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京都地方裁判所 平成18年(わ)198号 判決

主文

被告人を懲役1年6月に処する。

この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

起訴状記載の公訴事実のとおりであるから、これを引用する(ただし、別表1の表題中の「パスワード変更後の」を削り、別表2の項目中の「No」を「番号」に訂正する。なお、各事実を、起訴状記載の公訴事実の第1ないし第3の順とその各別表の番号等に従って、「第1の別表1の番号1の事実」「第3の別表3の落札状況番号1の事実」などという。)。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)

罰条

第1の各行為(別表1の番号ごとに。ただし、同番号5及び6、27及び28、41及び42、57及び58についてはそれぞれ包括して。)

不正アクセス行為の禁止等に関する法律8条1号、3条1項、2項1号

第2、第3の各行為(別表2、3の番号ごとに)

私電磁的記録の各不正作出の点

刑法161条の2第1項

同各供用の点  刑法161条の2第3項、1項

科刑上一罪の処理

第2並びに第3の別表3の入札状況番号23、24及び別表3の落札状況番号2について

刑法54条1項後段、10条(いずれも1罪として犯情の重い不正作出私電磁的記録供用罪の刑で処断)

第3の別表3の入札状況番号1ないし21について

刑法54条1項前段、後段、10条(結局1罪として刑及び犯情の最も重い第3の別表3の入札状況番号21の不正作出私電磁的記録供用罪の刑で処断)

第3の別表3の入札状況番号22と別表3の落札状況番号1について

刑法54条1項前段、後段、10条(結局1罪として犯情の最も重い第3の別表3の落札状況番号1の不正作出私電磁的記録供用罪の刑で処断)

刑種の選択     いずれも懲役刑を選択

併合罪加重     刑法45条前段、47条本文、10条(刑及び犯情の最も重い第3の別表3の落札状況番号1の罪の刑に加重)

刑の執行猶予    刑法25条1項

訴訟費用      刑訴法181条1項ただし書(負担させない。)

(量刑の理由)

本件は、不正アクセス行為と私電磁的記録の不正作出、同供用の事案である。

被告人は、心身の不調から府立高校の教員職を休職がちであり、休職中に生活費等を得るために、所持品をインターネットオークションに出品するなどして、頻繁にインターネットオークションを利用するうちに、オークション詐欺が横行していることに気付き、憤りを覚えるとともに、詐欺による被害の拡大を防ごうなどと考え、詐欺と見られる不審な出品等を見付けると、自分や内妻の会員IDを使ってこれを自ら落札し出品者に対し悪い評価を付けるなどして詐欺を妨害する行為を繰り返していたものであるところ、本件各犯行は、正規の利用権者が気付かないうちにそのIDを使用して出品し代金をだまし取ろうとする詐欺的出品が行われるようになる中で、これに気付いた被告人が、(1)その出品を取り消すなどするために、そのいわば乗っ取られた3名のIDと自ら見破るなどした各パスワードを使用して、会員のみに利用が制限されたヤフーのサーバコンピューターに不正アクセス行為をし(第1の各犯行)、(2)そのIDを使った更なる詐欺的出品を食い止めるため、そのIDのパスワードを変更して、その旨の虚偽の情報をサーバコンピューターに記憶させ(第2の各犯行)、また、(3)その詐欺的出品による被害を食い止めるために、その出品に対し他人のIDとパスワードを勝手に使用して入札、落札を行い、その旨の虚偽の情報をサーバコンピューターに記憶させた(第3の各犯行)、というものである。このように、本件各犯行は、主としてインターネットオークションにおける詐欺の被害拡大を阻止する目的で行われたものであって、直接的に自己の利益を図るなどの自己中心的な目的のために行われたとはいえないものの、いずれも他人のID、パスワードを勝手に使用するものであり((1)(2)の各犯行は必然的に他人のIDを使用した不正アクセス行為を伴うものであり、また、(3)の入札、落札については自らのIDを使用して行うことも可能であるが、入札、落札による詐欺の妨害には、それに使用するID自体の評価が良いものである必要があるところ、妨害行為を行えば妨害に使用したIDにも悪い評価が付けられ、やがてそのIDは妨害行為に使えなくなるため、被告人は、従前は、妨害行為を継続的に行うために自己のIDを次々と作るなどしていたものの、これにも限界があり、(3)の各犯行では他人のIDを使用したものである。)、被告人は、それが違法であることを十分認識し、かつ、それが正規の利用権者やオークションの開設者にもたらす悪影響についても分かっていながら、不正アクセス行為や電磁的記録の不正作出、供用の犯罪行為を相当回数にわたって行ったものであって、その犯行の態様は悪質というべきである。そして、不正アクセスやパスワードの変更によって、正規の利用権者の正当なオークションの利用を妨げるとともに、架空の入札落札を行って、インターネットオークションの開設者の業務に支障を与えただけでなく、コンピューター内に蔵置された電磁的記録やインターネットオークションでの取引に対する信用を損ない、ひいては多数の利用者がいるインターネットオークションそのものに対しても不信感を生み出すなどの重大な結果を生じさせている。そして、高校の教員の職にありながら、主として正義感から行ったとはいえ、違法な行為を累行したことによって、教職に対する一般の信頼をも低下させた結果もまた看過し難い。

以上によると、被告人の行為は厳しい非難を免れず、その刑責を軽くみることはできない。

しかし、他方、被告人が事実を認めて反省していること、被告人が不正アクセス等を行ったオークションIDは、無論その正規の利用権者に悪意はなかったとはいえ、詐欺行為に不正に利用されていたものであって、そのような詐欺行為による被害を防ごうとした動機には酌むべきものがあること、今後は違法な手段を用いることはしないと誓っていること、教職に戻りたいとの意向を表していること、前科前歴がないこと、生来の難聴に加え、最近十数年にわたりうつ病とそれに伴う難聴等の精神的、身体的な不調に苦しみ、教職を休職して療養生活を余儀なくされるなどしていることなど、被告人のために酌むべき諸事情があり、それらも併せ考慮すると、本件はなお罰金刑に処するのが相当な事案とはいえないものの、被告人に対しては、主文掲記の懲役刑を科した上、その刑の執行を猶予するのが相当であると考え、主文のとおり刑を量定した。

(求刑 懲役2年)

起訴状記載の公訴事実

被告人は

第1 他人の識別符号を使用して不正アクセス行為をすることを企て、法定の除外事由がないのに、別表1記載のとおり、平成17年1月19日午前9時6分17秒ころから同年4月24日午後4時30分2秒ころまでの間、前後100回にわたり、京都市a区b町6番地2グラン・シティオ北山通り○○○号被告人方において、同所に設置されたパーソナルコンピューターから、電気通信回線を介して、ヤフー株式会社(以下「ヤフー」という。)が東京都千代田区大手町2丁目2番2号所在のNTTデータ大手町ビル内に設置して管理するアクセス制御機能を有する特定電子計算機であるサーバコンピューターに、ヤフーの会員であるAほか2名を利用権者として付された識別符号であるID「略a」及びパスワード「****」等をそれぞれ入力して上記特定電子計算機を作動させ、上記アクセス制御機能により制限されている特定利用をし得る状態にさせ、もって、不正アクセス行為をし

第2 ヤフーの事務処理を誤らせる目的で、ほしいままに、別表2記載のとおり、平成17年1月23日午後零時10分39秒ころ及び同月31日午後7時15分34秒ころの2回にわたり、前記被告人方において、前記第1記載の方法により、ヤフーが前記NTTデータ大手町ビル内に設置して管理する電子計算機であるサーバコンピューターに対し、実際は、前記Aほか1名がパスワードを変更した事実がないのに、同人らがパスワードを変更する手続を取った旨の虚偽の情報を送信し、上記電子計算機に接続された記憶装置に上記情報を記憶蔵置させ、もって、事実証明に関する電磁的記録を不正に作出し、ヤフーの事務処理の用に供し

第3 ヤフー及びBらの事務処理を誤らせる目的で、ほしいままに、別表3記載のとおり、平成17年2月1日午前9時49分29秒ころから同日午後零時7分36秒ころまでの間、前後26回にわたり、前記被告人方において、前記第〓記載の方法により、前記NTTデータ大手町ビル内に設置されサーバコンピューターに対し、実際は、上記Bが、ヤフーオークションにおいてオークションID「略d」等として出品された商品に対して入札を行った事実がないのに、上記Bが同商品に対して入札を行い、これを落札した旨等の虚偽の情報を送信し、上記電子計算機に接続された記憶装置に上記情報を記憶蔵置させ、もって、権利、義務に関する電磁的記録を不正に作出し、ヤフー及び上記Bらの事務処理の用に供し

たものである。

別表1

パスワード変更後の不正アクセス行為

〈省略〉

別表2

パスワード変更

〈省略〉

別表3

入札状況

〈省略〉

落札状況

〈省略〉

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