京都地方裁判所 平成20年(ワ)1474号 判決
主文
1 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 原告が,被告日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告NTTは,原告に対し,平成20年5月から毎月20日限り,18万3000円及びこれに対する各弁済期の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告らは,原告に対し,連帯して500万円及びこれに対する平成20年5月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 2項及び3項につき,仮執行宣言
第2事案の概要など
1 事案の概要
本件は,原告が,株式会社A(以下「A」という。)との間で労働契約を締結し,Aと有限会社B(以下「B」という。)ないし株式会社C(以下「C」という。),BないしC(以下,BないしCを併せて「B等」ということがある。)と被告エヌ・ティ・ティ・アドバンステクノロジ株式会社(以下「被告NTT・AT」という。),被告NTT・ATと被告NTTの間にそれぞれ作業請負契約(以下,それぞれの請負契約を併せて「本件各請負契約」という。)が締結されていたところ,被告NTTの事業場で被告NTTの指揮命令を受けて就労していたため,原告の就労形態は職業安定法(以下「職安法」という。)44条及び労働基準法(以下「労基法」という。)6条に違反し,本件各請負契約は公序良俗に反して無効であり,原告と被告NTTとの間に明示ないし黙示の意思表示あるいは法人格否認の法理による労働契約が成立していること,当該就労形態等により中間搾取及び原告の精神的苦痛が生じたことを主張して,被告NTTに対し,労働契約に基づき,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認,平成20年5月以降賃金相当額(月額18万3000円)及びこれに対する各支払日(各月20日)の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金並びに被告らに対し,不法行為に基づき,損害賠償500万円(中間搾取による損害及び慰謝料の合計)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年5月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)
(1) 当事者等
ア 被告NTTは,東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社がそれぞれ発行する株式の引受け及び保有並びに当該株式の株主としての権利を行使すること,電気通信の基盤となる電気通信技術に関する研究を行うこと等を目的する株式会社である。
イ 被告NTT・ATは,被告NTT等の保有技術の技術移転及び保有特許等の普及活用の斡旋等を目的とする株式会社である。
ウ 原告は,平成18年11月1日から平成20年3月27日まで,被告NTTの事業場である甲(以下「甲」という。)内の乙(以下「乙」という。)において勤務していた(甲47)。
エ 被告NTTは被告NTT・ATに対し,被告NTT・ATはB等に対し,B等はAに対し,それぞれ自然言語処理研究支援業務(以下「本件業務」という。)について業務委託をしていた(本件各請負契約)。
(2) 原告が甲で働くこととなった経緯
原告は,平成18年10月,ハローワークの紹介により,Aにおいて,正社員として勤務することとなった。ハローワークの求人情報には,勤務地が甲の所在地であること,業務が日本語研究業務等であることなどが記載されていた(甲37,47)。
原告は,Aの当時の社長であるa(以下「a」という。)との面談を行い,その一週間後,被告NTT・ATのD課長(以下「D」という。)及びBのb社長(以下「b」という。)の立ち会いの下での面談があった。そして,その一週間後,被告NTTの社員であり,乙のグループリーダーであるE(以下「E」という。),乙主任研究員であるF(以下「F」という。)及びDが立ち会って面談があった(甲47)。
(3) 原告の業務内容等
原告は,E,Fら被告NTTの職員が職務を行っているのと同じフロアに事務机が置かれ,本件業務に従事することとなった。そして,甲での勤務開始にあたり,被告NTTから駐車場使用許可証やIDカードの交付を受けた(甲2,3〔枝番含む。以下についても,特に明記しない限り,枝番を含むものはすべて含む。〕)。
原告は,甲・乙において,主に対訳データ作業を行っていた。その具体的内容は,乙で働いている別の職員から東亜日報の記事リストをメールでもらい,それを原告がコンピューターで日本語・英語の文が対応するように処理にかけ,その処理が正しく行われているかを確認し,日本語と英語で意味が異なっている場合にはそれを修正していくものであった。この原告の行った作業の結果は,翻訳ソフト開発等を行うためのデータの蓄積につながるものであった。
(4) 原告が本件業務を終了することとなった経緯
被告NTTは,グループ会社である東日本電信電話株式会社や西日本電信電話株式会社で偽装請負が問題となったことから,原告の就業形態を含む自社の事業場における就労実態にも問題意識を持つようになった。
そこで,被告NTTは,平成20年2月,被告NTT・ATに対し,平成20年3月末での作業請負契約の終了を通知した。
そして,原告は,平成20年3月28日以降,甲での業務を行っておらず,同月31日付でAを退職となった(甲12,47)。
3 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 原告と被告NTTとの間の労働契約の成否(争点(1))
(原告の主張)
ア 明示の労働契約の成否
(ア) 労働契約に該当するか否かは,現実的関係の実態に即し,当該労働者に対し,指揮命令する者との関係において,当該労働者に労働規範の適用による保護を与えるべきか否かという視点から決せられるべきものである。そして,その判断においては,自ら労働契約上の債務を引き受ける意思が使用者になければならないと解することは妥当ではない。労働者を保護すべきことに正当性がある場合には,労働法の規範が適用されなければならず,使用者に最低限の意思として従属労働を受領する意思が認められれば,労働契約意思が認められるべきである。
そもそも,労働契約は,2面契約である直接雇用関係であることが原則であり,その例外としての間接雇用は,現行法上,労働組合が厚生労働大臣の許可を受けて無料で行う労働者供給事業(職安法45条)と,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)の要件を満たす労働者派遣以外にはあり得ない。
そして,本件における原告の甲での就労形態が,上記例外のいずれにもあたらず,実際に原告に対して指揮命令していた事業主が被告NTTであることは明白であるから,形式上原告の使用者とされるAを労働契約上の使用者とすることは正当ではない。
(イ) 原告は,平成18年10月,ハローワークにおいて,勤務地を被告NTTの甲の所在地,業務は日本語研究に関する事務作業などと示された求人情報を見て応募した。その応募の際,ハローワーク職員から,被告NTTの職員から指揮命令を受けて勤務することを説明された。そのため,原告は,求人に応募する段階から,自己が求職する業務の就業場所が被告NTTの事業場であり,被告NTTの職員から指揮命令を受けながら被告NTTの業務に従事することになることを認識した。
その後,原告は,Aのaと面接したが,業務内容の説明や業務に対する適性を試す質問等は一切行われなかった。この面接では,原告の人物確認が行われたにすぎず,2回目の面接に立ち会うb,Dに紹介するためのものにすぎず,a自身,最終的に面接を行う被告NTTの職員が原告の業務への採用を決めることを認識していた。
2回目の面接は,BのbとDによるものであったが,bはほとんど質問せず,bの役割は,Aと被告NTT・ATとの間を仲介し,原告をDに紹介することのみであった。そして,Dは,原告に対し,自己PRを求め,英語力の確認,長期間の勤務が可能であるかなどを質問し,次の面接では英字新聞の日本語訳があるため準備しておくように告げた。これらは,被告NTT・ATが被告NTTに紹介するに先立ち,あらかじめ,原告に被告NTTの研究補助業務に対する適性があるかどうか,適性があったとして早期に辞めてしまうことがないかどうかを確認するものであった。
3回目の面接では,Fが,原告と原告の前職との話題で盛り上がり,場の雰囲気が砕けた後,原告に対し,英字新聞を訳させて原告の英語力を確認し,TOEIC700点相当の英語力があると判断した。そして,Fは,データ整理も問題なさそうだと判断し,その旨をEに伝え,EがDにその旨を伝えた。Dは,原告に対し,その場で,多分大丈夫であると告げ,しばらくしてからbに電話をし,bは原告に対して本件業務に採用が決まった旨を伝えた。
3回の面接を通じ,一度も賃金の話はなかったが,原告は,採用決定の段階において,給与はAから振り込まれるが,その基となる資金は被告NTTから出ることの認識を持っており,実際に受け取る金額は,ハローワークの求人票に記載された18万円が基本となるとの認識を持っていた。
なお,EやFが,英語力が足りないという理由で,原告と同様の業務を希望した者を不採用と決定したことがあった。
以上の経緯からすれば,被告NTTが,自己の業務に従事させるために英語力を有する者を必要としていたところ,従前その業務を行っていたGが退職しため,新たな人員が必要となり,そのために被告NTTが,被告NTT・ATから紹介を受けた原告の採用面接を行ったところ,その場でFと打ち解けたことや原告が英語力及びデータ整理能力を有していると思われたことから,原告の採用を決定し,その旨をD等を通じて原告に伝えたことは明らかである。そして,D等からその旨を聞いた原告が,自分を採用したのが被告NTTであり,以後,被告NTTの業務に従事し,被告NTTがその対価を支払うことになることの認識を有していたことも明らかである。
(ウ) 被告NTTは,3回目の面接後に原告の採用を決定した後,作業請負という名称で偽装された形式が採られてはいたものの,社内手続を経て,原告の就労を受け入れる正式な決定を行った。E及びFが,正式な採用権限がないとしても,新規採用者を直接指揮命令する立場にある者に面接を担当させ,その後社内手続にて決裁権限を有する者の決裁を経て正式に採用を決定することはよくあることであり,E及びFに厳密な意味での採用権限があったか否かは問題とならない。そもそも,被告NTTは,原告の就労形式を作業請負と偽装する意図を持っていたのであり,脱法的意図を持つ被告NTTが偽装された違法な契約を締結しようとするに際し,正式な権限がどこにあるのかを問題にすることは無意味である。
したがって,原告が,3回目の採用面接後に採用通知を受けた時点で,原告と被告NTTとの間に明示の労働契約が成立したといえる。
(エ) 被告NTTは,被告NTT・ATに対し,作業請負を発注したのではなく,実質は,自らの業務に必要な人員を求めていたにすぎず,作業請負の形式は,被告NTTが使用者としての責任を免れるための偽装にすぎない。このことは,被告NTTから被告NTT・ATに対し支払われる作業請負の対価が,完成させた仕事の成果物の量や内容に対応して決まる構造になっておらず,仕事の成果にかかわらず,月額約50万円のほぼ一定額になっていること,その金額が前任のGの契約金額を元に決定されたものであり,労務提供の対価として設定されたことからも明らかである。常識的に考えて,被告NTTに,この対価約50万円の中から原告に直接支払われる賃金が捻出されることになる認識があったことも明らかである。
そして,被告NTT・ATのB等への作業請負の再委託について,B等が作業請負を行うという実質は全く存在せず,その実質は,被告NTTから研究補助業務に従事することができる人員を探し,あっせんすることを頼まれた被告NTT・ATが,その人員を探し,あっせんすることをB等に再委託したものにすぎない。このことは,B等とAとの間の関係についても同じである。なぜなら,Aは,形式上原告の使用者とされていたが,原告の従事していた業務について,実際に原告に対して指揮命令していたのは被告NTTであり,Aは,原告の従事した業務に一切関与しておらず,原告の求職対象は,Aの業務に対して行われたものとはいえず,B等の業務に対して行われたものでもない。Aは,原告に対して賃金の振り込みは行っていたものの,実際には原告が担当としていた業務に関し,一切,関与しておらず,その関与の仕方は単なる賃金支払の代行にすぎなかった。また,被告NTT・ATは,原告の業務に関し,わずかな関与があったものの,それは形式上のものにすぎず,実際には原告の業務に関し具体的に指揮命令する能力など持ち合わせておらず,原告が行った業務は,被告NTT・ATの業務であったとは到底いえない。結局のところ,被告NTT・AT,B等及びAが行ったことは,被告NTTの必要とする人材を探し出し,その者を被告NTTに紹介したにすぎない。
(オ) 厚生労働省職業安定局通達である「労働者派遣事業関係業務取扱要領」によれば,派遣元が企業としての人的物的な実体を有するが,労働者派遣の実態は,派遣先の労働者募集・賃金の支払の代行となっている場合その他これに準ずるような場合については,例外的に派遣先に労働者を雇用させることを約して行われるものと判断するものとされているところ,本件において,A,B等及び被告NTT・ATは,企業としての人的物的な実体は有するが,受入事業者たる被告NTTの労働者募集を代行し,原告の求職及び被告NTTの求人に関し職業紹介を行ったにすぎず,受入先である被告NTTが,原告と労働契約を締結したといえる。
なお,登録型派遣の場合,少なくとも派遣の注文を受けた段階では「自己の雇用する労働者」(労働者派遣法2条1号)ではない労働者が,労働者派遣が開始される時点から過去に遡らせることにより,まだ自己の雇用する労働者ではなかったはずの者を自己の雇用する労働者であったかのようにみなし,その配置行為として派遣が行われるという法的構成をとる。しかし,この場合でも,派遣元が,まだ自己の雇用する労働者になっていない者を派遣先が面接して就労を決定してしまった後で,派遣開始とともに派遣元が雇い入れたから過去に遡って面接の時点でも派遣元の自己の雇用する労働者であったことにするのは困難であるとされる。つまり,派遣先である受入事業者による事前面接があり,そこで当該労働者が受入事業者で就労することが決まり,その後実際に当該労働者が受入事業者の下で就労を開始したという事実関係が存在する場合,その事実関係においては,当該労働者と受入事業者との間で労働契約が成立したというほかない。
そして,本件においては,前記のとおり,被告NTTによる3度目の面接が行われていた段階で,原告は,受入事業者である被告NTTにも,供給元である被告NTT・ATにも,B等にも,Aにも雇用されていないし,原告がこれら供給元事業者の下で働いていたという事実はない。
よって,被告NTTによる事前面接によって甲・乙での業務への採用決定がなされ,その通知がなされた段階で,原告と被告NTTとの間の明示の労働契約が成立したというべきである。
イ 黙示の労働契約の成否
(ア) 黙示の合意により労働契約が成立したかどうかは,当該労務供給形態の具体的実態により両者間に事実上の使用従属関係,労務提供関係,賃金支払関係があるかどうか,この関係から両者間に客観的に推認される黙示の意思の合致があるかどうかによって判断される。
(イ)a 原告の業務内容等
原告は,甲において,被告NTTの翻訳ソフト開発業務の一部に従事していたのであり,その業務及び遂行方法等に関する指示は全て被告NTTから受けていた。被告NTTが被告NTT・ATに対して出していた作業請負仕様書には毎回ほぼ同じような内容が記載されているのみで,原告が行うべき作業内容について何ら具体的な記載はなかった。原告は,甲での業務のうち,約6割は対訳データ作業を行っていたが,翻訳ソフト開発に対訳データ作業は必要不可欠であり,その作業では,Fらの意に沿うように修正作業が必要であった。その余の作業では,原告は,乙のH(以下「H」という。)から約3割,IやJから約1割の業務の依頼を受けていた。そして,原告は,被告NTTの職員の研究の必要性に応じ,その都度口頭ないしメールで具体的かつ詳細に指示されており,一方,原告は被告NTTの職員に対して質問・報告をしており,被告NTTの指揮命令を受けていたことは明らかである。また,原告は,本件業務の対象外である被告NTTの業務にまで従事しており,その業務についても被告NTTの直接の指揮命令を受けていた。そして,原告が行った作業の成果物は,中間に介在する偽装請負業者を介することなく,直接,被告NTTの職員に渡されていた。
原告は,被告NTT・ATのDから業務内容について指揮命令を受けたことはなく,毎月数分間の定例会と,毎月の勤務報告書に押印してもらい,出退勤の管理についてのみ関わりがあっただけである。そして,定例会では,原告の業務の詳細について話をすることは不可能であり,具体的な業務指示がなされたことはなかった。そもそも,被告NTT・ATにおいても,原告の業務内容についての理解が不十分であり,具体的指示を原告に対して行うことは不可能であった。AやB等も,原告の業務内容については全く関与しておらず,業務指示はなかった。
被告NTTは,被告NTT・ATへの作業依頼と並行して原告に同様の内容を伝えただけである旨主張するが,実際は,原告に作業依頼をしており,被告NTT・ATから作業依頼のメールが原告に届くのは,原告が被告NTTからの指揮命令を受けて作業に着手するより後であるのが常であった。
原告は,本件事業場で被告NTTの職員と同様,厳密な出退勤管理はされていなかったが,病欠等の報告は直接被告NTTに対して行われており,被告NTTは原告の出退勤管理の重要部分に関与していた。また,原告は,甲で開催される避難訓練,安全運転教習,救命練習,人権研修に,甲に勤務する被告NTTの職員とともに参加しており,原告の福利厚生は,被告NTTから被告NTTの職員と同様に受けていた。
b 賃金
被告NTTと被告NTT・ATとの間の契約は,原告が行っていた業務のみを対象としたものであり,被告NTTが支払った対価は原告が行った労働の対償として支払われたものである。
被告NTTは,被告NTT・ATに対し,原告が処理した本件業務について,平成20年1月から同年3月までの業務遂行の対価として,150万円(税別)を支払った。被告NTTのこの支払内容は,原告が完成させた成果物の量に対応して金額が決定される構造,つまり,仕事の完成に対する対価とはなっておらず,むしろ,原告以外に本件業務を行っていた者がいないことから,原告が労務を提供したこと自体に対する対価でしかあり得ない。常識的に考えて,被告NTTに,当該1か月間の対価50万円の中から原告に直接支払われる賃金が捻出されることになる認識があったことも明白である。そして,被告NTTに,原告に支払われる実際の金額がいくらであるかという点についての細かい認識がなかったとしても,被告NTTに原告の労務提供に対する対償を支払うことの認識があった以上,労働契約の成立は否定されない。また,被告NTTが原告に対し直接賃金を支払っていない点についても,被告NTTは,原告の行った労働の対償として月額50万円を支払,原告はそのうち月額18万3000円を賃金として受領している。よって,少なくとも両者の意思が重なり合う月額18万3000円の賃金を支払っていた範囲で,被告NTTと原告との間に報酬支払の合意が認められる。
また,本件各請負契約は下記(オ)のとおりすべて無効であるから,被告NTTから被告NTT・ATに支払われる金銭は業務請負の対価とはいえず,原告の労務提供に対して対価を支払ったというべきである。
c 退職
被告NTTは,被告NTT・ATとの間の作業請負契約の終了にあたり,原告に対し,原告の就労を労働者派遣に切り替えた上で平成20年4月以降の勤務を続けることを打診しており,この経緯からすれば,被告NTTは甲における原告の就労に関し,原告の地位を左右できる立場にあったといえる。
d 結婚披露宴
原告の結婚披露宴において,被告NTTの職員が3名も招待され,他方,被告NTT・AT,B等,Aの職員が一人も招待されていないことは,適正な業務請負であればあり得ないことである。また,Eは,当該結婚披露宴において,原告の上司として紹介され,原告の行っていた対訳データ作業が翻訳ソフト開発業務の一部であることを当然の前提とする説明を行った。
(ウ) 以上の事実及び前記ア(イ)の採用経緯からすると,原告と被告NTTの間において,原告が被告NTTに対して労働に従事することを約し,被告NTTがこれに対して報酬を与えることを約する黙示の意思の合致があったことが推認される。
よって,遅くとも原告が本件事業場で就労を開始した平成18年11月1日までに,原告と被告NTTとの間に黙示の労働契約が成立したといえる。
(エ) 形式上の労働契約の存在(なお,後記のとおり無効である。)や,Aが原告に対して,現実に賃金を支払っていたことは,請負を偽装している以上当然のことであり,黙示の労働契約の成否判断に際してこの点を問題にすることは無意味である。そのような点を斟酌することは信義則上認められない。さらに,黙示の労働契約の成否判断において問題とされる意思は,偽装請負を行っている被告らの主観的意思ではなく,実体から客観的に推認されるべきものである。
(オ) 本件各請負契約の無効
a 原告の就労状況は,職安法施行規則4条に反する偽装請負であること,労働者派遣法の許容しない3重派遣に当たり,職安法44条が禁止する労働者供給事業にあたること,被告らが原告につき労働者供給を行ったり受け入れたりすることにより経済的利益を受けており,被告らの行為は中間搾取を禁じた労基法6条に反することなどから悪質性が極めて高く,労基法6条及び職安法44条は公序であることから,本件各請負契約は,公序良俗に反するものとして民法90条により無効である。なお,本件は,労働者派遣の定義に当てはまるはずのない多重偽装請負(多重派遣)の事案であり,これが職安法44条に違反することは行政解釈であり,裁判例及び圧倒的学説の立場である。
b 原告は,形式的にはAに採用されたことになっており,本件各請負契約は形式上請負契約であることから,被告NTTの職員ないし被告NTT・ATの職員が原告を指揮命令することはできないにもかかわらず,実際には,前記のとおり,原告は,被告NTTの職員から指揮命令を受けて就業していた。また,被告NTTは,原告を指揮命令することができないことを認識していたにもかかわらず,毎月恒例の定例会には,B等やAの職員は全く立ち会わなかった。つまり,被告NTTは,少なくとも被告NTT・ATが,二次請負会社(B等)以下の頭を越えて原告に対し直接指揮命令することを容認していた。また,Hが原告に対しパソコンを提供するなど,被告NTTは,原告に対し,本件業務に必要な物の提供を行っていた。
したがって,被告らが,職安法施行規則4条2項の趣旨にも反し,労働者保護法制を潜脱する意図の下に,故意に偽装請負を行っていたといえる。
c 労基法6条は,中間搾取という行為それ自体労働者の権利を著しく損なうものであることから,これを一般的に禁止し,その禁止を刑罰をもって強制する規定である。また,職安法44条も労基法6条と一体となって直接雇用の原則を謳っており,労働者の地位を不安定にする雇用形態及び中間搾取を禁止し,その禁止は刑罰をもって強制されている。これらの規定は,市場の秩序を維持することを目的とし,結局のところ経済的公序を形成する規定である。また,公法上の取締法規であったとしても,その違反の違法性の程度が重大である場合には,私法的効力においても,公序良俗違反として無効となる場合がある。本件は,中間介在者が3者も存在し,それぞれが大幅な中間搾取を行っていた極めて悪質な労基法6条違反,かつ3重に違法な労働者供給事業を行っていた極めて悪質な職安法44条違反事案であり,そのような悪質な違反行為を被告らが故意に行っていたことから,公序良俗違反との評価は免れない。そして,これらの偽装された法律関係を無効としても,特段,害を受ける第三者は存在せず,原告と被告NTTとの間の労働契約の成立が肯定されれば,契約当事者間の信義則に反するような結果は何ら存しない。
(カ) 以上のとおり,違法・無効な契約が締結され,その後,終了させられた原告の就労関係の実質は,被告NTTによる指揮命令等を受けながら,被告NTTの事業場である甲で働いてきたというものであるから,原告と被告NTTとの間には,黙示の合意による労働契約が成立したというべきである。
ウ 法人格否認の法理による労働契約の成否
(ア) 法人格否認の法理という一般条項の適用にあたっては,法的安定性と同時に,正義・公平の理念に沿って具体的紛争の解決を図ること,即ち,適用についての結果的妥当性が求められる。
そして,生存権・人格権の保障と取引の自由の衝突が問題となる労働契約関係において支配の要件を問題にする場合,背後の会社が当該労働者の労働関係を支配したか否かこそが問題となり,株式の所有関係や役員構成如何は決定的な重要性を有しない。このような意味において,労働契約関係では,支配の要件における支配の程度は強固である必要はなく,業務面,人事・労務管理面における関与の形態・程度こそが支配を基礎付ける事実として重視されなければならない。
(イ) 被告NTT・ATは,被告NTTの100%子会社であり,被告NTTによる支配の要件が認められる。そして,原告の就労に関する形式上の契約関係は,直接の労働契約関係を隠蔽するために用いられた形式上の関係にすぎず,被告NTTが不当な目的をもって原告の就労関係につき被告NTT・ATを介在させた。
そのため,被告NTT・ATとの関係で,被告NTTによる法人格の濫用が認められるための要件である支配及び目的の要件が認められる。
(ウ) A,B等については,原告の就労の指揮命令関係に実質上全く関与しておらず,原告の就労関係をめぐる法律関係において形骸化が著しい。これらの会社は,原告の就労との関係では単なる中間搾取を行う中間介在者であるにすぎず,原告が行っていた本件業務との関連において独立性が認められず,被告NTTの支配の下にあった。そして,原告の就労関係をめぐるこれらの者の形式上の契約関係は,直接の労働契約関係を隠蔽するために用いられた形式上の関係にすぎず,被告NTTが不当な目的をもって原告の就労関係につきこれらの者を介在させたのである。Aは,原告の本件業務との関係では,賃金支払代行機関としての意味と,実際の指揮命令者が被告NTTであるにもかかわらず,被告NTTが使用者としての責任を負わないようにするためのわら人形としての意味しか有しない。
よって,原告の就労関係においては,A,B等は,法人格を利用されたにすぎず,被告NTTによる法人格の濫用が認められるための要件である支配及び目的の要件が認められる。
(エ) 以上より,原告とAとの間の形式上の労働契約内容にしたがった使用者としての責任を負う地位にあるのは被告NTTであり,原告と被告NTTとの間に労働契約が成立しているというべきである。
(被告NTTの主張)
ア 明示の労働契約の成否
(ア) 直接雇用の原則を定める明文の規定はなく,職安法44条が禁止するのは労働者供給事業であって,労働者供給ではないこと,現行法体系が労働者派遣という形態を原則的に禁止していると解することはできないことなどに照らせば,直接雇用の原則なるものを認めることはできない。
(イ) 本件においては,原告がAと労働契約を締結したこと,被告NTTが原告を自らの労働者として採用する意思を明示的に表示した事実はないこと,原告は,被告NTTと被告NTT・ATとの間の作業請負契約の終了が話題となるまで,自らと被告NTTとの間に労働契約が成立している旨の主張をしたことがなかったことなどから,原告と被告NTTとの間で労働契約を締結する旨の意思が明示的に表示されたことはないといえる。
(ウ) 被告NTTのE及びFは,被告NTT・ATに対して委託する対訳データを作成する作業には,ある水準以上の英語力が必要であることから,作業に従事する予定の原告の英語力を確認したにすぎない。通常の採用面接のように,原告の業務遂行能力以外の,自社の社員としての適格性などを判断するための詳細な質問をすることはなかった。
被告NTTのE及びFは,被告NTTの正社員・パート・アルバイトのいずれについても採用権限を有しておらず,作業請負契約締結についての伺書を作成したにすぎない。甲では,事務系の正職員を採用しておらず,臨時雇については甲所長の権限に基づいて採用されることはあるが,それも身体障害者などの特別の事情のある者が採用された実績があるにすぎない。なお,作業請負契約についての決裁者も,被告NTTの職員の採用権限は全く有しない。
(エ) 原告は,被告NTTと被告NTT・ATとの間の作業請負契約の終了問題が話題となるまで,自らと被告NTTとの間に労働契約が成立している旨の主張をしたことはないこと,原告本人尋問においても,Aと被告NTTとの関係については,派遣のようなものと考えていたと述べていること,甲で本件業務に従事する初日に,Aから来たとの発言をしていたこと,被告NTT・ATの担当者から被告NTTのことを指してお客様という表現が用いられていたことに対して,原告が抗議や質問をした形跡がないことなどに照らせば,原告は被告NTTにおける就業開始当初から被告NTTに採用されたものと考えていたとはいえない。
原告は,以前に派遣労働者として就業していた経験を有することを前提にして,上記のとおり,本件業務を派遣のようなものとして自らが担当とすると考えていたのであるから,直接の雇用主はAであり,被告NTTについては,指揮命令関係のみが存し,労働契約関係は存しない派遣先であると認識していたといえる。
もっとも,派遣のようなものと考えていたという原告の供述内容も真実ではない。なぜなら,原告は,ハローワークの求人票により,被告NTTにおける就業が受託業務従事者としてのものであることを充分認識していたといえるからである。したがって,原告の真意は,被告NTTと労働契約を締結したというものではなく,Aの作業従事者として甲で本件業務に従事するという内容であったというほかない。
一方,E及びFは,本件業務に従事する可能性のある人物ということで,原告との面談に立ち会ったのであり,被告NTTの職員を採用するための面接をする意思をもって原告と面談したわけではない。
このように,原告及びE・Fとも,被告NTTへの採用についての面接が行われるとの意思で臨んだものではない。被告NTTのEが,被告NTT・ATの担当であったDに対し,面談後,原告が本件業務を遂行する能力があるであろうという趣旨を伝えたことはあるが,それは被告NTT・ATに対し,原告を作業従事者とすることを強制するものではない。原告の採用を決定したのはあくまでAである。
仮に,本件がいわゆる偽装請負とみられ,かつ,E及びFが立ち会った面談の機会が人選のための面接に該当するとしても,せいぜい派遣労働者の特定行為がなされたものと評価されるにとどまり,両当事者の各意思が上記のとおりである以上,当該面接が,被告NTTと原告との間に労働契約が成立することの根拠となるものではない。
以上のとおり,本件において明示された当事者の意思は,被告NTTと原告との間の労働契約の締結ではなく,原告とAとの間の労働契約の締結であったのであり,原告と被告NTTの関係は,Aの労働者として甲において本件業務に従事するというものであった。
したがって,原告と被告NTTとの間に明示の労働契約が成立したことはない。
イ 黙示の労働契約の成否
(ア) 黙示の労働契約の存在を肯定するためには,指揮命令関係があるだけでなく,労働者の側では委託者を自らの使用者と認め,その指揮命令に従って労務を供給する意思を有し,委託者の側では,その労務に対する報酬として直接,当該労働者に対し賃金を支払う意思を有するものと推認するに足りるだけの事情が存在することが要件となる。そうでなければ,労働契約が当事者の合意により成立するという原則及び使用者に広く採用の自由が認められるという原則が否定されることになる。しかも,ここで問題とされる意思は,明示された意思に反したり,それと対立するものであってはならないという制約を受ける。
したがって,現実に就業する者と派遣元ないし受託者との間に明確な雇用関係が存在する場合には,派遣先ないし委託者との間に,黙示の労働契約が成立するということはあり得ない。
本件では,前記アのとおり,原告とAとの間に明確な雇用関係が存在する以上,原告と被告NTTとの間に黙示の労働契約の成立を認めると,原告の明示の意思に反することになるため,黙示の労働契約が成立する余地はない。
(イ) さらに,次の各事情からしても,原告と被告NTTとの間に,労働契約が成立したとはいえない。
被告NTTは,被告NTT・ATとの間で適法に請負契約を締結し,その履行を受けていたにすぎない。本件では,仮に,被告NTTから原告に対して一部作業に関する指示がなされていたと評価される事情があるとしても,それが両者間に労働契約が成立したという法律関係にまで高められる,あるいは転化されるとみられるような事情は存在しない。
a 原告の業務内容等
原告が行っていた対訳データ作成作業は,被告NTTの翻訳ソフト開発業務と明確に区分できる作業であり,社外から有償又は無償で入手することが可能なものであったことから,被告NTTに必要不可欠な業務と位置付けられるものではなかった。
対訳データ作成作業以外の業務においても,いずれも開発業務ではなく,比較的単純なデータ作成作業であり,対訳データ作成作業同様,委託可能な作業であった。
そして,被告NTTの職員は,原告が従事していたどの業務においても,原告に対し,作業手順を示したり発注内容の補足説明,進捗状況の確認をしたことはあったが,作業指示や作業の進捗管理をしたことはなかった。
被告NTTと被告NTT・ATの間では,毎月の定例会を行っており,この定例会で,委託している業務内容については打合せをしており,作業請負仕様書の記載と相まって,被告NTT・ATのDが原告に対して指揮命令することは可能であった。そして,Kのメーリングリスト(以下「本件メーリングリスト」という。)宛のメールでは,被告NTT・ATに対し依頼をしたものであって,原告に対して作業の指揮命令をしたものではない。原告の主な業務は,上記のとおり,プログラムによって自動的に対となってアウトプットされた日英文に対し,正しい翻訳となるように修正を加えるという単純作業であり,作業方法について問題が頻発したり,作業方法の修正が細かく必要となるような業務ではなかったため,長時間打合せを行う必要はなく,短時間の定例会でもDが業務内容を認識することに問題はなかった。
EやFが,発注者として被告NTT・ATの責任者に発注するとともに,原告に対しても同様の内容を伝えたことはあるが,原告に対して日々の業務の進め方,作業の進捗状況等の管理はしておらず,具体的な指揮命令はしていない。
被告NTTは,原告の出退勤の管理や年休等の管理を行ったこともない。被告NTTは,原告の作業時間の把握や早出,遅出の指示,年休申請を扱っておらず,原告がその労働時間を記載したとする勤務報告書も確認したことがなかった。
b 賃金
被告NTTは,原告に対する賃金を決定していない。被告NTTは,被告NTT・ATに本件業務を委託していたものの,Aが本件業務について,B等から再委託を受けていることや原告の雇用主がAであることを知らなかった。被告NTTは,被告NTT・ATとB等との間の委託料及びB等とAとの間の委託料の決定には何ら関与していない。
被告NTTから被告NTT・ATに対して支払われる業務委託料が増減しても,原告の賃金額は固定されていた。また,被告NTTから被告NTT・ATに支払われていた業務委託料の決定過程において,原告の意思やその現実の作業時間を考慮することはなかった。
被告NTTが被告NTT・ATに支払った業務委託料の中には,その管理業務に対する対価も含まれていたのであり,原告が行った業務のみが対象となっていたのではない。
以上のことから,原告と被告NTTとの間に賃金支払関係があったとはいえない。
c 退職
被告NTTの業務委託及び派遣契約関係に係る調査において,原告自身の発言から,本件業務についてBからAに再々委託されていること,原告がAに雇用されていることが明らかになった。
被告NTTは,平成20年1月下旬,本件業務についてBからAに再々委託されていること,原告がAに雇用されていることを知り,このような重畳的な業務委託関係が存在することは適切でないことから,本件業務についてそれまでの契約関係を整理し,労働者派遣契約に切り替えることとした。そこで,被告NTTは,被告NTT・ATに対し,同年2月13日,本件業務にかかわる業務委託を同年3月末日で終了する旨通知した。
被告NTTが,原告に対して派遣労働者として勤務する意思を確認したのは,作業内容が分かっている人の方が良いと考え,念のため派遣社員として勤務する意思があるかを確認したにすぎない。
d 結婚披露宴
結婚披露宴の祝辞の中では,祝意を受ける者の立場を尊重し,担当業務や担っている役割を説明する際,その任の重さを強調するのが通常であることに加え,専門的知識を有しない大半の出席者が容易に理解し得るように,正確性を度外視して平易な表現を用いたものであり,その発言内容は,必ずしも実態を正確に表しているものでないことは経験則上明らかである。
また,Eは,原告の上司として紹介されたことに対してその場で異議を述べていないが,結婚披露宴という場を考慮し,祝宴の雰囲気を害することのないよう配慮したからにほかならず,原告が被告NTTの職員であるとの意識を持っていたからではない。
(ウ) 本件各請負契約の無効
a 職安法4条6項の労働者供給事業は,あくまでも他人の指揮命令を受けて労働に従事させることが前提となっており,被告NTTは,原告に対して指揮命令をしたことはなく,その前提を欠く。
b 偽装請負については,労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当するものといえ,同法の諸規定に違反するとされる場合があるが,労働者派遣法は行政取締法規であり,一部の例外的規定を除き,同法の規定に違反する労働者派遣契約や労働契約が無効になるということはできない。
そして,偽装請負は,職安法44条が禁止する労働者供給事業に該当するものではない。同法は,「労働者供給」の定義から労働者派遣法2条1号に定められる「労働者派遣」を除外しており(職安法4条6項),かつ,労働者派遣法2条1号にいう「労働者派遣」とは,同法に適合した労働者派遣に限られていないから,同法に適合した労働者派遣であろうと,適合していない労働者派遣であろうと,職安法で規制される労働者供給の概念から等しく除外されることが明らかだからである。
したがって,偽装請負が職安法44条に違反することはあり得ず,それゆえに就業介入営利事業を原則として禁止する労基法6条に違反することもない。
よって,仮に,被告NTTが原告に対して指揮命令を行ったと判定されるとしても,Aが職安法44条で禁止している労働者供給事業を行ったとは認められず,被告NTTが労働者供給事業を行う者から労働者供給を受けたとみられる余地もない。また,被告NTT・AT及びB等は,原告を自己の支配下に置いたことはないから,労働者供給事業を行ったとも評価し得ない。
以上より,仮に,本件がいわゆる偽装請負に該当するとしても,職安法44条及び労基法6条に違反しているとはいえない。
c 職安法44条や労基法6条の規定は,従来の労働者供給事業において前近代的な人的支配関係に基づいて労働者が供給使用せられ,中間搾取や強制労働の弊を伴いがちであったため,これを排除することによってそうした弊を除去しようとする趣旨に出たものである。したがって,上記各規定に違反する契約が公序良俗に反して無効となるのは,かかる趣旨にもとるような前近代的な支配関係に基づく労働者供給が行われているとみられるような場合に限定される。即ち,職安法44条で禁止されている労働者供給事業は,上記のようなおそれのある相当強度の違法性が認められる場合を想定しており,強制労働等労働者としての基本的権利侵害が一切認められない本件は,これに該当しない。また,上記規定に違反する状況があるからといって,直ちにそれに関連する契約関係が全て公序良俗に反して無効となるものではない。ましてや,それらの違反がある場合でも,その違法状態を解消するために委託者(被告NTT)が直接雇用の責任を当然に負担しなければならないものではなく,その違反のゆえに両者間の労働契約締結が擬制されるとの法律効果が生じるものでもない。
したがって,本件各請負契約はいずれも無効とはいえない。
ウ 法人格否認の法理による労働契約の成否
(ア) 法人格否認の法理を適用する場合の支配要件における支配の程度は,強固なものでなければならず,背後にある法人が雇用主と同視できる程度に従業員の雇用及びその基本的な労働条件等について具体的に決定できる支配力を有していたことを要する。
(イ) B等もAも,被告NTTとは全く資本関係がない独立した会社であり,それぞれ独自の判断で業務処理をし,人事,労務管理を行っており,被告NTTは,これら法人の業務や人事,労務管理に一切関与していない。また,被告NTT・ATについても,被告NTTの子会社ではあるが,両者の役員に共通性はなく,その規模は相当程度のものであり,被告NTTから独立して業務を処理している。そして,被告NTTは,原告の業務については,被告NTT・ATのD経由で発注しており,発注内容について原告から確認された場合に補足説明をする程度であり,進捗状況を管理したり,発注業務以外の業務を依頼することはなく,自社の社員と同様の指揮命令をしてはいなかった。また,被告NTTは,原告の人事,労務管理面において関与していなかった。
したがって,不当な目的の有無を検討するまでもなく,本件について法人格否認の法理は妥当しない。
(ウ) Aは,自ら原告を雇用していたとの認識を有し,原告の賃金額を決定し,その支払をし,給与所得の源泉徴収手続や社会保険・労働保険等における使用者に求められる手続を行っていた。また,Aは,原告からの退職の意思表示を受け付けたばかりでなく,その決意が確実なものであるかどうかの意思確認を行い,退職に伴う離職票の発行,交付などの手続を行っていたほか,原告の退職の意思表示を受けて自らの判断でBに対して業務委託契約の継続が困難であることを伝えた。そして,原告を採用することやその雇用形態を正社員とすることにつき他社から強制されたことや原告の給与額の決定や支払方法につき他社の関与があったことを窺わせる事情はない。
これらのことから,被告NTTが原告の労働関係を支配していたと評価することはできず,少なくともAの法人格が否認されていたとはいえない。
(被告NTT・ATの主張)
ア 明示の労働契約の成否
Dは,原告が面接と主張する面談については,本件業務内容が日英の翻訳業務であり,英語力が重要であるため,原告に対して過去の翻訳に関する経験,保有資格を尋ねただけであり,原告の具体的な英語力の確認は行っていない。また,結婚予定等を尋ねたのは,原告の前任者が結婚により数か月で退職した経緯があり,短期での退職を懸念して質問したにすぎない。
よって,上記面談は,面接と位置付けられるものではなく,この面談により明示の労働契約が成立したとはいえない。
原告自身,派遣社員であった経験があり,その上で,ハローワーク職員からは原告の就労形態について派遣みたいなものであるとの趣旨の説明を受けていたこと,Aから賃金をもらうことを認識していたこと,Bのbは毎月1回,就業場所まで原告に会いに来ていたことなどからすれば,原告と被告NTTとの間に労働契約が成立したとはいえない。
イ 黙示の労働契約の成否
(ア) 原告の業務内容等
原告が従事していた作業は,翻訳を含む種々のデータ整備作業であり,ソフト開発業務ではない。
被告NTT・ATは,被告NTTからの委託内容たる基本業務の仕様書に基づき,Bに対し,業務仕様書及び作業指示書により業務指示を行ってきた。被告NTT・ATは,原告に対し,本件業務について,前任の担当者Gが実施していた業務手順を取りまとめた資料を渡し,本件業務である翻訳業務の手順を簡単に説明した。被告NTT・ATの担当者Dは,個別具体的な作業内容をすべて知っていたわけではないが,本件業務の概要は把握していた。つまり,作業内容,作業手順等を知っており,業務を指示する能力があった。なお,被告NTT・ATは,被告NTTから,甲におけるコンピューターネットワークの運用業務も受託しており,Dは,甲に常駐していたため,被告NTT・ATは,原告の業務についてもBに対する指揮命令をすることができた。そして,Dは,Bのbとは月2,3回程度,業務上の連絡をしており,業務指示が必要な際には常に連絡が取れるようにしていた。さらに,定例会は被告NTT・ATが主催し,その場において,仕様書の範囲内における翌月の作業内容,作業優先度,翌月の定例会日程を決定していた。
また,被告NTT・ATは,原告について,週報により作業実施内容の確認をしていたが,勤務時間等の出退勤管理は行っていない。そもそも,月間の作業時間は契約書で140時間から180時間を想定し,被告NTT・ATは,原告に対して勤務開始時間のみを指定していた。休暇については,原告から被告NTT及び被告NTT・ATの各職員に対して,一方的に連絡がなされるという運用形態であり,許諾行為は行っていない。
(イ) 被告NTT・ATは,B等へ業務委託の契約をしており,B等からの再委託先があることは知っていたものの,その具体的な名称などは認識していなかった。
(ウ) 本件各請負契約の無効
原告の就労形態に関し,職安法44条及び労基法6条違反があったとしても,公法上の違法を招来するにすぎず,ただちには私法上の契約の効力には影響しない。公法違反の契約の場合,公序良俗に違反する特段の事情のない限り,当該契約の私法上の契約の効力には影響がない。
本件において,上記特段の事情の主張立証がなく,原告の主張は失当である。
ウ 法人格否認の法理による労働契約の成否
被告NTT・ATは,被告NTTの100%子会社であるが,昭和51年12月17日に設立され,平成20年3月期現在,資本金50億5万8700円,売上高587億円,従業員1934名,取締役14名,監査役3名の株式会社であり,独立した運営・組織体制を充分確立していた。また,被告NTT・ATは,被告NTTから研究開発の支援業務,研究開発の設計・試作業務等の委託を受けてはいるが,被告NTT・ATの売上高全体に占める割合は約38%にすぎない。さらに,NTTグループ以外との取引が約25%ある。加えて,被告NTT・ATでは,賃金その他の労働条件や人事の決定について独自に判断しており,被告NTTからの介入を資本政策の面以外からは受けていない。
よって,法人格否認の法理を適用する余地は全くない。
(2) 被告らの行為による不法行為の成否,損害(争点(2))
(原告の主張)
ア 不法行為の成否
(ア) 職安法44条及び労基法6条違反
前記のとおり,原告の採用面接時から,被告NTTと被告NTT・ATの職員が関与し,被告NTTが原告に対し直接指揮命令を続けてきたことからして,被告NTTと被告NTT・ATが,職安法44条に反して違法な労働者供給を故意に受け入れていたことは明らかである。そして,これらの事実が,中間搾取を禁ずる労基法6条に反することは明らかである。
仮に,Dが原告を指揮命令していたとしても,被告らは,被告NTT・ATが原告の業務をBに再委託していることを認識していたのであるから,偽装請負状態となることは認識していた。
(イ) 就労拒否
職安法44条や労基法6条の趣旨は,労働者からの中間搾取を禁じ,かつ使用者と労働者との間の関係に第三者が介在することにより労働者の地位が不安定になることを防ぎ,労働者の保護を図る点にある。
しかし,被告らは,1年5か月にわたり,原告を違法状態下で就労させながら,原告の就労を拒否するという形で違法状態の是正を図った。すなわち,被告らは,自ら職安法44条及び労基法6条に反する行為を行っておきながら,さらにその趣旨に反する方法により形式的に違法状態を脱したのである。したがって,被告らによる原告の甲での就労拒否も違法行為である。
イ 損害
(ア) 原告は,甲での就業に関し何ら落ち度がないにもかかわらず,被告ら側の違法行為のみを原因として,平成20年2月以降は,職を失ってしまう不安を持って就業しなければならなくなり,最終的には1年5か月にわたり就労してきた職場を追われた。
しかも,原告の夫であるL(以下「L」という。)が被告らに対し抗議し,特に弁護士に依頼する旨を述べて以降,原告は何度も被告らの職員に呼び出されたり,嫌みを言われたり,高圧的態度をとられたり,出勤したところを門前で追い返されるなどの行為を受け,多大なる精神的苦痛を被った。
また,原告は,採用時の面接において甲で長期間働くことを期待されたので,それを受けて甲に近い場所に家を借りるなど,甲で長期間働くことを前提とする将来的なライフプランの設計をしていた。使用者側の落ち度で原告を違法な就労形態で働かせていたにもかかわらず,被告らが原告の就労を拒否した行為は,原告の期待を裏切り,原告の将来計画を大きく狂わせる行為であり,原告は多大な精神的苦痛を被った。
被告らによる共同不法行為によって原告が受けた精神的苦痛による損害は,金銭に換算して少なくとも500万円を下ることはない。
(イ) 中間搾取による損害
原告は,1年5か月にわたり,自らの就労に対する報酬として支払われるべき金額から違法に中間搾取が行われ,就労に対する対価として本来受け取るべき金額を受け取ることができなかった。
原告が甲・乙で就労していた平成18年11月以降の期間,被告NTTは,原告の労働の対償として合計840万6000円を支払っていたところ,原告はその中から賃金として合計274万5000円しか受け取らなかった。被告NTTは,原告の労務に対する対価として840万6000円を支払ったのであり,労基法6条の趣旨からは,上記金額は本来的には原告が受け取るべきものである。
一方,被告NTT・ATは,平成18年11月から平成19年3月までの期間につき,原告が行っていた業務をCに対し丸投げした形式をとった上で,原告の労働に対する対償から月額12万円を中間搾取した。さらに,平成19年4月から平成20年3月までの期間につき,同様に,原告が行っていた業務につきBに丸投げした上で月額13万円を中間搾取した。すなわち,被告NTT・ATは,中間搾取により合計216万円の利得を得た。被告NTT・ATが,被告NTTの100%子会社であり,会計上は連結決算となること,つまり,被告NTT・ATの取り分は結局被告NTTのグループのものとして計算されることを考慮しても,被告NTT・ATがB等に支払った624万6000円は,原告の労務に対し支払われた対償であるというべきで,本来的に原告が受け取るべきものである。
しかし,被告らの職安法44条違反及び労基法6条違反の共同不法行為により,原告はこれらの金銭のうち中間搾取された566万1000円ないし350万1000円を受け取れないままである。
したがって,原告は,被告らにより,中間搾取による損害として566万1000円ないし350万1000円を被った。なお,これらの中間搾取分は,事業者間の本件各請負契約がすべて無効であることからして,不当利得としての性質も有する。不当な利益について,違法行為を行った者の手元に残さないためにもこれら中間搾取分が原告の損害として認められるべきである。
(ウ) 以上から,原告が被告らに対し,少なくとも500万円以上の請求権を有することは明らかである。
(被告NTTの主張)
ア 原告の主張は否認ないし争う。
イ 被告NTTは,職安法44条に違反する労働者供給を受けた事実はなく,労基法6条に違反する行為を行った事実もない。
また,職安法44条及び労基法6条に違反する行為があったとしても,そのことから直ちに公序良俗に反するほどの違法行為があったと評価することはできない。さらに,原告は,自ら応募してAと労働契約を締結し,同契約内に沿った賃金の支給を受けていたのであるから,人格権を侵害されたとはいえない。
ウ 被告NTTと被告NTT・ATとの間の契約は業者間の作業請負契約であり,その継続が強制されるものではないから,被告NTTが同契約を終了させたことが不法行為を構成することはない。また,被告NTTの職員の行った言動については,いずれも不法行為を構成するような違法性を有するものではない。
エ 原告は,Aとの間において期間の定めのない正社員としての労働契約を締結していたのであり,被告NTTが被告NTT・ATとの間の契約を終了させたことが原告の労働者としての何らかの権利を侵害したことにはならない。原告は,本件各請負契約の終了がAに伝わる前に退職の意思表示をし,自らが有していた安定した地位を手放したのである。被告NTTは,原告の甲における就業を継続させるために,労働者派遣契約の締結を決断し,原告が提示する条件を満たす派遣会社を見出したにもかかわらず,原告は,契約期間等の点において条件を引き上げるなどしてそれを拒否し,結局,労働者派遣契約の道も閉ざしてしまった。以上のとおり,原告の失職と被告NTT,被告NTT・ATの各行為との間に相当因果関係はない。
オ なお,原告の携わっていた業務自体が確実に継続する保証はなかったのであるから,本件業務に関わる作業をし続けることを前提とする原告の請求は理由がない。また,原告は,原告の月給を18万円とすることに合意したのであり,3000円は実費支給の通勤手当と考えられるから,実際に通勤していない期間についてこの額を請求することはできない。
(被告NTT・ATの主張)
原告の主張はいずれも具体性を欠き,相当因果関係を基礎づける原告の具体的な主張立証はないため,失当である。
第3当裁判所の判断
1 前提事実,証拠(甲1,2,3,5ないし31,33ないし37,45,47,乙1ないし4,6ないし20,丙1ないし9,証人F,証人H,証人M,証人D,証人N,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 当事者等の関係
ア 被告NTTは,昭和60年4月1日に設立され,資本金9379億5000万円,東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社がそれぞれ発行する株式の引受け及び保有並びに当該株式の株主としての権利を行使すること,電気通信の基盤となる電気通信技術に関する研究等を目的とする株式会社である(記録中の現在事項全部証明書)。
被告NTT・ATは,昭和51年12月17日に設立され,資本金50億5万8700円,従業員約2000人,被告NTT等の保有技術の技術移転及び保有特許等の普及活用の斡旋等を目的とする株式会社である。被告NTT・ATは,被告NTTの100%子会社であり,被告NTTから研究開発の支援業務,研究開発の設計・試作業務等の委託を受けており,その売上全体に占める割合は約38.1%である(丙7,8)。
Bは,平成17年4月1日に設立され,資本金300万円,コンピューターシステム構築に関する企画・設計・開発業務等を目的とする有限会社である(乙10)。
Cは,平成4年2月20日に設立され,平成20年10月時点で,資本金3850万円,従業員38名,情報処理システム及びコンピュータソフトウェアの開発,設計,保守,販売等を目的とする株式会社であり,主要取引先としては,被告NTT・ATのほかNECシステムテクノロジー株式会社,クボタシステム開発株式会社等16社にのぼっていた(乙11,12)。
Aは,平成17年9月に設立され,平成19年の時点で,資本金200万円,従業員29名の株式会社であり,西宮を本店とし,神戸,新大阪,東京,札幌,博多等全国に8か所の拠点を有していた。現在は,社名を変更しているものの,従業員40名で,うち10名が人材派遣として勤務している(乙9,証人M)。
イ 原告は,後記のとおり,Aと労働契約を締結した上で,被告NTTの甲で勤務していた。
被告NTTと被告NTT・AT,被告NTT・ATとB等,B等とAとの間に,それぞれ本件業務についての作業請負契約が締結されていた(本件各請負契約)。
(2) 原告が,被告NTTの甲内の乙で働くことになった経緯等
ア 原告は,ハローワークにおいて,事業者名がA,職種が(請)日本語研究に関わる事務作業,仕事の内容が日本語文の品詞分解等,就業場所が被告NTTの甲所在地,賃金が18万から28万円であることなどが記載された求人票をみて,当該求人票に応募することとした。なお,原告は,ハローワーク職員から,当該業務については英語力が必要である旨告げられていた。
そして,原告は,まず,Aの当時の社長であったaの面談を受けた。aは,この面談では,本件業務の具体的な内容を説明せず,上記面談の後,Bのbが連絡する旨を原告に伝えた。
その約2日後,bが原告に電話で連絡をし,5日後に被告NTT・ATのDとBのbが立ち会った面談が行われた。Dは,原告に対し,自己アピールを求めた上で,過去の翻訳に関する経験,保有資格を確認し,次の面談で,英字新聞の日本語訳をすることになること,本件業務は長期に及ぶものであるから,長く勤務して欲しい旨を告げた。
その数日後である平成18年10月19日,原告は,甲において,被告NTTの甲・乙の研究員であるE及びF(以下,併せて「Eら」ということがある。),Dと面談した。Eらは,本件業務内容として,TOEIC700点相当の英語力が必要と考えていたことから,この面談において,原告の英語力を確認するため,英字新聞の英文を日本語に訳すことを求めた。その結果,Eらは,原告の英語力が要求レベルに達しており,データ整理も問題なさそうだと判断し,Dに対し,十分業務を遂行する能力がある旨伝えた。そして,Dは,bに対し,原告が大丈夫である旨電話で伝え,bは,一緒に待機していた原告にその旨伝え,来週からでも働くことができるかどうか尋ねた。
なお,3回にわたる面談の際,始業時間や就業時間,休暇や賃金等についての説明はなく,原告からの質問もなかった。
また,被告NTTは,本件業務に関し,被告NTT・ATから原告以前にも紹介された者が1名いたが,Eらが英語力が足りないと判断した結果,Dに適切でない旨告げ,Dはその旨をbに告げ,結果としてその者は甲で勤務することにはならかった(甲37,47,乙18,19,丙9,証人F,証人D,原告本人)。
イ 被告NTTでは,被告NTTの職員を採用する際,人事担当者が面接し,適性検査などを実施した上で,採用するか否かを決定する。そして,Eらは,パートやアルバイトを含め,被告NTTの職員の採用権限は全くなかった。なお,甲で就業する研究者を採用する権限は,被告NTTの先端技術総合研究所長が有していた。また,Eらは,原告の賃金額や有給休暇の有無等については全く知らなかった(丙9,証人F,証人N,証人D,原告本人)。
(3) 原告とAとの契約
ア 原告は,前記(2)アの3回の面談後,Aのaから電話を受け,平成18年10月27日,Aの新大阪所在の事務所を訪問した。そこで,原告は,Aから,同月21日付の労働者雇入通知書兼就業条件通知書を受領した。当該書面には,原告が期間の定めのない正社員であること,就業場所が,被告NTTのOであること,労働時間は午前9時から午後6時であり,休憩時間が60分であること,賃金は月額18万円であること,75歳の定年制であること,雇用開始日が同年11月1日であるが,試用期間が3か月あること,社会保険・厚生年金・雇用保険の加入が同年11月1日からであることなどが記載されていた(甲1,47)。
そして,原告は,甲で勤務していた間,Aから,毎月,基本給18万円から社会保険料等を控除された賃金を受け取っていた。なお,原告が新婚旅行で休んでいた期間も賃金額に変更がなかった。Aは,Bから送られてくる時間数のデータを基に,残業代があればそれを計算して原告の銀行口座に振り込んでいた(甲1,11,33の1・2,34,47,証人M,原告本人)。
イ 原告は,Aに対して,平成20年2月中旬以降,退職したいこと及びそれまでに有給休暇を使いたい旨のメールを送った。これに対し,Aの社長Mは,原告に対し,退職願を出すと元に戻せないがそれでもよいのか,と確認する旨のメールを送った。
そして,原告は,平成20年3月31日,Aを退職した(甲12,証人M,原告本人)。
(4) BとAとの関係
ア Bは,Aに対し,概ね1か月単位で作業指示書を送っていた。その内容は,案件が自然言語処理研究支援(本件業務)であること,作業場所が被告NTTの甲・乙内であること,対象業務及び業務内容としては,概ね対訳データの作成作業(DB化された東亜日報の英文記事から文節毎に読出し,翻訳ソフトにて翻訳された日本語に間違いがないかを確認する。また,翻訳結果に間違いがある場合には正しい日本語に修正を行う。確認及び修正を行った日本語を別途指定するフォルダに保存する。)であり,そのほかには,書き起こし作業(質問応答対話の音声を聞き,文章と記号に変換する作業。),地名抽出正誤判定作業(抽出したブログの内容に対して,地名が正しいか否かを判定する作業。),要約文評価作業(機械的に要約された4つの文に対して,読みやすさと要約の内容の2項目で順位を行う作業。)等が時折含まれることなど簡略なものであった(甲15)。
イ Aは,原告の退職に際してBに対し,原告が退職するため本件業務の継続はできない旨を伝えたところ,Bは原告に代わる新しい人に担当させたいと希望したが,Aがそれを拒否したため,AとBとの間の契約は終了した(証人M)。
(5) 被告NTTと被告NTT・ATとの間の契約
ア 被告NTTの甲・乙の前身となる知識処理研究グループは,平成14年12月,日本語の質問応答や要約の研究のためのデータ整備を被告NTT・ATに委託し,その委託作業の従事者は甲内で作業を行っていた。そして,被告NTTは,平成18年1月,対訳データ作成を視野に入れ,統計翻訳用のデータ整備の項目を上記委託作業の仕様に追加した。当該作業は,原告の前任者であるGが担当していたが,Gが国際結婚のため,同年9月30日をもって業務終了となり,その後は被告NTTと被告NTT・ATとの間の契約は継続していなかった(乙18,19,証人F)。
イ 被告NTTは,同年10月20日,被告NTT・ATに対し,自然言語処理研究支援業務(本件業務)を委託した。その作業内容は,甲・乙において,統計翻訳システムのデータ整理及び翻訳作業,文書要約システムのデータ整理及び採点作業,質問応答システムのデータ整理及び採点作業をすることであり,納品物として作業完了報告書を求めるものであった(乙1)。
被告NTTが,被告NTT・ATを契約の相手方として選んだ理由は,良好な納入実績があること,特に優れた経験・知識を有し,十分な技術力を有していること等とされた。被告NTTにおいては,被告NTT・ATとの当該契約締結事務は,情報流通基盤総合研究所に委ねられており,本件業務に関する契約は口頭でなされた。契約代金は,平成18年11月1日から同年12月28日までの間は104万4750円,平成19年1月4日から同年3月30日までの間,同年4月2日から同年6月29日までの間,同年7月2日から同年9月28日までの間は,いずれも157万5000円であり,同年10月9日から同年12月28日までの間は148万1550円,平成20年1月7日から3月31日までの間は157万5000円であった。契約締結に関しては,Eらが仮見積りを被告NTT・ATに依頼し,それを元に契約実施伺書を起票し,それを甲で決裁をした上で,被告NTTの総務課が正式な見積りを被告NTT・ATに依頼していた(乙2,8,丙9,証人F)。
ウ 被告NTT・ATは,被告NTTに対し,本件業務をCないしBに請け負わせることの承認を求め,被告NTTは,それを承認した。その理由として,日本語辞書の整備という特異な案件であり,この分野で高い技術力を有しているためとした(乙3,4,6,7)。
被告NTTは,平成20年2月13日,被告NTT・ATに対し,平成20年3月末での作業請負契約の終了を通知した(乙18,19)。
(6) 被告NTT・ATとCないしBとの間の契約
ア 被告NTT・ATは,Cとの間で,平成18年11月1日から同年12月28日まで,平成19年1月4日から同年3月30日まで,月額38万円(消費税等別),ただし,各月における実稼働時間数が180時間を超える場合は,当該超過時間数に調整単価2370円を乗じた額を月額に加算し,また,各月における実稼働時間数が140時間未満の場合は,当該不足時間数に調整単価2370円を乗じた額を月額から減額して支払うこととして,本件業務を委託する旨の契約を締結した。また,被告NTT・ATは,Bとの間で,平成19年4月2日から同年6月29日まで,同年7月2日から同年9月28日まで,同年10月9日から同年12月28日まで,平成20年1月7日から同年3月31日まで,月額37万円(消費税等別),ただし,各月における実稼働時間数が180時間を超える場合は,当該超過時間数に調整単価2310円を乗じた額を月額に加算し,また,各月における実稼働時間数が140時間未満の場合は,当該不足時間数に時間単価2310円を乗じた額を月額から減額して支払うこと(なお,10月分については,稼働時間数が140時間に満たないため,月額28万3000円〔消費税等別〕とし,実稼働時間数が108時間を超える場合は,当該超過時間数に調整単価2310円を乗じた額を月額に加算し,また,各月における実稼働時間数が139時間未満の場合は,当該不足時間数に調整単価2310円を乗じた額を月額から減額して支払う)として,本件業務を委託する旨の契約を締結した。
なお,被告NTT・ATがCと契約を締結したのは,当初からBと契約する予定であったが,被告NTT・ATの内部の規約により,Bと契約することができなかったため,Bの代表取締役であったbが以前勤務していたCとの間で契約を行ったものである。被告NTT・ATとしては,Bからの再委託先があることはうすうす知っていたが,その認識が定かでなかったため,被告NTTの事前の承諾は得ていなかった(丙1ないし6,9,証人D)。
イ 被告NTT・ATがBに対し指示を行ったのは,原告が本件業務を行っている期間中,1,2回電話で話した程度であり,ほかは月1回の作業指示書をメールで送るだけであった(証人D)。
(7) 原告の甲・乙での業務内容等
ア Fは,大量の文書データから自動的に機械翻訳システムを構築する統計翻訳技術の研究に従事していた。そこでは,あらかじめ同じ内容を二言語で記述した文を大量に集めた対訳データが必要となった。そのため,Fは,P等から数十万程度の対訳データを入手していたが,それでは足りなかったため,被告NTT・ATに対し,対訳データの作成を依頼することとした。
原告は,その対訳データ作成作業を行っており,自己の業務のうちの約6割を占めていた。対訳データ作成作業とは,東亜日報の日本語記事と英語記事の文章をリナックスで対応付け,さらにその文章の不自然な言い回しを日本語と英語で意味が合うように修正する作業であった。Fは,原告に対し,その作成手順について,まずリナックスへの入力の仕方を説明した。また,Fは,原告に対し,原告の前任者であるGの引継文書を基にしながら,それをより簡単にできるようにコマンドを変更するなど引継文書にメモを記載するなどして説明した。なお,原告は,その引継文書について,その写しはbから受け取り,原本はDから直接受け取ったが,Dやbから対訳データ作成作業に関する詳しい説明はなかった。原告が実際に作業を開始して以後は,原告は分からない点は直接Fに質問し,それに対してFが応答するなどのやり取りがあったが,数か月経つとあまり指示は行われなかった。そして,原告は,作成した対訳データ等は,Fの指示により甲のコンピュータ・ネットワーク内のF名のフォルダに保存していた(甲22,35,47,乙18,証人F,証人D,原告本人)。
イ Hは,人間の質問文に対して,コンピュータがその答えを新聞記事やインターネットから探し出して応答するという質問応答システム(特に,「なぜ」という質問に応答できることを目的とする。),コンピュータが人間と会話を行う対話システム(特に,会話の中で相手をほめたり,一緒に残念がったりする共感表出ができることを目的とする。)の研究に従事していた。
その中で,コンピュータに,どのような質問にどのように答えたらよいのかなど,あらかじめシステムを教える必要があり,質問文とその正解文のデータが大量に必要になるため,原告がそのテキストデータを作成することとなった。この業務は,原告の業務のうちの約3割を占めていた。具体的には,①質問文とその応答の作成,②以前に作成していた質問応答対話音声の書き起こし,③第三者が作成していた質問文について,「なぜ」と理由を答えている文の選択作業,④動物が持つ属性の極性タグ付けという作業であった。Hは,原告に対し,この作業の開始時に,ツールやデータ作成の方法等について口頭で説明した。そして,Hは,原告から疑問点や質問があればそれに対して回答したり,ミスについては指摘するということを口頭ないしメールで行い,①については最初のころは,1日2,3回確認し,それから少し期間が経過した後も日々どのくらい作成できたかという進捗状況を確認していた。そして,原告がこれらの業務を行うに際しては,Hから,ウインドウズ対応のパソコンを設置してもらった。なお,これらの作業については,外部の業者に依頼することもあった(甲23,25,47,乙15ないし17,証人H,原告本人)。
ウ 原告は,自己の業務のうち残りの約1割は,乙のIやJ,Eから,文短縮作業や地名判定作業等を指示され,同業務を行った(甲18,20,36,47)。
また,平成19年6月に開催された「2007オープンハウス×未来想論」で展示された統計的機械翻訳等において,模擬ニュースを作成するため大量の対訳データが必要であったところ,原告は,それを日本語から英語へと一から翻訳する作業を行った。そして,原告は,その作業を,当時甲に来ていた実習生Qとともに行うこととなり,Qが原告の翻訳文についてnativeによるチェックを行った(甲13,27,乙18,原告本人)。
エ 原告は,被告NTTの職員に対し,直接,作業を行った成果物を送っており,業務内容についても直接,被告NTTの職員とやり取りをしていた。具体的には,原告は,やり取りの中で,業務の内容について所要時間を報告したり,問題点を指摘したりしており,それに対して,被告NTTの職員が回答するなどしていた。そして,B等やAの職員は,それにはとんど関与することがなかった(甲18ないし21,23ないし26,47,原告本人)。
また,被告NTTの職員であるFら甲・乙のメンバーは,原告と被告NTT・ATのDのみがメンバーである本件メーリングリストにメールを送信し,業務の作業依頼をすることなどもしていた(甲19,乙13,14,18,19,証人H,証人F)。
原告が甲での就労を終了する際,引継書を作成することになったところ,原告がFに引継書ができたのでメールにより送付した後に,被告NTT・ATのRからまとめ資料(引継書)の作成を依頼する旨のメールが送られた。これは,Fが口頭で原告に引継書の作成依頼をした後に,被告NTT・ATに依頼をしたため,順序が逆になったものであった(甲16,17,乙18,証人F,証人D)。
オ 甲においては,毎月1回,定例会が行われていた。定例会には,甲のE,F,被告NTT・ATのD,原告等が出席していた。その定例会では,原告が,作業についての質問,作業進捗についての報告や休暇の報告,Eらが,新たな作業依頼を行うというものであった。定例会に要する時間は,10分から30分程度であった(乙18,証人F,原告本人)。
カ 原告は,甲・乙で就業するにあたり,甲・乙所属と記載された駐車場使用許可証(甲2)や入館に必要なIDカード(甲3)を受け取った。なお,原告の受け取ったIDカードは,被告NTTの職員とは立入可能範囲は異なっていた。また,原告は,甲で開催される避難訓練,安全運転教習,救命練習,人権研修等に参加していた(甲47,乙20,証人F)。
甲では,原告の休日管理,時間外管理等は行っておらず,時間外労働や休日労働を命じたことはなかった。一方,被告NTTの職員は,フレックス制又は裁量労働制で勤務しており,自らシステムに入力して時間管理をしていた。なお,原告は欠勤するときは,EやF,Dにその旨連絡していたが,甲の職員であれば必要な手続であるグループリーダーの承認等は必要なかった。また,被告NTTは,原告の勤務態度等について注意したことなどはなかった(乙18,丙9,証人F)。
原告は,甲において,毎日,どのような業務を行っているかを記載した週報を作成し,Dに送っていた。また,原告は,Dから月に140時間から180時間までの間で勤務している旨の月報(勤務報告書)を作成するよう指示され,実際の労働時間とは異なる月報をDに送っていた(甲5,29,30,47)。
キ 原告は,甲所属の職員から歓迎会を計画してもらい,参加した(甲31,47)。
原告は,平成19年9月23日,結婚披露宴を開いたが,司会者に対して予め平成16年3月に大学を卒業後,すぐに被告NTTの甲に入社したかのような説明をしたため,司会者からそのような紹介を受けた。また,原告の上司としてEがスピーチを行い,乙の業務として,人が書いた言葉をコンピューターに理解させるというものであるとした上で,原告の行う業務はその手本になるデータを作成するという作業である旨の説明を行った(甲14〔枝番含む〕,乙19)。
ク 甲の現員表には,原告は,派遣・業務委託の欄に名前が記載されていた。これは,緊急時の対応やセキュリティ保持のため,甲内において,誰がどの場所で仕事をしているのかを把握するためのものであった(甲28,乙20)。
(8) 原告が甲での就労を終了するに至った経緯
ア 原告は,平成20年1月下旬ころ,甲・丙研究部長であるS部長(以下「S」という。)らから,甲・乙において形式上請負の立場で勤務していた者とともに会議室に呼び出され,就労形態について問い質された。そして,その日以降,原告らが勤務していたブースには,「NTT・AT」と印字された紙が貼り付けられるようになった(甲6ないし8,47)。
EとFは,同年2月6日及び7日,原告と打合せをし,人を特定して派遣契約することは労働者派遣法に違反するため,原告と確実に契約できる保障はないが,原告が本件業務の担当者のまま派遣契約へ切り替えができないかを検討することにした。
そのような中,被告NTTは,平成20年2月13日,被告NTT・ATに対し,平成20年3月末での請負契約の終了を通知した(甲47,乙18,19)。
イ 原告の夫であるLは,同年2月20日,Bや被告NTT・ATに対し,原告の職がなくなることは不当であり,改善を訴える抗議の電話を掛けた。
被告NTTのSは,同月21日,原告に対し,請負形態は違法なわけではないが,グレーゾーンであるのでやめることにした,被告NTTは,最近になりこのような事実を知ったので,その是正のため3月末をもって契約を打ち切ることを決定した,原告はAの正社員であるから雇用は守られている,これを機にAをやめるというのであれば,それは原告の意思であることなどを伝えた。
同月22日,被告NTTの総務担当のT課長(以下「T」という。)は,N部長(以下「N」という。)及び甲の職員らと協議し,引き続き甲で勤務をしたいという原告の意向も踏まえ,派遣契約に切り替えて,原告が甲で勤務できるよう対応することとした。
Lは,同月24日,被告NTTに対し,実体は,原告と被告NTT又は被告NTT・ATとの間で労働契約関係にあったといえ,同年4月1日以降も雇用の継続を求める旨のメールを送った。
同年2月28日及び29日,TとLが協議した。そして,その協議において,Lは派遣契約への変更については了解し,被告NTTは,Lに対し,グループ内で派遣業務を行っているテルウェル西日本株式会社を紹介できるかもしれないこと,Lから派遣契約への変更後も原告の手取りが減らないようにして欲しいとの要望があったが,派遣契約の条件は派遣会社と直接話してもらいたい旨回答した。
Lは,同年3月2日,被告NTTに対し,原告の4月1日以降の安定雇用を望んでいること,被告NTTの不正を暴くことを望んでいるわけではないこと,被告NTTが真摯に対応していることなどから,被告NTTから提案のあったテルウェル西日本株式会社の派遣社員として,同年4月1日以降継続して甲で働く方向で話を進めたいと思っている旨伝えた。そして,雇用条件でテルウェル西日本株式会社と折り合いがつけば,被告NTTとの直接雇用を求めたりはしない旨伝えた。当該条件とは,①契約型派遣社員(月給制)として雇用し,契約期間を1年以上とすること,②各種社会保険に加入すること,③派遣先勤務地をU(O近辺)と契約書に明記すること,④基本給を22万円以上(時間給換算1600円以上)にすること,⑤平成20年4月1日付で年次有給休暇を10日付与すること,⑥通勤交通費を月5000円支給することであった。
これに対して,被告NTTでは,テルウェル西日本株式会社から,当該条件では受け入れられないとの回答が来ていたため,被告NTTの総務部V課長(以下「V」という。)が,派遣会社の候補先を再検討することとなった。
同年3月3日,V,甲総括担当のW部長(以下「W」という。),S及びEが原告と話し合いを行った。S及びWは,原告に対し,心労と心配を掛けたことを詫び,派遣労働者として4月以降も甲で就労できるよう模索していると告げた。
同年3月4日,テルウェル西日本株式会社以外で対応していた4社の派遣会社は被告NTTに対して,いずれも上記①と③の条件に応じることが困難であるとの回答をしたため,翌5日,Nは,原告に対し,この2条件について譲歩できないかと説明した。もっとも,その後,被告NTT・ATの100%子会社であるNTT・AT IPシェアリングから被告NTTに対し,原告の上記6項目の条件を全て受け入れることができるとの回答があった。そこで,被告NTTのNらは,原告に対し,NTT・AT IPシェアリングは,契約型(常用型)派遣で1年以上の契約が可能かつその他の条件もすべて受入可能なこと,ただし,本社が関東圏のため1年後に京阪奈地区で新たな就労先を見つけられるかどうかは分からないこと等を説明した。
しかし,同日の夜,Lは,月給制の登録型派遣社員としての雇用(3年以上の派遣契約,又は,1年間の派遣契約で2回までは被告NTT側から更新を拒否できない条件であれば登録型でも可能),被告NTTグループの定期健康診断受診,勤務時間午前9時30分から午後5時30分(休憩60分),休日は土・日・祝日・盆・年末年始であることなどを新たに条件として求めた。
同月7日,N,Vが原告と面談し,被告NTTとしてはいずれの契約体系にあっても1年後に現在の業務を約束することはできないため,上記条件では難しい旨伝え,原告がLとその条件で応じることができるかを検討することになった。
同日夕刻,Lは,被告NTTに対し,今回の一連の被告NTTの対応に失望し,これ以上直接話し合いはしない,今後は弁護士が対応するとのメールを送った。
同月10日,SとWは原告に対し,こういう結果になり,残念である旨告げ,この時点で,原告が派遣労働者として甲で勤務する可能性はなくなった。
原告代理人は,同月19日,被告NTTに対し,原告は,被告NTTによる直接の指揮命令を受けて勤務してきたことから,原告の勤務形態が職安法に違反し,無効であるため,同年4月以降,被告NTTの社員として業務を継続することを希望する旨の内容証明郵便を出した。
同年3月27日,原告が業務に関係のない資料をコピーして持ち出そうとしたため,Vらが制止しようとしたが,原告は無理矢理,資料を持ち出した。そのため,被告NTTは,被告NTT・ATに対し,請負契約上の守秘義務に違反したとして,同月28日からの請負業務を停止する旨伝えた。
そして,同月28日,原告が出社してきたところ,Vは,原告に対し,被告NTT・ATに業務の発注はしないので,明日から出社しなくてよい旨伝え,当日は身の回りの整理をし,IDカード,駐車場使用許可証については返品し,私物のみを持ち帰るように伝えた。
被告NTTの代理人は,同年4月1日,原告と被告NTTとの間に労働契約が成立していたとは到底考えられず,被告NTTと被告NTT・ATの作業請負契約が同年3月31日に終了したため,原告が同年4月以降,被告NTTで作業する余地はない旨の内容証明郵便を出した。
原告は,それ以降,甲に出勤していない(甲9,10,45,47,乙19,20,証人N)。
2 原告と被告NTTとの間の労働契約の成否(争点(1))
(1) 注文者と請負業者の配下にある労働者との間に労働契約が成立するためには,両者の間に事実上の使用従属関係があるだけでなく,請負業者の配下にある労働者が注文者を使用者と認め,これに対して労務を提供する意思を有し,注文主も請負業者の配下にある労働者を自らが雇用する労働者であると認め,これに対して賃金を支払う意思を有すると認めるに足りる事実がなければならない。
(2) 明示の労働契約の成否
ア 原告は,原告が形式上,Aとの間で労働契約を締結したが,実質は,被告NTTのEらによる面接を受け,最終的に被告NTTが原告の採用を決定したのであるから,この時点で,原告と被告NTTとの間に明示の労働契約が締結された旨主張する。
前記1(2)及び(3)のとおり,原告は,Aのa,Bのbと被告NTT・ATのD,被告NTTのEらと被告NTT・ATのDによる3回の面談を経た上で,Aとの間で労働契約を締結した。
被告NTTのEらは,原告の英語力等を確認し,原告が本件業務をこなせそうだということで,Dに対し,原告が大丈夫である旨伝えた。そして,それがbに伝えられ,さらに原告にも伝えられた上,その後,原告はAとの間で労働契約を締結した。このように,最終的には,被告NTTの職員による面接とも評価し得る過程があったことに加え,Eらによる面談を受けた後,Eらが英語力が不十分であると判断した者が採用されたことはないという事情があることからすると,原告の採用に関し,被告NTTの影響はかなり大きいものであったことが窺える。
イ しかしながら,以下の事情からすると,この時点で,原告が被告NTTを自らの使用者であると認め,被告NTTが原告を自らが雇用する労働者であると認めていたとはいえない。
(ア) 原告は,前記のとおり,ハローワークでAの求人票をみて,被告NTTの甲を勤務場所と認識した上で応募している。そして,その求人票では,事業者名としてA,職種欄において(請)と記載されていたことからすると,原告は,少なくとも形式上の使用者についてはAと考えていたとみるのが自然である。
この点について,原告は,ハローワーク職員から,派遣みたいな就労形態である旨説明されたと供述する。仮に,ハローワーク職員がそのような説明をしたとしても,原告は,以前,派遣労働者として勤務したことがあるのであるから(原告本人〔第8回〕116項),詳細な法律関係はともかく,派遣先が自らの使用者であると考えていたとは認め難い。この点について,原告自身,以前,派遣労働者として銀行で勤務していたことがあり,どの会社に所属しているのかを問われた際,派遣で銀行で働いていた旨供述するほか,甲での本件業務遂行の際にも,もし,所属を聞かれていたなら,派遣みたいな感じで被告NTTで働いていると答えただろうと供述している(原告本人〔第8回〕118,122項)ことからすると,原告が派遣先の被告NTTを直接の使用者であると考えていたとすることには疑問が残る。また,原告は,初めて被告NTTの甲に出社した際,自らAから来た旨発言していること,それに対して,Dが「お客様」という言葉を用いて被告NTTを指したにもかかわらず,原告は何ら異議を述べていないこと(甲47,原告本人〔第7回〕256ないし262項,弁論の全趣旨),Eから原告の会社が変わったと言われて,そうですねと受け流したこと(甲47,原告本人264ないし266項),原告が退職する際,Aに対し,有給休暇を使用して退職したい旨のメールを送ったこと(前記1(3))といった事情がある。原告が仮に,被告NTTが自らの使用者であると認識していたならば,このような言動をするとは通常考えられず,これらの言動は,原告が被告NTTを自らの使用者であると認識していなかったことを推認させるものといえる。
(イ) 一方,被告NTTの正社員のみならず,パートやアルバイト等についての採用権限を全く有しないEらが原告と面談をしているところ,Eらの意思がそのまま被告NTTの意思といってよいか問題がある。また,前記1(5)イで認定したとおり,Eらは,本件業務に関し,被告NTT・ATとの間の作業請負契約の最終的な決定権限さえなかった。そして,本件全証拠によっても,Eらの意思として,原告を被告NTTの社員として採用する意思があったとまでは認められず,Eらとしては,あくまで原告が本件業務に従事することに適するかどうかを確認するため,原告と面談したものとしか認められない。さらに,被告NTTが,原告の賃金額が月額18万円であることを知っていたことを認めるに足りる証拠はなく,被告NTTが原告に対し,直接,賃金を支払う意思があったとも認められない。加えて,前記1(6)カで認定したとおり,原告に交付されていたIDカードは,被告NTTの職員とは立会可能範囲が異なるものであったことを考慮すれば,被告NTTが原告を自社の労働者として取り扱っていたとはいえない。
(ウ) 上記(ア)及び(イ)で認定・判断したとおりであって,原告は甲において本件業務に従事していたのであるが,被告NTTが自らの使用者であると理解・認識していたとは到底いえない。また,被告NTTにおいても,甲で就業していた原告を自らが雇用する労働者であると認識していたとは到底いえず,原告について自ら雇用する労働者に対して月額賃金を支払っているとの意思を有していたともいえない。
ウ よって,原告と被告NTTとの間に,明示の労働契約が締結されたとはいえない。
(3) 黙示の労働契約の成否
ア 原告と被告NTTの間に黙示の労働契約が成立したと評価し得るためには,使用従属関係という労働契約の本質的な要素(雇用契約には同契約に即した要素があるため,民法625条1項及び2項は,使用者は労働者の承諾を得なければ,その権利を第三者に譲り渡すことはできない旨や,労働者は,使用者の承諾を得なければ,自己に代わって第三者を労働に従事させることができない旨を規定している。)が原告と被告NTTとの間に存在することが主張立証されている必要があり,具体的には職務を遂行する上で必要不可欠な作業上の留意点を指示するといった関係があるだけではなく,労働者に対して事業所における作業開始時刻や作業終了時刻を指定して拘束したり,労働者側の事情により休暇を取得したい場合であっても,一定の要件の下で休暇申請に対して承諾をせずに勤務を命じることができるといった支配・従属関係が存在することを主張立証する必要がある。
これを本件についてみると,前記1(7)アで認定したとおり,原告は,実際の作業を行う上で必要不可欠な作業上の留意事項について指導を受けていたものの,数か月が経過すると,このような指導を受けることもなかったというのであるから,上記指導をもって,使用従属関係を基礎付けるものと評価することはできない。また,同イないしエで認定したとおり,被告NTTの職員による直接の作業上の指示や,業務に必要な物の提供があったり,原告が直接,本件業務の成果物を被告NTTの職員に渡していたとしても,それらの事実をもって使用従属関係を基礎付けるものと評価することはできない。さらに,同カで認定したとおり,原告が欠勤する場合,甲の職員であれば必要な手続として要求されるグループリーダーの承認等が不要であったことは明らかである。
上記の事実から,被告NTTの側が原告に対して使用従属関係が存在することを前提にして,指示・命令をしていたことはなかったと認めることができる。なお,被告NTTは,原告の業務態度等について何ら指摘したことはなく(前記1(7)カ),原告に対する懲戒権等を有していたという事情も窺えない。そして,他に,両者間に使用従属関係があったことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告と被告NTTとの間に黙示の雇用契約が成立していたと認める余地はない。
イ 黙示の労働契約の成否について,原告は,結婚披露宴でのEの振る舞い及びスピーチ内容は被告NTTが自らを使用者であると認識していたことを裏付けるものであると主張する。しかし,結婚披露宴では,事実と異なる紹介内容があり得るものであり(原告本人〔第7回〕214項),また,司会が新婦である原告の経歴やEの地位等について事実と異なる説明をしてしまったからといって,Eが上記スピーチで敢えて,その点を指摘することの可否については,結婚披露宴という晴れ舞台であることを考慮してEがこれを差し控えたものと解することができるのであって,上記スピーチ内容をもって,被告NTTが原告の業務内容について,どのように認識していたのかを推認する事情とすることはできない。
また,原告は,原告が退職するに際し,被告NTTが原告の就労を労働者派遣に切り替えようとしたとして,原告の地位を左右できる立場にあった旨主張する。
しかし,前記1(3)イのとおり,Aは,最終的に,原告に対し,退職の意思があるかどうかを確認した上で,原告が自ら退職した。そして,被告NTTは,前記1(8)のとおり,原告に対し,労働者派遣の提案をしたにすぎず,原告の就労に関して,どのような雇用形態にするかという点について決定していたとはいえない。
さらに,原告は,被告NTTが被告NTT・ATに対して支払った作業請負料(全額)が,原告の行った労働の対償である旨主張する。
しかし,前記1(3)アのとおり,Aは原告に対し,賃金として月額18万円を支払い,この金額から社会保険等の徴収手続を行っていたことが認められる。
そして,被告NTTは,被告NTT・ATに対し,月額約50万円を支払っていたが,その金額が月によって少し変動していたにもかかわらず,原告の賃金額は毎月一定であり,それとの関連性は認められない。被告NTTが被告NTT・ATに対して本件業務に関して支払った代金が,B等を介し,Aから原告に対する本件業務に関する賃金として支払われていたが,それはあくまで事実上の流れにすぎず,被告NTTが,原告の賃金額を決定していたことを認めるに足りる証拠はない。
その他,原告が,被告NTTのIDカードや駐車場使用許可証の交付を受けていたり,研修に参加していたという事情があるとしても,原告と被告NTTとの間に労働契約が締結されたと認めるべき証左とすることはできない。
以上のことからすると,Aは使用者としては,単に,形式的かつ名目的な存在であったとはいえず,自ら使用者として実質的に原告の賃金等の労働条件を決定し,毎月の賃金を支払っていたといえるのであり,これに,前記(2)で認定・判断したとおり,原告もAから派遣されて被告NTTで働いているという認識であったこと,被告NTTも原告を自己の労働者であると認識して,その労働者である原告に対して賃金を支払うべきものとする意思があったとは認められないことを併せ考慮すると,原告が被告NTTから上記のとおり作業遂行上の指揮命令を受けていたとしても,このことから,原告と被告NTTとの間に,黙示の労働契約が締結されていたとはいえない。
ウ なお,原告は,原告の就労形態が多重の偽装請負であり,本件各請負契約は職安法44条及び労基法6条に反し無効である旨主張する。
しかし,仮に,本件各請負契約が無効であるとしても,そのことから直ちに原告と被告NTTとの間に労働契約が締結されていたということにはならない。職安法44条及び労基法6条は,いずれも,労働契約が誰との間で締結されたかについての効果を導く規定ではなく,原告の就労形態について,これらの条項違反があるからといって,そのことが原告と被告NTTとの間の労働契約関係を基礎付けるものとはいえない。前記のとおり,労働契約が締結されたといえるためには,労働者が使用者であると認め,これに対して労務を提供する意思を有し,使用者が労働者を自らの労働者であると認めて,この者に対して賃金を支払う意思を有していること,つまり,使用者と労働者との意思の合致が必要なのである。
よって,原告と被告NTTとの間の労働契約の成否を判断するにあたり,本件各請負契約が無効であるか否かが関係するものとは解されず,その判断をする必要はない。
(4) 法人格否認の法理による労働契約の成否
ア 前記1(1)アで認定したとおり,被告NTT・ATは,昭和51年12月17日に設立され,資本金が50億5万8700円という相当程度の規模の会社である。被告NTT・ATは確かに,被告NTT等の保有技術の技術移転及び保有特許等の普及活用の斡旋等を目的とする被告NTTの100%子会社であり,被告NTTから研究開発の支援業務,研究開発の設計・試作業務等の委託を受けているが,その売上全体に占める割合は約38.1%であり,被告NTTとは別個独立に存在して営業活動を行っていたといえる。
また,前記1(1)アからすれば,B等やAについても,原告の就労形態を偽装するためだけに設立された会社とはいえず,それぞれ独自に業務を営んでいたと推認され,Aは,原告に対して支給する賃金について,自らその月額を決定して社会保険等の手続を行っており,原告の退職意思についても,被告NTTではなく,Aが確認していた(前記1(3))。そして,Aが行った上記各行為について,被告NTTの指示を受けて行ったこと,あるいは被告NTTの意を受けて行ったことを認めるに足りる証拠はない。
以上の事実からすると,被告NTTが,原告に対し,本件業務の遂行上,直接,指揮命令をしていたとしても,被告NTT・AT,B等,Aを支配していたとはいえず,被告NTTがこれらの法人格を濫用していたとはいえない。他に,被告NTTが法人格を濫用していたことを認めるに足りる証拠はない。
イ よって,法人格否認の法理の適用により,原告と被告NTTとの間に労働契約が締結されたということはできない。
(5) 以上のとおり,争点(1)についての原告の主張は,いずれも理由がない。
3 被告らの行為による不法行為の成否,損害(争点(2))
(1)ア 原告は,原告の就労形態が職安法44条及び労基法6条に違反するものであったから,被告らに不法行為が成立する旨主張する。
イ 職安法44条違反について
前記1(2)及び(3)のとおり,原告は,自らの意思でAが使用者であると記載された求人票を見た上で,Aとの間で労働契約を締結した。そして,本件全証拠によっても,原告が自らの意思に反した就労形態を強制されていたものとは認められないのであって,原告がハローワークの求人票を基に,毎月の賃金額18万円,就業場所が甲と認識してAとの間で労働契約を締結したことからすると,原告の就労形態において,職安法44条違反があったとしても,そのことから直ちに,不法行為が成立するとして保護されるべきものと考えなければならないほどの精神的苦痛が原告に生じたとはいえない。
ウ 労基法6条違反について
一方,原告の就労形態に関し,労基法6条違反による中間搾取が行われ,そのことによって原告に中間搾取分の損害が発生したと解し得る可能性がないとは断定しきれない。
もっとも,前記1(5)イ及び弁論の全趣旨によれば,被告NTTは,被告NTT・ATに対し,作業請負料として月額約50万円を支払っていたことが認められる。そうすると,被告NTTは,本件業務の対価として相当額の金員を出捐していたところ,本件全証拠によっても,被告NTT・AT,B等ないしAから被告NTTに対して,一定の金員の返還があったこと及び被告NTTが,原告と被告NTTとの間に上記各法主体を介在させて,意図的に原告が受け取ることのできる賃金額を低額(月額18万円)にすることを企図したことなどが認められないことからすると,被告NTTが中間搾取を行っていたとはいえない。
また,前記1(6)及び(7)の事実に,証拠(丙9)並びに弁論の全趣旨を総合すると,被告NTT・ATは,B等に対し,月額約38万円を支払っていたこと,Dが甲に常駐し,原告の本件業務に一定の関与をしており,定例会を主催していたことが認められる。そうすると,被告NTT・ATは,被告NTTから受け取った金員の一部を自己のものとしたといえるが,本件業務についてDらが一定の関与をしていたこと及び被告NTT・ATがB等ないしAから,一定の金員の返還があったと認めるに足りる証拠はないことからすると,被告NTT・ATが中間搾取を行っていたとまではいえない。
そして,本件全証拠によっても,被告らが,B等あるいはAとともに,原告の行っていた本件業務に関し,中間搾取を行っていたとまでは認められない。
エ よって,この点に関する原告の主張は採用できない。
(2) 原告は,被告NTTが,偽装請負という違法状態を形式的に解消するため,原告の甲での就労を拒否しており,この終了の際の被告NTTの行為が不法行為に該当する旨主張する。
しかし,前記1(8)のとおり,被告NTTは,甲における原告の就労が終了するにあたり,原告と何度もやり取りをした上で,原告の希望を汲んで,原告が労働者派遣として甲で勤務を続けることができるかについて原告に条件提示をしていた。最終的には,原告が,労働者派遣として甲で勤務することにはならなかったが,それは原告が1年以上の甲での就労の確約を望んだからであり,被告NTTとしては,甲の業務内容や労働者派遣としての形態からすると,原告の上記希望をかなえることができる旨確約できないやむを得ない面があったといえるのであって,原告の甲における勤務終了に際して,被告NTTに違法な点があったとは認められない。
なお,被告NTTや被告NTT・ATで直接,原告を採用することを検討していないとしても,採用に関しては使用者には広い裁量が認められており,たとえ,それまでは原告を指揮命令していたとしても,そのことから直ちに,原告を直接採用しないことが違法であるとまでは評価できない。
そして,被告NTTの職員の言動等に関して,本件全証拠によっても,不法行為に該当すると評価すべき違法行為があったことは認められない。
(3) 以上より,被告NTT及び被告NTT・ATに不法行為があったとは認められず,争点(2)についての原告の主張は理由がない。
4 結論
以上によれば,原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 和久田斉 裁判官 戸取謙治)
裁判長裁判官辻本利雄は,差し支えのため,署名押印することができない。裁判官 和久田斉