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京都地方裁判所 平成19年(ワ)3205号 判決

主文

1  被告Aは,原告に対し,5万円及びこれに対する平成17年8月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告Aに対するその余の請求及び被告京都市に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは,原告に対し,連帯して300万円及びこれに対する平成17年8月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は,原告が被告らに対し,被告Aは,平成17年8月3日当時,被告京都市において勤務し,その職務執行に際して原告の婚姻歴を知ったことから,同日,原告の元妻であるBに原告の婚姻歴を漏洩したが(以下「本件漏洩行為」という。),原告はこれによって合計780万円の損害を被ったとして,被告京都市に対しては国家賠償法1条1項に基づき,被告Aに対しては不法行為に基づき,上記損害のうち300万円及びこれに対する本件漏洩行為の日である平成17年8月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1(1)  原告は,昭和36年生まれの男性であり,昭和63年,Bと婚姻の届出をした。原告とBとの間には,二人の子が出生したが,原告とBは,平成8年,二人の子の親権者をBと定めて協議離婚した。ただ,原告とBは,上記離婚後も行き来していた。

(2)  原告は,平成14年4月,Cと婚姻の届出をしたが,同年9月,Cと協議離婚の届出をした。

(3)  被告Aは,平成17年8月3日当時,京都市に臨時的任用職員として採用され,被告京都市のD区役所区民部市民窓口課に勤務して,その事務を担当していた。

(4)  被告Aは,平成5年ないし9年ころ以降,Bと同じ団地に居住していたこと等からBと親しくつきあうようになり,Bを通じて,原告ともつきあうようになった。

2(1)  被告Aは,平成17年8月3日,被告京都市の職務執行中に,原告の戸籍原簿及び除籍原簿の記載事項を知った。

(2)  被告Aは,平成17年8月3日,自宅に帰宅してから,Bに電話をかけ,Bに対し,原告がBとの離婚後に婚姻したことを告げた(本件漏洩行為)。

3  原告は,平成18年12月10日ないし14日ころ,被告京都市の西京区役所に対し,本件漏洩行為について苦情を述べた。

4(1)  被告Aは,被告京都市に,平成18年9月1日から平成19年2月28日までを任用期間とする臨時的任用職員として採用されていたが,本件漏洩行為が発覚したため,平成18年12月21日,諭旨免職となった。

(2)  被告Aは,平成19年8月21日,右京簡易裁判所において,地方公務員法違反により略式命令(罰金3万円)を受けた。

三  争点

1  本件漏洩行為が国家賠償法1条1項の「職務を行うについて」なされたものといえるか否か

2  本件漏洩行為と相当因果関係のある原告の損害及びその額

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1(「職務を行うについて」なされたものか)について

(1) 原告の主張

ア 国家賠償法の制定趣旨からすれば,同法1条1項の「職務を行うについて」(以下「職務執行要件」という。)とは,加害行為が厳密には公務そのものに該当しない場合であっても,公務との間に一定の関連性をもつ行為を含むものである。そして,公務員が,職務における情報や道具を利用して,他者に損害を与えた場合には,権力行使に伴うリスクとして,国及び公共団体は広くこれを負担すべきであり,本件漏洩行為も,被告Aが職務上知り得た情報を直接的に利用したものであるから,被告京都市がその賠償責任を負うべきである。

イ 本件漏洩行為は,いわゆる事実的不法行為であるから,必ずしも職務行為の外形にはとらわれずに実質的な見地から職務との密接関連性の有無を検討すべきであるところ,被告Aは,被告京都市の職員として職務上知り得た情報を直接的に利用する形で,その日のうちに,Bに漏洩しており,被告Aの行為が職務執行行為を契機としたものであることは疑いがない。また,被告Aは,市民窓口課の職員として守秘義務を負っていたものであり,同職員が守秘義務を遵守することは,まさに職員としての義務を履行するものであって,職務執行行為の一部を形成するものといえる。特に,市民窓口課においては市民の重要なプライバシー情報である戸籍等を日常的に取り扱うものであって,職務上知り得た秘密情報を漏洩しないことは,職務執行行為と密接不可分のものといえる。

したがって,本件漏洩行為は,職務と密接な関連性を有するものといえ,このことは,本件漏洩行為自体が,職務時間外の行為であったとしても左右されるものではない。

(2) 被告京都市の主張

ア 本件漏洩行為は,職務の執行とは関係がないところでの行為であって,それが客観的・外形的に被告Aの職務の範囲に属さないことは明らかである。そして,公務員の職務における情報や道具を利用した行為であっても,客観的・外形的にみて,加害公務員の行為が社会通念上職務の範囲に属さない行為の場合は,職務執行要件を満たさないと解すべきである。

イ 本件漏洩行為が行われた時刻,場所及び被告AとB及び原告との関係からすると,本件漏洩行為が,客観的・外形的にみて職務とは関係ないところで行われたことは明らかであり,本件漏洩行為が「職務上知り得た情報」を使用した行為であるからといって,職務執行要件を満たすものではない。

2  争点2(損害)について

(1) 原告の主張

ア Bは,原告の結婚歴に衝撃を受け,平成17年8月4日,原告にその旨を問いつめた上,原告の説明に耳を傾けずに,以後,原告とBは絶縁状態になった。原告は,長女の結婚式にも招待されないほどBとの関係が修復できない状態となっている。

イ 原告は,Bとの離婚後もBや子らとの交流を心の支えにしていたため,上記絶縁により,精神的に非常に不安定な状況となり,それまでの勤務を継続することも困難となって,平成17年8月,勤務先から解雇された。また,原告は,現在も通院を継続して,投薬治療を受けている。

ウ 原告の精神的苦痛は甚大であり,その慰謝料は300万円を下らない。

エ 原告は,上記解雇によって,少なくとも平成17年9月から平成19年8月までに得られたはずである480万円(1か月当たりの平均給与20万円×24か月分)を失った。

(2) 被告京都市の主張

上記(1)は否認,不知ないし争う。

(3) 被告Aの主張

上記(1)は否認,不知ないし争う。

原告とBの関係は,本件漏洩行為によって何ら影響を受けておらず,原告は,平成17年8月以降もB宅を訪れ,被告Aを交えて仲良く食事をしていた。したがって,原告は,秘密である個人情報を漏洩されたということで抽象的な損害は被ったであろうが,具体的には何ら損害を被っていない。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  国家賠償法1条1項は,「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が,その職務を行うについて・・・」と規定し,職務執行要件を国家賠償責任の要件としている。そして,同条は公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合にかぎらず自己の利をはかる意図をもってする場合でも,客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしてこれによって,他人に損害を加えた場合には,国又は公共団体に損害賠償の責を負わしめて,ひろく国民の権益を擁護することをもって,その立法の趣旨とするものと解すべきであり(最高裁昭和29年(オ)第774号同31年11月30日第二小法廷判決・民集10巻11号1502頁),また,その職務執行の外形を備える行為とは,職務執行行為及び職務執行行為と一体不可分な行為とともに,職務執行行為を契機とし,社会常識上これと密接な関連を有すると認められる行為も含めるのが相当である(民法715条に関する最高裁昭和44年(オ)第580号同年11月18日第三小法廷判決・民集23巻11号2079頁,最高裁昭和44年(オ)第743号同46年6月22日第三小法廷判決・民集25巻4号566頁,最高裁昭和45年(オ)第528号同48年2月16日第二小法廷判決・民集27巻1号132頁各参照)。

2  ところで,本件漏洩行為は,被告Aがその職務を終えて自宅に帰宅した後にBに電話をかけて行った行為であり,被告Aの被告京都市における職務と時間的・場所的関連性が乏しく,少なくとも,職務と時間的・場所的に密接に関連しているといえないことは明らかである。

3  また,上記第二の二1(4)で認定した事実からすると,被告Aが本件漏洩行為を行ったのは,被告AとBとの個人的つきあいを背景としてなされたというべきであり,本件漏洩行為の動機,原因と被告Aの被告京都市における職務との関連性は認められない。

なお,原告は,被告Aは,被告京都市の職務において原告のプライバシーにかかる事項を知った点を強調する。しかし,公務員が違法な行為をなすに至った動機やその原因となった背景事情が職務を契機とするものではなく,単に,職務における情報を利用したというにとどまる場合には,それはまさに行為者と被害者の間の個人的紛争にすぎず,その間で解決されるべき法律関係といえる。したがって,被告Aが被告京都市の職務において原告のプライバシーにかかる事項を知った事実をもって,被告Aの本件漏洩行為が職務執行行為を契機とするものであるなどと評価することはできない。

4  さらに,原告は,被告Aが守秘義務を遵守することはまさに職員としての義務を履行するものであるとも主張する。

しかし,この主張は,公務員の守秘義務違反行為は,その行為態様を問わず,すべて職務執行要件を満たすと主張するに等しく,国家賠償法1条1項の文言からしても採用し得ない。

5  以上のとおり,被告Aの本件漏洩行為は,職務執行行為及び職務執行行為と一体不可分な行為といえないことはもちろん,職務執行行為を契機とし,社会常識上これと密接な関連を有するとも認められられないから,職務執行要件を満たすとはいえない。

6  他に職務執行要件を満たすことを認めるに足りる主張,立証はない。

二  争点2について

1(1)  原告は,上記第二の四2(1)アのとおり主張し,甲7(原告の陳述書)には同旨の記載がある。

(2)  しかし,甲7には,原告は,平成17年8月4日にBから結婚について問いつめられ,以後,B宅に出入りさせてもらえなくなった旨の記載がある。これは,上記第二の二3で認定したとおり,原告が被告京都市に苦情を述べたのが平成18年12月10日ないし14日ころであることからすると不自然である。

したがって,この点に関する甲7の記載は信用できず,原告とBとの関係が悪化したとしても,それは本件漏洩行為以外の原因に起因する可能性が否定できない。

(3)  他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。

2(1)  原告は,上記第二の四2(1)イのとおり主張し,甲5(Eクリニックの診断書)には原告の症病名としてうつ状態,不安神経症の記載がある。

(2)  しかし,甲5によれば,原告がEクリニックで初めて受診したのは平成17年12月8日であると認められ,このことは,原告の主張と必ずしも整合しない。

(3)  原告とBとの関係が悪化してもそのことと本件漏洩行為との因果関係が認められないこと,及び,甲7の記載の信用性が乏しいことは,上記1で説示したとおりである。

(4)  他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。

3(1)ア 上記1及び2の説示から明らかなとおり,原告は,被告Aに対して,原告とBとの関係や解雇,通院にかかる精神的苦痛についての慰謝料を請求することはできない。

しかしながら,本件漏洩行為が原告のプライバシーを侵害することは明らかであるから,原告は,被告Aに対して,プライバシー侵害そのものにかかる精神的苦痛についての慰謝料を請求することができるというべきである。

イ 上記第二の二で認定した事実など本件に現れた諸事情を考慮すると,プライバシー侵害そのものにかかる原告の精神的苦痛を慰謝するには5万円が相当である。

(2) 上記2の説示から明らかなとおり,原告の逸失利益に関する主張は理由がない。

(3)  他に上記(1)及び(2)の認定,判断を左右するに足りる主張,立証はない。

第四結論

よって,原告の被告京都市に対する請求は理由がなく,被告Aに対する請求は5万円及びこれに対する不法行為日である平成17年8月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でのみ理由があるから一部認容することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法64条ただし書,61条を適用し,仮執行宣言につき,同法259条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 阪口彰洋)

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