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京都地方裁判所 平成15年(ワ)3710号 判決

京都市〈以下省略〉

原告

同訴訟代理人弁護士

永井弘二

須田滋

大阪市〈以下省略〉

被告

朝日ユニバーサル貿易株式会社

同代表者代表取締役

大阪府岸和田市〈以下省略〉

被告

Y1

大阪府高槻市〈以下省略〉

被告

Y2

大阪市〈以下省略〉

被告

Y3

被告ら訴訟代理人弁護士

津乗宏通

主文

1  被告朝日ユニバーサル貿易株式会社及び被告Y1は,原告に対し,連帯して金2880万3368円及びこれに対する平成14年2月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,原告に生じた費用の3分の2並びに被告朝日ユニバーサル貿易株式会社及び被告Y1に生じた費用の各10分の7を被告朝日ユニバーサル貿易株式会社及び被告Y1の各負担とし,その余の費用は原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,連帯して金4133万3864円及びこれに対する平成14年2月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,原告が,平成13年9月19日から平成14年2月27日までの間,商品取引員である被告朝日ユニバーサル貿易株式会社(以下「被告会社」という。)を通じて行った商品先物取引(以下「本件取引」という。)において,被告会社の従業員で原告の取引担当者であった被告Y1(以下「被告Y1」という。),被告Y2(以下「被告Y2」という。)及び被告Y3(以下「被告Y3」といい,被告Y1及び被告Y2と併せて「被告Y1ら」という。)の違法行為によって損害を被ったと主張して,不法行為(被告Y1らについては共同不法行為,被告会社については使用者責任)に基づく損害賠償及びこれに対する不法行為後の日からの遅延損害金の支払を請求する事件である。

2  争いのない事実等

(1)  当事者

ア 原告(昭和29年○月○日生)は,日本画家であって,本件取引開始当時,a大学b学科の助教授の職にあり,自宅不動産を所有するほか,千数百万円の債券及び預貯金を保有し,年収約800万円であった。原告は,本件取引以前に株式取引や商品先物取引の経験はなかった。

イ 被告会社は,商品先物取引を業として営む商品取引員である。

本件取引当時,被告Y3は,被告会社本社第1事業部営業員,被告Y2は同部係長,被告Y1は同部次長であって,いずれも原告との取引に関与した。

(2)  被告Y3は,平成13年9月18日,原告に電話をかけて商品先物取引を勧誘し,同月19日に2度,原告を訪問して(2度目の訪問の際は被告Y2を同道した。),原油の先物取引を勧誘した。

原告は,平成13年9月19日,被告会社との間で,商品先物取引に関する委託契約(以下「本件契約」という。)を締結し,同日,委託証拠金(以下「証拠金」という。)として100万円を交付して,東京工業品取引所(以下「東工」ともいう。)における原油20枚の買建を注文して,本件取引を開始した。

原告が被告会社に対して,本件取引を終了するまでの間に交付した証拠金は,次のアからコまでのとおり合計4700万2640円である(日付は,被告会社の入金処理日)。被告会社は,次のサからツまでのとおり,本件取引の途中で益金を証拠金に振り替えており,本件取引終了後の平成14年3月4日,証拠金を損金に振り替えた上,原告に対し,942万6400円を返還した。

ア 平成13年9月20日 100万円

イ 同月20日 180万円

ウ 同月20日 280万円

エ 同月25日 210万円

オ 同月26日 770万円

カ 平成13年10月2日 80万円

キ 同年22日 812万5990円

ク 同月31日 1000万円

ケ 平成13年11月7日 264万6650円

コ 同月28日 1003万円

サ 平成13年10月4日 195万円

シ 同年11月7日 319万9450円

ス 同月15日 1120万0550円

セ 同月28日 5万0700円

ソ 平成13年12月3日 107万9300円

タ 同月4日 225万円

チ 同月11日 120万円

ツ 同月12日 15万円

(3)  原告が,平成13年9月19日以降,本件契約に基づき,別紙1の「約定日付」欄から「差引損益塁」欄までのとおり(「場節」欄を除く。なお,別紙1の「商品名」欄中の「中部」は「中部商品取引所」。「ガソ」は「ガソリン」の略である。)及び別紙2(「備考」(「原告」,「被告」)欄を除く。なお,「場節」欄の「ザ」は「ザラバ」の略である。)のとおり,被告会社を通じて商品先物取引(本件取引)を行い,その結果,合計1009万0600円を損失した。また,原告は,本件取引について,被告会社に対し,合計2617万6800円(ほかに消費税相当額130万8840円)の委託手数料(以下「手数料」という。)を支払った。

3  争点

(1)  本件取引における,被告Y1らの違法行為の有無(争点1)。

(原告の主張)

被告Y1らは,本件取引の過程で,以下のような違法な行為を共同して行っており,被告Y1らのこのような一連の行為は,全体として,不法行為を構成する。被告Y1らの使用者である被告会社は,被告Y1らの違法行為によって原告が被った損害を賠償すべき義務を負う。

ア 適合性原則違反

商品先物取引は,取引の仕組みが複雑な上に,価格変動要因は,経済情勢,世界情勢,気候変動,為替変動及び取引参加者の思惑・動き等の多岐にわたるため,的確な投資判断を行うためには,これらについての正確な知識,情報のほか,経験が必要とされる。さらに,商品先物取引は,証拠金取引という特性から少しの値動きによって,損益の幅が大きくなるというハイリスクの取引であることから,十分な資金が必要とされる。したがって,被告会社の営業員には,このような正確な知識,情報,経験及び十分な資金のない者を勧誘してはならない義務(適合性原則)があるところ,被告Y3は,商品先物取引のみならず株式取引の経験すらない日本画家である原告を勧誘し,上記適合性原則に違反した。

そうでないとしても,原告は,平成13年10月18日ころには,資金不足のため商品先物取引委託者としての適合性を失っていたのに,被告Y1は,京都市内の貸金業者を紹介するなどして原告に商品先物取引を継続するよう勧誘し,上記適合性原則に違反した。

イ 断定的判断の提供

商品取引員の担当者は,顧客に対し,利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して勧誘をしてはならない義務を負う(商品取引所法136条の18第1号)ところ,被告Y1らは,原告に対し,本件取引に関し,以下のように述べて断定的判断を提供して商品先物取引を行うよう勧誘した。

(ア) 被告Y3は,平成13年9月19日,原告に対して,「原油を今買っておけば確実に儲かる。」「絶対に原油価格が上がるので安心して取引をして欲しい。」などと述べ,さらに,同日,被告Y2とともに,「米国は同時多発テロの報復戦争をするから,湾岸戦争のときのように原油が高騰するはずである。」などと述べて,原油の買建をして商品先物取引を開始するよう勧誘し,原告に原油20枚の買建を注文させた。

(イ) 被告Y1は,同年9月25日,原告に対し,「原油価格が暴落した。この先どれだけ下がるか分からない。このままでは追証がかかり,その後も追証,追証で大変なことになる。両建をするほかない。」などと述べ,両建をすることを勧誘し,原告に原油40枚の売建をさせ,両建取引に引きずりこんだ。

(エ) 被告Y1は,平成13年10月4日,原告に対し,「うまくいきそうなので買建玉を増やそう。今がチャンス。この期に一気に取り返せる。」などと述べて取引を勧誘した。

(オ) 被告Y1は,平成13年10月9日,原告に対し,「もう一度両建をするしかない。」などと述べた。

(カ) 被告Y1は,平成14年2月25日,電話で原告に対し,「ストップ安ストップ高を利用して安全に両建をはずす。」「600万円くらいにする自信がある。」などと述べた。

ウ 不実告知

商品取引員の担当者は,顧客に対し,不実の事実を告げて商品先物取引の勧誘を行ってはならない義務を負うところ,被告Y3は,平成13年9月19日,原告に対して,多数のトラブルを抱えている被告会社について,被告会社は大変優良で信頼できる会社でトラブルはないなどと述べ,また,1枚から取引可能な商品先物取引について,10枚からでも始められるが20枚くらいは必要であるなどと不実の告知をして,商品先物取引を開始することを勧誘した。

エ 説明義務違反

商品取引員の担当者は,商品先物取引の新規勧誘に当たっては,顧客に対し,商品先物取引の仕組み,危険性等を分かりやすく説明し,顧客の十分な理解を得る義務(説明義務)があるところ,被告Y3及び被告Y2は,平成13年9月19日,原告に対して,商品先物取引を開始するよう勧誘した際,「商品先物取引委託のガイド」(被告会社において作成した商品先物取引の説明用パンフレット。),「受託契約準則」等を交付したものの,それらの内容については十分な説明をしなかったし,両建についての説明はせず,委託追証拠金(追証)についても一応の説明をしたにすぎなかった。したがって,被告Y3及び被告Y2は,上記説明義務に違反した。

オ 新規委託者保護義務違反

商品取引員の担当者は,新規委託者を保護するため,新規委託者の習熟期間内には,多額の証拠金を受領したり,大量の建玉を受託してはならない義務がある(新規委託者保護義務)。ところが,被告Y1は,原告を主導し,取引開始の2日後である平成13年9月21日までに証拠金560万円を受領して原油40枚の買建を受託し,さらに,同年12月20日までに証拠金4700万2640円を受領して建玉8348枚を受託しており,これは,上記新規委託者保護義務に違反するものである。

カ 忠実義務・誠実公正義務違反

商品取引員の担当者は,委託者のために忠実かつ誠実公正に勧誘・受託をすべき義務があるところ,被告Y1は,平成13年9月21日,原告に対し,原油もガソリンも石油製品であり,価格の騰落は同じ傾向を示すものであるにもかかわらず,原油が値下がっている状況の中でガソリンの買建を勧め,上記忠実義務・誠実公正義務に違反した。

キ 証拠金徴収義務違反(無敷・薄敷)

商品取引員担当者は,証拠金を建玉を受託する前又は受託と同時に収受すべき義務を負っているところ,被告Y1らは,原告から,別紙1の取引のうち,No.5からNo.8までの買建玉40枚(証拠金280万円),No.9からNo.11までの買建玉20枚(証拠金210万円),No.48の売建玉1015枚(証拠金1800万円),No.61の売建玉1015枚(証拠金1800万円)について,それぞれ括弧内の金額の証拠金不足のまま建玉を受託し,上記証拠金徴収義務に違反した。

ク 両建

両建は,有害・無益なものであるから,商品取引員の担当者は,顧客に対し,両建を勧誘・受託してはならない義務を負う。ところが,被告Y1は,原告に対し,合計34回にわたって両建を勧誘して,これを受託し(別紙1の「両」欄に●印の付いた取引),因果玉を放置した。

ケ 売り直し・買い直し

売り直し及び買い直しは,委託者にとっては,従来の建玉を維持しているのと同じ経済効果しかないのに手数料のみがかかるものであるから,商品取引員の担当者は,顧客に対し,売り直し・買い直しを勧誘し,あるいは受託をしてはならない義務を負っている。ところが,被告Y1は,原告に対し,本件取引において,合計36回の売り直し及び買い直し(別紙1の「直」欄の☆印の付いた取引(売り直し)及び★印の付いた取引(買い直し))を勧誘し,これを受託した。

コ 途転・日計り

途転及び日計りは,無定見な取引であって,手数料のみがかかるものであるから,商品取引員の担当者は,顧客に対し,途転及び日計りを勧誘し,これを受託してはならない義務を負っているところ,被告Y1は,原告に対し,途転を合計11回(別紙1の「途」欄の◆印又は◇印の付いた取引),日計りを合計7回(別紙1の「日」欄の■印の付いた取引)勧誘し,これを受託した。

サ 不当な増し玉

顧客の得た利益を証拠金に振り替えることは,委託者の取引を拡大,継続させるためのものであるため,商品取引員の担当者は,顧客に対し,その利益を証拠金に振り替えさせてはならない義務を負うところ,被告Y1は,前記第2の2(2)サからツまでのとおり,原告の得た利益を証拠金に振り替えさせた。

シ 手数料不抜け

商品取引員の担当者は,手数料の方が利益を上回る取引(手数料不抜け。以下「不抜け」という。)を受託してはならない(利益が手数料も超えないのに仕切ってしまうことは委託者の通常の意思とは考えられない。)ところ,被告Y1は,不抜けを1回(別紙1の「不」欄の▲印の付いた取引)を受託した。

ス 仕切拒否

(ア) 原告は,平成13年10月18日から同月23日ころ,被告Y1に対し,売建玉をすべて仕切って欲しいと依頼したが,被告Y1は,残りの証拠金の入金がまだなので仕切ることはできないと述べ,上記手仕舞い要求を拒否した。

(イ) 原告は,平成14年2月25日,被告Y1に対し,電話で,翌日の朝一番で取引をすべて仕切って欲しいと要求したが,被告Y1は,上記手仕舞い要求を拒否した。

セ 無意味な反復売買(特定売買)

本件取引は,別紙1のとおり,わずか5か月余りの間に,合計85回にもわたって行われたものであり,その月間回転率(取引回数÷取引期間の全日数×30。取引の頻度を表し,それが高い場合は手数料稼ぎの意図を示す。)は15.8回に達する。そして,そのうち特定売買(直し,途転,日計り,両建,不抜け)は,合計89回(同一取引について複数の特定売買がある場合,複数回として数える。)にのぼり,特定売買比率(取引回数÷特定売買回数)は約104.7%であること,被告会社が本件取引により取得した手数料は2617万6800円であって,手数料化率(顧客が失った金員のうち委託手数料の占める割合。委託手数料総額÷(売買差損金合計+委託手数料総額))は約69.12%であることを考え併せると,被告Y1らが手数料稼ぎを目的として取引を行ったことは明らかである。

ソ 過当取引

過当取引は,先物取引の持つ潜在的な危険性にかんがみたとき,委託者がより過大な損害を被るおそれが高く,違法である。

そして,一連の取引が過当取引に当たるか否かは,取引枚数,委託者の資産,経験,取引態様,取引頻度等を考慮して判断すべきである。

本件取引は,上記のとおり,売買数量は延べ枚数で合計1万1604枚という過大・頻繁な取引であること,原告はこれまで金融商品についても全く経験のない素人であり,追加証拠金を捻出するために2000万円もの借入れを行わなければならなかったこと,そもそも被告Y1らは適合性原則及び新規委託者保護義務に違反していること,前記のとおり,特定売買比率,月間回転率,手数料化率等が極めて高いこと,値洗益が原告に交付されたことは一度もなく,すべて証拠金に振り替えられたこと,原告が3700万円を超える差引差損を被ったことなどを考慮すると,違法な過当取引というべきである。

タ 実質的な一任売買

前記アからソまでのとおり,原告は,被告Y1らに言われるがままに取引を継続していたのであるから,本件における一連の商品先物取引は,実質的には一任売買である。

(被告らの主張)

以下のとおり,被告Y1らには,本件取引において,原告主張の違法行為はない。

ア 適合性原則違反

原告は,自己責任の下で取引を申し出たのであり,原告の年齢,職業,収入及び財産を考慮すると,商品先物取引の不適格者とはいえず,被告Y3が原告を勧誘した行為は適合性原則には違反しない。

平成13年10月18日ころについても,同様に,被告Y1が原告を勧誘した行為は適合性原則には違反しない。

イ 断定的判断の提供

(ア) 被告Y3及び被告Y2は,平成13年9月19日,原告に対し,「原油を今買っておけば確実に儲かる。」「絶対に原油価格が上がる。」「湾岸戦争のときのように原油が高騰するはずである。」などと述べて,商品先物取引を勧誘したことはなく,断定的判断は提供していない。

仮に,被告Y3及び被告Y2が「湾岸戦争のときのように原油が高騰するはずである。」などと述べたとしても,それは被告Y3及び被告Y2の相場観を述べただけであり,断定的判断の提供ではない。

(イ) 被告Y1は,平成13年9月25日,同年10月4日,同月9日及び平成14年2月25日,原告に対し,原告主張のようなことは述べておらず,断定的判断は提供していない。

ウ 不実告知

被告Y3は,平成13年9月19日,原告に対する商品先物取引の勧誘の際,「被告会社にはトラブルがない。」「商品先物取引は10枚から始められる。」などとは述べておらず,不実の告知はしていない。

エ 説明義務違反

被告Y3及び被告Y2は,平成13年9月19日の原告宅訪問時に,原告に対し,「ステップ」と題する小冊子を用いて契約上の注意点を説明し,「商品先物取引委託のガイド」を用いて,商品先物取引が差金決済であること,ハイリスク・ハイリターンの投機であること,証拠金による取引であり,追証が必要となることがあることなどを説明し,「商品先物取引ガイド別冊」を用いて,取引所,商品名,取引単位等の説明をした。

さらに,被告Y3及び被告Y2は,原告に対し,思惑違いの場合の対処の仕方(両建等)について図示しながら説明した。

そして,原告は,被告Y3及び被告Y2の上記説明を聞いて納得の上,本件契約を締結したのであるから,被告Y3及び被告Y2には説明義務違反はない。

オ 新規委託者保護義務違反

被告会社には,新規委託者に対しては,取引開始後3か月以内は,外務員の独自の判断で受託できるのは証拠金500万円未満であり,これを超過する場合は会社の許可を要するという規制があるが,委託者の資力,投機に対する理解度によっては,上記規制は絶対ではなく,被告会社の承認を得て超過することができるとされている。

原告は,本件取引開始当初から証拠金500万円以上の取引を希望し,資力及び商品先物取引に関する知識も十分にあったことから,被告会社は審査の結果,取引開始後3か月以内に証拠金500万円以上の取引を行うことを承認した。

したがって,被告Y1は新規委託者保護義務には違反しない。

カ 忠実義務・誠実公正義務違反

原告主張の被告Y1の勧誘行為は,何ら忠実義務・誠実公正義務に違反するものではない。

キ 証拠金徴収義務違反(無敷・薄敷)

原告が無敷・薄敷と主張する取引については,いずれも入金を待っての建玉が困難な局面での緊急避難的な取引であり,No.5からNo.8までの買建玉40枚(証拠金280万円)及びNo.9からNo.11までの買建玉20枚(証拠金210万円)については,被告Y1らは遅くとも翌取引日までには証拠金を徴収しているのであるから,被告Y1らは証拠金徴収義務に違反していない。

ク 両建

相場が予測に反し,損失を生じるような状態になった際,商品取引員の担当者が他の対処する方法を秘して委託者に両建を勧めたり,委託者が反対の意思を示しているにもかかわらず強引に両建を勧めたりしたときに,当該勧誘ないし,それに基づく受託行為が違法となることがあり得るとしても,両建によって,損害を抑止したり,利益を挙げることも可能であるから,一般的に,顧客に対し,両建を勧誘,受託してはならない義務を負うことはない。

なお,本件取引における両建は,別紙2の「被告」欄の「両建」と記載の取引であり,その合計は23回であるが,被告Y1らによる両建の勧誘・受託行為には,上記のような観点から違法となるものは全くなかった。被告Y1らは,相場動向を見極めながら取引を勧めたのであり,因果玉を放置したわけではない。

ケ 売り直し・買い直し

既存の売建玉又は買建玉につき,計算上の利益が出ている場合,その利益を現実化するために既存の建玉を仕切るとともに,更に値が上がる(下がる)との判断の下に買建(売建)をすることは何ら不合理なことではない。したがって,商品取引員の担当者には,顧客に対し,売り直し又は買い直しを勧誘,受託してはならない義務を負うことはない。

なお,本件取引における売り直し及び買い直しは,別紙2の「被告」欄の「買直し」と記載の取引であり,その合計は3回である。

コ 途転・日計り

途転は,相場の急変への対応策として行うことが多いものであり,日計りは,相場の高騰やその逆の場合に,利食い策や損失の抑止策として行うものであり,いずれも何ら不合理なものではない。したがって,商品取引員の担当者には,顧客に対し,途転,日計りを勧誘,受託してはならない義務を負うことはない。なお,本件取引における途転及び日計りは,別紙2の「被告」欄の「途転」「日計」と記載の取引であり,その合計はそれぞれ9回,7回である。

サ 不当な増し玉

原告主張のとおり売買差益金が証拠金に振り替えられたことは認めるが,被告Y1が手数料稼ぎの目的で行わせたものではない。原告の不当な増し玉として違法であるとの主張は争う。

シ 不抜け

不抜けは,既存の建玉を仕切らずに損失の拡大を招くより,仕切る方が合理的な場合に行うものであり,何ら不合理なものではないから,商品取引員の担当者には,顧客に対し,不抜けとなる仕切りを勧誘・受託してはならない義務はない。本件取引における不抜けは,別紙2の「被告」欄の「不抜け」と記載の取引であり,その合計は1回である。

ス 仕切拒否

被告Y1は,平成13年10月18日から同月23日ころ及び平成14年2月25日のいずれも,原告から手仕舞い要求を受けていない。

セ 無意味な反復売買(特定売買)

前記クからコまで及びシのとおり,特定売買自体は何ら不合理なものではなく,これが委託者の取引につき必ずしも損害を生ぜしめる要因とはならないのであるから,特定売買の回数が多いこと及び特定売買比率が高いことなどから直ちに取引が違法となることはない。

もっとも,農林水産省や通商産業省(当時。以下同じ。)が,昭和63年ころから,特定売買比率等を取引が適正に行われるための指標とし,これに関して「委託者売買状況チェックシステム(以下「チェックシステム」という。)について」(農林水産省食品流通局商業課長通達昭和63年12月27日63食流第6050号),「売買状況に関するミニマムモニタリング(以下「MMT」という。)について」(通商産業省産業政策局商務室長通達平成元年1月23日)という各通達を発し,チェックシステムに基づく特定売買等の結果が高い場合等には,商品取引員が所管行政庁や取引所から指導等を受けたことにかんがみると,特定売買比率が著しく高く,社会通念上も相当性を欠く場合には,当該取引は違法になるというべきである。

そして,本件取引における特定売買(直し,途転,日計り,両建,不抜け)は,前記クからコまで及びシのとおり,全43回(同一取引について複数の特定売買がある場合,1回として数える。)であり,本件取引の回数は,別紙2のとおり,合計97回(ザラバ取引で売買注文伝票・委託者別取引勘定元帳の売買成立時刻が同一の場合は,取引回数を1回とすべきである。)であることから,特定売買比率は約44.3%であり,著しく相当性を欠く程度に高いとはいえない。

また,本件取引における売買回転率は約14.2回,手数料化率は約69.66%であるが,これらは単なる取引の結果にすぎず,被告Y1らに手数料稼ぎの目的はない。

したがって,本件取引は違法ではない。

ソ 過当取引

原告は,前記2(1)アのとおり,本件取引開始当時,47歳の大学助教授であって,年収,預貯金も十分にあったこと,本件取引開始後約半年間にわたって多数の銘柄について多数の取引を経験し,取引の仕組みや取引自体への習熟も相当にあったこと,これらの取引を原告自らの意思と判断において行っていたことなどを考慮すると,本件取引は過当取引には当たらない。

タ 実質的な一任売買

本件取引は実質的な一任売買であるとの原告の主張は争う。

(2)  被告Y1らの違法行為と原告の損害との因果関係(争点2)

(原告の主張)

原告は,本件取引において,3757万6240円の損失を被った。本件取引による原告の損失額全部が,被告Y1らの違法行為と相当因果関係のある損害である。

また,原告は,被告Y1らの違法行為の結果,弁護士に委任して本訴の提起追行をすることを余儀なくされた。被告Y1らの違法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,375万7624円である。

したがって,原告が,被告に賠償を求め得る損害額の合計は,4133万3864円である。

(被告らの主張)

争う。

(3)  過失相殺(争点3)

(被告らの主張)

原告の年齢,職業,収入及び財産,原告が被告Y3及び被告Y2の説明を理解した上で自ら自己責任での取引を申し出て,500万円以上の取引を行う旨申し立てたこと,原告が取引継続中も売買報告書等を通じて取引内容を把握し,承認して,証拠金約4700万円を自ら調達したことを考慮すると,本件取引における損害の発生と拡大については,原告にも大きな寄与責任があるというべきであり,損害額から相当額が過失相殺されるべきである。

(原告の主張)

本件取引における被告Y1らの行為は,手数料稼ぎを目的とした一種の構造的詐欺行為であり,被告Y1らの違法性の大きさにかんがみると,本件においては過失相殺されるべきではない。

第3当裁判所の判断

1  前記第2の2の争いのない事実に,甲2,甲3,甲8,甲9の1,2,甲11の1,2,甲12,甲15,甲16,乙1から乙19まで,乙21,乙22,乙32から乙39まで(枝番を含む。),乙43,乙44,乙46から乙49まで,原告本人,被告Y3本人,被告Y2本人及び被告Y1本人を総合すると,以下の事実が認められる。

(1)  被告Y3は,大学を卒業後,平成13年4月,被告会社に就職し,同年7月1日に,商品取引外務員として登録され,主として新規顧客の開拓を担当していた者である。

被告Y3は,同年9月中旬ころ,原告に対し,電話をかけ,石油の先物取引を勧誘し,同月18日にも,電話で同様に石油の先物取引を勧誘し,原告から,翌19日に先物取引についての説明のため原告宅を訪問する約束を取り付けた。

被告Y3は,同日午前11時ころ,原告宅を訪問し,玄関先で,原告に対し,「米国におけるいわゆる同時多発テロによって今にも報復の戦争が始まる。」「戦争が始まれば湾岸戦争の時と同じように原油価格が高騰する。」「原油を今買っておけば確実に儲かる。」「絶対に原油価格が上がるので安心して取引をして欲しい。」「被告会社は大変優良で信頼できる会社でトラブルはない。」などと述べて,原油の先物取引を行うよう勧誘した。原告は,まだ若い被告Y3の熱心な勧誘に心を動かされ,また,被告Y3が入社以来顧客を獲得したことがないという話を聞いて,それに同情し,少しであれば商品先物取引をしても良いかと考えた。そこで,原告は,その旨を被告Y3に伝えたところ,被告Y3から,10枚の建玉から始める人もいるが,20枚くらいから始めてもらえないかと頼まれたため,東工において原油20枚の買建玉を建てることとした。

被告Y3は,上司の被告Y2を伴って,同日午後5時ころ,原告宅を再び訪問し,食堂で,原告に対し,商品先物取引についての説明を行った。その際,被告Y2は,「ステップ-商品先物取引を始める前に」と題する冊子(被告会社作成の「商品先物取引委託のガイド」等の交付を受け,その説明を受けた上,取引を開始するよう求め,先物取引の危険性,自己責任による取引の開始について記載されたもの),「商品先物取引委託のガイド」,「商品先物取引委託のガイド別冊」(損益計算,委託追証拠金計算の具体例,委託手数料の一覧表等が記載されたもの)及び「受託契約準則」を交付して商品先物取引の概要について説明し,被告Y3は,「思惑違いの場合の対処の仕方」に書き込むなどして追証や両建について説明したが,難解であったため,原告は余り理解できなかった。被告Y3及び被告Y2は,このとき,原告に対し,「今がチャンス。米国は同時多発テロの報復戦争をするから,湾岸戦争のときのように原油が高騰するはずである。」などと述べた。結局,原告は,被告Y2から交付された「お取引について-約諾書・受託契約準則-」の中の約諾書に署名押印して,被告会社との間で本件契約を締結し,「お客様アンケート」,「ステップ」の受領書,「商品先物取引委託のガイド受領書」,「商品先物取引委託意思確認書」,「思惑違いの場合の対処の仕方」に適宜記入,署名押印し,被告Y3及び被告Y2に運転免許証のコピーを交付した。被告Y3及び被告Y2が原告宅を訪問してから以上のやり取りを終了するまでに要した時間は約1時間半であった。

原告は,被告Y3及び被告Y2に対し,証拠金の一部として100万円を手渡して,原油20枚の買建玉を注文した。原告は,被告Y3及び被告Y2に対し,残りの証拠金180万円は翌20日の午前中に大阪市の梅田で手渡すと約束した。

その後,原告は,被告会社顧客サービス部従業員から電話で,契約に至ったことの確認を求められたのに対し,間違いない旨答えた。

被告Y3及び被告Y2は,原告に対し,「ステップ」,「商品先物取引委託のガイド」,「商品先物取引委託のガイド別冊」及び「受託契約準則」を読んでおくようにと言ったが,原告は,本件契約締結後,本件取引終了に至るまで,上記各文書を読み返すことはなかった。

(2)  原告は,平成13年9月20日午前10時30分ころ,大阪市に向かう途中,公衆電話を用いて,被告会社の被告Y3に残りの証拠金180万円の受渡場所を打ち合せるため電話をした。すると,被告Y1が電話に出て,被告Y3は外出中であるとした上,早口で興奮した様子で,「原油の値段が更に下がった。今が底値に間違いないからあと50枚分のお金を何とか集められないか。集められれば,すぐに大きいお金が返ってくる。自己資金がなければ,親等誰か貸してくれる人はいないか。今の相場では買わないといけない。」などと述べた(なお,東工・原油(東京工業品取引所における原油をこのように表示する。以下,他の取引所及び他の商品についても同様に表示する。)の2月限(限月が平成14年2月のことをいう。以下「・・月限」について同じ。)のものの前日終値は1万8470円であり,当日の始値は1万7770円であった。)。原告は,所用があったため,被告Y1に対し,何度も電話を切る旨述べたが,被告Y1は,50枚が無理なら30枚はどうか,30枚は無理なら20枚はどうかなどと執拗に勧誘し,時間的に焦っていた原告は根負けしてあと20枚なら買建すると述べた。原告は,同日午前11時30分ころ,梅田の喫茶店で,被告Y3及び被告Y1に対し,初めの東工・原油20枚の買建玉の証拠金残金として180万円を手渡し,残り20枚分の証拠金280万円は,翌日,京都市の銀行において受け渡すこととした。

被告会社は,同日,原告の注文を執行し,同日午前9時10分から10時48分の間に東工・原油40枚(2月限)を買い建てた(1万7770円で7枚,1万7900円で1枚,1万7910円で6枚,1万7920円で6枚,1万7840円で5枚,1万7850円で15枚)。

(3)  被告会社は,内部規制として,新規委託者について,取引開始から3か月以内は外務員が独自の判断で受託ができるのは証拠金500万円未満の取引とし,委託者から特別の申出があり,被告会社顧客サービス部責任者又は副総括責任者が適格と認めた場合には,それ以上の取引を受託できるとしていたところ,原告からは,平成13年9月20日付けで,500万円以上の取引を申し出る旨の申出書が提出され,被告会社顧客サービス部責任者又は副総括責任者は,原告を適格と認めた。

(4)  原告は,平成13年9月21日午前10時30分ころ,京都市内の銀行の支店で預金から280万円を払い戻し,同店の店舗内において,被告Y2に対し,前日に建てた東工・原油の買建玉20枚の証拠金として上記280万円を手渡した。

その後,被告Y2は,同店近くの喫茶店において,原告に対し,1時間半ほどかけて臨時増証拠金の説明をし,原油の価格が下がっていることを報告し,その後,被告Y1が,原告に対し,電話で,原油の価格状況を説明した上(同日,東工・原油の始値は1万7520円であり,前日の終値1万7770円より250円下落していた。),「原油の価格が下がっているのでこのままでは大変なことになる。枚数を増やして追証がかかるのを防ごう。原油よりもガソリンの方が自分は慣れているので,ガソリンを買って枚数を増やしてしのぐのが良い。」「当日中に建玉をしないと状況がどんどん悪くなっていく。」「今取引をやめると大きく損をする。」などとまくしたてた。そのため,原告は,同日午後3時ころ,東工・ガソリン20枚を買建することを承諾した。そして,原告は,同日午後5時30分ころ,原告宅を訪れた被告Y3に対し,証拠金として郵便貯金を払い戻した210万円を手渡した。

被告会社は,原告の注文を執行し,同日午後3時10分ころ,東工・ガソリン20枚(3月限)が買い建てられた(2万4590円で18枚,2万4600円で2枚)。

(5)  被告会社顧客サービス部従業員が,平成13年9月25日午前9時5分ころ,原告に対し電話で,同月20日及び21日に行われた建玉について確認したところ,原告は間違いない旨答えた。

被告Y1は,同日午前9時30分ころ,原告に対し電話で,「原油価格が暴落した。この先どれだけ下がるかは分からない。このままでは追証がかかり,その後も追証,追証で大変なことになる。両建をするほかない。そうしないと大変なことになる。両建をすれば安全。両建は上がっても下がっても関係ないから安全。」などと言って,両建をすることを勧めた(なお,同日,東工・原油(2月限)は1万6290円のストップ安であった。)。

原告は,損失が大きいことと両建をするしか仕方がない旨の被告Y1の説明から,被告Y1の勧める両建をすることを承諾したが,妻の了解を得るため,同日,午後2時30分ころ,京都市内の喫茶店で妻とともに被告Y1に会い,被告Y1からこれまでの経緯等について説明を受けた。被告Y1は,その際,原告らに対し,謝罪するとともに,「枚数がこれだけあるからチャンスはこれからいくらでもある。年内には必ずチャンスがあるから,必ず取り返せる。先物は値動きする。その日の朝には売り買いの様子を見て値動きが自分には分かる。毎日電話を入れる。自分が責任を持って損を必ず取り返すから安心して欲しい。原告自身もインターネットや新聞等で情報をつかんで欲しい。」などと言った。原告は,その場で,自宅の改築資金として積み立てていた770万円を証拠金として被告Y1に交付して両建を委託した。被告会社は,同日,その注文を執行し,同日3時59分,東工・原油40枚(2月限,1万6290円)及び東工・ガソリン20枚(3月限,2万3860円)が売り建てられた。

(6)  原告は,平成13年10月1日,被告Y1から電話で証拠金が値上がりになったとして,証拠金の不足金80万円の入金を求められ,さらに,原油,ガソリンの価格が上昇してきている(東工・原油(2月限)の前日の終値は1万5700円,当日の始値は1万6000円,東工・ガソリン(3月限)の前日の終値は2万2930円,当日の始値は2万3100円)が,売建玉を持っていた人が利益を確定させるために買い戻しているためで,今後まだ下落すると思うとして,前月25日に売り建てたガソリンのうち10枚を仕切って,利益を得,それによって建玉が可能なだけ中部商品取引所(以下「中部」ともいう。)におけるガソリンを売り建てることを原告に勧めた。原告は,この勧めに従って,東工・ガソリン10枚を仕切り,64万円の利益を得,他方,中部・ガソリン59枚と30枚(いずれも4月限)の売建をした(2万3660円で59枚,2万3590円で30枚)。また,原告は,翌2日,被告会社に対し,証拠金として80万円を振込入金した。

(7)  被告会社顧客サービス部従業員は,平成13年10月3日午前11時ころ,原告宅を訪れ,原告に対し,商品先物取引について理解しているかどうかを改めて確認したが,その際,原告から「何度か(「商品先物取引委託のガイド」を)読んだので,(内容について)おおよそわかる。」という項目にチェックするなどした同年9月30日付けの「理解度アンケート」の交付を受けるなどした。

(8)  原告は,被告Y1の勧めで,平成13年10月3日,東工・ガソリンの売建10枚及び中部・ガソリンの売建89枚を仕切って,274万8000円の利益を得(同日,中部・ガソリン(4月限)はストップ安の2万2980円,東工・ガソリン(3月限)も終値では850円安の2万2370円),他方,中部・ガソリン280枚(3月限180枚,4月限100枚)の売建をしていた。

被告Y1は,同月4日午前9時10分ころ,原告に対し,被告Y1から,電話で,「うまくいきそうなので買建玉を増やそう。今がチャンス。この期に一気に取り返せる。」などと言い,中部の取引は東工より取引開始が30分早いので値動きが見やすく素早く対応できるなどと説明し,中部での取引に集中を勧めた。原告は,被告Y1の勧誘を拒否する判断材料を有していなかったため,被告Y1の勧めに従うこととした。

同日には,東工・原油の売建40枚,中部・ガソリンの売建280枚が仕切られた上,中部・ガソリン(4月限)440枚が買い建てられ,それらが仕切られて利益を得,その後,さらに中部・ガソリン(4月限)500枚が買い建てられている(その結果,原告は,東工・原油の買建40枚,東工・ガソリンの買建20枚,中部・ガソリンの買建500枚を有していることになった。)。

(9)  原告は,平成13年10月5日にも,被告Y1に勧められるまま,中部・ガソリンの買建500枚を仕切った上,新たに中部・ガソリン(4月限)500枚を買い建て,同日これを仕切って,それぞれ利益を得た後,1015枚(4月限)を買い建て(2万3530円で500枚,2万3580円で515枚)ていた。被告Y1は,同月9日午前9時20分ころ,原告に対し電話し,「また値が下がり思惑がはずれた。もう一度両建にする以外方法がない。それには証拠金が1800万円必要である。」などと述べて,両建を勧誘し,証拠金の入金を求めた。原告は,被告Y1に対し,「あれほど大丈夫といったのに,約束が違う。」などと強く抗議したが,被告Y1は,原告に対し,もう一度両建にする以外方法がないと繰り返し,証拠金の入金は待ってもらうので金銭の工面の方法を考えてもらえないかと述べたため,原告は不本意ながら両建をすることにした。そこで,同日,中部・ガソリン(4月限)1015枚の売建(2万3580円)がされ,一方では,東工・原油の40枚の買建及び東工・ガソリンの20枚の買建がいずれも仕切られた。

被告Y1は,同日午後5時30分ころ,原告宅を訪れ,原告及びその妻に対し,事情を説明した。その際,被告Y1は,原告らに対し,平謝りし,「自分の相場観はもう信用してもらえないだろう。だから,相場観に頼らずにストップ安やストップ高を用いて安全な方法で建玉の枚数を減らしていこう。これ以上先生から手数料をもらうのは申し訳ない。」などと述べた。原告は,安全な方法で取引を終えたかったため,被告Y1に対し,とにかく安全な方法で建玉の枚数を減らして欲しい,なるべく早く終わらせたいなどと述べた。被告Y1は,原告に対し,これからは連絡も密にするし,無理なことはしないと約束した。このとき,原告は,被告Y1に対し,証拠金1800万円の借用書を差し出した。

(10)  原告は,平成13年10月中旬ころ被告Y1から証拠金の入金の催促を受けた上,同月19日午後5時30分ころ,原告宅を訪れた被告Y1に対し,証拠金として妻から借りた500万円を併せて812万5990円を手渡した。被告Y1は,その際も,原告及びその妻に対し,平謝りし,「命を取られても仕方がない。自分の相場観はもう信用できないと思う。前回提案したストップ安やストップ高を用いた安全な方法で,今度こそうまく終わらせる。」などと何度も繰り返し,今後,原告に対して毎朝電話する旨述べた。

しかし,被告Y1は,この後も,平成14年2月27日の本件取引終了まで,いわゆるストップ安やストップ高を用いた方法で原告の建玉を手仕舞っていく方向で取引を進めることはなく,従前と同様に被告Y1の相場観に頼って建玉を続けた。

(11)  原告は,平成13年10月30日,親類から借り受けた1000万円を証拠金として被告Y2に手渡し,同年11月7日,残金264万6650円を被告会社に振込入金した。

(12)  原告は,平成13年10月9日以降,中部・ガソリンをおおむね1015枚ずつ売建及び買建していた(短期間,売建又は買建が百数十枚多くなっていたこともある。)が,同年11月15日,売建玉755枚を仕切り,同日の終了時点では,買建玉1015枚(同年10月5日に買い建てたもの)と売建玉400枚を有していた。

ところが,翌16日,中部ガソリンの価格がストップ安となったことから,被告Y1は,同日午後1時30分ころ,原告に対し,電話で,取引の失敗により両建をするほかないが,1015枚を買い建てるには,2214万円の証拠金が必要となり,730枚を新たに売り建て,115枚を買い建てて,1130枚の両建とするには証拠金1008万円が必要である旨述べた。原告は,このころまでに,被告Y1から何度も「損失が出たので両建にするほかない。」と言われていたことから,損失が出た場合には両建をするほかないと思うようになっていたこともあって,1130枚の両建とすることを承諾した。

原告は,同月27日,原告宅を訪れた被告Y1に対し,信用金庫から借り入れた1000万円を含む1003万円を証拠金として手渡した。

(13)  原告は,平成13年12月下旬ころ,原油の減産のために原油価格が上がってきたことから,この機会を捉えて損失を挽回できるのではないかと考え,被告Y1に対し,売建玉を仕切って枚数を減らして欲しいと申し入れたが,被告Y1は,また追証がかかる,抽選があるなどと述べて,原告の申入れを拒絶した。原告は,同月28日にも同様の申入れをしたが,被告Y1は,「今日で今年の取引は終わるので,今からは無理である。」と述べて,再び原告の申入れを拒絶した。本件取引における原告による積極的な取引の申入れは,このときだけであった。

(14)  原告は,平成13年12月5日,本件取引について,知人に紹介された大阪弁護士会所属の弁護士に本件取引について相談し,さらに,同月末か平成14年1月ころ,同弁護士に紹介された京都弁護士会所属の弁護士に相談した。同弁護士は,受任を断ったが,弁護士会の相談窓口を紹介し,原告は,平成14年2月25日,原告代理人に本件取引について相談した。

(15)  原告は,平成14年2月25日午後5時10分ころ,被告Y1に電話をかけ,翌朝一番に全建玉を手仕舞うことを求めた。これに対し,被告Y1は,「ストップ安ストップ高を利用して安全に両建をはずす。」「600万円くらいにする自信があります。」など述べて,原告の上記申入れに強く難色を示したが,結局,手仕舞うことに同意し,原告に対し,確認のために翌26日朝にもう一度電話すると述べた。そこで,被告Y1は,翌26日午前8時50分,原告に対し電話し,原告は被告Y1に対し,再び全建玉を手仕舞って欲しい旨述べ,被告Y1はこれに同意した。

しかし,被告Y1が建玉を仕切ったのは,同月27日午前中であった。

2  なお,被告らは,上記認定に関して,被告Y3が原油を今買っておけば確実に儲かるなどと言って勧誘をしたことはないとか,原告は自己の意思で積極的に取引を行っていたとか,被告Y1が原告及びその妻に対し,ストップ安やストップ高を用いた方法で取引を行うと言ったことはないとか,原告が平成14年2月25日に全建玉を手仕舞って欲しいと申し入れたことはないなどと主張し,乙48から乙50まで(被告Y1らの陳述書)にはそれに沿う記載があり,被告Y1ら本人も同旨の供述をする。

しかし,証拠(甲8,乙49。原告と被告Y1との会話の録音を反訳したもの)によると,被告Y1が,平成13年10月ころ,原告及びその妻に対し,ストップ安やストップ高を用いた方法で取引を行うと約束したこと及び原告が,平成14年2月25日,被告Y1に対し,全建玉を手仕舞って欲しいと申し入れたことを認めることができるし,上記証拠のほか証拠(被告Y1本人)によれば,原告が,平成13年12月の時点においても,商品先物取引について自己の意思で積極的に取引できる程度の知識を持ち合わせていなかったことが認められるところ,そのような原告が短期間で別紙1のような大量かつ複雑な取引を自己の意思で積極的に行うとは考えられない。

また,その他の乙48から50までの記載及び被告Y1ら本人の供述も,原告に対し淡々と勧誘しているかのような内容であるが,上掲証拠(甲8,乙49)からは,被告Y1が原告に対し,執拗かつ断定的に取引の勧誘を行っていることがうかがえる。

これらを考慮すると,乙48から乙50まで及び被告Y1ら各本人尋問の結果中の上記1の認定に反する部分は採用することができない。

3  被告Y1らの違法行為の有無(争点1)について

(1)  前記第2の2(1)アのとおり,原告は,本件取引開始当時,47歳であり,日本画家で大学助教授として約800万円の年収を得,千数百万円の債券及び預貯金を保有し,自宅不動産を所有するなど,社会人として経済活動も営んでおり,株式取引や商品先物取引の経験はないとしても,これらの取引を行うに必要な判断能力,財産は有していたと認めることができるから,商品先物取引について適合性がなかったとはいえない(したがって,原告の適合性原則違反の主張は理由がない。)。

(2)  しかしながら,原告は,平成13年9月20日に東工・原油40枚の買建(証拠金560万円)で初めて商品先物取引の取引を開始し,その後,わずか3か月の間に,年収の5倍,保有していた預貯金,債券等の2倍を超える4700万円余の証拠金を被告会社に交付し,合計8348枚もの取引を行っているのであり,その後の期間を併せても,5か月余の間に,行った取引は取引回数で85回(委託者別先物取引勘定元帳の行数による。),建玉の数では1万1604枚に達する。

これは,原告の取引経験,職業,収入,資産等の属性に照らしても過大なものであり,このような過大な取引を勧誘し,受託することは,原告に対する誠実義務に違反する行為として,私法上も違法と評価すべきである。

そして,前記1認定の事実からすると,原告は,商品先物取引経験も知識もなく,個々の取引の持つ意味について把握することができず,終始被告Y1の言われるがままに取引を行っていたものと認めることができる。

(3)  ところで,被告会社は,新規委託者について,取引開始から3か月以内は外務員が独自の判断で受託ができるのは証拠金500万円未満であり,委託者から特別の申出があり,被告会社顧客サービス部責任者又は副総括責任者が適格と認めた場合には,それ以上の取引を受託できるとの内部規制を設けていたが,これは,新規委託者の保護育成の見地から商品先物取引の危険性を熟知させるために一定期間,一定の範囲を超える勧誘を行うことを自粛する点にあるから,上記規定を遵守することは,商品取引員の担当者に対して要請される,委託者に対する信義則上の義務でもあると解される。

被告Y1は,前記のとおり,平成13年9月20日,前日に取引を開始したばかりで,それまでに商品先物取引の経験がなかった原告に対し,原告が電話を切ろうとしているにもかかわらず,20枚ないし50枚の建玉を行うよう執拗に勧誘し,前日に受託した分との合計で建玉40枚(証拠金合計560万円)を受託しており,その後も,上記の規制の範囲を遙かに超える取引を勧誘し,受託しているのであって,その間,上記のとおり,原告が個々の取引の持つ意味について把握することができず,終始被告Y1の言われるがままに取引を行っていたものと認められること,前記認定の原告の属性を考慮すると,被告Y1は,新規委託者に対する規制の趣旨を何ら顧みることなく,原告に対する勧誘を継続していたというべきである。

なお,原告からは,前記認定のとおり,500万円以上の取引を申し出る旨の申出書が提出され,被告会社顧客サービス部責任者又は副総括責任者が原告を適格と認めており,形式的には被告会社内の手続は履銭されている。しかし,被告Y1らが,申出書を必要とする理由,申出書のもつ意味等について説明をしたこと,その他,原告が上記のような規制があり,あえてそれ以上の取引を行うことなどを的確に理解していたことを認めるに足りる証拠はなく,また,被告会社顧客サービス部責任者又は副総括責任者の承認も,どのような判断でされたものであるのか明らかではないから,形式的にこのような手続が履銭されているからといって,被告Y1に上記の義務違反があったとの認定判断に影響するものではない。

(4)  また,特定売買(直し,途転,日計り,両建,不抜け)は,それが先物取引において一定の効用を有し,取引の手法として用いられることもあり,これを勧誘し,あるいは受託すること自体が違法ということはできないとしても,特定売買は,委託者の手数料負担が増加するにもかかわらず,委託者が利益を得ることのできる蓋然性が低い取引であるという面があり,そのうちの両建(限月が異なるものも含む。)については委託者が身動きできなくなり,手仕舞いを困難にする面も有していることは否めない。

本件取引においては,特定売買は合計64回に及んでおり(両建34回(別紙1の「両」欄に●印の付いたもの),直し32回(別紙1の「直」欄の☆印又は★印の付いたもの(別紙1のNo.70,No.120,No.121,No.138を除く。)),途転14回(別紙1の「途」欄の◆印又は◇印の付いたもの及びNo.120,No.121,No.138),日計り7回(別紙1の「日」欄の■印の付いたもの),不抜け1回(別紙1の「「不」欄の▲印の付いたもの)であるが,複数の種類の特定売買に当たる場合は1回として数える。),取引回数全体の約4分の3に達している(甲2,乙18。なお,被告らの主張によっても特定売買の回数は43回と取引回数の約2分の1になっている。)。

被告Y1は,上記のような性質を有する特定売買を,商品先物取引についての知識,取引経験がなく,ほとんど被告Y1に言われるがままに取引を行っていた原告に対して,上記のとおり,多数回,取引回数の中で大きな割合で勧誘し,これらを受託したものであって,このような特定売買を勧誘し,受託したことは,違法と評価すべきである。

(5)  そのほか,前記1認定のとおり,被告会社は,別紙1の①No.5からNo.8までの40枚の買建(証拠金280万円),②No.9からNo.11までの20枚の買建(証拠金210万円),③No.48の1015枚の売建(証拠金1800万円),④No.61の1015枚の売建(証拠金1800万円)は,いずれも証拠金が不足したままで建玉をしている(商品先物取引において,証拠金を取らない(無敷)か,その一部だけを徴収して(薄敷)取引を行うことは,委託者の資金的能力を超えた取引になりやすいから,商品取引員の担当者は,委託者保護の面からも,無敷・薄敷による取引を行ってはならない義務を負っているというべきである(商品取引所法97条1項等参照)。)ことなどの少なくとも不相当な取引も,本件取引には含まれている。

(6)  以上に認定,説示したところによると,本件取引における被告Y1の原告に対する勧誘等の一連の行為は,原告の主張するその余の点について判断するまでもなく,私法上も違法なものというべきである。そして,被告Y1の上記行為は,使用者である被告会社の業務の執行について行われたものであることは明らかである。そうすると,被告Y1及び被告会社は,被告Y1の上記違法な行為によって原告が被った損害を賠償する責を負う。

(7)  なお,被告Y3及び被告Y2も,本件取引に関わっているものの,その関与は,原告に当初商品先物取引を勧誘したほかは,被告Y1の指示で証拠金の受け取りを行った程度にすぎない(これを超えて,被告Y1の勧誘等の一連の行為について被告Y3及び被告Y2が被告Y1と共同していたことを認めるに足りる証拠はない。)。

そして,原告は,被告Y3の熱心な勧誘に心を動かされ,被告Y3が入社以来顧客を獲得したことがないことに同情して商品先物取引を行うこととした(前記1(1))というのであるから,被告Y3及び被告Y2の平成13年9月19日の勧誘行為中に断定的判断の提供及び不実の告知に当たる行為があったとしても,それらの行為と原告の本件取引による損害との間に相当因果関係があると認めることはできない。

したがって,原告が本件取引によって被った損害について,被告Y3及び被告Y2が個人として賠償責任を負う部分があるとは認められない。

4  被告Y1の違法行為と因果関係のある損害(争点2)について

被告Y1は,本件取引の当初段階から終了に至るまで一貫して原告に対して不法行為を行っているのであるから,本件取引による損失である3757万6240円(前記第2の2(3))全体が,被告Y1の上記不法行為と相当因果関係に立つ損害であるものというべきである(弁護士費用を除く。)。

5  過失相殺(争点3)について

被告Y3及び被告Y2が本件取引開始に際し,商品先物取引の概要について書面を使用しながら説明したことは前記1(1)認定のとおりであり,第2の2(1)アの原告の属性にかんがみれば,原告は抽象的ながら商品先物取引の危険性を理解していたというべきである(甲12の中にも「全財産をなくすとか一家離散とかのイメージ」であった旨の記載がある。)。ところが,原告は,被告Y3及び被告Y2から交付された「商品先物取引委託のガイド」等の書面を全く読み返さず(前記1(1)),被告Y1らに求められるまま,500万円以上の取引を申し出る旨の申出書を提出したり(前記1(3)),商品先物取引についての理解度についてのアンケートに対し,「何度か(「商品先物取引委託のガイド」を)読んだので,(内容について)おおよそわかる。」という事実とは異なる回答をしたり(前記1(7))している。また,被告会社は,平成13年9月20日以降しばしば,原告に対し,各発行日現在の建玉の内訳,証拠金の現在額,証拠金必要額を記載した「残高照合回答書」を交付し,その確認を求めていたが,原告は,それまでの取引状況について抗議をしたり,異議を述べたりすることもなく,通知事項については通知書のとおり間違いがない旨の回答をしていた(乙20の1ないし16,弁論の全趣旨)し,その他にも,平成13年12月ころまでは,取引状況を把握して,これを是正するための何らかの措置,手段を講じようとしたことも認められない。

このようにみてくると,原告は,商品先物取引のようなリスクの高い取引を行おうとする社会人として不注意な点があるといわざるを得ず,そのような落ち度は,損害額の算定に当たっては考慮せざるを得ないが,被告Y1の前記違法行為の内容,程度等諸般の事情を考慮すると,その割合は3割と認めるのが相当である。

したがって,原告の前記5の損害額から3割の過失相殺をし,原告は,前記4の3757万6240円の7割の2630万3368円の賠償を求め得るとするのが相当である。

6  なお,原告が本訴を弁護士に委任して提起追行していることは記録上明らかであるところ,本件の事案の内容,性質,認容額等一切の事情を考慮するとその弁護士費用250万円は被告Y1の違法行為と相当因果関係のある損害と認める。

第4結論

以上の次第で,原告の本件請求は,被告会社及び被告Y1に対し,2880万3368円とこれに対する不法行為後の日である平成14年2月27日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容することとし,被告会社及び被告Y1に対するその余の請求並びに被告Y3及び被告Y2に対する請求は理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条,65条,仮執行の宣言について同法259条1項に,それぞれ従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 森田浩美 裁判官 斗谷匡志)

〈以下省略〉

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