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京都地方裁判所 平成16年(行ウ)16号 判決

原告

X

同訴訟代理人弁護士

湖海信成

石川晴雄

舟木浩

被告

京都府知事

山田啓二

同訴訟代理人弁護士

三野岳彦

同指定代理人

森下徹

大谷学

主文

1  被告が原告に対し平成13年4月1日付けでした京都府立A病院主査を命ずる処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

主文同旨

第2  事案の概要

1  本件は,原告が,被告に対し,被告が京都府立A病院(以下「A病院」という。)外科医長であった原告に対し,平成13年4月1日付けでした,A病院主査を命ずる処分(以下「本件処分」ともいう。)は,違法なものであるとして,その取消しを求める事件である。

2  争いのない事実

(1)  原告は,平成6年6月以降,A病院外科医長であった。

(2)  被告は,原告に対し,平成13年4月1日付けで本件処分を行った。

(3)  原告は,本件処分を不服として,京都府人事委員会に対し,不服申立てを行ったところ(京都府人事委員会平成13年(不)第1号事案),京都府人事委員会は,平成16年1月22日付けで,本件処分は不利益処分ではないとして,上記不服申立てを却下する旨の裁決をした。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

本件処分は不利益処分(地方公務員法(以下「法」という。)49条1項)に当たるか。

(原告の主張)

以下のとおり,本件処分は,降任であるから法49条1項所定の不利益処分に当たり,原告の意に反するものである。したがって,原告は,その取消しを求める法律上の利益を有する。

(1) 医長は,係長職であるところ,京都府組織規程(昭和30年京都府規則第32号。以下,本件当時のものを「組織規程」という。)上,係長に関する規定(組織規程104条10項,6項,69条2項)よりも主査に関する規程(組織規程104条10項,9項,69条の4第2項)の方が後に規定されている。このような組織規程67条以下の記載順序及び組織規程104条6項が係長の職務内容に限定を加えていないのに対し,同条9項が主査の職務内容について「特定」の「事務」に限定していることから考えて,主査が係長よりも下位に位置付けられていることがうかがえる。

(2) 医師は,京都府の職員の給与等に関する条例(昭和31年京都府条例第28号。以下「給与条例」という。)別表第4の医療職給料表(1)の適用を受けるところ(給与条例4条,別表第4,職員の給与,勤務時間等に関する規則(昭和31年京都府人事委員会規則6―2。以下「給与規則」という。)3条,別表第1),医療職給料表(1)級別標準職務表(給与規則4条,別表第2の6)には「主査」が挙がっておらず,他方,病院等に勤務する薬剤師,栄養士,診療放射線技師等に適用される医療職給料表(2)(給与条例4条,別表第4,給与規則3条,別表第1)についての級別標準職務表(給与規則4条,別表第2の7)及び病院に勤務し看護等に従事する保健師,看護師等に適用される医療職給料表(3)(給与条例4条,別表第4,給与規則3条,別表第1)についての級別標準職務表(給与規則4条,別表第2の8)に「主査」が挙がっていることにかんがみれば,医師は事務職である主査となることが予定されていないといえる。

(3) 被告作成のA病院の平成13年4月1日現在の組織図(以下「組織図」という。)では,診療部長の下に15の職が列挙されているが,主査は一つだけであり,その他はすべて各診療科の医長であって,「外科医長」という記載の後部と「主査」という記載の前部とが点線で結ばれている。このような組織図の記載は,主査が外科医長の下位にあることを表すものである。

A病院の平成16年4月1日現在の「事務部・診療部・薬剤部職員一覧表」(以下「職員一覧表」という。)でも,原告の職は,「主査」ではなく,「統括医師」とされており,医師を主査にすることができないことをうかがわせる。また,職員一覧表では原告の氏名が外科医長の氏名の下に記載されていることからも,主査が外科医長よりも下位であるといえる。

(4) A病院のa院長(以下「a院長」という。)は,平成13年3月23日,原告に対し,主査について「医長と副医長の中間」などと述べた。また,被告は,前記2(3)の不服申立てについての審査手続において,原告が医長職に不適であったことを本件処分の理由として挙げた。

(5) 原告は,本件処分後,以下のとおり,外科の一員として外科医長に命令を受ける立場となった。

ア 原告は,①外科医師の外来担当日,病棟でのガーゼ交換の担当日,オンコール担当日の決定,②手術予定(手術日,手術内容等)や手術メンバーの決定,③患者の配当とその主治医などの決定等といった外科の統括権限を有していたが,本件処分によりこれを失い,外科医長の指示の下に仕事をしなければならなくなった。

イ 原告は,年次休暇届,時間外勤務命令,学会出張届,休診・代診届,職務に専念する義務の免除(専免)の届,救急患者転送用の旅行伺(業務出張命令)等の決裁をしていたが,本件処分によりこのような決裁権限を失い,逆に外科医長に上記書面の決裁を求めなければならなくなった。

ウ 原告は,新規物品採用申請及び専門医招請の許可を外科の医局員に与えていたが,本件処分によりこのような権限を失い,逆に外科医長の許可を受けることが必要となった。

(6) 被告は,原告の配置転換の理由として腎移植分野の充実を挙げるが,A病院における腎移植患者数の推移(腎移植を受けた患者でA病院を受診する者の数は,横ばいないし減少しており,平成9年以降新たな腎移植の例はない。)からしても必要性は認められない上,腎移植分野の充実を示す人的,物的及び組織的な対策は全くされておらず,本件処分の理由として殊更に持ち出したものにすぎない。

(被告の主張)

原告は,本件処分前は,給与条例の医療職給料表(1)の3級(本庁等の一般行政部署ではおおむね係長に相当する。以下,本庁等の一般行政部署ではおおむね係長に相当する級のことを「係長級」ともいう。)の適用を受けていたが,本件処分後の主査も,同一の級の適用を受けるものであって,本件処分は,外科医長から主査への職名の変更を伴う同位の職間の配置転換にすぎず,法49条1項の不利益処分には当たらない。

原告の主張する点は,以下のとおり,本件処分が降任に当たることの理由にはならない。

(1) 組織規程67条以下の記載順序は,係長級ではない主査も存在することに起因するものであり,係長級の主査が係長級の外科医長よりも下位に位置付けられるのではない。また,外科医長と主査との職務内容の違いは,外科医長が外科全般を管理監督するライン職であるのに対し,主査は特定の分担業務(本件では腎移植分野)において責任を持つスタッフ職であることに基づく役割分担の違いにすぎず,主査が医長よりも下位であるということを意味するものではない。

(2) 級別標準職務表は,級別の標準職務を規定しているのであって,予定している職名を規定するものではないから,その標準職務欄に「主査」が挙がっていないからといって,医師が主査となることを予定していないとはいえない。

(3) 組織図は,原告の担当する腎移植分野が外科医長の職務から除外独立して直接診療部長の指揮下に入るものであるため,実線で診療部長の直下に医長と同列に標記し,併せて点線で,主査が外科の構成員であることを表したもので,外科医長と主査との上下関係を表したものではない。

職員一覧表の記載は,A病院における人員配置を明らかにして業務遂行を円滑にするために各人員の役割を示したものであり,必ずしも条例や規則上の職名によるものではない。

(4) 原告の主張(4)のa院長の発言があったことは認めるが,これはスタッフ職とライン職との役割の違いを説明しようとしたものであって,主査が医長より下位であるという趣旨ではない。また,被告が,不服申立てについての審査手続において原告の主張(4)のとおり主張したことも認めるが,これは,A病院の外科において患者が多いのは消化器系分野であるのに,原告の専門が腎移植という限られた分野であるため,外科全般を統括すべき外科医長という職には適性に欠けるという趣旨であり,原告の医師としての能力が不十分であるという趣旨ではない。

(5) 原告の主張(5)の権限が外科医長に属するものである以上,外科医長からの異動後にそれらの職務を行う権限を失うのは当然であり,外科医長が決裁業務等を担当するライン職であるのに対し,主査が特定の業務を担当するスタッフ職であることからすれば,そのことが原告個人にとって不利益となるものではない。

(6) A病院は,過去に生体腎移植6例,死体腎移植2例の実績を有し,社団法人日本臓器移植ネットワークの正会員として腎移植登録施設となっている。被告としては,原告から,人的物的充実のための提言や要求があれば,A病院のスタッフの協力はもとより,京都府立医科大学の支援も得られるよう環境は整えてあるし,予算上の措置を必要とするものについては検討する用意があるが,原告から,何の提案も要望もないのが現状である。

第3  争点に対する判断

1  法49条の2第1項は,法49条1項に規定する懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分を受けた職員は,人事委員会又は公平委員会に対してのみ行政不服審査法による不服申立て(審査請求又は異議申立て)をすることができる旨規定し,法49条の2第2項は,上記処分を除くほか,職員に対する処分については不服申立てをすることができない旨規定している。そして,法51条の2は,法49条1項に規定する処分であって人事委員会又は公平委員会に対して審査請求又は異議申立てをすることができる処分の取消しの訴えは,審査請求又は異議申立てに対する人事委員会又は公平委員会の裁決又は決定を経た後でなければ,提起することができない旨規定して,審査請求前置主義を定めている。

上記各規定に照らせば,法は,法49条1項に規定する処分でない限り,その取消しの訴えによる救済を認めない趣旨であると解され,同項に規定する処分に当たらない処分について,その取消しにより回復すべき法律上の利益はないものと解される。

2(1)  原告は,本件処分は,降任(法27条2項)であるから不利益な処分に当たると主張するところ,地方公務員における降任とは,給料の職務の等級が下がること又は給料の職務の等級が同等のときには,職制上,上下の別が判定される上位の職から下位の職に下がることをいう。

(2)  原告の給料の等級は,本件処分の前後を通じて,医療職給料表(1)の3級であって,同一である(弁論の全趣旨)。

(3)  そこで,次に,外科医長と原告が本件処分によって命じられた主査との間に,職制上,上下の別があり,医長が主査よりも上位の職と判定されるか否かについて検討する。

ア A病院には,事務部,診療部,看護部及び薬剤部が置かれ,診療部には,呼吸器科,循環器科,消化器科,外科,脳神経外科,整形外科,産婦人科,小児科,眼科,耳鼻咽喉科,皮膚科,泌尿器科,精神・神経科及び麻酔科が置かれ,診療部には,診療部長,各科の医長及び副医長の職を置くこととなっているほか(組織規程104条11項),特定の事務を分担させるため必要があるときは主査を置くことがあるとされる(組織規程104条9項)(甲2,甲5,弁論の全趣旨)。

原告が本件処分によって命ぜられた主査(以下,単に「主査」というときは原告が本件処分によって命じられたものをいう。)は,組織規程104条9項の規定に基づいて置かれたものである(弁論の全趣旨)。

組織規程上,外科医長と主査との間に職位の上下関係をうかがわせる規定は存在しない。

イ ところで,被告は,腎移植にかかわる外科業務を外科医長の職務から分掌させた上,主査にそれを担当させることにしたもので,主査は,その担当する職務に関して,院長,副院長及び診療部長の指揮命令を受ける立場にあるが,外科医長の指揮命令を受ける立場にはない旨主張する。

しかしながら,平成13年4月1日の時点で,A病院において,腎移植にかかわる外科業務が外科医長の職務から分掌され,原告が主査としてそれを担当することとなったことをうかがわせる証拠はない。すなわち,A病院において,主査に腎移植にかかわる外科業務を担当させ,外科医長の職務から腎移植にかかわる業務を除外したことに関する証拠は,原告の不服申立てについての審査手続においても提出されておらず,また,そのことが病院内に周知を図られた形跡もない。a院長も,原告に対して本件処分の内示をするに当たって「医長と副医長の間」で「医長を補佐して外科の中を総括するような立場になってほしい。」旨の説明はしたものの(争いのない事実のほか,甲12,乙5,弁論の全趣旨),主査が腎移植を担当する旨の説明をしておらず,本件処分後もそのような話をしていない(乙5)というのであり,本件処分の人事異動通知書にも単にA病院主査を命じるとあるのみであるから(甲1),原告が腎移植という特定の分野の担当を命じられた形跡もない。平成13年4月1日以降,原告に主査を命じたほか,腎移植のための人的,物的態勢の整備も行われていない(争いがない。)。これらに後記認定のA病院における腎移植関係の診療の実績を併せ考慮すると,腎移植にかかわる外科業務を担当させるために原告に主査を命じた旨の被告の主張は,原告からの不服申立てを受けて,原告が腎移植を専門とする一方,A病院には,平成13年4月1日の時点では他には腎移植を専門とする医師がいない(甲11の19,弁論の全趣旨)ことからされた説明ではないかとの疑いも残る。

ウ 仮に,主査が外科業務のうち腎移植にかかわるものを担当する職務であるとしても,A病院においては,昭和62年から平成8年の間に8例の腎移植手術の例はあるが,平成9年以降移植手術を行った例はなく,腎移植を受けた患者でA病院の何らかの診療科を受診した者も年間20人程度にとどまる(甲11の16,甲12,弁論の全趣旨)。そして,原告は,本件処分後も外科の構成員として,腎移植以外の外科業務をも担当するところ(甲12,弁論の全趣旨),上記の腎移植にかかわる診療の実績を考慮すると,腎移植以外の外科業務が原告の担当する職務の大部分であると認めることができる。

そして,原告が腎移植にかかわる外科業務を外科医長から独立して担当していたとしても,大部分の職務であるその他の外科業務については,例えば,次のとおり,本件処分までは原告がその職にあった外科医長の指揮監督を受けることになった(甲12,乙7)。

(ア) 外科医長の決定する外来担当日,病棟でのガーゼ交換担当日,オンコール担当日にしたがって,外科外来,ガーゼ交換,オンコールに対する待機をしなければならない。

(イ) 外科医長の決定する,手術予定(手術日,手術内容等)や手術メンバーに基づいて手術を行わなければならない。

(ウ) 外科医長から,患者の配当を受け,主治医を命じられる。

(エ) 年次休暇届,時間外勤務命令,学会出張届,休診・代診届,職務に専念する義務の免除(専免)の届,救急患者転送用の旅行伺(業務出張命令)等については,外科医長の決済ないし外科医長を経由して決済を受ける必要がある。

(オ) 新規物品採用や専門医招請について,外科医長の許可を得る必要がある。

エ 組織図では,「診療部長」の後部と同列に並んで記載された「外科医長」及び「主査」の前部とが実線で結ばれているほか,「外科医長」の後部と「主査」の前部とが点線で結ばれている。職員一覧表でも,原告の氏名は外科の項の外科医長の氏名の次に「統括医師」として記載されている(甲5,甲6)。

オ なお,原告は,医長でなくなったため,診療主任者等連絡会議,薬事委員会,手術部門管理運営委員会等の各種委員会に出席できなくなった(争いがない。)。

このように,組織規程上,医長と主査との間に職位の上下関係をうかがわせる規定は存在せず(前記ア),組織図では,「診療部長」の後部と同列に並んで記載されている「外科医長」及び「主査」の前部とが実線で結ばれていること(前記エ)から,外科医長と主査との間には形式的には職制上,上下の別があるとはいえない。

しかし,原告は,少なくともその職務の主要な部分である腎移植以外の外科業務については,外科医長の指揮監督を受けることになった(前記ウ)。被告は,このような変化をライン職(一定の範囲における職務執行や連絡調整の取りまとめを日常的に担う立場)とスタッフ職(特定分野又は特定業務に専念できるよう事務分担を特化した立場)との違いによるものであると主張するが,仮に,原告が腎移植分野については事務分担が集中,特化されているスタッフ職であるとしても,A病院における腎移植患者の症例は極めて少なく,原告の日常業務の大半は腎移植分野以外の業務であるところ,職制上,主査と外科医長との間に上下の別があるか否かを判断するためには,腎移植分野以外の日常の業務における地位をも考慮に入れなければならないところ,その点については,原告は外科医長の指揮監督を受ける立場にあるのであるから,実質的には,主査は外科医長よりも職制上,下位の職であるといわざるを得ない。

組織図の「外科医長」の後部と「主査」の前部とが点線で結ばれており,職員一覧表でも,原告の氏名は外科の項の外科医長の氏名の次に「統括医師」として記載されている事実(前記エ)や,a院長も主査について「医長と副医長の間」で「医長を補佐して外科の中を総括するような立場になってほしい」旨の説明をしていること(前記イ)も,原告の少なくとも主な職務が外科の構成員として外科業務に従事することであり,それについては外科医長の指揮監督を受けることを考慮すれば,主査が外科医長よりも職制上,実質的には下位の職であることを表すものとみることもできる。

(4) そうすると,本件処分は,降任に当たり,法49条1項に規定する不利益な処分であり,原告の意に反するものであることも明らかである。

第4  結論

上記のとおり,本件処分は降任に当たるから,被告は,本件処分が降任の要件を充足して適法にされたものであることを主張立証すべきところ,これをしないから,本件処分は違法なものとして取消しを免れない。

よって,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・水上敏,裁判官・森田浩美,裁判官・斗谷匡志)

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