一日であり、症状固定時における原告X1の年齢は六四歳であるところ、就労可能年数は一〇年(ライプニッツ係数七・七二一七)とするのが相当である。前記二(2)イのとおり、原告X1は本件事故により後遺障害等級表五級三号に該当する後遺障害を負ったといえ、その労働能力喪失率は七九%というべきであるから、後遺障害逸失利益は、下記計算式のとおり、一七八八万八六〇八円とするのが相当である。
(計算式)
二九三万二四九〇円×七・七二一七×七九%
(7) 入通院慰謝料 三七三万円
入通院慰謝料を三七三万円とすることにつき当事者間に争いはない。
(8) 後遺障害慰謝料 一四〇〇万円
前記二(2)イのとおり、原告X1の後遺障害は後遺障害等級表五級三号に相当すると認められるところ、その内容及び程度を考慮すると、後遺障害慰謝料は、一四〇〇万円とするのが相当である。
(9) 将来介護費 四五四万八七〇三円
前記二(2)ウのとおり、原告X1は、日常生活動作面では概ね自立しており、自宅での日常生活において常時の介護の必要性は認められないものの、限定的な場面において随時の介助、声掛け及び見守りが必要であるというべきところ、その介護内容や頻度に見合う、本件事故と相当因果関係のある将来介護費は、日額一〇〇〇円とするのが相当であり、介護が必要な期間は、症状固定時の平均余命である二〇年(ライプニッツ係数一二・四六二二)とすべきである。
したがって、将来介護費は、下記計算式のとおり、四五四万八七〇三円とするのが相当である。
(計算式)
一〇〇〇円×三六五日×一二・四六二二
(10) (1)から(9)までの損害額小計 五二九四万四四五二円
(11) 損害の填補
ア 前記前提事実のとおり、損害の填補として、任意保険会社から七二三万四一三八円、労災法に基づく療養補償給付四〇八万九五〇二円、同休業補償給付五七万二七一八円がそれぞれ支払われたほか、証拠(甲六〇、六二)によれば、労災法に基づく休業補償給付一五二万四二一〇円が支払われたことが認められるところ、任意保険会社からの既払金については損害金元本に充当し、上記療養補償給付四〇八万九五〇二円については治療費等の元本に充当し、上記各休業補償給付合計二〇九万六九二八円については休業損害の元本に充当するのが相当である。
以上の充当の結果、損害金元本残額は、三九五二万三八八四円となる。
イ 前記前提事実のとおり、原告X1は自賠責保険金として二二一九万円を受領したところ、上記保険金受領日である平成二五年一〇月二八日時点の遅延損害金は三二〇万六三一九円であるから、遅延損害金充当後の自賠責保険金の金額は一八九八万三六八一円、同額を前記アの損害金元本残額に充当すると、残額は二〇五四万〇二〇三円となる。
ウ 以上によれば、損害の填補後の原告X1の損害金元本残額は、二〇五四万〇二〇三円となる。
(12) 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、前記(11)ウの金額、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としての損害額は、二〇五万四〇二〇円が相当である。
(13) 合計(((11)ウ+(12)) 二二五九万四二二三円
四 争点四(原告X2の損害)
原告X1の後遺障害の内容及びその程度は前記二で説示したとおりであり、原告X2が生死を害された場合にも比肩すべき精神上の損害を受けたとまでいうことはできない。なお、原告X2の付添介護による精神的苦痛については、原告X1の付添費及び将来介護費において評価済みである。
したがって、原告X1の損害とは別に原告X2につき固有の慰謝料を認めることはできない。
第四結論
以上によれば、原告X1の請求は、二二五九万四二二三円及びこれに対する平成二五年一〇月二九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し、その余を棄却することとし、原告X2の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言は相当でないから、これを付さない。
(裁判官 佐藤文子)