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京都地方裁判所 平成2年(わ)656号 判決 1990年10月09日

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収してある大麻草一袋(平成二年押第一八〇号の1)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  法定の除外事由がないのに、平成二年四月一五日午後九時ころ、大阪市都島区<住所略>メゾン・〇〇三階三〇号室A方において、同人から、フェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有する覚せい剤結晶粉末約0.1グラムを代金一万円で譲り受け、

第二  法定の除外事由がないのに、同月一六日午前三時ころ、右同所において、右Aから、前同様の覚せい剤結晶粉末約0.1グラムを代金一万円で譲り受け、

第三  フィリピン共和国籍の外国人で、同国政府発行の旅券を所持し、昭和六一年一二月一四日本邦に上陸したものであるところ、

一  右旅券に在留期間を昭和六一年一二月二九日までとする旨記載されていたのにかかわらず、同日までに出国せず、平成二年五月二一日まで大阪市西成<住所略>山川ビル一〇五号室等に居住し、もって旅券に記載された在留期間を経過して本邦に残留し、

二  前記上陸の日から九〇日以内に所定の外国人登録の申請をしないでその期間を超え、平成二年五月二一日まで前記山川ビル一〇五号室等に居住して本邦に在留し、

第四  Bほか六名と共謀の上、法定の除外事由がないのに、平成二年五月二一日ころ前記山川ビル一〇五号室において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶粉末約0.08グラムをアルミホイル上で加熱して気化させ、これを吸引し、もって覚せい剤を使用し、

第五  法定の除外事由がないのに、同日、前記山川ビル一〇五号室において、大麻草約1.557グラムを所持したものである

(証拠の標目)<省略>

(公訴棄却の申立に対する判断)

一  弁護人の主張の要旨

刑事訴訟法二七一条一項は公訴提起がなされたときは遅滞なく起訴状謄本を被告人に送付しなければならない旨規定するが、その趣旨・目的は被告人に予め起訴の内容を了知させ防禦の準備をつくさせることにある。本件被告人はフィリピン共和国の国籍を有する外国人であり日本語をほとんど理解できず、そのため日本文の起訴状謄本が送達されてもその内容を了知することができず防禦のための準備を全く尽くすことができない状態にあるから、起訴状謄本の送達に当っても、被告人が理解できる外国語による訳文が添付されるべきものであるところ、被告人に対しては日本文による起訴状謄本のみが送達されており、これは刑事訴訟法二七一条一項の趣旨を没却し同条に違反するだけでなく、憲法三一条に定める適正手続の保障にも違反するものであり、本件公訴提起は違法であるから、公訴棄却の裁判を言い渡すべきである。

二  当裁判所の判断

刑事訴訟法二七一条一項の趣旨・目的は、所論が指摘するとおりであると考えられ、同法が被告人に対し公訴の提起後遅滞なく起訴状謄本を送達すべきことを要求しているのは、被告人に対し公訴が提起されたことを知らせ、予め防禦の準備の機会を与えるためであると解せられる。

他方、同条は、それが日本人であると外国人であるとを区別せずに、一律に、公訴を提起された被告人に対し遅滞なく起訴状謄本を送達すべきことを定めており、かつ同条を含め刑事訴訟法、刑事訴訟法規則その他の法令をみても、日本語を解しない外国人である被告人に対し起訴状謄本を送達するに当り、当該外国人が通じる外国語による起訴状の訳文の添付を明示的に必要とした規定は見当らないから、従って、かかる外国人の被告人に対する起訴状謄本送達に当りその訳文を添付しなかったからといって、有効な起訴状謄本の送達がなかったものとは解されず、刑事訴訟法二七一条一項に違反するところはないというべきである。

しかし他方、実際問題として、日本語に通じない外国人に対する起訴状謄本の送達に当り、訳文を添付し、又は訳文添付の方法によらずとも、これに代替するような起訴内容を了知させる何らかの適切な措置を講ずることが望ましいことは否定できないところであるし、更には、起訴状謄本を被告人に送達することを要する実質的意義が、右送達をもって、検察官による公訴提起を契機とする公判手続を始動させる第一段階として、被告人側に第一回公判に備えて予め防禦の準備の機会を与えることにあること等にかんがみると、憲法三一条の定める適正手続の保障の問題と密接な関連を有する事柄であるといわなければならない。

しかして、適正手続保障の観点からこの問題をみるときには、ただ単に、被告人に対する起訴状謄本送達の時期に視点を固定して専ら刑事訴訟法二七一条一項違反の有無の点から事柄の是非を論ずるのは相当ではなく、広く捜査段階、公訴提起の段階、その後の第一回公判に至る過程等において、当該外国人である被疑者又は被告人が、わが国の刑事訴訟法規が定める被疑者又は被告人としての権利を現実にいかに行使し或いは保障されていたか等を実質的に考察し、公判に備えた防禦のための準備の機会が十分に付与されていたかどうか、刑事訴訟法が予定する右準備機会が付与、保障されていたかどうかを判断して結論すべきである。

記録によると、①被告人は平成二年五月二一日判示第一及び第二の各かくせい剤取締法違反の被疑事実により逮捕され、同月二三日同事実につき勾留されたうえ、同年六月八日右事実につき公訴を提起されたこと、②右六月八日付起訴状の謄本は、弁護人選任告知書及びこれに関する回答書と共に被告人が在監する代用監獄である京都府警松原警察署署長に宛て送達され、そして同日付で所要事項を記載し被告人が署名・指印した弁護人選任回答書が作成され、同月一九日右回答書が裁判所に提出され、同年七月六日付で国選弁護人が選任されたこと、③被告人は同月八日判示第三ないし第五の出入国管理及び難民認定法違反、覚せい剤取締法違反、大麻取締法違反の各事実につき追起訴され、同月一二日京都拘置所に移監され、同年八月二日の第一回公判において、英語の通訳人(被告人は英語に通じる。以下、通訳人というのはいずれも英語の通訳人である。)が付されて右各被告事件が併合審理され、同期日において検察官立証を終了し、弁護人らによる被告質問がなされ、実質審理がほぼ終了したこと、④被告人は前記逮捕の際通訳人を介して被疑事実の要旨及び逮捕する旨を告げられ、検察官の弁解録取及び裁判官の勾留質問の際には通訳人を介して弁護人依頼権を告知されており、また司法警察員及び検察官による取調べは通訳人を介してなされており、その関係上自己がいかなる被疑事実で逮捕・勾留され取調べられているかということを認識していたものであり、そして起訴されれば、自己が勾留され、取調べられた被疑事実と同じ事実によるものであることも、ほぼこれを了知していたと推認されること、以上を認めることができる。

右に認定した被告人の取調べの経過・状況、右取調事実と起訴にかかる公訴事実との関連性についての被告人の認識ないし了知の程度等、公訴提起に伴う弁護人の選任状況などの諸点に徴すると、被告人には公訴の提起に伴い刑事訴訟法上通常必要とされる防禦のための準備の機会は実質的に付与されていたと認められるから、本件公訴提起に憲法三一条の規定に違背する瑕疵は存しないものというべきである。

右の次第であって、被告人に対する起訴状送達の手続に違法はなく、本件公訴提起の手続に法令違反、憲法違反の違法はないから、弁護人の前記申立は理由がなく、採るを得ない。

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第二の各所為はそれぞれ覚せい剤取締法四一条の二第一項二号、一七条三項に、判示第三、一の所為は平成元年法律第七九号附則第一二項により改正前の出入国管理及び難民認定法七〇条五号に、第三、二の所為は外国人登録法一八条一項一号、三条一項に、第四の所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条、刑法六〇条に、第五の所為は平成二年法律第三三号附則五条により改正前の大麻取締法二四条の二第一号、三条一項に該当するので、判示第一の各所為につきいずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、刑法二一条により未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し、情状により刑法二五条一項によりこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、主文掲記の大麻草(刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法二条による公告済)の没収につき前記法律第三三号附則五条により刑法一九条一項一号、二項を適用し、訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項但書を適用する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官久米喜三郎)

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