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京都地方裁判所 平成14年(行ウ)24号 判決

原告

被告

右京税務署長 柴山文雄

被告指定代理人

横田昌紀

鴫谷卓郎

森口季夫

河田貞明

的場秀彦

寺内将浩

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、いずれも平成13年2月19日付でした以下の各処分を取り消す。

一  原告の平成9年分の所得税の更正のうち総所得金額215万4000円及び納付すべき税額6万5300円を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定

二  原告の平成10年分の所得税の更正のうち総所得金額186万3000円及び納付すべき税額0円を超える部分並びにこれに対する過少申告加算税の賦課決定

三  原告の平成11年分の所得税の更正のうち総所得金額150万0800円及び納付すべき税額2万3500円を超える部分並びにこれに対する過少申告加算税の賦課決定(ただし、平成14年2月1日付の裁決により一部取り消された後のもの)

第二事案の概要

本件は、クリーニング業を営んでいた原告が平成9年分ないし平成11年分の所得税にっいて確定申告をしたところ、被告が、原告の事業所得金額を推計し、それぞれ、前記のとおり、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定を行ったのに対し(以下、これらの各処分を「本件各処分」という。)、原告が、本件各処分は、事前の通知及び調査理由の開示をせずにされた違法な調査手続を前提として行われたものであり、かつ、推計の必要性及び合理性を欠き、原告の事業所得金額を過大に認定したものであり、違法な処分であると主張して、その取消を求めた抗告訴訟である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成9年ないし平成11年当時、京都府向日市寺戸町岸ノ下の自宅(以下「原告方」という。)において、クリーニング業を営むいわゆる白色申告者であった。

2  原告の平成9年分ないし平成11年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税の確定申告、被告の本件各処分、原告の異議申立て、被告の異議決定、国税不服審判所長に対する審査請求、国税不服審判所長の裁決の各経緯は、別表1「課税の経緯」記載のとおりである。

3  その後、原告は、上記裁決の結果を不服として、平成14年5月7日付で、本件訴訟を提起した。

二  主たる争点及びこれに関する当事者の主張

1  本件各処分に至る税務調査(以下「本件調査」という。)が違法であったといえるか。その違法は本件各処分の取消理由となるか。

(原告の主張)

被告は、以下のとおり、違法に本件調査を行い、本件各処分をしたから、本件各処分は取消を免れない。

(1) 税務署職員が質問検査権を行使する場合、事前に調査対象者に対して連絡をとり、調査の日時・場所等を合意した上、対面対座により、検査を開始すべきである。しかし、被告部下職員は、原告に対する本件調査の際、事前に通知をすることなく、突然、原告方に訪問した。

(2) 税務調査は、任意調査であるから、納税者がその調査に応じるか否かの判断をする上で、調査理由の開示が必要である。しかし、被告部下職員は、本件調査の際、原告が開示の理由を求めたにもかかわらず、黙しているだけで理由を開示しなかった。

(3) 被告は、原告の承諾なく、原告の取引先に対して原告の動力用電力の使用量について反面調査を行った。

(被告の主張)

原告が本件係争各年分の所得税についてした確定の各申告書は、いずれも所得金額の算定の基礎となる総収入金額及び必要経費の記載がなく、また、これらの内容を記載した書類の添付もなかった。被告は、その申告の真実性、正確性を調査するために、本件調査をする必要性があった。被告部下職員は、原告に質問検査をしたが、その際、営業時間内に原告方に赴き、来客の際には原告方の外に出るなど原告の営業に配慮し、原告が原告方内への立入りを承諾しないときには、原告方の外で対応するなどしており、質問検査権の行使には何らの問題もなかった。被告部下職員の約4か月間、8回にわたる協力要請にもかかわらず、原告は、帳簿提出に応じず、調査への協力も拒んだ。そもそも、税務調査について、事前通知や調査理由等の個別、具体的な告知が法律上一律に要件とされているものではない。本件調査は適法であった。

2  本件各処分の推計の必要性の有無。

(被告の主張)

被告部下職員が約4か月・8回にわたり原告方に臨場して、税務調査への協力を要請し、帳簿書類の提示を求めたにもかかわらず、原告は帳簿書類の提示にも応じず、一貫して非協力的な態度をとった。推計の必要性はある。

(原告の主張)

被告部下職員が調査の理由を開示しなかったから、原告は税務調査に応じなかった。原告は、理由の開示があれば、被告部下職員に対し、帳簿等を示して税務調査に応じる用意はあった。

3  本件各処分の推計の合理性の有無。

(被告の主張)

(1)ア 本件係争各年分において、以下のとおりの基準を充たす同業者は、別表2ないし4の「同業者一覧表」のABCDEFの6名である。

〈1〉 クリーニング業(取次専門店を除く。)を営む者であること。

〈2〉 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること。

〈3〉 事業所が右京税務署管内にあること。

〈4〉 上記〈1〉以外の業種目を兼業していないこと。

〈5〉 年間を通じて継続して事業を営んでいること。

〈6〉 事業所の数が1箇所であること。

〈7〉 妻のみを事業専従者としていること。

〈8〉 作成対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

〈9〉 動力用電力の使用量が年間3448キロワット時以上、1万6686キロワット時未満であること。

〈10〉 ドライクリーニングの設備を有していること。

イ 上記の類似同業者の総数は6名であり、本件係争各年分における売上金額、動力用電力の使用量、動力用電力1キロワット時当たりの収入金額、一般経費の金額、算出所得金額及び算出所得率は、それぞれ、別表2ないし4の「同業者一覧表」のとおりであった。

ウ 原告の本件各係争年分中の動力用電力の使用量は、別表5の〈2〉のとおりであった。

エ 類似同業者は、原告と業種、業態及び事業規模等において類似する。

(2) 上記6名の類似同業者の動力用電力1キロワット時当たりの平均収入金額を基に、原告の各売上金額を算出すると、別表5の〈1〉のとおりであり、更に、それから上記類似同業者の平均算出所得率を基に原告の算出所得金額を算出すると、別表5の〈5〉のとおり、平成9年分が736万8155円、平成10年分が705万2177円、平成11年分が542万0539円となる。

(3) 動力用電力の使用量は、クリーニングの際に使用される諸機械の稼働量に比例する以上、クリーニングの仕上り量(売上金額)は、これらの諸機械の稼働量、すなわち、動力用電力の使用量に比例する。したがって、上記の推計方法は、いずれも、合理性を有する。

(原告の主張)

(1) 被告の主張の(1)のウは認めるが、その余は争う。原告は、ドライクリーニングの作業終了後も、3、4時間ドライ機を循環させているが、その間の電力使用量は売上とは何ら関係がない。また、原告が作業に使用している洗濯機は、1度に70枚洗っても、10ないし20枚洗っても、ほとんどその消費電力量は変わらない。また、別表2ないし4の「同業者」欄のBとCとでは、動力用電力の使用量においてそれほど差がないにもかかわらず、売上金額において大差がある。被告は、動力用電力の使用量が売上に比例するとして、原告の売上額を推計して事業所得金額を算定しているが、上記のとおり、動力用電力の使用量と売上とは比例する関係にない。被告の推計方法に合理性はない。

(2) 前記の類似同業者は、A、B等と表記がされているだけで、原告において詳しく反論することができず、信用できない。そもそも、原告は白色申告者であり、青色申告者を基に原告の事業所得を推計計算するのは不合理である。

第三当裁判所の判断

一  争点1に対する判断

1  前記第二の一の争いのない事実、甲1、乙1ないし4、原告本人尋問の結果(以下「本件各証拠」という。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、本件係争各年分の所得税の各確定申告書を、別表1記載のとおり、それぞれ、各法定期限内に提出したが、上記各申告書には、いずれも所得金額の記載はあったが、その算定の基礎となる総収入金額及び必要経費の記載はなく、それらの内容を記載した書類も添付されていなかった。

(2) 被告は、上記各申告書に記載された所得金額等が適正なものか確認するため、被告部下職員である乙上席国税調査官(以下「乙調査官」という。)に、原告に対する本件調査を行わせた。

(3) 乙調査官は、平成12年10月10日、原告方に赴き、本件調査のために臨場したことを告げたところ、原告から調査理由を尋ねられたので、原告に対し、所得の確認である旨を説明した。しかし、原告は、乙調査官に対し、メモ用紙を出し、原告の確定申告に対する疑問点を書くように申し立てるなどし、調査に協力しなかった。乙調査官は、原告に対し、調査への協力を求めたが、原告が、疑問点を言わない限り調査は拒否するなどと申し立てたため、乙調査官は、やむなく同日の調査を断念した。

(4) 乙調査官は、同年10月13日、原告方に赴き、本件調査に協力するよう求めたが、原告が、調査理由を明示されずに帳簿等を見せることは拒否するなどと申し立て、一向に調査に協力しようとしなかったため、やむを得ず同日の調査を断念した。

(5) 乙調査官は、同年10月20日、原告方に赴き、本件調査に協力するよう求めたが、原告が、申告内容につき疑問点を明示しない限り調査には応じられないなどと申し立てたので、同日の調査を断念し、原告に対し、独自に調査を進めることになるなどの旨を伝えて、原告方を辞去した。

(6) その後、原告は、同年10月31日、被告及び乙調査官宛に、調査理由・調査選定理由の明示、税務運営方針を無視した税務調査の中止を求める旨の「申入書」と題する書面を送付した。

(7) 乙調査官は、同年11月6日、原告方に赴き、本件調査に協力するよう求めたが、原告が、これまでと同様に疑問点を明示しない限り応じられないなどと申し立て、調査に協力しなかったため、やむを得ず同日の調査を断念した。

(8) 乙調査官は、同年11月21日、原告方に赴き、本件調査に協力するよう求めたが、原告が、申告書に収支内訳書を提出しなければならない根拠は何かなどと申し立て、調査に協力しなかったため、やむを得ず同日の調査を断念した。

(9) 乙調査官は、同年12月5日、原告方に赴き、本件調査に協力するよう求めたが、原告が、来るときは事前に連絡をして了解を得てから来るようになどと申し立て、調査に協力しなかったため、やむを得ず同日の調査を断念した。

(10) 乙調査官は、同年12月15日、原告方に赴き、本件調査に協力するよう求めたが、原告が、やはりこれまでと同様、疑問点を明示せよなどと申し立て、調査に協力しなかったため、原告に対し、調査結果と申告額とに差異があるので、このまま帳簿書類の提示がなければ更正処分を行うこともある旨の説明をした。しかし、原告が、通知するならせよ、不服申立てをする、などと申し立て、調査に協力しなかったため、乙調査官は、やむを得ず同日の調査を断念した。

(11) 乙調査官は、平成13年1月17日、原告方に赴き、原告に対し、調査額と申告額とに差異が生じており、修正申告の必要がある旨の説明をし、本件調査に協力するよう求めたが、原告が、従前どおりの応対をするだけで、調査に協力しなかったため、やむを得ず同日の調査を断念した。

(12) 乙調査官は、同年2月5日、原告方に電話をかけ、原告に対し、調査額と申告額に差異があり、修正申告が必要であるので、同月8日午後3時ころに右京税務署に来署願いたいという旨を伝えたが、原告は、申告は正しいので出署する意思はないなどと申し立てて電話を切った。

(13) 原告は、本件調査時以前から売上帳を記帳し、経費も大学ノートに記載し、更に、領収証も相当割合を保管していた。しかし、原告は、上記のとおり、本件調査に協力せず、帳簿書類等を提示しなかった。

(14) 被告は、原告の動力用電力の使用量について反面調査を行い、同年2月19日付けで、原告に対し、本件各処分を行った。

2  そもそも課税庁の行う税務調査に違法な点があっても、原則として、それによる課税処分が違法になることはないと解するのが相当である。しかも、所得税法234条1項所定の質問検査の範囲、程度、時期、場所等の細目は、社会通念上相当な限度にとどまる限り、税務職員の合理的な選択に委ねられており、質問検査実施の日時・場所の事前通知、調査の理由の告知も、法律上の要件とはされていないというべきである(最決昭48.7.10・刑集27巻7号1211頁、最判昭58.7.14・訟務月報30巻1号151頁参照)。

3  そうすると、前記1の認定事実によれば、乙調査官による本件調査の方法、程度、時期及び場所等が違法であったとはいえず、本件調査は適法であり、いずれにしても、本件調査の手続上の事由は本件各処分の取消事由とはならないことは明らかである。

二  争点2及び3に対する判断

1  前記第三の一の1の認定事実によれば、原告は、一貫して本件調査に協力せず、売上帳を記帳し、経費も大学ノートに記載し、更に、領収証も相当割合を保管していながら(このことは、原告も、本件口頭弁論において自認している。)、帳簿書類等を乙調査官に対して提示しなかったことが認められ、そうすると、被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額を算出するに当たり、推計による必要があることは明らかである。

2  本件各証拠によれば、前記第二の二の3の被告の主張の(1)及び(2)の各事実(そのうち、(1)ウの事実は当事者間に争いがない。)が認められる。

3  上記の認定事実によれば、類似同業者の基準は、業種・業態の同一性及び事業規模の近似性等の点において同業者としての類似性を判別する基準として合理性を有しており、その各売上金額、動力用電力の使用量、一般経費の額については、青色申告書に基づいた数値であることからその正確性は担保されているといえる。

4  原告は、動力用電力の使用量と売上とは比例する関係にないとか、類似同業者は、A、B等と表記がされているだけで、詳しく反論することができないなどと主張する。そして、別表2ないし4の「同業者」BとCとでは、本件係争各年分のいずれにおいても、動力用電力の使用量にそれほど差がないにもかかわらず、売上金額には大きな差があり、この点に着目すれば、原告が主張するとおり、動力用電力の使用量と売上とは必ずしも比例する関係にないのではないかとも考えられる。

しかしながら、推計によって所得金額を算出する場合においては、類似同業者すべての営業条件等が完全に一致することはおよそあり得ず、その性質上同業者との間に通常存在する程度の営業条件等の差異から生じる売上金額等の差異は、同業者率の平均化の過程で平均値の中に吸収されるといえる。また、本件各証拠によれば、クリーニング業に使用する洗濯機等の機械設備の主たる動力は電力であると認められ、その動力源である動力用電力の使用量は機械設備の稼働量に一応比例するものといえるのであり、動力用電力使用量を基礎として売上金額を算出すること自体には合理性があるといえる。更に、原告は、本件において、本件調査以前から売上帳を記帳し、経費も大学ノートに記載し、領収証も相当割合を保管していると主張しながら、裁判所からの求釈明にもかかわらず、手持ちの帳簿書類等に基づく具体的な実額の主張・立証を敢えてしないとの態度をとっており、このような本件の審理経過や弁論の全趣旨をも考慮すると、類似同業者であるBとCの前記の相違の問題も、原告の本件係争各年分の算出所得金額を推計する際には各同業者率の平均化の過程で平均値の中に吸収されるものということができるというべきである。

5  以上のとおり、本件係争各年分の類似同業者の動力用電力1キロワット時当たりの平均収入金額及び平均算出所得率を適用して原告の本件係争各年分の算出所得金額を推計する方法は、合理性を有するものであるといえる。

第四結論

一  そうすると、原告の本件係争各年分の推計による事業所得金額は、別表5「事業所得の金額の計算書」の「〈9〉総所得金額」欄記載のとおり、平成9年分が650万8155円、平成10年分が619万2177円、平成11年分が456万0539円となる。

二  特別経費、事業専従者控除額、総所得金額(事業所得金額)は、別表5のとおりである。

三  以上により、本件各処分(平成11年分については、平成14年2月1日付の裁決により一部取り消された後のもの)は、原告の本件係争各年分の事業所得金額の範囲内でされたものであるから、いずれも適法な処分である。

四  原告の本件請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用につき行訴法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 古谷恭一郎 裁判官 谷田好史)

別表1

課税の経緯

〈省略〉

別表2

同業者一覧表(平成9年分)

〈省略〉

別表3

同業者一覧表(平成10年分)

〈省略〉

別表4

同業者一覧表(平成11年分)

〈省略〉

別表5

事業所得の金額の計算書

〈省略〉

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