京都地方裁判所 平成16年(ワ)994号 判決
京都市●●●
原告
●●●
同訴訟代理人弁護士
功刀正彦
同訴訟復代理人弁護士
平井宏俊
同
武久秀治
大阪市中央区淡路町二丁目4番1号
被告
株式会社キャスコ
同代表者代表取締役
●●●
同訴訟代理人弁護士
●●●
主文
1 被告は,原告に対し,139万5169円及びうち128万5834円に対する平成15年3月26日から,うち10万円に対する平成16年4月14日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 過払金返還請求
ア 被告は,原告に対し,平成2年1月11日に10万円を貸し付け,以後,原告・被告間で別紙1の「実際交付額」「返済額」欄記載のとおりの金員の貸付及び弁済が行われた。
イ(ア) 被告の貸付に係る利息について,利息制限法所定の利率により充当計算を行うと,別紙1のとおり128万5834円の過払になる。
(イ) 原告・被告間の金銭消費貸借取引は,取引継続中はいったん過払金が発生してもその後の新たな貸付に充当されていったん消滅し,その充当後の利息制限法の制限を超える利息の返済により再度新たな過払金が発生するという性質があるから,実体としては1個の取引である。
そして,本件のように包括契約に基づき継続的に貸付と返済が繰り返される金銭消費貸借取引においては,借主は借入総額の減少を望み,複数の権利関係が発生するような事態が生ずることは望まないのが通常であることに照らし,過払金が継続的に発生する以前の段階で原告・被告間の取引により過払金が発生した場合には,過払金について弁済当時存在する他の借入金債務に対する弁済を指定したものと推認されるから,民法489条及び民法491条の規定に従って,弁済当時存在する他の借入金債務に充当されると解するべきである。
他方,過払金が継続的に発生した後に原告・被告間で新たな貸付と返済があった場合についても,上記と同様の当事者間の合理的意思解釈から,新たな貸付は貸付当時存在する過払金に直ちに充当されると解するべきである。
ウ 被告は貸金業者であり,利息制限法を超過する利息を不当に利得してきたことについて当然に悪意であるから,過払金に利息を付して返還する義務を負う。そして,過払金が発生した後,平成15年3月25日までの過払金に対する利息の合計は9335円である。
エ よって,原告は,被告に対し,不当利得返還請求権に基づき129万5169円及びうち128万5834円に対する平成15年3月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求める。
(2) 不法行為に基づく損害賠償
ア 被告は,弁護士による債権調査のみならず,裁判所からの調査嘱託に対しても取引履歴の開示を拒否し,本訴において取引履歴を開示するまでの間,不当利得の返還請求を妨害する行為に及んだ。そのため,原告は,被告に対し,裁判により不当利得返還請求をせざるを得なかった。上記被告の行為は原告に対する不法行為であり,これにより原告は精神的苦痛を受けた。上記精神的苦痛を金銭で慰謝するには10万円が相当である。
イ よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づき10万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年4月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1)ア 請求原因(1)アは認める。
イ 請求原因(1)イは否認ないし争う。
(ア) 充当計算に関する主位的主張
実在する債務に向けられた弁済行為があれば,これにより当該債務は消滅し,充当関係が確定されたと解するべきである。したがって,原告・被告間の取引において過払金が発生したとしても,過払金が後発の貸金債務へ当然充当されることはなく,後発の貸金債務はその後の弁済により漸次充当されると解するべきである。
そして,原告が期限の利益を喪失せず,遅延損害金が発生しない場合,別紙2①のとおり,仮に利息制限法が適用されるとしても,過払金の積算額は85万5238円である。他方,原告が期限の利益を喪失し,遅延損害金が発生する場合,別紙2②のとおり,仮に利息制限法が適用されるとしても,平成2年1月11日以降の取引(以下「本件取引1」という。)により7903円の過払金,平成2年7月5日以降の取引(以下「本件取引2」という。)により8万5564円の過払金がそれぞれ発生し,平成12年5月31日以降の取引(以下「本件取引3」という。)については,39万6218円の貸金返還請求権が残存する(以下,別紙2①記載の充当計算を「被告充当計算1①」,別紙2②記載の充当計算を「被告充当計算1②」という。)。
なお,原告は,別紙1の返済額欄記載の金額について返済を行った旨自白しているところ,過払発生後の新たな貸付を当然のように既払いの過払額と相殺することは弁論主義に反するか,あるいは争いのある事実に関し,歴史的事実に反する主張である。
(イ) 充当計算に関する予備的主張
原告・被告間の取引は,本件取引1ないし3の各包括契約部分からなり,それぞれ約定利率も異なる別途の契約である。他方,原告・被告間のすべての取引を一体の取引とみなす合意はないし,このように評価する前提となる社会的事実の同一性もない。
したがって,個別の包括取引ごとに充当計算がされるべきであり,本件取引1によって先に発生していた不当利得返還請求権が本件取引2による貸付債務に当然充当されると解することはできないし,原告が後日に恣意的に相殺充当することも許されない。本件取引2及び3についても同様である。
よって,仮に利息制限法が適用されるとしても,別紙3のとおり,本件取引1により7903円の過払金が,本件取引2により50万5725円の過払金がそれぞれ発生し,他方本件取引3については39万6218円の貸金返還請求権が残存する(以下,別紙3記載の充当計算を被告充当計算2という。)。
なお,被告は,平成16年12月10日の第6回口頭弁論期日において,本件取引1ないし3に含まれる各取引について,原告からの入金額を受働債権とし,原告への貸付金額を自働債権として,成立している取引順に対当額にて相殺する旨の意思表示をした。
(ウ) 常態的違約による期限の利益喪失
原告は,平成2年4月以降,少なくとも12回の支払遅滞による違約を繰り返している。したがって,上記違約事由発生以降,原告は期限の利益を喪失しているから,たとえ利息制限法に基づく充当計算をするとしても,全期間につき36パーセント(平成12年6月1日以降は26.28パーセント)の遅延損害金を適用するべきである。
ウ 請求原因(1)ウは争う。
被告が民法704条にいう悪意の受益者であるとの立証がない。仮に,被告の約定利息が利息制限法所定の制限利息を超過していることの認識があったとしても,被告はみなし弁済の要件を充足していると認識しており,その前提で帳簿等を作成していたこと,原告の請求により利息制限法所定の制限利率に基づく充当計算を現実に行って初めて過払金の発生を認識したことに照らせば,被告は利得の発生につき善意である。
また,仮に,いずれかの時点以降で被告の悪意を認定できるとしても,本件の訴訟係属時以降であると解するべきである。
なお,仮に,被告が悪意であったとしても,過払金発生後の被告の貸付金が,過払金に対する利息に優先的に充当される計算方法は実質的に重利を認めることになるから不当である。
(2) 請求原因(2)は否認ないし争う。
3 抗弁(請求原因(1)に対し)
(1) 貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条1項所定のいわゆるみなし弁済の成否
ア 貸金業法17条1項所定の書面(以下「17条書面」という。)の交付の有無
被告は,原告に対する貸付のたびに17条書面を交付した。
イ 貸金業法18条1項所定の書面(以下「18条書面」という。)の交付の有無
被告は,原告から弁済を受けたたびに18条書面を交付した。
ウ 利息支払の任意性の有無
各弁済時のATM画面に「金額がこれでよろしければ確認を押して下さい」「中止の場合は取消しを押して下さい」旨の表示がなされ,原告がこれを確認した上で,取消ボタンを押さずあえて確認ボタンを押して弁済を実施していることから,弁済に任意性はある。
(2) 消滅時効1(被告充当計算1を前提にする。)
ア 原告・被告間の取引につき,原告が期限の利益を喪失しておらず遅延損害金が発生していない場合,被告充当計算1①によると,過払金の積算額は85万5238円である。そして,本訴が提起されたのは平成16年3月29日であるから,平成6年3月29日の取引終了時までに発生していた過払金7983円は時効により消滅している。
他方,原告が期限の利益の喪失を喪失し,遅延損害金が発生する場合,被告充当計算1②によると,本件取引1により7903円の過払金が発生しているところ,この過払金は,時効により消滅している。
イ 被告は,平成17年3月30日の第1回弁論準備手続期日において上記消滅時効を援用するとの意思表示をした。
(3) 消滅時効2(被告充当計算2を前提にする。)
ア 被告充当計算2によると,本件取引1により7903円の過払金が発生しているが,この過払金は時効により消滅している。
イ 被告は,平成16年12月10日の第6回口頭弁論期日において,上記消滅時効を援用するとの意思表示をした。
(4) 相殺1(被告充当計算1を前提にする。)
ア 原告・被告間の取引につき,原告が期限の利益を喪失しておらず,遅延損害金が発生していない場合,被告充当計算1②によると,本件取引2により8万5564円の過払金が発生し,他方,本件取引3については39万6218円の貸金返還請求権が残存する。
イ 被告は,平成17年3月30日の第1回弁論準備手続期日において,本件取引3による貸金返還請求権を自働債権とし,本件取引2による過払金返還債務を受働債権として対当額で相殺するとの意思表示をした。
(5) 相殺2(被告充当計算2を前提にする。)
ア 被告充当計算2によれば,本件取引2により50万5725円の過払金が発生し,他方,本件取引3については39万6218円の貸金返還請求権が残存する。
イ 被告は,平成16年12月10日の第6回口頭弁論期日において,本件取引3による貸金返還請求権を自働債権とし,本件取引2による過払金返還債務を受働債権として,対当額において相殺する旨の意思表示をした。
(6) 信義則違反
原告は,被告との間で長期間にわたり継続的かつ反復的に緊密な取引関係を形成・継続していたのであるから,債務者である原告は,約定利息が利息制限法所定の制限利息を超えていたことをいずれかの時点より知り得る状況にあった。また,本件のような過払金返還請求を許せば,経済的に困窮しているときは高金利を承知で借りながら,後になって利息制限法所定の制限利息による充当計算を行った上で過払金の返還請求ができることになり,被告に不当なリスクを負担させることになる。したがって,現時点で過払金返還請求をすることは信義則に反し許されない。
4 抗弁に対する認否
(1) 抗弁(1)について
ア 17条書面の交付の有無
被告が,原告に対する貸付のたびに書面を交付した事実はない。また,仮に,被告が,原告に対し,貸付のたびに何らかの書面を交付したとしても,上記書面は貸金業法17条1項所定の要件を充足していない。
イ 18条書面の交付の有無
被告が,原告から弁済を受けたたびに18条書面を交付した事実はない。
ウ 利息支払の任意性の有無
争う。被告が弁済の任意性を確保するに足るATMシステムを構築していた事実はない。
(2) 抗弁(2)及び抗弁(3)について
消費者金融業者と消費者との取引において,その取引が継続している間は債務者に不当利得返還請求権を行使することは期待できないことに照らせば,消滅時効の起算点は,現実に不当利得返還請求権を行使しうる時点である,債務者において訴訟代理人に委任し,その受任通知が消費者金融業者に送付された時点であると解するべきである。本件において,原告代理人が被告に受任通知を送付したのは平成15年3月25日であるから,消滅時効は完成していない。
また,上記のように解することができないとしても,本件のように一定の極度額内において,利息制限法所定の制限利息を超える利率に基づく多数の金銭消費貸借によって生じる不当利得返還請求権は,その性質上,上記多数の金銭消費貸借の終了時において確定的に発生し,その時点から消滅時効が進行すると解するべきである。本件において,原告・被告間の最終の取引日は平成15年1月31日であるから,消滅時効は完成していない。
(3) 抗弁(4)及び抗弁(5)について
争う。
(4) 抗弁(6)について
争う。
第3当裁判所の判断
1 請求原因(1)について
(1) 請求原因(1)アは当事者間に争いがない。
(2) 請求原因(1)イについて
ア (1)に判示したとおり,被告が,原告に対し,平成2年1月11日に10万円を貸し付けた後,原告・被告間で別紙1の「実際交付額」「返済額」欄記載のとおりの金員の貸付及び弁済が行われた事実は当事者間に争いがない。
イ ところで,本件では平成2年1月11日に始まる初回貸付から貸付と弁済が順次繰り返されており,これに加え,この間,原告が毎月1回ないし2回程度の割合でほぼ一定額を弁済し続けていたこと,弁済日当日に弁済額と同額ないしそれ以上の金額の貸付が行われた場合があること等にも鑑みれば,原告・被告間の取引は,実質的には全体として一連の取引であると認められる。係る事実に加え,同一の貸主と借主間で継続的に貸付と弁済が繰り返される金銭消費貸借取引においては,借主は借入総額の減少を望み,複数の権利義務関係が発生するような事態が生ずることは望まないのが通常であることをも考慮すれば,特段の事情がない限り,過払金が継続的に発生している前であるか後であるかを問わず,実際に利用することが可能な貸付額とその利用期間とを基礎にすべての貸付を一体ととらえて利息制限法所定の利率に基づく充当計算を行うべきである。そして,本件においては上記特段の事情は認められないから,すべての貸付を一体ととらえた上で利息制限法所定の利率に基づいて充当計算がされるべきである。
充当計算に関する被告の主張は上記判示に照らし,いずれも採用できない。
ウ 次に,被告は,平成2年4月以降,原告が期限の利益を喪失しているから,期限の利益喪失後は36パーセント(平成12年6月1日以降は26.28パーセント)の遅延損害金を適用すべきであると主張する。しかし,当事者間に争いのない原告・被告間の取引経過によれば,被告は,平成2年4月以降も平成15年1月に至るまで継続的に金銭の貸付を行うとともに,毎月1回ないし2回程度,ほぼ一定額の弁済を受領し続けている。そして,他方で,本件全証拠をもってしても,被告が原告に対し,平成2年4月以降本訴提起に至るまでの間に,期限の利益の喪失を理由に爾後の貸付を停止し,一括弁済を求めるなどしたと窺わせる証拠はない。したがって,上記の点に照らせば,仮に被告主張のとおり原告・被告間の取引において,所定額以上を毎月所定の暦日に返済する旨の合意がされており,違約がある場合には当然に期限の利益を喪失し,翌日から完済まで遅延損害金が発生する旨の合意がされていたとしても,被告が約定の弁済を怠ったことで直ちに期限の利益を喪失したとして,残元金の弁済を求めるかあるいは遅延損害金の請求をするといった意思を有していなかったものと認められる。そうすると,被告は,原告に期限の利益の喪失に当たる事由があってもこれを黙示的に宥恕したと解さざるを得ない。したがって,このような場合,改めて被告が原告に対し,期限の利益を喪失させる旨の意思表示をしない限り遅延損害金は発生しないと解するのが相当である。よって,上記被告の主張も採用できない。
エ したがって,請求原因(1)イは認められる。
なお,原告及び被告は,本件において充当計算に関する主張をする際,1年を365日とする計算方法を前提とする。この点,利息制限法所定の制限利息については,原告・被告とも上記計算方法を採用していることにも鑑み,弁論の全趣旨により1年を365日として利息計算を行う旨の特約があったと認められるが,過払金の利息については閏年計算をするべきである。その結果,別紙4のとおり,平成15年3月25日時点での残元金は128万6011円であると認められるが,原告の請求は上記金額を下回るため,いずれにしても請求原因(1)イは認められることになる。
また,民法704条の点については後述する。
(3) 請求原因(1)ウについて
ア 被告が貸金業法に基づく登録を受けた貸金業者であることは当事者間に争いがないことに加え,当事者間に争いのない原告・被告間の取引経過及び弁論の全趣旨に照らせば,被告は,継続的に原告から利息制限法を超過した利息を徴求しており,その結果として,利息制限法による充当計算を行えば過払金が発生する可能性があることを当然認識しながら原告からの弁済を受領していたものと認められる。したがって,被告は,過払金が発生した時点で,当該過払金の発生について民法704条所定の悪意の受益者に該当するというべきである。
イ 他方,被告は,みなし弁済の適用を得ることができると認識していたから,原告から受領した超過利息について受領当初から法律上の原因を欠くと認識していなかったと主張する。しかし,貸金業者は,上記みなし弁済の適用によって初めて過払金の返還義務を免れるにすぎず,この場合でも過払金の発生について悪意であったこと自体が否定されるものではない。また,後述のとおり,上記被告の主張を裏付ける証拠もない。したがって,いずれにしても上記被告の主張は採用できない。
また,被告は,被告が貸付金として原告に交付した金員を過払金に対する利息に優先的に充当する計算方法は不当であると主張するが,民法491条の趣旨に照らせば,係る計算方法が不当とはいえないから上記主張は採用しない。
ウ よって,請求原因(1)ウは認められる。なお,(2)エに判示したのと同様の理由で,平成15年3月25日時点での過払金に対する未精算の利息は別紙4のとおり9336円であると認められるが,上記金額は原告の請求額を下回るので,いずれにせよ請求原因(1)ウは認められることになる。
(4) 以上のとおりであるから,請求原因(1)は理由がある。
2 請求原因(2)について
(1) まず,証拠(甲B5(枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,①原告の破産の申立てを受任した原告訴訟代理人が,平成15年3月ころ,被告に対し,原告・被告間の全取引履歴の開示を求めた事実,②京都地方裁判所が,平成16年1月,被告に対し,原告の破産事件(同裁判所平成15年(フ)第4287号)において,原告・被告間の全取引履歴の調査を嘱託した事実,③被告は,①②の際に原告・被告間の全取引履歴を開示しなかった事実がそれぞれ認められる。また,被告が,本件の係属中に原告・被告間の全取引履歴を開示したことは当裁判所に顕著である。
(2) ところで,貸金業法をはじめ,法規上貸金業者に直接取引履歴の開示義務を認める旨規定したものは認められない。しかし,債務者が破産の申立てを含めた債務整理を行おうとする場合,各取引の全容を把握する必要があり,また,その把握は本来債務者が行うべきものではあるが,債務者において当該取引に関する領収書等をもれなく保管することは実際上困難であることが多いのに対し,貸金業者は,確実にこれを把握,管理していると考えられ,かつその開示は容易であり,開示によって特段不利益を被るとは考え難い。したがって,顧客として継続的に取引を行っていた債務者の依頼した弁護士が,債務整理の必要性から受任通知並びに残債務及び過払金の有無,金額を明らかにするために全取引履歴の開示を求めたときは,契約当事者間の信義則上,これに誠実に対応するべきであって,これを拒絶する正当な理由がない限り,開示要求に応じるべき義務があるというべきであり,これに反して全取引履歴の開示を拒否した場合は,不法行為責任を負うものと解するのが相当である。
以上を前提に本件について検討するに,(1)に判示した事実によれば,被告は,原告の依頼した弁護士が債務整理の必要性から残債務及び過払金の有無,金額を明らかにするために全取引履歴の開示を求めたにもかかわらず,全取引履歴の開示を行わなかった事実が認められ,係る被告の行為は原告に対する不法行為を構成すべきというべきである。そして,被告が全取引履歴を開示しなかったことにより原告の債務整理が遅滞し,これにより原告が精神的苦痛を被ったと認められるところ,この精神的苦痛を金銭で慰謝するには10万円が相当である。
(3) 以上のとおりであるから,請求原因(2)は理由がある。
3 抗弁について
(1) 抗弁(1)について
被告は,被告が原告に別紙1の実際交付額欄記載の貸付を行ったたびに17条書面を交付したと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。よって,その余の点を判断するまでもなく抗弁(1)は理由がない。
(2) 抗弁(2)及び抗弁(3)について
1(2)イに判示したとおり,原告・被告間の取引は,全体として一連の取引であると認められる。そして,上記取引の継続中は,原告が利息制限法所定の制限利率を超える利息を支払ったことにより過払金が発生したとしても,当該過払金はその後の新たな貸付に充当されていったん消滅し,上記充当後の弁済により再度新たな過払金が発生するということを繰り返すものであり,その内容が変動する性質のものであることに鑑みれば,原告の被告に対する不当利得返還請求権は,上記一連の取引が終了した時点において確定的に発生し,その時点から時効の進行を開始するものというべきである。
本件においては,原告・被告間の最終の取引日は平成15年1月31日であることは当事者間に争いがないから,本件訴訟の提起時である平成16年3月29日時点において,原告の被告に対する不当利得返還請求権の一部が時効により消滅したということはできない。
よって,その余の点を判断するまでもなく,抗弁(2)及び抗弁(3)は理由がない。
(3) 抗弁(4)及び抗弁(5)について
被告は,原告・被告間の取引についてその一部を別個の取引であるとの前提で利息制限法に基づく充当計算を行い,原告に対する貸金返還請求権が残存するとして,これを自働債権とする相殺を主張する。しかし,1(2)に判示したとおり,平成15年3月25日時点で,被告が原告に対し,過払金元本として少なくとも128万5834円の返還請求権を有しているのであり,被告が原告に対する貸金返還請求権を有している事実は認められないから,上記被告の主張は理由がない。
よって,抗弁(4)及び抗弁(5)は理由がない。
(4) 抗弁(6)について
被告は,原告が本件過払金返還請求を行うことが信義則に反すると主張する。しかし,原告は,過払になった金員について法律上当然に不当利得返還請求権を有するのであり,この権利の行使が信義則に反するとは認められない。被告の主張は独自の見解であって採用できない。
よって,抗弁(6)は理由がない。
4 結語
以上の次第で,原告の本訴請求は理由があるから認容し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 衣斐瑞穂)
〈以下省略〉