京都地方裁判所 平成18年(ワ)402号 判決
京都市〈以下省略〉
本訴原告兼反訴被告
X(以下「原告」という。)
上記訴訟代理人弁護士
木内哲郎
同
江藤祥子
同
加藤進一郎
東京都中央区〈以下省略〉
本訴被告兼反訴原告
豊商事株式会社(以下「被告会社」という。)
上記代表者代表取締役
A
京都市〈以下省略〉
本訴被告
Y1(以下「被告Y1」といい,
被告会社と合わせて「被告ら」という。)
被告ら訴訟代理人弁護士
吉田訓康
同
吉田昌功
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,587万0688円及びこれに対する平成17年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告は,被告会社に対し,19万5350円及びこれに対する平成18年4月6日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用はこれを10分し,その3を原告の負担とし,その余は被告らの負担とする。
5 この判決は第1項,2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
(本訴)
被告らは,原告に対し,連帯して817万7625円及びこれに対する平成17年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(反訴)
主文第2項と同旨。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告会社との間で商品先物取引委託契約を締結し,平成16年2月26日から平成17年9月20日までの間,金,白金等の商品先物取引を行ったが(以下「本件取引」という。),本件取引について,被告Y1ら被告会社従業員(以下,被告Y1を含む被告会社従業員を「被告Y1ら」ということがある。)が,①平成15年10月ころからの取引勧誘に当たり,file_2.jpg適合性原則違反(不適格者の勧誘),file_3.jpg不招請勧誘(執拗・迷惑勧誘),file_4.jpg断定的判断の提供,file_5.jpg説明義務違反の違法行為をし,また,②本件取引の継続に際して,file_6.jpg新規委託者保護義務違反ないし適合性原則違反,file_7.jpg実質一任売買・無断売買,file_8.jpg無意味な反復売買・特定売買の違法行為を繰り返し,本件取引全体を通じて原告から多額の金員を収奪したとして,被告らに対し,不法行為(被告会社に対しては選択的に使用者責任)に基づき,本件取引における原告の出捐額と返金額との差額相当額である743万4205円(後記前提事実(3)イ)及び弁護士費用74万3420円の合計817万7625円並びにこれに対する本件取引の最終日の翌日である平成17年9月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた(本訴)のに対し,被告会社が,原告に対し,本件取引終了までの間に差損金19万5350円(後記前提事実(3)ウ)が生じたとして,同差損金及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成18年4月6日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払いを求めた(反訴)事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は,昭和4年○月○日生の男性(本件取引開始当時74歳)である。
イ 被告会社は,商品先物取引を専門とする商品取引員である(事業型取引員)。
ウ 被告Y1は,本件取引当時,被告会社京都支店所属の登録外務員であった者である。
(2) 本件取引に至る経過等
ア 被告Y1は,平成15年10月,原告の氏名,住所,電話番号,生年等が記載された名簿(乙16)に基づいて原告宅に架電し,原告を金の商品先物取引に勧誘した。その後,被告Y1は,数度にわたって原告宅に架電し,平成16年1月30日,翌31日に原告宅を訪問する約束を取り付けた(原告本人,被告Y1本人)。
イ 被告Y1は,同月31日,当時の被告会社京都支店営業課課長であったB(以下「B」という。)とともに,原告宅を訪問し,原告に商品先物取引についての説明(以下「本件説明」という。)を行った(証人B,原告本人,被告Y1本人)。
被告Y1及びBは,原告に「商品先物取引委託のガイド」(乙1。以下「委託ガイド」という。)を交付し,原告は,「約諾書」(乙3の1),「受領書」(乙4の1),「相場の対処方法の説明」と題する書面(乙6の1。以下「相場対処方法説明書」という。)に署名し,また,「お客様カード」(乙5の1)を作成して,被告Y1らに交付した(原告本人,被告Y1本人)。
(3) 本件取引の経過等
ア 原告は,同年2月26日,委託証拠金として100万円を被告会社に預託して金の商品先物取引を開始し(原告本人,被告Y1本人),以降,平成17年9月20日までの間,原告名義で別紙1建玉分析表(以下「建玉分析表」という。)記載のとおり,金,白金,野菜,ゴムの商品先物取引が行われた。
被告会社は,①取引を行う度に,商品名,売り買いの枚数,約定値段,総取引金額,委託手数料額,取引を仕切った場合には売買差金,差引損益金額等が記載された「売買報告書及び売買計算書」(乙12の1ないし乙12の86)を,②本件取引期間である平成16年2月から平成17年9月まで,毎月末現在の建玉数や値洗損益が記載された「残高照合通知書」(乙13の1ないし乙13の20)を,それぞれ原告に交付し,原告は,上記「残高照合通知書」に対し,同通知書の内容に相違ない旨の「残高照合回答書」(乙14の1ないし乙14の19)を返送した(ただし,平成17年9月分の通知書に対しては返送していない。)(原告本人,被告Y1本人)。
イ 原告は,本件取引のために,平成16年2月26日から平成17年3月23日までの間,被告会社に対し,9回にわたり合計843万6980円円を入金し,他方,被告会社から,3回にわたり合計100万2775円の返金を受けた(詳細は別紙2入出金経過一覧表[以下「入出金経過一覧表」という。]記載のとおり。なお,入金額と出金額の差額は743万4205円である。)。
ウ 原告は,平成17年9月20日に本件取引を終了し,最終的に19万5350円の差損金が生じた。
2 争点及び当事者の主張
(1) 被告Y1らが行った原告に対する本件取引の勧誘又は取引継続中の行為に違法性があったか(争点1)
(原告の主張)
ア 取引勧誘段階の違法事由
(ア) 適合性原則違反(不適格者の勧誘)
原告は,本件取引を行うまで,商品先物取引の経験はなく,その仕組みや危険性について全く知識はなかった。また,株式取引については,20年ほど前に現物取引を一度した経験があるのみであった。さらに,原告は,本件取引開始当時,74歳の高齢者で,無職の年金生活者であり,投資をするための余裕資金もなかった(当時原告が有していた現金・預貯金等は,生活資金であり,余裕資金ではない。)。被告Y1は,このような原告に対して商品先物取引を勧誘しており,これは,適合性原則に違反し,不適格者を勧誘するものであって,違法である。
(イ) 不招請勧誘(執拗・迷惑勧誘)
被告Y1は,平成15年10月ころ,突然原告の自宅に電話をかけ,先物取引の勧誘を始め,数回の電話勧誘の後,平成16年1月31日には,Bとともに原告宅を訪れて商品先物取引の勧誘を行った。原告は,このとき,被告Y1らから入金を求められたが,断った。
しかし,被告Y1は,その後も執拗に電話で勧誘を続け,後記(ウ)のとおり,「絶対に儲かる。」といった断定的判断の提供を繰り返したため,原告は根負けして取引を開始することを承諾し,平成16年2月26日,被告Y1に100万円を交付するに至った。
上記のような被告Y1らによる一連の勧誘行為は,商品取引所法施行規則45条5号,6号に規定する執拗勧誘・迷惑勧誘に該当し,違法である。また,被告らによれば,被告Y1は旅行者名簿を利用して原告を勧誘したとのことであり,これは,無差別電話勧誘行為であって,この点からも勧誘の違法性が基礎付けられる。
(ウ) 断定的判断の提供
被告Y1は,上記(イ)の一連の勧誘に当たり,原告に対し,「絶対に金は儲かります。」,「銀行金利よりは絶対にいいです。大丈夫です。私が責任を持ちます。」と述べ,断定的判断の提供をした。
(エ) 説明義務違反
被告Y1は,商品先物取引の仕組みや危険性を理解できない原告に対し,必ず儲かると言うのみで,取引内容や取引の危険性について原告が十分に理解できるような説明を全くしなかった。
仮に被告Y1が十分な説明をしていれば,平成16年1月31日の時点で一旦入金を拒否した原告が後に取引開始を決意するはずがない。
イ 取引継続段階の違法事由
(ア) 新規委託者保護義務違反・適合性原則違反
原告は,前記のとおり,従前商品先物取引の経験はなく,本件取引開始当時には無職で,年金で生活している状況であり,商品先物取引のような危険性の高い取引に投下可能な資金は全くなかった。
そのような状況下で,被告らは,原告に対し,取引開始後3か月以内に最大51枚の建玉を勧誘しており,これは,従前の業界における自主規制(取引開始後3か月間は習熟期間とし,その間の建玉数を20枚以内とする。)や平成17年5月1日に施行された改正商品取引所法のガイドライン(取引開始後3か月間は投下可能資金額の3分の1以上の取引を勧誘することは適合性原則に照らして不適当とする。)に照らし,新規委託者保護義務に違反するものであることは明らかである。
また,原告は,取引開始後8か月で建玉数が最大100枚に達しているところ,原告の年齢(上記時点で満75歳を迎えた。)や資産状況に照らすと,本件取引は,取引継続段階においても,適合性原則に違反するものである。
(イ) 実質一任売買・無断売買
原告は,取引開始時である平成16年2月26日から平成17年3月23日までの間に,9回にわたって合計843万6980円を入金しているが,初回以外の入金は,いずれも被告Y1から「追証がかかっており,これをいれてもらわないと今までの分が返せなくなる。」等と入金を要求され,これに応じざるを得なかったものであり,被告Y1が原告の無知につけ込んで,言うがままに入金させたものである。また,本件取引内容をみても,初回取引でこそ利益を出したものの,その後は長く両建の状態が続き,損益状況の把握が難しい状況下で,後記(ウ)のとおり,無意味な反復売買・特定売買が繰り返されており,上記の入金状況と合わせて考えると,本件取引は,被告Y1が原告からの具体的注文を受けることなく,自ら主導して,実質的に一任売買で取引を反復継続したものというべきである。
また,本件取引中,平成16年4月15日及び同月21日の取引は,原告入院中であったにもかかわらず,何ら説明のないまま無断で両建が行われており,同年8月以降は,原告の承諾がないにもかかわらず,白金,野菜,ゴムの取引を無断で行っており,原告が平成17年3月下旬ころには「もう取引はやめる。」と言ったにもかかわらず,4月以降は,完全に原告に無断で取引が継続されているなど,無断売買も繰り返されている。上記入院中の取引につき,被告らは事前に指値で注文指示を受けた旨主張するが,原告の入院時間と整合せず,事実に反する。
(ウ) 無意味な反復売買・特定売買
本件取引においては,全取引回数に占めるいわゆる特定売買(直し,途転,日計り,両建て,手数料不抜け)取引の割合(特定売買比率)は64.7パーセント,1か月当たりの平均取引回数(月間回転率)は6.96回,全差引差損益に占める手数料の割合(手数料化率)は85.03パーセントにのぼり,いずれもかつて農水省や旧通産省がチェックシステムやMMT(ミニマムモニタリングシステム)で示した指標等(特定売買比率20パーセント,月間回転率3回,手数料化率10パーセント)を大きく超えるものであり,上記の取引経過からすると,被告らが手数料稼ぎを意図して,無意味な反復売買・特定売買によって,原告の財産を収奪したことが明らかである。
また,取引内容を具体的に考察しても,取引した商品の多さや,直し売買の頻回さ(同一限月の同枚数直しが8回にも及ぶ),日計りで,かつ,手数料不抜けとなる取引や,長期間にわたる因果玉の放置が見られることなど,被告らの手数料稼ぎの意図が現れている。
(被告らの主張)
ア 取引勧誘段階の違法事由について
(ア) 適合性原則違反(不適格者の勧誘)について
原告が無職の年金生活者であることは否認する。原告は,本件取引開始時において,「長年ピアノ演奏で収入を得てきたが,現在はピアノを教えている。」と話しており,お客様カード(乙5の1)の職業内容欄にも自ら「ピアノ教師」と記載している。
原告は,本件取引以前に,株式の現物取引や国際債券の取引経験を有し,少なくとも5000万円に上る株式を保有していた上,郵便局の定額貯金700万円,自宅に少なくとも2500万円以上の現金を保管して,合計8200万円の金融資産を有していた。そして,そのうち当初取引予定資金として1000万円程度を考えていたのであり,このような原告の取引経験や資産状況に照らすと,原告が商品先物取引に不適格であるとはいえない。
被告会社の受託業務規程やガイドラインにおいて勧誘を禁止する高齢者とは75歳以上の者であり,原告(本件取引開始時点で74歳)は直接これに該当しない。しかし,被告会社としては,上記高齢者に近い年齢であることから,特に注意して,投資可能資金額,商品先物取引についての理解度,リスクに対する判断能力等を特に慎重に審査した上,いずれも問題がないと判断したものである。
すなわち,被告Y1は,平成15年10月22日に初めて原告に連絡し,原告が金の取引について関心を示したことからストックマーケットレポート(投資顧問会社発行の情報誌)を送付した。その後,約1か月後である同年11月27日に原告に電話をしたところ,金の相場について原告から問い合わせがあり,被告Y1が金が世界的に値上がりしていることを説明すると,原告は検討してみたい旨返答した。そして,被告Y1が約1か月半後である平成16年1月8日に再度電話をしたところ,原告は「株を持っていてひかされているので早く処分したい。」と話した。その後,被告Y1が同月30日に電話をしたところ,原告は,「国債が償還を迎えたのでお金ができた。取引をしてみようかと思っている。」等と,取引開始の意向を示した。そこで,被告Y1とBは,翌31日に原告宅を初めて訪問し,委託ガイド等を原告に交付した上,約1時間30分にわたって,具体的な例を挙げながら商品先物取引の仕組みやリスク等について詳細に説明をし,お客様カード,約諾書等の必要書類を作成してもらった。それでも,直ちに取引を始めるというわけではなく,原告が受領した委託ガイド等を検討し,被告会社も慎重に社内審査を行った後,取引を開始することになったのである。
また,後日,被告会社から原告に対して電話でお客様カードの記載内容や取引についての理解等を尋ねた際にも,原告は理解している旨回答している。
上記のように,原告は,相当長期にわたる熟慮期間,検討期間を経て,商品先物取引の仕組みやリスク等について十分理解した上で本件取引を開始したのであり,このような経過からしても,原告が商品先物取引に不適格であるとはいえない。
(イ) 不招請勧誘(執拗・迷惑勧誘)について
被告Y1が原告を勧誘した経過は前記(ア)のとおりであり,執拗に電話勧誘をしたとか,原告が根負けして取引を開始したなどということはない。むしろ,上記(ア)の経過からすると,被告Y1はすべて原告の意思を尊重し,原告の決断を待っていたことが明らかである。また,被告Y1が勧誘に当たり断定的判断の提供を行っていないことは後記(ウ)のとおりである。
(ウ) 断定的判断の提供について
被告Y1らが,原告主張のような断定的判断の提供をした事実はない。
仮にそのような話をすれば,相場対処方法説明書を用いて説明した際にすぐに虚偽であると判明したはずである。
(エ) 説明義務違反について
被告Y1は平成16年1月31日に原告宅を訪問した際,委託ガイド等の資料を元に先物取引の仕組みやリスクについて説明をした。前記のとおり原告が取引を開始するまでに十分な検討期間を経ていること,原告自身が記載した被告会社からのアンケート(乙7の1及び2)の回答内容からしても,被告Y1らに説明義務違反はない。
イ 取引継続段階の違法事由について
(ア) 新規委託者保護義務違反・適合性原則違反について
原告は,当初取引予定資金を1000万円と申告しており,金の取引に換算すれば最大166枚の取引が可能であったところ,現実には,取引開始(平成16年2月26日)から同年5月23日までの間には最大11枚までしか取引を行っていない。その後,同月25日までに最大51枚の取引となったのは,原告が同月24日,国債が償還になり資金ができたので金を下から買うと申し出て,400万円を入金したことによるものであり,このような経過に照らせば,被告らに新規委託者保護義務違反があるとはいえない。
原告は,取引経過中の適合性原則違反についても主張するが,改正商品取引所法の施行は平成17年5月1日であり,かつ,同法215条は勧誘行為に関する規制であり,本件取引には該当しない。また,上記施行時点では原告は既に取引開始後1年2か月にわたって取引経験を積んでおり,未習熟委託者ではなくなっている。
(イ) 実質一任売買・無断売買について
原告主張事実は全面的に否認する。
被告Y1は,本件取引開始後,毎朝外電を原告に報告し,現状を説明して,その都度原告から注文を受けている。また,取引成立後は直ちにその都度報告を行い,その時々の差引損益や残高も同時に連絡している。
上記のとおり,本件取引は,原告のその都度の指示に従って行われたものであり,実質一任売買との指摘は当たらない。
また,原告の入院中の取引については,事前に原告から「1400円くらいのところになったら,預かり金の範囲で売りを建てて様子を見たい。」との指示を受け,これに従ったものであり,白金,ゴム及び野菜の取引についても,原告と相談の上,その指示のもとに注文したものであって,いずれも無断売買ではない。
(ウ) 無意味な反復売買・特定売買について
特定売買は,それ自体が禁止されているものではないし,一律に合理性がないとか無意味であるなどと評価できるものではない。
原告は,チェックシステムやMMTによれば本件取引において無意味な反復売買・特定売買が繰り返されたことが明らかである旨主張するが,MMTは,もともと,個々の委託者に対する規制ではなく,新規委託者の取引開始後3か月間を対象としたものであった上,現在では既に廃止された制度であり,特定売買比率の算出方法等にも問題があるのであって(被告らの計算によれば本件取引における特定売買比率は27.2パーセントである。),被告会社が無意味な特定売買を反復して原告から手数料を収奪したと評価することはできない。
(2) 被告Y1らの行為に前記違法性があったとして,被告らが原告に賠償すべき損害額(争点2)
(原告の主張)
ア 前記(1)(原告の主張)の被告Y1らの違法行為により,原告は本件取引における出捐額と返金額の差額相当額である743万4205円及び弁護士費用相当額である74万3420円(合計817万7625円)の損害を被った。
また,仮に被告会社の反訴請求が認容される場合,その認容額は上記違法行為により原告に生じた損害にあたる。
よって,被告らは,原告に対し,連帯して817万7625円(反訴請求が認容される場合には内金請求である。)及びこれに対する本件取引最終日の翌日である平成17年9月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を賠償する義務がある。
イ なお,上記損害の発生について,原告には何ら過失はないから,過失相殺をするべきではない。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
(3) 被告会社の差損金請求(反訴請求)の可否(争点3)
(原告の主張)
被告会社は,本件取引について,前記(1)(原告の主張)の被告Y1らの違法行為によって不法行為責任を負う者で,被告会社が差損金を請求することは信義則に反するから,反訴請求は認められないというべきである。
(被告会社の主張)
原告の主張は争う。
第3争点に対する判断
1 争点1について
(1) 取引勧誘段階の違法事由の有無
ア 適合性原則違反について
(ア) 本件取引開始時において,原告は74歳と高齢であり,また,原告の最終学歴は中学校卒で,昭和24年から平成6年ころまでピアノ奏者として生計を立て,その後は年金を受給していた者である(甲21。被告らは,本件説明当時,原告がピアノ教師として収入を得ていたと主張するが,そのような収入があったと窺わせる証拠はなく,原告の自宅が府営住宅でピアノも置かれていなかったこと[甲4,6]からすると,被告Y1らにおいても原告がピアノ教師をしていると認識していたとは認められない。)。また,原告は,本件取引以前に商品先物取引をした経験は全くなく(甲21,乙5の1,原告本人),国債や株式の現物取引の経験はあるものの,それらの取引と商品先物取引とでは取引の複雑性,投機性等が全く異なるうえ,株式取引ないし保有の事実が認められるのは2銘柄にとどまる(甲7,21)。
(イ) もっとも,商品先物取引の委託者の保護に関するガイドライン(甲2)が原則として不適当としているのは75歳以上の高齢者に対する勧誘であるうえ,原告は,その主張するところによっても,本件取引開始前の平成16年1月末時点で3300万円弱の資産を有していたというのであり(甲21),原告の国債の償還・購入の状況や本件取引にかかる預託証拠金の入金状況を精査すると,原告主張の資産状況では国債購入費用や預託証拠金の原資の説明がつかない部分があるから,原告は他にも相当額の資産を保有していた可能性が高い。また,原告は,本件説明の際,「お客様カード」(乙5の1)に当初取引予定資金として1000万円と記入していることから,原告には当時少なくとも同額程度の余裕資金があったと推認できる。
(ウ) 以上を総合すると,被告Y1らが原告を商品先物取引に勧誘したことが,同取引を行う適格を有しない者を勧誘したものとして私法上違法であるとまで断ずることはできず,適合性原則は勧誘行為の内容を規律するものとして,後記イのとおり説明義務違反の問題として検討するのが適当である。
イ 説明義務違反について
(ア) 一般に,商品先物取引は,商品相場の予測が困難であること,証拠金を預託しその金額と比較して多額の取引を行う証拠金取引であることから,投資金額を超える多額の損失を被る危険性のある取引であり,商品先物取引業者は,適合性原則に照らし,顧客の知識,経験等に応じて,顧客が適切な投資行動をとることができるよう商品先物取引の仕組みや損失のリスクを説明する義務があると解されるから,被告Y1らは,原告の同取引の知識,経験にかかる上記アの事情を踏まえ,原告が適切な投資行動をとることができるよう同取引の仕組みや損失のリスクについて説明する義務があったといえる。
(イ) 被告Y1らが原告に行った説明は次のとおりである。
a 証拠(乙20,22,被告Y1本人,証人B)によれば,被告Y1及びBは,本件説明に当たって,原告に委託ガイドを示してその重要部分(同ガイド中,赤枠及びピンク色のマーカーで囲まれた部分)を説明し,また,相場対処方法説明書を示して相場予測が外れて損失が生じた場合の対処方法(仕切り,追証,難平,両建及び途転)及び金を1枚取引した場合の損益の計算例を説明したと認められる。
これに対し,原告は,委託ガイドは渡されたものの,後で読んでおくように言われたのみで詳しい説明はなく,相場対処方法説明書による説明は受けていない旨供述するが,具体性に乏しいうえ,同説明書に原告の署名があることから,上記供述は採用できない。
b そして,①委託ガイドの上記重要部分には,「将来の一定時期に物を受渡しすることを約束して,その価格を現時点で決める取引です。」(2頁),「先物取引は,利益や元金が保証されているものではありません。また,総取引金額に比較して少額の委託証拠金をもって取引するため,多額の利益となることもありますが,逆に預託した証拠金以上の多額の損失となる危険性もあります」(4頁)などと記載され,②相場対処方法説明書には,損失発生時の対処方法の説明として,決済,委託追証拠金,難平,両建及び途転に関する記載があるほか,金を1枚取引し,決済した場合の損益の計算例(以下「損益計算例」という。)として「売値(1,300),-買値(1,330),差額(-30),×倍率(1,000),×枚数(1),差金(-30,000),-手数料(10,920),損益(-40,920)」との記載がある。
(ウ) 上記(ア),(イ)に基づいて検討すると,委託ガイドの重要部分及び相場対処方法説明書の上記各記載は,商品先物取引の仕組みや損失のリスクについて全般的に言及しており,特に,多額の損失が発生する可能性があることは委託ガイドに明記されているから,その旨を原告に理解させるには十分であり,現に原告は理解していたといえる。
しかし,上記各記載に基づく被告Y1らの具体的な説明内容は証拠上明らかでなく,また,これらの記載のとおりの説明がされたとしても,委託ガイドの上記記載は,将来において商品を受け渡す内容の売買であることや一般論として多額の損失が生ずる可能性があることを説明するにとどまり,損益計算例も委託証拠金額と実際の取引金額(総取引金額)との関係,金相場の変動性やその程度等を明らかにしていない(なお,それらの事項について,被告Y1らが金相場の過去の値動きを示して補足説明したなどの事情は証拠上窺われないうえ,被告Y1は,本件取引開始後の平成16年3月15日ころ,「売買報告書兼売買計算書」記載の総取引金額について,原告から「これは何だ」との質問を受けたとも陳述している[乙22]。)から,原告の知識・経験(上記ア(ア))に加え,本件説明が1時間30分程度であったこと(被告Y1本人,証人B)や先物取引は日常経験しない類の取引であることなどを考慮すると,商品先物取引の仕組み(将来における商品の売買を現在価格で,かつ,実際の売買金額と比較して少額の証拠金を委託して行い,現在価格と将来の価格との差額によって損益が発生することなど。)を十分に理解できたとは考え難いうえ,同取引による損失のリスクの程度(損失発生の可能性の大小や発生しうる損失の額など。)を理解できたとは認められない。
したがって,被告Y1らの説明は,原告に商品先物取引の仕組みや損失のリスクを十分に理解させるものとはいえず,被告Y1らは,原告に対する説明義務を果たしていないと言わざるを得ない。
(エ) これに対し,被告らは,①原告が「受領書」(乙4の1)に商品取引の仕組み及びリスクを理解した旨記入していること,②本件取引開始後のアンケート(乙7の1及び2)に損益の仕組み等を理解していると回答していることなどを指摘して,説明義務違反がない旨主張するが,上記「受領書」やアンケートには,原告が理解したとする具体的な内容が全く示されていないから,上記結論を左右するものとはいえない。
ウ 不招請勧誘(執拗勧誘・迷惑勧誘)の主張について
被告Y1は,面識のない原告宅に架電して原告を本件取引に勧誘し,その後,平成16年1月31日に面談するまで,数度にわたって電話連絡をし(前提事実(2)ア),また,同年2月26日に原告が証拠金100万円を入金するまでの間も頻繁に電話連絡をしたと認められる(原告本人)が,この間,原告が勧誘を拒絶したり,取引を断ったりしたなどの事情は証拠上認められない。
なお,原告は,同年1月31日,被告Y1及びBに対して,取引を断ったと供述し,甲12の1の同日の欄には「良く考えたが金,やめる事とす」との記載があるが,同記載から直ちに原告が現に取引を断ったとまで推認することはできないうえ,断った日にちに関して再主尋問で供述を変遷させており,また,原告が,同日,「約諾書」に署名していること(前提事実(2)イ)と矛盾するから,原告の上記供述は採用できない。
したがって,被告Y1らによる勧誘が執拗ないし迷惑な勧誘ということはできない。
エ 断定的判断の提供について
委託ガイドには,商品先物取引により多額の損失が生じる危険性があることが明確に記載され,原告に説明されている(上記イ(イ))。
商品先物取引業者が顧客を獲得するために同取引で多額の利益を得る可能性を強調することはあり得るにしても,「絶対に金は儲かる」などの上記説明と矛盾した勧誘をするとは考え難く,また,原告は,上記説明によって,同取引に多額の損失を被る危険性があること自体は十分に理解していたと考えられる。
したがって,原告の主張は採用できない。
(2) 取引継続段階の違法事由の有無について
ア 実質一任売買について
(ア) 本件取引開始前において,原告に商品先物取引の知識・経験がなかったこと(上記(1)ア(ア)),被告Y1らの説明は,原告に同取引の仕組み,リスクを十分に理解させるものではなく(上記(1)イ),日々の相場状況に対してどのように対処するかなどについて原告の理解が及んでいたとは認められないことに加えて,原告本人及び被告Y1本人の各供述によれば,原告の被告会社に対する取引の委託は,専ら,被告Y1が,取引内容(新規の建玉をするかどうか,建玉を仕切るかどうかやその枚数など)を原告に提案して原告がその提案を了承する方法で行われ,原告から取引内容を具体的に指示したことはなく,また,原告が被告Y1の提案を断ることはほとんどなかったと認められるから,被告Y1は,原告から本件取引の実質的な投資判断を一任されていたことは明らかである。
したがって,本件取引は,実質的には一任売買であったといえる。
これに対し,被告らは,本件取引は,原告のその都度の指示に従って行われたもので実質一任売買ではない旨主張し,被告Y1が毎朝外電を原告に伝え,また,取引成立の報告をし,時々の差引損益,残高を伝えていたなどの事情を指摘するが,いずれも原告自身が投資判断をしていたことを示すものとはいえず,被告らの主張は採用できない。
(イ) 一任売買は,商品取引所法上違法であるとはいえ,本来,顧客の自己責任の範疇に属するものであるから,結果として損失が生じたとしても,直ちに当該損失を賠償すべき違法があるということはできず,委託者との信任関係に反する場合に初めて私法上も違法といえると解するのが相当である。
(ウ) そこで,本件取引において,委託者である原告との信任関係に反する点があったかどうか検討する。
a 本件取引中には以下のⅰないしⅶの取引があるが,これらの取引は合理性を欠き,専ら被告会社が手数料収入を得る目的で行われたと推認できる(なお,これらの取引は原告が無意味な反復売買・特定売買と指摘するものを含んでいる。)。
ⅰ 平成16年7月12日の取引
金の買玉を1416円で10枚決済し(建玉分析表No.40,41),その後,金の買玉を1415円で10枚建て(同No.42),上記決済により被告会社に合計11万4500円の委託手数料収入が生じている。
上記買い建てが相場上昇予測に基づくことは明らかで,上記決済時から予測が反転した証拠はなく,決済と買い建てとの差額が1円であることからすると,決済して新たに買い建てをすることには合理的な理由を見出せない。
ⅱ 同月16日の取引
金の買玉を1423円で10枚決済し(同No.43),同額で金の買玉を30枚建て(同No.44),上記の決済により被告会社に11万1000円の委託手数料収入が生じている。
上記買い建てが相場上昇予測に基づくことは明らかで,上記決済時から予測が反転した証拠もないから,買玉を増やすのであれば新たに20枚の買玉を建てれば足り,委託手数料を生じさせる以外の目的を見出せない。
ⅲ 同月21日の取引
金の売玉を1399円で10枚決済し(同No.45),その後,金の売玉を1401円で10枚建て(同No.46),上記の決済により被告会社に11万1000円の委託手数料収入が生じている。
上記売り建てが相場下落予測に基づくことは明らかで,上記決済時から予測が反転した証拠はなく,決済と売り建てとの差額が2円にとどまることからすると,決済して新たに売り建てることは合理性を欠く。
ⅳ 同年8月18日及び同月20日の取引
同年8月18日に,白金の売玉を2941円で10枚建て(同No.54),これを2918円で決済し(同No.55),さらに白金の売玉を2920円で10枚建て(同No.56ないし58),同月20日にこの売玉を2880円で決済し(同No.60ないし62),さらに白金の売玉を2873円で10枚建てており(同No.63),上記の各決済によって,被告会社に13万8000円の委託手数料収入が生じている。
これらの取引により,原告に差益が生じているものの,この間,相場下落予測があったとみられるところ,委託手数料額を勘案すると当初の売り建てを維持することが原告の利益に合致するというべきである。
ⅴ 同月25日及び27日の取引
同月25日に白金の買玉を2930円で15枚決済し(同No.72ないし75),白金の買玉を2915円で15枚建て(同No.76),同月27日にこれを2935円で決済し(同No.78),白金の買玉を2925円で15枚建て(同No.79ないし83),うち5枚を2935円で決済し(同No.84ないし86),さらに白金の買玉を2935円で15枚建て(同No.87),上記の各決済によって被告会社に29万9000円の委託手数料収入が生じている。
これらの取引により原告にわずかに差益が生じているものの,他方で,被告会社に相当額の委託手数料収入が生じているうえ,同No.87の15枚の買い建ては相場上昇予測に基づくことが明らかで,その前の5枚の決済(同No.84ないし86)をせずに買玉を10枚建てれば足りるところ,明らかに合理性を欠く。
ⅵ 同年9月29日及び30日の取引
同年9月29日,白金の売玉を2945円で60枚建て(同No.132ないし141),これを2935円ないし2933円で決済し(同No.142ないし155),翌30日,白金の売玉を2936円ないし2937円で60枚建て(同No.156,157),これを2920円で決済しており(同No.158,159),上記各決済によって被告会社に55万2000円の委託手数料収入が生じている。
この間,相場下落予測があったとみられるところ,29日の決済と30日の売り建てには1円ないし4円の差額しかなく,上記各取引には合理的な理由を見出せない。
ⅶ 同年10月5日の取引
白金の売玉を2882円で25枚決済し(同No.162,163),白金の売玉を2875円で25枚建て(同No.164ないし167),上記の決済によって,被告会社に23万円の委託手数料収入が生じている。
上記売り建てが相場下落予測に基づくことは明らかであり,そのうち11枚(同No.164)は,上記決済からわずか13分後に行われ,その間相場予測が反転した証拠はない。
b 上記に加え,本件取引においては,建玉分析表記載のとおり,新規の売買後短期間で決済される取引が多く(決済取引合計133件のうち,77件は新規売買後10日以内に決済され,また,そのうち25件は売買当日に決済されたいわゆる日計りである。),結果として,本件取引による損失額が762万9555円であるのに対して委託手数料が648万7100円に上っていることからすると,本件取引全体について手数料収入を得ようとする意図が窺われる。
さらに,建玉分析表記載のとおり,被告Y1は,金相場が上がると予測していた(被告Y1本人)のに,金の売玉(同表No.24,32及び53)を決済せずに長期間据え置いて多額の損失が生じているなど,原告の利益を害するといわざるを得ない取引も認められる。
(エ) 以上によれば,本件取引は,原告との信任関係に反する一任売買であって違法である。
イ 無断売買について
原告は,①原告の入院中に行われた取引(建玉分析表No.4及び5),②白金,野菜及びゴムの取引,③平成17年4月以降の取引(同No.208以降)を個別に指摘して無断売買と主張するが,原告は上記各取引にかかる「売買報告書及び売買計算書」を受領し(前提事実(3)ア),その内容に異議を述べたなどの事情は証拠上認められないから,無断売買とはいえない。
ウ 無意味な反復売買・特定売買について
これらの取引は一概に不合理な取引とはいえず,直ちに違法と断ずることはできないが,上記ア(ウ)aで検討したとおり,手数料収入を得ることを目的とし,原告の利益を害する取引が存するところ,これらは,一任売買の違法性を基礎づけるものである。
エ 新規委託者保護義務違反・適合性原則違反について
上記(1)ア(イ)のとおり,原告は,「お客様カード」に当初取引予定資金として1000万円と記入し,少なくとも同額程度の余裕資金はあったと推認でき,本件取引は,全取引期間を通じて上記当初取引予定資金の金額内に投資損失が収まる範囲で行われている。
したがって,本件取引は原告の資産状況に照らして過大・過当な取引と断ずることはできないうえ,原告が指摘する自主規制ルールやガイドラインは取引に習熟しない者が過大な損失を被ることを予防する趣旨のものと解されるから,新規委託者保護の観点から,直ちに本件取引が私法上違法ということはできない。
(3) 小括
以上によれば,本件取引は,原告に対して十分な説明がなされないまま開始され,被告Y1において原告から投資判断を実質的に一任されながら,原告との信任関係に反して行われたものであって,全体として違法といえる。
したがって,被告Y1は不法行為者として,被告会社は同被告の使用者として,連帯して,原告が本件取引により被った損害を賠償する責任がある。
2 争点2について
(1) 本件取引は全体として違法であり,本件取引における原告の出捐額と返金額の差額相当額743万4205円(前提事実(3)イ)は,被告Y1らの前記1の違法行為により原告に生じた損害といえる。
(2) また,後記3のとおり,被告会社の差損金請求(反訴)は全部理由があると認められるところ,差損金額19万5350円(前提事実(3)ウ)も被告Y1らの前記1の違法行為により原告に生じた損害といえる。
(3) もっとも,本件取引の開始にあたり,また,本件取引期間中,原告にも次のような落ち度が認められる。
ア 原告は,被告Y1らの説明によって,商品先物取引により多額の損失を被る危険性があること自体は認識していたと認められ,原告が被告Y1らから執拗な勧誘や断定的判断の提供を受けたとは認められない(前記1(1)ウ及びエ)から,原告は同取引による損失の危険性を認識しながら任意に本件取引を開始したということができるうえ,原告が被告Y1から電話による勧誘を受けてから「約諾書」に署名押印するまでは約3か月,その後,原告が証拠金を入金して本件取引を開始するまでにはさらに1か月弱の期間があり,この間,原告には十分な検討の時間があり,自分の理解の及ばない取引であれば(原告自身,本人尋問において,自分の落ち度でわけのわからない取引に手を出したことを自認している。),いつでも勧誘を断ることができ,証拠金の入金をしないでおくこともできたと認められる。
イ 本件取引期間中,原告には,取引の度に「売買報告書及び売買計算書」,毎月末には「残高照合通知書」が交付され(前提事実(3)ア),また,被告Y1は原告に値洗いの状況を伝えていたと供述している(被告Y1本人)ところ,原告は,委託した取引内容や保有する建玉数,発生した損失の額などは把握していたと認められることに加えて,原告は,平成16年5月11日に7万5850円の追証拠金を入金しているにもかかわらず,同年2月26日の100万円の入金に対して1か月も経過しないのに36万3450円の利益が出たことから,同年5月24日に400万円を入金していること(前提事実(3)イ,原告本人),原告は,「やばいな」と思っていながら(原告本人),平成16年9月28日に追証拠金114万6700円を入金し,また,その後も「これは絶対にだまされたな」,「しもうたな」と思いながら(原告本人),さらに同年10月4日に追証拠金155万9600円を入金し,以後も平成17年3月23日まで追証拠金を入金していること(前提事実(3)イ)を考慮すれば,原告がより早い段階で取引を中止し,損失の拡大を防ぐことはそれほど困難であったとはいえない。
ウ そうすると,原告が本件取引による損失の発生及び拡大を防ぐことは容易であったといえ,原告の被った損害のすべてを被告らの負担とすることは損害の公平な分担の観点から相当ではなく,これに反する原告の主張は採用できない。
(4) 以上によれば,原告が本件取引によって被った損害については過失相殺するのが相当であり,上記(3)で認定した原告の落ち度の内容・程度,前記1で認定した本件取引の勧誘及び取引継続中の各違法事由の内容・程度を総合考慮すると,原告の過失割合を3割とするのが相当である。
3 争点3について
本件取引によって19万5350円の差損金が生じていることには争いがなく,上記差損金も原告が本件取引によって被った損害といえるものの,前記2のとおり,本件取引による損失の発生及び拡大について原告にも落ち度が認められるところ,被告会社の上記差損金の請求が直ちに信義則に反するとはいえず,同損害についても過失相殺による調整をするのが相当である。
第4結論
争点1ないし3に対する判断によれば,原告が本件取引によって被った損害は,入出金経過一覧表記載の差引出捐額743万4205円に反訴請求にかかる前記差損金19万5350円を加算した762万9555円の7割相当額(534万0688円)及びこれに対する弁護士費用相当額の53万円となる(以上損害合計587万0688円)。
したがって,原告の本訴請求は,被告らに対し,587万0688円及びこれに対する不法行為後の日である平成17年9月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める限度で理由があるが,その余は理由がなく,被告会社の反訴請求は理由があるから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中義則 裁判官 阪口彰洋 裁判官 溝口優)
〈以下省略〉