大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成22年(ワ)1009号 判決

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告に対し,7590万0840円及びこれに対する平成22年3月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,不動産競売により別紙物件目録〈省略〉記載の各土地(以下「本件土地」という。)を買い受けた原告が,本件土地に産業廃棄物が埋設されており,これにより本件土地の土壌が汚染されていたにもかかわらず,執行官,評価人及び執行裁判所の裁判官がそれぞれ過失により土壌汚染を看過し,現況調査報告書及び評価書のいずれにも土壌汚染に関する記載をしなかったことにより,本件土地の競落代金等の損害を被ったと主張して,被告に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,損害賠償7590万0840円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成22年3月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  前提事実(末尾に証拠を掲げた事実以外は当事者間に争いがない。)

(1)  別紙物件目録〈省略〉記載1の土地(以下「本件土地1」という。)の競売手続

ア 本件土地1は,b株式会社がもと所有していたところ,その根抵当権者によって担保不動産競売開始の申立がされ,当庁(以下「本件執行裁判所1」という。)に事件番号〈省略〉号不動産競売事件(以下「本件競売事件1」という。)として係属した。

イ 本件執行裁判所1は,担保不動産競売開始決定をして,京都地方裁判所執行官に対して本件土地1の現況調査を命じ,同裁判所執行官であるA(以下「A執行官」という。)が本件競売事件1の現況調査を担当した。A執行官は現況調査を実施し,平成15年6月25日,本件執行裁判所1に対し現況調査報告書(証拠〈省略〉。以下「本件報告書1の1」という。)を提出した。

また,本件執行裁判所1は,本件土地1につき担保不動産競売の二重開始決定を行い,京都地方裁判所執行官に対して現況調査を命じたため,A執行官は,平成16年7月27日にも現況調査を実施した上,同年8月2日,現況調査報告書(証拠〈省略〉。以下「本件報告書の1の2」という。)を本件執行裁判所1に提出した。なお,本件報告書1の2は一般の閲覧に供されていない(証拠〈省略〉)。

本件報告書1の1及び同1の2には,本件土地1に産業廃棄物が投棄されている,あるいは土壌汚染が生じている旨の記載はなかった。

ウ 本件執行裁判所1は,不動産鑑定士であるD(以下「D評価人」という。)を本件競売事件1の評価人に選任し,本件土地1の評価を命じた。D評価人は,本件土地1に臨場して調査するなどしてその評価を行い,平成15年8月11日,評価書(証拠〈省略〉。以下「本件評価書1」という。)を本件執行裁判所1に提出した。

本件評価書1には,4頁「土壌汚染等」欄に「当該物件には水質汚濁防止法にもとづく有害物質使用特定施設の届出はないことを確認した。閉鎖謄本によると当該物件は今まで山林で,当所は個人所有であった。昭和47年の住宅地図によっても建物等の記載はなかった。」との記載があったが,本件土地1に産業廃棄物が投棄されている,あるいは土壌汚染が生じている旨の記載はなかった。

エ 本件執行裁判所1は,本件評価書1に基づき,本件土地1の売却基準価額を定め,同裁判所の裁判所書記官は,この売却基準価額,入札期間及び売却決定期日等を公告するとともに,本件土地1の物件明細書,本件報告書1の1及び本件評価書1の各写しを一般の閲覧に供した。

ところが,適法な買受申出がなく不売となり,その後売却基準価額を変更して実施した再度の入札においても不売となったため,本件執行裁判所1は,平成16年9月17日,D評価人を評価人に選任した上,本件土地1の再評価を命じた。

D評価人は,再び本件土地1に臨場し調査するなどした上,本件土地1を評価し,同年10月29日,本件評価書1の再評価書(証拠〈省略〉。以下「本件再評価書」という。)を本件執行裁判所1に提出した。

本件再評価書にも,本件土地1に産業廃棄物が投棄されている,あるいは土壌汚染が生じている旨の記載はなかった。

オ 本件執行裁判所1は,本件再評価書に基づき,最終的には,平成17年3月18日,売却基準価額を604万円,入札期間を同年6月8日から同月15日まで,売却決定期日を同月29日と定めた売却実施命令を行い,同裁判所の裁判所書記官は,同日,その旨の公告をするとともに,物件明細書,本件報告書1の1,本件再評価書の写しを一般の閲覧に供した。

カ 原告は,平成17年6月8日,前記入札において,906万円で本件土地1の買受けを申し出たところ,同月29日,本件執行裁判所1から同額での売却許可決定を受け,同年7月20日,代金全額を納付して,本件土地1を取得した。

(2)  別紙物件目録〈省略〉記載2及び3の土地(以下,それぞれ「本件土地2」,「本件土地3」という。)の競売手続

ア 本件土地2及び3は,訴外c株式会社がもと所有していたところ,その根抵当権者によって担保不動産競売開始の申立てがされ,当庁(以下「本件執行裁判所2」という。)に事件番号〈省略〉号不動産競売事件(以下「本件競売事件2」という。)として係属した。

イ 本件執行裁判所2は,担保不動産競売開始決定をして,京都地方裁判所執行官に対して本件土地2及び3の現況調査を命じ,同裁判所執行官であるB(以下「B執行官」という。)が本件競売事件2の現況調査を担当した。B執行官は現況調査を実施し,平成16年8月20日,現況調査報告書(証拠〈省略〉。以下「本件報告書2」という。)を本件執行裁判所2に提出した。

本件報告書2には,本件土地2及び3に産業廃棄物が投棄されている,あるいは土壌汚染が生じている旨の記載はなかった。

ウ 本件執行裁判所2は,不動産鑑定士であるE(以下「E評価人」という。)を本件競売事件2の評価人に選任し,本件土地2及び3の評価を命じた。E評価人は,B執行官とともに現地調査するなどしてその評価を行い,平成16年9月13日,本件執行裁判所2に評価書(証拠〈省略〉。以下「本件評価書2」という。)を提出した。

本件評価書2には,本件土地2及び3に産業廃棄物が投棄されている,あるいは土壌汚染が生じている旨の記載はなかった。

エ 本件執行裁判所2は,平成17年4月1日,本件評価書2に基づき,本件土地2及び3の売却基準価額を5033万円と定め,同裁判所の裁判所書記官は,同月22日,本件土地2及び3について,入札期間を同年7月6日から同月13日まで,売却決定期日を同月27日とする期間入札に付す旨公告するとともに,本件土地2及び3の物件明細書,本件報告書2及び本件評価書2の各写しを一般の閲覧に供した。

オ 原告は,平成17年7月7日,上記入札において,5644万円で本件土地2及び3の買受けを申し出たところ,同月27日,本件執行裁判所2から同額での売却許可決定を受け,同年9月1日,代金全額を納付して,本件土地2及び3を取得した。

(3)  本件土地の位置関係及び瑕疵

ア 本件土地1から3までは,いずれも山林であり,互いに隣接している(証拠〈省略〉)。位置関係は別紙図面〈省略〉のとおりである。

本件土地1は,その北側において宇治市の市道と接している。本件土地3は,同市道とは接していないものの,同市道から本件土地3の西側に隣接する宇治市所有に係る土地に入り,そこから本件土地3に立ち入ることができる進入路(以下「本件進入路」という。)が存在する。本件進入路の入口から本件土地3に至るまでの距離は約20メートルである。(証拠〈省略〉)

前記宇治市所有地上の本件進入路入口西側にはプレハブ小屋(以下「本件小屋」という。)が建っている(証拠〈省略〉)。

本件土地3の北西部から本件土地1の北東部にかけて,草で覆われた小山のような部分(別紙図面〈省略〉の「堆積範囲」と記載された部分。以下「本件小山」という。)が存在する。本件進入路は,本件小山の西側に沿って続き,南側を回り込んでその頂上に至っている。(証拠〈省略〉)

イ 本件土地2には産業廃棄物の堆積はなく,土壌汚染その他の瑕疵はない。

2  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  本件土地の土壌汚染の有無及びその範囲

(原告の主張)

本件小山は,盛土で出来た円すい状の小山であり,その周囲には,瓦,ビニールパイプ,れんが等が散乱しており,本件小山を掘り起こすと,中からコンクリートやアスファルトの破片,水道の蛇口,木片,石膏ボード,プラスチック片等が発見された。本件土地は雑木林であり,松,ぶな等の樹木が生い茂っているのに対し,本件小山は草で覆われていることなどから,本件小山全体が産業廃棄物の不法投棄によって形成されたものであることが明らかであり,その盛土量は推計5万立方メートルである。そして,本件小山周辺で採取した土壌について汚染の有無を調査したところ,3つの試料のうち1つから,1リットル当たり0.0006ミリグラムの総水銀及び0.02ミリグラムの鉛が検出された。これは,土壌汚染に係る環境基準を上回る汚染である。このように,本件土地1及び3に大量の産業廃棄物が投棄されていることにより,同土地の土壌は汚染されている。

また,本件土地2は,その位置関係から,本件土地3と一体として利用しなければ経済的には無価値な土地である。

したがって,本件土地は全体として経済的に無価値な土地である。

(被告の主張)

原告が行った土壌の測定分析は,分析を行った会社が試料を受領したのが平成22年1月25日であり,本件報告書2の提出日である平成16年8月20日から5年半程度が経過しているから,本件土地3につき現況調査が行われた当時にも原告が主張する土壌汚染があったとはいえない。

また,そもそも産業廃棄物の埋設と土壌汚染との因果関係も不明である。

(2)  D評価人及びE評価人が国賠法1条1項の「公権力を行使する公務員」に当たるか

(原告の主張)

不動産競売手続における評価人は,評価目的物についての法令に基づく制限の有無・内容に関する事実関係の調査及び評価書への記載に関して,執行裁判所の補助機関又は国の被用者に当たる。

本件では,土地上に産業廃棄物が存在する場合の不動産評価が問題になっているところ,本件土地上に産業廃棄物があるにもかかわらず産業廃棄物がないとの誤った事実認定を前提として不動産評価を行ったものであるから,D評価人及びE評価人が国賠法1条1項の「公権力を行使する公務員」に当たることは明らかである。

(被告の主張)

不動産競売手続において評価人が行う評価は,評価人が専らその専門的技術と知識を用いて不動産の客観的価値を評価する行為であるから,一般の不動産鑑定業者の業務と異ならない範囲で行われる限り,純然たる私経済作用であって,公権力の行使には当たらない。

本件におけるD評価人及びE評価人の評価も,当該不動産の価格の算定に関するものにすぎず,一般の不動産鑑定業者の業務と異なるものではないから,公権力の行使に当たらない。よって,D評価人及びE評価人は「公権力を行使する公務員」に当たらない。

(3)  現況調査においてA執行官及びB執行官に過失が認められるか

(原告の主張)

ア 本件土地は山林であるところ,山林に産業廃棄が投棄されている事例はしばしば見受けられ(証拠〈省略〉),産業廃棄物の投棄の有無は,競売物件の価額を評価する上でも当該物件の買受けを検討する上でも重要な考慮要素であるから,本件土地の現況調査を行う執行官としては,産業廃棄物の投棄の有無等について実地において調査確認するなどして,その現況を十分かつ的確に調査する義務があった。

また,本件土地1及び3とその北側で接する市道からは,本件小山,本件進入路及び本件小屋が見えるところ,本件小山は周囲の雑木林とは異なり草で覆われていた上,本件進入路に沿って本件小山に近づくと,コンクリート,アスファルト,建築廃材であることが明らかな木材等の破片が散乱しており,さらに,本件小屋の東側壁面には「a社開発部」,「残土引受ます」と記載があった。A執行官及びB執行官が現地で現況調査を実施した際,上記の事実に容易に気付き得たことは明らかであり,そうであれば,産業廃棄物の投棄をより強く疑って慎重に調査を進める義務があったといわなければならない。

それにもかかわらず,A執行官及びB執行官は,かかる調査を怠ったのであるから,過失があることは明白である。

イ 特に,B執行官に関していえば,上記アの事実に加え,本件小屋付近に「残土搬入場」,「a株式会社総合開発部」と記載された看板があったこと,本件小山の頂上付近には段差が設けられており,本件進入路の先はこの段差につながっていたことをも認識していた。これらの事実を併せ考えると,トラック等が本件小屋で料金を支払い,本件進入路から本件土地3に立ち入り,残土を搬入投棄していた事実が容易に推測できたといえる。

それにもかかわらず,B執行官は,債務者兼所有者であるc株式会社に対し,同社が本件土地3に廃棄物等を埋設したことがないことを確認したのみで,「a株式会社総合開発部」等の第三者が本件土地3を「残土搬入場」として使用したことがないかを調査していない。しかも,「残土搬入場」と記載された看板には,「京都府届出是正工事」との記載があったのであるから,B執行官は,京都府に問い合わせるべきであったにもかかわらず,所管外である宇治市に問い合わせ,「宇治市では,おそらく,宇治市の土地上にプレハブや自動車を放置した業者であろうとのこと」を聴取したのみで,それ以上の調査をしていないのであり,B執行官の現況調査は不十分であったといわざるを得ない。

このように,B執行官には,廃棄物投棄の有無について当然行うべき調査確認をする義務を怠った過失がある。

また,本件土地1及び3上には,産業廃棄物の投棄を疑わせる事実が数多く存在するのであるから,B執行官は,本件小屋の壁面に「残土引受ます」「a社開発部」との記載があったことを本件報告書2に記載し,かつ,同報告書の参考資料に本件小屋の写真を掲載するなどして正確に報告すべきところ,これをしていないのであって,競売不動産の現況調査について正確に報告する義務に違反した過失がある。

(被告の主張)

ア 執行官は,執行裁判所に対してはもとより,不動産の買受希望者に対する関係においても,目的不動産の現況をできる限り正確に調査すべき注意義務を負うが,現況調査を実施する上での諸制約を考慮すると,現況調査報告書の記載内容が目的不動産の実際の状況と異なっても,そのことから直ちに執行官が前記注意義務に違反したと評価するのは相当でなく,執行官が現況調査を行うに当たり,通常行うべき調査方法を採らず,あるいは,調査結果の十分な評価,検討を怠るなど,その調査及び判断の過程が合理性を欠き,その結果,現況調査報告書の記載内容と目的不動産の実際の状況との間に看過し難い相違が生じた場合にのみ,個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反したことになると解される。

イ 土地の現況調査に当たる執行官は,民事執行規則29条1項4号に列挙された事項について調査をし,各資料を評価照合して判断した上,その結果を現況調査報告書に記載することを要するが,その余の現況については見取図及び写真の添付で足りるのであって,執行対象不動産内の目的外動産についてまで探索して調査を行うべき職務上の法的義務を負うものではない。したがって,仮に本件土地に産業廃棄物が存在したとしても,外観上明らかでない埋設された産業廃棄物の有無は,執行官の調査対象に含まれない。

A執行官及びB執行官は,本件土地の現況調査の際,産業廃棄物を現認していないが,広大な本件土地の全部についてそれを確認することが求められていると考えることはできないし,仮に本件小山周辺に産業廃棄物が散乱している状況を確認したとしても,それによって直ちに大量の産業廃棄物が存在することを前提とした調査をすべきであるとは到底いえない。また,外観上明らかでない産業廃棄物ないし本件小山周辺に現れていた産業廃棄物があったとしても,そのことによって,現況調査報告書の記載内容と目的不動産の実際の状況に看過しがたい相違があるとはいい難い。

そして,B執行官は,本件土地2及び3における廃棄物等の埋設について債務者兼所有者から供述を得て,その結果を本件報告書2に記載しているのであるから,現況調査の方法としては十分というべきである。

ウ 原告は,本件小屋の壁面に「残土引受ます」「a社開発部」と記載されていた点を殊更強調するが,この記載は,「残土搬入場」とある看板の記載内容と同じである上,本件小屋は宇治市所有に係る土地側にあったこと,本件土地3への進入路については,宇治市土地上の入口に鉄鎖が設置されていたこと,債務者兼所有者が「廃棄物を埋設したことはない」と陳述していたことからすれば,あえて産業廃棄物の埋設を疑うべき状況になかったことは明らかである。また,本件小山周辺の産業廃棄物は,原告提出に係る写真(証拠〈省略〉)を前提としても,その内容及び散乱の態様からして,直ちに地中に大量の産業廃棄物が埋設されていることを推認させるほどのものではないし,本件小山についても,一見して残土状のものとはいえないのであるから,やはり大量の産業廃棄物の埋設を疑うべき事情はない。

エ 以上から,各執行官による現況調査に過失はない。

(4)  評価においてD評価人及びE評価人に過失が認められるか

(原告の主張)

本件土地は山林であり,産業廃棄物が投棄されている事例がしばしば見受けられる。また,産業廃棄物の投棄の有無は競売物件の価額を評価する上で重要な要素であり,当該物件を買い受けるか否かを判断するに当たっても重要な考慮要素となる。したがって,評価人が土地の価額を評価する場合には,前記事情を考慮に入れて,産業廃棄物投棄の有無等を詳細に調査確認するなどしてその現況を十分的確に調査した上で評価すべき注意義務がある。

D評価人及びE評価人は,前記(3)(原告の主張)記載のとおり,本件土地に産業廃棄物が投棄されていることを疑ってしかるべき状況があったにもかかわらず,当該状況を無視ないし看過して,前記義務に違反したことは明らかである。

なお,E評価人は,本件土地2及び3の価額の評価に際し現地に赴き,本件小屋及びその壁面の記載について認識していることが明らかである。それにもかかわらず,特段の調査確認を行わずに本件評価書2に「土地の利用状況」について「執行官の現況調査報告のとおり。」と記載したことは,B執行官の前記義務違反を引き継いだものであり,B執行官と同様の過失が認められる。

以上から,D評価人及びE評価人には,本件土地の評価において過失が認められる。

(被告の主張)

評価人は,前記(2)(被告の主張)記載のとおり,国賠法1条1項の「公務員」には当たらないのであるから,過失について論ずるまでもなく,原告の主張は理由がない。

(5)  本件競売事件1及び2において本件執行裁判所1及び2の裁判官に過失が認められるか

(原告の主張)

本件各執行裁判所の裁判官は,本件土地が山林であることから,産業廃棄物の投棄の有無について現地で詳細に調査確認を行うよう促すなど,現況調査報告書及び評価書の正確性について確認すべき注意義務があったにもかかわらず,これを怠り,内容が著しく不正確であり誤った価額の評価がされている現況調査報告書及び評価書を一般の閲覧に供するなどして,本件各競売手続を進めた過失がある。

(被告の主張)

そもそも,現況調査報告書は執行官,評価書は評価人においてそれぞれ作成されるものであり,執行裁判所がその内容について関与することは予定されていない。

よって,執行裁判所の裁判官が現況調査報告書及び評価書の正確性を確認すべき義務を負っているものではないから,原告の上記主張には理由がない。

(6)  損害額

(原告の主張)

ア 原告は,本件土地1を買い受けるに当たり,買受代金906万円及び登録免許税等1万2220円を納付し,本件土地2及び3を買い受けるに当たり,買受代金564万4000円及び登録免許税等2万3620円を納付した。その合計額は6553万5840円である。

イ 原告は,本件土地を買い受けた後,本件土地をグラウンド用地に造成するための測量費用として,合計346万5000円を支出した。

ウ 原告は,本件訴訟を提起するに当たり,弁護士に訴訟追行を委任したところ,前記公務員らの過失行為と相当因果関係のある損害は,690万円である。

エ よって,原告に生じた損害は,7590万0840円である。

(被告の主張)

前記原告の主張アについて,競落代金等の額は認めるが,それが損害となるとの主張は争う。

同イは不知。

同ウ及びエは争う。

第3争点についての判断

争点(1)についてはひとまずおくこととし,争点(2)から順次検討することとする。

1  争点(2)(D評価人及びE評価人が国家賠償法1条1項の「公権力を行使する公務員」に当たるか)について

評価人による競売不動産の評価は,執行裁判所が行う売却基準価額の決定という公務に関するものではあるが,不動産鑑定士等の専門家が,その専門的な知識及び経験に基づき,競売対象不動産の評価額について,執行裁判所から独立して意見を述べるものであって,評価人は,執行裁判所の補助機関として執行裁判所の権力的な権限を委譲され,あるいは執行裁判所の判断作用を代替して行うものではない。また,各競売不動産の価値に影響を与える事実の選別及びその重要性の程度についての判断ないしかかる判断の前提となる調査の必要性に関する判断は,当該不動産の評価と密接不可分な関係にあり,特に,競売手続という時間的,経済的制約の下での土壌汚染に関する調査の必要性についての判断は,評価人の専門的知識及び経験に基づいて行われるものである。

そうすると,評価人は,執行裁判所から独立して競売対象不動産の評価を行っているのであって,「公権力を行使する公務員」には該当しないと解するのが相当である。したがって,D評価人及びE評価人が国賠法1条1項の「公権力を行使する公務員」に当たる旨の原告の主張は採用できない。

2  争点(3)(現況調査においてA執行官及びB執行官に過失が認められるか)について

(1)  執行官は,執行裁判所に対してはもとより,不動産の買受希望者に対する関係においても,目的不動産の現況をできる限り正確に調査すべき注意義務を負うものと解されるが,他方,民事執行の迅速な処理の要請に基づく時間的制約,現況調査の費用が執行費用の一部として売却代金から優先的に弁済されるため,過大な費用の支出は控えなければならないという経済的制約,執行官の権限の限界に伴う調査活動上の制約等の制度的な制約を考慮すれば,現況調査報告書の記載内容が目的不動産の実際の状況と異なっても,そのことから直ちに執行官が前記注意義務に違反したと評価するのは相当ではなく,執行官が現況調査を行うに当たり,通常行うべき調査方法を採らず,あるいは調査結果の十分な評価,検討を怠るなど,その調査及び判断の過程が合理性を欠き,その結果,現況調査報告書の記載内容と目的不動産の実際の状況との間に看過し難い相違が生じた場合に,執行官が前記注意義務に違反したものというべきである(最高裁平成9年7月15日第三小法廷判決・民集51巻6号2645頁参照)。

(2)  ここで,目的不動産に現況調査報告書には記載がない産業廃棄物の埋設やそれに伴う土壌汚染(以下「産業廃棄物の埋設等」という。)があった場合について検討する。

現況調査において執行官が調査すべき事項については,民事執行法57条1項が「不動産の形状,占有関係その他の現況」と規定するところ,現況調査報告書の記載事項について規定した民事執行規則29条1項は,執行裁判所が追加的報告事項として特に定めない限り,産業廃棄物の埋設等をその記載内容としていない(なお同項4号イの「土地の形状」とは,土地の範囲及び起伏を指すと解される。)。また,産業廃棄物の埋設等は,土地の利用や評価に影響を与え得る事情であるものの,土地の利用や評価に影響を与える広範な諸事情のうちの一事情であり,土地一般あるいは山林一般に通常問題となる事項とまではいい難い上,その存否,種類,程度ないし量,所在場所は土地の外見によって必ずしも明らかになるものではなく,これらを調査して明らかにする場合には通常多大な時間と費用を要するものであるから,民事執行における上記(1)の各制約に照らすと,現況調査においてこれらを調査して明らかにすることを一般的に求めることは,相当とは解されない。

そうすると,本件土地が山林であって,山林における不法投棄事案が近年多発していることを考慮しても,産業廃棄物の埋設等については,執行裁判所が追加的報告事項として特に定めた場合か,それが存在すると合理的に疑うべき具体的な事情を,執行官が現況調査を行うに当たって通常行うべき調査の過程で認識した土地の外見,使用状況,関係者の陳述等によって把握した場合でない限り,執行官が行う現況調査の調査義務の範囲に属するものではないと解するのが相当である。

(3)  これを本件についてみると,次のとおりである。

ア まず,本件において,本件執行裁判所1又は2が産業廃棄物の埋設等の有無を現況調査報告書に記載すべき事項として定めたことはない(証拠〈省略〉)。

イ 次に,原告は,本件土地上には産業廃棄物の投棄を疑わせる事実が多数存在したと主張するので,産業廃棄物の埋設等が存在すると合理的に疑うべき具体的な事情を執行官が把握していたといえるか否かについて検討する。

(ア) 原告が主張するとおり,本件進入路の西側には本件小屋が存在し,その東側壁面には「a社開発部」,「残土引受ます」と記載があったこと,本件小屋の付近には,「残土搬入場」,「a株式会社総合開発部」と記載された看板が投棄されていたことが認められる(証拠〈省略〉)。

しかしながら,本件小屋及び看板は,いずれも本件土地上ではなく,本件土地3に隣接する宇治市所有に係る土地上にあった(証拠〈省略〉)こと,後記(イ)及び(ウ)のとおり,本件土地の形状等は,産業廃棄物の廃棄ないし埋設と必ずしも結びつくものではないことに照らせば,本件小屋及び看板の存在並びにそれらの記載から,原告が主張するように,大型車両等が本件小屋で料金を支払い,本件進入路から本件土地3に立ち入り,残土を搬入投棄していたなどの事実を直ちに想起することはできず,本件土地への産業廃棄物の埋設や土壌汚染を疑うべき事情があったということはできない。

(イ) コンクリート片等の廃棄物については,そもそも平成16年6月24日に実施されたB執行官による現況調査以前から本件土地3上に散乱していたと認めるに足りる証拠はない(なお,B執行官及びE評価人は,いずれも,証人尋問において,現況調査当時産業廃棄物らしきものは見当たらなかった旨証言している。)。仮に,現況調査当時,原告取締役であるIが初めて本件土地を調査した平成21年6月頃(証拠〈省略〉)と同じようにコンクリート片等が散乱していたとしても,その種類,量あるいは態様(証拠〈省略〉)に照らして,直ちに本件土地1及び3の地中に産業廃棄物の埋設等が存在すると合理的に疑うべき事情とはいえない。

(ウ) 本件土地3の地形に関して,確かに,本件小山が周囲と異なり草に覆われていること,その南側(進入路から見て奥側)には小さな段差があることが認められる(証拠〈省略〉)。しかしながら,仮に,本件小山が実際に盛土によって出来上がったものであったとしても,これはもともと本件土地の山肌の斜面に沿って存在するのであって,図面に示された等高線と顕著な相違があるものでなく,小さな段差部分も崖崩れ等の自然現象によって生じたものとの明確な相違が認められるとはいえず,外部から持ち込まれた土が積み上げられたことが一見して分かる状態にあったというわけでもないのであるから,そうした斜面に残土を積み上げるということが通常想定しにくいことにも鑑みれば,上記段差をもって直ちに本件小山が残土の投棄によって人工的に作られたものであることを疑わせるものとはいえない。

また,本件小山の一部に樹木が生えていない点についても,B執行官は,当時の所有者に架電し,同人自身が本件土地3上の樹木を伐採したとの陳述を得た(証拠〈省略〉)のであるから,この点が特別不自然であるということはできず,これをもって第三者による残土の不法投棄を疑わせる状況にあったということはできない。

(エ) 以上のとおり,原告が主張する事情をもって,本件土地への産業廃棄物の投棄等が現実に存在すると合理的に疑うべき具体的な事情というこはできないし,その他そのような具体的な事情をA執行官及びB執行官が把握していたことを認めるに足りる証拠はないから,本件土地への産業廃棄物の投棄等について,A執行官及びB行官が行う現況調査の調査義務の範囲に属するということはできない。

したがって,現況調査に当たってA執行官及びB執行官に過失があった旨の原告の主張は理由がない。

3  争点(5)(本件競売事件1及び2において本件執行裁判所1及び2の裁判官に過失が認められるか)について

裁判官の職務行為が違法性を有することになるのは,単に上訴等の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在するだけでは足りず,その制度の目的,範囲を著しく逸脱し,又はその方法が甚だしく不当であるなどの特段の事情がある場合に限られると解すべきである。しかるに,前記認定の事実関係の下においては,執行裁判所が執行官又は評価人に対し,産業廃棄物の投棄の有無について調査を実施するよう命じる義務を負っていたということはできず,前記特段の事情があるとはいえないことは明らかである。

第4結論

以上によれば,その余の争点につき判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 大島眞一 裁判官 谷口哲也 裁判官 結城康介)

別紙 物件目録〈省略〉別紙

図面〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例