京都地方裁判所 平成22年(ワ)3994号 判決
京都市〈以下省略〉
原告
X
同訴訟代理人弁護士
住田浩史
東京都中央区〈以下省略〉
被告
野村證券株式会社
同代表者代表執行役
A
同訴訟代理人弁護士
木村圭二郎
同
濱和哲
同
福塚圭恵
主文
1 被告は,原告に対し,1241万5769円及びこれに対する平成21年3月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを7分し,その6を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,8389万3976円及びこれに対する平成21年3月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告から,社債1銘柄及び仕組債2銘柄を購入した原告が(以下,これら3銘柄を併せて「本件各商品」といい,原被告間の各売買契約を「本件各売買契約」という。),被告には,各仕組債につき,①本来,組成,販売すべきでない商品を組成,販売したとする仕組責任,全商品につき,②適合性原則違反,③勧誘の過程ないし販売後における説明義務違反があり,これにより損害(取引による損失7629万3976円及び弁護士費用760万円)を被ったと主張して,債務不履行又は不法行為(被告自体の不法行為責任及び従業員の行為についての使用者責任)に基づき,被告に対し,上記損害金及びこれらに対する不法行為日からの民法所定の遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに各項掲記の各書証及び弁論の全趣旨によって認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は,昭和33年○月○日生まれで,a歯科大学を卒業し,昭和59年から複数の歯科医院で勤務医として働き,現在は,b歯科医院を開設して歯科医業を行っている(争いなし)。
イ 被告は,売買の取次ぎ等の金融商品取引業を目的とする証券会社であり,被告京都支店の従業員B(以下「B」という。),同従業員C(以下「C」という。),同従業員D(以下「D」という。)が,原告との間の本件各売買契約に関する勧誘,交渉等を担当していた(争いなし)。
(2) 取引経過
ア フォードモーターカンパニー社債(以下「フォード債」という。)について
(ア) 原告は,平成16年4月15日,Bの勧誘により,被告から,下記の内容のフォード債を額面100万米ドルで購入し,被告に対し,95万0396.53米ドル(経過利子を含む。)を支払った(乙1,24)。
記
銘柄コード M9582
年利 6.625%
利払日 4月1日及び10月1日の年2回
償還日 平成40年10月1日
(イ) 原告は,被告から,平成16年10月1日,平成17年4月1日及び同年10月1日に,それぞれフォード債の利金の支払いを受けた(争いなし)。なお,その金額については,後記のとおり,争いがある。
(ウ) 原告は,平成18年3月3日,フォード債を売却し,代金61万1200米ドル,経過利子2万8892.36米ドルの合計64万0092.36米ドルを受領した(甲1,乙24)。
(エ) 平成16年4月当時のスタンダード&プアーズによるフォード債の格付けは,BBB-であったが,平成17年5月には,BB+となっていた(争いなし)。
イ ノムラヨーロッパファイナンスエヌブイNo.4553(以下,「NV4553」という。)について
(ア) 原告は,平成16年9月16日,Cの勧誘により,被告から,下記の内容のNV4553を額面50万米ドルで購入し,被告に対し,50万米ドルを支払った(乙9,24)。
記
銘柄コード U0937
発行体 NOMURA EUROPE FINANCE N.V.(NEF#4553)
発行日 平成16年10月7日
利払日 毎年4月7日と10月7日の年2回
利金 当初1年間は年7.00%
以後9年間は年7.00%×b/B
b:当該利息計算期間中に6か月米ドルLIBORが当該コリドーレンジの条件を満たした実日数
B:当該利息計算期間中の実日数
コリドーレンジ:当初1年間は設定なし。
以降1年間は,6か月米ドルLIBORが0.00%以上3.40%以下。
以降1年間は,6か月米ドルLIBORが0.00%以上3.80%以下。
以降1年間は,6か月米ドルLIBORが0.00%以上4.20%以下。
以降1年間は,6か月米ドルLIBORが0.00%以上4.60%以下。
以降1年間は,6か月米ドルLIBORが0.00%以上5.00%以下。
以降1年間は,6か月米ドルLIBORが0.00%以上5.40%以下。
以降1年間は,6か月米ドルLIBORが0.00%以上5.80%以下。
以降1年間は,6か月米ドルLIBORが0.00%以上6.20%以下。
以降1年間は,6か月米ドルLIBORが0.00%以上6.60%以下。
早期償還条件 支払利金の累積合計(当該利金を含む。)がターゲットレベル(10.36%)以上となる場合,当該利払日において自動的に早期償還される。
満期償還日 平成26年10月7日
(イ) 原告は,被告から,平成17年4月7日及び同年10月7日に,それぞれNV4553の利金の支払いを受けた(争いなし)。なお,その金額については,後記のとおり,争いがある。
(ウ) 原告は,平成18年6月20日,NV4553を売却し,その代金として34万0500米ドルを受領した(甲3,乙24)。
ウ ノムラヨーロッパファイナンスエヌブイNo.8168(以下,「NV8168」という。)について
(ア) 原告は,平成18年2月16日,Cの勧誘により,被告から,下記の内容のNV8168を額面50万米ドルで購入し,被告に対し,50万米ドルを支払った(甲5,6,乙24)。
記
銘柄コード Q2360
発行体 NOMURA EUROPE FINANCE N.V.(NEF)
発行日 平成18年3月9日
利払日 初回平成19年3月9日,以降毎年3月9日の年1回
利金 年19.65%
参照期間 平成18年2月17日から平成21年3月2日まで(両日を含む。)
満期償還日 平成21年3月9日
満期償還額
①参照ポートフォリオ損失額(L)<プロテクション金額の場合
元本100%の現金(米ドル建)により償還する。
②プロテクション金額≦Lの場合
1券面あたり,券面金額×R(%)の現金(米ドル建,セント未満四捨五入)により償還する。
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(小数点第2位未満切り捨て。ただし,Lがプロテクション金額と発行額の和以上となる場合,償還額は0になる。)
L:参照ポートフォリオを構成する各オプションに係る損失額の合計
各オプションに係る損失額の計算方法は以下のとおり。
ⅰ参照期間中,株価(ザラ場を含む。)が一度でもノックイン価格以下になり,かつ,Pi<Kiである場合
損失額=T/N×(1-Pi/Ki)
(セント未満切り捨て。)
T:想定元本総額
N:参照対象株式の銘柄数
Ki:銘柄iの基礎価格
Pi:銘柄iの平成21年3月2日の終値
ⅱ参照期間中,株価が一度もノックイン価格以下にならなかった場合又はPi≧Kiである場合
損失額=0
参照対象銘柄
基礎価格
ノックイン価格
株式会社セブン&アイ・ホールディングス
4730円
2838円
ジェイエフイーホールディングス株式会社
4010円
2406円
日本電産株式会社
9580円
5748円
株式会社アドバンテスト
1万3500円
8100円
本田技研工業株式会社
6810円
4086円
住友商事株式会社
1450円
870円
株式会社みずほフィナンシャルグループ
89万9000円
53万9400円
株式会社ミレアホールディングス
217万円
130万2000円
三菱地所株式会社
2505円
1503円
株式会社エヌ・ティ・ティ・データ
50万7000円
30万4200円
(イ) 原告は,被告から,平成19年3月9日及び平成20年3月9日に,それぞれNV8168の利金の支払いを受けた(争いなし)。なお,その金額については,後記のとおり,争いがある。
(ウ) 原告は,平成21年3月3日,NV8168を売却し,その代金を受領した(争いなし)。なお,その金額については,後記のとおり,争いがある。
2 争点
(1) 仕組責任の有無
(2) 適合性原則違反の有無
(3) 説明義務違反の有無
(4) 損害額
(5) 不法行為責任についての消滅時効の成否
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(仕組責任の有無)について
(原告の主張)
ア NV4553について
NV4553は,いわゆる仕組債の一つであり,米ドル建てのレンジ・アクルーアル債(参照金利がある一定のレンジ内にあれば,その期間に応じて利金が支払われる。この一定のレンジを「通路」に見立てて,コリドー債とも呼ばれる。)及びターンズ(ターゲット・リデンプション・ノーツ)が組み込まれた,極めて複雑な内容の債券である。
レンジ・アクルーアル債の部分については,投資家は,当初1年間はNV4553の発行価額の7%の利金を得られるものの,その後は,指標となる6か月米ドルLIBOR(米ドルのロンドン銀行間取引レート)が,あらかじめ各年ごとに定められたコリドーレンジ内にある日数分だけ,利金を取得できる。
ターンズの部分については,上記の仕組みによって得られた利金が合計でNV4553の発行価額の10.36%に達すれば,自動的に債券が早期償還となるという仕組みである。
よって,NV4553で一般投資家が得られる利金の上限は,発行価額の7%から最大でも10.36%に限定されることになる。しかしながら,他方で,6か月米ドルLIBORが,あらかじめ定められたコリドーレンジの範囲を超えている時期は,利金を得られなくなり,この場合,NV4553は,最大10年間という長期間,いわば「塩漬け」となってしまう。一般投資家は,自らの資産について,利金が得られないままに他の運用にも回せないということになり,またこれを満期前に売却しようとしても,特殊な仕組債であるから,買い取る相手は証券会社しかおらず,多額の損失を負ってしまう。
このように,一般投資家が得られる利益は一定に限定されており,早期償還ができなければ,一般投資家は巨額の損失を負う反面,この商品を売る証券会社は,かかる損失のリスクを一般投資家に転嫁した上で,仕組手数料としての差益を確実に得ることができる。
具体的には,NV4553は,以下の点で,顧客に不利な内容の商品である。
(ア) リスクとリターンの非対称性
債券が,最大10年間「塩漬け」となるというリスクは,一般投資家にとって極めて大きいリスクである。資産があっても引き出せず他の運用方法もとれないとなれば,実質上の資産は大きく目減りしていることになる。
また,米ドル建てであり,長期間であればあるほど,為替変動リスクも増幅されるということになる。
他方,リターンは最大でも,発行価額の10.36%に限定されている。
(イ) 6か月米ドルLIBORの予測の困難性
参照金利である6か月米ドルLIBORは,これを数年間の長期にわたって予測し続けることは,一般投資家にとって不可能なことであり,偶然性,射倖性が高い。
(ウ) 損失の回避可能性の欠如
投資家としては,自らの予測が一度外れてしまえば,損失を回避する術がなく,満期前に債券を証券会社に売却するほかないが,その際には,市場もない完全な相対取引なのであるから,極めて安価で売却せざるを得ない。また,その際に算定される時価が適正であるとの根拠も不明である。
(エ) 経済的有用性の欠如
顧客がNV4553を購入しても,その購入行為が,実際に米ドルLIBORの指数その他現実の市場に影響を及ぼすものではなく,取引に経済的な有用性があるとはいえない。また,このNV4553の販売により,どのようにして利金の資金源を確保しているのかも明らかではなく,その利金の設定根拠にも疑問が残る。
以上のとおり,NV4553は,ハイリスクで賭博性の強いものであり,原告にとって損失の危険性及びその程度を認識することは困難であり,かつ,損失の回避可能性もなく,経済的に正当な行為ともいえない。
よって,被告はこのような仕組債を組成,販売すべきではなかったのであり,仕組責任を負うべきである。
イ NV8168について
NV8168も,NV4553と同様,デリバティブが組み込まれた仕組債の一種である。
NV8168については,その利金は,1年間で発行価額の19.65%とされている。しかしながら,次のように参照対象となる複数の銘柄の株価に連動したデリバティブ(リンク債)が組み込まれており,一般投資家は,巨額の損失を被る可能性もある。すなわち,想定元本を,発行価額である100万米ドルの10倍の1000万米ドルとして,日本国内の証券取引所に上場している,あらかじめ被告によって指定された10銘柄の株式に100万米ドルずつ投資すると仮定し,この10銘柄のうち1銘柄でも,あらかじめ被告によって定められたノックイン価格(基礎価格の60%相当額)を下回って(ノックイン),かつ,3年後の満期償還額決定日までに基礎価格に回復していなければ,損失として確定することとなる。
NV8168も,以下のとおり,顧客に極めて大きなリスクを負わせる商品である。
(ア) リスクとリターンの非対称性
NV8168は,一般投資家が,額面50万米ドルの投資でもって,その20倍ものレバレッジが効いた1000万米ドル分の株価変動リスクを背負い,最大で元本を全て失うこととなるという,極めて大きなリスクを負わせられる商品である。
また,米ドル建てであり,為替変動リスクも存在している。
他方,利金の利率は1年間で19.95%に限定される。なお,これは利息制限法所定の利率をはるかに超過する利率であるが,逆にいえば,証券会社によって一般投資家に押しつけられているリスクが極めて高いということである(実際は証券会社が仕組手数料を抜いているため,よりリスクは高い。)。
(イ) 10銘柄の参照対象株式株価の予測の困難性
10銘柄の参照対象株式のうち1銘柄でもノックインすれば,顧客に極めて甚大な損害が生じ,さらに複数銘柄がノックインすればさらに損害が広がる。
一般投資家としては,この債券を購入すべきか否かを判断するにあたり,10もの銘柄の株価の予測を全て行わなければならないが,これはほぼ不可能に近い。
さらに,NV8168は極めて複雑な仕組みのため,一般投資家は,いかにこれが危険かということを認識することができない。この危険性と認識可能性のズレこそが,本件仕組債の真のリスクである。
個々の銘柄についてみても,うち3銘柄は過去のデータ不足が著しいこと,ボラティリティの激しい銘柄が多いこと,多様な分野の銘柄に渡っており,一見リスクの分散に見せながら,実はリスクを高めていることという点において著しく不合理な選択がされている。
(ウ) 損失の回避可能性の欠如
参照対象株式の株価についての予測が,いったん外れてしまえば,損失を回避する術はなく,満期前に証券会社に売却するほかないが,その際には,市場もない完全な相対取引なのであるから,極めて安価で売却せざるを得ない。
(エ) 経済的有用性の欠如
顧客がNV8168を購入しても,その購入行為が,実際に10銘柄の株式の株価その他現実の市場に影響を及ぼすものではなく,取引に経済的な有用性があるとはいえない。また,このNV8168の販売により,どのようにして利金の資金源を確保しているのかも明らかではなく,その利金の設定根拠にも疑問が残る。
以上のとおり,NV8168は,ハイリスクで賭博性の強いものであり,原告にとって損失の危険性及びその程度を認識することは困難であり,かつ,損失の回避可能性もなく,経済的有用性も全くない。
よって,被告はこのような仕組債を組成,販売すべきではなかったのであり,仕組責任を負うべきである。
(被告の主張)
ア 原告のように,高い学歴に裏付けられた高度の理解力と,相当の年収と相当の資産を有しており,そのような資力と理解力を前提として,様々な種類の投資をする意欲を有する者は,銀行預金や国債の低金利に満足できず,少なくとも,その資産の一定割合について,高いリスクを前提としつつも,高いリターンを求める運用をしたいというニーズを有している。そのような適格性を有する投資家の高いリターンの商品ニーズを,社会的有用性がないとして無視することはできない。
仕組債の基礎となる商品組成のシミュレーションモデル等については,金融庁の検査対象となっているので,一定の行政的規制のもとで,上記の社会的ニーズに基づき設計されている。
イ NV4553について
NV4553は,元本を毀損するような構造とはなっておらず,デリバティブとしての仕組みは,受け取るべき利金の多寡に関わるだけである。しかも,その利金についても,7%を先取りできている商品であり,それは,10年定期預金と比較しても遜色のない利率である。
NV4553の内容は以下のとおりであり,実質的には,早期償還条件がついた10年満期の外貨定期預金であり,被告が仕組責任を負うような商品でないことは明らかである。
(ア) NV4553の購入者は,元本(券面額5000万ドル)を被告に払い込む。
(イ) 満期は10年である。
(ウ) 満期時に,元本(券面額)全額が購入者に返還される。元本及び利金の支払は,被告及び被告の持株会社によって保証されている。
(エ) 購入者は,6か月米ドルLIBOR(ロンドン銀行間取引金利を意味し,金利計算の客観的指標として,極めて一般的に使用されている数値である。)の水準に関係なく,1年目に7%の利金を受け取る。
(オ) 2年目の利金は,6か月米ドルLIBORの水準が,定められた条件を満たした期間に応じて,追加的に支払われる。条件を満たさない場合,追加の利金の支払はない。
(カ) 利金の支払合計額が10.36%に達した場合,満期前に元本が購入者に返還される(早期償還)。
ウ NV8168について
NV8168は,元本毀損リスクのあるものではあるが,以下の内容を有するものであり,購入者に過大なリスクを負わせるような商品ではない。
(ア) NV8168の購入者は,元本(券面額5000万ドル)を被告に支払う。
(イ) 満期は3年である。
(ウ) 年19.65%の利金が年1回(計3回)支払われる。仮に,ノックインにより計算上,元本がゼロとなった場合でも,3年間の利金の支払は行われる。
(エ) 参照対象株式のうち,1銘柄でもノックイン(基礎価格の60%以下の価格となること)が生じれば,元本が計算上,ゼロとなる可能性がある。
ただし,1銘柄のみのノックインにより元本がゼロになるのは,当該銘柄(株式)の発行会社が倒産するような場合であるから,実際上,元本がゼロになるのは,2銘柄以上にノックインが生じた場合である。
(オ) NV8168の購入者は,ノックインがなかった場合,満期に元本の償還を受け,かつ,3年分の利金の支払を受けるから,元本100に対して,約160のリターン(3年間で約60のプラス)を得る。
(カ) 他方,ノックインが生じたことにより,元本がゼロとなった場合でも,NV8168の購入者は,3年分の利金の支払を受ける。そのため,利金として約60のリターンがあるから,元本がゼロでも,購入者にとってのマイナスは約40にとどまる。
(2) 争点(2)(適合性原則違反の有無)について
(原告の主張)
ア 原告の属性
原告は,投資に関する基礎的な知識を有しておらず,証券会社の担当者が勧める商品であれば間違いないであろうと考え,取引のほとんどを担当者に実質的に一任していた状態であった。Money Management Fund(以下,「MMF」という。)公社債等の取引の経験はあるが,仕組債の仕組み等を十分に理解して取引を行っていたのではない。
また,原告は,余裕資金をもって,安全性を第一に重視した投資を希望していた。
イ フォード債について
フォード債には,信用リスク,価格変動リスク,為替リスク及び流動性リスクが存在しており,また,具体的リスクとして,フォード債の格付けが投機対象の一歩手前であったことを考えれば,社債やその抽象的リスクについての知識も十分持ち合わせておらず,かつ,第一に安全性を重視している原告に対して,この商品の購入を勧誘することは適合性原則違反となる。
ウ NV4553について
安全性を重視し,NV4553の仕組みやその対象となる6か月米ドルLIBORの予測をする知識など到底持ち合わせていない原告に対し,上記のとおりNV4553という複雑な仕組みのハイリスクな取引を勧誘することは,適合性原則違反となる。
エ NV8168について
安全性を重視し,NV8168の仕組みや,その対象となる銘柄の株価についての長期間にわたる予測を行う知識など到底持ち合わせていない原告に対し,上述のとおりNV8168という複雑な仕組みのハイリスクな取引を勧誘することは,適合性原則違反となる。
(被告の主張)
ア 原告の属性について
原告は,平成7年から,多額かつ頻回のMMFや公社債等の経験を積み重ね,平成15年3月ころからは,多額かつ頻繁に外貨建商品への投資を開始しただけでなく,国内外の株式投資,さらには,原告自身が危険と主張する外貨建EB債にまで投資した。
したがって,原告は,単なる社債にすぎないフォード債や,10年満期の外貨建て定期預金の実質にすぎないNV4553はもちろんのこと,NV8168についても,その投資に十分な知識と経験を有していた。
原告が安全性を第一に重視していたのであれば,口座開設時から現在に至るまで,MMFやMoney Reserve Fund(以下,「MRF」という。),公社債投資信託のみでの資産運用をしていたはずである。むしろ,原告の投資態様は,外貨建債券や株式投資,さらには外貨建てEB債への投資からも明らかなように,元本が毀損するリスクを引き受けた上で,積極的な運用益を求めるというものであった。
イ フォード債について
フォード債は,フォード社が発行する米ドル建ての社債であり,フォード債の購入者は,毎年,年利6.625%の利払いに加え,償還日(平成40年10月1日)には,元本100%の償還を受ける。
フォード債は,ごく通常の金銭消費貸借契約を実質とする社債である。
証券への投資をする以上,発行体の信用リスクは常に問題となるが,それはフォード債に限ったことではない。
為替リスクとは,異なる通貨で取引の成果を認識する場合に生じるリスクであるところ,原告は,フォード債の購入に先立ち,相当額の米ドル資産を有しており,その米ドル資産にてフォード債を購入し,売却後も売却代金を円に転換せず継続保有しているのであるから,為替リスクは問題とならない。
価格変動リスクについて,フォード債の償還期限は30年であるが(ただし,原告購入時の年限は残り24年であった。),同等の期間の長期の債券も存在するし,とりわけ,安定的な投資を求める場合には,そのような期間の投資を極めて長いと評価することはできない。
ウ NV4553について
NV4553の発行体の格付けは,A+(株式会社格付投資情報センター),AA(株式会社日本格付研究所),A-(スタンダード&プアーズ)と高く,その上,被告及び被告の持株会社が信用補完しているのであるから,長期的に保有すれば,元本が償還されないリスクは極めて低い商品である。
エ NV8168について
NV8168には,元本割れのリスクがあるが,原告は,自ら目指した高いリターンというニーズを充足するために,そのリスクを引き受けることを決断して,NV8168を購入したものである。
原告は,NV8168の購入までの相当長期にわたる投資経験に基づき,元本の毀損リスクさえ,自らの合理的な投資判断として引き受け,積極的に高い収益性を求めた投資を行ってきたのであり,NV8168は,ノックインが生じなければプラス60の利益が見込める一方,リスクはマイナス40に限定されているのであるから,むしろ,原告の投資方針に適合した商品である。
(3) 争点(3)(説明義務違反の有無)について
(原告の主張)
ア フォード債について
Bは,以下のとおり,フォード債についての原告に対する説明義務を怠った。なお,Bが説明に要した時間は,5ないし10分程度であり,同時にブラジル国債の説明などは受けていない。「外国証券内容説明書」(乙1)も交付されておらず,原告が交付を受けたのは,A4用紙1枚に買付単価等のシミュレーションが記載された「仮計算結果」である。
(ア) 社債取引一般についての説明義務違反
Bは,原告に対して,社債取引の仕組みや内容について,一切説明しなかった。
(イ) 社債の抽象的リスクについての説明義務違反
Bは,原告に対して,米ドル建の外国社債のリスクである,信用リスク,価格変動リスク,為替リスク及び流動性リスクについて一切説明しなかった。
(ウ) フォード債の具体的リスクについての説明義務違反
Bは,原告に対して,フォード債の具体的な信用リスクについて,格付けや破綻の可能性の基礎となる情報などを一切告げなかった。そればかりか,「フォード社は世界のビッグ3で,トヨタの何倍もの大企業である。」などと,その安全性を強調するような説明をしたため,原告は安心してこれを信用し,フォード債を購入した。
イ NV4553について
Cは,以下のとおり,NV4553についての原告に対する説明義務を怠った。
(ア) NV4553の仕組み及び内容についての説明義務違反
Cは,NV4553の極めて複雑な仕組み及び内容について,十分な説明をしなかった。
(イ) NV4553のリスクについての説明義務違反
Cは,NV4553の「塩漬け」リスク及びその程度がいかほどかについては全く説明をせず,利金が確実に見込めることのみを説明し,かえって,リスクが低いかのように誤解させるような説明を行った。同人は,NV4553を中途で売却した場合には,価格変動リスクを負うことを一切説明しなかった,
ウ NV8168について
Cは,以下のとおり,NV8168についての原告に対する説明義務を怠った。
(ア) NV8168の仕組み及び内容についての説明義務違反
Cは,NV8168の極めて複雑な仕組み及び内容について,十分な説明をしなかった。とくに,ノックインした場合の損失の算定の仕方は,極めて複雑で分かりにくいものであるが,これについても全く説明をしなかった。また,同人は,説明時に,「外貨建てプロテクション付ノックインプット・エクイティリンク債説明書」(乙11),「(ご参考)外貨建てプロテクション付ノックインプットエクイティ・リンク債(EKO)について」(乙12),「ご参考:プロテクション付ノックインプットエクイティリンク債の満期償還額イメージ」(乙15)及び日経平均のヒストリカルボラティリティのチャート(乙16)のような書面を示すことはしていない。
(イ) NV8168のリスクについての説明義務違反
Cは,NV8168について,ノックインして顧客が損失を被る可能性が低いかのような説明をし,また,多くの銘柄が参照対象となっているためリスク分散になる,満期前に売却できるなどとして,ことさらにリスクが低いかのように誤解させるような説明を行った。さらに,同人は,原告に対し,参照対象株式の株価の予測につき,日経平均株価のヒストリカルボラティリティの数値を示した旨証言するが,かかる数値が,個々の参照対象株式の株価のボラティリティに連動するわけではなく,また,同人は,各株式の株価のボラティリティを示してはいないのであるから,こうした説明も,原告をして,各株式の株価のボラティリティが実際よりも低いと誤解させるような不適切な説明である。
エ 事後的助言義務(説明義務)について
被告は,証券会社として負う誠実公正義務及び善管注意義務に照らして,本件各商品販売後も,原告に対し,適切な措置をとるよう助言すべき義務を負っていたが,これを怠った。
(被告の主張)
ア フォード債について
Bは,平成16年4月15日,ユーエフジェイファイナンスアルバエーイーシー債券を売却した代金で投資する商品として,原告に対し,フォード債とブラジル国債を提案した。具体的には,まず電話で原告に連絡をした後,午後1時ころ,原告の経営する歯科医院を訪れ,1時間程かけて以下のとおり,フォード債の説明を行った。
(ア) Bは,「外国証券内容説明書」(乙1)を用いて,フォード債の発行体,格付け(ムーディズによるものでBaa1,スタンド&プアーズによるものでBBB-),利息,償還日,債券単価の説明とともに,信用リスク,為替リスク,価格変動リスク,流動性リスク等の説明を逐一詳細に行った。
(イ) フォード債についての説明は,ブラジル国債についての説明と併せて,約1時間程度を要した。
Bは,ブラジル国債は利息が実質非課税であったことからブラジル国債を勧めたが,原告は,ブラジル国債の格付けがムーディズによるものでB2,スタンダード&プアーズによるものでB+であることを懸念して,フォード債を購入することとした。
イ NV4553について
Cは,NV4553につき,以下のとおりの説明を行った。
(ア) Cは,平成16年9月13日,b歯科医院における午前の診療後に同医院を訪問し,約1時間30分程度かけて,同商品の説明を行った。
具体的には,Cは,原告に対し,「ユーロ債のご案内 Ver.1」(乙2),発行体概要である「Nomura Europe Finance N.V」(乙3)及び「外貨建てターン債(コリドー型)説明資料」(乙4)を交付し,これらの資料を利用して,NV4553の商品内容を中心に,詳細な説明をした。とりわけ,NV4553の特徴である利金の決定方法については,横軸に前回利払日からの経過日数を,縦軸に6か月米ドルLIBORの値をとり,仮装のコリドーレンジの上限及び6か月米ドルLIBORの動きをグラフ化した図等(乙4の3頁)を利用して具体的に説明した。
(イ) Cの説明に対し,原告は,2年目以降の利金がまったく受け取れないことがあることを理解した旨述べ,Cに対し,満期についての質問をした。これに対し,Cは,NV4553は,最悪でも10年後の満期日に外貨100%で償還されること,受取利金の累積が元本の11.10%を超えれば,早期償還される条件が付されていること,1年目の7.5%の利金は確実に受領できるため,外貨ベースで10年満期の年0.75%の金利を内容とする債券となる可能性があることを説明した。
(ウ) 原告は,Cの説明を受けたその日には結論を出さなかった。その後,NV4553の商品内容に変更があったため(利金が7.5%から7%になり,早期償還のための合計利率が11.10%から10.36%となった),Cは原告に対し,同月15日,かかる変更内容を記載した「ユーロ債のご案内 Ver.1」(乙5),「Nomura Europe Finance N.V」(乙6)をファックスで送付し,当該変更内容の説明を行った。
同月16日,原告からNV4553を購入する旨決定したとの連絡を受け,Cは,「ユーロ債のご案内 Final」(乙7)及び「Nomura Europe Finance N.V」(乙8)をファックスで送付し,後日,「ユーロ債のご案内 Final」(乙9)及び「Nomura Europe Finance N.V」(乙10)を郵送した。これらの書面は,日付等の形式的な変更があるのみで,上記「ユーロ債のご案内 Ver.1」(乙5)及び「Nomura Europe Finance N.V」(乙6)と同内容のものであった。
(エ) なお,原告は,NV4553への投資の前提として,その仕組みに関する金融工学的知識が必要であると考えているようであるが,金融商品への投資に当たっては,商品組成に関わる金融工学上の理論を理解することは必要ではなく,投資判断に必要な情報,すなわち,商品内容としての条件,利率,償還時期,リスク等が理解できれば十分である。
NV4553の投資に当たっては,10年間で7%の利金を得られることで納得するかどうかを投資判断の基本とする。その上,LIBORの値は,一般投資家であっても新聞やインターネット上で容易に知ることのできる数値であるし,米ドルLIBORの上下の予測は,結局のところ,アメリカ合衆国の金利水準の上下に関わってくるのであるから,かかる予測は一般投資家にとっても可能である。
少なくとも,6か月米ドルLIBORの数値が,利金の10.36%のうちの3.036%の部分にしか関わらないことからすれば,NV4553を満期まで保有することを前提とした場合,同商品の提案に当たって,6か月米ドルLIBORの動きを示すチャートが示されることも必要ではなく,LIBORの意味さえ説明されれば十分である。
ウ NV8168について
原告によるNV8168の購入は,フォード債の売却損をカバーするために行われたという経緯から,Cは,原告の納得と慎重な選択を担保するため,同商品の勧誘に当たり,より丁寧な説明を心がけた。
(ア) Cは,まず,平成18年2月13日,b歯科医院を訪問し,原告に対し,「外貨建てプロテクション付ノックインプット・エクイティリンク債説明書」(乙11)及び2006年2月13日付「(ご参考)プロテクション付ノックインプットエクイティ債(EKO)について」(甲17,乙12)を示して,NV8168の説明をし,これらの資料を原告に交付した。とりわけ,Cは,上記「外貨建てプロテクション付ノックインプット・エクイティリンク債説明書」(乙11)によって,同商品の一般的な仕組み,リスク等の説明を行った。
(イ) 同月14日,Cは,午前の診療後にb歯科医院を訪れ,原告に対し,「外貨建てプロテクション付ノックインプット・エクイティリンク債のご案内(米ドル建て)Ver.1」(乙13),「Nomura Europe Finance N.V」(乙14)及び「ご参考:プロテクション付ノックインプットエクイティリンク債の満期償還額イメージ」(乙15)を交付し,診療室内で,約1時間にわたり,NV8168の商品内容,リスクについて詳細な説明をした。具体的には,上記各資料を示しながら,発行体・格付け・利金・参照期間・満期償還額決定日・償還日・参照対象株式・ノックイン価格等の説明,NV8168について高い利金が設定されている理由,元本全額毀損のおそれがあること,その場合でも元本の約6割の利金は取得できること,NV8168は株価やボラティリティによって価格が変動するので,価格が上昇した時点で売却することも可能であること,顧客が参照対象株式の銘柄を変更できること等を説明した。
(ウ) 同月15日,Cはb歯科医院を訪問し,原告に対し,2006年2月15日付「外貨建てプロテクション付ノックインプット・エクイティリンク債のご案内Ver.2」(乙17)及び「Nomura Europe Finance N.V.」(乙18)を交付し,同月16日,2006年2月16日付「ユーロ債の証券内容説明書」(乙19)及び「Nomura Europe Finance N.V.」(乙20)を交付した。
(エ) なお,NV8168の参照対象株式の株価のボラティリティや商品組成上の金融工学に関する情報は,説明義務の対象とならない。
エ 事後的助言義務(説明義務)の不存在
原告は,本件各商品販売後の指導助言義務(説明義務)に関する主張をしているが,そのような義務が法的に認められるか疑問があるだけではなく,仮に,そのような義務が認められるとしても,それは顧客の投資経験が極めて乏しいような場合で,かつ,特に証券会社が指導助言をするといったことを約束したような場合に限定される。本件において,被告が本件各商品販売後の指導助言義務(説明義務)を課される事情は一切存在しない。
(4) 争点(4)(損害額)について
(原告の主張)
ア 本件各商品の利金として原告が受領した額については,源泉徴収税控除後の金額とすべきであり,その額は,フォード債につき各2万6500.02米ドル,NV4553につき各1万4000米ドル,NV8168につき各7万8600米ドルである。
イ 為替レートの変動による損失も,原告の損害として考慮すべきである。
ウ 原告がNV8168の売却時に受領した金額は,被告から通知を受けた金額のみであり,その額は7万2450円(750米ドル)である。
(被告の主張)
ア 本件各商品の利金として原告が受領した額については,源泉徴収税控除前の金額とすべきであり,その額は,フォード債につき各3万3125米ドル,NV4553につき各1万7500米ドル,NV8168につき各9万8250米ドルである。
イ 原告は,米ドル建ての商品を売却し,円に転換することなく,当該売却代金をもって同じく米ドル建ての商品に投資をしていたのであるから,為替リスクを引き受けたことにはならず,為替レートの変動による損失を原告の損害として考慮すべきではない。したがって,原告の損害額を円に換算するには,まず,米ドル建てで損害額を算出し,原告がそれを円に転換することを求めた時点,すなわち,本訴提起時点の米ドル及び円の為替レートにより換算を行うべきである。まお,本訴提起時の為替レートは,1米ドル=82円である。
ウ 原告が,NV8168の売却時に受領した金額は,売却代金及び経過利子を併せて9万8181.25米ドルである。
(5) 争点(5)(不法行為責任についての消滅時効の成否)について
(被告の主張)
本件で,原告が,フォード債を売却したのは平成18年3月3日,NV4553を売却したのは同年6月20日であるから,その時点で損害が確定し,原告は損害及び加害者を知ったといえるところ,本件訴訟が提起されたのは,上記各日から3年が経過した後の平成22年10月8日であるから,フォード債及びNV4553についての不法行為に基づく損害賠償請求権に関しては,消滅時効が完成しており,かかる時効を援用する。
また,NV8168についても,原告の主張によれば,原告は,平成19年5月28日ころ,D及び被告京都支店資産管理課Eの説明に対してNV8168に係る取引を無効にしてほしい旨を述べ,また,同年8月31日ころ,Dは,原告に対して,NV8168の対象株式銘柄がノックインし,元本がゼロとなる見込みである旨を述べたというのであり,遅くともこのころまでに,原告は,損害及び加害者を知ったといえるから,NV8168についての不法行為に基づく損害賠償請求権も時効により消滅しており,かかる時効を援用する。
(原告の主張)
継続的取引関係に基づき発生する金融商品取引被害のごとき損害については,かかる損害が発生するのは,反復継続して行われた一連の取引が終了して取引全体の損害が確定した時以降である。本件で,一連の取引が終了したのは,原告がNV8168を売却した平成21年3月3日であり,原告は,その時から3年を経過するまでの間に本訴を提起しているから,消滅時効は完成していない。
また,原告が損害の発生を知ったのは,いずれの商品についても,本件に関して原告が弁護士に相談をした平成20年11月ころであり,その日から3年を経過する前に本訴が提起されているから,やはり消滅時効は完成していない。
第3当裁判所の判断
1 前提(原告が主張する法律構成について)
上記のとおり,原告は,被告に対し,債務不履行に基づく損害賠償請求と不法行為に基づく損害賠償請求の両者を行っている。もっとも,原告が被告の責任原因として主張するのは,本件各商品のそれぞれについての仕組責任,適合性原則違反及び説明義務違反であり,これらはすべて債務不履行及び不法行為に共通する責任原因である。したがって,まずは,原告が主張する被告の責任原因のそれぞれが認められるかを検討し,その後,その余の点について判断する。
2 被告の責任原因
(1) 争点(1)(仕組責任の有無)について
ア NV4553について
原告は,NV4553について,リスクとリターンの非対称性,参照金利の予測の困難性,損失の回避可能性の欠如,経済的有用性の欠如を理由に,被告は,およそNV4553のような仕組債を組成,販売すべきでなかったと主張する。
しかしながら,NV4553に投資した資産を10年間運用できない場合でも,顧客は最大で10.36%の利金を得ることができるのであり,当時の定期預金の金利等と比較しても,リスクとリターンが著しく非対称といえないことは明らかである。また,参照金利の予測の困難性や予測が外れた場合の損失の回避可能性が無いという特徴は,他の金融商品にもみられる特徴である。
経済的有用性についても,NV4553の買主は,金利が低い状態が続けば,早期に10.36%の利金を回収でき,金利が高くなれば,7.0%以上の金利を得られず,最大10年間元本を回収できなくなるから,逆に,NV4553の売主にとっては,高金利となるリスクへの保険という役割を持つということになるので,そのような需要に応えるという有用性があることは明らかで,そのような保険者の立場に立たせることが著しく不当であるといえるほどの事情もうかがえない。
したがって,被告がNV4553を組成,販売したことが,およそ許されないことであったとはいえない。
イ NV8168について
原告は,NV8168についても,NV4553と同様の理由により,被告はこれを組成,販売すべきでなかったと主張する。
しかしながら,NV8168についても,元本が全額償還されないおそれはあるものの,顧客は年19.65%と高額の利金を得ることができるのであって,リスクとリターンが著しく非対称とはいえず,また,参照対象株式の株価の予測の困難性や,損失の回避可能性の欠如が,被告の仕組責任を基礎づける理由とならないことは,NV4553の場合と同じである。
経済的有用性については,NV8168の買主は,参照対象株式の株価が安定していれば,元本が毀損されることなくしかも高い利金を取得でき,株価が大きく下がった場合には元本を失うことになるが,逆に,売主にとっては,NV8168の仕組みは,株価の下落リスクへの保険という役割を持つということになるので,そのような需要に応えるという有用性があることは明らかである。問題は,買主をそのような保険者の立場に立たせることが著しく不当であるといえるかである。被告は,NV8168の買主は,ノックインがなかった場合,満期に元本の償還を受け,かつ,3年分の利金の支払を受けるから,元本100に対して,約160のリターン(3年間で約60のプラス)を得る一方,ノックインが生じたことにより,元本がゼロとなった場合でも,3年分の利金の支払を受け,利金として約60のリターンがあるから,購入者にとってのマイナスは約40にとどまるので,買主に過大なリスクを負わせるものではないと主張する。しかし,重要なのは買主への支払額がそれぞれの値になる確率であり,各リターン額ないし各マイナス額の生ずる各確率をそれぞれの金額に乗じたものの総和,すなわち期待値が,元本とどの程度乖離するかによって,買主にとってどれほど有利ないし不利かが決まるのであろう。そして,それは,金融工学を用いて計算しなければ判明しないものである。10銘柄のどれもが損害を生じないか小さな損害ですむ確率は,参照対象株式のボラティリティが大きければ,非常に小さいように思え,上記の期待値はかなり買主に不利になることが予想される。もっとも,元本の60%が保障されているという意味では,例えば先物の信用取引のような全く予測不能な損害を生じさせるものともいえない。この点に加え,結局は上記の期待値が参照対象株式のボラティリティに依存することを考慮すると,NV8168の形態の買主を上記の保険者の立場に立たせること自体が著しく不当であるとまではいえない。
そうすると,NV8168についても,被告がこれを組成,販売したことが,およそ許されないことであったとまではいえない。
ウ 以上より,被告に,NV4553及びNV8168についての仕組責任があるとは認められない。
(2) 争点(2)(適合性原則違反の有無)について
ア 証券会社は,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとならないように業務を営まなければならず(適合性原則。平成18年法律第65号による改正前の証券取引法43条1号。金融商品取引法40条1号参照),証券会社の担当者が,顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性の原則から著しく逸脱した金融商品取引の勧誘をしてこれを行わせたときは,当該行為は不法行為法上も違法となる。そして,顧客の適合性を判断するに当たっては,具体的な商品特性を踏まえて,これとの相関関係において,顧客の投資経験,金融商品取引の知識,投資意向,財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある(最高裁平成17年7月14日第一小法廷判決・民集59巻6号1323頁参照)。
イ 原告の属性について
各項掲記の証拠によれば,原告の属性については,これを以下のとおり認めることができる。
(ア) 原告は,平成7年1月30日,被告において証券取引口座を開設し,その後,少なくとも平成21年4月30日まで,継続的に金融商品取引を行っていた。その間に,原告は,MMFやMRF,外貨建社債,日本の株式会社及び外国の株式会社の各種株式,外貨建EB債等の商品を多数購入した。これを詳しくみると,上記取引口座の開設(平成7年1月30日)からフォード債購入(平成16年4月15日)までの間は,MMF,MRF,公社債投資信託,外貨建債券等の商品を多数購入している。また,フォード債購入後,NV4553購入(平成16年9月16日)までの間には,各種株式を購入し,そのうちの一部についてはこれを短期間のうちに売却して利益を上げるなどしていた。さらに,NV4553を購入してからNV8168を購入する(平成18年2月16日)までの間も,原告は,各種株式や外貨建債券,外貨建投資信託等を多数購入している(以上,甲24,乙23,24)。なお,原告は,外貨建債券を売却した際は,その売却代金を円に転換せず,外貨のままで次の商品へ投資していた(証人B,証人C)。
また,原告は,被告との間で金融商品取引を開始する以前にも,大和証券株式会社との間で金融商品取引を行っており,同社との間では,中期国債ファンドや外貨建MMF等の取引を行っていた(乙26の1)。
仕組債については,原告は,NV4553を購入するまでは,これを購入したことがなかった(原告本人,証人C)。
(イ) 平成13年3月11日付顧客カード登録・変更連絡票(乙39の1)においては,原告の投資方針につき,「安全性と収益性のバランスに配慮したい」との項目のうち,「収益性をより重視したい」との項目にチェックが付されており,投資目的の欄については,「余裕資金の運用」との項目にチェックが付されている。また,平成14年3月8日付顧客カード登録・変更連絡票(乙39の2)においては,投資方針につき,「安全性と収益性のバランスに配慮したい」との項目にチェックが付され,投資目的については,「将来のための資産形成」との項目にチェックが付されている。なお,上記2つの顧客カード登録・連絡票には,以上の項目の他に,投資方針については,「元本の安全性を重視したい」,「安全性をより重視したい」,「収益性を追求するため,リスクの高い商品にも積極的に投資したい」との項目があり,投資目的については,「近々に使途が確定している資金の運用」という項目がある(なお,乙39の1及び2は,その記載内容からして,被告の担当者が原告から聴き取った内容を記載したものであることが認められる。)。
(ウ) 原告の平成15年の所得は955万9232円,同16年の所得は1009万9437円,同17年の所得は1019万4668円,同18年の所得は768万5831円であった(甲12の1ないし4)。また,原告の普通預金額は,原告がフォード債を購入した平成16年4月15日時点で38万0146円,NV4553を購入する2日前の同年9月14日時点で466万3917円,NV8168を購入する2日前の平成18年2月14日時点で57万5567円であり(甲10の1ないし3),定期預金については,平成12年8月25日に10年満期で669万円を預け入れている(甲11)。さらに,原告は,自らの自宅の敷地を父親からの贈与で取得しており,自宅の建設資金3000万円は,全額自己資金でまかなっている(原告本人)。
(エ) 以上の事実及び前記前提事実からすると,原告は,仕組債への投資経験こそないものの,フォード債購入時までに多数の投資経験を有し,その後も,日本法人を対象とするものか外国法人を対象とするものかを問わず,株式,社債,投資信託といった金融商品一般に対する投資を継続的に行っていたのであり,総じて豊富な投資経験を有するものといえる。そして,こうした原告の豊富な投資経験に照らせば,上記のような多数の金融商品の購入について,これを被告の担当者に言われるがままに行っていたというのは考え難く,金融商品取引の知識を相当程度有していたことが推認される。さらに,原告の投資意向は,収益性のみを追求するというものではないが,安全性のみを求めるというものでもなく,収益性をも志向していたことが推認される。加えて,日々の生活のための資金以外にも相当程度の資産を有しており,また,外貨建債券の売却代金を円に転換することなく,当該外貨のままでこれを運用していたことからすれば,かかる余裕資産をもって,金融商品に対する投資を行っていたとみるのが相当である。
ウ 次に,上記原告の属性を踏まえた上で,これと本件各商品の商品特性との相関関係において,被告の勧誘行為に適合性原則違反が認められるかについて検討する。
(ア) フォード債について
前記前提事実によれば,フォード債は,フォードモーターカンパニーの発行する社債であり,その内容が複雑であるとか,原告に一方的に不利であるとはいえない。そして,外貨建債券については,一般に,信用リスク,価格変動リスク,為替リスク及び流動性リスクがあるとしても,本件で,原告は,外貨を円に転換しないまま運用していたのであるから,原告に為替リスクは認められず,また,上記原告の属性からすれば,信用リスク,価格変動リスク及び流動性リスクについても,一般の社債が有するリスクとして当然に原告において引き受けるべきリスクといえる。
したがって,被告が,原告に対してフォード債の購入を勧誘したことが,適合性原則に違反するとは認められない。
(イ) NV4553について
前記前提事実によれば,NV4553の仕組みはそれなりに複雑なものであり,6か月米ドルLIBORの予測が困難であるとか,元本が最大で10年間償還されないというリスクは確かに存在する。
しかしながら,上記で認定した原告の属性からすれば,NV4553の仕組みの概要が,およそ原告にとって理解不可能なものであったとまではいえない(なお,上記のような属性を有する原告をもってしても,NV4553の仕組みの概要を把握するためには,被告の担当者の適切な説明が必要であったと考えられるが,そうした説明がなされたか否かについては,説明義務違反の有無を検討する上で考慮すべき事柄である。)。また,10年後の償還日までこれを保有すれば元本が毀損されることはないことからすれば,6か月米ドルLIBORの予測が困難だとしても,その予測が外れることによって原告に積極的な損失が生じる訳ではないといえる。さらに,NV4553を購入した顧客は,1年目には確実に7%の利金を受け取ることができ,これ以外に一切利金を受け取ることができなくても,10年間で年率0.7%の利益を得られるのであるから,当時の銀行預金の利率等にかんがみても,10年間元本を他に運用できないリスクに対して得られる利益が不相応に小さいとはいえない。
したがって,被告が,原告に対してNV4553の購入を勧誘したことが,適合性原則から著しく逸脱していたということはできない。
(ウ) NV8168について
前記前提事実によれば,NV8168の仕組みは複雑なものであり,10銘柄存在する参照対象株式のうち1以上の銘柄が3年間のうちに一度でもノックイン価格以下になり,当該銘柄の満期償還額決定日の終値が基礎価格以下の場合には損失(元本毀損)が生じるという点で,NV8168が有するリスクはそれなりに高いといえる。
しかしながら,上記で認定した原告の属性からすれば,NV8168の仕組みの概要が,被告担当者による適切な説明があってもなお原告には理解不可能なものであったとまではいえない。そして,上記のとおり,NV8168のリスクはそれなりに高いといえるものの,かかるリスクは株価の下落によって発生するものであり,原告が,相当の株式投資の経験を有していたことにかんがみれば,参照対象株式が10銘柄であることにより10の株式の株価の推移を同時に見極めなければならないことや,想定元本が発行価額の10倍であるために元本を毀損した場合のリスクも10倍になることをも併せ考えてもなお,原告に対してNV8168の購入を勧誘することが,適合性原期から著しく逸脱したものということはできない。
(3) 争点(3)(説明義務違反の有無)について
ア 金融商品取引は,投資家を対象とするものであり,投資家自らの判断と責任に基づいて行うことが基本的に要請されるが,他方,証券会社は,金融商品取引に関する高度で専門的な知識を有する者であるから,証券会社及びその従業員は,一般投資家に対し,同人が自主的な判断に基づいて当該取引を行うか否かを判断する前提として,その年齢,知識,投資経験,投資傾向及び理解力等その属性に応じて,当該金融商品取引の内容,仕組み及び取引に伴うリスクの内容とその仕組みについて説明すべき信義則上の義務を負っている。
イ フォード債について
(ア) フォード債は社債であるところ,社債は,その発行する企業(発行体)が一定額を借り入れて同じ額の返済を約束するものであることから,発行体の経営成績,財務状態が悪化することで,元利の支払がなされないことや,その支払が遅延すること(信用リスク)がありうる。そのため,金融商品取引において,社債の売買を行う際は,証券会社は一般投資家に対して,社債の発行体の具体的信用リスクに関する重要な情報について,その年齢,職業,知識,投資経験及び投資傾向等当該投資家の属性に応じて,これを提供し,説明すべき義務を負う場合がある。
(イ) 原告は,Bから,平成16年4月15日に,5分から10分程度でフォード債の購入の勧誘を受けたが,その際,「仮計算結果」が示されただけで,「外国証券内容説明書」(乙1)は示されておらず,Bは,社債取引の一般的な仕組みやリスク及びフォード債の格付けやリスクを一切説明しなかったと主張し,これに沿う供述をする。
仮に原告の供述どおり,Bが,フォード債の発行体の格付けすら説明しなかったにもかかわらず,原告がフォード債を購入したとすると,原告は自らの主体的判断なくしてフォード債を購入したことになる。そうだとすると,フォード債の購入についてのみ被告担当者の言いなりであったとは考え難いから,原告は,フォード債購入までの一連の取引についても,これらを被告担当者に言われるがままに行っていたと考えられる。
しかしながら,原告は,平成14年3月7日には,被告京都支店に来店しており(乙40の1,証人B),自ら進んで金融商品の購入を希望していたことがうかがわれる。また,原告がフォード債を購入するまでに行っていた金融商品取引は前記のとおりであるところ,これらの取引をすべて被告担当者に言われるがままに行っていたというには,その量があまりに多い。
かかる原告の供述の不自然さに加え,原告のアポイントメント帳(甲34)には,原告がフォード債を購入した平成16年4月15日の午後1時から午後3時までの間は,患者の来院がなく,他方で午後1時ころにBがb歯科医院を訪れた旨の記載があり,フォード債の説明を受けるための時間があったとうかがわれること,原告は,Bより,「仮計算結果」なる書面を交付された旨供述するが,これを本件訴訟に提出していないことから,同書面を紛失したものと推認されるが,そうだとすると,原告は,被告から交付を受けた書面をすべて保管しているわけではなく,「外国証券内容説明書」(乙1)についても,これを交付されたが紛失したという可能性もあること,上記「外国証券内容説明書」(乙1)には,発行体や発行額,利金,償還価格等の記載のみならず,当時の発行体の格付けについても記載があることを併せ考えれば,Bは,原告に対し,フォード債の発行体やその格付け等を含む商品概要を説明していたと認められる。
したがって,フォード債の販売時に,被告が原告に対する説明義務を怠ったとはいえない。
(ウ) さらに,原告は,被告が,フォード債の販売後であっても,その格付けが投資不適格債になった場合には,顧客に対してその旨を告知し,適切な措置をとるよう助言すべき義務を負っていたのに,それを怠ったとも主張する。
しかしながら,証券会社が顧客に対して負う説明義務は,顧客が自己責任を負う前提として課されるものであり,金融商品の販売時に適切な説明がなされたのであれば,その後の情報収集については,顧客がその自己責任のもとで行うべきものであり,社債購入後の当該発行体の信用状態の調査についても同様である。また,仮に証券会社が,金融商品の販売後も常に当該金融商品に関するリスクに意を払い,そのリスクが高まった場合には,適時にこれを顧客に伝えなければならないというのであれば,それは証券会社に対して過度の負担を負わせることになり,相当とはいえない。したがって,特段の事情のない限り,証券会社が顧客に対して,金融商品販売後に助言義務を負うことはない。
本件においても,被告が上記のような事後的助言義務を負うべき特段の事情はうかがわれず,被告にフォード債販売後の説明義務違反は認められない。
ウ NV4553について
(ア) 原告は,Cの説明が原告の診療の合間に5ないし10分程度行われたのみであり,その内容も利金が年7%であることを主張するのみで,NV4553の仕組みやリスクについて一切説明をせず,「ユーロ債のご案内(乙2),「Nomura Europe Finance N.V.」(乙3)及び「外貨建てターン債(コリドー型)説明資料」(乙4)も交付されていない旨主張し,概ねこれに沿う供述をする。
もっとも,原告自身も交付を受けたことを認める平成16年9月8日付の「ユーロ債のご案内」と題する書面(乙5)には,NV4553との表記こそないものの,発行体,発行額,利金が支払われる条件,早期償還条件,償還価格,償還日等についてある程度詳細な記載がなされていることが認められる。したがって,Cが,かかる資料に基づいて,NV4553の仕組み等につき一定の説明を行ったことはうかがわれる。
(イ) たしかに,Cは,原告に対して,NV4553を償還期限前に売却した場合に,原告に損失が生じるのかどうか,生じるとしてどの程度の損失が生じるのかという点について,一切説明をしていない(証人C)。しかし,NV4553を購入した顧客は,1年目には確実に7%の利金を受け取ることができる上,10年後の償還日までこれを保有すれば元本が回収できることからすれば,前記の原告の投資意向に照らしても,こうした説明が必要であったとまではいえない。本件で,原告はNV4553を償還期限前に売却することによって多額の損失を出しているが,その損失を回避するには償還期限まで売却しなければよいのであって,原告が,何故償還期限前に売却することにしたのかを一切主張も供述もしていない以上,上記の原告の投資意向にはそぐわない償還期限前の売却を前提に,被告の説明義務を導くことにはならない。
そうすると,NV4553の販売時に,被告が原告に対する説明義務を怠ったとはいえない。
(ウ) また,前記イの(ウ)で述べたのと同様の理由により,NV4553の販売後に,被告が原告に対して,適切な措置をとるよう助言すべき義務を負っていたということはできない。
エ NV8168について
(ア) 原告は,Cが,平成18年2月13日から16日にかけて,b歯科医院を訪問し,NV8168の購入を勧誘したが,その時間は原告の診療時間の合間を縫った15分程度であり,その際,「外貨建てプロテクション付ノックインプット・エクイティリンク債のご案内(米ドル建て)」(乙13)のごとき資料や「ユーロ債の証券内容説明書」(甲6)の交付は受けたが,その他の資料は交付されておらず,また,口頭での説明も,利金が高額であることを強調し,ノックインの心配がないとか参照対象株式が複数あることからリスクの分散にもなるなどといったものであったと主張し,概ねこれに沿う供述をする。さらに,原告は,Cから,上記「ユーロ債の証券内容説明書」(甲6)が示され,ノックイン価格についての話題が出たが,Cは,各参照対象株式の株価がノックイン価格を下回ることはないと説明するのみで,ノックインという言葉自体の説明は一切せず,その意味は未だに分からないなどと供述する。
もっとも,原告のアポイントメント帳(甲23)によれば,2月13日と2月14日にCが原告のもとを訪れ,それぞれの日に何らかの資料を交付したことが認められ,さらに,NV8168の勧誘時にCから交付を受けたことを原告自身も認めている上記「ユーロ債の証券内容説明書」(甲6)には,発行体や利払日,参照期間,満期償還額決定日,参照対象株式・基礎価格・ノックイン価格を示した一覧表,満期償還額の計算式等が記されていることが認められる。そして,ノックイン価格についての話題が出たこと自体は,原告も認めているところである(原告本人)。
これらの事実を前提とすると,ノックイン価格の話題が出ながらその言葉の意味についての説明がなかったという上記原告の供述は,それ自体極めて不自然であり,Cは,原告に対し,ノックインという言葉の意味やどのような場合にノックインが起こるかについての説明をしたことが推認される。
(イ) ところで,NV8168は,参照対象株式が10銘柄であることにより10の株式の株価の推移を同時に見極めなければならず,想定元本が発行価額の10倍であるために元本を毀損するリスクも10倍になることが,簡単には理解しがたく,リスクが個々の参照対象株式のボラティリティに大きく依存するといえる。この点に関して,Cは,原告に対し,NV8168を勧誘するに当たり,日経平均株価のヒストリカルボラティリティのチャート(乙16)を示した旨証言しているが,同チャートによれば,原告がNV8168を購入した平成18年2月の時点での日経平均株価のボラティリティは,約25%であったのに対し,NV8168の参照対象株式のそれぞれの株価のボラティリティは,必ずしもこれと一致するわけではなく(証人C),例えば,株式会社NTTデータの株式の株価のボラティリティは74%であった(甲21)。それにもかかわらず,Cは,表などを用いて,個々の株式銘柄の株価のボラティリティを原告に説明することはしていない(証人C)。
そうすると,Cの説明を聞いた原告が,NV8168の参照対象株式の株価がノックイン価格未満になり,元本が毀損される可能性が相当程度低いと信じたとしても無理からぬものといえる。
したがって,被告は,NV8168の販売の過程で,原告に,元本が毀損するリスクの程度につき誤解を生じさせるような説明しかしていないということになり,こうした被告の説明は,説明義務違反となる。
3 争点(4)(損害額)について
(1) 原告が受領した利金の額について
不法行為制度の目的ないし機能の一つは,被害者の救済にあり,被害者が受けた損害を賠償することによって,不法行為がなければ置かれていたであろう被害者の地位を回復することにある。とするならば,本件においても,原告が支払ったNV8168の購入代金から同人が現実に受領した利金,売却代金及び経過利子を除いた金額を損害額として算定すべきである。
本件で,原告は,源泉徴収税として差し引かれた額の金銭を受領してはいないし,後にかかる額に相当する額の金銭を還付されたこともうかがわれない。そして,原告がNV8168について現実に受領した利金(源泉徴収税を控除した額)は,7万8600米ドルが2回であったと認められる(乙31の1・2)。したがって,これらの額を原告が得た利金として,損害額を算定すべきである。
(2) 米ドルを円に転換すべき基準時について
前記のとおり,原告は,外貨建債券を売却した際は,その売却代金を円に転換せず,外貨のままで次の商品へ投資しており,原告には具体的な為替リスクは発生していない。
原告に生じた損害額を算定するに当たっても,米ドル建てで計算をした上で,損害が賠償される時点に最も近い口頭弁論終結時を基準に,米ドルを円に換算すべきである。そして,同時点における為替レートが1米ドル=91.7円であることは争いがない。
(3) NV8168の売却金額について
NV8168を売却した際に原告が受領した金員については,被告作成の外貨顧客口座元帳(乙32の2)及び取引報告書(乙44)によれば,9万8181.25米ドルと認められる。これらの書面は,被告がその業務を遂行する過程で機械的に作成したものであることがうかがわれるから,その信用性は高い。他方で,「実現損益の明細」と題する書面(甲29)からは,そこに記載された金額以上の金員を原告が受領していないかどうかが明らかでなく,NV8168を売却した際に原告が受領した金員が750米ドルのみであるとする原告の主張は採用できない。
(4) NV8168について原告に生じた損害の額
以上より,NV8168について,原告に生じた損害は,以下のとおりとなる。
購入代金 50万米ドル
利金 15万7200米ドル
売却代金 9万8181.25米ドル
損害額 24万4618.75米ドル
もとより,金融商品取引は,投資家自らの判断と責任に基づいて行うことが基本であり,複雑な仕組債への投資であっても,異なるところがないばかりか,一層慎重な対応をすべきであるから,原告が,参照対象株式の株価がノックイン価格未満になり,元本が毀損される可能性につき,参照対象株式の株価の過去の変動について,自ら調査したり,Cら被告の従業員に確認しないまま,NV8168を購入したのは,原告の過失といわざるを得ず,説明義務違反の内容・程度,その損害発生への寄与の程度,原告の過失の内容などを総合考慮して,上記損害額の5割を控除するのが相当である。
そうすると,被告の賠償すべき損害額は12万2309.375米ドルとなり,これを,前記為替レートにより,円に転換すると,1121万5769円となる。
(5) 弁護士費用相当額の損害について
本件訴訟の技術的専門性にかんがみれば,本件訴訟のためには弁護士への依頼が不可欠であったものと認められる。
そして,本件事案の難易,認容額その他諸般の事情を考慮すると,本件で請求できる弁護士費用としては120万円が相当である。
(6) 合計
以上より,原告に生じた損害の額は,1241万5769円と認められる。
4 争点(5)(消滅時効の成否)について
NV8168については,客観的な損害の発生時点から起算しても,本件訴えの提起まで3年が経過しておらず,被告の消滅時効の主張は失当である。
5 なお,原告は,上記各責任原因につき,不法行為に基づく損害賠償請求と併せて,債務不履行に基づく損害賠償をも求めている。しかしながら,契約の締結に先立って,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかったことが債務不履行を構成し得ないことはもとより(最高裁平成23年4月22日第2小法廷判決・民集65巻3号1405頁参照),原告が主張する仕組責任や,金融商品の購入を勧誘する過程での適合性原則違反についても,これらはすべて契約の締結に先立って問題となるものであるから,やはり,当該金融商品の売主の債務不履行責任を惹起しない。したがって,仕組責任,適合性原則違反及び説明義務違反に基づき,被告が債務不履行責任を負う旨の原告の主張は,すべて失当である。
6 よって,原告の請求は,不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき,1241万5769円及びこれに対する平成21年3月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却する。
(裁判長裁判官 瀧華聡之 裁判官 奥野寿則 裁判官 髙津戸拓也)