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京都地方裁判所 平成23年(ワ)1679号 判決

原告

甲野薫

同訴訟代理人弁護士

糸瀬美保

渡辺輝人

被告

株式会社Y

同代表者代表取締役

乙川太郎

同訴訟代理人弁護士

安田寛

主文

1  被告は,原告に対し,283万8256円及びうち276万0415円に対する平成23年5月16日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

1  被告は,原告に対し,322万0090円及びうち314万1154円に対する平成23年5月16日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告に対し,314万1154円を支払え。

第2  事案の概要

本件は,被告に雇用されていた原告が,被告に対し,未払賃金,時間外手当(深夜労働手当を含む。以下,特に区別しない限り,同様である。)及び付加金の支払を請求している事案である。

1  前提事実(争いがないか証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)原告は,京都市中京区所在のホテル「Zホテル」(以下「本件ホテルという。)においてフロント

(宿泊)担当として勤務していたところ,平成22年5月1日から,本件ホテルを買収した被告との間で,労働契約を締結し,本件ホテルでの勤務を継続した。

被告は,冠婚葬祭やそれに関連する諸分野を中心に事業を展開する株式会社であり,本件ホテルを買収して,平成22年5月1日から,本件ホテルを経営している。

(2)原告の被告における勤務時間は1日8時間,週40時間であり,月の所定労働時間は172.5時間である。

給与の支払は,毎月末日締切りで,翌月15日が支払日であった。

(3)原告の被告における給与は,基本給月額14万円,成果給月額13万円の合計27万円のほか,通勤手当,宿直をした場合には1回あたり3000円の宿日直手当が支払われていた。

(4)原告は,平成23年4月30日に退職したが,同月については,現実には勤務しておらず,原告は有給休暇及び公休を取得したと主張したが,被告は,公休が9日,有給休暇が10日,欠勤が11日であるとして,11日分の給与額12万8499円を控除して給与を支払った。

(5)被告の給与規程(甲2の2)には,次の規定がある(一部省略している)。

「第3条

給与の体系は次のとおりとする。

(1)基準内賃金(時間外労働の基準額に含まれる賃金)

① 基本給(基本給表による)

② 役割給(職位に応じて設定,役割給表による)

(2)基準外賃金(時間外労働の基準額に含まれない賃金)

① 通勤費(通勤方法・通勤距離に応じて支給する)

② 役割業務手当(時間外手当に相当)

③ 成果給(前年度の成果および管轄業務に応じて設定,時間外手当に相当)

④ 成績手当(時間外手当に相当)

各事業部の「職務手当規程」による。

⑤ 勤務手当・営業手当・集金地域手当(時間外手当に相当)

各事業部の「職務手当規程」による。

⑥ 繁忙手当(時間外手当に相当) 施行数が前年度平均の25%以上に及ぶ場合,または新店舗開設により時間換算給与の増額が見込まれる場合,施行数増加分の勤務手当として支給する。

⑦ 調整手当(時間外手当と,成果給・成績手当・勤務手当・繁忙手当との差額を支給)

成果給と成績手当及び勤務手当・繁忙手当の合計額が,時間外労働に対する手当(時間外手当,休日出勤手当,深夜勤務手当)の合計額より多い場合は,成果給と成績手当及び勤務手当・繁忙手当を支給する。ただし,成果給と成績手当及び勤務手当・繁忙手当の合計額が,時間外労働に対する手当の合計額を下回る場合は,差額を調整手当として成績手当にて支給する。」

「第15条

会社は,労働時間の短縮を目的として成果主義を導入している。年間の勤務実績と業績を評価し成果給(年1回改定)と成績手当(3箇月毎の業績評価に基づく)を支給する。但し,成果給と成績手当及び勤務手当・繁忙手当の合計額が,時間外労働に対する手当(時間外手当,休日出勤手当,深夜勤務手当)の合計額を下回る場合は,差額を調整手当として支給する。

成果主義は,労働時間を短縮し,業務を効率よく遂行し,目標の業績をあげることを推進するものであり,効率の悪い長時間労働を防止することを目的とするものである。」

(6)宿直については,次のとおり定められている(就業規則(甲2の1)48条)。

「宿直勤務時間は原則として午後7時から翌日午前7時までの12時間とし,宿直業務に就く前後1時間は,食事・洗面等の休憩時間とする。」

2  争点及び争点に対する当事者の主張

主要な争点は,①成果給及び宿日直手当が時間外手当にあたるか,②原告の宿直をした場合の休憩時間,③原告の平成23年4月分の給与から前記欠勤分を控除することができるか,というものである(①について,成果給及び宿日直手当が時間外手当にあたるとすると,割増賃金の基礎賃金には含まれず,時間外手当として支払済みになるので,②につき原告の主張を前提としても,原告の時間外労働に相当する時間外手当以上の賃金が支払われていることになり,②は争点にはならない。)。

(1)争点1(成果給及び宿日直手当が時間外手当にあたるか)

(原告の主張)

ア 成果給は,次のとおり,労働基準法37条の脱法行為といえるものであり,時間外手当とは認められず,割増賃金の基礎となる賃金に含まれる。

第1に,労働の対価として支払われる賃金はすべて割増賃金計算の基礎賃金に含まれるのが原則である(労働基準法37条1項)。

第2に,被告の賃金体系においては,①時間外手当に相当する賃金が就業規則上8項目,就業規則に規定のない宿日直手当を含めると9項目もあり,それ自体が賃金体系を不明確にしていること,②宿日直手当も含めるとあらかじめ定額で支払われる時間外手当が基本給を上回るという不自然さが生じていること,③被告の給与規程(甲2の2)の定め方が極めて曖昧であり,被告に善意に解釈しなければ給与規程から被告が主張する計算結果が得られないこと,④成果給の算定の根拠となっているのは業務成果であり時間外手当の算定根拠(労働の量)とは何の関係もないこと,⑤被告の主張を前提にすると,原告に対しては成果給と宿日直手当を合わせて106時間分もの時間外手当が支払われていることになるが,過労死ラインとされる月80時間や100時間の水準を超えていることなど,不合理な点が多々認められるところあって,成果給をもって時間外手当と認めることはできない。

第3に,被告の成果給は「前年度の成果及び管轄業務に応じて設定」されるものであるのに対し,時間外手当は労働者を法定労働時間を超えて労働させる場合に使用者が支払わなければならない手当であり,このように全く趣旨の異なる二つの手当を強引に一つの手当にしてしまい,必然的に時間外手当として支給された額が不明となっている。

第4に,被告の主張によれば,正社員である原告の時給が812円(14万円÷172.5時間)であるのに対して,アルバイトスタッフの時給は910円から1000円であり,アルバイトスタッフの方が賃金がはるかに高くなってしまい,不合理である。

第5に,被告が定めた形ばかりの労使協定(乙1)で規定している「1ケ月45時間」,「1年360時間」すら大幅に超える時間外労働を前提とした時間外手当の先払いは,その趣旨で支払う限りにおいて公序良俗に反し無効である。

イ 宿日直手当も,成果給と同様のことが指摘できるうえ,もともと被告の給与規程上も時間外手当とする根拠はなく,時間外手当と解することはできない。

(被告の主張)

成果給及び宿日直手当は,次のとおり,いずれも時間外手当であり,割増賃金計算の基礎となる賃金には含まれず,時間外手当として支払済みである。

まず,原告はすべての賃金が割増賃金計算の基礎賃金に含まれるのが原則であると主張するが,成果給及び宿日直手当は,時間外手当そのものなのであるから,これらが割増賃金計算の基礎賃金に算入されないことは当然である。

原告は,被告の賃金体系が不合理であり,成果給及び宿日直手当は割増賃金算定の除外賃金の趣旨に合致しない旨主張する。しかし,被告が採用している成果主義は,労働時間を短縮し,業務を効率よく遂行し,目標の業績を上げることを推進することを目的とするものである。成果(業績)を上げるためには,ある程度の時間外労働をする必要があることは被告も理解している。そして,効率と時間とのバランスをより効率のほうに持っていき,少しでも労働時間を短縮し業務効率を向上させることが労使双方のインセンティブにあるという考え方のもとで成果主義を採用しているのである。実際の時間外労働時間によって算出した時間外手当のほうが成果給及び宿日直手当より低額でも成果給及び宿日直手当は支給するのであり,労働者に有利であるし,万一,実際の時間外労働時間によって算出した時間外手当のほうが成果給及び宿日直手当よりも高い場合には,その差額を支給するのであるから,労働者に不利益はない。このような制度設計に基づく被告の賃金体系は十分な合理性を有している。

そして,成果給及び宿日直手当について,いずれも全額が時間外手当に相当するのであるから,基本給とは明確に区別されている。定額で支払う時間外手当が基本給を上回っていても問題はない。

以上のとおり,成果給及び宿日直手当が時間外手当に相当することは明らかであり,被告は,時間外手当として,現実に原告が時間外労働をした分以上の額を支払っている。

(2)争点2(原告の宿直勤務の休憩時間)

(原告の主張)

宿直勤務は1人であるため,いつでも宿泊客の対応をしなければならず,また,海外からの問合せも夜間に多く,全く休憩時間を取ることができなかった。

(被告の主張)

就業規則において,宿直業務に就く前後1時間は食事・洗面等の休憩時間とする旨が明記されており,原告は,少なくとも,1時間の休憩をとっていた。

(3)争点3(平成23年4月分の給与減額)について (原告の主張)

原告の平成23年4月分の給与について,被告は,11日間を勝手に欠勤扱いにし,本来支払われるべき賃金から12万8499円を不正に控除した。原告は,平成23年4月の勤務について,本件ホテルの責任者である丙山支配人の了解を得て,有給休暇及び公休を取ったのであり,後になって欠勤にあたるとするのは信義則に反する。

(被告の主張)

原告から平成23年4月につき丙山支配人に対し年次休暇及び公休の取得の申出があり,丙山支配人がそれを了承した経緯はあるが,それは誤りであったため,11日分について欠勤として給与の清算をしたものである。

(4)請求のまとめ

(原告の主張)

成果給及び宿日直手当は時間外手当ではなく,割増賃金計算の基礎賃金に含まれる。また,宿直業務につき休憩を取ることはできなかった。これらに基づいて,原告の時間外手当の額を計算すると,別紙1原告計算書のとおり,時間外手当を含めた未払賃金は314万1154円,平成23年4月分の給与の支払日である同年5月15日時点での確定遅延損害金は7万8936円となる。

よって,合計322万0090円及びうち314万1154円に対する平成23年5月16日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律6条1項所定の年14.6%の割合による遅延損害金,並びに,未払賃金314万1154円について付加金の支払を求める。

(被告の主張)

成果給及び宿日直手当は時間外手当であり,宿直業務につき少なくとも1時間の休憩を取っていたものと認められる。これらに基づいて計算すると,別紙2被告計算書のとおり,平成22年5月から平成23年3月まで,いずれの月も,現実の時間外労働に相当する額以上の時間外手当を支払っている。仮に,宿直業務につき,原告が主張するとおりの休憩時間であったとしても,現実の時間外労働に相当する額以上の時間外手当を支払っている。したがって,未払賃金は存在しない。

第3  当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実,証拠(甲2ないし4(枝番を含む),9,16,乙1ないし3,原告本人)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

(1)原告は,本件ホテルにおいてフロント(宿泊)担当の従業員として勤務していた。

被告は,本件ホテルを買収して,平成22年5月1日から,本件ホテルを経営することになった。

(2)平成22年1月,被告の代表取締役ら幹部と本件ホテルで勤務している従業員との間で顔合わせがあった後,同年2月から,被告人財開発部長の丁木花子(以下「丁木部長」という。)らと各従業員との間で,面談があった。

丁木部長あるいは人事担当者は,原告に対し,従前の給与額27万円は保障するが,内訳は基本給が14万円,成果給が13万円であること,成果給は,業績に応じて年1回改定されること,宿直は,従前複数人で担当していたが,以後,1人で担当する代わりに,宿日直手当を新設し,1回3000円を支給することなどを説明し,被告の就業規則(甲2の1)及び給与規程(甲2の2)を原告に交付した。

なお,宿日直手当は,宿泊フロントの宿直業務に関しては,海外からの英語での電話応対が必須で仮眠が取れない状況のため,設定されたものである。

(3)原告が上記の条件に合意したため,被告は,同年4月30日付けで雇入通知書(乙3)を原告に交付した。雇入通知書には,賃金として,「基本給 140,000円,役割給0円,役割業務手当0円,成果給130,000円」と記載されており,ほかに通勤手当が支給される旨が記されている。

(4)被告の給与規程等において,次の内容の規定がある。

「基本給の月額は,近畿地区勤務者14万円,山口・福岡・広島・岡山地区勤務者13万円,岩手地区勤務者12万円とする。成果給は,年1回改定し,新年度の成果給は前年の勤務手当の年間平均の90%を基本とし,人事考課によって決める。ただし,成果給が前年度より減額となった場合,直前3か月の成績により,前年度の成果給を上限として,成績手当が支給されることがある。」

(5)本件ホテルは,平成22年5月当時,アルバイトを含め,16人が勤務していた。宿泊担当が原告を含め6人,調理担当が4人,レストラン担当が4人,管理担当が2人である。

被告は,同年3月27日,本件ホテルの労働者代表との間で,時間外労働に関する協定を締結し,同年5月1日から1年間,時間外労働として,1日5時間,1か月45時間,1年360時間まで延長することができる(ただし,6回まで1か月100時間を限度に更に延長可)旨の労使協定を締結した。

(6)原告は,宿泊客の対応,宿泊受付や顧客管理等のほか,本件ホテルには外国人の宿泊客が多いため,英語での電子メール連絡や電話応対等といった業務を担当していた。また,本件ホテルには,営業部門はなく,原告を含めたフロントの従業員が営業も担当していた。

本件ホテルのチェックアウト時刻は正午のため,宿泊客のチェックアウトは午前11時台が多く,フロント業務としては,その頃が最も多忙であった。被告では,勤務開始・勤務終了時刻については,各事業所に任せていた。原告は,昼間勤務の場合,午前10時台に出勤し,午後10時台に退勤,宿直の場合,午後9時台に出勤し,翌午前11時台に退勤することが多かった。原告の具体的な出勤,退勤時刻は,別紙3裁判所計算書の「時間外・深夜早朝手当計算書」の各該当欄記載のとおりである。

(7)原告の被告における給与額は,基本給14万円と成果給13万円の合計27万円が固定給であり,それに通勤費1万0500円と宿日直手当1回3000円が支払われていた。たとえば,平成22年8月分(9月支給)については,13回の宿直を担当して宿日直手当3万9000円が加算され,総支給額は31万9500円であった(甲3の5)。この月の労働時間は,総労働時間230時間24分,時間外労働72時間19分である(別紙3裁判所計算書の2010年8月の月合計欄参照。宿日直手当の休憩時間については後に触れる。)。

(8)被告の人事担当者は,平成23年2月,原告に対し,原告の成果給は同年3月から前年比10%減の月額11万7000円となること,成績がよけれは成績手当が支給されることを通知した。原告の給与は,同月から成果給につき11万7000円となった。

(9)原告は,平成23年4月末で退職することにし,同月については有給休暇及び未消化の公休を使いたい旨本件ホテルの責任者である丙山支配人に伝えた。丙山支配人は,本社に確認のうえで,それを了承した。しかし,被告は,原告の有給休暇は10日,公休は9日であるため,残り11日は欠勤として扱い,4月分の給与につき欠勤分12万8499円を控除して支払った。

2  争点1(成果給及び宿日直手当が時間外手当にあたるか)について

(1)まず,成果給が時間外手当にあたり,割増賃金の基礎賃金から除外されるかという点を検討する。

ア 被告の就業規則及び給与規程において,成果給を時間外手当とし,割増賃金を計算する基礎賃金には含まれないことが明記されており,この就業規則や給与規程は,原告に交付されている。そして,成果給は,前年度の成果(業績)に応じて人事考課によって決められることになっている。

被告は,こうした賃金体系につき,「成果を上げるためにはある程度時間外労働をする必要があるが,実際の時間外労働時間により計算した時間外手当が成果給よりも低額であっても成果給の支払は保障されており,仮に,実際の時間外労働時間により計算した時間外手当のほうが成果給を上回った場合には,その差額が支給されるのであるから,労働者に不利益はない」と主張する。

成果給はすべて時間外手当であり,基本給との区別は明確にされているので,時間外労働に対する割増賃金を計算することはできる。そして,時間外手当につき,定額で支払うことは可能であることからすると,被告の定める賃金体系には問題はないようにみえる。

イ  しかしながら,被告のこうした賃金体系は,次の理由により,是認することはできない。

まず,原告の基本給は14万円,成果給は13万円とほぼ拮抗しており,さらに,他の手当も,役割給(役職者手当)と通勤手当を除くと,すべて時間外手当と位置づけられており,宿日直手当を受けている原告の場合,宿日直手当を含めると,時間外手当が基本給を上回る仕組みになっている。

いうまでもなく,基本給は所定労働時間の労働に対する対価であり,本件では1日8時間勤務に対する対価である。これに対し,時間外手当は1日8時間,週40時間を超えた労働に対する対価である。そうすると,本件において,時間外手当が基本給を上回っているということは,時間外手当の割増率(時間外労働につき25%,深夜労働につき25%(両者が重なると50%)。原告の場合休日勤務はない。)を考慮しても,1日少なくとも5時間を超える時間外労働をすることを前提とした賃金体系になっているといえる。もちろん,被告が主張するように,成果主義が採用されているので,より短い労働時間で成果を上げた場合には,1日5時間を超える時間外労働をする必要はないが,業務の性質が大幅に労働者の裁量に委ねられているような裁量労働者である場合はともかく,原告の場合,ホテルのフロント業務であり,宿泊客等に対する対応が主たる業務であるから,概ね成果(業績)は労働時間に比例すると考えられる。そして,所定内労働と時間外労働で労働内容が異なるものではない。そうすると,基本給(所定労働時間内の賃金)と成果給(時間外手当)とで労働単価につき著しい差を設けている場合には,その賃金体系は,合理性を欠くというほかなく,基本給と成果給(時間外手当)の割り振りが不相当ということになる。

この点を具体的に検討する。たとえば,原告の平成22年8月の勤務をみると(他の月も概ね同じような賃金額と労働時間になっている。),基本給は14万円に対し,時間外手当は,成果給13万円に宿日直手当3万9000円を合わせた16万9000円である。この月の原告の労働時間は,前記認定のとおり,総労働時間約230時間,所定内労働時間約158時間,時間外労働時間約72時間であり,時給を計算すると,所定内労働については約890円に対し,時間外労働は約2350円となる。宿日直手当については宿直したことの手当であるので,これを除外して成果給のみでみても,時間外労働の時給は約1800円となり,時間外手当について,基本給の時給の倍の賃金を支払っていることになる。時間外手当については,基本賃金の25%以上を支払わなければならず,100%以上の金額を支払っても悪くはないが,原告の所定内労働と時間外労働で労働内容が異なるものではないことからすると,被告における賃金体系は,基本給と成果給(時間外手当)とのバランスをあまりにも欠いたものであり,成果給(時間外手当)の中に基本給に相当する部分を含んでいると解さざるを得ない。

また,成果給は,前年度の成果に応じて人事考課によって決められる。他方,時間外手当は労働者を法定労働時間を超えて労働させた場合に使用者が支払う手当であって,労働時間に比例して支払わなければならないものであり,前年度の成果に応じて決まるような性質のものではない。そうすると,被告において,性質の異なるものを成果給の中に混在させているということができる。

さらにいえば,被告における基本給は,ほぼ最低賃金に合わせて設定されている。たとえば,岩手,広島,大阪の各勤務者の基本給の月額は,岩手12万円(月の所定労働時間は172.5時間であるので,時給換算で約696円),広島13万円(同約754円),大阪14万円(同約812円)と決められているが,平成22年度の最低賃金時間額をみると,岩手は644円,広島は704円,大阪は779円であり,被告の基本給は,いずれも最低賃金を上回り,万単位で最も低い金額としている(近畿地区勤務者は大阪に合わせ,広島周辺の勤務者は広島に合わせている。)。そして,それ以外の賃金はすべて時間外手当とすることによって,よほど長時間の労働をしない限り,定額の時間外手当のほかに時間外手当は発生しない仕組みになっている(たとえば,近畿地区勤務者であれば,基本給の時給は812円であり,時間外手当の割増率25%で時給1015円,深夜労働と重なると割増率50%で時給1218円であるから,成果給13万円を超える時間外労働をした場合というのは,月106時間(割増率50%)ないし128時間(割増率25%)の時間外労働をしたときである。)。

原告の給与額の決め方をみても,原告は被告が本件ホテルを買収する以前から本件ホテルで勤務し,月額27万円の給与を受けていたところ,被告において,月額27万円を保障しつつ,基本給を最低賃金時間額に合わせて月額14万円とし,その余の13万円を成果給との名目で時間外手当としたものであるといえる。つまり,被告において,時間外手当について,被告が求める成果(その内容は本件全証拠によっても定かではないが)を達成するためにどの程度の時間外労働を要するかなどの検討をした様子は全くなく,単純に最低賃金時間額を上回って万単位で最も低い金額を基本給とし,27万円を保障するためにその余を定額の時間外手当に割り振ったものであるといえる。

所定労働時間内の業務と時間外の業務とで業務内容が異ならないにもかかわらず,基本給と時間外手当とで時間単価に著しい差を設けることは本来あり得ず,被告の給与体系は,時間外手当を支払わないための便法ともいえるものであって,成果給(時間外手当)の中に基本給に相当する部分が含まれていると評価するのが相当である。

ウ  以上のとおり,被告の賃金体系は不合理なものであり,成果給(時間外手当)の中に基本給の部分も含まれていると解するのが相当である。そうすると,成果給がすべて時間外手当であるということはできず,成果給の中に基本給と時間外手当が混在しているということができるのであって,成果給は割増賃金計算の基礎賃金に含まれるとともに,時間外手当を支払った旨の被告の主張は失当である。

(2)宿日直手当についても,(1)と同様のことがいえ,基本給以外をすべて時間外手当にしたというものであって,合理性を欠いたものである。そして,宿日直手当は,通勤手当等の個人的な事情によるものではなく,割増賃金計算の基礎賃金に含まれる。

したがって,宿日直手当についてすべて時間外手当であり,時間外手当として支払った旨の被告の主張は失当である。

3  争点2(原告の宿直勤務の休憩時間)について

原告の被告における宿直勤務について,原告は全く休憩が取れなかったと主張する。確かに,1人での宿直勤務であり,多忙であったことは認められるが,午後9時台から翌午前11時台までの勤務であり,他の従業員が勤務している時間帯もあることから,全く休憩を取れなかったとは考えにくく,1時間程度の休憩を取っていたと認めるのが相当である。

4  争点3(平成23年4月の給与減額)について

原告は,平成23年4月末で退職することにし,同月については有給休暇及び未消化の公休を使いたい旨を丙山支配人に伝え,丙山支配人は,本社に確認のうえで,それを了承したために,原告は同月について現実に勤務しなかったものということができる。仮に,被告の主張どおり,11日間について公休や有給休暇に該当しないことを告げられていれば,原告としてはその期間現実に勤務していたと考えられるところであって,退職した後の給与の支払の時点になって,11日間は欠勤にあたるとして給与の減額をすることは信義則に反するということができる。

したがって,被告は,11日分の給与を減額することはできない。

5  結論

以上のとおり,成果給及び宿日直手当については,すべてが時間外手当であると認めることはできず,実質的に基本給に相当する部分も含まれているということができるところ,基本給と時間外手当の区別ができていないため,割増賃金計算の基礎賃金に含まれることになる。労働時間については,宿直勤務につき1時間の休憩を取っていたと認めることができる。平成23年4月分については,12万8499円を減額したことは信義則に反する。

これらに基づいて,未払賃金及び時間外手当を計算すると,別紙裁判所計算書のとおりとなる。

付加金については,被告による前記賃金体系が不合理であることが明白であるとまではいえず,不払も一応の理由があるといえることなどからすると,その支払を命じることは相当ではない。

そうすると,原告の請求は,時間外手当を含めた未払賃金276万0415円,平成23年4月分の給与の支払日である同年5月15日時点での確定遅延損害金7万7841円の合計283万8256円及びうち276万0415円に対する同月16日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律6条1項所定の年14.6%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 大島眞一)

別紙

1 原告計算書〈省略〉

2 被告計算書〈省略〉

3 裁判所計算書〈省略〉

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