京都地方裁判所 平成20年(行ウ)30号 判決
原告
X
同訴訟代理人弁護士
中島俊則
被告
京都市
同代表者兼処分行政庁
京都市長 A
同訴訟代理人弁護士
武田信裕
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
京都市長が,原告に対し平成18年12月27日付でした懲戒免職処分は,これを取り消す。
第2事案の概要など
1 事案の概要
本件は,原告が,被告の職員として,京都市○○センター関連施設a協会事務局事務所長の職にあったところ,京都市長が平成18年12月27日,①セクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」という。)行為,②タクシーチケットの私的流用,③業者との独断契約,販売手数料の簿外処理及び費消を理由に地方公務員法29条1項各号により原告に対し懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)をしたことにつき,懲戒理由はなく,仮に懲戒理由があったとしても,本件処分は重すぎる処分であり,比例原則に反し許されないから本件処分は無効であると主張して,その取消しを求める事案である。
2 前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)
(1) 当事者
原告は,本件処分が下されるまで,被告の環境局c部△△課(以下,単に「△△課」という。)担当係長兼京都市○○センター関連施設a協会(以下「本件協会」という。)事務局事務所長(以下,単に「事務所長」という。)の職にあった。
(2) 本件協会の組織等
ア 被告は,京都市○○センターの建替えにあたり,市民の心身の健全な発達と福祉の向上に寄与することや同○○センターにおけるごみ焼却により生じた余熱の有効利用等を目的として,京都市○○センター関連施設として,bプール(以下「本件施設」という。),会議室及びグラウンドを設置した(〈証拠省略〉)。
イ 本件施設の管理運営を行うため,被告とは別の法人格なき任意団体として本件協会が設立された(〈証拠省略〉)。本件協会の事務局には事務所長及び職員若干名が配置されたが(〈証拠省略〉),事務所長には△△課担当係長が充てられ,原告は被告の職務の一として事務所長職に従事していた。
その他の職員は,被告の非常勤嘱託職員と本件協会が採用した臨時職員(アルバイト)が併せて数名程度配置されていた。
ウ 事務所長は事務局の事務を掌理し,職員を指揮監督するものとされ,臨時職員の採用,10万円以下の収入決定や1件10万円以下の契約決定等について専決するものとされていた(〈証拠省略〉)。
(3) 本件処分に至る経緯等
ア 原告は平成14年4月1日,本件施設の開設に伴い,事務所長に就任し,本件処分を受けるまで同職にあった。
イ 原告は,平成14年6月20日付で,本件協会の事務所長として,プール事業委託業者との間で,本件協会が物品販売を受託し,販売手数料10パーセントを受ける旨の合意(確約書により)をした(〈証拠省略〉)。
ウ 本件施設には,平成14年5月から平成18年9月までの間に合計11台の自動販売機が設置された。そのうち,平成14年5月及び6月に各2台設置された合計4台については本件協会の決定を経ていたが,平成14年11月以降に設置された7台については,本件協会の決定を経ていなかった(〈証拠省略〉,弁論の全趣旨)。
(4) 本件処分
ア 京都市長は,平成18年12月27日付で,原告を懲戒免職した(本件処分。〈証拠省略〉)。
イ 本件処分の対象となった事実(その概要)は以下の行為である。
(ア) 本件協会の臨時職員に対するセクハラ行為
(イ) タクシーチケットの私的使用
(ウ) 独断による物品販売契約及び自動販売機設置契約並びにそれらの販売手数料の簿外管理及びその費消
(5) 不服申立て
ア 原告は本件処分に対し,平成19年2月21日,京都市人事委員会に対し不服申立てをした。
イ 原告は,上記不服申立後,3か月を経過しても京都市人事委員会の裁決がされなかったことから,本件訴えを提起した。
(6) 被告の懲戒処分指針
平成14年10月に定められ,これを平成18年4月に改正した京都市職員の懲戒処分に関する指針(以下「懲戒処分指針」という。)には,以下の内容の規定があった(〈証拠省略〉)。
ア セクハラ等(他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動)について
(ア) 暴行若しくは脅迫を用いてわいせつな行為をし,又は職場における上司・部下等の関係に基づく影響力を用いることにより強いて性的関係を結び若しくはわいせつな行為をした職員は,免職とする。
(イ) 相手の意に反することを認識の上で,わいせつな言辞,性的な内容の電話,性的な内容の手紙・電子メールの送付,身体的接触,つきまとい等の性的な言動を繰り返した職員は,免職又は停職とする。
(ウ) 相手の意に反して,性的な言動を行った職員は,停職,減給又は戒告とする。
イ 横領等について
公金又は公物を横領し,窃取し又は詐取した職員は,免職とする。
ウ 不適切な事務処理について
故意又は重大な過失により適切な事務処理を怠り,公務の運営に支障を生じさせた職員は,減給又は戒告とする。
なお,平成18年9月改正の懲戒処分指針では,公務の運営に重大な支障を生じさせた職員は,免職又は停職とする旨の規定が付加された(〈証拠省略〉)。
(7) 原告が本件協会の女性臨時職員に対し,セクハラ行為をしたことの証拠として,セクシュアルハラスメント調査委員会の調査報告書(以下,「本件調査報告書」という。〈証拠省略〉)が存在する。
本件調査報告書には,セクハラ行為を受けたとする女性臨時職員5名による次のような供述(概要)が記載されていた。
ア 原告から勤務シフトなど仕事の話で本件施設内の和室に呼ばれて原告と二人きりになった。その場の話は,30分から長いときには2時間にも及び,最初の約10分間は仕事の話であったが,それ以降,セクハラ発言をされる。
イ 具体的には,「やりたい。」「やらせろ。」「飯食べたあといいことしたる。」「わしのには真珠があるからいいぞ。試させたる。」「彼氏とどうや。」「他にいてもいいから,比べてみろ。おれはいいぞ。一回体験したら忘れられへん。」「女は足だけ広げていればいい。」「犯すぞ。」「お前が欲しい。」「お前は夜の蝶になれ。」などと何度も言われ,嫌悪感,恐怖感,不信感,圧迫感等を感じ,体調不良になったりする者もいた。
ウ 他の職員から,原告によるセクハラ行為を受けていることを聞いていた。
エ セクハラ行為を受けた期間や回数は職員によって異なるが,概ね月2回程度であり,原告から受けた上記セクハラ行為は全体として平成15年度から平成18年度に至るまでの長期にわたっていた。
なお,上記5名の供述者とは別の女性臨時職員1名については,当該職員による直接の供述は記載されていないが,原告のセクハラ行為が原因で退職した旨を当該職員から聞いた旨の他の臨時職員の複数の伝聞供述が記載されている。
3 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 本件協会の女性臨時職員に対するセクハラ行為の有無(争点(1))
ア 被告
(ア) 原告は,平成15年3月から平成18年8月までの間に,本件協会の女性臨時職員6人に対し,勤務時間中に,業務上の指導等を理由に一人ずつ別室に呼び出すなど二人きりの状況で,性的関心に基づく発言や性的交渉を求める発言を相当回数繰り返し,当該職員に不快感,嫌悪感を与えた。
これらの行為が,懲戒処分指針上のセクハラ行為(前提事実(6)ア(イ))に該当することは明らかである。
(イ) なお,原告は,臨時職員であったB(以下「B」という。)が,原告はセクハラ行為をするような人物ではなく,他の女性臨時職員から原告のセクハラに係る苦情等を聞いたことがない旨の供述をすることを根拠して,原告によるセクハラ行為がなかった旨主張する。しかし,Bは原告による縁故採用で就職した者であり,原告に不利な証言をしにくい立場にある。また,セクハラ被害にあった女性臨時職員も,Bが原告の立場に与する者であるとして相談をしなかったと考えられるから,Bの上記供述によって,原告によるセクハラ行為がなかったとはいえない。
イ 原告
(ア) 被告の上記アの主張は否認ないし争う。
(イ) 原告は,臨時職員の一人であるC(以下「C」という。)の発言に合わせ性的な会話をしたことはあったが,自ら積極的にしたことはない。性的言動すべてがセクハラ行為になるのではなく,性的な言動のうち異性に不快感や嫌悪感を与えるもののみがセクハラ行為にあたるが,原告は,女性臨時職員と二人きりの状況下で不快感を与える性的言動を行ったことはない。
(ウ) セクハラ問題は,事務所長であった原告と敵対関係にあったCらが,原告を失脚させて本件施設から追い出すため創り上げたでっち上げである。このことは,女性臨時職員たちの前で原告に対し卑猥な話を仕掛けてきたり,原告の肩を触ったり抱きついてきたC自らがセクハラの被害者だと訴えていることからも明らかである。
平成18年6月に京都市長宛に送られてきた匿名のメール(〈証拠省略〉)には,原告が本件施設を独裁的に運営しているとか運営費を好き放題に使っているなどの記載があっただけで,セクハラ行為についての記載はなかった。運営費の使い方の問題に比べ,セクハラの問題の方がより重要な問題であるにもかかわらず,その記載がなかったことは不自然であり,運営費の問題では原告を職場から放逐することができないと判断したCらがセクハラ事件をでっち上げたのである。
なお,平成15年3月から平成18年8月までの間に多数の若い女性たちが臨時職員として本件施設で働いてきたが,セクハラ行為の被害にあったと訴える女性は6人だけであり,このことは,原告によるセクハラ行為がなかったことを示唆する。また,臨時職員であったBは,原告のセクハラ行為を否定している。
(2) タクシーチケットの私的使用の有無(争点(2))
ア 被告
原告は,本件協会所有の有価証券であるタクシーチケットを平成18年9月6日,同月7日及び同月9日の3回にわたって私的に使用し,計7590円の業務上の横領行為を行った。
タクシーチケットは,職員が用務で銀行等に行く場合や超過勤務をした場合の帰宅時などに使用することは認められるが,上記3回の使用はいずれもそれに該当しない。
なお,本件協会のタクシーチケットは,公金又は公物ではないが,原告が職務命令を受けて従事していた業務において取り扱っていたものであるから,懲戒処分指針上の横領等(前提事実(6)イ)に該当する。
イ 原告
(ア) 被告の上記アの主張は否認ないし争う。
(イ) 原告は,懲戒事由とされている平成18年9月6日,同月7日及び同月9日のタクシーに乗車したことについては記憶がない。
(ウ) 原告が,平成14年4月に,事務所長に就任した際,△△課のD課長から,必要な場合に被告のタクシーチケットを使用することの許可を得た。そして,原告は,D課長から許可を得た場合以外の使用はしておらず,不正行為ではない。
平成17年4月以降,被告から本件協会のタクシーチケットに変更になったが,D・△△課長の後任であるE・△△課長は,原告が本件協会のタクシーチケットを使用していることを黙認していた。
このように,仮に原告によるタクシーチケットの使用が会計処理上不適正なものであったとしても,私的使用でない限り違法性がなく,懲戒事由にはならない。
(3) 自動販売機手数料及び物品販売手数料の簿外管理の適否(争点(3))
ア 被告
(ア) 原告は,本件協会の決定を経ず,独断で,平成14年6月にプール事業委託業者と物品販売受託契約を締結し,また,同年10月以降,自動販売機設置契約を締結し,平成18年9月までそれらの販売手数料を簿外管理した上,収入合計90万4409円のうち30万3000円を費消し,業務上の横領行為を行った。
物品販売契約では,売上額の10%が販売手数料として本件協会に支払われることになっていたが,正式な収入としての処理が行われておらず,本件協会の役員や被告の職員は誰もその事実を原告から知らされていなかった。
自動販売機設置契約では,売上額の一定割合が本件協会に支払われる仕組みとなっているところ,自動販売機は当初4台設置されており,本件協会の収入として帳簿に記載され,決算報告もされていたが,うち2台については,原告が独断で解約し,代わりに合計7台の自動販売機を独断で設置し,これら7台分の手数料収入については,本件協会とは別の銀行口座に振り込ませ,決算報告等にも含めていなかった。
物品販売契約による売上手数料及び上記7台の自動販売機による売上手数料の簿外管理と費消については,原告が独断で契約を締結し,手数料を受け取った上,正規の本件協会の収入とは別に管理していたものであり,不適切な事務処理であるといわざるを得ない。
なお,これらの行為は,本件協会の事務としてなされたものであるが,原告が職務命令を受けて従事していた業務においてなされたものであるから,懲戒処分指針上の横領等及び不適切な事務処理(前提事実(6)イ及びウ)に該当するといえる。
(イ) 本件協会事務処理規則6条2項では,1件10万円以下の契約決定については,事務所長の専決権限とされているが,当該契約に係る書類が残されておらず,また,当該収入を決算等に報告していなかったことを考えると,これらは正式な権限に基づかない独断としての行為であると評価すべきである。
これらの手数料収入は,原告の主張によると,職員の福利厚生や労務管理に費消したということであるが,仮にそれが事実であったとしても,本件協会が認めておらず,本来なら本件協会に収入されるべき金員を収入せず,協会としては認められない支出項目に費消するものであり,業務上横領に該当する行為である。
(ウ) 原告は,簿外管理等について,当時の被告の環境局施設部工場建設課長らに教えられたものであり,独断で行ったものではない旨主張するが,本件施設の開所当時4台であった自動販売機を最大で8台にするなど頻繁に業者を変えていたこと,原告が上司から自動販売機の設置状況に関する事情を聞かれた直後に,原告は本件施設開所後に設置した自動販売機をすべて撤去したこと,自動販売機の業者からの手数料については本件協会の会計とは別に通帳を作成し,管理していたこと,自動販売機の業者との間の契約書が事務所に残されていないことなど証拠を残さないようにしていたこと,スイミンググッズ等の物品販売手数料について,原告は業者に対して,上記手数料を受け取っていないことにしてほしいと口止めをしたことなどから,原告が上司に隠れて,独断で処理していたことは明らかである。
(エ) なお,仮に,原告主張のとおり,原告の上司の一部が原告による手数料の簿外管理の事実を知っていたとしても,そのことによって上司らが責任を問われる可能性があることは格別,原告の責任がなくなるわけではない。
イ 原告
(ア) 被告の上記アの主張は否認ないし争う。
(イ) 物品販売契約や自動販売機設置契約につき手数料を業者から取ることやその手数料を事務所接待費等に使用することは,被告の環境局施設部工場建設課のF課長らから教わったものである。また,販売手数料を本件協会の通帳に入れずに違う通帳に入れることは,被告の環境局施設部施設建設担当G係長から教わった。本件協会の役員である△△課のD課長らもこれらの手数料の使用を知り,黙認していた。
そもそも,最初に設置した自動販売機の手数料についても,その収入の半分は本件協会に入らず,管理運営委員会の収入となって本件協会の会計とは別口で管理されていた。
また,原告は,これらの手数料を職員の福利厚生などのために使用したのであるから,仮に手数料取得が不適正なものであったとしても,原告の行為には違法性がなく,懲戒事由にはならない。
(4) 本件処分の違法性
ア 被告
セクハラ行為は,個人の尊厳と人格を不当に侵害するとともに,仕事の円滑な遂行や職場の人間関係にも重大な悪影響を与えるものである。特に,原告が行ったセクハラ行為は,性的関係を迫ったり,性生活を詮索する等の発言であり,被害者の数も多く,セクハラ行為が行われた期間も長期にわたる。そして,原告は,事務所長として臨時職員を指導監督するとともに,その雇用権限を持つ絶対的優位な立場にあったことや,当該行為を勤務時間中に行っていたこと,原告のセクハラ行為により多くの職員が辞職せざるを得なくなったことなどにかんがみると,原告の行為は非常に悪質であり,その責任は極めて重大であるといわざるを得ない。
また,タクシーチケットの私的使用や物品販売等の手数料の簿外管理による使用は,業務上横領ないし背任といった刑事犯罪にも該当する重大な非違行為である。
よって,本件処分は,地方公務員法及び懲戒処分指針の規定に基づき適法に行われたものであり,被告の裁量権限の範囲内であり,相当な処分である。
イ 原告
問題となっているセクハラ行為は,言葉だけによるものであって,性的行為などの身体的なものより女性の受けるダメージははるかに少ない。
また,タクシーチケットの使用や物品販売及び自動販売機に関する手数料の問題については,仮に不適正なものであったとしても,原告の上司らは長期間その事実を知っていながら黙認しており,違法なものとはいえない。
以上のとおり,原告には不正はなく,仮に不適正な面があったとしても,原告を懲戒免職という本件処分に付するのは重すぎるものであり,比例原則に反し許されない。
第3当裁判所の判断
1 本件協会の女性臨時職員に対するセクハラ行為の有無(争点(1))
(1) 証拠(〈証拠・人証省略〉)及び弁論の全趣旨によれば,本件調査報告書の基になった調査を担当したHらは,被害にあったとされる女性臨時職員に対し,直接話を聞いた上,その供述が信用できると判断して本件調査報告書を作成したこと,被害者である女性臨時職員に対する聞き取りは,本件処分前に2回以上及び本件処分後に,それぞれ行われているところ,その聴取内容に変化はなく,一貫性があること,被害の内容については,前提事実(7)のとおり,具体的な供述がされており,被害者の供述内容について,他の女性臨時職員も同旨の供述をするなどしていたことが認められる。
そうすると,本件調査報告書に記載された供述者の供述が,全てそのまま信用できるかどうか,原告の行為が女性臨時職員の意に反することを認識した上での行為であったかどうかは別として,上記証拠(同報告書及び証人Hの証言)によれば,原告が少なくとも1名以上の女性臨時職員に対し,相手の意に反してわいせつな言辞を繰り返したことが認められる。
(2) これに対し,原告は,Cら被害にあったとする女性臨時職員は,原告に対して恨みを持っており,虚偽の供述をする動機があるため,本件調査報告書に記載された女性臨時職員の供述は信用できない旨主張し,原告本人尋問において,これに沿う供述をする。
確かに,Cが,原告に抱きついたり,他の女性臨時職員の前で原告に対して性的な発言をしていたことが認められ(〈人証省略〉),Cが本件調査報告書作成過程の事情聴取の際に,C自身としてはその意思に反してわいせつな話をされたという事実がないのに,誇張した供述をした可能性があることは否定できないし,こうした供述をHらが信用したために,本件調査報告書の内容中には,誇張した表現が含まれる可能性があることは否定できない。
しかしながら,原告は,恨みをかった理由について,Cについては,他の職員とのいさかいがあったときに他の職員の肩を持ったこと,他の女性臨時職員については,他の職員に対するいじめから原告が守れなかったことや,厳しい処置をとったことなどを供述するが,これらの点に関する証拠としては,原告本人の供述のみであって,ただちに信用できない。また,仮に,原告が供述するような事情があったとしても,本件施設を退職した職員までもが口裏を合わせ,原告を陥れるような事情と評価することについては疑問があるといえる。そうすると,原告本人の供述だけから上記事情聴取を受けた全ての女性職員が原告に対して恨みの感情を抱いていたとは認め難く,他に上記事情聴取を受けた全ての女性職員が原告に対して恨みを持っていたことから虚偽の供述をしたと認め得る証拠はない。そして,原告が少なくとも1名の職員の意に反して繰り返しわいせつな言動をしたとの前記認定を左右するには足りない。
したがって,原告の主張は,採用できない。
(3) また,原告は,セクハラ行為を受けたとする女性臨時職員と同じ職場にいたBが原告からセクハラ行為を受けておらず,他の女性臨時職員が原告からセクハラ行為を受けたとの話も一切聞いていないことから,セクハラ行為がなかった旨主張する。
しかしながら,Bは,原告と長い付き合いであり,原告から本件施設で働くよう要請されて勤務するようになったこと(〈人証省略〉)からすると,原告が他の女性臨時職員に対するのとは異なり,Bに対してセクハラ行為をしていなかったことや,他の女性臨時職員がBに対し,原告からセクハラ行為を受けていたことを告げていなかったとしても,何ら不自然とはいえない。したがって,上記Bについての事情から,原告の他の女性臨時職員に対するセクハラ行為もなかったということはできず,上記主張は理由がない。
2 タクシーチケットの私的使用の有無(争点(2))
(1) 証拠(〈証拠省略〉)によれば,本件処分の対象となっているタクシーチケットの使用区間及びその金額は,平成18年9月6日のd団地から京都市役所までが2550円,同月7日の石段下から□□までが2620円,同月9日の八坂から□□までが2420円であることが認められる。
そして,原告本人が,上記区間はタクシーをよく利用する区間であり,自分が使った可能性があることを認めていること,上記期間について他人にタクシーチケットを渡したことはないことを供述していること(原告本人〔第7回〕119項ないし121項)から,原告が上記各年月日に上記各区間についてタクシーチケットを使用したものと推認することができる。
(2) そして,弁論の全趣旨によると,タクシーチケットの使用区間の乗車地あるいは降車地であるd団地及び□□は,原告の居住地に近接した場所であるところ,もう一方の乗車地あるいは降車地である京都市役所,石段下及び八坂は,原告の勤務地である本件施設や被告の環境局c部とは離れた場所であることが認められる。そして,本件全証拠によっても,後者の場所について,原告の業務に関連して原告が赴いたものとは認められず,かえって,原告は,飲食した後にタクシーで帰ったことがある旨供述していること(〈証拠省略〉),本件処分に関する被告の調査担当者による原告に対する事情聴取の中で,原告は私的使用であることを認める供述をしていること(〈証拠省略〉)を考え合わせると,原告は,上記各タクシーチケットを私的に使用したものと認められる。
3 自動販売機手数料及び物品販売手数料の簿外管理の適否(争点(3))
(1) 前提事実,証拠(〈証拠省略〉)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 本件施設においては,平成14年5月に2台,同年6月に2台の自動販売機が設置された。これら4台の自動販売機の設置・管理については,本件協会による手続を経たものであり,その収入は本件協会の帳簿に記載され,手数料収入の総額は84万6783円であった。なお,同年6月に設置された2台については,それぞれ平成15年1月,平成17年3月に撤去された。
平成14年11月以降,本件施設に7台の自動販売機が設置されたが,これらはいずれも本件協会による手続を経ておらず,原告の独断により設置された。そして,これらは,平成15年9月に1台,平成18年2月に1台,同年7月に2台,同年9月に3台が撤去された。これら7台の手数料収入の総額は,59万6183円であった。
また,原告は,平成14年11月以降の自動販売機を設置する際,自動販売機設置業者から,電気料金として合計15万円を受け取った。
原告は,平成14年6月20日,本件協会の決定を経ずに,本件協会名で,プール事業委託業者と物品販売受託契約を締結した。それ以降,本件協会では,スイミンググッズ等の物品を販売しており,原告は,売上げの10%を販売手数料として受け取っていた。その総額は,平成14年6月から平成18年9月までで15万8226円であった。
イ 被告は,平成18年11月ころ,本件施設の資金等を調査したところ,正規の帳簿上の資金としてあるべき金額の他に60万1409円の金員が保管されていることが判明した。この金額は,原告が,物品販売契約や自動販売機設置契約により,本件協会の決定を経ずに得ていた手数料収入であった。
ウ 原告は,職場職員,課関係者,他局関係者,近隣関係者,地元団体役員関係者,学校関係者及び工事業者との会議等において,お茶やコーヒー等を出す経費として平成15年4月から平成18年9月まで毎月4500円程度を支出し,職場職員に自動販売機の管理のお礼として年末にお歳暮を贈る経費6万4000円を支出し,また,忘年会の費用として5万円を支出していた。
以上の原告が支出した合計額は,30万3000円となる。
(2) 上記(1)によると,本件協会による手続を経ていない手数料収入合計90万4409円から本件施設に残っていた60万1409円を差し引いた額である30万3000円が,原告が私的に費消した金額といえ,原告は同金額を職員等のお茶代やお歳暮に使用していたことが認められる。
(3) 被告は,原告が手数料の簿外管理をしていたことについては知らず,黙認していたことはない旨主張する。
しかし,証拠(〈証拠・人証省略〉)及び弁論の全趣旨によると,D・△△課長ら原告の上司が本件施設に来る際には自動販売機の台数を当然知り得たこと,物品販売についても手数料収入があることは当然知り得たこと,△△課のI係長は,原告から本件協会で管理されるべき口座と別口座で手数料収入を管理していることを知らされたので,原告に対し,その適否については上司である△△課のD課長に聞くように伝えたこと,本件協会の監査報告書の作成を担当する監事はD課長であり,△△課の指導の下で,決算事務がなされていたといえるのであって,事業収入の内訳等手数料収入についても当然に把握すべき立場にあったことが認められる。
これらの事情からすると,D課長ら原告の上司は,本件施設における自動販売機及び物品販売の管理及び手数料収入について把握しており,原告が,手数料について適正な管理をしていないことを認識していたことが推認でき,この点に関する被告の主張は採用できない。
4 本件処分の違法性(争点(4))
(1) 地方公務員法は,29条1項所定の懲戒事由がある場合に,懲戒処分をすることができる旨規定するが,懲戒権者が,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかについては,公正でなければならないこと(同法27条1項)を定め,平等取扱いの原則(同法13条)に違反してはならないことを定めている以外に具体的な基準を設けていない。
したがって,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の当該行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか,を決定することができるものと考えられる。その判断は,前記のような広範な事情を総合的に考慮してなされるものである以上,平素から庁内の事情に通暁し,部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ,適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それ故,公務員につき,地方公務員法に定められた懲戒事由がある場合に,懲戒処分を行うかどうか,懲戒処分を行うときにいかなる処分を選択すべきかは,懲戒権者の裁量に任されていると解される。もとより,当該裁量は,恣意にわたることが許されないのは当然であるが,懲戒権者が当該裁量権の行使として行った懲戒処分は,それが社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とならないというべきである(最高裁昭和52年12月20日第3小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照)。
(2) 前記のとおり,原告は,女性臨時職員に対するセクハラ行為,タクシーチケットの私的使用及び手数料収入の簿外管理をしている。
ア タクシーチケットの私的使用及び手数料の簿外管理について
原告は,タクシーチケット合計7590円を私的に使用しており,また,手数料収入90万4409円を簿外管理し,そのうち30万3000円を私的に費消している。
タクシーチケットの私的使用額は,7590円であり,それほど高額であるとはいえないが,職務上の権限を不当に行使したものであって,業務上横領罪に該当しうる悪質な行為であり,軽視することはできない。
一方,前記のとおり,手数料収入を簿外管理していたことは,原告の上司が黙認していたものといえる。
しかしながら,本件施設において手数料収入を得るには,本件協会での手続を経なければならないところ,原告はその手続を全く経ていない。前提事実(2)ウのとおり,事務所長である原告には,1件10万円以下の契約決定や収入決定を専決する権限があったとしても,原告はその権限のことさえ全く知らず(原告本人〔7回〕163項ないし165項),適正な手続を経ていないものであるから,その手続違反を軽視することはできない。
そして,原告の手数料収入の使用用途が職員の福利厚生であったとしても,原告は,本件処分に関する調査が開始された後,Bを通じ,物品販売手数料を受け取っていないことにしてほしい旨物品販売業者に伝えるなど,原告自身,上記扱いが本来あってはならない方法であることを認識していた(〈証拠省略〉)のであって,不適正な行為であるから,上司が黙認していたとしても,到底許される行為ではなく,その責任は重い。
なお,本件協会のタクシーチケット及び手数料収入は,それぞれ公物又は公金ではないが,前提事実(2)のとおり,本件協会は,市民の心身の健全な発達と福祉の向上に寄与することを目的として設立されたのであるから,本件協会のタクシーチケット及び手数料収入は,公物又は公金に準ずるものといえる。こうしたことに,原告が,被告の職務の一として事務所長職に従事していたことを考慮すると,原告がタクシーチケットを私的に使用し,手数料収入を簿外管理していたことは,懲戒処分指針上の横領等に匹敵すると評価することに(比例原則に反するなど)裁量の逸脱があるとはいえず,懲戒免職処分をしたことに違法な点はない。
イ セクハラ行為について
原告は,女性臨時職員と二人きりで和室にいたという密室状況において,露骨な性的発言を繰り返し行っており,非常に悪質である。そして,被害女性は6人にも上っており,各人の被害にあった期間は異なるが,原告のセクハラ行為の期間は平成15年度から平成18年度までの長期にわたっており,原告によるセクハラ行為を理由に退職する者もいたほどであり,その結果は重大である。そして,原告は,事務所長として,臨時職員の採否を決めるなど絶対的な立場にあり,和室での発言も業務指示にかこつけてなされたものであるなど職務上の地位,権限を不当に行使したものであって,到底許されるものではない。また,原告は,本件訴訟においてもセクハラ行為の事実を争い,全く反省の態度を示そうとしない。
以上の事情を考慮すると,原告によるセクハラ行為が,わいせつ行為などの被害者の身体に及ぶ直接的な強制行為ではなかったことを考慮しても,原告の責任は極めて重いといわざるを得ない。
もっとも,前提事実(6)ア(イ)のとおり,懲戒処分指針では,相手の意に反することを認識した上でわいせつな言辞等を繰り返した職員を免職又は停職とするとされているところ,原告が,女性臨時職員の意に反することを認識していたことを裏付ける的確な証拠はない(もっとも,前提事実(7)イの発言内容からすると,それが女性に対する侮蔑的表現であることから,相手女性の意に反することは原告においても十分予想できたと推測できる。)。
しかしながら,前記アのとおり,タクシーチケットの使用や手数料の簿外管理を理由に懲戒免職処分をすることに違法な点がないことを考慮すれば,被告が前記1で認定・判断した事実をも合わせ考慮して懲戒免職処分(本件処分)をしたことが裁量を逸脱したものとは認められない。したがって,原告が相手の意に反することを認識した上でセクハラ行為をしていたとまでは認め難いことをもって,本件処分が違法となるものではない。
5 結論
以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 辻本利雄 裁判官 和久田斉 裁判官 戸取謙治)