京都地方裁判所 平成22年(ワ)1553号 判決
原告
X1 他1名
被告
エイアイユーインシュアランスカンパニー
(エイアイユー保険会社)
主文
一 被告は、原告X1に対し、一二二〇万三三三六円及びこれに対する平成二一年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告X2に対し、六一〇万一六六八円及びこれに対する平成二一年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決の主文第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同じ
第二事案の概要等
一 事案の概要
本件は、訴外A(以下「亡A」という。)が被告との間で、総合自動車保険(人身傷害補償保険特約を含む)を締結していたところ、亡Aは後記交通事故により死亡し、その相続人である原告らが被告に人身補償保険金を請求する事案である。
二 前提となる事実
次の事実は、当事者間に争いがなく、もしくは、証拠(後掲のもの)または弁論の全趣旨により容易に認められる。
(1) 本件事故の発生
ア 発生日時 平成二一年一月一五日午前九時三五分ころ
イ 発生場所 京都市右京区花園中御門町一番地先交差点(以下「本件交差点」という。)
ウ 事故態様、事故当事者及び事故結果
B(以下「B」という。)運転の普通乗用車と亡A運転の自転車とが本件交差点で出合い頭衝突し、亡Aは、この事故により頭蓋骨骨折、脳挫傷等の傷害を負い、平成二一年一月二八日に脳挫傷により死亡した。(以下「本件事故」という。)
(2) 相続及び相続分
亡Aは、アイルランド共和国国籍の外国人であり、来日して原告X1(以下「原告X1」という。)と婚姻し、亡Aと原告X1との間に原告X2(以下「原告X2」という。)が出生し、原告X2のほかに亡Aの子はいない。
法の適用に関する通則法三六条によれば、相続は、被相続人の本国法によるべきであり、アイルランド相続法が準拠法となる。同法六七条によると、亡Aの相続人は原告ら二名であり、配偶者と子が相続人の場合、相続分は配偶者が三分の二、子が三分の一である。よって、亡Aの遺産については、原告X1がその三分の二を、原告X2がその三分の一をそれぞれ取得する。
(3) 人身傷害補償保険
亡Aは、平成二〇年六月一日、被告との間で、保険金三〇〇〇万円、期間一年間の人身傷害補償保険特約付きの総合自動車保険を締結しており(以下「本件人傷保険」という。)、被告は本件事故について人身傷害補償保険金の支払義務を原告らに対して負う。
本件人傷保険の規定により算出した亡Aの死亡に伴う人身損害の額は、合計三五六五万三二五円である(以下「人傷基準算出損害額」という。)。
(4) 原告らとBとの間の本件事故に関する損害賠償に関する訴訟上の和解成立と和解金の支払等
平成二三年二月三日、原告らとBとの間で、本件事故による亡Aの人身損害に関し、その損害賠償金として、既払金を除き、Bが原告X1に対しては二六四七万円の、原告X2に対しては一三二三万円の各支払義務があることを認め、これらを同年二月二八日限り、原告らの指定する口座に振り込み送金して支払うとの内容で訴訟上の和解が成立し、この和解を受けて、Bの加入する任意保険会社(三井住友海上保険株式会社)は、原告らに、同月一七日上記和解金を支払った。
上記和解成立前のBから原告らへの上記既払金は、四七万八五五円であり、Bからの本件事故に関する支払金額は、合計四〇一七万八五五円である。
三 争点及び争点に関する当事者の主張の概要
本件の争点は、被告が支払うべき保険金額の算定方法、特に加害者側の既払金を保険金額の算出にどのように反映すべきかであり、争点についての当事者の主張の概要は以下のとおりである。
(原告ら)
(1) 基本的な考え方
被害者に過失がある場合の人身傷害補償保険金請求権と加害者に対する損害賠償請求権の関係に関しては諸説あるが、いわゆる訴訟差額基準説が相当である。加害者からの賠償金が先行した場合と人身傷害補償保険金の支払が先行した場合とで被害者が受け取る金額に違いが生じるのは相当ではないので、保険金の計算に当たって控除することができる金額を保険金請求権者の権利を害さない限度に限定して解釈するのが相当である(東京高裁平成二〇年三月一三日判決参照)。
(2) 具体的な計算方法
ア 亡Aの過失割合
三割を認める。
イ 実損害額
亡Aの死亡による人身損害の実額は、以下のとおりである。
(ア) 逸失利益 二二八〇万九一六三円
基礎収入は、平成一九年度賃金センサスの女性全年齢平均年収の三四六万八八〇〇円とし、就労可能年数は死亡時五四歳であり、一三年(ライプニッツ係数九・三九三六)、生活費控除率三〇%として計算すべきである。
(イ) 入院諸経雑費 二万一〇〇〇円
(ウ) 治療関係費 四七万八五五円
(エ) 葬儀費用 一四三万六五二〇円
(オ) 傷害慰謝料 三〇万円
(カ) 死亡慰謝料 三〇〇〇万円
(キ) 損益相殺 -四七万八五五円(被告による治療費支払)
(ク) 小計 五四五六万六六八三円
(ケ) 弁護士費用 六四五万円
(コ) 損害額合計 六一〇一万六六八三円
ウ 計算方法
原告が加害者に請求できる額は、上記実損害額六一〇一万六六八三円の七割に当たる四二七一万一六七八円である。人身傷害補償保険金三〇〇〇万円は、その保険の目的上、被害者の過失割合部分から充当されることになるので、原告らは被告に対して、六一〇一万六六八三円の三割に当たる一八三〇万五〇〇五円まで請求できる。これを相続割合で各原告に割り振ると請求の趣旨記載の金額となる。
(被告)
(1) 基本的な考え方
人身傷害補償保険は、契約当事者間で約定された基準に基づき算定された損害額をてん補する保険であるから、約定により算出された保険金と無縁に、訴訟において認められるべき損害賠償額を基準として支払保険金を算出することは、保険の趣旨に沿わない。
また、本件人傷保険の特約条項第九条二項は、「賠償義務者がある場合には、保険金請求者は、前項の規定にかかわらず、当社の同意を得て、前項の区分ごとに別紙に定める算定基準に従い算出した金額のうち、当該賠償義務者に損害賠償請求すべき損害に係る部分を除いた金額のみを当会社が支払うべき損害の額として、当会社に請求することができます。」と定めており(丙一)、いわゆる比例説と整合的である。
そして、本件人身傷害補償規定第一一条一項は、人傷基準算出損害額から「自賠責保険等によってすでに給付が決定しまたは支払われた金額」、「対人賠償保険等によりすでに給付が決定しまたは支払われた保険金の額」、「保険金請求権者が賠償義務者からすでに取得した損害賠償金」等を差し引いた金額を支払うものと定めている。
したがって、支払われるべき保険金額を算出する際、自賠責保険による給付予定額を人傷基準算出損害額から差し引くべきである。また、加害者等からの賠償金の支払が未だされていない場合においても、人傷基準算出損害額を基準に、それに被害者の過失割合を乗じた金額を支払うべきものと解される。
加害者等からの賠償金が支払われた後は、本件人身傷害補償規定第一一条一項により、人傷基準算出損害額から支払額を差し引き計算して、支払われるべき保険金の額を定めるべきである。
(2) 具体的な計算方法
ア 加害者等からの賠償金支払前
本件の人傷基準算出損害額は三五六五万三二五円であり、これから自賠責保険による給付予定額である三〇五四万五〇五五円を差し引くと、五一〇万五二七〇円である。
また、本件事故における亡Aの過失割合は、二割とされるべきであるから、人傷基準算出損害額に〇・二を乗じると、七一三万六五円が支払うべき保険金となる。仮に百歩譲って、亡Aの過失割合を三割とした場合でも、一〇六九万五〇九七円が支払われるべき保険金となる。
イ 加害者等からの賠償金支払後
人傷基準算出損害額の三五六五万三二五円から加害者からの賠償金支払額合計四〇一七万八五五円を差し引くと、マイナスとなり被告が支払うべき保険金はない。
ウ 原告の主張する損害額に対する反論
百歩譲って、原告の主張するように訴訟における損害賠償額を基準として支払保険金を算出するとしても、原告の主張する損害は過大である。逸失利益については、生活費控除を四〇%として計算すべきであり、死亡慰謝料は二〇〇〇万円が相当であり、傷害慰謝料は死亡慰謝料に含められるべきである。
第三当裁判所の判断
一 基本的な考え方
本件保険のような一般に人身傷害補償保険と呼ばれる損害保険契約においては、個々の保険会社や時期により保険約款や保険勧誘文書類に様々なバリエーションを生じているが、総じて、①責任割合にかかわらず実損害の補償を目的とすること(以下①という。)、②速やかに保険金が支払われること(以下②という。)の二点を大きな特質、特徴とする(甲一五参照)。そして、①でいう「実損害額」とは、被害者に実際に生じた損害額と解され、これは一般に訴訟において認められる損害額と観念され、②の「速やか」というのは、相手方との交渉、ないし責任原因や過失割合についての調査、訴訟等による時間、労力及び費用を要せずにという点を主眼とすると理解される。
また、本件の人傷保険においても、現在のほかの同種の保険契約においてもおしなべて認められる特徴ないし傾向として、③保険金額及び保険約款上の損害算出基準は実損害額と同視される一般の訴訟において認定される損害額ないしその算定基準と比較してかなり低いこと(以下③という。)、④消費者契約の典型であること(以下④という。)が認められる。
これらの諸点を重視して、被害者側からの賠償金支払が先行した場合の人傷保険金額の算定方法について検討する。
まず、人傷基準算出損害額から既払い賠償金額をそのまま差し引くという人傷基準絶対説などとよばれる考え方(本件で被告が主張している考え方)は、被保険者に事故について過失がある場合、③により、①の趣旨が全く没却されることになり、被保険者の予測を通常の予測を大きく裏切り④に対する配慮が著しく欠けることとなるのみならず、保険会社が保険金の支払をせずに放置し、あるいは請求されても支払いを拒否している間に、加害者側との交渉ないし訴訟が落着し、加害者側の賠償金が先に支払われるという②の趣旨に全く反する事例において、不当に保険金の支払いを怠り続けた保険会社の支払うべき負担が軽減されるという非常に不合理な結果を生じるのであり、②の趣旨を没却するとともに信義に反する結果を容認することとなり、まことに不都合である。よって、この見解は不当である。
③を前提に①を重視するためには、実損害額として訴訟基準の損害額を算出過程で用いるほかない。また、過失割合を保険金額の算出において考慮する見解(いわゆる比例説)は、②の趣旨と適合しないので相当ではない(また、この見解に従うと、保険金額の算出を巡って、被保険者(事故の被害者)側は、過失が大きいことを主張立証することを通じてできるだけ多くの保険金額を請求し、保険会社は、過失が小さいことを主張立証して、支払うべき保険金額をできるだけ少なく済まそうとするという状況が基本的に常に生じ、これは不合理であるように思われる。)。
結局、訴訟基準により人身損害の全額を認定算出し、この金額から既払い賠償金額を控除し、その残額を保険金額及び人傷基準算出損害額の範囲内で支払うべき保険金額とする考え方が妥当であると解される。なお、その結果、被告が指摘するような個々の保険約款上の規定の文言との整合性が欠ける点は生じるものの、④を考慮すると、個々の規定との整合性などのいわば技術的問題より①、②の趣旨を損なわないことを重視すべきであるから、規定との整合性は必ずしも重視する必要はないというほかない。
二 具体的算定方法
(1) 実損害額の認定
ア 死亡逸失利益 二二八〇万八九二〇円
就労可能年数一三年でそのライプニッツ係数は九・三九三五(小数点第五位以下切り捨て)、基礎収入は、平成一九年度の賃金センサス値の女子全年齢平均により三四六万八八〇〇円、生活費控除を三〇%とする(女子勤労者または主婦で、基礎収入に男女平均賃金を下回る金額を採用する場合、原則として、生活費控除は三〇%とするのが相当である)。
346万8800円×0.7×9.3935=2280万8920円
イ 入院諸雑費 二万一〇〇〇円(1500円×14日)
ウ 葬儀費用 一四三万六五二〇円(甲六)
エ 傷害慰謝料 二七万円
重傷事例の入院一四日に相応する金額として上記が相当である。
オ 死亡慰謝料 二五〇〇万円
カ 治療費 四七万八五五円(争いがない)
キ 小計 上記アから力までの合計五〇〇〇万七二九五円
ク 損益相殺 四七万八五五円(争いがない)
5000万7295円-47万855円=4953万6440円
ケ 弁護士費用 四九五万三六四四円
本件事故による損害賠償に関しては、上記の治療費に関する既払金四七万八五五円のほか任意の支払いがされず加害者との間においても被告との間においても訴訟遂行が必要であったので、上記の損益相殺後の損害額合計に対する一割を弁護士費用相当額として認める。
4953万6440円+495万3644円=5449万84円
(2) 遅延損害金の処理
便宜的に、上記の弁護士費用加算後の金額に対して、加害者からの和解に基づく賠償金支払いがあった平成二三年二月一七日までの分を計算して、この日を基準日として扱う。
事故時(平成二一年一月一五日)から平成二三年二月一七日までの期間は、二年と三四日間である。
5449万84円×0.05×2+5449万84円×0.05×34÷365=544万9008円+25万3789円=570万2797円
5449万84円+570万2797円=6019万2881円
(3) 和解金の差し引き
6019万2881円-(2647万円+1323万円)=2049万2881円
上記の基準日においてすでに本件保険金の請求はされており、かつ、上記金額は契約上の保険金額及び人傷基準算出損害額の範囲内であるから、これを被告から原告らに上記基準日において支払われるべき保険金額相当額の合計と認める。
(4) 相続分による割り振り及び遅延損害金
2049万2881円÷3=683万960円
2049万2881円÷3×2=1366万1920円
原告X1 一三六六万一九二〇円
原告X2 六八三万九六〇円
遅延損害金は、これらに対する平成二三年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員とするのが相当である。
(5) 請求金額との対照と認容額
本訴の請求額は、原告X1が一二二〇万三三三六円及びこれに対する平成二一年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員、原告X2が六一〇万一六六八円及びこれに対する平成二一年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員であり、これを平成二三年二月一七日までの二年と三四日分の遅延損害金を元本に繰り入れる形に直すと、それぞれ、
1220万3336円+1220万3336円×0.5×2+1220万3336円×0.05×34÷365=1348万506円
610万1668円+610万1668円×0.05×2+610万1668円×0.05×34÷365=674万252円
となるので、上記の裁判所の算出した相当な保険金額は、請求額を上回っている。したがって、請求額を全額認容するのが相当である。
三 結論
よって、本件請求には全て理由があるので、主文のとおり判決する。
(裁判官 栁本つとむ)