京都地方裁判所 平成25年(ワ)995号 判決
原告
X
同訴訟代理人弁護士
辰巳裕規
被告
学校法人Y
同代表者理事長
A1
同訴訟代理人弁護士
小國隆輔
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は、原告に対し、平成二五年四月一日から毎月五日限り七一万八六〇〇円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告に対し、五五〇万円及びこれに対する平成二五年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、学校法人である被告が設置する大学院の教授であった原告が、就業規則に定められた定年延長の規定が適用されず平成二五年三月三一日付けで定年退職の扱い(以下「本件退職扱い」という。)となったことについて、解雇権の濫用法理の類推適用によって無効であると主張して、使用者である被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び平成二五年四月一日以降の未払賃金の支払を求めるとともに、被告が本件退職扱いによって突然原告の地位を奪い、原告の名誉ないし信用を傷つけたと主張して、慰謝料等の支払を求めた事案である。
一 前提事実(以下の事実は、当事者間に争いがないか、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる。)
(1) 被告
ア 被告は、私立学校法に基づいて設立された学校法人であり、a大学、b大学等を設置している。
a大学には、学部と大学院・専門職大学院があり、大学院(以下「本件大学院」という。)にビジネス研究科、総合政策科学研究科(以下「TIM」という。)などが設けられている。
イ 本件大学院のビジネス研究科は、平成一六年四月一日に開設された。
ビジネス研究科には、開設当初から設けられており四月に開講される日本語によるコース(以下「JMBA」という。)と、平成一七年秋に設けられた秋に開講される英語によるコース(以下「GMBA」という。)がある。
ウ 定年延長に関する定め等
(ア) 被告の就業規則は、一〇条一項で、「社員は、満六五歳をもって定年退職するものとする。」と定めつつ、附則一項で、「第一〇条本文については、(当分の間)大学院に関係する教授にして本法人が必要と認めたものに限りこれを適用しない。」と定めている(なお、上記一〇条本文とは、現行の就業規則一〇条一項を指すものと認められる。)。
上記就業規則一〇条一項の定年に関しては、昭和四八年の協定により、定年退職日は満六五歳に達した年度末とするとされ、また、昭和四八年の理事会により、「大学院教授については一年度ごとに定年を延長することができるものとし、満七〇才の年度末を限度とする。」と決定された。
(イ) また、被告では、教員の任用は教授会の審議を経て大学評議会で決することとしているが、大学院教員の定年延長については、所属する研究科の教授会の審議を経て、理事会で決定することとしている。
(ウ) ビジネス研究科では、平成一八年一月一一日に「定年延長案件の取扱いについて(申合せ)」と題する申合せ(以下「本件申合せ」という。)がされた。
その内容は、「一 定年延長案件については、研究科長が当該教員の意向を確認の上、教授会に提案する。」、「二 研究科長は、提案に当たって、当該教員の氏名、職位、専門分野、定年に達する年月日、定年延長を必要とする理由等を口頭で述べるものとする。その際当該教員の採用時の経緯その他個別の事情がある場合には、併せて必要なコメントを付するものとする。」、「三 研究科長の提案に対し、相当数の教員から異議がある旨の発言があった場合を除き、投票は行わない。」というものである。
エ 教員の勤務時間に関し、就業規則一五条一項は、大学における授業担当時間を週八時間と定めている。
また、平成一七年一一月二日に開催されたビジネス研究科教授会では、平成一八年度時間割編成方針に関して、教員の授業負担については、ビジネス研究科で週八時間(四コマ)担当し、ビジネス研究科以外に所属をもつ教員については必要に応じて支障のないように調整するとされた。
(2) 原告
ア 原告は、昭和二一年○月○日生まれで現在六七歳である。
原告は、昭和四七年に神戸大学大学院経済学研究科修士課程修了、昭和五〇年に神戸大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学、昭和六〇年にカリフォルニア大学バークレイ校博士課程(Ph.D(理論経済学))を修了した。
イ 原告は、c大学、d大学、e大学、f大学商学部教授、g大学大学院教授等を経て、平成一六年四月一日(当時原告五七歳)、被告との間で、期間を定めない労働契約を締結し、同日に開設された本件大学院のビジネス研究科教授となった。
なお、原告の専門分野は、マクロ経済システムモデリング、経営システムダイナミクスである。
ウ 原告は、満六五歳となった直後の年度末である平成二四年三月三一日に先立ち、同年四月一日から平成二五年三月三一日までの一回目の定年延長がされた。
エ 原告のビジネス研究科の平成二四年度の担当科目は、①経営システムダイナミックス(登録学生数1)、②ビジネスモデリング(登録学生数2)、③マクロ経済シミュレーション(登録学生数0)、④プロジェクト研究Ⅰ(登録学生数0)、⑤同Ⅱ(登録学生数0)、⑥Business Economics(以下「ビジネスエコノミクス」という。)(登録学生数3)、⑦Business System Dynamics(以下「ビジネスシステムダイナミクス」という。)(登録学生数29。なお必修科目である。)、⑧Sustainable Busi-ness Modeling(登録学生数1)、⑨Global Action Project(US)(登録学生数3)、⑩Project and Solution Research(以下「プロジェクトリサーチ」という。)Ⅰ(登録学生数0)、⑪同Ⅱ(登録学生数5)である。また、原告は、平成一九年度以降、TIMの担当科目である⑫システムダイナミックス、⑬環境戦略モデリング、⑭セオリーアンドプラクティスⅠ、⑮同Ⅱ、⑯TIM特殊研究V(二コマ)、⑰TIM特殊研究S「合同演習」(二コマ)をも担当していた。
オ 被告の給与の支払日は当月五日であり、原告の平成二五年三月分給与のうち本俸は七一万八六〇〇円であった。また、原告の平成二三年の給与支給総額は一五九七万七五八一円であった。
(3) 本件退職扱い
ア 平成二四年一二月一九日に開催されたビジネス研究科の教授会では、平成二五年三月三一日に定年となる教員について、平成二六年三月三一日まで定年を延長することが議題とされ、研究科長であるA2(以下「A2研究科長」という。)は、A3教授(以下「A3教授」という。)及びA4教授(以下「A4教授」という。)の定年延長を発議して同教授会で承認されたが、原告の定年延長を発議しなかった。原告が、原告の定年延長がされないことの異議を述べ、これに対し、A2研究科長が、ルールに従って進めており、年間で八科目・クラスの担当基準に満たないため定年延長を提案していない旨の説明をし、平成二五年一月の教授会までに方向を決めることとなった。
イ 平成二五年一月九日に開催されたビジネス研究科の教授会では、懇談事項として原告の定年延長について話がされ、同年二月六日に開催されたビジネス研究科の教授会では、報告事項の一つとして「定年延長の発議要件」が取り上げられ、意見交換をしたものの、結論に至らなかった。
ウ 平成二五年二月一一日に開催されたビジネス研究科の教授会において、原告の定年延長が議題とされた。A2研究科長は、原告には、①GMBAに設置されたプログラムであるGreen MBA Certificate Program(以下「グリーンMBA」という。)について、平成二四年度に科目の担当拒否があったこと、②行政面で不参加があり、平成二四年二月に国際プログラム委員会から脱退したこと、③平成二五年度演習指導の学生がJMBA、GMBAともいないことを説明した。その審議の結果、研究科として原告を専任として定年延長することが必要な理由は誰からも提示されず、A2研究科長の上記説明について異議の申立てもされなかった。
エ その後も、ビジネス研究科の教授会において、平成二五年四月一日以降の原告の二回目の定年延長が発議されることも延長することの決議がされることもないまま、同年三月三一日を迎え、原告は退職扱い(本件退職扱い)となった。
二 争点
(1) 本件退職扱いに解雇権濫用法理の類推適用がされるか(争点(1))。
(2) 本件退職扱いが解雇権濫用法理の類推適用によって無効となるか(争点(2))。
(3) 本件退職扱いが不法行為法上違法であるか(争点(3))。
(4) 原告の損害(争点(4))
三 争点に対する当事者の主張
(1) 本件退職扱いに解雇権濫用法理の類推適用がされるか(争点(1))。
【原告の主張】
次の各事情に照らすと、本件退職扱いに解雇権濫用法理の類推適用(最判昭和四九年七月二二日民集二八巻五号九二七頁、同昭和六一年一二月四日集民一四九号二〇九頁)がされる。
ア 被告は、ビジネス研究科を開設するに際し、「世界中から一流の講師陣を集める」ということをキャッチフレーズとし、六〇代前後の教授をも招聘する必要があったことから、本件大学院は七〇歳が定年であるとの条件提示がされていた。
原告は、本件大学への移籍時の年齢が五七歳で、定年が六八歳であったg大学の教授であったが、本件大学院のビジネス研究科に移籍する際に七〇歳まで定年延長されると説得されたのであり、このことも移籍の際の優先考慮要素となった。
イ また、実際に、原告が六六歳を迎える平成二四年度においては、明確な更新手続を経ることもなく、当然のように定年延長となった。
ウ ビジネス研究科の他の教授についても例外なく七〇歳まで定年延長(更新)が当然のように認められていたし、本件大学院では他学部他学科においても定年延長を希望する教授に対して定年延長が拒絶された例はなく、定年延長が事実たる慣習ないし労使慣行となっている。
エ 原告がビジネス研究科においてこれまで担当してきた教授職は、本件大学院の基幹的な職務であり、六五歳以前の教授職と何ら異なることはない。
【被告の主張】
次のことから、本件退職扱いに解雇権濫用法理の類推適用がされない。
ア 被告は、原告に対し、七〇歳まで雇用する旨告げたことはない。
イ 本件大学院における定年延長は、被告が必要と認める者に限り、一年度ごとに、教授会での議決、理事会での承認等の手続を経て決定されるのであって、当然に延長されるものではない。
ウ 平成二一年一二月一六日に開催されたビジネス研究科の教授会においては、定年延長の対象となる教員について、研究業績の不足を理由に疑義が呈され、議論になったことがある。原告は、その際、当該教授会に出席して定年延長の可否に関する議論に加わっていたのであって、定年延長が自動的にされるものではないことを認識していたことがうかがえる。
エ 本件大学院においては、ビジネス研究科以外の研究科においても、教授会審議等を経て定年延長の可否を決めており、満七〇歳まで定年を延長しなかった事例も少なくない。
オ 以上のとおり、定年延長手続が形骸化していたとはいえないし、原告が七〇歳までの定年延長を期待していたとしても、主観的な期待に過ぎず、法的保護に値する合理的期待とはいえない。
(2) 本件退職扱いが解雇権濫用法理の類推適用によって無効となるか(争点(2))。
【原告の主張】
次の各事情に照らすと、本件退職扱いは、解雇権濫用法理の類推適用によって無効となる。
ア 本件退職扱いには、重大な手続違反がある。
すなわち、本件申合せは、定年延長を教授会に発議する要件を定めておらず、研究科長に要件を判断する裁量権を与えていないのであって、研究科長は、定年延長の対象となる教授に意向を確認し、当該教授が定年延長を希望する場合には、教授会に定年延長を発議しなければならない。
しかるに、A2研究科長は、原告に定年延長の意向があるにもかかわらず、原告にその意向を確認することも、原告の定年延長を教授会に発議することもしなかった。
イ 原告は、教授として最も重要な研究面において他の教授よりも業績があるほか、教育面、運営面でもビジネス研究科の創設以来貢献しているのであって、定年延長拒否を正当化するに足りる事由はない。
原告の定年を延長する必要がない根拠として被告が主張する事実は、次のとおり、いずれも、事実無根であるか、定年延長を発議しないことを正当化するに足りないものである上、当該事実を取り上げることに手続的な問題がある。
(ア) 教育面について
a 科目担当の放棄について
(a) 被告は、GMBAに設置されたプログラムであるグリーンMBAのうち、Green Management in Action(以下「グリーンマネジメント」という。)については原告が平成二四年度に担当を拒否し、Green Technologies Tomorrow(以下「グリーンテクノロジーズ」という。)については、原告の紹介によってこれまで委嘱した講師から科目担当を断られたため休講せざるを得なくなったなどと主張する。
(b) しかし、被告は、平成二五年二月一一日のビジネス研究科の教授会まで、八コマを担当しないこと以外の理由を挙げていなかったのであり、上記(a)に係る内容は、そもそもは後付けのものである上、原告に反論や弁明の機会を与えておらず、手続的にも重大な違反がある。
(c) また、グリーンMBAは、原告が、GMBAの立ち上げに際して二年間の準備期間をかけ、大学の執行部や学長の後押しを受けて企画したものであり、嘱託講師への三顧の礼を尽くして依頼した上で調整ができたものである。
しかるところ、研究科長が、コーディネーターである原告やA5を通さずに、直接、嘱託講師に対して、平成二四年度はゲストスピーカーの待遇とする旨を通知するという事態が生じたため、嘱託講師の多くが、責任を持って授業をするためにはゲストスピーカーではできないとし、開講を断念せざるを得ない状況となったものである。
この件は、平成二四年四月ころまでには解決済みの問題となり、以後に教授会で取り上げられることはなかったのであり、上記(b)の教授会で突如そのことが蒸し返され、定年延長拒否の理由とされていることは、研究科長の恣意的な判断で定年延長を提案しなかったことの証左である。
b 原告の論文指導を希望する学生がいないことについて
(a) 被告は、JMBAのプロジェクト研究又はGMBAのプロジェクトリサーチについて、原告の担当するものに対する参加者がおらず、平成二五年度のプロジェクト研究及びプロジェクトリサーチが開講されなかったことを主張する。
(b) しかし、原告の本来担当する科目は、GMBAにおけるプロジェクトリサーチⅠ及び同Ⅱであるところ、これについて、平成二二年度は三名、平成二三年度は五名の学生を担当した。
また、平成二四年度秋学期に開始されるGMBAについては、毎年教授会に提出されて承認される指導担当リストが提出されないままであり、担当予定の留学生の指導が原告に何らの相談もなく国際プログラム委員会委員長であるA6教授(以下「A6教授」という。)に変更されたほか、システムダイナミクスの手法を用いたグリーンビジネスモデリングに関するソリューションレポートの指導を申し出ていた留学生も、A6教授の指導に替わっていた。このように、原告の指導を希望する学生がいなかったのではなく、原告が担当する予定の留学生をA6教授が原告の知らないところで変更したものである。
他方、JMBAにおけるプロジェクト研究は、原告においては、希望する受講生がいる場合に受け持つプラスアルファの位置付けであり、受講者がいなくても問題はない上、登録者が結果的に0であっても、科目を担当し、開講しているのであるから、コマ数としてはカウントすべきである。
なお、JMBAについては、平成二五年度のプロジェクト研究で九期生のA7がシステムダイナミクスに関する研究を受けたいと強く希望していた。
c 原告の担当科目数について
(a) 被告は、平成二五年度に原告が担当する科目が、基準となる八コマに満たないと主張する。
(b) しかしながら、八コマを担当しなければならないとする根拠が不明確である。
また、被告が、原告の担当する科目を担当から外しておきながら、八コマに足りないとして原告を不利益に扱うのは、本末転倒であるし、禁反言であって許されない。
さらに、原告はTIMでも授業をもっており、仮にビジネスエコノミクスの担当を外されても一三コマを担当することになる。
結局、A6教授、A2研究科長は、システムダイナミクスは偏った経済学であるとして、恣意的に原告の科目担当を外したものである。
d 原告の授業内容について
(a) 被告は、原告に対し、ビジネスエコノミクスが一年次に配当される科目である以上、基礎的・一般的な内容の授業を行うことを求めたが、マクロ経済学を中心とした上、システムダイナミクスを用いるという非常に発展的な内容の授業を行っていた原告がこれを聞き入れなかったため、やむなく担当を替えたと主張する。
(b) しかし、これはシステムダイナミクスが偏った経済学であるとの決めつけがあり、恣意的な判断であり、学問の自由、表現の自由等に反する差別である。また、ビジネス研究科は、名だたる名門校であるa大学の大学院であり、a大学のビジネススクールという位置付けであるから、大学一年生向けの教養科目・入門とは異なり、一定の学問的レベルを前提に行うものであることは当然である。
原告は、ビジネス研究科開設以来、同じ教授法でビジネスエコノミクスを担当してきたが、これについて学生からクレーム・コミッティ制度による改善の申し出がされたことはない。仮に教授法に問題があるのであれば、その旨を教授会で意見交換・協議をして改善を求めれば足りる。
なお、原告が、基礎的・一般的な内容の授業を行うようにとの被告の依頼に対し、聞き入れなかったという事実はない。
e 学生からの苦情について
(a) 被告は、平成二四年度に原告が担当していた科目について、受講生から苦情があったと主張し、乙二五号証及び二六号証を提出する。
(b) しかし、乙二五号証は、授業への苦情ではなく、期末レポートを免除してほしいという要望に過ぎない。また、乙二六号証は、平成二四年一二月一八日に特別客員教授であるA8が三名の学生からヒアリングしたもののようであるが、この日は、原告がA6教授からビジネスエコノミクスの担当を外した旨伝えられた日の翌日であるから、このヒアリングを理由に科目を外したというのは矛盾する。また、この苦情は、別科目であるビジネスシステムダイナミクスについてのものであり、ビジネスエコノミクスに対するものではない。
(イ) ビジネス研究科運営面について
a 国際プログラム委員会の脱退について
(a) 被告は、原告が平成二四年二月ころに国際プログラム委員会を脱退したと主張する。
(b) しかしながら、上記のグリーンMBAの問題があり、国際プログラム委員会への原告の出席の必要性が薄まったことから、同委員会の委員長であったA6教授と協議し、その了解の下で活動を制限していたに過ぎない。原告は、次年度は住居を淡路島から京都に移す話までA6教授としていたのであって、これは定年延長拒否の理由とはなりえない。
b アドミッション業務について
(a) 被告は、原告が面接の担当以外の入試業務を基本的に行っていなかったこと、面接についても、受験者からの苦情により、平成二四年六月を最後に担当からも外れていること、平成二四年三月のJMBAの卒業式、同年四月の入学式、同年九月のGMBAの入学式及び卒業式に出席していないことなどを主張する。
(b) しかしながら、原告は、入試、卒業式、入学式等のイベントには参加しているし、GMBAの業務、教授会、TIMでの教授会、入試、オリエンテーション等の業務も行っていた。
また、原告はもとより淡路島に在住しているため、すべての活動に参加することは物理的に不可能であり、その旨は了解されており、業務に参加しないことについて指摘ないし指導をされたことはない。
(ウ) なお、被告は、平成二五年二月一一日開催の教授会で原告の定年延長を発議できない理由を説明したが、誰からも定年延長すべき理由の提示がなかった旨主張するが、当該教授会では、これまで定年延長拒否の理由とされていなかった新たな理由が、原告不在の場で告げられたのであり、これに対する原告の反論の機会もないままであったから、これをもって被告の判断の妥当性が担保されたということはできない。
【被告の主張】
仮に本件退職扱いに解雇権濫用法理の類推適用がされるとしても、本件退職扱いは適法・有効である。
ア 定年延長を認める必要性について
ビジネス研究科においては、満六五歳を超えた教授について、研究面のほか、教育面、ビジネス研究科運営面での貢献を考慮して、定年延長の必要性を判断しているところ、原告については、次の事情から、教育面、ビジネス研究科運営面の双方で、定年延長の必要性を認めることができない。
(ア) 教育面について
a 科目担当の放棄
GMBAには、原告の考案によりグリーンMBAが設置されており、その中核である二科目は、グリーンマネジメント及びグリーンテクノロジーズであった。
被告においては、嘱託講師の委嘱を近畿圏に居住し、通勤可能な者を原則としていたが、上記科目においては、近畿圏以外に居住する嘱託講師を委嘱していたことから、大学共通の予算から支出される交通費が他の研究科よりも突出して高く、その是正を強く求められていた。そこで、ビジネス研究科では、上記両科目について講師が学期を通じて科目を担当するものではないことをも考慮し、講師ではなく、ビジネス研究科の予算で対応できるゲストスピーカーとし、前年度と同額の謝礼及び交通費で出講を依頼することにし、概ね了承する返答を得ていた。
しかしながら、原告は、グリーンMBAの授業には嘱託講師として招聘しなければならない、講師への連絡は原告を通じて行わなければならないなどと独自の見解を主張し、それが認められないと、研究科長及び教授会の要請にもかかわらず、平成二四年度のグリーンマネジメントの継続担当を拒否し、このため、被告は、急遽他の嘱託講師の手配を余儀なくされた。
また、グリーンテクノロジーズについては、原告の紹介によってこれまで委嘱した講師から、上記了承の返事の後、原告からの連絡を受けた後に、嘱託講師でなければ出講できない旨の返答がされたため、同科目は休講せざるを得なくなった。
そのため、グリーンMBAの科目群及びGreen Certificateの発行制度について新たな体制を考えざるを得なくなり、被告のホームページからもグリーンMBAに関する情報を削除せざるを得なくなった。
この点、原告は、その理由について、原告が想定した外部講師への講義委嘱構想が、講師の委嘱は近畿在住者を原則とするという被告の全学的方針に合致しないため承認されなかったからであると主張する。しかし、どのような基準で講師として委嘱するかは、被告が決めるべき人事案件ないし経営判断事項であって、個々の教員が決める事項ではない。また、教員の最も重要な職務は学生に対する教育であり、原告は科目開講できないことは避けてほしいと教授会で要請されていたにもかかわらず、自らの思うままに人事が行われなかったことを理由に授業担当を拒否することは、教員として許されない行為である。
b 原告の論文指導を希望する学生がいないこと
ビジネス研究科の学生は、特定の教員の指導を受けるプロジェクト研究又はプロジェクトリサーチを履修し、ソリューションレポートの審査に合格する必要がある。ビジネス研究科において、一〇〇〇万円を超える給与を負担してまで教授の定年を延長するのは、ソリューションレポート(学位論文に相当する。)の指導を行えるのが専任教員に限られるからであり、通常の講義科目を担当するだけなら、原則どおり定年退職した後に、非常勤講師(嘱託講師)として委嘱すれば足り、定年を延長する必要はない。
しかるところ、被告は、平成二四年八月ころから、GMBAの学生に対しては個別に希望を聴取し、JMBAの学生に対しては担当予定教員リストを提示して、指導教授の希望を募ったが、原告が担当するプロジェクト研究及びプロジェクトリサーチへの参加者はおらず、原告が担当する平成二五年度のプロジェクト研究及びプロジェクトリサーチは開講されないこととなった。
c 原告の担当科目数
被告の就業規則において、大学教員は週八時間の講義を担当すると定めていること、平成一七年一一月二日に開催されたビジネス研究科教授会における決定により、定年延長をするかどうかの基準は、週に八時間(春学期四コマ、秋学期四コマの年間合計八コマ)となる。
しかるに、平成二五年度は、ビジネスエコノミクスの担当者が原告以外に変更となること、上記bのとおりプロジェクト研究及びプロジェクトリサーチの登録者も0となることから、原告が担当する科目は、基準となる八コマに満たなかった。
なお、科目担当者は、個々の教員の希望によるものではなく、適性等を考慮して教授会等で審議して決めるものであるところ、ビジネスエコノミクスの担当者を変更したのは、ビジネス研究科の教授会に設けられ、GMBAに関与する教員を構成員とする合議体で、GMBAに関する事項を審議する国際プログラム委員会が、科目の担当者の適性を判断したことによるものである。
d 原告の授業内容
ビジネスエコノミクスは、GMBAの一年次に配当される。経済学の基本的な理解を目的とする科目であるから、ミクロ経済学とマクロ経済学の双方をフォローし、一般的に通用している理論を授業の内容とすることが求められる。
ところが、原告は、マクロ経済学を中心とした上、システムダイナミクスを用いるという非常に発展的な内容の授業を行っていた(ビジネスエコノミクスのシラバスをみると、JMBAの二年次に配当される科目であり、ビジネス経済学を受講済みであることを履修要件とするマクロ経済シミュレーションとほぼ同じ内容である。)。
そこで、被告(国際プログラム委員会の委員長であるA6教授)は、原告に対し、一年次の配当科目である以上、基礎的・一般的な内容の授業を行うことを求めたが、原告が聞き入れなかったため、やむなく平成二五年度からは別の講師を担当とすることにした。
カリキュラムの編成や個々の授業で扱う内容は、教授会の審議・議決によって被告が決定すべきものであり、個々の教員は、これに従って授業を行うべき職務を負っているのであり、被告の方針に反する内容の授業を行う教員を、当該科目の担当者としないことは、やむを得ない。
e 学生からの苦情
平成二四年度に原告が担当していた科目について、受講生から他の教員に対して苦情の申入れがあり、約二〇名の学生が署名によって苦境を訴えたことがある。
(イ) ビジネス研究科運営面について
a 国際プログラム委員会の脱退
GMBAに関係する教員は、国際プログラム委員会に参画してGMBAの運営を行うこととなっており、原告も同委員会のメンバーであった。
しかるに、原告は、平成二四年二月ころから、グリーンMBAの嘱託講師問題に関する自己の主張が認められず、「意欲、気力、エネルギーが今急速に私のもとから消滅してゆく」などとして、国際プログラム委員会を辞任すると述べ始めた。そこで、A6教授は、やむなく、国際プログラム委員会から脱退することを認める返答をし、原告はその後会議等に出席しなくなった。
これにより、GMBAに関係する他の教員の事務的な負担が増えるなど、GMBA及びビジネス研究科の運営に影響が出ることとなった。
b アドミッション業務
GMBAでは、毎年一二月、一月、三月、四月、五月、六月の六回にわたって入学試験を行っており、GMBAに関係する教員は、学生募集のための出張、Skypeを用いた面接の担当、入学式、卒業式、オリエンテーションへの出席等のアドミッション業務を担当する必要がある。
しかし、原告が仕事をしない旨公言していたことから、被告は入試業務のような重要な職務を任せることはできず、原告は、面接の担当以外の入試業務を基本的に行っていなかった。また、面接についても、受験者に対して威迫的な面接であるという苦情があり、平成二四年六月を最後に面接の担当からも外れている。
また、原告は、平成二四年三月二〇日のJMBAの卒業式(学位授与式)、同年四月三日の入学式、同年九月二一日のGMBAの入学式、同月二九日のGMBAの卒業式に出席しておらず、同月一三日及び一四日のオリエンテーションも担当しなかった。
(ウ) なお、原告の定年延長の必要性がないとの判断の妥当性を担保するため、平成二五年二月一一日に開催されたビジネス研究科の教授会において、原告の定年延長を発議できない理由の説明がされたが、誰からも定年延長すべき理由を提示されず、異議の申立てもされなかった。
イ 定年延長規定を適用しなかった手続について
原告は、定年延長についての原告の意思確認が行われていないこと、研究科長が定年延長の必要性を判断したことを違法であるとする。
しかしながら、本件申合せによれば、研究科長が、定年延長の必要がある教授について、教授会への提案前に定年延長に応じる意思があるかを確認し、その意思がある場合に教授会に発議することとなるのであり、定年延長の必要がない教授についてまで意思確認をする必要はない。
また、定年延長は教授会の審議を経て決することとされており、教授会への議案提出は議長である研究科長が行うのであるから、その前提として、研究科長が定年延長を必要とするか否かの判断をすることとなる。なお、研究科長が原告の定年延長の議案を教授会に提出しなかったとしても、構成員の五分の一以上によって教授会の開催請求をすることができるが、原告の定年延長議案について教授会を開催する旨の請求は、誰からもされなかった。
被告においては、六五歳での定年退職が原則であり、定年延長が決定されてはじめて六五歳を超えて勤務できるのであるから、三分の二以上の賛成による議決を要するのは、定年延長を必要とする旨の議決である。本件申合せによっても、定年延長を拒否するという議案が予定されているとは考えられない。また、本件申合せは、相当数の教員から異議ある旨の発言があった場合を除き、投票を行わない旨定めているが、これは、投票方法についての定めであって、出席者の三分の二以上の賛成を要するという議決要件を変更する趣旨ではない。
(3) 本件退職扱いが不法行為法上違法であるか(争点(3))。
【原告の主張】
上記(2)の原告の主張の事実に照らすと、本件退職扱いは、不法行為法上違法である。
【被告の主張】
被告は、上記(2)の被告の主張のとおり、原告について定年延長を必要と認めることができず、定年延長の要件を満たさなかったため、原告に定年延長規定を適用しなかったものであり、かつ、その手続も定年延長に関する規定等に従ったものである。
したがって、原告に定年延長規定を適用しなかったことに違法はない。
(4) 原告の損害(争点(4))
【原告の主張】
原告は、これまで経済学教授として学問研究、発表、学術交流、教授などの活動に邁進してきたところ、本件退職扱いによって突如教授の地位を奪われ、上記活動の機会を失ったのであり、これにより、名誉・信用を著しく傷つけられ、精神的苦痛を被った。
原告の上記精神的苦痛を金銭に評価すると、五〇〇万円を下らない。
また、本件訴訟と相当因果関係のある弁護士費用相当額の損害は、上記金額の一割である五〇万円である。
【被告の主張】
争う。
第三当裁判所の判断
一 認定事実
上記前提事実、証拠〈省略〉によれば、次の各事実が認められる。
(1) 被告
ア 被告は、私立学校法に基づいて設立された学校法人であり、a大学、b大学等を設置している。
イ 定年延長に関する定め等
(ア) 被告の就業規則は、一〇条一項で、「社員は、満六五歳をもって定年退職するものとする。」と定めつつ、附則一項で、「第一〇条本文については、(当分の間)大学院に関係する教授にして本法人が必要と認めたものに限りこれを適用しない。」と定めている(なお、上記一〇条本文とは、現行の就業規則一〇条一項を指すものと認められる。)。
上記就業規則一〇条一項の定年に関しては、昭和四八年の協定により、定年退職日は満六五歳に達した年度末とするとされ、また、昭和四八年の理事会により、「大学院教授については一年度ごとに定年を延長することができるものとし、満七〇才の年度末を限度とする。」と決定された。そして、本件大学院においては、現在まで、当該理事会決定に沿って一年ごとに定年延長が決定されている。
(イ) また、被告では、教員の任用については、a大学教員任用規程によって、教授会の審議を経て大学評議会で決することと定められているが、大学院教員の定年延長については、特別な規程はなく、教員の人事に関する事項として、所属する研究科の教授会の審議を経た上、理事会で決定することとされている。
そして、ビジネス研究科教授会規程によれば、教授会は、教員の人事に関する事項を審議すること(三条三号)、教授会は、研究科長がこれを招集し議長となること(四条一項)、構成員の五分の一以上から審議事項を付した文書をもって研究科教授会開催の請求があったときは、研究科長はすみやかに教授会を招集しなければならないこと(四条二項)、研究科長は、教授会において互選すること(五条)、専任教員の人事に関しては三分の二以上の賛成をもって議決すること(六条二項)が定められている。
ウ また、教員の勤務時間に関し、就業規則一五条一項は、大学における授業担当時間を週八時間と定めている。
(2) 原告
原告は、昭和二一年○月○日生まれで現在六七歳である。
原告は、昭和四七年に神戸大学大学院経済学研究科修士課程修了、昭和五〇年に神戸大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学、昭和六〇年にカリフォルニア大学バークレイ校博士課程(Ph.D(理論経済学))を修了し、c大学、d大学、e大学、f大学商学部教授等を経て、平成九年四月以降、g大学の教授であった。
なお、原告の専門分野は、マクロ経済学、経営システムダイナミクスである。システムダイナミクスとは、複雑で相互依存的なダイナミックな動きを図式化でモデリングし、シミュレーション分析によって問題解決を目指す手法であり、経営システムダイナミクスとは、システムダイナミクスの手法をビジネスにおける問題解決や経営戦略モデリングに利用するものである。
(3) ビジネス研究科の開設の経過及び原告と被告との間の雇用契約の締結等
ア 被告においては、平成一六年四月に本件大学院にビジネス研究科を開設することとし、その準備をしていた。
イ ビジネス研究科の準備室長であったA9教授(以下「A9教授」という。)は、ビジネス研究科の教授となることを原告に勧誘し、原告は、ビジネス研究科の教授となることを承諾した。
ウ 原告は、平成一六年四月一日(当時原告五七歳)、被告との間で、期間を定めない労働契約を締結し、a大学大学院ビジネス研究科教授となった。
また、原告は、後記とおりGMBAが開講し、ビジネス研究科内にJMBAとGMBAの二コースができた後、GMBAに所属することとなった。
エ 平成二三年一二月七日に開催されたビジネス研究科の教授会で、原告の一度目の定年延長(平成二四年四月一日から平成二五年三月三一日まで)が決議された。
(4) ビジネス研究科
ア ビジネス研究科は、当初、毎年四月に開講される日本語によるコースであるJMBAのみであったが、平成一七年秋に、毎年秋に開講される英語によるコースであるGMBAを開講した。
イ ビジネス研究科の専任教員は、一五名程度であり、教員は、教授会の出席、面接試験等の入試業務、カリキュラムの作成、各種委員会の委員、学生募集、入学式やオリエンテーション等の実務ないし行事を担当することとなっている。
ウ ビジネス研究科には、GMBA、海外の大学との提携、留学生等に関する事項を所掌する国際プログラム委員会が設置されている。
エ 平成一七年一一月二日に開催されたビジネス研究科教授会では、平成一八年度時間割編成方針に関して、教員の授業負担については、ビジネス研究科で週八時間(四コマ)担当し、ビジネス研究科以外に所属をもつ教員については必要に応じて支障のないように調整するとされた。
(5) グリーンMBAの開講及び嘱託講師問題について
ア グリーンMBAの開講
(ア) ビジネス研究科では、GMBAの立ち上げに際し、グリーンビジネス(環境ビジネス)という時代の要請に応えるため、原告が中心となって約二年間の準備期間をかけ、嘱託講師の依頼をするなどしてグリーンMBA(環境に関わる科目であり、所定の単位を修得した者にはGreen Certificateを発行する。)を企画し、平成二一年秋から同プログラムが開講した。
グリーンMBAは、hビジネススクールの大きな特色であり、Green Certificateを取得するためにhビジネススクールを選択する学生もいた。
(イ) グリーンMBAは、グリーンマネジメント(コーディネーターは原告)とグリーンテクノロジーズ(コーディネーターはA5(以下「A5」という。)の二科目からなり、それぞれに近畿圏外に居住する者を含む五名が嘱託講師となった。
イ 嘱託講師問題
(ア) グリーンMBAは、二年間開講されたが、近畿圏外に居住する嘱託講師が多かったことから、多額の交通費を要しており、ビジネス研究科は平成二二年度では全学の中で人数、交通費の額とも最も多くなっていた。
他方、被告には、嘱託講師について、原則として、近畿圏に居住し、通勤可能な者に委嘱するとの申合せがあり、大学執行部は、当該申合せの遵守を求めるようになった。
そのため、ビジネス研究科では、平成二四年度の開講に当たり、グリーンMBAなどにおける嘱託講師の問題を検討する必要が生じた。
(イ) 平成二三年一二月二一日に開催されたビジネス研究科の教授会で、A2研究科長から、「a大学嘱託講師の委嘱に関する申合せ」の紹介があり、グリーンMBAの嘱託講師九名についても一名ずつ精査された。その結果、研究科長から、これら九名について、大学執行部からの要請もあり、一日二コマだけの講義のため嘱託講師ではなく、ゲストスピーカーで行きたい旨の協力要請があった。原告は、グリーンMBAを立ち上げたところであり、従来どおり嘱託講師でとの要望及びその旨を研究科長から大学執行部に伝えてほしいと要請した。研究科長は、その要望は伝えるが、ゲストスピーカーで行かざるを得ないかもしれないということと、学生への教育の質保証の点から科目開講ができないということは避けてほしい旨発言した。
(ウ) A2研究科長は、平成二三年一二月二四日午前一一時二八分、原告に対し、嘱託講師に関するメールを送信した。A2研究科長は、当該メールにおいて、①教務部長と話し合い、原告の主張や問題提起を伝え、経過措置として、平成二四年度に限りこれまでの嘱託講師体制を容認してもらえないかも照会・要請し、GMBA専攻化に向けての継続サポートについての先方の意思を質問したこと、②教務部長からは、GMBA専攻化に向けての継続サポートの意志に変わりないこと、それはそれとして、嘱託講師に関する学内申合せの遵守の徹底に注力するという全学方針も貫徹しなければならないこと、要請を出す一方でビジネス研究科の嘱託人事を特別扱いすることに全学的理解を得ることは難しいこと、執行部としてビジネス研究科の運営を支援していく上でも、近畿圏外嘱託講師の数が突出するなど、全学ルールと齟齬をきたす姿が顕著になることは障害になること、ビジネス研究科支援の円滑化という観点からも、本件について全学ルール遵守の形を整えてほしいこととの返事があったことを記載した。また、A2研究科長は、当該メールにおいて、③GMBAの専攻化及びビジネス研究科運営全般へのサポートは継続し、それをやりやすくするためにも、今回の件については協力をお願いするというのが先方の趣旨であると受け取ったこと、④そこで、教授会でも合意したとおり、グリーンMBAの諸先生に対して、ゲストスピーカーとしての出講をお願いする文書を作成し、研究科長名で発信したい所存であること、⑤その後展開について、原告の手を煩わせることがないように配慮したいこと、⑥ただ、代替要員の再手配等、仮に新たな対応が必要となった場合、そのことに関する助言等の協力をお願いすること、⑦近畿圏外の嘱託講師を抑制するルールについては、原則論的な意味でも原告をはじめ他の先生が持つ疑念を大いに共有し、その観点からは不本意感を伴う対応であることを否定しないが、当面の状況を乗り切って先に進むためには今回のような取り運びとするしかないと判断したことを記載した。
(エ) 原告は、平成二三年一二月二四日午後三時三〇分、A2研究科長に対し、次回の教授会で嘱託講師の件に関し、ビジネス研究科のどの嘱託講師の科目を犠牲にするのかについての審議を依頼するメールを送信した。原告は、当該メールにおいて、①大学がGMBAをサポートするということは、原告にとってはそのコアの一つであるグリーンMBAのカリキュラムの教育水準のサポート以外にはないこと、②些細な経費削減のために不条理にも嘱託講師を地域差別し、それを有無をいわさずに全学ルールとして強制することに奔走することが、a大学の国際化、世界レベルの教育水準の戦略的構築に勝ると考えるのであれば、勝手にやればよいこと、③こうした大学執行部、特に教務部長のリップサービスにこれ以上ついて行くことはできないこと、④これまで約三年以上にわたり、多大な犠牲を払ってA3教授をリーダーとするGMBAの立ち上げに全面的に協力してきたが、そうした意欲、気力、エネルギーが、今急速に自分のもとから消滅してゆく自分に気付いたこと、⑤よって、これをもって国際プログラム委員会から辞任し、あとは粛々とGMBAの専攻科に向けて側面からのみ協力することにしたこととの意思表明をした。
(オ) A2研究科長は、平成二三年一二月二六日、原告に対し、原告から次回の教授会で再び嘱託講師の件に関する審議をするよう要望があったが、応じることができないことを回答するメールを送信した。A2研究科長は、その理由について、①前回の教授会で、個別の嘱託対象者について審議し、A5以外についてゲストスピーカーへの切り替えをお願いできないかということで議論し、その結果、原告の要望を受けて大学執行部のGMBAへのサポートの意志を確認した上、なお嘱託として承認取得の目途が立たない場合には、ゲストスピーカーへの切り替えについて該当諸氏に研究科長名でお願いを発信するという段取りで教授会の合意を得るとともに、ゲストスピーカーへ切り替えを受けてもらえないケースが発生した場合、代行者の選定について原告にも協力をお願いしたいと要請し、原告に同意してもらったこと、②研究科長としては、以上の教授会の決定に沿って事を進めなければならず、グリーンMBAを平成二四年度においても学生に提供できるようにするためには、時間的な制約も含めて、このような形で進めることが当面の方策であることを記載した。
(カ) A2研究科長は、平成二三年一二月二七日、平成二三年度においてグリーンMBAの嘱託講師となっている者九名(A10、A11、A12、A13、A14、A15、A16、A17、A18)に対し、嘱託講師に関する全学の申合せの遵守の必要性及び講義の形式(継続的な授業の中で一日を担当する。)から見た招聘の仕方から、平成二四年度においてはゲストスピーカーという立場で出講してほしいこと、金銭面では従前の嘱託講師の手当に相当する謝礼と交通費を出す意向であることを記載した依頼文書を差し出した。また、ビジネス研究科の事務長であるA19(以下「A19」という。)は、平成二四年一月六日、上記九名に対し、A2研究科長の上記依頼に対する回答を求めるメールを送信した。
(キ) A2研究科長の上記依頼文書を受け取った九名のうち六名は、平成二四年一月上旬ころ、上記依頼を承諾する旨の回答をした。
(ク) A6教授は、平成二四年一月七日、原告に対し、A2研究科長の嘱託講師に対する手紙の草稿をメールで送信するとともに、当該メールに、平成二三年一二月二七日に当該手紙が作成、送付され、平成二四年一月六日にA19が確認依頼メールを送信するという流れであると理解していること、何が一番学生のためになるのかということで配慮してほしいことを記載した。
(ケ) 原告は、平成二四年一月八日午前一一時一三分、A19が嘱託講師にメールを送信したことを知ると、A19に対して、送信先のうちグリーンマネジメントの嘱託講師の名前等を尋ねるメールを送信した。
(コ) 原告は、平成二四年一月八日午前一一時四一分、A6教授に対し、メールを送信した。原告は、当該メールにおいて、研究科長名で嘱託講師宛に手紙が出されたことについて、グリーンMBAの担当である原告の関知しないところでそのような重要な依頼がされたことに大変驚いたこと、大学執行部の教育機関としての社会的責任に関わる重大な問題点が二点あり(なお、問題点の一つは、グリーンMBAはGMBA立ち上げに不可欠な科目として新設されたもので、研究科、大学執行部で承認済みの科目であるから、こうした事情を考慮することなく、突然有無をいわさず学内ルールだと称して強要するやり方は、執行部の背信行為であり、教育内容についての越権行為であるというものであり、もう一つは、ゲストスピーカーは、科目担当者の講義内容の補完として招聘するもので、成績評価の義務を負わないが、嘱託講師は科目担当者をカバーできない専門分野を講義し、その成績評価をコーディネーターである科目担当者に提出する義務を負うものであるから、嘱託講師の講義をゲストスピーカーに切り替えて依頼することは、嘱託講師の講義内容についての成績評価を専門外の科目担当者に強制することになり、大学の教育機関としての社会的責任放棄という重大な社会問題となるというものである。)、原告がコーディネートしたグリーンマネジメントに関していうと、嘱託講師は講義ごとにレポート採点、フィードバックを受講生に知らせるよう依頼し、それらの平均点をもとに原告が総合的に科目評価したから、もし研究科長名での依頼が原告が担当する科目の嘱託講師にされたとすれば、当該二点の理由で研究者としての良心に反するから、当該科目の担当を辞退する旨を記載した。
(サ) その後、A2研究科長からの依頼文書を受け取った嘱託講師九名のうち三名が、嘱託講師でなければ受けられないなどとする連絡をした。
たとえば、A16は、平成二四年一月一〇日、A19に対し、原告の依頼により講師を引き受けたものであること、他の講師の講義を含めて全体で構成されるものであることから、原告に決めてもらうのがふさわしく、ゲストスピーカーとして継続して講師を引き受けるかどうかを含めて原告に一任する旨の回答をした。また、A13(以下「A13」という。)は、平成二四年一月一六日、A19に対し、①A2研究科長からの依頼文書等は科目担当の原告の承認・要請であると理解していたが、先週、原告から、当該依頼文書は原告の承認・要請がなく送付されていたとのメールを受け取ったこと、②原告のメールからは、担当科目の専門分野を嘱託講師として、これまでと同様に次年度以降も継続的に分担していただきたいとの強い意思を再確認できたこと、③A13は、嘱託講師として責任ある立場で入念に準備をした上で講義をしているし、学生のレポートの評価・採点もしていること、④依頼文書では、嘱託講師からゲストスピーカーに変更する正当な理由も立場の違いも明確な説明はなく、謝礼について説明があるが、謝礼欲しさに協力しているのではないこと、⑤A13としては、グリーンMBAを世界的なプログラムに育てたいという強い願いに心を動かされたため協力しているものであること、⑥A13としては、今後とも嘱託講師として責任ある立場でのみ、グリーンMBAに協力する考えであることを記載したメールを送信した。さらに、A15は、平成二四年一月一六日、A19に対し、原告から責務の変更についての説明を受け、立場が変わることについて意見があればA19に提出してほしいとの連絡を受けたとの前置きをした上で、これまでは嘱託講師として学生のレポートを読み、できる限り懇切かつ基礎的な知識の不足を補うための指導を心がけていたが、ゲストスピーカーになれば、ここまで踏み込んだ指導ができなくなることを懸念しており、嘱託講師として引き受ける方が受講生にとっては価値が大きいと考える旨のメールを送信した。
(シ) 平成二四年一月一一日に開催されたビジネス研究科の教授会で、グリーンMBAの嘱託講師の問題が扱われ、前回教授会での決定を踏まえつつ改めて懇談された。原告は、嘱託講師をゲストスピーカーに変更することについて、再度強い異議を表明し、平成二三年度どおりの形でグリーンMBAの開講が認められない場合、科目の責任ある継続担当を不可と判断し、科目担当を降りる意向であることも表明した。原告が、大学執行部への再度の状況説明と現行の嘱託講師体制の一年限定延長を依頼する要請をし、A2研究科長が学長と面談することとなった。
(ス) 原告は、平成二四年一月一三日、学長宛に要望書を提出した。原告は、当該要望書において、①グリーンMBAの講義について、嘱託講師から責任の伴わないゲストスピーカーに切り替えろとの大学執行部の要請が研究科長からきたこと、②原告が、そのような無責任なコンテンツに変更した講義は世界水準の科目を提供すべき大学の社会的責任に反し、提供できないと断ったところ、科目担当者(コーディネーター)の頭越しに、研究科長から直接嘱託講師に対してゲストスピーカーの受託を要請するメールが送りつけられたこと、③嘱託講師は、わずか半日の講義ではあるが、それぞれ多大な犠牲を払ってYのために貢献しており、当初の約束を一方的に破棄するような格下げ要請、背信行為を、科目担当の頭越しにすることについて理解に苦しむこと、④ゲストスピーカーとなる要請をプログラム長である原告の承諾済みだと理解した嘱託講師の多くは、受諾したようであること、⑤一昨日の教授会で、この情報が操作された受諾メールをもとに、「嘱託講師が受諾しているのだから、担当科目を教えるのが義務だ、そうしなければ解雇だ」と強迫されたこと、⑥原告はあくまでも研究者の良心のもとに教育を実践したく、上記のような無責任な形での科目提供はできないこと、⑦GBMAのコアプログラムの崩壊を回避したいため、学長の英断で、本年度と同様の内容で来年のグリーンMBAを実施したいことなどを記載した。
(セ) 平成二四年二月一日に開催されたビジネス研究科の教授会で、グリーンMBAの嘱託講師の問題が議論された。A2研究科長が、同年一月一九日に学長及び副学長と面談を行ったこと、学長から、GMBAをサポートすることには変わりなく、そのことと近畿圏外の職学講師を多数認めることとは別問題であるとの発言があったことを報告した。これに対し、原告は、嘱託講師が認められなければ、グリーンMBAは責任をもって開講できないと発言した。
(ソ) 平成二四年二月一二日に開催されたビジネス研究科の教授会で、グリーンMBA及びGreen Certificateについて議論された。A2研究科長から、大学執行部の意向確認等の経過説明があり、A5への説明文書を至急作成するとの報告があった。原告は、①近畿圏外の嘱託講師を認めてもらえなければグリーンMBAの品質保証ができない、②急にNoと言われても困る、部長会で認めないというなら納得する、③ゲストスピーカーと嘱託講師の違いも不明確である、④グリーンMBAはプラスアルファの増担科目であり、増担科目は担当教員の了解のもと開講すべきである、⑤旧カリキュラムを採っている学生五名へは科目提供をする必要があり、誰か他の教員がオファーすべきである、⑥新カリキュラムは責任を持って担当できないと発言した。これに対し、A6教授(GMBAコース長)が、①グリーンMBAの担当は国際プログラム委員会マターでなく、教授会マターである、②Green Certificate発行問題が生じる、学生にはWEBで公開しており、この科目を取らないとGreen Certificateは取れない、学生への責任はどうするのか、休講にできない科目である、③グリーンMBAはビジネススクールの中で認められたプログラムである、学生との契約が履行できない、④教授会でこの問題があるという認識を共有してほしい、勝手に国際プログラム委員会で開講するとか休講するとか決められる問題ではない、⑤平成二三年度が卒業するまでは原告が責任を持ってオファーしてほしい、⑥さしあたっては急にグリーンMBAを担当する教員の手当ができない、⑦原告がグリーンMBAを担当できないのであれば、GMBAとして代替案を考える必要があるとの発言をした。A2研究科長は、平成二四年度以降新たな体制、対応を考えざるを得ないと発言し、教授会として承認された。
(タ) A2研究科長は、平成二四年二月二〇日、グリーンテクノロジーズのコーディネーターであったA5に対し、①外部講師を原則として近畿圏に在住する者とする旨のa大学全学の申合わせを厳守することが一段と求められるようになったため、ビジネス研究科としても体制の見直しが必要となり、教授会の審議の結果を踏まえて、グリーンテクノロジーズを担当する五名の嘱託講師に対し、平成二四年度においては嘱託講師からゲストスピーカーに切り替えることの了解をお願いし、上記五名からはいずれも了承する旨の返事を受け取ったこと、②それに先だってA5に状況を報告し、協力をお願いすべきであったところ、それを怠ったことについて不手際を詑びること、③平成二四年度についても引き続きグリーンテクノロジーズを担当するようお願いしたいことを内容とするメールを送信した。
(チ) A5は、これに対し、同日、A2研究科長に宛てて、①コーディネーターであるA5に何の事前の説明もなく、嘱託講師に対して嘱託講師からゲストスピーカーに変えるとA2研究科長が連絡した旨を原告から聞いたとき、筋が違うのではないかと疑問に思ったこと、②原告とも相談したが、同年四月以降の担当を降り、A5が依頼してきた嘱託講師に対しても、A5から断ることを記載したメールを送信した。
(ツ) A6教授は、平成二四年二月二一日、原告に対し、メールを送信した。A6教授は、当該メールにおいて、原告と電話で話し、原告の気持ちが癒えるまで「とりあえず、今は、国際委員会はお休み」ということで了承したこと、次の各点、すなわち、①原告は国際プログラム委員会の会議にはでない、同委員会のメンバーを外れる、②GMBAとの関係としては、まず、GMBAで依頼している科目を教えることに専念する、③GMBAの入試などの業務はお願いできる、④GMBAやグリーンMBAに関しては側面からサポートするという各点を確認したこと、原告の気持ちがなるべく早く回復し、またやる気を出してもらえたらと思うことなどを記載した。
(テ) 平成二四年三月七日開催のビジネス研究科の教授会で、A2研究科長が、Green Certificateの取消しを提案し、A6教授が、原告が嘱託講師の問題にからみグリーンMBA科目を担当しないこととなったこと、それに伴い、平成二四年秋卒業まではGreen Certificateの発行が可能だが、それ以降は科目提供されないので発行できないことの補足説明をした。これについて、甲原教授から、今在籍している学生にどう責任を取るのか、大学の社会的責任をどう考えるのかとの指摘があった。
(6) ビジネス研究科等での定年延長の状況等
ア 平成一七年一二月二一日に開催されたビジネス研究科の教授会では、定年延長の審議手続について、研究科長が本人の意向を確認の上教授会に提案し、承認を求めることとすること、その際個別の事情がある場合はコメントを付すること、相当数の教員から提案に対する意義の発言があった場合を除き、投票は行わないこととすること、この手続については、次回の教授会で文書により確認するが、本日付で実施することとされた。そして、当該手続に基づき、対象者となるA20教授及びA21教授について、平成一八年四月一日から平成一九年三月三一日までの一年間の定年延長が承認された。
イ そして、平成一八年一月一一日に開催されたビジネス研究科の教授会において、本件申合せがされた。
その内容は、「一 定年延長案件については、研究科長が当該教員の意向を確認の上、教授会に提案する。」、「二 研究科長は、提案に当たって、当該教員の氏名、職位、専門分野、定年に達する年月日、定年延長を必要とする理由等を口頭で述べるものとする。その際当該教員の採用時の経緯その他個別の事情がある場合には、併せて必要なコメントを付するものとする。」、「三 研究科長の提案に対し、相当数の教員から異議がある旨の発言があった場合を除き、投票は行わない。」というものである。
なお、定年延長に関する教授会の決議方法に関する申合せは、研究科によって一様ではなく、対象者から業績に関するリストや業績現物を出させると定めるもの、対象者から延長希望があった場合には、学部長は教授会に定年延長の人事案件として付議するものとすると定めるものなどがある。
ウ 平成二一年一二月一六日に開催されたビジネス研究科教授会において、A4教授の定年延長が審議された。当時の研究科長が、A4教授の定年延長を審議することと、教えるという意味で非常に高く評価されているという延長の必要性を述べたところ、A3教授が、A4教授の業績、教育、行政面について言及して、異議を申し立てた。当時の研究科長及び他の一名の教授が教育・授業の面を評価する発言をし、研究科長が、相当数の異議がない限り選挙を行わないとの本件申し合わせの内容を述べた。その後、原告が、「私が研究主任のときに、研究発表をしてください、といったら研究していないといって断られた。それを言っていただかないと判断できない。」と述べた。
エ 本件大学院における定年延長の状況をみると、ビジネス研究科においては、これまで全員定年延長が認められており、全学的にみると、次のとおりである(ただし、定年延長とならなかった教員が定年延長を希望していたか否かに関する証拠はない。)
年度 延長対象者 延長者 退職者 延長率
平成20年度 五二名 五一名 一名 九八%
平成21年度 五六名 五四名 二名 九六%
平成22年度 五四名 五四名 〇名 一〇〇%
平成23年度 五二名 四八名 四名 九二%
平成24年度 六〇名 五七名 三名 九五%
(7) 平成二五年度のカリキュラムの作成等
ア 平成二四年度について
(ア) 原告のビジネス研究科の平成二四年度の担当科目は、①経営システムダイナミックス(登録学生数1)、②ビジネスモデリング(登録学生数2)、③マクロ経済シミュレーション(登録学生数0)、④プロジェクト研究Ⅰ(登録学生数0)、⑤同Ⅱ(登録学生数0)、⑥ビジネスエコノミクス(登録学生数3)、⑦ビジネスシステムダイナミクス(登録学生数29。なお必修科目である。)、⑧Sustainable Business Modeling(登録学生数1)、⑨Global Action Project(US)(登録学生数3)、⑩プロジェクトリサーチⅠ(登録学生数0。なお、平成二四年秋に開講されるもの。)、⑪同Ⅱ(登録学生数5。なお、平成二四年春に開講されるもので、平成二三年秋に開講された同Ⅰの継続科目である。)である。また、原告は、平成一九年度以降、TIMの授業である⑫システムダイナミックス、⑬環境戦略モデリング、⑭セオリーアンドプラクティスⅠ、⑮同Ⅱ、⑯TIM特殊研究V(二コマ)、⑰TIM特殊研究S「合同演習」(二コマ)を担当していた。
(イ) 原告は、ビジネスエコノミクスの授業において、システムダイナミクスを使用してマクロ経済学を修得する新しい方法を教授していた。また、一年次に配当される科目であるビジネスエコノミクスに係る原告のシラバスは、二年次に配当される科目であるマクロ経済シミュレーションに係る原告のシラバスと内容的にほぼ同じである。
イ 平成二五年度について
(ア) プロジェクトリサーチの担当について
プロジェクトリサーチⅠは、毎年夏に学生の希望の聴取がされた上、開講される秋までに指導担当の教員が決定される。
平成二四年秋に開講されるプロジェクトリサーチⅠについて、学生に対する履修指導員の希望調査がされたが、平成二四年八月二一日現在の結果によると、九名のGMBAの学生のうち原告の指導を希望する者はいなかった。そして、最終的に、指導担当の教員が決定したが、原告が指導する学生は0であった。なお、上記希望調査において希望する教員がないとする学生が二名(A22及びA23)おり、A22の研究予定のテーマは「M&A等による某日本製薬会社の中国・インドへの国際展開」、A23の研究予定のテーマは「茶道業界における国際的マーケティング展開へのコンサルティング」であったところ、最終的に、A22の担当教員はA6教授、A23の担当教員はA24となった。また、希望調査において、A24を希望していた学生であるA25(当時の研究予定のテーマは「日本におけるトルコの建設企業の受注増加、新規市場開拓、海外直接投資など」であった。)については、最終的にA3教授とされた。
なお、A6教授の専門分野は、経営戦略、途上国の経営、企業の社会的責任、地域研究、A24の専門分野は、海外直接投資、地域的生産ネットワーク、東南アジアにおけるビジネス及び経営、A3教授の専門分野は、グローバルマネジメント、人的資源管理である。
結果として、平成二四年秋に開講されるプロジェクトリサーチⅠについて、原告の指導を受ける者はおらず、また、原告について、平成二四年秋に開講されたプロジェクトリサーチⅠの登録者がいなかったことから、平成二五年春に開講される同科目の続編である同Ⅱは開講されない状況であった。
(イ) プロジェクト研究について
プロジェクト研究については、学生が教員と相談してソリューションレポートのテーマを提出することとされており、原告も平成二五年度のプロジェクト研究担当予定教員とされたが、原告を教員として希望する者はいなかった。
(ウ) ビジネスエコノミクスについて
平成二五年度のビジネスエコノミクスは、平成二四年度までと異なり、必修科目に変更されることとなり、国際プログラム委員会としては、当該科目について、発展的な手法であるシステムダイナミクスを使用せず、マクロ経済とミクロ経済の両方をカバーしたより一般的な経済学の授業とすることとした。そこで、A6教授は、原告に対し、ビジネスエコノミクスについて、システムダイナミクスを使用しない講義とするよう依頼したが、原告はこれに応じなかった(なお、この点に関する認定理由の補足は、後記三(2)ウ(ア)のとおりである。)。
(エ) A6教授は、平成二四年一二月一七日、国際プログラム委員会として、原告に対し、①ビジネスシステムダイナミクス、②Sustainable Business Modeling、③プロジェクトリサーチⅠの各科目を担当するよう依頼するとともに、ビジネスエコノミクスについては、昨年までと異なり必修科目となったため、ミクロ経済とマクロ経済の両方をカバーしなければならず、非常勤講師にお願いをすることとしたことを告げるメールを送信した。
(オ) ビジネス研究科のA8客員教授は、平成二四年一二月一八日、GMBAの学生による学生自治会であるGMBA Student Councilの執行部メンバー三名と会合をした。同客員教授が提示した問題の一つが、基礎科目であるビジネスエコノミクスについて必須科目になる前提で、原告が現在のシラバスどおり教える場合の学生の反応であり、上記執行部メンバーの回答は、「爆発すると思う」、「それはもう強い反発があるでしょうね」というものであり、三週間ほど前に終わったビジネスシステムダイナミクスの話に及ぶと、上記執行部メンバーは、学生たちが研究者としての原告を尊敬しており、少数の学生がビジネスシステムダイナミクスの授業を評価しているとしつつ、原告が当該科目を担当数ル問題点や学生たちに広がる不満を指摘し、大多数の学生にとっては原告が担当するこの授業を履修しなければならなかったのは不運であり、時間の無駄であったと明言した。
(カ) 以上の結果、平成二五年度の開始に当たり、ビジネス研究科において原告が担当して開講される科目は、八コマに達しないこととなった。
(8) 本件退職扱いの経過
ア 平成二四年一二月一九日に開催されたビジネス研究科教授会では、A3教授及びA4教授の定年延長が提案されて承認された。他方、A2研究科長は、原告について定年延長する必要がないと判断したため、原告の定年延長を発議しなかった。原告は、原告の定年延長がされないことに異議を述べ、これに対し、A2研究科長が、ルールに従って進めており、年間で八科目・クラスの担当基準に満たないため定年延長を提案していない旨の説明をし、平成二五年一月の教授会までに方向を決めることとなった。
イ 原告は、平成二五年一月八日、①ビジネスエコノミクス担当外しについて(国際プログラム委員会がビジネスエコノミクスの担当から原告を外した理由について、事実誤認であるとともに、デュープロセスに反するとして、ビジネスエコノミクスの担当について教授会での審議を求めること)、②プロジェクト研究受入について(九期生のA7が、来年度の原告のプロジェクト研究でシステムダイナミクスに関する研究指導を受けたいと希望していること)、③定年延長・八コマ担当について(定年延長については、研究科長が当該教員の意向を確認の上、教授会に提案するとなっていること、ビジネス研究科で一〇コマ、TIMで三コマの合計一三コマを担当し八コマという基準を満たしているので、再検討を依頼すること)の三点を記載した、A2研究科長を初めとするビジネス研究会の教授会の各メンバーに宛てた文書を作成した。原告は、当該文書において、上記①に関し、(a)ビジネスエコノミクスがミクロ経済学とマクロ経済学をカバーしていること、(b)今年度は全員がビジネスシステムダイナミクスを受講し合格しているので、システムダイナミクスのバックグラウンドは受講予定者全員が十分に有していること、(c)(ⅰ)これまで担当科目を変更する場合は、担当教員と事前に協議してその同意を得る慣行であったこと、(ⅱ)経済学は年々進化してきており、最新の研究成果を講義で平易に紹介するにはシステムダイナミクスのモデル利用が不可欠であること、(ⅲ)講義科目の内容は、担当教員が毎年改良・修正すべきものであることなどを記載した。
ウ 平成二五年一月九日に開催されたビジネス研究科教授会では、懇談事項として原告の定年延長について話がされた。原告は、そこで、上記イの書面とともに、①ビジネスエコノミクスの担当外し、②プロジェクト研究受入れ、③定年延長・八コマ担当について意見を述べた。これに対し、A2研究科長は、上記①について、国際委員会の意見は、ビジネスエコノミクスはコア科目のため、偏った経済学ではプログラム上困り、システムダイナミクスを使わない経済学を教えてほしいと原告に依頼したが、聞き入れられなかったというものであることを、上記②については、「ソリューションレポート指導審査要領」により、プロジェクト研究は最終年次に登録することとなっているため、三年履修の学生のプロジェクト研究を二年次に行うことは制度上できないことを、上記③については、義務時間は、ビジネス研究科の科目で八コマ(プロジェクト研究を含む。)を担当することが慣行により決まっており、TIM専攻の科目はカウントしないことをそれぞれ説明するとともに、国際プログラム委員会としては原告をメンバーとして入れていないこと、そもそも定年延長は教育効果上必要があればその科目担当者にビジネス研究科として依頼すべきものであり、あくまで定年は六五歳で必要に応じて一年契約の延長がされる旨を述べた。
エ 原告は、平成二五年一月一〇日、A2研究科長を初めとするビジネス研究科の教授会の各メンバーに対し、前日に開催された教授会の懇談を受けて論点を整理し直したとして、上記イの文書を修正した文書を配布した。原告は、当該文書において、プロジェクト研究受入れに関する記載を削除し、定年延長・八コマ担当に関して、本件申合せでは教員が定年延長を希望する意向がある場合には、例外なく研究科長が教授会に提案するとされており、研究科長に裁量権が認められていないことなどを補充する一方、ビジネスエコノミクス担当外しに関しては、国際プログラム委員会がシステムダイナミクスを使わない経済学を教えて欲しいと原告に依頼したが、聞き入れられなかったと説明されたことに対する反論を含め、特段の記載の追加変更はされなかった(なお、原告は、上記の原告に対する依頼がなく、原告が聞き入れなかったことについて、同年二月九日付けの公開質問状ではじめて否定している。)。
オ 平成二五年二月六日に開催されたビジネス研究科教授会において、原告の審議要請を踏まえて定年延長の発議要件が報告事項の一つとされ、意見交換をしたものの、結論に至らず、同月一一日開催の同教授会において、本件を審議事項として、原告の定年延長に関する発議要件が満たされるか否かについて教授会の総意形成を目指すこととされた。
カ 平成二五年二月一一日に開催されたビジネス研究科教授会において、原告の定年延長が議題とされた。内容が人件に関するものであるため、原告退席の上で、議長から、原告の定年延長について発議するための条件及び今年度の経緯について説明がされた。当該経緯については、①平成二四年度のグリーン科目の担当拒否があり、グリーンマネジメントは急遽他の嘱託講師の手配を余儀なくされ、A5教授担当科目であるグリーンテクノロジーズも原告が上記科目を担当しないことで不開講となったこと、②行政面で不参加があり、平成二四年二月に国際プログラム委員会からの脱退があったこと、③平成二五年度演習指導の学生がJMBA、GMBAコースともいないことが説明された。審議の結果、来年度(平成二五年度)研究科として原告を専任として定年延長することが必要な理由は誰からも提示されず、議長の説明について異議の申立てもされなかった。上記審議の後、原告が戻ったが、議長は、原告に対し、来年度の定年延長ができないこと、理由については文書で通知することを伝えた。
なお、上記審議は、約二時間に及んだ。
キ 原告は、平成二五年二月一五日、A2研究科長に対し、同月二〇日の教授会で原告の定年延長等を議題とするよう求める「定年延長教授会提案の要望」と題する書面を提出した。
ク 平成二五年二月二〇日に開催されたビジネス研究科の教授会で、原告は、同月一一日開催のビジネス研究会の教授会の記録のうち定年延長の要件が満たされない事情について異議を出し、記録に残すよう要請したとともに、定年延長に関して、本人の立場・解釈・心情等につき再三発言をしたが、他の出席者は、原告の定年延長を求める旨の発言をしなかった。
ケ 原告は、平成二五年二月二八日、A2研究科長を含むビジネス研究科の教授会の各メンバー及び学長に対し、「教授会審議要望書」と題する書面を提出した。原告は、当該書面において、①同月一一日開催の教授会で説明された原告の定年延長を発議しなかった理由について、後出しであり、このような理由によって当事者に不利益を与える場合には、当事者に十分な弁明の機会を与え、公平に審議することが法的に求められていること、②原告が退席させられた後で、これまで理由とされていなかった事実に反する理由を突然提示するという欠席裁判的な教授会運営は手続的正義に明らかに反すること、③次回の教授会では、当事者にこうした機会を与え、再度審議することを要望することとともに、④同月一一日開催の教授会で説明された原告の定年延長を発議しなかった理由に対する原告の反論(グリーンMBAを開講できなくしたのは大学執行部であること、原告はグリーンMBAの立ち上げに奔走努力し、オーストラリアのブリスベーン工科大学が開催した会議に招待されてグリーンMBAに関する講演をし、ビジネス研究科の広報に大いに貢献したこと、TIMでも入試面接等の業務をし、他のビジネス研究科の教員と比較して二倍の学内業務をこなしてきたこと、ゼミ生は希望者がいないのではなく、希望者がいるにもかかわらず差別的にいなくさせられたものであることなど)を記載した。
コ 被告代理人は、平成二五年二月二八日、原告代理人に対し、連絡文書をファクシミリで送信した。被告代理人は、当該文書において、(Ⅰ)就業規則及び理事会決議によれば、定年は満六五歳であり、大学院に関係する教授のうち法人が必要と認めたものに限り、一年ごとに定年を延長することとなっていること、(Ⅱ)原告については、①グリーンMBAの平成二四年度の科目担当に当たり、グリーンマネジメントの継続担当を拒否し、急遽他の嘱託講師の手配を余儀なくされたこと、グリーンテクノロジーズはA5に継続担当を依頼したが断られたため、平成二四年度は休講することとなったこと、これらにより、Green MBA Cer-tificate Programに関する新規募集の急遽停止を余儀なくされたこと、②国際プログラム委員会から脱退し、入試面接の一部を除き入試関係業務を行っていないなど、学内行政への不参加、③平成二五年度の演習指導の学生が、JMBA、GMBAともいないことなどに代表されるように、教学、学内行政の分担、いずれの観点からも「法人が必要と認めたもの」に該当しないこと、(Ⅲ)上記理由から原告については教授会へ発議する要件を欠くが、平成二五年二月二〇日開催の教授会において、上記理由により次年度の定年延長を発議できない旨を議長から説明したところ、定年延長を必要とする理由は誰からも提示されず、異議の申立てもなかったことを記載した。
サ 結局、原告の一回目の延長後の定年である平成二五年三月三一日まで、原告の定年を再度延長する教授会の決議も理事会の決定もなく、同日をもって定年退職したとする本件退職扱いがされた。また、被告は、平成二五年四月一九日、原告の退職金として七八四万三九一一円(額面一〇二七万六〇〇〇円から所得税等を控除したもの。)を供託した。
二 本件退職扱いに解雇権濫用法理の類推適用がされるか(争点(1))について
(1) 原告は、①原告が被告に雇用されるに当たり、本件大学院は七〇歳が定年であるとの条件提示がされた、あるいは七〇歳まで定年延長されると説得されたこと、②原告が六六歳を迎える平成二四年度においては、明確な更新手続を経ることもなく、当然のように定年延長となったこと、③ビジネス研究科において七〇歳まで定年延長(更新)が当然のように認められ、他学部他学科でも定年延長を希望する教授に対して定年延長が拒絶された例はなく、定年延長が事実たる慣習ないし労使慣行となっていること、④原告がビジネス研究科においてこれまで担当してきた教授職は、本件大学院の基幹的な職務であり、六五歳以前の教授職と何ら異なることはないことを指摘して、本件退職扱いに解雇権濫用法理の類推適用があると主張する。
(2) しかしながら、原告の上記主張は採用できない。
ア 上記(1)①についてみると、原告は、ビジネス研究科の設立に当たって準備室長であったA9教授から、大学院での採用であるので、特段の瑕疵がなければ七〇歳まで定年延長されると説得されたと陳述するが、他方、本人尋問においては、主尋問及び反対尋問を通じて、準備室長であったA9教授から定年について七〇歳であると言われたと供述しており、六五歳が定年であるが延長するとの説明は記憶にないと供述している。
そうすると、A9教授が原告に対して定年が七〇歳であると発言したか否かが問題となるところ、A9教授は、原則として六五歳が定年であること、大学院の専任教授は七〇歳を上限とした定年延長の制度がある旨の説明をしたとするものの、七〇歳まで雇用が保障されるとの発言をしたことを否定する陳述をしている。また、大学院の設置準備室長であったA9教授が、被告の設置する大学院において、就業規則等において、定年を六五歳とし、必要があれば七〇歳まで定年が延長される旨定められており、他学部他学科を含めてそのように運用されているにもかかわらず、それとは異なる七〇歳定年を原告に説明するとは考え難い。
また、原告は、本人尋問において、六五歳が定年で一年ずつ延長されるものであることを最近知ったと供述する。しかし、原告は、平成一七年末から平成一八年初めにかけて本件申合せを制定した際に、定年が七〇歳でなかったことについて異議を述べなかったことを認める供述をしているほか、平成二一年一二月開催のビジネス研究科の教授会でA4教授の定年延長が現実に議題となり、他の教授が定年延長に異議を述べた際に、原告は当然に延長されるはずであるなどの意見を述べることなく、かえって「判断できない」などと述べていた。これらのことに照らすと、原告は、六五歳が定年で一年ずつ延長するものであることを当初から知っていたと認めるのが相当であって、上記原告の供述は信用し難い。
以上のとおりであるから、A9教授が原告に対して定年が七〇歳であると発言した事実を認めることはできない。
なお、定年が何歳であるかは労働者にとって一般的な関心事項の一つであると認められる上、原告の場合には子供の大学の卒業年度とも関連する点で具体的にも関心事項であったことはうかがわれるため、具体的な経過は不明であるものの、原告が定年延長の実情を質問し、A9教授が多くの場合に定年が延長されている客観的な事実を答えた可能性はあり、原告がそれによって実質七〇歳まで勤務することができると考えた可能性はある。しかしながら、これをもって直ちに、A9教授が、運用の実情ないし結果を説明したことを超え、原告に対して七〇歳まで定年延長される合理的期待を生じさせるような客観的な言動をしたとまでいうことはできない。
イ 上記(1)②及び③についてみると、ビジネス研究科においても他学部他学科においても、本件申合せなど定年延長を認める教授会決議をするための手続等に関する何らかの申合せをし、実際に定年延長に係る議題を教授会に発議して審議している事実が認められる。ビジネス研究科においても、A4教授の定年延長を認めるかに当たり教授会で他の教授から異議が出されるなど、実質的な審議がされているのであり、定年延長に係る教授会の審議が単なる形式に過ぎないということはできない。また、原告の一回目の定年延長についても、教授会で決議がされているのであって、当然に定年延長となったということはできない(なお、理事会決議後に原告に対して書面等で告知されるなどした形跡はないが、これが定年延長であって、形式上新たな契約となる有期契約の期間の更新ないし延長とは異なるから、書面が交付されなかったことなどをもって、手続が何ら履践されていないと評価することはできない。)。
また、これまで、ビジネス研究科において原告以外に定年延長が認められなかった事例がなく、他学部他学科においても定年延長が認められなかった事案は少数(なお、定年延長を希望しなかった者のみであるかどうかは証拠上明らかでない。)ということができるが、上記の教授会における手続や審議の実情に照らして、定年延長が事実たる慣習ないし労使慣行となっていると認めることはできない。
ウ 上記(1)④についてみると、本件で問題となるのは、期間の定めのない従業員として勤務してきた大学院の教員について定年延長を認めるか否かという事項であるから、有期雇用された労働者について期限の定めのない従業員と類似の解雇規制を及ぼすかに当たって考慮要素となる業務の基幹性について考慮することは相当でない。
エ なお、原告は、平成二四年九月五日時点で原告がプロジェクト研究の担当予定教員とされていたこと、平成二四年度のGMBAのシラバスにおいて、原告が平成二五年春に開講されるビジネスエコノミクスを担当する予定とされていたこと、五年間の一貫性博士課程であるTIMの授業を原告が担当していたことなどから、被告が原告の定年延長の必要性を認め、定年延長を前提としてカリキュラムを組んでいたのであり、定年延長が法的保護に値する権利となっているとする。
しかしながら、被告においては、定年延長を一年ごとに判断することとされており、実際に一年ごとに審査、決定されていたのであり、上記原告の主張は、それをすべて無視するものであって相当でない。原告が指摘する事項は、ビジネス研究科のコースにおいて春に開講するJMBAと秋に開講するGMBAが存在し、あるいはカリキュラムとして一年を超えて予定されているにもかかわらず、定年延長の審査がビジネス研究科においては毎年年末ころに行われることに起因するものであり、これをもって定年延長を法的に保護する根拠ということはできない。
オ 以上のとおりであり、本件退職扱いに解雇権濫用法理が類推適用される根拠として原告が主張する内容には、いずれも理由がない。
三 本件退職扱いが解雇権濫用法理の類推適用によって無効となるか(争点(2))について
上記二のとおり本件退職扱いに解雇権濫用法理が類推適用されないから、争点(2)について判断するまでもなく本件退職扱いは有効であり、原告の請求一項及び二項には理由がないが、審理の経過に鑑みて、あるいは争点(3)との関係から、争点(2)についても以下判断する。
(1) 仮に定年延長に対する何らかの合理的な期待が認められ、本件退職扱いに解雇権濫用法理が類推適用されるとしても、上記二のとおりの定年延長の審理状況等に照らすと、定年延長の要件(定年延長の必要性が認められること)を満たさない場合であれば、本件退職扱いは合理的な理由があるものとして有効といえる。
そして、定年延長が必要と認められるか否かの判断基準ないし判断要素について、被告は、研究面、教育面、ビジネス研究科運営面での貢献を考慮して判断すると主張するところ、これは、大学院の教員という地位や職務の内容に照らして合理的である上、A4教授の定年延長が問題となった際の議論の状況とも矛盾するものではなく、相当というべきである。
そこで、以下、被告が主張する理由について検討する。
(2) 教育面について
ア 科目担当の放棄について
上記認定事実のとおり、平成二四年度のグリーンMBAについて、ビジネス研究科の教授会において、学生にGreen Certifi-cateの発行ができない事態が生じることを避ける必要があることが話し合われ、その継続ができるよう原告に協力が求められていたにもかかわらず、原告は、平成二四年度のグリーンマネジメントを担当することを強く拒絶した。また、被告は、嘱託講師のうち三名からゲストスピーカーとして受けるのは難しい旨が伝えられ、あるいはグリーンテクノロジーズのコーディネーターであるA5からも講師の位置付けを変えて行うことを断られているが、原告から嘱託講師への何らかの働きかけがあったことや原告と歩調を合わせていることがうかがわれるのであり、少なくとも、グリーンMBAの開講に努力し、その運営に影響力を有する原告が、嘱託講師やA5に対してグリーンMBAの継続が可能となるような協力を求める姿勢を示さなかったことが認められる。
原告は、嘱託講師からゲストスピーカーに変更することを受け入れない理由として、グリーンMBAは大学執行部で承認済みの科目であり、突然有無をいわさず学内ルールだと称して強要するやり方は執行部の背信行為であること、グリーンMBAの授業の質を確保するためには嘱託講師で行うことが必要であることを挙げている。しかしながら、原告の言い分にも心情的に理解できる部分があることや原告がグリーンMBAの開講に尽力したことを考慮しても、グリーンMBAがGMBAの科目である以上、最終的にはビジネス研究科として協議し、その協議結果に従う必要があるものである。そして、原告が主張する理由は、原告が想定するグリーンMBAのあり方としては不十分というものと思われるが、ゲストスピーカーでは対応できないとする原告の理由は必ずしも明快なものとはいえないのであり、原告がビジネス研究科の教授会で問題点を指摘してもなお、当該教授会としては科目の継続に向けて努力する方向であったのである。
そうすると、原告がグリーンMBAの継続に協力しなかったことをもって科目担当の放棄と評価することが、不当ということはできない。
イ 原告の論文指導を希望する学生がいないことについて
被告は、定年後に非常勤講師として継続勤務をするのではなく、定年延長をして専任教員として勤務をさせるのは、プロジェクト研究又はプロジェクトリサーチを担当することができるのが専任教員のみであるからであると主張する。従前これらの科目を担当しないまま定年延長がされたケースの有無やそれがある場合のその理由について現在の証拠関係では必ずしも明確とはいえないが、定年延長の必要性を判断するに当たり、この事情を考慮することを不当とする理由は見いだし難い。
そして、原告については、平成二四年秋に開講したプロジェクトリサーチⅠの登録者がいなかったため、平成二五年春に開講する同Ⅱの登録者がいないこととなり、また、平成二五年春に開講するプロジェクト研究についても、原告を指導担当とする者はいなかった。なお、平成二五年秋に開講するプロジェクトリサーチⅠについて原告の指導を希望する者が出る可能性は否定できないが、科目運用上学生からその希望を聴取する時期は同年夏であるから、その可能性があることをもって、平成二五年四月一日以降の定年の延長を義務付ける理由になるとはいえない。
なお、原告は、平成二四年秋に開講したプロジェクトリサーチⅠにおいて原告が指導を担当する学生がいなかったことについて、A6教授ないし国際プログラム委員会による恣意的なものであると主張するが、①原告の定年延長問題が生じるまで原告がそのことを指摘していた形跡はないこと、②A6教授は平成二四年一二月一七日に原告の定年延長を前提に一定の科目の担当を依頼するメールを送信しているのであって、原告の定年延長の必要性を低減させるためにあえて原告の担当を外したとは考え難いこと、③上記プロジェクトリサーチⅠに係る学生のうち希望聴取時点で希望する指導教員がいないと回答した者について、そこで予定した研究テーマと最終的に指導教員となった者の専門分野との間には特段の矛盾や齟齬があるとはいえないこと、④原告は、A3教授について八コマを満たすためにA25という学生を割り当てたとするが、それを裏付ける証拠はなく、同教授と同学生の予定した研究テーマとの間に著しい乖離があるとまでいえないことに照らすと、上記プロジェクトリサーチⅠの教員の割り当てが恣意的なものであったとは認め難い。
そうすると、原告の論文指導を希望する学生がいないことをもって定年延長を必要としない理由の一つとすることが、不当とはいえない。
ウ 原告の担当科目数について
(ア) 被告は、原告が八コマを担当しなくなった理由の一つとして、国際プログラム委員会がシステムダイナミクスを使わない講義をしてほしいと原告に依頼したのに対し、原告がこれを断ったと主張するところ、証拠によればこの事実を認めることはできるといえる。
すなわち、証人A2は、A6教授からその旨を聞いたと証言するところ、平成二五年一月九日に開催されたビジネス研究科の教授会で、A2研究科長は、原告もいる場において、国際委員会の意見は、ビジネスエコノミクスはコア科目のため、偏った経済学ではプログラム上困り、システムダイナミクスを使わない経済学を教えて欲しいと原告に依頼したが、聞き入れられなかったというものであることを説明したが、原告がこれに対して否定した事実は認められず、同日の協議を受けて原告が同月一〇日に作成した文書でも、上記依頼及び拒絶に係るやりとりについて言及していないのであり、当該やりとりに係る事実を否定したのは、それから一か月経過した同年二月九日付けの公開質問状におけるものが初めてである。また、原告は、平成二五年一月八日に作成した書面において、経済学は年々進化してきており、最新の研究成果を講義で平易に紹介するにはシステムダイナミクスのモデル利用が不可欠であることや、講義科目の内容は、担当教員が毎年改良・修正すべきものであることなどを記載しており、システムダイナミクスを使用しないビジネスエコノミクスを原告が教授することを拒絶する動機となり得る考え方をもっている。これらに照らすと、上記のとおり、被告が主張する事実を認めるのが相当である。
(イ) 被告は、ビジネス研究科の科目について週に八時間の授業(年間八コマ)を担当するかどうかが定年延長を認めるかどうかの基準となると主張する。そして、証人A2はそれに沿う証言をするほか、ビジネス研究科の教授会で原告の定年延長が議論されるようになってからも、他の教授から上記基準の存在や内容について疑義が述べられていないことからすると、そのような基準が存在した可能性やそのような認識を有する教授が相応に存在した可能性は否定できない。また、ビジネス研究科の教員としての定年延長の必要を審理する以上、時間数を数えるに当たりビジネス研究科の科目のみを入れることにも合理性は認められる。
しかしながら、その根拠は、就業規則で週八時間が労働時間とされていることや、カリキュラムの構成でもそれが基準とされていることであるが、それが直ちに定年延長を認めるか否かの基準となっているかは明確でない。いずれも、定年延長の必要性に直結するものではない上、前者のように就業規則が根拠になるのであれば、ビジネス研究科以外の科目をも含めて労働時間が週八時間を超えたらよいという帰結になるはずとも思われる。被告が主張する上記基準を記載した申合せなどの資料がなく、定年延長に係る過去の運用がそれによっていたことを裏付ける的確な資料がないことなどに照らすと、ビジネス研究科で担当する時間数が延長の必要性を考慮する一事情となり得ることは別として、定年延長を認めるか否かの基準となっているとまで認めるに足りる証拠はなく、この点で、被告の主張を直ちに採用することにはなお疑問が残るといわざるを得ない。
エ 原告の授業内容について
ビジネスエコノミクスの内容をどのようなものにするかは、教授会で審議決定すべきものであり、当該科目がGMBAの科目であることから、国際プログラム委員会が具体的な検討作業を行うことには合理性がある。
そして、上記ウ(ア)のとおり、国際プログラム委員会がシステムダイナミクスを使わない講義をしてほしいと原告に依頼したのに対し、原告がこれを断った事実が認められる。
オ 学生からの苦情について
証拠(乙二五号証の一、二)によれば、ビジネスシステムダイナミクスの授業に関し、学生が、授業が後半(最後から二回目の授業)になってからシラバスに記載のないレポート課題が提出されたことは不当であり、レポートの提出の免除を要請する旨の書面を提出したことは認められる。
(3) ビジネス研究科運営面について
ア 国際プログラム委員会の脱退
上記認定事実のとおり、原告は、グリーンMBAの嘱託講師問題にからみ、自分の見解が通らなかったことから、意欲や気力等が失われたとして国際プログラム委員会を脱退する意向を示し、A6教授は、それをやむを得ないものとして了承した事実が認められる。
これは、自分の責務を正当とはいえない理由により放棄したと評価されてもやむを得ないものであり、平成二四年度のグリーンMBAの継続に協力しなかったことと併せて、ビジネス研究科の運営に協力的でなかったと評価されてもやむを得ないものである。
イ アドミッション業務
A6教授は、平成二四年九月七日、原告に対し、原告の体調が戻ったかどうかを尋ねつつ、同月一三日及び一四日に実施される新入生のオリエンテーションに来るかどうか質問し、ただ健康のこともあるので無理をしないように記載したメールを送信したのに対し、原告は、TIMのセミナー、入試論文審査、判定会議等が重なり、オリエンテーションを欠席する旨のメールを返信していることや、原告が入学式、卒業式に出席する義務がないと供述していることに照らすと、原告のアドミッション業務への参加に対する認識はさほど高くないといえる。
もっとも、GMBAの教員全体における負担の偏りの状況が明確でなく、あまり重視することは相当ではない。
(4) 上記(2)及び(3)、特に、グリーンMBAの嘱託講師の問題で平成二四年度のグリーンMBAの継続に協力せず、GMBAの運営に支障が出たほか、学生に対しても不利益を生じる事態になったことや、その際に自分の考え方が通らなかったとして国際プログラム委員会に参加しなくなるなどビジネス研究科の運営への貢献に問題があったこと、他方、教育の面でも、プロジェクト研究及びプロジェクトリサーチを担当せず、引き続き専任教員でなければならない積極的な理由がないことなどに照らすと、グリーンMBAを主導したこれまでの功績や研究成果を考慮しても、平成二五年四月以降について原告の定年延長が必要でないとの判断をしたことが不合理とはいい難い。また、その判断の合理性は、ビジネス研究科の教授会で原告の定年延長の問題が相当の時間を掛けて議論されるようになってからも、原告の定年延長を必要とする積極的な意見や議題の提案がされなかったことによっても裏付けられているといえる(原告は、この点、他の教授が研究科長に逆らえない立場であったことを主張するが、そのことを裏付ける証拠はない。かえって、他の教授らにとって、恣意的に定年を延長しないことは自分たちにも波及する問題であるにもかかわらず、あえて原告の定年延長に積極的な言動を取っていないのであって、このことは、他の教授らが、原告の上記問題のある言動に直面しており原告に批判的であったため、研究科長と同様の見解を有していたとも考えられる。)。
(5) 定年延長付議手続について
原告は、研究科長には、教授会に定年延長を発議するか否かを判断する権限はないと主張する。
しかし、本件申合せは、政策学部・総合政策科学研究科の申合せとは異なり、その文言上定年延長の発議を義務付けていない。また、本件申合せでは、定年延長の発議に当たり、研究科長が定年延長を必要とする理由を述べることが要求されているところ、研究科長が教授会の議長として発議するものである以上、その必要については研究科長の認識する必要を指すものと考えるのが自然である。さらに、定年延長に関しては、それを認める議題に対する決議にのみ意味があるのであって、定年延長を認めないことを議題とすることに法的な意味はない(定年延長を認めないとの議題については、三分の二以上の賛成で可決されても何ら効果が生じるものではないし、三分の二以上の賛成に至らず否決されたとしても、それによって教授会として定年延長を承認する効果が生じるものでもない。)。
また、本件申合せを、研究科長が必要性を判断して発議する通常の場合を定めたものと解したとしても、研究科長が定年延長を発議しない場合に、それが不当と考える教授会の構成員がいれば、構成員の五分の一以上によって教授会の開催請求をすることができるし、教授会が開催されている場合であれば、特に制限する規定がない以上、各構成員に議題ないし議案を提案する権利があると認められるのであって、研究科長の専横を許容するものではない。
そうすると、A2研究科長が原告の意向を確認しないまま定年延長を発議しなかったことが、違法であるということはできない。
なお、この点からすると、A2研究科長が原告の定年延長を発議しなかったことに対し、原告が異議を述べ、自らの見解を記載した書面を提出して審議を求めた際、それを原告自身による議題の提案と捉えて教授会で審理をするのがより適切であったということはできるが、原告が議題を提案する趣旨であると明示していたものではないこと、実質的にはその後の教授会で原告の定年延長の必要について審議されたといえることから、上記対応を違法とまでいうことはできない。
(6) 結論
以上のとおりであるから、被告が原告の定年延長を認めなかったことには合理的な理由があるといえ、本件退職扱いが解雇権濫用法理の類推適用によって無効となるとはいえない。
四 本件退職扱いが不法行為法上違法であるか(争点(3))について
上記三のとおり、被告が原告の定年延長を認めなかったのには合理的な理由があるから、本件退職扱いは、不法行為法上違法であるということはできない。
五 上記四のとおり、本件退職扱いは、不法行為法上違法であるということはできないから、争点(4)(原告の損害)について判断するまでもなく、原告の請求三項にも理由がない。
六 以上のとおりであるから、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷口哲也)