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京都地方裁判所 平成14年(行ウ)16号 判決

主文

1  本件各訴えのうち,被告a,被告b,被告c,被告d,被告e,被告f,被告g,被告h,被告i,被告j,被告k,被告l及び被告mに対する訴えをいずれも却下する。

2  第1事件原告及び第2事件原告(共同訴訟参加原告)の被告n,被告o,被告p,被告q,被告r及び被告sに対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,両事件を通じて原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告a,被告b,被告c,被告d,被告e,被告f及び被告gは,京都市に対し,金58万6950円及びこれに対する平成14年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告h,被告i,被告j,被告k,被告l及び被告mは,京都市に対し,金59万6950円及びこれに対する平成14年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告nは,京都市に対し,金57万円及びこれに対する平成14年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告o,被告p,被告q,被告r及び被告sは,京都市に対し,金59万6950円及びこれに対する平成14年4月13日(被告pにおいては同月14日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  第1事件は,京都市の住民である第1事件原告が,京都市の議会(以下「京都市会」又は「市会」という。)の議員(以下「市会議員」ともいう。)が平成12年及び平成13年に3回にわたって行った「海外行政視察」(以下,「本件各海外視察」ともいう。)はいずれも観光目的の旅行であるから,その旅費のための公金の支出は,違法であるなどと主張して,平成14年法律第4号による改正前の地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,京都市に代位して,本件各海外視察に参加した当時市会議員であった被告らに対し,旅費として受け取った公金の一部相当額について不当利得として返還を求める住民訴訟であり,第2事件は,京都市の住民である第2事件原告(共同訴訟参加原告,以下「第2事件原告」といい,第1事件原告と併せて「原告ら」という。)が,第1事件と同じ被告らに対し,同一の請求をして,第1事件に共同訴訟参加した事件である。

なお,第2事件は,第1事件の別件訴訟として提起されたところ,法242条の2第4項により,住民訴訟の係属中に,別訴をもって同一の請求をすることは禁止されているが,共同訴訟参加の申立ては禁止されておらず,第2事件は共同訴訟参加の要件を満たしているから,その訴えの提起は共同訴訟参加の申立てとして取り扱うのが相当である(なお,第2事件を第1事件に併合する旨の決定がされているが,これは,外形上別訴として提起された第2事件を,第1事件の共同訴訟であることを外形的,手続的に明白とするためにされたものと解され,これがあるからといって,第2事件が第1事件の共同訴訟参加事件として取り扱われていないということはできない。)。

2  基礎となる事実(末尾に証拠等を掲げないものは,争いのない事実)

(1)  当事者等

ア 原告らは,京都市の住民である。

イ 被告らは,いずれも平成12年から平成13年にかけての期間,京都市会の議員であった者である。

(2)  京都市会における要綱

京都市会議長は,平成11年9月30日,「京都市会議員の出張に関する要領」を定めた。同要領には,議員の海外出張等に関して,次のような規定がある(乙6)。

ア 2期以上の議員は,その任期中に1回海外出張を行うことができる。

イ 団を編成して行い,2団以内とする。

ウ 海外出張には視察団に一人職員を随行させる。ただし,視察団員数が12名以上となる場合は,職員2名を随行させることができる。

エ 出張旅費は,議員一人につき120万円を限度とし,出張期間は21日以内とする。

オ 視察団長は,海外出張を行おうとするときは,原則としてその3週間前までに行程表,見積書を添えて,出張申出書を議長に提出しなければならない。

カ 視察団長は,海外出張を行ったときは,速やかに出張報告書を議長に提出しなければならない。

キ 出張旅費は,京都市旅費条例を準用して支給する。

(3)  被告らの「海外行政視察」と公金の支出

ア(ア) 被告a,被告b,被告c,被告d,被告e,被告f及び被告gは,平成12年8月17日から同月26日まで,海外行政視察として,ハイデルベルグ市(ドイツ),ザグレブ市(クロアチア),ストックホルム市(スウェーデン)及びロンドン(イギリス)に出張した(以下,この出張を「ヨーロッパ視察」という。)。ヨーロッパ視察には,京都市の職員tが随行した。

(イ) 京都市は,同月16日,同月14日の京都市長の支出命令に基づいて,ヨーロッパ視察の出張旅費として937万0315円(議員については,それぞれ117万3900円)を概算払の方法で支出した(甲6)。

イ(ア) 被告h,被告i,被告j,被告k,被告l及び被告mは,海外行政視察として,平成12年10月18日から同月27日まで,ニューヨーク市(アメリカ合衆国),トロント市(カナダ),サンフランシスコ市(アメリカ合衆国)及びロサンゼルス市(アメリカ合衆国)に出張した(以下,この出張を「第1アメリカ視察」という。)。第1アメリカ視察には,京都市の職員uが随行した。

(イ) 京都市は,同月17日,同月13日の京都市長の支出命令に基づいて,第1アメリカ視察の出張旅費として833万4395円(議員についてはそれぞれ119万3900円)を概算払の方法で支出した(甲7)。

ウ(ア) 被告n,被告o,被告p,被告q,被告r及び被告sは,海外行政視察として,平成13年8月20日から同月29日まで,シカゴ市(アメリカ合衆国),トロント市(カナダ),ボストン市(アメリカ合衆国),ワシントンD.C.(アメリカ合衆国),ニューヨーク市(アメリカ合衆国)に出張した(以下,この出張を「第2アメリカ視察」という。)。第2アメリカ視察には京都市の職員vが随行した。

(イ) 京都市は,同月17日,同月13日の京都市長の支出命令に基づいて,第2アメリカ視察の出張旅費として,828万0495円(被告nについて114万円,その他の議員についてそれぞれ119万3900円)を概算払の方法で支出した(甲8)。

(4)  監査請求

ア 第1事件原告は,平成14年2月1日,本件各海外視察の全体がいずれも観光目的の旅行であるから,その経費の支出は違法又は不当な支出であるとして,京都市長が,視察に参加した市会議員らに対して,支出された金額の半額を返還させる措置等をとるように求める監査請求を行った。

監査委員は,本件各海外視察の全体が観光目的であることを証する書面の提出がないとして,同年3月1日付けで,上記監査請求を却下し,第1事件原告は,そのころ,その通知を受けた。

イ 第2事件原告は,平成14年5月27日,本件各海外視察はいずれも主目的が観光目的の旅行であるとして,アと同旨の監査請求を行った。

監査委員は,同年7月26日,ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察については,公金支出から1年以上経過して監査請求を行ったことについて,正当な理由があるとは認められないとして却下し,第2アメリカ視察についても,監査請求に理由がないとして棄却し,第2事件原告は,そのころ,その通知を受けた。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  本件訴えの適法性(本案前)

(被告らの主張)

本件訴えは,いずれも適法な監査請求を経ていないから不適法である。

ア ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察に係る出張旅費の支出についての監査請求は,支出から1年経過後にされているが,以下のような事情を考慮すると,平成13年4月初めころまでには,京都市の一般的な住民が相当な注意力をもってすれば,客観的にみて監査請求をするに足りる程度に各財務会計行為の存在及び内容を知ることができたということができるから,1年以内に監査請求をすることができなかったことについて,法242条2項ただし書の「正当な理由」はない。

(ア) ヨーロッパ視察については,平成12年8月8日の毎日新聞朝刊において,視察団の人数,一人当たりの費用,訪問先,視察目的が報道されている。また,京都市会事務局調査課同年9月5日発行の「京都市会旬報」に視察団員議員名,視察期間,視察都市,視察概要の記事が掲載され,同旬報は,そのころ,京都市会図書館及び京都市立図書館において市民一般の閲覧に供されている。さらに,平成13年1月には,視察参加者が作成した視察行程表を含む報告書が京都市会情報公開コーナーで市民の閲覧に供されている。

(イ) 第1アメリカ視察については,平成12年10月12日の京都新聞朝刊において,視察日程,視察団の人数,訪問先,視察目的が報道されている。また,京都市会事務局調査課同年11月6日発行の「京都市会旬報」に視察団員議員名,視察期間,視察都市,視察概要の記事が掲載され,同旬報は,そのころ,京都市会図書館及び京都市立図書館において市民一般の閲覧に供されている。

(ウ) さらに,平成13年3月には,視察参加者が作成した視察行程表の記載を含む報告書が京都市会情報公開コーナーで市民の閲覧に供されている。

そのほか,京都市会のホームページにおいて,平成13年4月2日から,平成12年度に実施された出張の視察先などが,公開され,その中で,本件各海外視察の概要とともに,その報告書が京都市会情報公開コーナーで閲覧できることが記載されていた。

イ 第1事件原告は,その監査請求に際して,本件各海外視察に係る公金の支出命令,支出決定及び行程表の写しを添付していたが,これらの書面は,適正な手続を経て公金が支出されたこと及び実際の旅程を明らかにするものにすぎず,およそ「違法又は不当な公金の支出」があったことを証するものではない。したがって,第1事件原告の監査請求には,法242条1項の違法又は不当な公金支出を「証する書面」が添付されていたとはいえないから,不適法なものである。

(原告ら及び第1事件原告の主張)

ア ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察は,一般新聞はもちろん,京都市民の家庭に配布される京都市の広報や議会広報では公表されておらず,原告らがヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察を広報誌等で知り得る機会はなかった。原告らは,平成13年11月16日,本件各海外視察に関し支出命令等につき情報公開請求を行い,同年12月5日,この支出命令書及びそれに添付された旅費明細,旅費法による旅費計算,旅程表などを入手し,初めて,ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察が観光目的中心である疑いを持つことができた。すなわち,原告らが監査請求するに足りる程度に当該行為の存在及び内容を知ったのは,同日であり,原告らは,この日から相当期間内の平成14年2月1日及び同年5月27日にそれぞれ監査請求をしているから,原告らの監査請求には,当該行為の日から1年を経過したころにつき,正当な理由がある。

市会情報コーナーにおける公開は,京都市会の中でのものにすぎず,それによって,原告らが当該行為の日から1年以内に監査請求しなかったことに正当の理由がないということにはならない。

イ 第1事件原告は,住民監査請求をした際,本件各海外視察についての支出命令書,支出決定書,旅程表等を提出している。そして,上記資料から,各視察の日程と支出した金額は特定されており,違法な公金支出か否かについては旅程表を見れば,移動に必要な時間を除き,各視察時間とそれ以外の時間の区分,その視察時間以外の時間での観光地見学の有無とその内容を監査することは可能である。また,平成12年の情報公開資料は京都市の旅程表だけであり,議会では公開していないので,これ以上の証する書面は提出し得なかった。

したがって,監査の対象は明確であるから,監査委員が,「証する書面」の提出がないとして監査請求を却下したことは違法である。

(2)  本件各海外視察についての公金の支出は違法なものかどうか。

(原告らの主張)

本件各海外視察は,その視察目的,訪問先,日程,視察内容,費用等を考慮すると,視察に名を借りた観光旅行であり,京都市が,そのような観光旅行に被告らを派遣したことは違法であり,その経費として被告らに公金を支出したことも違法であって,被告らは,それぞれ,支給された公金の少なくとも2分1相当額を不当に利得している。

ア 視察目的

本件各海外視察は,視察目的を定める前に視察先が決められるなど,視察目的は,極めて軽視され,形骸化しているものであり,観光旅行を行政視察としての体裁を整えたものにすぎない。

イ 日程等

本件各海外視察は,その視察目的からすると10日もの日数を必要とするものではないのに,わざわざ土曜日と日曜日をはさむ10日もの日程を組み,6,7名もの大人数で行われている(真に調査の目的と達成するためには,少人数で分担する方が期間も短くて済み合理的である。)。また,季節も8月と10月に,行き先も北アメリカとヨーロッパにそれぞれ限定されており,真に必要な時期に必要な調査をするものではなく,年中行事化したものであることが表れている。

なお,滞在期間内に行った施設訪問等が意味のある視察であったとしても,それによって,全体として観光旅行であるという性格を変えるものではない。

ウ 視察内容等

本件各海外視察において参加した市会議員が行った視察は,観光的な視察のほかは,1日1時間ないし2時間,各種の施設において説明を受けた程度のものにすぎない。現在の高度情報化社会においては,海外の情報であっても,様々な手段で入手することは容易であって,上記程度の調査のため,あえて,公金を使って現地に赴く程の合理的な必要性はない。

また,本件各海外視察については,公務と言い得る時間の2倍近い時間が観光に充てられている。

エ 費用

本件各海外視察の行き先,旅行内容は,各旅行会社が行っているいわゆるパック旅行とそれほど変わりはない。ところが,その費用は,一人約120万円と一般のパック旅行の2,3倍と,その効果に比べて過大である。

(被告らの主張)

本件各海外視察は,議員の活動に資するための視察目的をもって計画,実行された適法なものであり,支出された費用も適正なものであって,違法な公金の支出には当たらない。

ア 視察の必要性,視察目的,視察先,視察時期等

国際化が進展した今日においては,市会議員の海外視察は,議員としての見識を深めるだけではなく,執行機関から提出される議案の審議の際の参考としたり,市の施策の実施について広く提言を行うなど,議会の活動能力を高め,議会の意思決定機能や監査機能の強化を図るために,有益かつ重要な方法の一つである。

本件各海外視察においても,あらかじめ視察目的を定め,視察先等を確定し,それを実現するための日程を定め,それに基づき各訪問先で視察目的に沿った調査をし,公式友好親善を深めている。

そして,本件各海外視察に参加した市会議員は,視察ごとに報告書を作成し,市民の閲覧に供しているほか,参加経験を踏まえ,市会の本会議や委員会で質問するなど,その成果は議員活動にいかされている。

イ 視察先,視察時期

視察先が様々な行政分野において先進的な取組を行っているヨーロッパ及び北アメリカの諸都市となるのは自然であり,視察時期が,8月及び10月となるのも,その時期は,市会が閉会中であるからにすぎず,いずれも本件各海外視察が観光目的であったことをうかがわせる事情ではない。観光とは何らか関係がない。

ウ 視察の日程等

本件各海外視察において,行政視察の合間には,市内視察が含まれているが,これらのほとんどは,日曜日を除いて,行政視察が実施された後に,次の行政視察まで空き時間が生じた際に,その都度現地協議により市内視察が実施されたものであり,実施された市内視察も,その大部分は,都市施設の見学である。また,観光施設の見学が含まれているとしても,京都が国際観光都市としての機能を高めるためには,海外の観光施設を視察して今後の参考とすることも有意義であるから,議員の職務と関連ある行政視察的要素を含むものである。

また,参加者は,日曜日においても,団体行動で調査項目に関連する施設等を視察するなどして,できる限り多くの成果を得るよう努めている。

エ 費用

本件各海外視察の費用は,「京都市会議員の出張に関する要領」において限度としている120万円以内であり,海外行政視察を確実に遂行できる規模と実績を有する旅行代理店数社から見積書の提出を受けて,決定したものであり,適正である。

第3当裁判所の判断

1  公金の支出から1年以内に監査請求をしなかったことについての正当の理由の有無について

(1)  監査請求期間徒過の正当な理由の有無(ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察)について

ア 証拠(乙1ないし乙4,乙10ないし乙14,乙33の1,2,乙34ないし乙36)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。

(ア) 京都市会事務局は,平成12年8月7日,同日の市会運営委員会でヨーロッパ視察を実施することが決定された旨の広報発表をし,それが,同月8日の毎日新聞の朝刊で報道された。また,同年9月5日発行の「京都市会旬報」にも,上記市会運営委員会でヨーロッパ視察について承認された旨及びヨーロッパ視察の結果の概要の報告が掲載されている。なお,「京都市会旬報」は,京都市会図書室において,京都市民等の閲覧に供されている。

そして,これらの広報発表,記事には,いずれも,ヨーロッパ視察の期間,団員,出張目的,訪問都市及び主な視察項目が明らかにされていた。

(イ) 京都市会事務局は,平成12年10月11日,第1アメリカ視察を実施する旨の広報発表をし,同月12日の京都新聞の朝刊で報道されている。また,同年11月6日発行の「京都市会旬報」には,第1アメリカ視察の結果の概要の報告が掲載されている。これの発表,記事には,第1アメリカ視察の期間,団員,出張目的,訪問都市及び主な視察項目が具体的に記載されるか,その概要が記載されている。

(ウ) ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察の結果は,その参加者によって,「2000年京都市会欧州行政調査報告書」及び「2000年京都市会米国行政調査報告書」という冊子にまとめて報告され,これら冊子は,平成13年2月ころ及び同年3月ころに,京都市会情報公開コーナーにおいて一般市民の閲覧の用に供されるなどした。これらの冊子には,ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察の詳細な行程も含まれている。

(エ) 平成13年4月2日から公開された京都市会のホームページには,ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察の概要及びその報告書の閲覧方法が掲載されている。

イ 以上の認定事実によると,京都市の一般住民は,相当な注意力をもってすれば,上記の新聞報道,市会旬報,調査報告書,京都市会のホームページなどにより,遅くとも平成13年4月ころまでには,ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察について,参加した市会議員,訪問先等の概要のほか日程の詳細を知ることが可能であったというべきである。そして,これらを知り得た以上,その時点で,監査請求をするに足りる程度には,ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察について公金が支出されていること及びその内容を知ることができたというべきである。

ところが,原告らが監査請求をしたのは,平成14年2月1日及び同年5月27日であって,平成13年4月から相当な期間内に監査請求をしたといえないから,公金の支出から1年以内に監査請求ができなかったことにつき正当な理由があるということはできない。

ウ この点,原告らは,平成13年12月5日,本件各海外視察に関する支出命令等につき情報公開請求に基づき,支出命令書及びそれに添付された旅費明細,旅費法による旅費計算,旅程表などを入手して,初めて本件各海外視察が観光目的中心である疑いを持ったと主張する。しかし,上記のとおり,京都市の一般住民が相当な注意力をもってすれば,平成13年4月ころまでには詳しい旅行日程を知ることができ,同様の疑いを持つことは可能であったから,原告らは,同年12月5日に初めて上記の疑いを持ったとしても,そのことは,前記イの認定判断に影響するものではない(なお,旅費明細,旅費法による旅費計算を知らなくても,ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察が観光目的中心である疑いを持つ妨げとはならない。)。

したがって,原告らのヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察に係る公金支出についての訴え(被告a,被告b,被告c,被告d,被告e,被告f,被告g,被告h,被告i,被告j,被告k,被告l及び被告mに対する訴え)は,いずれも適法な監査請求を経ていないから,不適法である。

そこで,以下においては,第2アメリカ視察についての公金の支出に限定して判断する。

(2)  証する書面の添付の有無(第1事件)について

法242条1項が,監査請求について,違法又は不当な財務会計上の行為又は怠る事実を証する書面を添えることを必要としている趣旨は,事実に基づかない単なる憶測や主観だけで監査を求めることの弊害を防止しようとするところにあると解される。したがって,「証する書面」については,当該行為が違法であることを証明するに足りる証拠である必要はないことはもちろんであり,監査を求めている根拠として一定の事実があることを示す書面であれば足りるというべきである。

そして,証拠(甲1,5の3)及び弁論の全趣旨によれば,第1事件原告は,監査請求にあたって,本件各海外視察の支出決定書及び支出命令書並びにヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察の旅程表を添付していることが認められる。

第2アメリカ視察については,その支出決定書及び支出命令書により,海外視察の滞在先及び日数,参加人数,支出金額が明らかにされており,訪問先都市が一般の観光旅行の目的地となる都市であることがわかり,ヨーロッパ視察及び第1アメリカ視察の旅程表から,その行政視察が滞在時間のすべてあるいは大部分を要するものではないことがうかがえるから,同様の海外視察である第2アメリカ視察においても,その点は同一であると推認することも可能であって,これらを併せて,第2アメリカ視察が観光目的と推認する一応の根拠というべきである。そうすると,その程度をもって,単なる憶測や主観を超えた根拠があるとすることができるのであるから,第2アメリカ視察について,「証する書面」の添付があったものとすることができる。

したがって,「証する書面」の添付の点から,第1事件原告の監査請求を不適法とすることはできず,この点について,被告らの本案前の主張は採用できない。

2  第2アメリカ視察についての公金の支出は違法か

(1)  前記基礎となる事実に,証拠(甲9の4,乙5,乙9,乙17,乙20,乙23,乙26,証人v)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

ア 市会議員による海外行政視察は,次のような手続,手順で実施される。 市会運営委員会の理事会において,視察にかかるテーマ,行き先(方面),調査都市の候補,調査事項の事例,参加する市会議員を決定し,その後,参加する市会議員が旅行代理店も交えて具体的な調査事項,調査都市,日程を協議して行程案を作成する。当該行程案は,市会運営委員会理事会に諮られた上,視察団長が市会議長に申請書を提出して最終的に決定される。

イ 第2アメリカ視察についても,市会事務局が北アメリカ方面への視察を提案し,平成13年5月8日の市会運営委員会理事会において,視察にかかるテーマ,行き先(方面),調査都市の候補,調査事項の事例,参加する市会議員が決定された。その後,視察参加者らは,旅行代理店も交えて具体的な視察テーマ,調査事項,調査都市,日程について協議をし,その結果,平成13年8月21日にシカゴ市において循環型社会形成の取組について,同月22日にトロント市において水道事業についてそれぞれ視察し,同月23日に京都市の姉妹都市であるボストン市を公式訪問するとともに同市において交通政策について視察し,同月24日にワシントンD.C.においてドメスティック・バイオレンス対策について視察し,同月27日にニューヨーク市において国際連合日本政府代表部を公式訪問するとともに,生活安全対策について視察するとの行程案を作成した。この行程案について,同年8月1日,京都市会運営委員会理事会で承認を得た上,市会議長によって,第2アメリカ視察の実施が決定された。

それを受けて,海外渡航旅費の支出決定書が起案され,同年8月10日,支出が決定された。

ウ 京都市会議員が職務のために出張するときは,京都市報酬及び費用弁償条例7条,京都市旅費条例18条により,「旅費の取扱いについて」という基準に従って支給されることとなっており,同基準によれば,外国旅行の旅費の種類は,航空費,鉄道費,船賃,車賃,日当,宿泊料,支度料及び旅行雑費と定められているが,団体参加により外国旅行をする場合で,これらの合計額が明らかに団体参加旅費を上回る場合には,団体参加費及び支度料の合計額が支給されることとなっており,第2アメリカ視察については,団体参加旅費(一人114万円)及び支度料(被告nを除く。)が支給された。

市会は,第2アメリカ視察に当たっては,旅行代理店3社から見積書を提出させ,その中からの株式会社日本交通公社を選択し,同社に旅行の手配を依頼した。第2アメリカ視察に参加した市会議員は,上記支給額から,同社に対して,見積書のとおり,交通費,宿泊費,食事代,施設入場料等の一部及び通訳代として,一人114万円を支払った。

エ 第2アメリカ視察における参加者らの行動は,次のとおりである。

平成13年8月20日(月曜日),関西国際空港からシカゴ市に向けて出国し,同日午後4時51分ころ(現地時間。以下同じ。)にシカゴ空港に到着し,同日は,シカゴ市内のホテルで宿泊した。

同月21日(火曜日)朝,シカゴ市庁舎を訪問し,午前10時から午前11時45分までシカゴ市環境局において,環境局副局長から環境の循環型社会形成の取組についての説明を受け,質疑等を行い,その後,郊外にあるシカゴ・ソーティング・センター(リサイクルセンター)に移動し,午後0時15分ころから午後1時15分ころまで同施設職員から説明を受け,施設内を見学した。その後,市街地に戻って昼食をとり,午後2時30分ころから市街地の高層建築物や高層ビルを利用した駐車場,高層建築物附属の駐輪場などを見て歩いた後,イリノイ州庁舎に移動し,州庁舎の執務室を見学した。その後,バッファロー空港を経て,午後8時30分ころ,ナイアガラ市のホテルに到着し,同ホテルに宿泊した。

翌22日(水曜日)は,朝,ホテル周辺の公園を清掃する作業の様子を見学した後,午前9時50分ころ,トロント市に向けてバスで同ホテルを出発し,トロント市到着後,午前11時45分ころから午後0時15分ころまでオンタリオ州庁舎を見学し,昼食後,午後1時30分ころから午後3時30分ころまでトロント市水道局の執務室において,同市の水質保全の取組について担当者から説明を受け,質疑等を行った。その後,航空機でボストン市に移動し,午後7時20分ころにボストン空港に到着し,同市内のホテルに宿泊した。

同月23日(木曜日)は,午前9時30分から,市役所前で行われていた市民参加の催しを見学した後,午前10時ころから正午ころまでボストン市役所を訪問し,京都市長の親書をボストン市長代理に手渡した後,同市の交通政策についての説明を受け,質疑等を行い,昼食後,午後1時15分からボストン市街地を歩いて回った後,市内の高速道路建設現場,マサチューセッツ工科大学のキャンパスや校舎を見学した。その後,航空機でワシントンD.C.に移動し,午後6時30分ころ同市の空港に到着し,そのまま市内のホテルで宿泊した。

同月24日(木曜日)朝,NPOである家庭内暴力に反対する全国連合会の事務所を訪問し,二人の担当者と懇談した。昼食後の午後1時30分ころ,上院の議場見学し,その後,アーリントン国立墓地を訪問し,国立航空宇宙博物館及びナショナルギャラリーを見学し,午後4時30分ころホテルに戻った。

同月25日(土曜日)は,朝,ボルティモア市に移動し,午前10時50分ころから正午ころまでの約1時間,インナーハーバー(大規模ショッピングセンター)を見学し,昼食後,ニューヨーク市に移動し,午後3時50分ころ同市に到着し,そのまま市内のホテルで宿泊した。

同月26日(日曜日)は,午前9時ころから夕方まで,バスでニューヨーク市街を見て回った。

同月27日(月曜日)は,午前10時ころから午後0時15分ころまでニューヨーク市警察本部を訪問し,人事部長から生活安全対策についての説明を受け,質疑等を行った。その後,国際連合本部で,昼食をとりながら日本人職員から国連の概要についての説明を受けた後,本部内の諸施設を見学し,午後2時ころ,日本政府代表部を訪問し,大使から国際連合を取り巻く諸状況についての説明を受けた。

同月28日(火曜日),朝の便でニューヨーク市を出発し,デトロイトを経由し,同月29日,関西国際空港に到着し,帰国した。

オ 第2アメリカ視察に参加した市会議員らは,視察の結果について「京都市会海外行政視察報告書」という冊子にまとめるなどして報告している。

(2)ア  普通地方公共団体の議会は,当該普通公共団体の議決機関として,その機能を適切に果たすために合理的な必要性がある場合には,その裁量により議員を国内や海外に派遣することができると解すべきである(最高裁昭和58年(行ツ)第149号同63年3月10日第一小法廷判決・裁判集民事153号491頁参照)。

しかし,議会が,その裁量を濫用又は逸脱し,合理的な必要性が全くないにもかかわらず所属議員を海外に派遣したり,特に,研修や視察の名の下に,参加者もそれを承知の上で,遊興を主たる内容とし,観光に終始する日程で旅行を実施するなどした場合には,議会によるその派遣の決定は違法であって,これに要した費用の支出も違法になる場合があるものというべきである(最高裁平成5年(行ツ)第57号同9年9月30日第三小法廷判決・裁判集民事185号347頁参照)。

イ  上記の観点に立って,第2アメリカ視察を見るに,前記認定事実のとおり,第2アメリカ視察においては,参加した市会議員らは,シカゴ市において循環型社会形成の取組について視察し,トロント市において水道事業について視察し,ボストン市において姉妹都市ボストン市を公式訪問するとともに交通政策について視察し,ワシントンD.C.においてドメスティック・バイオレンス対策について視察し,ニューヨーク市において国連日本政府代表部を公式訪問するとともに,生活安全対策について視察しているところ,これらを視察し,併せて,各都市の市内を視察することは,市会議員が,京都市の議決機関である京都市会の構成員としてその職責を果たすために合理的な必要性のあるものというべきであるし,これらの視察をしていることからすると,第2アメリカ視察が主に観光目的で実施したと認めることはできない。

原告らは,第2アメリカ視察の視察内容は,様々な方法で諸外国の情報を容易に入手できるようになった今日において,特段,現地に行って視察する必要性のあるものではないと主張するが,議員としての幅広い見識と国際的な視野を持ち,これを保つためには,実際に現地で視察することの必要性も否定できない。

また,上記視察内容及び視察場所に照らすと,10日間という期間が不合理とも認められないし,参加する市会議員が視察項目として取り上げたものに限らず,海外視察の機会を利用して,他の市会議員の取り上げた視察項目を含めてより多くの視察をすることは有意義であり,そのために,7名程度の人数で海外視察の行動を共にすることは,不合理とはいえないし,10日間の日程である以上,その期間内に土曜日及び日曜日が含まれるのは当然であって,これらの点から,第2アメリカ視察が主として観光目的で行われたと認めることはできない。

さらに,第2アメリカ視察のために支出された費用も,上記のとおり,条例に基づいて算定された金額で,「京都市会議員の出張に関する要領」の限度内であり,参加した市会議員らが支給された金員を,第2アメリカ視察の宿泊費,移動費,視察期間中の食費など以外に不当に費消したと認めることもできないから,第2アメリカ視察のために支出した費用が不相当に高額と認めることはできない。なお,原告らは,第2アメリカ視察の費用は,一般のいわゆるパック旅行の費用の2倍ないし3倍である旨主張するが,性質の異なる海外視察に要する費用といわゆるパック旅行の費用を比較して,視察旅行の費用額の適否を論じることは相当ではない。

(3)  したがって,第2アメリカ視察に関する公金の支出が違法であるとすることはできず,第2アメリカ視察の参加者が支出された公金を不当に利得しているともいえないから,原告らの請求は理由がない。

第4結論

以上によれば,原告らの被告a,被告b,被告c,被告d,被告e,被告f,被告g,被告h,被告i,被告j,被告k,被告l及び被告mに対する訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし,原告らの被告n,被告o,被告p,被告q,被告r及び被告sに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 下馬場直志 裁判官 財賀理行)

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