京都地方裁判所 平成13年(行ウ)10号 判決
原告
甲
原告
乙
原告ら訴訟代理人弁護士
黒田充治
被告
東山税務署長 堀内信忠
被告指定代理人
天野智子
同
牧英二
同
紀純一
同
田中茂樹
同
吉良賢司
同
平本義博
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が平成9年1月20日に死亡した被相続人丙に係る相続税について平成11年4月1日付で原告らに対してした更正処分のうち、原告甲につき納付すべき税額6714万6000円、原告乙につき納付すべき税額828万7700円を超える部分は、いずれもこれを取り消す。
第二事案の概要
一 争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実は、以下のとおりである。
1 原告甲(以下「原告甲」という。)は丙(以下「丙」という。)の長男、原告乙(以下「原告乙」という。)は丙の長女であるが、丙は平成9年1月20日死亡し、相続が開始した(以下「本件相続」という。別紙相続関係図参照。)。
2 丙は、死亡時、株式会社A(以下「本件会社」という。)の代表取締役であり、本件会社のB銀行及びC銀行に対する借入金債務(以下「本件借入金債務」という。)につき連帯保証をするとともに(以下、この連帯保証債務を「本件保証債務」という。)、自らの定期預金を担保として銀行に差し入れていた。
3 原告らは、被告に対し、平成9年11月20日、丙が死亡時において本件会社に対し1億3003万7274円の貸付金債権(以下「本件貸付金」という。)を有していたとして、自ら同金額を相続財産に計上し、原告ら各自がそれぞれ6501万8637円を取得したとして、別表1の「申告」欄記載のとおり、本件相続に係る相続税の申告をした。
4 ところが、原告らは、平成10年11月18日、被告に対し、〈1〉本件相続開始時点において本件貸付金は回収不能な債権であるから、財産評価基本通達(以下「評価基本通達」という。)205<貸付金債権等の元本価額の範囲>に基づき、貸付金の元本の額に算入されるべきものではない、〈2〉本件借入金債務について、丙は、連帯保証人であり、自己の定期預金を担保として差し入れていたが、本件借入金債務は、相続開始時点において主たる債務者である本件会社が弁済不能状態にあって、いつ物上保証を実行されてもおかしくない状況であり、また、本件会社に求償権を行使しても回収は期待できない状況であったため、本件保証債務は、相続開始時点において確実な債務であり、本件相続の相続税の計算上、債務控除の対象となる債務である、〈3〉相続財産として申告した土地の評価が誤っていたこと、〈4〉債務控除すべき丙の公租公課が申告漏れであったこと、〈5〉丙の財産である中期国債ファンドが申告漏れであったとして、別表1の「更正の請求」欄のとおり、本件相続の相続税の減額を求める更正の請求を行った(以下「本件更正の請求」という。)。
これに対し、被告は、平成11年4月1日付で、上記〈1〉については、本件貸付金は相続開始時点において回収不能の債権であるとはいえない、上記〈2〉については、本件保証債務は相続開始時点において相続税法14条1項に規定する確実な債務には該当しないと判断し、上記〈3〉ないし〈5〉については原告らの本件更正の請求のとおりであると判断して、別表1の「更正処分」欄のとおり、納付すべき税額を一部減額するが、その余は減額更正すべき理由がないとする更正処分(以下「本件更正処分」という。)を行った。
5 原告らは、平成11年6月2日、被告に対し、本件更正処分に対する異議申立てをしたところ、被告は、同年10月15日付でこれを棄却する旨の決定をした。原告は、同決定を不服として、同年11月22日、国税不服審判所長に本件更正処分に対する審査請求をしたところ、同所長は、同年12月18日、同審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。原告らはいずれも、そのころ、同裁決に係る裁決書謄本を受領し、平成13年3月23日、本件訴えを提起した。
6 評価基本通達204、同205では、以下のとおり規定されている。
<貸付金債権の評価>
204 貸付金、売掛金、未収入金、預貯金以外の預け金、仮払金、その他これらに類するもの(以下「貸付金債権等」という。)の価額は、次に掲げる元本の価額と利息の価額との合計額によって評価する。
(1) 貸付金債権等の元本の価額は、その返済されるべき金額
(2) 貸付金債権等に係る利息(208<未収法定果実の評価>に定める貸付金等の利子を除く。)の価額は、課税時期現在の既経過利息として支払を受けるべき金額
<貸付金債権等の元本価額の範囲>
205 前項の定めにより貸付金債権等の評価を行う場合において、その債権金額の全部又は一部が、課税時期において次に掲げる金額に該当するときその他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときにおいては、それらの金額は元本の価額に算入しない。
(1) 債務者について次に掲げる事実が発生している場合におけるその債務者に対して有する貸付金債権等の金額(その金額のうち、質権及び抵当権によって担保されている部分の金額を除く。)
イ 手形交換所(これに準ずる機関を含む。)において取引の停止処分を受けたとき
ロ 会社更生手続の開始の決定があったとき
ハ 和議の開始の決定があったとき
ニ 会社の整理開始命令があったとき
ホ 特別清算の開始命令があったとき
ヘ 破産の宣告があったとき
ト 業況不振のため又はその営む事業について重大な損失を受けたため、その事業を廃止し又は6か月以上休業しているとき
(2) 和議の成立、整理計画の決定、更生計画の決定又は法律の定める整理手続によらないいわゆる債権者集会の協議により、債権の切捨て、たな上げ、年賦償還等の決定があった場合において、これらの決定のあった日現在におけるその債務者に対して有する債権のうち、その決定により切り捨てられる部分の債権の金額及び次に掲げる金額
イ 弁済までの据置期間が決定後5年を超える場合におけるその債権の金額
ロ 年賦償還等の決定により割賦弁済されることとなった債権の金額のうち、課税時期後5年を経過した日後に弁済されることとなる部分の金額
(3) 当事者間の契約により債権の切捨て、たな上げ、年賦償還等が行われた場合において、それが金融機関のあっせんに基づくものであるなど真正に成立したものと認めるものであるときにおけるその債権の金額のうち(2)に掲げる金額に準ずる金額
二 争点及びこれに関する当事者の主張
1 本件貸付金は、評価基本通達205<貸付金債権等の元本価額の範囲>に定める回収不能な債権に該当するか。
(1) 被告の主張
本件貸付金は、本件相続開始当時において、次のとおり、評価基本通達205前段にも該当しないし、後段の「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」にも該当しない。
(イ) 本件会社は、本件相続開始前後において評価基本通達205前段に挙げられた債権の元本不算入事由が生じた事実はない。
(ロ) また、本件会社は、B銀行東山支店及びC銀行河原町支店から本件相続開始後にも継続して新規融資を受けており、また、同各銀行への借入金の返済が遅延したことはなく、返済の催告を受けたり、担保権を実行されたこともなく、通常の取引を行っていた。また、本件会社の経営状況の改善の見込みが全くないとする事由も発生していない。
(2) 原告らの主張
(イ) 本件会社は、本件相続開始時において、純資産評価で1億4860万円程度の債務超過に陥っており、その後も経営改善の見通しが立たない状況にあった。また、本件会社は、丙の亡父である初代丁の陶芸作家としての誇りと名声を守りたいという意地と丙からの個人資金注入に基づいて事業を継続しているにすぎなかった。更に、丙は、本件貸付金について、本件会社に対して全く担保を確保しておらず、本件貸付金の引き当てとなる資産も無いに等しい状況にあった。
(ロ) このような事情に照らせば、本件貸付金は、本件相続開始時点において回収不能な債権であるということができるから、評価基本通達205<貸付金債権等の元本価額の範囲>に基づき、元本の額に算入されるべきではない。
2 本件保証債務は、相続税法(以下「法」という。)14条1項に規定する「確実と認められる」債務に該当するとして相続財産から債務控除することができるか。
(1) 被告の主張
本件会社は、本件相続開始以後に事業所の閉鎖等の事態が生じたり、強制執行や会社更生法等の申立てがされたりすることなく事業を継続し、B銀行東山支店及びC銀行河原町支店とも通常の取引を行っていた。本件相続開始時において、本件会社は、本件借入金について弁済不能の状態であったとはいえない。また、丙が本件保証債務を履行しなければならない事由が生じた事実もない。本件保証債務は、法14条1項に規定する「確実と認められる債務」ではない。
(2) 原告らの主張
丙は、本件借入金について連帯保証人になるとともに、自己の定期預金を担保として差し入れていた。本件会社は、本件相続開始時点で債務弁済不能状態であり、丙がそれらの債務を履行しなければならない状況であり、かつ本件会社に対する求償権も放棄せざるを得ない事態に陥っていた。本件保証債務は、「確実と認められる」債務として債務控除されるべきである。
第三当裁判所の判断
一 前記第二の一の事実に、甲1ないし14〔枝番を含む。〕、乙1ないし8〔枝番を含む。〕、原告甲本人尋問の結果(これらの各証拠を、以下「本件各証拠」という。)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
1 初代丁は、戦前、商工省指定技術保存作家の称号を授与され、大正10年に陶器(主に煎茶・抹茶の道具)の製造・販売等を業として創業し、戦後の高度経済成長期に売上を伸ばした。
2 そして、丁の業務は、昭和53年7月に資本金5000万円の陶器の製造・販売等を業とする株式会社(本件会社)が設立されて、これに引き継がれ、丙が2代目丁を継いで本件会社の代表取締役に就任した。ところが、本件会社は、バブル崩壊後は業績が伸び悩み、本件相続開始前後の決算期においては、毎期経常損失を計上し、債務超過の状態が続いていた。しかし、手形交換所の取引停止処分等に該当する事由が生じたり、強制執行、会社更生法等の申立てがされることはなく、事業を継続していた。そして、本件会社は、本件相続開始から約4年6か月後の平成13年7月23日、被告に対し、同年6月30日に解散した旨の届出を提出した。
3 本件会社の法人税申告書には、売上として、平成7年7月1日から平成8年6月30日までの事業年度(以下「平成8年6月期」という。以下同様。)に7619万0103円、平成9年6月期に7227万0256円、平成10年6月期に6066万4506円、平成11年6月期に5741万1894円がそれぞれ計上されている。
4 本件貸付金の額は1億3003万7274円であり、共同相続人である原告らそれぞれが本件相続により取得した金額は各6501万8637円である。また、本件保証債務のうち原告甲に係る金額は6335万8247円であり、その内訳は、B銀行分が3951万1942円、C銀行分が2384万6305円である。
5 本件借入金債務のうちB銀行に対する債務については、丙及び原告甲が連帯保証をするとともに、丙は自己の定期預金及び所有する不動産を担保として提供していた。また、本件借入金債務のうちC銀行に対する債務については、丙が連帯保証をするとともに、自己の定期預金を担保として提供していた。
6 本件会社は、B銀行東山支店から、別表3-1のとおり、証書貸付及び手形貸付による融資を受けてきたが、本件相続開始前後を通じて、金利、元本ともに怠ることなく返済を継続していた。
すなわち、本件会社は、別表3-1のとおり、同支店から、平成7年12月に証書貸付により1000万円の融資を受け、平成8年3月から毎月末日限り一定額の返済を継続し、同年11月にこれを完済するとともに、改めて同年11月に証書貸付により1000万円の融資を受け、平成9年1月から毎月末日限り一定額の返済を継続し、同年10月にこれを完済した。更に、本件会社は、同支店から、同年10月に証書貸付により1000万円の融資を受け、同年12月から毎月末日限り一定額の返済を継続したが、平成10年3月31日にこれを完済した。更に、本件会社は、別表3-2のとおり、平成12年3月31日に証書貸付により1150万円の融資を受け、同年4月以降毎月一定額の返済を継続していた。
原告甲は、上記返済に際し、同原告が丙から取得した定期預金を解約し、その解約金を本件会社のB銀行東山支店からの借入金の返済に充て、残りは本件会社の担保預金により返済充当した。
7 B銀行東山支店は、本件会社は、債務超過の状態にあるものの、過去からの資産の蓄積もあり保全面でも問題はないと判断し、その後も本件会社に対する支援を行うこととし、平成10年3月26日、同支店担当者と原告甲とは、本件会社に対する貸付金の返済方法等について協議を行った。その結果、担保定期預金を取り崩して当座貸越及び証書貸付の回収を図ることにより、本件会社に資金的な余裕を持たせ、併せてリストラ策などの提示も行い、時期を見て手形貸付についての回収を図っていくことで合意し、本件会社は、本件借入金債務のうちの前記各債務の返済を上記合意に基づき行った。
8 本件会社は、C銀行河原町支店から、別表2のとおり手形貸付による融資を受けてきたが、本件相続開始前後を通じて、金利、元本ともに怠ることなく返済を継続していた。
すなわち、本件会社は、別表2のとおり、同支店から、平成8年4月に手形貸付により1000万円の融資を受け、同年5月から毎月末日限り一定額の返済を継続し、平成9年1月にこれを完済するとともに、平成8年7月、同年10月、平成9年1月、同年4月、同年8月、同年10月に手形貸付によりそれぞれ1000万円の融資を受け、毎月末日限り一定額の返済を継続し、いずれも貸付日から1年以内に金利、元本ともに完済した。
9 C銀行河原町支店は、本件会社に対する貸付金は預金担保で保全されていたため、本件相続開始時点でその回収に動いたことはなく、平成10年1月27日に本件会社から追加貸付の申し入れがあった際、これ以上の貸付は金利負担の面から本件会社のためにならないと判断し、同支店担当者と原告甲とが協議をした。その結果、担保定期預金の解約により本件会社に対する貸付金を返済するとの合意をし、かかる合意に基づき同支店は本件会社に対する当座貸越及び手形貸付を回収した。
10 一般的に、金融機関が貸付に際して債務者から差し入れられた担保定期預金に係る担保権を実行し、当該貸付金と担保定期預金との相殺を行う場合には、取引約定書等の契約条項に基づく期限の利益の喪失事由が発生したことにより、当該債務者からの書類等の提出を待つことなく相殺手続が進められ、最終的には、債務者に対し「相殺通知」等の書面による通知がなされる。本件会社のB銀行東山支店及びC銀行河原町支店からの本件借入金債務に関しては、両銀行ともに、当該期限の利益の喪失事由の発生もなく、また、本件会社に対して上記の相殺手続は行われていない。
二 争点1について
1 評価基本通達204<貸付金債権の評価>は、貸付金債権等の価額を元本の価額と利息の価額との合計額によって評価する旨を定めており、これを受けて、同通達205<貸付金債権等の元本価額の範囲>では、貸付金債権等の価額の評価を行う場合において、その債権金額の全部又は一部が、課税時期において前記(1)ないし(3)の金額に該当するとき又は「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」には、それらの金額を元本の価額に算入しない旨定めている。そして、貸付金債権の評価方法として、上記通達の定めは合理的なものと認められ、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、前記(1)ないし(3)の事由に準ずるものであり、これと同視できる程度の事情の存することが必要であるというべきである。
2 これを本件についてみると、前記第二の一及び第三の一の事実関係によれば、確かに、本件会社は、本件相続開始前後の決算期において、毎期経常損失を計上し、債務超過の状態が続いており、その経営状態が良好であったとはいい難いものの、平成8年6月期の事業年度から平成11年6月期に至るまで年間約5700万円から約7600万円の売上を計上し、本件相続開始前後である平成7年ないし平成12年において、事業の閉鎖等の事態が生じたり、強制執行、会社更生等の評価基本通達205の(1)ないし(3)の事由はなく、事業を継続している。そして、本件会社は、B銀行及びC銀行に対し、本件相続開始前後を通じて、本件借入金債務について、金利、元本ともに怠ることなく返済を継続し、両銀行から本件相続開始前後も継続して新規融資を受けている。本件借入金に関しては、期限の利益の喪失事由の発生もなく、また、両銀行から本件会社に対して貸付金と担保定期預金との相殺手続も行われていない。
これらの事実関係に照らすと、本件貸付金は、本件相続開始前後において、評価基本通達205には該当しないものというべきである。
原告らのこの点に関する主張は、採用できない。
三 争点2について
1 法13条及び14条1項によれば、相続税の計算に際して、課税価格の算定の際にその金額を控除すべき債務は、「確実と認められるものに限る。」とされている。そして、「確実と認められる」債務とは、債務が存在するとともに、債権者による請求その他により、被相続人の負担に帰することが確実な債務であると解すべきである。
2 ところで、連帯保証債務は、それが履行された場合でも、その履行による負担は、法律上は主たる債務者に対する求償権の行使によって補填されて解消する関係にあり、このような観点からみると、被相続人が連帯保証債務を負っているというだけでは、原則として法14条1項の「確実と認められる」債務を負っているということに直ちになるものではなく、相続開始の現況において、主たる債務者が資力を喪失して弁済不能の状態にあるため、主たる債務者に求償しても返還を受ける見込みがない場合にはじめて、「確実と認められる」債務であるとして債務控除の対象になるというべきである。
3 これを本件についてみると、前記第二の一及び第三の一の事実関係によれば、前記判断のとおり、本件貸付金が評価基本通達205所定の回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときに該当しないのと同様の理由で、本件相続開始当時、丙が本件保証債務を履行した場合の本件会社に対する求償権について、その回収が不可能又は著しく困難であるとはいえない状況であったといわざるを得ない。
そうすると、本件保証債務は、これを法14条1項の「確実と認められる」債務ということはできない。
四 結論
1 本件更正処分についての前記各課税要件以外のその余の課税要件については、当事者間に争いがない。
2 以上によれば、本件更正処分は適法というべきであり、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法7条、民訴法61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 飯野里朗 裁判官 谷田好史)
別紙
相続関係図
〈省略〉
別表1
課税の経緯
〈省略〉
別表2
C銀行 借入金返済状況
〈省略〉
別表3-1
B銀行借入金返済状況 1
〈省略〉
別表3-2
B銀行借入金返済状況2
〈省略〉