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京都地方裁判所 平成17年(ワ)691号 判決

主文

1  原告らの請求の趣旨1項及び2項記載の各請求に係る訴えをいずれも却下する。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用中,甲事件について生じたものは甲事件原告らの,乙事件について生じたものは乙事件原告らの,丙事件について生じたものは丙事件原告らの,丁事件について生じたものは丁事件原告らの各負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

1  被告は,「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」(平成15年法律第137号)及び同法第4条に基づいて定められた「イラク人道復興支援特措法に基づく対応措置に関する基本計画」に基づいて,自衛隊をイラク共和国並びにその周辺地域及び海域に派遣してはならない。

2  被告は,「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」(平成15年法律第137号)及び同法第4条に基づいて定められた「イラク人道復興支援特措法に基づく対応措置に関する基本計画」に基づいて,イラク共和国並びにその周辺地域及び海域に派遣されている自衛隊を撤退させよ。

3  被告は,原告ら各自に対し,それぞれ1万円宛及びこれに対する甲事件原告らについては平成17年4月21日から,乙事件原告らについては同年6月21日から,丙事件原告らについては同年12月9日から及び丁事件原告らについては平成18年4月11日から,いずれも支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。

第2事案の概要等

1  本件は,原告らが,被告が「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」(平成15年法律第137号。以下「イラク特措法」という。)及び同法第4条に基づいて定められた「イラク人道復興支援特措法に基づく対応措置に関する基本計画」に基づき,自衛隊をイラク共和国(以下「イラク」という。)並びにその周辺地域及び海域に派遣することは,原告らの「平和を求める良心」(憲法前文,9条,13条,19条)を違憲,違法に侵害するものであることを前提に,被告に対し,①平和を求める良心の有する人格権的効力に基づく妨害予防請求権として自衛隊のイラク等への将来の派遣禁止を,平和を求める良心の有する人格権的効力に基づく妨害排除請求権として,自衛隊のイラク等からの撤退をそれぞれ求める(以下,これらの請求を「本件差止請求等」という。)とともに,②国家賠償法1条1項に基づき,平和を求める良心を侵害された精神的苦痛に対する慰謝料としてそれぞれ1万円宛及びこれに対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(以下,この請求を「本件損害賠償請求」という。)事案である。

2  当裁判所に顕著な事実

(1)  イラク特措法は,平成15年8月1日,公布,施行されたところ,同法には,大要,次のような規定がある。

ア 内閣総理大臣は,対応措置のいずれかを実施することが必要であると認めるときは,当該対応措置を実施すること及び当該対応措置に関する基本計画(①対応措置に関する基本方針,②当該対応措置に係る基本的事項,当該対応措置の種類及び内容,当該対応措置を実施する区域の範囲及び当該区域の指定に関する事項,当該対応措置を自衛隊が外国の領域で実施する場合には,当該対応措置を外国の領域で実施する自衛隊の部隊等の規模及び構成並びに装備並びに派遣期間等,③対応措置の実施のための関係行政機関の連絡調整に関する事項)の案につき閣議の決定を求めなければならない(同法4条1項,2項。基本計画の変更も同様。同条3項)。

イ 内閣総理大臣は,基本計画の決定又は変更があった場合にはその内容を遅滞なく国会に報告しなければならず(同法5条1項),基本計画に定められた自衛隊の部隊等が実施する対応措置については,当該対応措置を開始した日から20日以内に国会に付議して,当該対応措置の実施につき国会の承認を求めなければならない(同法6条1項)。

ウ 防衛大臣(口頭弁論終結時は,防衛庁長官。以下,同じ。)は,基本計画に従い対応措置として実施される業務としての役務の提供について実施要領を定め,これについて内閣総理大臣の承認を得て,自衛隊の部隊等にその実施を命ずるものとする(同法8条2項。実施要領の変更も同様。同条9項)。

(2)  被告は,イラク特措法に基づき,自衛隊をイラク南部サマワ等に派遣した。

第3争点

1  本件差止請求等について

(1)  本件差止請求等の適法性について

(2)  本件差止請求等の成否について

2  本件損害賠償請求について

第4当事者の主張

1  本件差止請求等(争点1)について

(1)  本件差止請求等の適法性(争点(1))について

(原告らの主張)

本件差止請求等は,次のとおり,適法である。

ア 原告らによる本件差止請求等は,後述(2)「原告らの主張」記載のとおり,被告による自衛隊のイラク等への派遣により自らが有する平和を求める良心が現に侵害され,又はその内実たる生命権に危険が生じていることを原因としている。このように,一方当事者の具体的な行為による他方当事者の有する具体的な権利侵害が存するとして訴えが提起されている以上,本件当事者間には具体的な紛争が存することは明らかであり,本件は裁判所によって法が適用されることによって解決を図るべき事案である。そこには,何ら法律上の争訟性の要件を欠くところはない。

イ もっとも,本件のような憲法訴訟においては,法律上の争訟性の要件を形式的に運用することは,司法権を裁判所の権限として認めた趣旨に反する可能性があり,妥当ではない。すなわち,近代法治主義国家における司法権の本来的かつ伝統的な役割は,国家作用ないし市民生活のあらゆる場面において法の支配が行き届くよう,全体としての法原理の正確性を国家権能に基づいて担保するという,法原理機関としての役割である。司法権に課せられた法原理機関としての役割によれば,法律上の争訟性の要件は,その本来的な原理ではない。とはいえ,近代市民社会における自由主義の見地からいえば,自由独立の権利主体たる個々人の生活領域に対し,その求めがないにもかかわらず国家権力が介入することは,司法権といえども当然には許されない。法律上の争訟性の要件は,近代市民社会における個人の自由ないし自己決定権に基づき,国家権力に対する自制を求め得る帰結として,当事者間に具体的な紛争がない限り,その生活領域に干渉しないことを保障することを本来的な意味としているのである。ところが,特に憲法上の重要な権利義務の帰趨が問題とされている場合,これが当該訴えとは異なった形で訴訟として争われる余地がない場合,その権利義務の当事者がすべからくその法律関係についての判断を求めていないからといって,形式的に法律上の争訟性の要件を適用するときには,現に憲法上の重要な権利義務の帰趨が問われているにもかかわらず,これが放置される危険性がある。このような事態をみすみす招くことは,司法権に課せられた法原理機関としての本来的な役割に反することであり,本末転倒といわねばならない。法律上の争訟性の要件は,個々人の生活領域への国家権力による過度の介入を忌避するための自制の要件にすぎないのであるから,これを形式的にあてはめることにより,かえって個々人の重大な憲法上の権利の帰趨が左右されるようなことはあってはならない。裁判所は,憲法上の重要な権利が危殆に瀕している旨の訴えを受けた場合であって,かつ,当該権利義務関係の法的確定をその機会を除いては行うことができないと認める場合には,本来的な法原理機関としての責務に基づいて,積極的な権限行使を行うべきである。

(被告の主張)

本件差止請求等は,次のとおり,不適法である。

ア 裁判所の審判の対象は,「法律上の争訟」でなければならないところ,「法律上の争訟」といえるためには,①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること,②それが法令の適用により終局的に解決することのできるものであること,の二つの要件を満たすことが必要であるとするのが確定した判例である。

イ 権利には,極めて抽象的,一般的なものから,具体的,個別的なものまで各種,各段階のものがあるが,そのうち裁判上の救済が得られるのは,具体的,個別的な権利に限られる。しかし,平和的生存権は,その概念そのものが抽象的かつ不明確であるばかりでなく,具体的な権利内容,根拠規定,主体,成立要件,法律効果等のどの点をとってみても,一義性に欠け,その外延を画することさえできない,極めてあいまいなものであり,このような平和的生存権に具体的権利を認めることはできない。

したがって,平和的生存権及び原告らがその一内容であるとする「平和を求める良心」に具体的権利性を認めることはできない。

なお,原告らは,「平和を求める良心」の法的根拠として,憲法前文,9条及び13条のほかに,憲法19条を援用するが,「平和を求める良心」の内容が上記のようなものである以上,いかなる条文を援用しようとも結論を左右しない。

ウ 以上のとおり,原告らが主張する平和的生存権及びその一内容であるとする「平和を求める良心」は,国民個々人に保障された具体的権利ということができないから,原告らと被告との間で具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争が起こり得ないことは明らかである。

原告らは,原告ら自身の主観的利益に直接かかわらない事柄に関し,国民としての一般的な資格・地位をもって本件差止請求等をするものであり,本件を民事訴訟として維持するため,一見,具体的な争訟事件に当たるかのような体裁をとってはいるものの,実際には,私人としての原告らと被告との間に利害の対立・紛争が存在し,その司法的解決のために本件訴訟を提起したものではない。本件訴訟の目的が,国民の一人として日本国政府の政策の転換を迫る点にあることは明らかである。

そうすると,このような訴えは,当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であることとの要件を欠き,裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たらないから,不適法である。

(2)  本件差止請求等の成否(争点(2))について

(原告らの主張)

原告らは,次の理由から,被告に対し,平和を求める良心(憲法前文,9条,13条及び19条)の有する人格権的効力に基づく妨害予防請求権として自衛隊のイラク等への将来の派遣禁止,及び平和を求める良心の有する人格権的効力に基づく妨害排除請求権として,自衛隊のイラク及びその周辺国内からの撤退をそれぞれ求める。

ア 平和を求める良心

誰しもその生命を尊重されるという「生命権」を基本的人権として享有しており(市民的及び政治的権利に関する国際規約6条1,憲法13条),世界中の国家は,その主権下にある人々に対して生命権を保障しなければならない責務を有している。その保障の在り方は,それぞれの国家によって様々であるが,生命権に対する最大の脅威である「戦争」からの生命権の保障の在り方として,日本国がその主権下にある人々のために選択したのは,「国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄」し「国の交戦権はこれを認めない」という,戦争放棄と一切の戦力の不保持・交戦権の否認という,徹底した恒久平和主義の立場を貫くという方法である。

この徹底した恒久平和主義は,日本国自身が憲法によって国家の根本的な倫理観として確定した価値判断である。そうした憲法自身が確定した倫理観を個々人がその思想及び良心として有することは憲法19条によって当然に保障されなければならない。でなければ,憲法自身が自ら選択した価値観を自らで保障しないという矛盾が生じることになるからである。

原告らがいう「平和を求める良心」とは,このように生命権保障の在り方からして日本国自身が選択した恒久平和主義を信頼する信条であり,より端的にいえば「いかなる戦争もしない」という憲法自身が採用した憲法的確信としての倫理観である。

このようにして導かれる「平和を求める良心」は,日本国がその信頼に反するふるまいをした時点で直ちに侵害される。それゆえ,その保障の在り方は,日本国に対して,自らいかなる戦争も行わず,またいかなる戦争にも加担しないという具体的な態度を求めるという形で実現される。このように「平和を求める良心」は,国に対して具体的な作為,不作為を一義的に求めることができる権利にほかならないから,これを具体的な権利というのに躊躇する余地はない。

イ 自衛隊のイラク派遣及び駐留継続の違憲違法

米国及び英国が開始したイラク戦争は,国際連合憲章に違反することはもちろん,米国及び英国が掲げた「大義名分」すら完全に崩壊しており,今日では一片の正義も道理もないことは明白である。しかるに,かかるイラク戦争に日本が加担し自衛隊が「共同不法行為」を行うことは,憲法9条に真っ向から違反することは明らかである。

また,イラクにおける自衛隊が安全確保支援活動の名のもとに「兵站」活動に参加していることは明らかであり,これが憲法9条に違反することも明白である。

加えて,これまで陸上自衛隊が活動してきたサマワも戦闘地域であり,航空自衛隊活動地域のうち,陸上自衛隊が撤退後に拡大された活動地域は,より一層強い意味で戦闘地域であることは明らかであるから,自衛隊のイラクへの派遣及び駐留の継続は,イラク特措法にも反する。

ウ 平和を求める良心の侵害

イラクにおける米英軍の行動は国際人道法に反する。そして,イラクに派遣された自衛隊の活動は,結局は,この米英軍による行動を支援する兵站行為にほかならず,もって,日本国は,米英軍による戦争行為に加担している。こうした事実を目の当たりにしたため,原告らは,日本国は一切の戦争に加担しない国であると信頼する信条,すなわち平和を求める良心を侵害されるに至った。そもそも,日本国は,先の戦争による経験を踏まえて恒久平和主義をその憲法的価値観として採用したのであり,原告らのうちでも,とりわけ現に先の戦争による経験を日本国と共有してきた者との関係では,その信頼はより強固なものであって然るべきである。この信頼を回復するためには,日本国が直ちにその背信情況を原状に回復すべく,自衛隊をイラクから即時に撤退させることで米英軍による戦争への加担行為を中止しなければならない。

また,日本国が米英軍による戦争に加担しているという認識は,米英軍が標的としているいわゆるテロ組織が国際社会に向けて公言している認識でもある。のみならず,英国際戦略研究所においても,日本は米国の同盟国としての責務をイラクで現に果たしているという評価に基づき,今回のイラク戦争によって標的とされた組織から,テロの潜在的標的となっているとの指摘もされている。日本国自身も,国際テロを受ける可能性があることを認識しながら,平成17年度以降の防衛計画を策定し,国民保護法制を敷くなどして具体的なテロを意識した政策を展開している。また,都道府県レベルでも,テロ対策を念頭に置いた警察力の強化や地下鉄においても監視カメラを設置したり,ゴミ箱を撤去するなどして,いつテロの標的とされるかもしれないとの考えから,具体的な対策を講じている。このように,日本国がイラクに自衛隊を派遣し,米英軍による戦争に加担することは,単に原告らの信頼に背く行動であるというだけではなく,そうした信頼の内実としている生命権までも危険にさらす行為である。いうまでもなく,生命は一旦侵害されてしまうと回復不可能な権利であり,それに対する危険が具体的に生じた時点で手当を施したのでは遅きに失する。それゆえ,危険がより具体化する前段階での手当が必要不可欠なのであり,現に日本国が上記のようにして人々の生命権侵害の危険性を懸念している以上,これに対する損害が生じないように必要な措置を講ずべきである。本件の場合,その根本的な原因となっているのが米英軍の戦争への加担行為にほかならない自衛隊のイラクでの行動である。被告は,自衛隊をイラクから即時に撤退させることによって日本に暮らすすべての人々の生命権侵害の危険性を除去しなければならず,原告らは平和を求める良心の内実たる生命権に基づいて,自衛隊の即時撤退と将来にわたっての派遣差止を求めることができるというべきである。

(被告の主張)

本件差止請求等は,イラク特措法及び基本計画に基づく自衛隊のイラクへの派遣の差止め等を民事上の請求として求めるものであるが,仮に,本件差止請求等が適法であるとしても,かかる請求が成り立ち得るためには,原告らが自衛隊の派遣を差し止め又は自衛隊の撤退を求め得る私法上の権利(差止請求権等)を有していることが不可欠である。

ところで,原告らが差止請求権等の法的根拠として主張する権利とは,上記(1)「被告の主張」において述べたような平和的生存権ないしはその一内容であるとする「平和を求める良心」をいうものであって,これらがいずれも国民個々人に保障された具体的な権利といえないことは明らかである。

したがって,本件差止請求等は,主張自体失当である。

2  本件損害賠償請求(争点2)について

(原告らの主張)

被告は,故意ないし重過失に基づき,上記1(2)「原告らの主張」記載のとおり,原告らの平和を求める良心を侵害し,もって,原告らに精神的苦痛を与えた。

原告らが受けた精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は,一人当たり1万円を下らない。

したがって,原告ら各自は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料としてそれぞれ1万円宛及びこれに対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

原告らが被侵害利益として主張する平和的生存権ないしはその一部であるとする「平和を求める良心」は,国民個々人に保障された具体的な法的権利とは認められず,また,国家賠償法上保護された利益とも認められない。

また,イラク特措法及び基本計画に基づく自衛隊の派遣等は,原告らに向けられたものではないから,これによって,原告らの法的利益が侵害されるということはおよそあり得ない。

さらに,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求においては,原告の国家賠償法上保護された利益が現実に侵害されたことが必要であり,侵害の危険性が発生しただけでは足りないところ,原告ら自身,権利侵害の危険性を主張するのみで,原告らの権利・利益に対する侵害が現実に発生していないことを自認している。

結局のところ,原告らの主張は,自衛隊のイラク派遣等が自己の信条や政治的意見に反することに対する不快感,不安感等をいうものにほかならないところ,このように信条や政治的意見に関する一定の主観的感情が害されること自体は,多様な価値観,政治的意見の存在を前提とする民主制国家において不可避的に生ずるものであるから,上記不快感や不安感等を抱かされない利益をもって国家賠償法上保護された利益とみることはできない。

したがって,本件損害賠償請求は,いずれにしても主張自体失当である。

第5当裁判所の判断

1  本件差止請求等(争点1)について

(1)  原告らは,被告に対し,平和を求める良心の(憲法前文,9条,13条及び19条)有する人格権的効力に基づく妨害予防請求権として自衛隊のイラク等への将来の派遣禁止,及び平和を求める良心の有する人格権的効力に基づく妨害排除請求権として自衛隊のイラク等からの撤退を,それぞれ求めている。

(2)  そこで,この点につき検討するに,第2の2(1)のイラク特措法の各規定に照らすと,イラク特措法による自衛隊のイラク等への派遣は,イラク特措法の規定に基づき防衛大臣に付与された行政上の権限で公権力の行使を本質的内容とするものと解されるから,自衛隊のイラク等への将来の派遣禁止及びイラク等からの自衛隊の撤退を求める本件差止請求等は,必然的に,防衛大臣の上記行政権の行使の取消変更又はその発動を求める請求を包含するものといわなければならない。そうすると,原告らは,被告に対し,上記のような私法上の給付請求権を有するものではないから,本件差止請求等の訴えは不適法である(最高裁昭和56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁参照)。

2  本件損害賠償請求(争点2)について

(1)  原告らは,被告に対し,イラク特措法に基づく自衛隊のイラク等への派遣により原告らの平和を求める良心が侵害されたとして,国家賠償法1条1項に基づき,それぞれ慰謝料1万円宛の支払を求めるので,以下検討する。

(2)  まず,平和を求める良心につき検討するに,確かに,憲法は,前文において,恒久の平和を念願し,全世界の国民が平和のうちに生存する権利を確認することをうたい,9条において国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使を放棄し,戦力を保持せず,国の交戦権を認めない旨規定しているが,憲法前文は,憲法の基本的精神や理念を表明したものであって,それ自体が国民の具体的権利を定めたものではなく,また,憲法9条も,国家の統治機構ないし統治活動についての規範を定めたものであって国民の具体的権利を定めたものではない上,平和とは理念ないし目的としての抽象的概念であり,一義的なものではないことに照らすと,国民が被告に対し平和の実現を求める具体的権利を有しているとか,国民が被告に対し平和を実現することを信頼する具体的権利を有しているとはいえない。したがって,平和を求める良心は,具体的権利ないし法的保護に値する利益ではない。

(3)  次に,イラク特措法に基づくイラク等への自衛隊の派遣により,原告らが具体的権利ないし法的保護に値する利益を侵害されたか否かにつき検討するに,イラク特措法に基づくイラク等への自衛隊の派遣により,原告らの生命・身体に対する危険が具体的に生じていると認めるに足りる証拠はない。また,イラク特措法に基づくイラク等への自衛隊の派遣により原告らが,不快感,嫌悪感を感じたとしても,間接民主制の下においては,国家の措置・施策が個々の国民の信条,信念,憲法解釈等と相反する事態が生じることは当然に予定されているから,国家の措置・施策に対する国民の内心的感情が国家賠償法により保護に値する利益であるということもできない。

(4)  以上によれば,被告がイラク特措法に基づき自衛隊をイラク等に派遣することにより,原告らが具体的権利ないし法的保護に値する利益を侵害されたとは認められないから,原告らの上記請求には理由がない。

3  結語

以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,原告らの各請求に係る訴えのうち,本件差止請求等はいずれも不適法であるからこれを却下し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下寛 裁判官 衣斐瑞穂 裁判官 脇村真治)

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