京都地方裁判所 平成13年(ワ)934号 判決
原告
甲野花子
同訴訟代理人弁護士
久米弘子
同
大脇美保
同
湯file_4.jpg麻里子
被告
医療法人○○会
同代表者理事長
秋山一男
同訴訟代理人弁護士
莇立明
同
山下信子
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、3148万7849円及びこれに対する平成13年4月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、乳癌のため平成3年6月ころに被告の開設する病院において同病院の医師らによる手術を含む診療を受けた際、医師らが、原告がC型肝炎に罹患しないよう注意して各種診療(乳癌摘出手術及び血液製剤の使用等)を行う義務があったのに、これを怠って、原告をC型肝炎に罹患させ、また、医師らは、原告が肝炎の症状を示していたのであるから、C型肝炎であるか否かの検査をして適切な治療を行う義務があったのに、これを怠って原告に適切な治療をせず、さらに、医師らが原告の心情に全く配慮をしない不誠実・非常識な言動をし、原告に対して精神的苦痛を与えたなどと主張して、被告に対し、診療契約上の債務不履行に基づき、治療費、交通費、休業による逸失利益、慰謝料、弁護士費用及びこれらに対する各遅延損害金の支払を求めた医療過誤訴訟である。
一 争いのない事実、並びに本件証拠及び弁論の全趣旨より容易に認定できる事実は、以下のとおりである。
1 被告は、京都市内において、秋山総合病院(以下「被告病院」という。)を開設している医療法人である(代表者理事長秋山一男)。
原告は、昭和24年9月2日生まれの女性であり、平成3年6月1日、被告病院において診察を受けた結果、乳癌であると診断され、被告との間で、乳癌の治療についての診療契約を締結した者である。
2 原告は、平成3年6月1日、被告病院において、HCV(C型肝炎ウィルス)抗体検査を受けたところ、陰性の結果(HCV抗体不存在)が出た。また、原告は、同月6日にも被告病院において同検査を受けたが、同じく陰性の結果が出た。
C型肝炎の検査は、一般的に検査対象者の血中のHCVに対する抗体(HCV抗体)を検出することにより行われ、HCV抗体が検出された場合(陽性の結果の場合)には、現在HCVに感染している状態、あるいは、過去にHCVに感染してHCV抗体は残存しているが、HCVは既に排除された後である状態の2通りの意味がある。なお、HCV抗体検査では、現在体内にC型肝炎ウィルスが存在しなくても過去に感染しておれば陽性となるため、検査時点においてHCV(C型肝炎ウィルス)が体内に存在するか否かは不明である。
3 その後、原告は、乳癌の手術のため平成3年6月7日に被告病院に入院し、同月8日に乳癌の摘出手術(以下「本件手術」という。)を受けた。本件手術における担当医師は、被告病院の乙山太郎医師(以下「乙山医師」という。)であったが、実際に執刀した医師は丙川医師であり、乙山医師は丙川医師の介助医師を務めた。なお、本件手術の際、被告病院の麻酔科担当医師は、麻酔管理のために血液製剤(PPF)2単位を使用した。
4 原告は、平成3年6月25日、被告病院を退院した。
5 その後、原告は、平成3年7月12日、胃部不快感、吐き気、嘔吐及び全身倦怠感等を訴えて被告病院を受診し、採血の結果、肝臓に関する検査の数値(GOP、GTP)が高値を示すなど急性肝炎の症状を示したので、被告病院に再入院することとなった。乙山医師は、原告及びその家族に対し、経口抗癌剤(フルツロン)の副作用によるものではないかと説明した。なお、乙山医師は、原告が再入院していた間(平成3年7月12日から同年8月10日までの間)、HCV抗体検査は行わなかった。
ところで、GOT及びGPTの数値とは、肝機能に障害が生じているかどうか判断する際の指針となる数値であり、基準値とされる範囲を超えて高い数値を示した場合、肝機能障害を生じていると推測される。
6 その後、原告は、平成3年8月10日、被告病院を退院した。
7 原告は、被告病院を退院後、平成3年10月2日、医療法人六合会診療所(以下「六合会診療所」という。)を受診し、そこでの血液検査の結果、C型肝炎に罹患していると診断された(甲1)。
8 そこで、原告は、被告病院にその旨を報告したところ、平成3年10月25日にHCV抗体検査が実施され、陽性の結果(HCV抗体の存在が認められる。)が出た。
9 その後、原告は、被告病院に外来で通院するとともに、東京にある珠光会診療所や京都パストゥール研究所などでも受診し、平成4年4月20日からは再び被告病院に入院してインターフェロンによる治療が開始された。その後、原告に対するインターフェロンによる治療は同年10月19日まで続けられた。原告は、その後も平成11年までの間、毎年約1回の頻度で被告病院や珠光会診療所に通院して検査等を受けた。
10 その後、原告は、平成11年12月ころ、被告との間で話し合いを持ったところ、被告から、治療費79万円を原告に返還することで解決したい旨の申し出があった。これに対し、原告は被告の申し出を断り、伏見簡易裁判所に調停の申立てをし、その後調停が整わなかったことから、平成13年4月11日、本件訴訟を提起した。
二 争点及びこれに関する当事者の主張
1 原告にC型肝炎の発症が認められるか。
(原告の主張)
原告は、六合会診療所における診断結果どおり、C型肝炎を発症していた。被告病院自身、原告がC型肝炎ウィルスに感染し、これを発症したと診断し、C型肝炎に対する治療をしてきたものである。原告がC型肝炎を発症していなかったとすれば、被告病院においてわざわざインターフェロンによる治療を受ける必要はなかった。確かに、2種類の経口抗癌剤の投薬が原告の肝機能に影響を与えたかも知れないが、それだけをもって、原告の症状の経過を説明することはできない。
(被告の主張)
否認する。C型肝炎ウィルスが体内に存在していたとしても、C型肝炎ウィルスに感染したとはいえても、それが発症していたかどうかは不明である。原告の肝障害は、その症状の特徴(劇症性肝炎)からすると、乳癌の転移及び再発を防止するための抗癌剤の投与に伴う副作用としての薬剤性肝炎の可能性が高く、原告は、C型肝炎ウィルスに感染したとはいえるとしても、C型肝炎は発症していなかった。
2 原告は被告病院における治療の際にC型肝炎ウィルスに感染したか。感染したとして、被告病院の医師らに過失があったといえるか。
(原告の主張)
原告は、被告病院においてC型肝炎ウィルスに感染した。それ以外に感染した経路は考えられない。すなわち、① 本件手術にともなう観血的処置により本件手術に従事した者の手指等の身体、メス等の手術器具、又は、② 本件手術の前後の注射等の医療行為に使用された医療器具、若しくは、③ 本件手術に使用された血液製剤、以上のいずれかによって、原告は被告病院内においてC型肝炎ウィルスに感染した。原告には上記原因以外の感染原因は存在しなかった。針治療は、原告が被告病院に再入院しその後退院した後に初めて受診したもので、被告が主張するような針治療による感染の可能性はない。
なお、原告と同時期に被告病院で手術を受けた入院患者で、術後肝炎の症状が出て死亡した者が存在したし、被告病院の数人の職員はC型肝炎の治療のため、京都パストゥール研究所に通院していた。また、原告がC型肝炎ウィルスに感染していることが判明した後、被告病院において、入院・手術をした患者に対して肝炎検査が行われた。
上記のとおり、被告病院内において原告がC型肝炎ウィルスに感染したと認められる以上、被告は、いずれの場合にも、原告をC型肝炎ウィルスに感染させないよう注意すべき義務に違反したといえる。
(被告の主張)
否認する。
被告病院においては、平成3年6月当時、院内感染に対する対策が適切に行われていた。また、被告病院では、早くからC型肝炎抗体検査を術前検査に取り入れており、原告に対しても本件手術の前にHCV抗体検査を実施した。なお、平成3年6月当時は、全国各医療機関において未だ院内感染防止対策のための具体的対策は模索状態であり、系統的な対策は実施されていなかった。
被告病院では、すべての注射器はディスポーザブル(使い捨て器具)を使用していたものであり、注射器の使用方法から感染の可能性は全くなかった。また、本件手術に使用された血液製剤は、加熱された血漿分画製剤―PPF2単位のみであり、かつ、かかる血液製剤からC型肝炎を引き起こしたという報告はこれまで1例もない。
C型肝炎ウィルスは、感染してから発症するまで2週間から16週間程度かかるといわれており、また、C型肝炎ウィルス抗体は、発症してから1か月から6か月後に出現するといわれている。すなわち、C型肝炎ウィルスは、感染してから抗体の出現までに1か月半から10か月の時間的幅がある。原告は、平成3年10月2日に他院におけるHCV抗体検査の結果、陽性であることが判明したものであるが、C型肝炎ウィルスによるものであれば、その感染時期は最長10か月前の平成2年12月から最短1か月半前の平成3年9月中旬の間ということになる。そうすると、原告が被告病院に入院したのは平成3年6月7日であるから、原告は、入院の6か月前からC型肝炎ウィルスに感染していた可能性がある。そして、原告は、本件手術前に漢方治療を受けており、それによる感染の可能性がある。
上記のとおり、被告病院において原告がC型肝炎ウィルスに感染したものではないから、被告には何らの注意義務違反もあり得ない。
3 乙山医師は、原告のC型肝炎発症後の各種検査義務に違反したといえるか。
(原告の主張)
乙山医師は、原告が肝炎の症状を示し、かつ肝臓検査の数値が上昇しているにもかかわらず、原告に対してC型肝炎の検査を行わず、その発見を遅らせ、早期に適切な治療を行う義務に違反した。原告は、本件手術後約1か月後に急性肝炎を発症しているのであるから、薬剤性肝炎だけでなく、ウィルス性肝炎の可能性も疑って検査をするべきであった。
(被告の主張)
乙山医師は、平成3年6月1日及び6日の2回にわたり原告に対してHCV抗体検査を実施しており、いずれも陰性という結果を得ていたことから、急性肝炎は発症から抗体出現までは1か月ないし6か月は必要であるので、この時期に再検査しても医学的に無意味であると判断し、再入院後、原告に対してHCV抗体検査を実施しなかった。HCV抗体検査の結果が陰性で輸血歴のない患者が、術後に肝機能障害をきたせば、まずは薬物による副作用、特に投与開始1か月未満の抗癌剤の副作用を疑うのは、医学上妥当な考え方である。インターフェロンによる治療は平成4年1月から臨床使用に認可されたので、原告のHCV抗体検査の結果が陽性であると判明した時には未だ使用できなかった。
4 被告病院の医師らが原告の心情に全く配慮をしない不誠実・非常識な言動をし、診療契約上の債務不履行をしたといえるか。
(原告の主張)
被告病院の医師らは、原告に対し、退院後に海外旅行に行ったかなどという質問、C型肝炎に罹患しても20年は生きられるなどという発言、被告病院に勤務していた原告の親族に対して不利益が及ぶおそれがあると思わせるような言動及び被告病院の方から頼んで来てくれと言ったわけではないなどという発言などを繰り返し、原告を精神的に深く傷つけた。これら被告病院の医師らの不適切な言動は、診療契約上の被告の債務不履行に該当する。
(被告の主張)
否認ないし争う。乙山医師の海外旅行等に関する質問については、急性肝炎の原因究明のために原告の既往歴や薬物歴などを疑い、問診を行ったものであり、不適切なものではなかった。また、乙山医師は、原告に対し、「慢性肝炎から肝硬変、肝癌へと変化する場合には一般的に平均10年単位である。新しい治療薬として近い将来インターフェロンが使えるようになる。」と述べただけである。乙山医師は、原告の親戚である春川氏から、原告から夜中に電話がかかってきて困っていると苦情を言われたので、原告にその旨伝えただけである。
5 原告の被った損害額はいくらか。
(原告の主張)
原告が被った損害額は、3148万7849円が相当である。
(1) 治療費及び交通費
ア 被告病院分 79万円
イ 六合会診療所分 57万2194円(1万2439円×46か月)
ウ 珠光会診療所分 282万4155円
(入院費用)16万1650円
(通院・投薬代)212万5305円(23万6145円×9回)
(交通費)53万7200円(2万6860円×10回×2人)
(2) 休業損害 1480万1500円
平成3年賃金センサス(産業計・企業規模計女性労働者年齢学歴計)の年収296万0300円×5年(原告は当時40歳の主婦)
(3) 慰謝料1000万円
原告は、乳癌手術後の不安に加え、C型肝炎の罹患によって、二重に心身に著しい苦痛を受けた。さらに、原告は、被告病院の非常識な言動と不誠意な対応によって、一層深く傷ついた。その精神的苦痛を慰謝するには少なくとも1000万円が相当である。
(4) 弁護士費用 250万円
(被告の主張)
すべて争う。
第三 当裁判所の判断
一 前記第二の一の事実、甲1ないし23(枝番を含む。)、乙1ないし26、証人乙山太郎の証言、原告本人尋問の結果(以下「本件各証拠」という。)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。
1 原告は、平成3年6月1日、左乳房腫瘤を訴えて被告病院外科を受診し、外科部長の夏田医師の診察を受け、夏田医師から、腫瘤が硬結し、境界が不鮮明、凹凸不整であり、乳腺症であると診断された。夏田医師は、局部麻酔による針生検(細胞診)で組織検査を行うことを予定したが、原告の状態からみて細胞診では組織が十分に取れないおそれがあると判断し、その旨を原告に説明し、同科の丙川医師により、乳房腺瘤の局所麻酔下による切開による生検が実施されることとなった。その結果、原告の腫瘤は、病理組織学的には悪性(乳頭腺管癌)であると診断された。
その後、原告は、同日及び同月6日の2度に亘りHCV抗体検査を受けたところ、いずれの検査においても陰性という結果が出た。
2 原告は、平成3年6月7日、被告病院に入院し、同月8日、丙川医師が執刀医、乙山医師が手術助手、丁本医師が麻酔担当という構成で、全身麻酔の下で本件手術を受けた(手術時間2時間45分、出血量200グラム)。原告は、本件手術において、丁本医師から、加熱処理された血漿分画製剤―プラスマプロテインフラクション(PPF)2単位の投与を受けた。
3 ところで、PPFとは、加熱された血漿分画製剤(いわゆる加熱製剤)で昭和45年ころに日本において承認され、その後、昭和51年2月1日より発売が開始され、これまでに約600万本以上が使用されているが、肝炎が発症したという例は1例も報告されていない。また、原告に投与されたPPFの前後のロットすべてにHCV抗体検査が実施されたところ、すべて陰性の結果が出ており、更に、平成4年2月24日には、同一のロットにHCV-RNA定性検査が実施されたところ、やはりすべて陰性の結果が出た。
4 原告は、平成3年6月8日の本件手術の後、肩こりが出現し、針治療を受けた(乙24の29頁)。
5 また、平成3年6月11日より、乙山医師は、原告に対し、説明・同意を得た上で、補助化学療法として経口抗癌剤であるフルツロン及びホルモン治療剤のノルバデックスの投薬を開始した。フルツロンの投薬による副作用の1つとして肝障害があるとされている。
6 その後、原告は、平成3年6月25日、被告病院を退院した。
7 原告は、平成3年6月25日に被告病院を退院後、外来通院による検査とフルツロン等の投薬を受けたが、同年7月7日ころから、悪心・食欲不振という症状が現れたため、同月10日に乙山医師に対してその旨を訴えたところ、同月11日、原告に対するフルツロン及びノルバデックスの投薬が中止された。
8 原告は、平成3年7月12日、胃部不快感、吐き気、嘔吐、全身倦怠感などを訴えて、被告病院外科丙川医師の外来を受診し、採血をされたところ、原告に肝機能の異常が認められたので(GOT519、GPT851)、丙川医師の指示で同日より再入院することとなった。なお、乙山医師が引き続き原告の主治医となった。乙山医師は、原告の症状をみて、フルツロン及びノルバデックスの投薬はせずに、肝庇護剤(アリチラーゼ、ビタミンC、強力ミノファーゲン、アデラビン9号)を含んだ輸液治療を行った。
9 その後、原告は、平成3年7月17日ころから、皮膚及び眼球に黄疸が出始め、同月19日には掻痒感、同月20日には腹満、同月25日には背部倦怠感の各症状が生じ、また、同月23日、24日には全身に黄疸が出るなどしたが、同月22日には肝機能の数値は後記のとおり高値であったものの、悪心が軽度になるなど原告の肝機能は改善の方向に向かいはじめ、同年8月1日には悪心が消失し、皮膚の横染も軽減し、同月5日からは食事を全量摂取できるようになった。
原告の(GOT、GPT)の数値は、別紙のとおりであった。それぞれの基準値は、GOTが10〜40IU/1/37℃、GPTが5〜45IU/1/37℃である。例えば、平成3年7月22日は(345、236)、同月25日は(224、170)、同月29日は(126、129)、同年8月1日は(70、99)、同月5日は(32、54)、同月8日は(21、37)であり、このように次第に改善していき、原告が再入院してから約4週間を経過した後である平成3年8月8日ころには原告の肝機能はほぼ正常化した。
10 そして、原告は、平成3年8月10日、被告病院を退院し、以後は通院して治療することになった。
11 原告は、平成3年8月29日、珠光会診療所を受診し、乳癌の再発と転移予防のために、検査及びハスミワクチンの処方を受けた。そして、原告は、同年9月5日以降同年12月10日まで、被告病院においてハスミワクチンの投与を受けることとなった。
なお、ハスミワクチンは、当時の厚生省の認可の下りていない薬物であったが、原告が乳癌の再発と転移に不安を抱き、その使用を希望したため、投与されることとなった。
12 その間、被告病院は、原告の症状を経過観察し、肝機能が正常化していたので、原告と相談の上、乳癌の再発予防のため、平成3年9月15日からフルツロンの代用として経口抗癌剤であるユーエフティの投薬を開始した。ところが、同月24日、再び原告に肝機能の悪化が血液検査により認められたので(GOT208、GPT220)、被告病院は、同日、原告に対するユーエフティの投薬を中止した。
その後、被告病院は、原告の申し出により、ハスミワクチンを投薬しながら、経過観察を行ったところ、原告の肝機能は次第に改善し、同年10月11日は原告の肝機能は正常化した(GOT39、GPT57)。そこで、被告病院は、同日、ホルモン治療剤のノルバデックスの投薬を開始した。ところが、原告は、めまいがすると訴えたので、同月29日より投薬は中止された。なお、原告は、同日の問診の際、乙山医師に対し、10年前に針治療を受けていた旨を告げた。
13 原告は、被告病院の対応に対して不信感を持ったため、セカンドオピニオンの必要性を感じ、平成3年10月2日、六合会診療所を受診し、検査を受けたところ、HCV抗体が検出され(陽性)、C型肝炎に罹患していると診断された。
そこで、原告は、同月25日、被告病院にその旨を報告し、乙山医師に対し、本件手術の際血液製剤を使用しなかったか質問したところ、乙山医師は、血液製剤等は使ってないと思うと返答した。同日、被告病院において原告に対してHCV抗体検査を行ったところ、陽性の検査結果が出た。
14 なお、原告は、その後、平成7年8月ころまで、六合会診療所において検査とC型肝炎に対する漢方治療を受けた。漢方治療は肝機能障害の苦痛緩和と改善に効果があった。
15 その後、原告は、平成3年11月30日、被告病院を受診し、HCV抗体検査の他に、HCV-RNA定量検査(RT-PCR法)を行ったところ、検査結果は陽性であった。
16 ところで、HCV-RNA定性検査とは、C型肝炎ウィルス遺伝子検査として、C型肝炎ウィルスに感染しているかどうかを調べる検査方法であり、検査時にC型肝炎ウィルスに感染している場合には陽性の結果が出る。また、HCV-RNA定量検査も同様に現在C型肝炎ウィルスに感染しているかどうかを調べる検査方法であるが、陰性又は陽性という結果が出るというものではなく、基準値の範囲内か否かという結果が出る検査方法である。
乙山医師は、このころ、原告に対して、退院後に海外旅行に行っていないかなどという質問をし、また、原告の夫からC型肝炎の予後と治療について聞かれた際に、慢性肝炎から肝硬変、肝癌へと変化する場合には一般的に平均10年単位であり、新しい治療薬としてインターフェロンが使えるようになることなどを伝えた。
17 原告は、平成3年12月5日から同月7日まで、珠光会診療所の指示によって、自家ワクチンを製作するため、東京都多摩市にある聖ヶ丘病院に入院した。
18 その後、原告は、平成3年12月10日、乙山医師から被告病院消化器内科の受診を勧められ、同月14日、被告病院消化器内科へ受診の依頼をした。
19 原告は、京都パストゥール研究所がインターフェロンの研究に優れているという評判を聞き、平成3年12月20日、同研究所で検査を受けた。原告は、HCV抗体検査の結果が陽性であり、肝機能検査の結果が異常であったことから、同研究所から、インターフェロンによる治療方法を勧められた。なお、平成3年12月20日から平成4年4月16日までの原告のGOT、GPTの数値は、別紙のとおりであり、基準値の範囲を超えていた。
20 ところで、インターフェロン(IFN)による抗ウィルス療法とは、HCV持続感染の遮断による慢性肝炎治療を目標とするものであり、仮に治療が望めない場合であっても、肝硬変への進展の阻止又は遅延、肝癌の予防に効果がある治療法であり、我が国においては平成4年1月から当時の厚生省で認可された治療法である。
21 その後、上記のとおり、インターフェロンによる治療が平成4年1月から認可されたことを受けて、原告は、平成4年4月20日、被告病院に入院し、同病院の消化器内科において、インターフェロンによる治療を受けるようになった。原告の(GOT、GPT)の数値は、インターフェロンの投与により、別紙のとおり、それぞれ、4月30日が(14、29)、5月6日が(17、23)、同月7日が(18、21)というように改善されていった。
22 そして、原告は、平成4年5月8日、被告病院を退院した。
23 原告は、その後も平成4年5月11日から同年10月19日までの間、被告病院へ通院し、インターフェロンの投与と検査を継続した。なお、この間の原告のGOT及びGPTは基準値の範囲内であった。
24 原告は、平成4年5月20日、被告病院において、HCV-RNA定性検査を受けたところ、陰性の結果が出た。その後、原告は、被告病院において、平成4年6月18日にHCV-RNA定性検査、平成9年5月14日、平成10年5月20日及び平成11年5月19日にHCV-RNA定量検査を受けたところ、いずれの検査においても肝機能の数値は安定しており、平成4年6月18日は陰性の結果であり、平成9年5月14日、平成10年5月20日及び平成11年5月19日の検査における数値の結果はいずれも基準値の範囲内であった。C型肝炎ウィルスに対するインターフェロン投与の効果の判定は、HCV-RNA定性検査の結果が持続的に陰性であれば、治癒したものと判断される扱いであった。
25 また、原告は、平成4年9月14日、珠光会診療所で受診し、以後、平成5年から平成11年まで、毎年1回、珠光会診療所で受診し、自家ワクチンを使用していた。その間、原告の肝機能は継続的に安定しており、平成11年9月14日の検査においても、原告の肝機能は正常であると診断された。
26 原告は、被告病院におけるインターフェロンの投与終了後(平成4年10月19日)、平成5年4月19日までの間、被告病院で1か月ごとの検査を受け、更に、同日以降、平成11年までの間、毎年1回、被告病院において検査を受けた。なお、この間の原告のGOT、GPTの数値は基準値の範囲内であった。
27 被告病院においては、昭和62年から院内対策協議会が設置され、平成3年当時から、他の病院に先駆けて、HCV抗体検査を術前検査に取り入れていた。また、平成3年当時から、点滴や採血の注射器はすべてディスポーザブル(使い捨ての器具)が使用され、誤穿刺のないように指示が徹底されていた。職員がC型肝炎の入院患者に接する場合は、流水下で石鹸での手洗いが励行されており、排泄物が血液汚染された場合は基本的に洗浄して消毒されていた。
更に、HCV陽性患者に対する手術は、同一の手術室を使用する場合には、後回しにされていた。また、手術用のシーツは使い捨てのものが使用されており、手術場での履き物は手術室内用と手術室外用を区別しており、HCV抗体検査と関係なく、メス刃、縫合糸は再使用されず、注射器や注射針は全て使い捨てのものが使用されていた。大部屋の入院患者用の医療品は、処置用のカートにおかれており、カートには滅菌処理が行われた覆いの布が常備され、各部屋の移動時にはその布が掛けられていた。カートの台は、アルコール綿による消毒が常に行われていた。
(C型肝炎について)
28 C型肝炎とは、C型肝炎ウィルス感染が、その発症と持続の原因であると考えられる肝炎のことをいい、急性肝炎から経過が遷延して慢性肝炎や肝硬変へと進展する例が多い。C型肝炎ウィルスに感染した後、およそ2ないし16週間後に発症し、その発症後、およそ1ないし6か月後にHCV抗体が出現するとされている。急性のものは、身体のだるさ(倦怠感)、黄疸(皮膚や白目が黄色になる)、発熱等の全身症状や、食欲不振、味覚・嗅覚の変化、吐き気・嘔吐、下痢・白い便等の消化器症状、右脇腹の痛み、褐色の尿、皮膚の痒み等の症状が出るほか、GOT、GPTなど肝機能障害を示す検査数値に異常が生じるが、劇症化する例は極めてまれであるとされている。慢性のものの症状としては、増悪期に胃部の不快感、上腹部膨満感、悪心、顔面の瘡様皮疹がある。肝病変が進展し、肝硬変に至ると、正中部で硬度を増した肝を触知するようになる。さらに、肝硬変が非代償性とされれば、まず疲労時に下腿の浮腫をみるようになり、より進展すれば日常的な浮腫、腹水の出現、黄疸の出現、意識障害などをみるようになる。GOT、GPTの検査数値の異常が認められる。C型肝炎は、比較的変動が少なく、100単位前後で推移することが多いが、感染から1、2年の間は大きく上下に変動することがある。
29 C型肝炎の感染経路としては、輸血、血液製剤、汚染医療器具の誤刺・使用、そのほか、家族内感染、針治療、入墨、麻薬等の薬物注射、性的交渉等があるといわれている。
30 C型肝炎の治療方法としては、旧厚生省の肝炎研究班などにより、他のウィルス性肝炎と同時にインターフェロンの投与が有効であることが確認されているが、特にC型肝炎の場合は、インターフェロンが直接HCV(C型肝炎ウィルス)に作用して肝機能の改善に有効であるとされている(甲20)。
二 争点1に対する判断
1 被告は、原告についてC型肝炎ウィルスの感染はあったが、その発症はなかったとの主張をするので、以下検討する。
2 前記認定事実によれば、次のとおりである。まず、原告は、平成3年10月2日、六合会診療所において、HCV抗体が検出され(陽性)、C型肝炎に罹患していると診断されたのであり、このように、この時点で原告からHCV抗体が検出された以上、原告は、それ以前にいずれかの時期に、HCV(C型肝炎ウィルス)に感染し、C型肝炎を発症したものと推認することができる。また、平成3年11月30日に被告病院において原告に対して行われたHCV-RNA定性検査の結果は陽性であり、平成3年11月30日の時点において、原告の体内にC型肝炎ウィルスが存在していたということも明らかである。そして、原告の肝機能の状態を示すGOT及びGPTの数値は、平成3年7月13日から平成4年4月16日までの間、平成3年8月ころ及び同年10月中旬ころにおいては一時的に改善傾向にあったが、それ以外の期間においては基準値を大幅に超える数値であったこと、殊に、ユーエフティ等の経口抗癌剤の投薬を中止してから暫く経過した後である平成3年12月2日から平成4年4月16日までの間においても、再び原告のGOT及びGPTの数値が基準値を超える状態を継続していたこと、その後、上記数値が基準値の範囲内に落ち着いたのは、平成4年4月20日にインターフェロンによる治療が開始された後であったこと、HCV-RNA定性検査の結果が持続的に陰性であればC型肝炎は治癒したとされること、平成4年5月20日及び同年6月18日の原告に対するHCV-RNA検査の結果はいずれも陰性であったこと、以上のことからすれば、平成3年7月13日ころから平成4年4月16日ころまでの間の原告の肝機能障害は、C型肝炎ウィルスの感染により、C型肝炎が発症したことによって生じたものであると解するのが相当である。
3 そして、被告病院においても、原告がC型肝炎を発症していると判断したからこそ、原告の肝機能障害を改善するためにインターフェロンによる治療を開始したとみるのが自然であり、仮にそうではなかったとするならば、被告病院の治療行為自体矛盾するものであったといわざるを得ない。また、被告病院作成に係る入院証明書(甲5)においても、傷病名欄に「慢性肝炎」、その原因欄に「C型肝炎ウィルス」との記載がされている。
三 争点2に対する判断
1 原告は、原告がC型肝炎ウィルスに感染した経路として、① 平成3年6月1日の組織検査、同日の血液検査、同月7日の血液検査及び同月8日の本件手術の際、手術等に従事した者の手指等の身体、又は、メス等の手術器具による感染、② 本件手術前後の注射等(点滴)の医療行為による医療器具からの感染、③ 本件手術時に使用された血液製剤による感染、以上のいずれかの感染経路であり、上記以外には感染経路は存在しない旨の主張をし、以上のいずれの感染経路による場合であっても、それがいかなる形態、事実関係によるものであっても、被告病院の担当医師その他の者の注意義務違反があることは明らかであるとして、個々の具体的な感染経路、形態、事実関係を前提とした注意義務の具体的内容やその違反事実の主張・立証をしない。
2 そこで、以下、原告が主張するような感染経路により、原告が被告病院においてC型肝炎ウィルスに感染したといえるか否かを検討する。
まず、前記認定事実のとおり、被告病院において使用された血液製剤(PPF)は加熱処理されたものであり、我が国において昭和51年2月1日から発売され、これまで約600万本が日本で使用されているが、C型肝炎ウィルス感染の報告はこれまで一例もなかったこと、また、加熱製剤のうちフィブリノゲン製剤と異なり、アルブミン製剤(PPFはこれに含まれる)については世界的に1例も肝炎発症の報告がないこと(乙15)、原告に使用したとされるPPFと同じロット番号のPPFに対してHCV抗体検査が実施されたがいずれも陰性の結果であったこと、さらに、HCV-RNA定性検査の結果もいずれも陰性であったこと(乙8〜13)、以上の事実からすれば、被告病院で使用された血液製剤(PPF)によって、原告がC型肝炎ウィルスに感染したことを認めることはできない。また、前記認定事実のとおり、被告病院においては、平成3年当時から、点滴や採血の注射器、針及びメス刃等はすべて使い捨ての器具(ディスポーザブル)が使用されており、原告に対する平成3年6月1日の組織検査及び血液検査、同月7日の血液検査並びに同月8日の本件手術の際にも、使い捨て器具であったメス刃や注射器が使用されていたことからすれば、これらの器具により、原告がC型肝炎ウィルスに感染したということを直ちに認めることもできない。
3 原告は、平成3年当時被告病院の職員の中にC型肝炎感染者が存在し、京都パストゥール研究所において治療を受けていたこと、被告病院内で原告と同時期の手術患者で手術後にウィルス性肝炎を発症して死亡したものがいたこと、他のインターフェロンによる治療を受けていた患者で、被告病院で手術を受けた後にC型肝炎に罹患した者がいたこと、原告がC型肝炎に感染していることが判明した後に、被告病院で手術した他の患者らに対して肝炎検査が行われたこと、以上の事実を挙げ、かつ、原告には他にC型肝炎ウィルスに感染する原因(感染経路)が考えられない以上、被告病院における院内感染以外にはあり得ない旨の主張をする。
しかしながら、前記認定事実によっても、原告が被告病院における院内感染によってHCVに感染したものと推認することはできない。前記認定事実によれば、C型肝炎の感染経路としては、家族内感染、針治療、性的交渉等の病院等の医療機関以外におけるものも存在するのであって、原告が被告病院において手術等の治療を受けていた期間中に、原告主張の前記の各経路以外の感染経路でHCVの感染があった可能性は否定できない。特に、前記認定のとおり、原告は、本件手術の後に、肩こりが出現して針治療を受けており、その際の感染の可能性も否定できないといわざるを得ない。更に、原告においては、平成3年6月6日の時点においてHCV抗体の存在が認められず、同年10月2日の時点においてHCV抗体の存在が認められたとしても、C型肝炎ウィルス感染からC型肝炎発症まで約2週間ないし16週間を要すること、発症からHCV抗体出現まで約1ないし6か月を要することからすれば、平成3年6月1日の生検以前に原告が何らかの経路でC型肝炎ウィルスに感染した可能性もあるものといわざるを得ない。
4 のみならず、C型肝炎の感染経路が前記のように様々のものがあり得るとすると、仮に原告が被告病院において手術等の治療を受けた期間中に被告病院内で感染したものであると仮定しても、その感染態様が如何なるものであっても、常に、その態様を前提とした被告病院の担当者の具体的な注意義務違反が認められて被告の法的責任が肯認されるとまではいい難いと考えられる。
5 このようにみてくると、本件各証拠上、被告病院において原告がC型肝炎ウィルスに感染した可能性があることは確かであるが、原告としては、前記のような感染経路等の主張だけでは、請求原因として十分主張を尽くしたとはいえないのであって、原則どおりに、1つ1つの具体的な感染経路を前提とした上で、被告病院において、如何なる場面における、如何なる者の、如何なる具体的な注意義務違反があったかどうかを少なくとも選択的に、主張・立証しなければならないもので、原告は、そのような主張・立証を尽くしていないといわざるを得ない。
6 争点2についての原告の主張は採用することができない。
四 争点3に対する判断
1 確かに、一般的には、手術などの観血的措置の後に、患者に吐き気等の肝炎の症状が出てきている場合には、医師は、ウィルス性肝炎であることを疑い、その検査を行うべき注意義務を負っているといえる。
2 しかしながら、前記認定事実によれば、被告病院においては、原告に対して本件手術の直前である平成3年6月1日及び同月6日の2回にわたりHCV抗体検査が実施され、いずれも陰性の結果が出ていたこと、原告には、本件手術後、抗癌剤(フルツロン)の投薬がされていたこと、その副作用の1つとして肝障害が挙げられていること、C型急性肝炎の症状は軽症で発症時期が不明なことが多く、劇症化することは極めてまれであること、乙山医師が原告の肝機能障害につき薬剤性肝炎によるものであると疑い、抗癌剤の投与を中止した結果、結果的に投与中止した後しばらくしてから原告のGOT及びGPTの数値が低下したこと、そもそもインターフェロンによる治療が当時の厚生省により認可されたのは平成4年4月1日からであること、以上からすれば、平成3年7月12日に原告が被告病院に再入院してから平成3年10月25日に六合会診療所で受けたHCV抗体検査の結果が陽性であったと原告から報告されるまでの間、乙山医師が、原告の肝機能障害の症状について薬剤性肝炎の発症を疑ったのも無理からぬ事情があったというべきで、原告に対してHCV抗体検査を行う注意義務があったとまではいえない。
3 以上のとおりであり、原告の主張は理由がない。
五 争点4に対する判断
前記認定事実によれば、被告病院の医師らは、医師として、原告の人格を毀損するような発言をしたとまではいえず、また、本件各証拠によっても、被告病院の医師らがそのような言動をしたことを認めるに足りる証拠はない。
原告の主張は理由がない。
六 結論
以上の次第であり、その余の争点を判断するまでもなく、原告の本件請求は理由がないことに帰するので、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・八木良一、裁判官・飯野里朗、裁判官・谷田好史)
別紙〈省略〉