京都地方裁判所 平成25年(ワ)2596号 判決
原告
X1〈他2名〉
被告
Y
主文
一 被告は、原告X1に対し、三一三万七一四六円並びにうち一〇二万七六二六円に対する平成二四年五月一五日から及びうち二一〇万九五二〇円に対する平成二一年三月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告X2に対し、一一二万九一七五円並びにうち五一万三八一三円に対する平成二四年五月一五日から及びうち六一万五三六二円に対する平成二一年三月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告X3に対し、一〇一万八一九五円並びにうち五一万三八一三円に対する平成二四年五月一五日から及びうち五〇万四三八二円に対する平成二一年三月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の負担とし、その三を原告X1の負担とし、その二を原告X2の負担とし、その余を原告X3の負担とする。
六 この判決は、第一項から第三項までに限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告X1に対し、九七三万〇一五〇円及びこれに対する平成二一年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告X2に対し、三八三万三九九四円及びこれに対する平成二一年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告X3に対し、三六五万五六二二円及びこれに対する平成二一年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、心房細動の持病を有していたA(以下「A」という。)が、横断歩道を歩行中に被告の運転する原動機付自転車に衝突され、脳挫傷、外傷性くも膜下出血等を受傷したため、ワーファリン投与による抗凝固療法を受けることができず、その結果脳梗塞を発症させ、肺塞栓症を併発させて死亡するに至ったとして、Aの相続人である原告らが、被告に対し、自賠法三条及び民法七〇九条に基づき、各原告が相続したAの損害と各原告固有の損害及びこれらに対する事故日から支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 前提事実(以下の事実は当事者間に争いがないか、掲記の証拠により容易に認定できる。)
(1) 交通事故の発生(以下「本件事故」という。)
日時 平成二一年三月二四日午後八時ころ
場所 京都市右京区太秦下角田町一八番地先交差点(以下「本件交差点」という。)
関係車両 自家用原動機付自転車(ナンバー〈省略〉)
同運転者 被告
(以下「被告車」という。)
事故態様 被告車を運転して南から北に進行し、本件交差点の南側で一旦停止していた被告が、前方の信号が赤色から青色に変わる前に被告車を発進させ、本件交差点の北詰横断歩道を東から西へ歩行していたAに衝突した。
(2) 責任原因
被告は、本件事故当時、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者である。
また、被告は、進行方向前方の信号が青色に変わる前に進行し、かつ前方を注視しなかった過失により、本件事故を発生させたものである。
したがって、被告には、自賠法三条及び民法七〇九条に基づき、本件事故によりA及び原告らが被った損害を賠償する責任がある。
(3) Aの治療及び死亡に至る経緯
Aは、本件事故により、脳挫傷、外傷性くも膜下出血、頭部挫創、顔面挫創を負い、特定医療法人○○会a病院(以下「a病院」という。)へ緊急搬送され、そのまま入院し、平成二一年四月二五日まで、入院治療を受けた(入院期間三三日間)。
その後、Aは、平成二一年六月五日から同年七月三一日まで、社会医療法人○○会b診療所(以下「b診療所」という。)へ通院し、脳挫傷に対する通院治療を受けた(通院期間五七日間、実通院日数三日、甲四)。
平成二一年八月二五日、Aは脳梗塞(心原性脳塞栓症)を発症し、c病院へ入院し、同月二七日開頭外減圧術を受け、保存的に加療、リハビリ施行を受けたものの、同年九月一七日、頭部CTにおいて出血性梗塞を呈し、同月一八日、頭部MRI施行中、心肺停止状態となり、肺塞栓症を直接の原因として同日、死亡した(入院期間二五日間)。
(4) 相続
Aの相続人は、夫である原告X1(以下「原告X1」という。)と子である原告X2(以下「原告X2」という。)及び原告X3(以下「原告X3」という。)のみであり、原告らは法定相続分にしたがいAの被告に対する債権を相続した(弁論の全趣旨)。
二 争点
(1) 本件事故とAの死亡との間の相当因果関係
(2) 素因減額及び過失相殺の割合
(3) A及び原告らの損害
三 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件事故とAの死亡との間の相当因果関係)について
(原告らの主張)
Aは、高血圧にて治療中であったところ、平成二一年三月一九日心エコー検査時に心房細動の合併が判明したが、その直後、本件事故により脳挫傷、外傷性くも膜下出血を発症し、保存的治療で改善したものの、心房細動の状態のままであった。
心房細動は、脳梗塞(心原性脳塞栓症)や心筋梗塞の原因になるため、血栓症や塞栓症の予防のために、本来はワーファリン投与をすべきであったが、脳内出血性病変を起こして間もない時期であり、抗凝固剤であるワーファリン投与は再度の脳内出血の危険性があったため、躊躇せざるを得なかった。
平成二一年八月二五日にAは脳梗塞(心原性脳塞栓症)を発症し、c病院へ緊急入院し、開頭外減圧術を受けた。
Aには、心房細動があったものの、前記理由によりワーファリン投与による抗凝固療法を実施しがたい病状にあり、加えて、脳梗塞治療のために入院し、ベッドで寝たきりの不動状態になったため、こうした肺塞栓症の危険因子が重なり、肺塞栓症を発症し、死亡に至った。
こうした経緯からすれば、Aに心房細動の素因があったにせよ、本件事故による脳挫傷、外傷性くも膜下出血等の受傷により、ワーファリン投与による抗凝固療法を実施することができず、そのために脳梗塞を発症させ、肺塞栓症を併発させて死亡するに至ったと解されるから、本件事故とAの死亡との間には相当因果関係がある。
(被告の主張)
Aは平成二一年八月二五日に脳梗塞(心原性脳塞栓症)を発症しているが、本件事故から五か月経過後のことであり、本件事故が脳梗塞(心原性脳塞栓症)の原因になったとは考えられず、むしろAの持病である心房細動が原因になったものと推測される。
そして、脳梗塞発症後の入院によるベッドに寝たきりの状態が、肺塞栓症を発症させ、死亡に至らせたものと推測される。
なお、脳内出血性病変を起こしても、血液凝固能検査(プロトロンビン時間及びトロンボテスト)の検査値がINR(国際標準比)二・〇~三・〇であれば、ワーファリンの投与も可能とされているところ、この値が不明であり、本件事故がワーファリン投与を不可能にしたかも不明である。
このように、Aには心房細動の持病があり、これが原因で脳梗塞(心原性脳塞栓症)を発症し、入院後の寝たきり状態で肺塞栓症を発症し死亡するに至ったと解するのがもっとも自然かつ合理的であり、本件事故とAの死亡との間に相当因果関係は認められない。
(2) 争点(2)(素因減額及び過失相殺の割合)について
(被告の主張)
ア 素因減額
仮に、本件事故とAの死亡との間に相当因果関係が認められるとしても、Aの死亡の主たる原因は、心房細動及び脳梗塞であり、本件事故は、脳挫傷、外傷性くも膜下出血を発症させ、心房細動に対するワーファリン投与を困難にしたというにとどまり、Aの肺塞栓症による死亡について間接的な影響を及ぼしているにすぎない。
したがって、本件事故により生じた損害について、損害の公平な分担という観点から、素因減額がなされるべきであり、その割合を七割とするのが相当である。
イ 過失相殺
本件事故当時、A歩行の横断歩道の信号は赤となっていたから、本件事故の発生につきAにおいても過失を免れないところ、本件事故により生じた損害の少なくとも二割が過失相殺されるべきである。
(原告らの主張)
ア 素因減額
Aの死亡に心房細動の素因が影響していることは否定できない。
しかし、本件事故前は、支障なく自立した日常生活を送っており、脳梗塞を発症する危険性はほとんどなかったところ、本件事故の外傷により、ワーファリン投与による抗凝固療法を実施できず、そのことを主たる原因として脳梗塞を発症させ、肺塞栓症を併発させて死亡するに至ったのであるから、Aの素因の影響は小さい。
イ 過失相殺
仮に、本件事故につきAに過失があったとしても、Aが歩行者であり、被告が原動機付自転車に乗っていたこと、対面信号が青色に変わる前に被告が発進したこと、被告の前方不注視の程度が著しいこと等に鑑みれば、Aの過失は小さい。
ウ 以上の素因減額と過失相殺を併せても、その割合が一割を超えることはない。
(3) 争点(3)(A及び原告らの損害)について
(原告らの主張)
ア Aの損害
(ア) 治療費(文書料を含む。) 一二〇万五九二〇円
① a病院分 一〇四万三〇二五円
② b診療所分 八七四五円
③ c病院分 一五万四一五〇円
(イ) 入院看護料 四〇万六〇〇〇円
一日七〇〇〇円×(三三日+二五日)
(ウ) 入院雑費 九万二八〇〇円
一日一六〇〇円×(三三日+二五日)
(エ) 入院慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円
(オ) 逸失利益 九三一万六〇七九円
Aは、国民年金、厚生年金の老齢年金を受給しており、年間の年金総額は一〇一万三七〇〇円である。同じく年金収入のみの夫と二人暮らしであったことから、Aの年金収入に対する生活費控除割合は三〇%が相当である。
また、平成二三年簡易生命表によれば、女性六七歳の平均余命は二一・九歳であり、同年数に対応するライプニッツ係数は一三・一二八八二である。
したがって、逸失利益は下記の計算による。
101万3700円×0.7×13.12882
(カ) 死亡慰謝料 二四〇〇万〇〇〇〇円
(キ) 過失相殺 一〇%
(ク) 過失相殺後の残額 三二四一万八七一九円
前記(ア)ないし(カ)の合計×〇・九
(ケ) 既払金 二四六六万九六七〇円
① 被告 九万二二六〇円
② 社会保険 九五万七四一〇円
③ 自賠責 二三六二万〇〇〇〇円
(コ) 確定遅延損害金 三七一万一二五二円
自賠責保険から受領した前記二三六二万円につき、本件事故日である平成二一年三月二四日から受領日である平成二四年五月一四日までの確定遅延損害金
2362万円×0.05×(3+52/365)
(サ) 合計 一一四六万〇三〇一円
前記(ク)+(コ)-(ケ)
イ 原告X1の損害
(ア) 相続分 五七三万〇一五〇円
1146万0301円×1/2
(イ) 葬儀費用 一五〇万〇〇〇〇円
(ウ) 固有の慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円
(エ) 過失相殺 一〇%
(オ) 過失相殺後の残額 三一五万〇〇〇〇円
(前記(イ)+(ウ))×〇・九
(カ) 小計 八八八万〇一五〇円
前記(ア)+(オ)
(キ) 弁護士費用 八五万〇〇〇〇円
(ク) 合計 九七三万〇一五〇円
前記(カ)+(キ)
ウ 原告X2の損害
(ア) 相続分 二八六万五〇七五円
1146万0301円×1/4
(イ) 見舞のための交通費 二〇万九九一〇円
① 新幹線(大人七往復分と子ども一往復分) 二〇万〇四〇〇円
② 夜行バス代(大人片道分) 九五一〇円
(ウ) 固有の慰謝料 五〇万〇〇〇〇円
(エ) 過失相殺 一〇%
(オ) 過失相殺後の残額 六三万八九一九円
(前記(イ)+(ウ))×〇・九
(カ) 小計 三五〇万三九九四円
前記(ア)+(オ)
(キ) 弁護士費用 三三万〇〇〇〇円
(ク) 合計 三八三万三九九四円
前記(カ)+(キ)
エ 原告X3の損害
(ア) 相続分 二八六万五〇七五円
1146万0301円×1/4
(イ) 見舞のための交通費 二万二八三〇円
① 新幹線(大人片道分) 一万三三二〇円
② 夜行バス代(大人片道分) 九五一〇円
(ウ) 固有の慰謝料 五〇万〇〇〇〇円
(エ) 過失相殺 一〇%
(オ) 過失相殺後の残額 四七万〇五四七円
(前記(イ)+(ウ))×〇・九
(カ) 小計 三三三万五六二二円
前記(ア)+(オ)
(キ) 弁護士費用 三二万〇〇〇〇円
(ク) 合計 三六五万五六二二円
前記(カ)+(キ)
(被告の主張)
既払金は認める。その余はすべて争う。
第三争点に対する判断
一 争点(1)(本件事故とAの死亡との間の相当因果関係)について
(1) Aの既往症と本件事故から死亡までの経過
前記前提事実及び掲記の証拠等によれば、以下の事実が認められる。
Aには高血圧の既往があり、b診療所で加療中であったところ、平成二一年三月一九日の心エコー検査時に心房細動の合併が判明した(甲一〇)。
同月二四日、Aは本件事故により脳挫傷、外傷性くも膜下出血を負い、a病院での入院治療により改善したため、再度b診療所を紹介され、同年六月五日に同診療所を受診したところ、心房細動の状態に変わりはなかった(甲一〇)。
a病院にて、心房細動に対して抗凝固療法が検討されたものの、脳内出血性病変を起こしてから間がなく、抗凝固療法は実施されなかった(甲一七)。
b診療所でも、同年七月三日時点で、心房細動に対する抗凝固療法が検討されたものの、本件事故で脳挫傷を起こしてから三か月余りしか経過していなかったことから、抗凝固剤であるワーファリンの投与は見合わせられた(甲一〇、一七)。
そのような中、Aは、同年八月二五日、脳梗塞(心原性脳塞栓症)を発症して入院し、ベッドで寝たきりの状態となったことも重なり、同年九月一八日、肺塞栓症を発症し、同日、死亡した(弁論の全趣旨)。
(2) 本件事故とAの死亡との間の相当因果関係
証拠(乙四)によれば、心房細動になると心房がいわば痙攣するように小刻みに震えて規則正しい心房の収縮ができなくなるため、心房内の血液の流れがよどみ、主に左心房の壁の一部に血栓ができ、これがはがれて心臓内から動脈に沿って流れ、脳の中の大きな血管を突然閉塞する脳梗塞(心原性脳塞栓症)を発症しやすいところ、心房細動に対しては、脳梗塞のリスク評価を行った上で、適切な抗凝固療法を選択する必要のあることが認められる。
そして、証拠(乙四:五頁の図七、乙五:一五八二頁、一六〇三頁の図一六・表七、一六〇四頁)によれば、「CHADS2スコアが二点以上であれば抗凝固療法としてのワーファリン投与が奨励され、一点の場合にはワーファリン投与を考慮してよいとされていること、中等度リスクを二個以上有する患者へのINR二・〇~三・〇でのワーファリン投与は有効、有用であり、中等度リスクを一個有する患者へのINR二・〇~三・〇でのワーファリン投与は有用、有効である可能性が高いとされていることが認められる。
これをAについて検討するに、Aに僧帽弁狭窄症や機械弁の既往があったと認めるに足る証拠はないから、Aの心房細動は非弁膜症性心房細動と解されること、前記のとおりAには高血圧の既往があること、証拠(甲一)によれば、Aは七〇歳未満であったと認められることから、Aに対する脳梗塞のリスク評価は、CHADS2スコア一点に該当し、中等度リスクを一個有しINR二・〇~三・〇に該当するものと認められる。
このように、Aは、ワーファリン投与による抗凝固療法が有効、有用である可能性が高い状態にあり、先に認定したとおり現に経過を見ながらワーファリン投与が検討されていた状態にありながら、本件事故による外傷が原因でワーファリン投与が行えなかった結果、脳梗塞を発症し、肺塞栓症の併発により死亡に至ったということができる。
したがって、本件事故とAの死亡との間には相当因果関係が認められる。
これに対し、被告は、脳内出血性病変を起こしてもワーファリン投与は可能である旨主張する。しかし、証拠(乙一〇)によれば、外傷後日の浅い患者へのワーファリン投与は、出血を助長することがあり、ときには致命的になることもあるため、禁忌とされていることが認められ、上記被告の主張は採用の限りでない。
二 争点(2)(素因減額及び過失相殺の割合)について
(1) 素因減額
本件事故とAの死亡との間に相当因果関係が認められるとはいえ、Aの死亡に既往症である心房細動が影響していることもまた明らかであり、かかる既往症による影響については、損害の公平な分担という観点から、素因減額すべきである。
そして、証拠(乙五:一六〇四頁の表八、一六〇五頁)によれば、CHADS2スコア一点の場合の脳梗塞年間発症率は二・八%であり、非弁膜症性心房細動におけるワーファリン投与が脳梗塞の発症を六八%減じることが認められ、これによれば、Aについて、ワーファリン投与が行われていれば、既往症の影響は約一%(2.8%×(100-68)%)に抑えられていたと考えられる。
したがって、素因減額の割合は一%とみるのが相当である。
(2) 過失相殺
前記前提事実及び証拠(乙一、二)によれば、被告は、被告車を運転して南から北に進行し、本件交差点に至ったこと、本件交差点の南詰横断歩道手前で被告車の対面信号は赤色であったが、被告は対面信号が青色に変わる前に被告車を発進させたこと、被告車の対面信号は被告車が本件交差点の中央付近に至ったところで青色に変わったこと、折から、Aは、本件交差点の北詰横断歩道を東から西へと歩行しており、あと一・四mほどで渡り終える地点で、左方から来た被告車に衝突されたことが認められる。
そして、証拠(甲一八、乙一、二)によれば、Aが横断中であった横断歩道の東端から衝突地点までは直線距離で九・四mほどであり、Aの歩行速度を時速四kmとみれば、渡り始めから衝突地点に至るまでに八・五秒ほど要すること、被告が対面信号が青色に変わったのを見た地点(乙一の②地点)から衝突地点(乙一のfile_5.jpg地点)まで、被告車の速度を時速四〇kmとすると〇・九秒ほど要すること、そうすると、本件交差点の南北行灯器が赤色から青色に変わって約一秒後に衝突したものと解され、Aが横断を開始した時点で、本件交差点の東西行灯器が青色であったものの、横断中に黄色から赤色に変わったことが認められる。
このような事故態様にかんがみれば、被告には、横断歩道によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者があるときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならないのに(道交法三八条一項)、これに反した過失がある一方、Aにも、道路を横断している歩行者としては、黄信号に変わった時点で速やかにその横断を終わるか、又は横断をやめて引き返さなければならないのに(道交法施行令二条一項)、横断を継続した過失があるということができる。
そして、両者の過失の内容を比較衡量すれば、本件事故に対する過失割合は、被告・八〇%、A・二〇%とみるのが相当である。
三 争点(3)(A及び原告らの損害)について
(1) Aの損害
ア 治療費(文書料を含む。) 一二〇万五九二〇円
掲記の証拠により、下記のとおり認められる。
① a病院分 一〇四万三〇二五円(甲一二、一三、一六)
② b診療所分 八七四五円(甲一二、一四)
③ c病院分 一五万四一五〇円(甲五、一二、一五)
イ 入院看護料 三七万七〇〇〇円
前記前提事実及び証拠(甲四)によれば、本件事故によりAは脳挫傷及びくも膜下出血を負い、失見当識が著明で、排尿困難もあったことが認められ、脳梗塞発症後の入院時には、緊急手術等予断を許さない状態にあったものと窺われることに照らし、近親者による入院看護の必要性を認め、入院期間を通じて一日六五〇〇円の限度で認める。
(計算式)六五〇〇円×(三三日+二五日)
ウ 入院雑費 八万七〇〇〇円
入院期間を通じて一日一五〇〇円の限度で、本件事故との相当因果関係を認める。
(計算式)一五〇〇円×(三三日+二五日)
エ 入院慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円
本件事故による受傷の内容、程度及び入院期間等に照らしてみれば、入院慰謝料としては、上記金額が相当である。
オ 逸失利益 六六七万一六六六円
Aが年間一〇一万三七〇〇円の年金を受給していたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、夫である原告X1と二人暮らしであったことが認められ、夫の年金収入もあったと窺われることを考慮すれば、Aの年金収入に対する生活費控除率は五〇%をみるのが相当である。
また、証拠(甲一)によれば、Aは死亡時六七歳であったところ、死亡時である平成二一年の簡易生命表によれば、平均余命は二二・二一歳であり、二二年に対応するライプニッツ係数は一三・一六三〇である。
したがって、逸失利益は下記の計算による(一円未満切捨て。以下同じ。)。
(計算式)101万3700円×50%×13.1630
カ 死亡慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円
先に認定した本件事故の態様、Aの年齢、生活等、本件記録から窺える一切の事情を考慮すれば、本件事故によるAの慰謝料は上記のとおりと認めるのが相当である。
キ 素因減額 一%
ク 過失相殺 二〇%
ケ 素因減額及び過失相殺後の残額 二三二三万八五三六円
前記アないしカの合計×〇・九九×〇・八
コ 既払金 二四六六万九六七〇円
下記につき、当事者間に争いがない。
① 被告 九万二二六〇円
② 社会保険 九五万七四一〇円
③ 自賠責 二三六二万〇〇〇〇円
サ 確定遅延損害金 三四八万六三八七円
前記コの①及び②の既払分を前記ケに充当した残額二二一八万八八六六円(前記ケ-コ①-コ②)につき、本件事故日である平成二一年三月二四日から前記コ③の自賠責保険が支払われた平成二四年五月一四日までの確定遅延損害金は、上記のとおりである。
(計算式)2218万8866円×0.05×(3年+52/365)
シ 合計 二〇五万五二五三円
前記ケ-コ①-コ②+サ-コ③
なお、証拠(甲一六)によれば、前記コ②の社会保険からの受給分は、療養費と解され、治療費、入院看護料及び入院雑費に充当されると解すべきであるが、受給額は、これらの合計に対する素因減額及び過失相殺後の残額を超えないから、上記計算によっても、他の費目に充当されるおそれはない。
(2) 原告X1の損害
ア 相続分 一〇二万七六二六円
205万5253円×1/2
イ 葬儀費用 三一万〇〇〇〇円
証拠(甲一九、二〇)によれば、葬儀費用として上記金額を原告X1が支払ったことが認められる。
ウ 固有の慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円
先に認定した本件事故の態様、Aの受傷内容、原告X1とAの関係等、本件記録から窺える一切の事情を考慮すれば、本件事故による原告X1の固有の慰謝料は上記のとおりと認めるのが相当である。
エ 素因減額 一%
オ 過失相殺 二〇%
カ 素因減額及び過失相殺後の残額 一八二万九五二〇円
(前記イ+ウ)×〇・九九×〇・八
キ 小計 二八五万七一四六円
前記ア+カ
ク 弁護士費用 二八万〇〇〇〇円
本件事案の内容、本件審理の経過及び認容額等にかんがみれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は上記のとおりと認めるのが相当である。
ケ 合計 三一三万七一四六円
前記キ+ク
(3) 原告X2の損害
ア 相続分 五一万三八一三円
205万5253円×1/4
イ 見舞等のための交通費 一五万〇七一〇円
証拠(甲一九)によれば、下記のとおり認められる。
① 入院期間中の見舞に要した交通費 七万四四五〇円
② 葬儀等に要した交通費 七万六二六〇円
ウ 固有の慰謝料 五〇万〇〇〇〇円
先に認定した本件事故の態様、Aの受傷内容、原告X2とAの関係等、本件記録から窺える一切の事情を考慮すれば、本件事故による原告X2の固有の慰謝料は上記のとおりと認めるのが相当である。
エ 素因減額 一%
オ 過失相殺 二〇%
カ 素因減額及び過失相殺後の残額 五一万五三六二円
(前記イ+ウ)×〇・九九×〇・八
キ 小計 一〇二万九一七五円
前記ア+カ
ク 弁護士費用 一〇万〇〇〇〇円
本件事案の内容、本件審理の経過及び認容額等にかんがみれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は上記のとおりと認めるのが相当である。
ケ 合計 一一二万九一七五円
前記キ+ク
(4) 原告X3の損害
ア 相続分 五一万三八一三円
205万5253円×1/4
イ 見舞等のための交通費 二万三二一〇円
証拠(甲一九)によれば、上記のとおり認められる。
ウ 固有の慰謝料 五〇万〇〇〇〇円
先に認定した本件事故の態様、Aの受傷内容、原告X3とAの関係等、本件記録から窺える一切の事情を考慮すれば、本件事故による原告X3の固有の慰謝料は上記のとおりと認めるのが相当である。
エ 素因減額 一%
オ 過失相殺 二〇%
カ 素因減額及び過失相殺後の残額 四一万四三八二円
(前記イ+ウ)×〇・九九×〇・八
キ 小計 九二万八一九五円
前記ア+カ
ク 弁護士費用 九万〇〇〇〇円
本件事案の内容、本件審理の経過及び認容額等にかんがみれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は上記のとおりと認めるのが相当である。
ケ 合計 一〇一万八一九五円
前記キ+ク
四 結語
よって、①原告X1の請求は、三一三万七一四六円並びにうち相続分である一〇二万七六二六円に対する自賠責保険が支払われた日の翌日である平成二四年五月一五日から及びうち残りの二一〇万九五二〇円に対する本件事故日である平成二一年三月二四日から各支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、②原告X2の請求は、一一二万九一七五円並びにうち相続分である五一万三八一三円に対する自賠責保険が支払われた日の翌日である平成二四年五月一五日から及びうち残りの六一万五三六二円に対する本件事故日である平成二一年三月二四日から各支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、③原告X3の請求は、一〇一万八一九五円並びにうち相続分である五一万三八一三円に対する自賠責保険が支払われた日の翌日である平成二四年五月一五日から及びうち残りの五〇万四三八二円に対する本件事故日である平成二一年三月二四日から各支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、④その余はいずれも理由がないから、主文のとおり判断する。
(裁判官 上田賀代)