京都地方裁判所 平成23年(ワ)743号 判決
原告
X株式会社
被告
株式会社Y
主文
一 本件請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、五〇万八五〇円及びこれに対する平成二二年九月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 仮執行宣言
第二事案の概要等
一 事案の概要
本件は、原告が訴外a株式会社(以下「a社」という。)との間で、a社が保有するクレーン車(以下「本件クレーン車」という。)を被保険自動車とする一般自動車総合保険(対物賠償を含む)(以下「本件保険契約」という。)を締結していたところ、本件クレーン車がa社と被告との共同で行われていた樹木伐採作業中に倒れて訴外b女学院(以下「女学院」という。)の塀屋根を損傷するという物損事故(以下「本件事故」という。)が発生し、それによりa社が女学院に対して負う損害賠償債務の支払いにつき、原告が本件保険契約に基づく保険金として、上記の塀屋根補修費用相当額の五五万六五〇〇円を平成二二年九月八日に女学院に支払い、女学院がa社及び被告に対して有していた損害賠償請求権を保険代位により取得したとして、被告に対して、本件事故における被告の過失割合である九〇%に対応する金額として、五〇万八五〇円及びこれに対する上記保険金支払日の翌日である平成二二年九月九日以降支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるという保険代位求償金請求の事案である。
二 前提となる事実
次の事実は、当事者間に争いがなく、もしくは、後記各証拠または弁論の全趣旨により容易に認められる。
(1) 本件事故(争いがない事実、甲一、二、九の二)
ア 発生日時
平成二二年三月二五日午後四時ころ
イ 発生場所
京都市〈以下省略〉b女学院
ウ 当事者、関係車両及び事故態様
女学院からその敷地内の樹木の伐採を請け負った被告がその伐採作業に使用するためa社に本件クレーン車をオペレーター付きで手配するよう依頼し、これを受けてa社が依頼に応じて、保有する本件クレーン車を提供すると共に自社従業員であるオペレーターA(以下「A」という。)ほか一名を派遣し、被告の常務取締役B(以下「B」という。)が現場の統括者となり、被告の作業員七名とa社の従業員の上記二名とが共同で、事前の打ち合わせなどをした上、伐採を依頼されていた樹木の内の一つであるナナミノキ(以下「本件樹木」という。)の幹の上部を玉掛けして、敷地外側の道路に停止させた本件クレーン車を使用して、女学院の塀屋根越しに、本件樹木の幹の上部を支えながら、本件樹木に立てかけた梯子に乗ってチェーンソーを用いて、地上三ないし四メートル程度の高さ(乙一の写真一)で幹を切断するという作業(以下「本件伐採作業」という。)を行ったところ、本件樹木の幹が切断されたことに伴い本件クレーン車に加わった負荷により本件クレーン車が横倒しの状態に倒れ、女学院の塀屋根上に本件クレーン車のブーム部分が衝突するなどして、塀屋根が損傷するなどした。なお、この際に上記の玉掛け作業及びチェーンソーによる本件樹木の幹の切断作業を担当していたのはBであり、クレーン車の操作を担当していたのはAである。Bは、労働安全衛生法に基づく玉掛けの技能講習を修了したものであり、Aは、大型特殊免許を有するほか、労働安全衛生法による移動式クレーンの免許証並びに同法に基づく移動式クレーン運転士の安全衛生教育を修了したものである。(以下「本件事故」という。)
(甲一、一六から一八まで、二一、乙一から四まで)
(2) 女学院の損害及び女学院に対する原告の支払い
女学院が本件事故により塀屋根を損壊させられたことによるその修理費相当額の損害は、五五万六五〇〇円である。
原告は、上記金額を上記損害の賠償金として、女学院に対して、平成二二年九月八日、支払った。
(3) 本件保険契約(甲一二、一五)
本件事故発生時、原告とa社との間で、本件保険契約が締結されていた。
本件保険契約の普通保険約款(以下「約款」という。)第六条において、被保険者として、記名被保険者(契約自動車を主に使用する者で、保険証券記載の者。本件保険契約においては、被告。)のほかに、「記名被保険者の使用者(請負契約、委任契約またはこれらに類似の契約に基づき記名被保険者の使用者に準ずる地位にある者を含みます。)。ただし、記名被保険者が契約自動車をその使用者の業務に使用している場合に限ります。」もあげられている。
三 争点及び争点に関する当事者の主張の概要
本件の争点は、(1)本件事故発生に関する被告の過失の有無及び程度(争点一)及び(2)被告は記名被保険者(a社)の使用者として本件保険契約において被保険者となり、求償責任を負わないかどうか(争点二)であり、各争点に関する当事者の主張の概要は以下のとおりである。なお、争点一においては、原告の主張に、一部弁論分離前の相原告破産者a株式会社破産管財人Cの主張が含まれている。
(1) 争点一について
(原告)
ア 本件事故の発生状況及び発生原因
本件事故の原因は、被告従業員がつり上がる本件樹木の重量の目測を誤って切断したため、クレーン車に過度の負荷がかかったからであり、重心の位置の目測違い、切断方向・切断場所を誤ったため、想定外の方向に本件樹木が転倒したためである。
イ 被告側の過失
本件クレーン車は、株式会社タダノ製の「CREVO一〇〇」という一〇トンクレーン車である。a社は、現場の道路幅や進入路の関係でこのクレーン車(一〇トン車)を選び、現場責任者である被告のBに伝えた。その際、同車の定格総荷重が一トンまでであることも伝えていた。Bは朝礼時には、小さく切って作業すると伝えていた。
作業手順の概略としては、a社のクレーン車のオペレーターAが本件クレーン車のアウトリガーを張り出し、ブームを木の上に延ばし、被告の玉掛け担当者Bが玉掛け作業を行ってクレーン車で本件樹木を保持し、その後被告作業員が本件樹木を伐採し、伐採した部分は、クレーンで運ぶというものであった。
玉掛者の役割としては、クレーンの定格荷重を確認し、荷(伐採部分の樹木)の形、大きさ、材質を調べ、荷の質量を正確に知り、荷の重心方向を見極め、玉掛けの方法を選定し、玉掛けを行うべきであり、したがって、玉掛け担当者Bは、伐採部分が一トンを超えないことを確認して玉掛けを行った後、オペレーターに合図をした上で、伐採作業に入るべきである。クレーン車の定格荷重とともに、作業半径を確認することも、玉掛者の責任であり、作業半径毎の定格荷重は、クレーン車の車体に一覧表として掲示してある(丙二)ので、被告のBにおいてこれを確認すべきであったことは当然で、被告の過失は明白である。
ところが、Bは、これらの確認をせずに、小さく切って作業をせず、一回の切断で処理し、そのため、伐採した部分の重量が二トンを超えた。クレーン車は荷の重量の超過のため自動停止装置(安全装置)が働き、安全方向しか動かせなくなり、そのため、転倒した。被告の従業員Dが、「二トン超えてるで、そんな位置で切ったらクレーンもたへんで。」と言ったのに、Bが「いやいや、大丈夫」と言っていた。なお、事故時の実荷重は、二・三トンと推計される(甲一九から二二まで)。
また、現場にはゴミが散らかっていて、ゴミを片付けてから作業に入れば、クレーン車が近くに寄ることができ、負荷が少なかったはずである。
このようにBが本件樹木を大きく切りすぎるなどして本件クレーン車の定格荷重を無視した玉掛けを行ったことが本件事故の原因であり、Bの過失が本件の発生原因である過失である。
ウ a社側の過失及び過失割合
他方、本件クレーン車を操作していたa社側にも過失があり、その過失割合は、被告九〇%、a社一〇%とするのが相当である。
(被告)
ア 本件事故の発生状況及び発生原因
本件樹木の伐採に先立ち、ムクの木を伐採し、休憩をはさんで、本件樹木を伐採する作業予定であった。被告の作業員七名とa社の作業員は、ムクの木の伐採作業を終えた後、休憩時間中に、本件樹木の伐採方法を話し合った。このとき、本件樹木を根元から切るとクレーン車が荷重に耐えられない可能性があるので、二回に分けて切ることを決め、本件樹木のどこを切断するかも決めた。
本件樹木の伐採作業に取りかかるに当たり、クレーン車を移動させなかったのは、ゴミが散らかっていたからではなく、a社のAがその必要がないと判断したので、ムクの木の伐採作業時と同じ位置のまま、本件伐採作業に取りかかったものである。
Bが玉掛け作業を行い、本件樹木の幹の切断も行ったが、その際、被告の従業員Dが、「二トン超えてるで、そんな位置で切ったらクレーンもたへんで。」と言ったのに、Bが「いやいや、大丈夫」と言ったという事実はない。
Bが本件樹木の幹を切断した途端、切り離された部分が上方向に跳ねるように動き、本件クレーン車が転倒した。
本件事故発生時の実荷重が二・三トンであるとする原告側の推計は、重要な基礎となる数値であるブーム長さ(二三・二m)及び作業半径(一一m)につきAの記憶に基づく数値が用いられており、正確性には疑問がある。また、シミュレータの算出する数値が実際の荷重と異なる場合がある。さらに、本件では切断された本件樹木の幹が切り離された途端に上方向に跳ねるように動いたのであるから、シミュレータが示す数値は、いったん上方向に跳ねた幹がその反動で落下する際にクレーン車にかかった負荷であり、切り離された幹の実際の重量ではない。したがって、本件樹木の切り離された部分の重量は不明であり、定格荷重を超過していたとはいえず、被告に過失があるとはいえない。
イ 被告側の過失
本件事故に際して、被告に本件樹木の重量・重心を適切に目測し、適切な位置・方向で切断すべき注意義務があったことは認める。ただし、被告はその注意義務を尽くして適切に作業をしていたのであり、これを怠った過失はない。
a社から被告のBに本件伐採作業のため一〇トンクレーン車を選定したことを伝えた際、その定格総荷重が一トンまでであることも伝えたという事実はない。そもそも、定格総荷重は、アウトリガーの張出し方、作業半径、ブームの長さなど実際の作業によりはじめて決まるものである。
ウ a社側の過失
a社には、本件樹木の切断に際して、クレーン車に過度の負担がかからないようクレーン車を操作する注意義務が当然ある。
本件事故に際して、切断された本件樹木の幹が切り離された途端に上方向に跳ねるように動き、その反動で下に落下する際にクレーン車に過超な負荷がかかったのであるから、a社のAのクレーン車の操作に上方に吊り上げる力をかけすぎた問題があったことが事故原因と推認される。事故によりクレーン車のワイヤーは切れていたのであるが、これは、本件樹木の切断された部分が上方に跳ね上がり落下するという異常な動きをしたためと思われる。
(2) 争点二について
(被告)
ア 被告は、本件保険契約上の記名被保険者であるa社との請負契約によりクレーン車の操作を依頼していたものでありa社の使用者に当たる地位で本件伐採作業に関与していたものである。したがって、約款第六条により、被保険者となるのであって、原告が被告に保険代位求償することはできない。
イ 「記名被保険者の使用者」の意義について、原告が主張するように限定的に解すべき規定は約款上見当たらない。使用者の範囲は、被用者の過失の有無及び割合に関わらず判断されるべきである。
ウ 本件事故がクレーン車の使用と関係なく生じた事故とは考えられず、約款上の対物事故に当たる。
(原告)
ア 約款規定において、記名被保険者の使用者を被保険者としているのは、被害者から使用者責任を追及された場合を想定している。
また、保険金を支払う場合は、「対物事故により被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して」(約款第二条)である。ここでいう「対物事故」とは、「契約自動車の所有、使用または管理に起因して他人の財産を滅失、破損又は汚損すること」をいう(同約款の「用語の定義」)。よって、被告が被保険者となる範囲は、あくまで、被用者の過失により、被告が使用者として被害者から責任を追及される対物事故による損害、すなわち、契約車両の所有、使用または管理に起因して生じた損害に限られる。
イ 本件事故は、a社の一〇トンクレーン車(契約自動車)のオペレーターが本件樹木をクレーンで保持していたところを、被告作業員が本件クレーン車の負荷を無視して伐採したために生じたもので、過失割合は、被告九〇%、a社一〇%である。a社のAが本件事故に際して本件クレーン車を運転していたのは、クレーン車本来の使用のあり方であり、上記の対物事故の定義に該当する。したがって、損害の一〇%については、約款第六条が適用され、被告に求償していない。他方、損害の九〇%である五〇万八五〇円については、対物事故の定義の「契約自動車の所有、使用または管理」に該当しない。契約車両には関係のない行為である。よって、被告が「使用者」であるとしても、五〇万八五〇円は対物事故によるものではないので、約款第六条の適用はない。
約款によると、保険金を支払う場合は、「対物事故により被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して」である(約款第二条)。「対物事故」における「所有、使用または管理に起因して」とは、あくまで、契約自動車の使用等に関するものでなければならないのであり、運転者の過失により使用者として被害者から責任を追及される損害に限定されるというのが約款の合理的解釈である。
ウ また、仮に被告がa社の使用者であったとしても、被告が使用者として責任を問われるのは、両者の請負契約によって、a社が請け負った作業である被用者a社のオペレーターAのクレーン操作行為に基づく一〇%の存在についてのみである。その余の九〇%は契約車両とは関係のない被告従業員の園芸行為によるもので、約款第六条の使用関係とは無関係であるから、この部分に約款第六条の適用はない。
第三当裁判所の判断
一 争点一について
(1) 事実関係
関係証拠(甲二、三、九、一三、二〇、二一、丙一から三まで、八、九、乙一から三まで)によると、以下の事実が認められる。
本件伐採作業において、本件樹木を切断する際に、クレーンにより上方に引き上げる力を加えすぎたことにより、切断された幹が上方に大きく跳ね上げられ、その反動により、単なる切断部分の重量よりも格段に大きな力が下方に働いた形跡はない。本件クレーン車の転倒した原因は、本件樹木の切断された部分の重量が本件クレーン車のアウトリガーの張出し方やブームの長さ、作業半径などとの関係での限界となる荷重を大幅に超える重量を有していたため、本件クレーン車がその重量を支えることができずに倒れたものであると認められる。クレーン車により重量物を支える作業をする場合、それがその作業条件において、限界となる荷重以内に収まっているかどうかを確認すべき第一の責任は玉掛けを担当する者にあり、本件伐採作業においては、それは被告のBが担当していた。そして、Bは伐採作業も自ら担当すると共に、被告作業員七名及びa社の作業員二名の合計九名からなる作業集団による現場の統括責任も有していた。Bが本件樹木の切断予定箇所より先の幹の重量がその作業条件における限界となる重量以内に収まっているかどうかを十分確認した事実は認められない。
他方、本件クレーン車の操作を担当したAにおいても、本件伐採作業時における作業条件の元での限界重量がどの程度であるかにつき、Bに具体的に伝えるなど十分しておらず、また、Bが行おうとしている切断方法によりクレーンの能力の限界を超えてしまわないかについて確認をした形跡もなく、クレーン車の操作を担当する者としての責務を十分果たしていなかった点が認められる。
(2) 過失及び過失割合
上記の(1)の認定によると、本件事故発生の主たる原因となる過失は被告のBにあり、a社のAにも従たる過失が認められ、その過失割合は諸事情を総合的に考慮し、被告八〇%、a社二〇%とするのが相当である。
二 争点二について
(1) 約款上の使用者の意義について
約款(甲一五。なお、甲一五そのものは本件保険契約の締結時における約款とはその後の改定により異なる部分があるが、本件において問題となっている規定に関しては改定されたという主張立証がなく、弁論の全趣旨により、少なくとも本件において問題となっている規定に関しては本件保険契約において適用されるべきものと認める。)第六条の被保険者の範囲に関する規定中、使用者を被保険者とする規定は、その定義規定を含めて規定の条項を検討するに、記名被保険者を被用者とする民法七一五条の使用者責任が成立する要件を充足する者を使用者とする趣旨であることは、明白である。これは、理論的には、使用者たるものが記名被保険者のほかにいる場合、使用者が被害者に使用者責任に基づき損害賠償金を支払いこれを被用者である記名被保険者に求償する場合を想定して、使用者をも被保険者とすることにより記名被保険者の損害賠償責任の補償を完全にカバーする趣旨であると解される。その際に、この規定の民法上の使用者責任が生じる場合というのは、使用者と被用者との関係は様々であり、使用者と被用者のそれぞれの過失が競合するような場合もまま生じうることは、請負契約による元請け・下請関係の使用者類型を想起すれば明らかである。したがって、使用者には固有の過失がない場合のみが想定されているとは必ずしもいえない。また、被用者と使用者の過失行為の競合の事例については、使用者の過失分を割合的に除いた部分のみが保険の対象になるとする原告の主張する解釈を示しあるいは示唆する規定は見当たらない。これを示す規定を設けることは規定制定の技術的な面では非常に容易である。他方で、保険契約者において、規定の具体的根拠もなしに理論的にこのような解釈になることを理解せよと求めることは到底できない。また、原告の主張する被保険者に該当する使用者の定義を限定的に解する解釈は、実際にも、使用者及び被用者の過失割合の認定が証拠上困難な場合や使用者の資力に問題がある場合などにおいては、記名被保険者の利益を害する結果をもたらすおそれも否定できない。
以上によれば、原告の上記の解釈は相当でない。
(2) 対物事故の定義について
原告は、対物事故とは、契約自動車の所有、使用または管理に起因することを要し、本件においては、Aによる本件クレーン車の操作のみがこれに当たり、Bらの作業は契約自動車の所有、使用または管理と関係のない行為であるので、それについての過失は対物事故に該当しないという解釈を主張するが、共同作業でクレーン車を用いて伐採作業を行っている以上、クレーン車の操作行為のみならず、伐採作業全体が契約自動車の使用、管理に関する行為となり、その作業過程における何者かの過失により生じて物的損害を発生させた事故は「対物事故」と解するのが自然で合理的であり、原告の解釈は不自然に過ぎ、合理的でもないので採用できない。
(3) 結論
以上によれば、被告の被告は約款上「記名被保険者の使用者」に該当し、被保険者の範囲に含まれるので、本件保険代位求償金請求は失当であるという主張には理由がある。
よって、本件請求は認められない。
三 まとめ
以上の次第で、本件請求には理由がないので、主文のとおり判決する。
(裁判官 栁本つとむ)