京都地方裁判所 平成13年(ワ)190号 判決
京都市中京区錦小路通室町西入ル天神山町284番地1
本訴事件原告・反訴事件被告
(以下「原告」という。)
株式会社日本きものセンター
同代表者代表取締役
中川正直
同訴訟代理人弁護士
松本俊正
同上
西野弘一
同上
松本裕子
京都市中京区室町通錦小路上る山伏山町565番地
本訴事件被告・反訴事件原告
(以下「被告」という。)
野田株式会社
同代表者代表取締役
野田憲一
大津市平津1丁目2の4
本訴事件被告・反訴事件原告
(以下「被告」という。)
藤井久雄
被告ら訴訟代理人弁護士
酒見康史
同上
矢野計介
主文
1 原告の請求及び被告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は本訴事件に関するものは原告の負担とし、反訴事件に関するものは被告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 原告(本訴)
被告らは、原告に対し、連帯して、1億円及びこれに対する平成13年2月15日(本訴の訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告ら(反訴)
原告は、各被告に対し、それぞれ、300万円及びこれに対する平成13年3月13日(反訴の訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、原告が、被告らに対し、原告の元取締役であった被告藤井久雄(以下「被告藤井」という。)が、原告退職後に入社した被告野田株式会社(以下「被告会社」という。)において、競業避止特約に違反した事業を行い、原告の売上を減少させたとして、共同不法行為に基づき、売上減少額の一部である1億円及びこれに対する本訴の訴状送達の日の翌日である平成13年2月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め(本訴事件)、これに対し、被告らが、原告に対し、原告の上記本訴請求が不当訴訟であり、不法行為に該当すると主張して、財産的・精神的損害として300万円及びこれに対する反訴の訴状送達の日の翌日である平成13年3月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(反訴事件)事案である。
2 前提事実(証拠の掲記のないものは当事者間に争いがないないか弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 当事者
ア 原告は、繊維製品の製造及び販売を業とし、株式会社さきぞう(以下「さきぞう」という。)が開発した縮緬生地を用いた洋服(以下「縮緬洋服」という。)の販売などを業とする株式会社である。
イ 被告会社は、各種繊維製品の卸売を業とし、染呉服の販売などを業とする株式会社である。
ウ 被告藤井は、昭和57年2月、原告に入社し、昭和63年から、さきぞう商品の企画を担当し、平成2年から、さきぞうが製造する「SAKIZO」ブランド商品を主力に扱うクリエイティブ事業部の部長に就任し、平成4年2月、取締役に就任し、平成9年2月、クリエイティブ事業部管轄常務取締役に就任した。
被告藤井は、平成9年4月10日、クリエイティブ事業部の部長職を解かれ、同年7月15日、取締役を辞任し、原告を退社し(甲7、8、18)、同年8月1日、被告会社に入社し、同月3日、常務取締役に就任した。
(2) 原告とさきぞうとの契約及びその違反
ア 原告は、平成8年3月28日、さきぞうとの間で、〈1〉さきぞうは、原告に対し、「SAKIZO JAPAN」ブランドを使用した縮緬洋服の独占販売権を与える、〈2〉原告は、類似商品の取扱いや販売をしない、との内容の「商品取引基本契約」(甲2)及び「ブランド使用に関する覚え書き」(甲3)を締結した。
イ 原告は、平成9年3月ころ、さきぞうから、「SAKIZO JAPAN」ブランドを使用した縮緬洋服と類似する商品を製造、販売しているとして、契約責任を問われた(甲4の1・2)。
(3) 被告会社による縮緬洋服の製造・販売
被告会社は、平成10年始めころから、縮緬洋服の製造・販売を行うようになり、同年2月6日、原告から、縮緬洋服の企画・製造・販売を中止するよう警告を受けたが、現在も縮緬洋服の製造を中止せず、販売行為を継続している。
3 争点
(1) 競業避止特約の有無及びこれが肯定される場合の損害額
(2) 原告の本訴提起の不法行為該当性の有無及びこれが肯定される場合の損害額
4 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)(競業避止特約の有無及びこれが肯定される場合の損害額)について
【原告の主張】
ア 競合避止特約及び被告会社の認識
(ア) 被告藤井は、原告を退社するに際し、当時の原告の代表取締役小島達三(以下「小島」という。)との間に、「今後、縮緬生地を用いた洋服の製造販売等を取り扱わない。」との合意をしており、原告と被告藤井との間には競業避止特約が存在する(以下「本件競業避止特約」という。)。
原告が被告藤井との間で本件競業避止特約を締結したのは、縮緬洋服事業の企画販売に関してノウハウを有する被告藤井が他社において同様の事業に携わることになれば、営業上、大きなダメージを受けることになること、さらに、「SAKIZO JAPAN」ブランドの使用に関する契約違反の問題の後、ようやく修復できた原告とさきぞうとの関係を悪化させるおそれがあったことによる。
(イ) 小島は、被告会社の代表取締役野田憲一(以下「野田」という。)が被告藤井とともに原告を訪問した際、野田に対し、被告藤井を縮緬洋服事業に携わらせるのか確認したところ、野田は、「当社は和装の製造卸業であるので、この際、藤井久雄氏に来ていただくことになりましたが、間違っても、一切縮緬生地を用いた洋服を取り扱うことはありません。」と回答した。
イ 本件競業避止特約違反行為及び被告会社の責任
(ア) 被告藤井は、平成10年初めころから、本件競業避止特約に違反して、原告の取引先に対し、被告会社の製品として縮緬洋服の販売をしており、不法行為に該当する。
(イ) 被告会社は、本件競業避止特約の存在を知りながら、被告藤井をして、上記縮緬洋服の販売をさせており、被告藤井と共同不法行為責任を負う。
ウ 損害
被告会社は、平成10年度から平成12年度までの3年間で、8億円余りの粗利益を上げており、原告は、その3年間で、13億円の売上減少が生じている。
したがって、被告らの不法行為によって原告に生じた損害は1億円を下らない。
【被告らの主張】
ア 本件競業避止特約の存在は否認する。被告藤井と小島の間で、原告主張のような合意がされたことはない。
イ 野田は、被告会社と原告が同じ町内にあり、当時の得意先であった原告の元取締役である被告藤井が被告会社に入社したことから、挨拶のために原告を訪問したにすぎず、その際、縮緬生地を用いた洋服を取り扱わない旨述べたことはない。
ウ したがって、被告藤井には本件競業避止特約違反行為は存在せず、被告会社も不法行為責任を負わない。
エ 原告主張の損害は否認する。
(2) 争点(2)(原告の本訴堤起の不法行為該当性の有無及びこれが肯定される場合の損害額)について
【被告らの主張】
ア 原告は、被告らが原告主張のような不法行為を一切していないことを知り又は容易に知り得たのに、本訴を提起しており、不法行為に該当する。
イ また、原告に1億円もの巨額の損害が生じていないことは明らかであるから、このような巨額の損害賠償請求である点においても、本訴提起は不法行為に該当する。
ウ 被告らは、本訴提起により、応訴を余儀なくされ、財産的・精神的損害を被った。その損害額は、それぞれ300万円を下らない。
【原告の主張】
争う。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(競業避止特約の有無及びこれが肯定される場合の損害額)について
(1) 本件競業避止特約の存在について
ア 本件競業避止特約の存在を直接裏付ける客観的な証拠はないところ、証人小島達三(以下「証人小島」という)は、小島が、平成9年6月12日、被告藤井から、同人が原告の取締役を辞任し被告会社に入社する予定である旨聞いた際に、同人に対し、「まさか縮緬の洋服はやらないだろうな。」などと念を押したところ、同人は、「ご迷惑はかけません。絶対にやりません。」などと答え、また、野田が挨拶に来た際にも、野田は「縮緬洋服をやることは絶対にあり得ません」と断言したと供述し、被告藤井久雄本人(以下「被告藤井」という。)及び被告会社代表者は、上記小島の供述するようなやりとりはなかった旨それぞれ供述する。
イ そこで検討するに、被告藤井が他社において縮緬洋服事業を行った場合における原告の被る営業上のダメージ及び原告とさきぞうとの関係の悪化のおそれを考慮すれば、本件競業避止特約は原告の事業にとつて極めて重要なものであることは容易に推認できるところであるし、被告藤井にとっても、今後被告会社における事業展開の重大な制約となることから、重要な関心事であるといえる。それにもかかわらず、原告と被告藤井間において、本件競業避止特約に関する書面は作成されておらず、原告は、被告藤井に対して本件競業避止特約を書面化することを求めてさえいないのである(証人小島)。また、被告藤井の取締役辞任及び同人に対する退職金の支給を議題とした取締役会において、本件競業避止特約の締結を退職金支給の条件とするなどの議論はされていない(甲7、証人小島)。さらに、原告が、平成10年2月、被告会社に対し、同社が被告藤井を責任者として縮緬洋服の製造販売を計画していることに対して、警告を発した際にも、被告藤井の営業秘密保持約束のみが理由とされ、本件競業避止特約の存在は理由とされていない(甲9)。
以上検討した事情及び被告藤井及び被告会社代表者の各供述に照らせば、証人小島の上記供述は採用できないというべきであり、他に本件競業避止特約の存在を認めるに足りる証拠はない。なお、証人小島は、本件競業避止特約のごときことは、商慣習上、あるいは商道徳上当然であると認識している趣旨の供述もするが、上記説示したような当事者間に及ぼす重要性を考慮すれば、競業避止の明確な合意が存在せねば、その効果を主張することができないことはいうまでもない。
(2) したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。
2 争点(2)(原告の本訴提起の不法行為該当性の有無及びこれが肯定される場合の損害額)について
(1) 訴えの提起が相手方に対する違法な行為となるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和63年1月26日第3小法廷判決)。
(2) これを本件について検討するに、上記のとおり、本件競業避止特約の存在は認められないものの、証人小島の証言及び原告代表者の供述によれば、原告は、小島の上記認識等から、被告藤井との間には当然に本件競業避止特約が存在し、かつ特約違反の行為があったと判断したものと認められる。また、甲18(小島の陳述書)及び証人小島によれば、原告は、売上減少を損害として把握し、内部資料から、少なくとも1億円の損害が生じたと判断したものと認められる。
したがって、本訴において原告の主張した権利又は法律関係が事実的法律的根拠を欠くものであり、かつ、原告がそのことを知りながら又は容易に知り得たのにあえて本訴を提起したとまでは認められない。
(3) よって、その余の点を判断するまでもなく、被告らの反訴請求は理由がない。
第4 結論
以上のとおりであって、原告の本訴請求及び被告らの反訴請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとする。
(裁判長裁判官 赤西芳文 裁判官 鈴木謙也 裁判官 矢作泰幸)