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京都地方裁判所 平成13年(ワ)1620号 判決

岡山県〈以下省略〉

原告

同訴訟代理人弁護士

木内哲郎

神﨑哲

加藤進一郎

東京都中央区〈以下省略〉

被告

光陽トラスト株式会社

同代表者代表取締役

大阪府吹田市〈以下省略〉

被告

Y1

福島県郡山市〈以下省略〉

被告

Y2

福島県郡山市〈以下省略〉

被告

Y3

神戸市〈以下省略〉

被告

Y4

大阪府門真市〈以下省略〉

被告

Y5

被告ら訴訟代理人弁護士

後藤次宏

主文

1  被告光陽トラスト株式会社,被告Y1及び被告Y2は,原告に対し,各自,16万4020円及びこれに対する平成13年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告光陽トラスト株式会社,被告Y1及び被告Y2に対するその余の請求並びに被告Y3,被告Y4及び被告Y5に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,原告と被告光陽トラスト株式会社,被告Y1及び被告Y2との間に生じたものはこれを100分し,その99を原告の,その余を同被告らの負担とし,原告とその余の被告らとの間に生じたものは全部原告の負担とする。

4  この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,各自,2313万8220円及びこれに対する平成13年3月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,原告が,被告光陽トラスト株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員である被告Y1(以下「被告Y1」という。),被告Y2(以下「被告Y2」という。),被告Y3(以下「被告Y3」という。),被告Y4(以下「被告Y4」という。)及び被告Y5(以下「被告Y5」という。)による違法な勧誘等のため,商品先物取引により損害を受けたとして,被告らに対し,共同不法行為による損害賠償請求権に基づき,各自,2313万8220円及びこれに対する損害確定日である平成13年3月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

2  基礎となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)当事者

ア 原告(昭和2年○月○日生)は,昭和63年3月に教職から退くまで43年間小学校の教諭を勤め,本件当時,岡山県a(以下「a」という。)教育委員会の教育長であった。

イ 被告会社は,農産物,米穀等の売買業等を目的として設立された株式会社である(弁論の全趣旨)。

被告Y1及び被告Y2は,被告会社京都支店営業部の従業員(甲9の1,10),被告Y3は,同支店支店長(甲9の2),被告Y4は,同支店等を統括する事業本部長,被告Y5は,同支店等を統括する事業部長(被告Y5本人)であって(いずれも本件当時),いずれも原告に先物取引を勧誘した者である。

(2)原告は,平成13年(以下,年の記載のないものは,すべて平成13年である。)1月31日,原告の勤務先を訪問した被告Y1から,大阪ゴムシート3号(以下「ゴム」という。)の先物取引の勧誘を受け,以後2月2日から3月26日までの間,別紙「取引経過表」(以下「別表」という。)のとおり,ゴム及び大阪ゴム指数(以下「ゴム指数」という。)の先物取引(以下「本件取引」という。)を行った。その間,原告は,被告会社に対し,委託証拠金として合計2870万円を交付したが,売買手数料が803万6400円,消費税が40万1820円,取引上の損失が970万円となり(合計1813万8220円),清算金690万0400円(甲67)の返還を受けた。

第3争点

1  不法行為の成否

2  損害額

第4争点に対する当事者の主張

1  争点1(不法行為の成否)について

(原告の主張)

(1)勧誘段階での違法性

ア 詐欺による取引勧誘(迷惑・執拗・誤認勧誘)

(ア) 迷惑,執拗な勧誘,目的不告知,誤認勧誘は,商品取引所法施行規則(以下「施行規則」という。)46条5号ないし7号及び受託等業務規則5条2号等により禁止されている。

(イ) 被告らは,最初の勧誘段階において,原告に対し,建てていない建玉を建てた旨虚偽の事実を告げ,若いセールスマンのミスだと偽り,「将来ある青年を助けてやってほしい。」と懇願し,約諾書に原告のサインを取り付けている。その勧誘方法は,迷惑・執拗・誤認勧誘にとどまらず,建玉していないのにしてしまったとして契約を迫る勧誘手口によるもの(いわゆる浮き玉)であり,故意による詐欺行為であって,違法である。

イ 適合性原則違反

(ア) 顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる者に対する勧誘は,禁止されている(商品取引所法《以下「法」という。》136条の25第1項4号,受託等業務規則3条,5条1項1号等)。これは,先物取引の受託契約においては,信義則上,顧客に対し,先物取引のリスクについて適切に説明し,理解させ,理解した者以外は勧誘してはならない義務である。

いかなる者が不適格者に該当するかは,法の趣旨から,その者の資力,知識,時間的余裕といった点を考慮して判断しなければならない。

(イ) 原告は,借金をして取引資金を準備させられており,本件当時,満73歳と高齢で,先物取引はおろか株式取引の知識,経験もなく,経済関係や金融の職に就いたこともなく,日本経済新聞などの経済関係の新聞や雑誌を購読したこともない。また,原告は,ゴムやゴム指数といった商品やそれらの価格変動要因に関する知識もなく,さらに,取引当時,教育長として先物取引よりも仕事を優先しなければならない立場にあった。

被告らは,原告のかかる属性を十分に認識した上で,危険性の説明を全くすることなく,原告を勧誘しており,適合性原則に違反している。

ウ 断定的判断の提供

(ア) 商品相場が多様な要素の複雑な絡み合いによって形成されるものであることからすると,断定的判断の提供は,先物取引の本質に反する虚偽の勧誘であり,法136条の18第1号,施行規則46条8号等により禁止されている。

(イ) 被告らは,原告に対し,2月4日に「今はゴムの値が下がって底をついているが,1か月もたてば値は上がる。そうしたら何百万,何千万円となって返ってくる。」,2月26日に「今やめるような人はいない。逆に取引を続ければ何百,何千万円という利益がついて戻ってくる。」等の断定的判断を提供して取引を開始,継続させた。

エ 説明義務違反

(ア) 先物取引の勧誘をする場合,その仕組みや危険性を十分に説明することが必要であり,そのため,先物取引の投機的本質,損失が発生する可能性,取引の仕組み,追証等について事前交付書面に基づいて説明しなければならない(受託等業務規則5条4号,4条1項3号・2項)。そして,先物取引の難解性及び危険性からして,かかる説明義務は,信義則上,顧客が先物取引の仕組みや危険性を実質的に理解する程度まで行うべき義務である。

(イ) 原告は,教職関係以外の職についたことがなく,経済や金融に全く通じておらず,高齢で,先物取引はおろか株式取引の知識も経験もなかった。したがって,被告らには,原告が先物取引の仕組みやその危険性等に関する的確な理解を形成した上で,その自主的な判断に基づいて,商品先物取引に参入し,取引を委託するか否かを決することができるように,極めて入念かつ詳細な説明を行う義務を負っていた。

しかるに,被告らは,先物取引の投機的本質や損失発生の可能性,取引の仕組み,追証等についての説明を全く行っておらず,かかる説明義務を一切尽くしていない。

(2)取引継続段階での違法性

ア 新規委託者保護義務違反

(ア) 新規委託者の保護育成期間を3か月とし,同期間内の建玉枚数は原則として20枚を超えないものとするとの社団法人全国商品取引所連合会(以下「取引所連合会」という。)の従来の受託業務指導基準に照らし,新規委託者との間で,上記期間中に過大な取引を行わないことは,委託者に対する取引員の一般的な注意義務を構成する。

平成10年9月からは,各社が各様の受託業務管理規則を定め,従来の枚数制限が各社により変更され,被告会社の受託業務管理規則には,新規委託者については取引額を500万円以内にする旨の定めがある。

(イ) 本件において,被告らは所定の適正な審査を経ず,取引開始3日後である2月5日に原告に530万円を拠出させたのを始め,取引開始の約1か月後である3月8日までに総額で2700万円以上の金員を投下させた。

かかる被告らの行為は,新規委託者保護義務に反し違法であることはもちろん,被告会社自身が受託業務管理規則に定めた緩やかな基準すら守っていないものとして,きわめて悪質であり,違法性の程度が強い。

イ 両建の勧誘

両建(既存の建玉が値洗損になっているような場合,反対の建玉を建てることによって,既存の建玉を仕切らずに乗り切ろうというもの)の勧誘は,同一限月,同一枚数でなくても,同一商品の反対の建玉であれば違法となる。被告らは,本件取引において,原告に両建(別表No.4,6,9,13,15,18,21,24)をさせており,違法である。

特に,原告が明確に手仕舞い要求した3月15日以降は,原告に無断で,毎営業日,連続して売り直しをして両建を行っており,その違法性の程度は著しい。また,別表No.6の買い建玉100枚及び同表No.8の買い建玉60枚は,被告会社が原告代理人からの手仕舞いを要求する内容証明郵便を受領した3月26日まで放置されており,因果玉を放置した状況で両建がされていた。

ウ 無断・一任売買

(ア) 委託者が商品取引員に建玉を指示する場合は,商品,限月,取引年月日,場節,指値又は成り行きの別,枚数,売り買いの別,建て落ちの別を具体的に指示する必要があるが,これらのいずれかについて,委託者の指示に基づかない売買が無断売買,指示内容の全部又は一部を任せるのが一任売買であり,形式的には承諾していても委託者が外務員の言いなりになっている場合が実質一任売買であって,いずれも違法である(法136条の18第3号,施行規則46条3号,受託契約準則24条等)。

(イ) 本件各取引中,原告から,具体的に,商品,限月,取引年月日,場節,指値又は成り行きの別,枚数,売り買いの別,建て落ちの別等を指示してされた取引は一切なく,取引のすべてが無断売買又は一任売買である。

エ 特定売買

(ア) 無意味な反復売買である特定売買は,委託者保護,公正な取引価格形成の阻害という両面から禁止されている(受託等業務規則3条2項,5条1項6号・16号)。農水省の旧チェックシステム,旧通産省の旧MMT(ミニマムモニタリング)に定められていた特定売買には,両建のほか,直し(既存の建玉を仕切って,同一日内に同じ建玉をすること),途転(既存の建玉を仕切って,同一日内に新たに反対の建玉をすること),手数料不抜け(利益が手数料を超えない取引)が含まれ,これらは,いずれも違法である。

(イ) 取引継続段階での商品取引員の違法性については,無意味な反復売買の度合いを客観的基準で判断するという手法(客観的違法論)が定着しており,その判断基準では,①特定売買比率(全取引《仕切り玉回数》に占める特定売買の割合を数値化したもの)が20%以下という基準を超える場合(なお,1つの建玉が重なる場合《例えば,途転をした建て玉が手数料不抜けで仕切られた場合》は1回と数え,その場合の順位は,直し,途転,日計り,両建,手数料不抜けの順とする。),②月間回転率(1か月に何回建ち落ちがされたかを取引期間中に占める仕切り玉の回数によって数値化したもの)が3回以内という基準を超える場合,又は,③手数料化率(損金《取引損のほか,手数料,税金も含む。》に対する手数料の割合を数値化したもの)が10%以下という基準を超える場合は,いずれも違法である。

(ウ) 本件取引において,仕切り回数は16回で,特定売買としては,上記イの両建の外,別表No.5・6の買い直し,同表No.7・8の途転,同表No.14・15,17・18,20・21,23・24の各売り直し及び同表No.20の手数料不抜けがあり,重複している建玉を上記基準に従って処理すると,直し5回,途転1回,両建3回,手数料不抜け1回の計10回となり,特定売買比率は62.5%(≒10÷16×100)である。

また,本件取引において,53日間で16回の仕切りがあり,月間回転率は9.1回(≒16÷53×30)である。

また,本件取引における損金は1813万8220円,手数料は803万6400円であり,手数料化率は44.3%(≒803万6400÷1813万8220×100)である。

すなわち,本件取引を客観的に分析すれば,違法性判断基準となる特定売買比率,月間回転率,手数料化率において,いずれも基準値の3倍以上という高率の数字が現れており,被告らが手数料取得目的の無意味な反復売買を行ったことは明らかである。

オ 無敷,薄敷

(ア) 証拠金の全額を徴収しないで建玉させる無敷及びその一部を徴収しないで建玉させる薄敷は,いずれも禁止されており(法97条1項,受託契約準則9条,10条),無敷・薄敷による委託契約は,少なくともその建玉については,無効,違法である。

(イ) 本件において,別表No.9は,被告会社が金銭を立て替えて売り建玉を建てており,その建玉は,無敷ないし薄敷であり,違法である。

カ 不要な金銭徴求

(ア) 顧客に対する誠実公正義務(法136条の17)を負う商品取引員及びその従業員は,顧客から金銭を預かり又は顧客に対して金銭を徴求する際には,その金銭の費目を説明する義務を負っている。当面の取引に必要のない預かり金を顧客に拠出させる場合は,その時点での顧客の資金状況を詳細に説明し,特段預かる必要のない金銭であることを明確に告げ,それでもなお顧客が預ける意思を持っているかを確認した上で受領する義務がある。特に,顧客が余裕資金の範囲を超えて取引をしている場合には,その説明義務の程度は大きくなる。

(イ) 本件において,被告らは,原告に対し,当面必要のない余剰預託金の徴求であるにもかかわらず,そのことについての説明を全く行わず,2月9日及び同月13日に各150万円,同月26日に600万円,翌27日に300万円,3月13日に150万円を要求し,徴求している。

キ 向い玉(取組高均衡手法)

(ア) 業者が委託者を食い物にしていない限り,業者の建玉と委託者の建玉は傾向を同じくするはずであり,向い玉(先物業者が顧客の建玉と反対の建玉をすること)を建て,取組高均衡手法(取組高《当該取引日の終了時点における建玉の数》の差玉を埋め合わせる手法)を取るという行為は,委託者と利益相反の関係に立つという点にとどまらず,委託者を犠牲にして相場の変動にかかわらず業者が利益を上げる点において,違法である。

(イ) 本件において,被告会社は,取組高均衡手法を採用し,原告に何ら説明することなしに,原告に対して勧誘した取引と全く反対のポジションの自己玉を建て,取組高の差をなくすことで商品取引所との間での精算を無視できるほど小さいものとし,その結果として,原告の損失(取引損及び手数料損)をそのまま被告会社の利益として取り込むことのできる状況を作出し,そのような状況の下で,原告に無意味な反復売買(特定売買)を行わせて手数料を稼ぎ,建玉数を拡大させて多額の取引損を作出させるという「客殺し商法」を行っているのであって,被告会社のこのような行為は重大な違法性を有するものである。

(3)仕切り段階での違法性-仕切り拒否,回避

ア 商品取引員の善管注意義務,誠実公平義務からは,委託者の指示に従うのは当然であって,委託者が仕切りを指示しているのにこれに従わないのは,施行規則46条10号,受託等業務規則5条6号等に反し,違法である。

イ 原告が,3月15日,被告Y3に対し,明確に手仕舞いを告げたのにもかかわらず,被告らは,「一度に処分すると損失が大きいので1日に10枚程度処分し,全部処分するには1週間か10日はかかる。」などと虚偽の事実を述べ,手仕舞いを拒否して,同日以降,組織ぐるみで原告の手仕舞いの要求を拒否し続けた。

(4)上記各違法行為は,格別に検討して不法行為を構成するものであることはもちろん,本件取引における被告らの一連の違法性を各段階で徴表するものであって,被告らの加害意図に基づく原告に対する継続的不法行為を構成する。

(被告らの主張)

(1)勧誘段階での違法性

ア 詐欺による取引勧誘(迷惑・執拗・誤認勧誘)

詐欺による取引勧誘があったとの主張は否認する。

イ 適合性原則違反

(ア) 被告会社の受託業務管理規則4条は,未成年者等,物事の理解能力,判断能力に欠けている者,一定収入を得ることの出来る職業がなくかつ余裕資金のない者などを,先物取引参入不適格者と定めている。

(イ) 原告は,43年間の学校教員をした後,教育長の職にあり,学校退職時の退職金と年収500万円を有していた。また,原告は,被告会社に対し,先物取引の危険性を自認して自己資金内で取引をする旨の申出書を差し入れている。

したがって,原告の勧誘に適合性原則違反はない。

ウ 断定的判断の提供

断定的判断の提供があったとの主張は否認する。

エ 説明義務違反

被告らが説明義務を尽くしていないとの主張は否認する。

被告らは,原告に対し,先物取引の仕組みや危険性,ゴムの値動きや市況等について十分な説明をした。

(2)取引継続段階での違法性

ア 新規委託者保護義務違反

(ア) 新規委託者保護義務違反との主張は否認する。

(イ) 被告会社の自主規制規則では,新規期間を1か月,最大投機枚数を500万円までとして,この範囲内では,外務員は,独自に受託をなし得ることとしており,これを超えた受託は,会社の許可を要するとしている。

原告は,本件取引の危険性を十分に了知して本件取引に入ったものであり,また,取引当初より損金を出しこれを理解した上で取引を拡大したものである。被告会社は,原告が損金を発生させた上であるから危険性の認識は十分と考え,500万円を超える投機を許可した。

イ 両建の勧誘

(ア) 両建自体は違法ではない。

両建で批判されるのは,両建玉のうち利益の出た建玉のみを利食いし,値洗損の出た建玉に対して反対玉を建てて両建を繰り返すことにより損勘定に対する感覚を麻痺させる型であり,また,不適切な両建として問題とされるのは,同時両建(売りと買いを同時に建てること),常時両建(どの時点を見ても両建が繰り返し行われその売買取引に投機目的が窺われないもの)及び因果玉の放置(引かされ玉を仕切らず反対玉を継続反復建てしていること)である。

(イ) 本件においては,ほとんど損切をしており,上記の不適切な両建はない。

ウ 無断・一任売買

本件取引が無断売買又は一任売買であったとの主張は否認する。

エ 特定売買

(ア) 原告の主張する各特定売買は,それ自体が違法なものではない。特定売買の存在や回数のみを問題とするのは誤りである。

(イ) 取引所連合会の取引所指示事項及び受託業務指導基準が定める形態に該当する特定売買について,初めて無意味な手数料稼ぎと推認され,禁止されることになる。

上記指示事項及び指導基準においては,直しについては,既存の建玉を仕切ったのと同場・同節に,新規に同じ建玉をし,既存の建玉をただ単に維持していること以上に何らの意味を見い出せないものが,直し売買として禁止されるものである。また,途転については,既存の建玉を仕切ったのと同場・同節に,新規に反対の建玉を繰り返しているものが,途転として禁止されるものである。

本件においては,上記の直し売買はなく,また,途転は,別表No.8の取引の1回のみである。

オ 無敷,薄敷

無敷及び薄敷は必ずしも違法ではない。本件において,無敷は存在せず,また,本証不足はない。

カ 不要な金銭徴求

原告の主張は争う。

キ 向い玉

原告の主張は争う。

商品取引員が自己玉を立てることは禁止されていない(施行規則46条2項参照)。また,商品取引員が常に相場動向を的確に当てるという前提がない限り,向い玉が客殺しの手段となるということはいえないし,商品取引員が常に相場動向を的確に当てることはできない。

(3)仕切り段階での違法性-仕切り拒否,回避

仕切り拒否又は回避があったとの主張は否認する。

2  争点2(損害額)について

(原告の主張)

(1)取引差損(売買差損,委託手数料及び消費税の合計額)

原告は,被告による違法不当な勧誘行為により先物取引に引きずり込まれ,合計1813万8220円の取引差損(売買差損,委託手数料及び消費税の合計額)を被った。

(2)慰謝料

原告は,被告らの不法行為により,望みもしない先物取引の世界に引きずり込まれ,取引開始後も,被告らの言うがままにコントロールされ,まじめに勤めた教員生活43年の結果手にした退職金や,老後のために蓄えていた全財産を失い,借金までして証拠金を捻出させられ,日々,借金返済についての不安を持つに至らされた。しかも,被告らからは,十分な情報を与えられず,手仕舞いを拒否されることも度々で,甚大な精神的苦痛を被った。かかる原告の精神的被害は300万円を下らない。

(3)弁護士費用 200万円

本訴訟は,高度に技術的専門的であるから,弁護士への依頼が必要不可欠であった。弁護士費用は,上記(1)及び(2)の損害額合計額の約1割である200万円である。

(4)損害額合計 2313万8220円

(被告らの主張)

争う。

第5証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第6当裁判所の判断

1  認定事実

(1)第2の2の事実に,証拠(甲6ないし19,26,46,67,74ないし77,乙1ないし17,24,38ないし44,49ないし58《以上,枝番号を含む。》,原告,被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5各本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,本件取引経過の概要は,次のとおりである。

ア 原告(昭和2年○月○日生。本件取引当時,満73歳)は,昭和20年3月,b学校を卒業し,その後,昭和63年3月まで43年間小学校の教諭を勤め,約2500万円の退職金を受け取って退職し,本件取引当時,a教育委員会の教育長であり,手取りで月額38万円の給料を得ていた。なお,原告は,本件取引までに,先物取引や株取引をした経験はなかった。

イ 被告Y1は,1月30日,原告に電話をし,先物取引の勧誘であることを告げて,原告と面会の約束をし,翌31日午後,aの教育長室(以下「教育長室」という。)に原告を訪ね,同人に対し,先物取引の勧誘を行った。

その際,被告Y1は,原告に対し,自ら図を書き,新聞の相場欄やゴムのパンフレットを示す等して,先物取引の仕組みや,ゴムの一般的な相場要因及び当時の市況等の説明を行った。原告は,被告Y1の上記説明に対し,先物取引をするともしないとも態度を明らかにしなかった。

ウ 被告Y1は,2月1日午後1時ころ,原告に電話をし,「ゴムが高騰しているので,是非20枚買ってほしい。」とゴムの買い建てを勧誘した。

原告は,「必要ない」ということを伝える際に,「よろしい」という癖があり,被告Y1の上記勧誘に対しても,それを断る趣旨で「よろしい」と言った。これに対して,被告Y1は,「ありがとうございます。20枚注文します。」と言い,原告が「要らない。」と言い直したにもかかわらず,直ぐに電話を切った。

その後,被告Y1及び被告Y2は,同日午後5時半ころ,事前の連絡なく,教育長室に原告を訪ね,被告Y2が,原告に対し,「教育長,Y1が間違いを起こし,誤って20枚注文してしまいました。どうか叱ってやってください。」と言って,被告Y1に頭を下げさせた。

被告Y2は,被告Y1を教育長室の外に出した後,原告に対し,「Y1が誤って,注文したことは,取引所には通じません。Y1は登録外務員証を取り上げられて,明日から仕事ができなくなります。どうか助けてください。助けてもらうためにはゴム20枚買ってもらわなければなりません。」などと言ってと懇願し,自分の登録外務員証をコピーするよう手渡した。

原告は,これに同情したこともあって,被告Y2に対し,ゴム20枚の買いを建てることに同意した。

その後,被告Y2は,原告に礼を言い,原告に対し,「商品先物取引委託のガイド」(乙1)及び「予測が外れた場合の売買対処説明書」(乙6)を交付して,先物取引の仕組みや危険性について説明した。原告は,被告Y2の指示に従って,約諾書(乙4)等に必要事項を記載し,「先物取引の危険性を了知の上,自己の責任と判断において自己資金の範囲内で取引を行う」旨の申出書(乙7)を作成し,被告Y2に質問を読み上げてもらって,「口座設定申込書兼理解度アンケート」(乙8)を作成した。

しかし,実際には,被告Y2らの原告に対する説明と異なり,2月1日に,原告注文の建玉がされたことはなかった。

エ 原告は,2月2日,被告会社に対し,委託証拠金として90万円を送金し,被告会社は,同日,原告注文のゴム20枚の買い建玉の取引(別表No.1)をした。

オ 被告Y2は,2月5日,原告に電話をし,ゴムが値下がりして,損失が出そうになっており,損失を防ぐためにはあと100枚買ってもらわなければならないこと,また,被告Y3が原告の担当となることを告げた。

被告Y3は,同日,原告に電話をし,支店長である自分が原告の担当を務めること,ゴムが値下がりして損失が出そうになっており,損失を防ぐためにはあと100枚買ってもらわなければならないこと,100枚買うためには600万円が必要であることを告げ,同日夕方,被告を訪問する旨伝えた。原告は,その後,郵便局の定額貯金を解約して600万円を用意した。

被告Y3は,同日午後5時半ころ,被告Y2と共に,教育長室に原告を訪ね,取引対象をゴムからゴム指数に変えて,100枚買ってほしいと告げた。被告Y3は,ゴム指数の値動きについて,パンフレットや折れ線グラフを示して説明し,現在,不景気で自動車が売れず,タイヤが売れないので,ゴムの値が下がるだろうとの相場観を示して,ゴム指数の売り建玉の取引を勧めた。

原告は,被告Y3の説明を聞き,ゴム指数の売り建玉の取引をすることにし,被告Y3に対し,600万円を手渡した。その際,原告は,500万円を超える取引となるが,すべて自己資金の範囲内であり,先物取引の危険性を理解し,自己の責任と判断において取引を行っている旨の申出書を作成した。

カ 原告は,2月6日,ゴム指数100枚の売り建玉の取引(別表No.2)をした。なお,被告Y3は,同日以降,新規委託者の超過建玉申請書(乙44)を作成し,被告会社の管理部の許可を得た。

なお,被告会社の受託業務管理規則では,先物取引の経験がなく取引を始めて1か月以内の保護育成期間内にある委託者の建玉枚数に係る外務員の判断枠を証拠金500万円までとして,上記金額の範囲内であれば,担当外務員の判断で受託することができるが,上記金額を超えた場合には,管理担当班の責任者が速やかに本社の総括管理責任者に調書を添えて報告し,上記責任者が適当と判断した場合に限り受託することができるとされている。

キ 被告Y3は,2月7日,原告に電話をし,ゴムの買い建玉の損切りを勧め,原告は,同日,ゴム20枚の買い玉の売り落ちの取引をした(別表No.3)。

ク 被告Y3は,2月8日,原告に電話をし,ゴム指数の売り玉に追証拠金がかかったこと,その対応策として,追証入金,両建,損切りの方法があることを説明した。

そして,被告Y3は,同日夕方,教育長室に原告を訪問し,原告に対し,両建に関して,売りと買いで相殺勘定になり,値洗いの損益が出ないので,相場の様子を見ることができるとの説明をした。原告は,被告Y3に対し,ゴム指数100枚の買い建玉の取引に必要な証拠金530万円を手渡し,翌9日,ゴム指数100枚の買い建玉の取引(別表No.4)をした。

ケ 被告Y3は,2月9日,原告に対し,買いを増やしておいた方がよいので,300万円を入金してほしい旨告げ,これを受けて,原告は,同日及び同月13日,被告会社に対し,150万円ずつ2回に分けて300万円を送金した(なお,同月9日分については,誤って,被告Y3名義の口座に送金している。)。

コ 原告は,2月15日及び同月23日,被告Y3の勧めに従って,別表No.5ないし8の各取引をした。

なお,別表No.5・6の取引については,被告Y3において,相場が下がったことから,ゴム指数100枚の買い玉の売り落ちを勧め(別表No.5),その後,相場が上がることを予測して,再度,ゴム指数100枚の買い建玉の取引を勧めた(別表No.6)ものである。

サ 被告Y3は,2月26日,原告に電話をし,追証がかかったことを告げ,両建をはずすチャンスは難しく,前回は失敗したが,600万円を入れておけば,値下がりしてもその金で売り玉を建てられるので心配ない旨述べて,600万円を入金してほしい旨告げた。

また,被告Y4も,同日,原告に電話をし,600万円の資金を作ったのであれば,あと300万円追加して900万円の資金を入れておけば,多少値下がりしても心配ない旨述べた。

原告は,同日夕方,原告を訪問した被告Y3に対し,今取引を止めたらどうなるのかについて質問し,また,同被告から,追証の額を聞いた後,更に値下がりした場合に備えて余裕を残して入金しておいた方がよいとの同被告の勧めに従って,同被告に対し,600万円を手渡した。

また,原告は,翌27日,前日と同様に,被告Y3の上記勧めに従って,被告会社に300万円を送金した。

なお,原告は,上記合計900万円の資金のうち,600万円については農協からの借入により,300万円については息子や郵便局からの借入などにより工面した。

シ 被告Y3は,3月5日,原告に電話をし,ゴム指数が値下がりしており,2回分の追証がかかっていること,ただし,その時点で,本証及び2回分の追証は入っている状況であること,損失の発生を止めるためには売り玉を建てた方がよいが,そのためには約735万円の証拠金が必要であることを告げた。これに対し,原告は,被告Y3に対し,上記証拠金の入金を後にしてほしいと言ったので,被告Y3は,原告に対し,入金されないときには建玉を落とすという条件で,160枚の売り建玉の取引の注文を受ける旨答えた。

原告は,同日,ゴム指数100枚の売り建玉の取引(別表No.9)をし,その日の夕方,原告を訪問した被告Y3に対し,100万円を手渡した。被告Y3は,それを受領し,原告に対し,必要分には不足である旨を告げて帰った。

ス 原告は,3月6日,ゴム指数40枚の売り玉の買い落ち(別表No.10)及び同40枚の買い玉の売り落ち(別表No.11)の各取引をした。

セ 原告は,3月7日,娘から200万円を借り,翌8日,被告会社に対し,同金額を送金した。

ソ 被告Y3は,3月12日,原告に対し,ゴム指数120枚の売り玉の買い落ちの取引(別表No.12)により得た利益金156万2400円を送金し,翌13日,原告の預金口座に入金された。

タ 原告は,3月13日,ゴム指数120枚の売り建玉の取引(別表No.13)をした。

被告Y3は,同日,原告に電話をし,ゴム指数が値下がりしているので,売りを建てる必要があり,前日送金した分から150万円を送り返してほしいと告げた。これを受けて,原告は,翌14日,被告会社に対し,150万円を送金した。

チ 原告は,3月15日,被告Y3に電話をし,これ以上の入金はできない旨告げた。これに対し,被告Y3は,原告に対し,現在の資金の範囲内で何とか損失を取り戻したいと思っている旨答えた。

原告は,同日,翌16日及び3月19日,被告会社に注文をして,ゴム指数の各取引(別表No.14ないし22)をした。なお,原告は,同月16日,取引内容を確認し,残高照合のとおり相違ない旨残高照合回答書(被告会社発行に係る残高照合通知書と一体となっている書面)に記載している。

ツ 原告の息子は,3月19日,被告会社の管理部にクレームの電話をした。また,原告は,同日,本件取引について,原告代理人弁護士に法律相談をし,翌20日,被告会社に対し,ゴム指数の返還可能額9万8980円を返還してほしい旨を記載した残高照合回答書を発出した。

テ 原告は,3月21日,被告Y3に電話をし,取引を決済したい旨告げたが,Y3から,今止めると900万円前後の返金になる旨告げられたため,その時点では手仕舞いしないこととした。

原告は,同日,被告会社に注文をして,ゴム指数の各取引(別表No.23,24)をした。なお,原告は,同日,取引内容を確認し,残高照合のとおり相違ない旨残高照合回答書に記載している。

ト 被告Y3は,3月22日,原告に電話をし,被告Y5が担当になった旨告げた。被告Y5は,同日,原告に電話をし,原告の取引の状況を報告して,相場で損失を取り戻したいと思うので,少し時間をいただきたい旨告げた。

ナ 原告は,3月24日,代理人弁護士を通じて,被告会社に対し,すべての取引を仕切ることを要求し,被告会社は,同月26日,原告の建玉をすべて仕切って(別表No.25ないし27),本件取引を終了させた。

ニ 被告会社は,本件取引の間,原告に対し,残高照合通知書及び売買報告書の送付により,原告の建玉の内訳,損益及び証拠金の状況等を定期的に通知していたが,原告が被告会社に対して返送する残高照合回答書において,取引内容について異議を述べたことは一度もなかった。

(2)被告らは,2月1日の勧誘態様について,被告Y1及び被告Y2が,上記(1)に認定したような詐欺的勧誘をしたことはない旨主張し,被告Y1及び被告Y2は,同日,同被告らが,原告に対し,詐欺的勧誘をしたことはなく,被告Y2が,被告Y1を退席させて,一人で,原告に対し,先物取引の仕組みや危険性を説明し,先物取引の注文を受けた旨供述する。

しかし,被告Y1及び被告Y2が2月1日に教育長室に原告を訪ねた際に,被告Y1が途中で同室から退席した理由について,被告Y1は,見込み客に電話をするために退席したと供述するのに対し,被告Y2は,当時迷惑を掛けていた客に電話をさせるために被告Y1を退席させたと供述しており,被告Y1と被告Y2とで供述の内容が異なっていること,被告Y1が,相場が開かれている時間帯であればともかく,相場が終了している時間帯に,わざわざaまで原告を訪問して取引を勧誘している途中で,別の顧客に電話をするため退席するというのは不自然であること,被告Y1及び被告Y2は,同日,事前に約束をせずに原告を訪問しているが,先物取引の仕組みやゴムについての説明をするためであれば,被告Y1が1月31日にしたように,事前に約束をして訪問するのが自然であることからすると,上記(1)に認定したとおり,被告Y2において,原告に対し,実際には建玉がされていないにもかかわらず,被告Y1が誤って建玉をしたとの虚偽の事実を申し向け,詐欺的に原告を勧誘するために,被告Y1を退席させたと認めるのが相当である。

(3)原告は,3月15日以降,手仕舞い拒否があったと主張し,それと同旨の原告本人の供述が存在する。

しかし,原告が,同月16日及び同月21日付けの残高照合回答書の「残高照合の通り相違ありません。」の欄に丸印を付して署名しており,同月15日以降の取引(建玉)について異議を述べていないことからすると,原告本人の上記供述は採用することができない。

2  被告らの責任

上記1の(1)の認定事実に基づき,被告らの原告に対する勧誘等の行為が,社会的相当性を欠き,私法上違法な行為となるか否かについて,以下検討する。

(1)勧誘段階での違法性

ア 詐欺による取引勧誘(迷惑・執拗・誤認勧誘)について

上記1の(1)の認定事実のとおり,被告Y1及び被告Y2は,原告に対し,実際には建玉をしていないにもかかわらず建玉をしたと虚偽の事実を告げ,被告Y1を救ってほしいと懇願して取引を勧誘しており,その勧誘方法は,詐欺による取引勧誘であって,社会的相当性を欠き,私法上違法な行為というべきである。

イ 適合性原則違反について

原告は,本件取引当時,満73歳と高齢ではあったが,43年間教職にあった後,教育長の職にあった者であり,かつ,本件取引当時,約2500万円の退職金に加え,月額約38万円の給料を得ていたことからすると,原告に商品先物取引はもとより証券取引の経験がなかったことを考慮しても,原告に対する勧誘が適合性原則に違反するとは認められない。

ウ 断定的判断の提供について

原告は,被告らが,原告に対し,「今はゴムの値が下がって底をついているが,1か月もたてば値は上がる。そうしたら何百万,何千万円となって返ってくる。」,「今やめるような人はいない。逆に取引を続ければ何百,何千万円という利益がついて戻ってくる。」等の断定的判断を提供した旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

エ 説明義務違反について

上記1の(1)の認定事実のとおり,被告Y1及び被告Y2らが,原告に対し,図やパンフレットを示し,商品先物取引のガイドを交付して,商品先物取引の仕組みや危険性について説明していることからすると,被告らにおいて,原告に対する説明義務違反があったとは認められない。

(2)取引継続段階での違法性

ア 新規委託者保護義務違反について

被告会社の受託業務管理規則では,先物取引の経験がなく,取引を始めて1か月以内の保護育成期間内にある委託者の建玉枚数に係る外務員の判断枠を証拠金500万円までとして,上記金額の範囲内であれば,担当外務員の判断で受託することができるが,上記金額を超えた場合には,管理担当班の責任者が速やかに本社の総括管理責任者に調書を添えて報告し,上記責任者が適当と判断した場合に限り受託することができるとされていること,原告には本件取引前に先物取引の経験がなかったにもかかわらず,取引開始から4日後の2月6日には,被告会社が証拠金690万円の取引を受託していること,被告Y3らが,受託前には上記規則所定の審査手続を取っておらず,受託後に上記手続を取っていることは,上記1の(1)に認定したとおりである。

しかし,他方,上記1の(1)の認定事実によれば,証拠金500万円を超える建玉の申請について,事後的ながら,申請書が作成されて,被告会社の受託業務管理規則所定の審査がされていること,原告は,被告Y2らから先物取引の仕組みや危険性について説明を受け,それらを理解した上で,証拠金500万円を超える取引を行っていること,上記規則は,取引所連合会の従来の受託業務指導基準の流れをくむものであるが,あくまで被告会社の自主規制にすぎないことからすると,本件において,上記規則所定の手続が取られなかったことが,私法上違法となるとまでは認められない。

イ 両建の勧誘について

両建(同一商品の同一限月について,売り又は買いの建玉をした後又はそれと同時に,これを手仕舞うことなく,これと反対の建玉を建てること)については,取引所連合会の取引所指示事項及び受託業務指導基準において,委託者の手仕舞い指示を即座に履行せず,新たな取引(不適切な両建を含む。)を勧めるなど,委託者の意思に反する取引を勧めること(取引所指示事項),委託者の意思に反して同時両建等の不適切な両建を勧めること(受託業務指導基準)を禁止するという形で,両建の勧誘が禁止されている。

上記規定の趣旨は,両建を利用して委託者の損勘定に対する感覚を誤らせることを意図した因果玉の放置,同時両建及び常時両建等の不適切な両建を禁止しているものと解されるところ,原告が両建と主張する各取引(別表No.4,6,9,13,15,18,21,24)は,そもそも,同一商品の同一限月の建て玉ではなく(別表No.4,6の買い建玉はの限月は,平成13年6月及び同年8月であるのに対し,別表No.9,13,15,18,21,24の売り建玉の限月は,平成13年7月又は同年9月である。),上記の不適切な両建に該当するものとは認められない。

また,原告は,別表No.6,8の各取引につき,因果玉の放置である旨主張するが,これらの取引は,別表No.19,22,25及び11,16,26で徐々に仕切られており,建玉が放置されたものとは認められないので,原告の上記主張は,採用することができない。

ウ 無断・一任売買について

原告は,本件取引がいずれも原告からの具体的指示に基づかない違法な無断売買又は一任売買である旨主張する。

しかし,上記1の(1)の認定事実によれば,原告が,本件取引に関して,被告会社から残高照合通知書及び売買報告書の送付を受けていたこと,原告が,被告に対して返送した残高照合回答書において,取引内容について異議を述べたことはなかったこと,原告が,上記残高照合回答書の返送後に,被告Y3らの勧めに従って,証拠金を入金して取引を継続していたことが認められる。

以上の事実によれば,原告は,本件取引における個々の取引について,予め了承していたか,少なくとも事後的には了承していたものと認められ,本件取引が無断売買又は一任売買であるとの原告の上記主張は,採用することができない。

エ 特定売買について

(ア) 「直し」について

a 「直し」とは,既存建玉を仕切るとともに,新規に売り直し又は買い直しを行うことをいう。「直し」は,取引所連合会の旧取引所指示事項及び旧受託業務指導基準において,無意味な反復売買(短日時の間における頻繁な建て落ちの受託を行い,又は既存玉を手仕舞うと同時に,あるいは明らかに手数料稼ぎを目的とすると思われる新規建玉の受託を行うこと)の具体的内容として禁止されている。

「直し」は,同場同節のものについては委託者にとって無意味な取引と言い得るが,それ以外のものについては,刻々と変動する相場状況の中で,一旦利益を確定させて利益金を確保した上で新たな取引を行う等,合理的と認められる場合があり,「直し」という取引方法の存在のみで,当該取引が違法とされるものではないというべきである。

b 上記1の(1)の認定事実によれば,本件取引には,別表No.5・6の買い直し,別表No.14・15,17・18,20・21,23・24の各売り直しがされている。

検討するに,別表No.5・6の買い直しは,相場が下がったことで一旦売り落ちしたが,被告Y3が,その後の相場が上がることを予測し,再度買いを建てることを勧めたため,それに従って,再度買いを建てたものである。

また,別表No.14・15,17・18,20・21,23・24の各取引は,連続する4取引日にかけて行われたもので,別表No.14・15,17・18,23・24については,相場の上げ局面での売り直しであり,結果的には,新たな売り建玉を仕切った際(別表No.17,20,27の各取引)に損失が生じているが(ただし,別表No.20の取引については,売買損益では利益が生じており,手数料不抜けとなっている。),他方,上記一連の売り直しのうちの別表No.20・21の取引は,相場の下げ局面での売り直しであり,別表No.21の売り建玉を仕切った別表No.23の取引により300万円以上の利益が生じていること,上記一連の売り直しは,いずれも同場同節のものではないこと,原告が,3月21日,被告会社に対し,残高照合回答書において残高照合のとおり相違ないと回答して,別表No.24の取引の内容を確認していることが認められる。

以上によれば,本件取引が,上記各直しの取引があったことから直ちに,私法上違法となるとは認められない。

(イ) 「途転」について

「途転」とは,既存の建玉を仕切ると同時に,新たに反対の建玉を繰り返すことをいう。「途転」も,「直し」と同様,取引所連合会の旧取引所指示事項及び旧受託業務指導基準において,無意味な反復売買の具体的内容として禁止されている。途転は,無定見かつ頻繁に行われると,徒に手数料の負担を増やすだけの結果に終わるが,相場の状況によっては,相場の変化に対応した取引方法として合理的なものと認められる場合がある。

上記1の(1)の認定事実によれば,本件取引には,別表No.7・8の途転が1回されているが,上記取引は,相場の上がり局面における売り建玉から買い建玉への途転であり,買い落ちして損失を確定しつつ,買い建てして新たな利益を得ようとする合理的なものとみることもできる。

(ウ) 「手数料不抜け」について

「手数料不抜け」とは,売買取引によっては利益が発生しているが,手数料が利益よりも高額であり,差引としては損となっているものをいう。手数料不抜けは,取引所連合会の取引所指示事項及び受託業務指導基準において,禁止されているものではなく,また,相場の状況によっては,手数料不抜けとなることを覚悟の上で損失の拡大を防止することが必要な場合があり,手数料不抜けそれ自体で,当該取引が違法とされるものではない。

上記1の(1)の認定事実によれば,別表No.20の仕切り(買い落ち)は,手数料不抜けとなっているが,これは,相場の上げ局面での売り建玉の仕切りであり,損失の拡大を防止するための合理的なものとみることもできる。

(エ) なお,原告は,無意味な反復売買の度合いを客観的基準で判断する手法(客観的違法論)に基づき,本件取引における特定売買比率,月間回転率,手数料化率が,いずれも基準値の3倍以上という高率の数字となっていることから,無意味な反復売買が行われており違法である旨主張する。

しかし,個別事案における相場の動向を無視して結果のみから,取引の違法性を判断することは必ずしも相当とはいえず,かつ,本件においては,上記イ及び上記(ア)ないし(ウ)に説示したとおり,原告が,両建,直し,途転,手数料不抜けであると主張する各取引が違法なものとは認められないことからすると,特定売買比率,月間回転率及び手数料化率が,原告主張の数値であるからといって,本件取引が違法となるものではないと解される。

オ 無敷,薄敷について

上記1の(1)の認定事実によれば,3月5日の取引(別表No.9)は,証拠金の一部が未入金のまま行われた薄敷であることが認められるが,上記取引が原告の要請により行われていること,翌6日には証拠金不足の状況が解消されていること(甲67)からすると,私法上直ちに違法となるものとはいえないと解される。

カ 不要な金銭徴求について

上記1の(1)の認定事実によれば,原告は,被告会社に対し,2月9日及び同月13日に各150万円,同月26日に600万円,翌27日に300万円,3月14日に150万円を支払っていることが認められる。

上記各支払は,追証拠金等として必要に迫られてされたものではないが,先物取引において,追証拠金等の必要がない場合であっても,自己に有利な取引機会をとらえるべく,予め余裕をみて業者に証拠金を委託しておくことは,経済行為として合理的な行動であり,かつ,上記1の(1)に認定したとおり,原告は,自らの判断で上記各支払を行ったものと認められるのであって,被告会社が原告から上記各金員を徴求した行為が,私法上違法となるものとは認められない。

キ 向い玉(取組高均衡手法)について

(ア) 委託者である顧客の建玉の取組高と受託者である業者の建玉の取組高において,売り建玉と買い建玉の差玉がゼロの状態(すなわち,顧客の委託玉の取組高と業者の自己玉の取組高が均衡している状態)であれば,業者と取引所との関係での損益は発生しない。すなわち,上記の状態においては,業者は,自己玉により利益を上げた場合であっても,顧客の委託玉の損失と相殺されて,取引所から利益を受け取ることはなく,他方,顧客が委託玉で利益を上げた場合には,自己玉の売買差損のほか,顧客の委託玉の利益金を支払わなければならない。そして,上記の状態において,業者において取引所から利益を受け取ることがない以上,業者は,顧客からの手数料収入に,専らその支払の原資を依存することになる。

したがって,上記のように顧客の建玉の取組高と業者の自己玉の取組高が均衡している状態にあることは,業者においていわゆる客殺し商法を行って,顧客に利益を上げさせないようにし,顧客からの手数料をできるだけ多く取得しようとする要因となり得るものである。

しかし,上記の取組高均衡の状態においても,業者は,顧客が利益を上げた場合には,顧客に利益金を支払わなければならないのであって,業者が,上記の取組高均衡の状態を作出していること(すなわち,業者が,原告の主張に係る取組高均衡手法を取っていること)自体で,直ちに違法な行為となるわけではなく,業者が,上記の取組高均衡の状態と組み合わせて,顧客に利益を上げさせないような無意味な反復売買等の取引を行っている場合に初めて,私法上違法な行為となるというべきである。

(イ) これを本件についてみると,取組高差玉率(顧客の委託玉の取組高と業者の自己玉の取組高の差をその合計で割った割合)が,ゴム指数については,平均取組高合計641枚で,平均取組高差玉率0.22パーセント,ゴムについては,平均取組高合計2558枚で,平均取組高差玉率1.45パーセントというように,原告の委託玉と被告会社の自己玉における売り買いの数が著しく近似しており,偶然に上記結果が生じたとは考え難い。したがって,被告会社は,本件取引に関して,原告の委託玉に対して自己玉を建てて,原告の委託玉と被告会社の自己玉における売り買いの取組高が均衡するように調整していたと推認される。

しかし,本件においては,上記イ及びエに説示したとおり,被告会社が,無意味な反復売買(両建,直し,途転等)等の取引を行っていたものとは認められない。

また,向い玉(先物業者が顧客の建玉と反対の建玉をすること)自体については,それを禁止する規定はなく,過大な数量の取引をすることが制限されているにすぎないこと(施行規則46条2項),向い玉により,一方で顧客の利益を害し,他方で業者の利益を得ることが可能となるためには,業者が相場を自由に操縦できることが前提となるが,本件において,それを肯定するに足りる証拠はないことからすると,被告会社が向い玉を建てたこと自体が違法であるとは認められない。

(ウ) 以上を総合考慮すると,本件においては,被告会社が原告の委託玉と被告会社の自己玉の取組高が売り買いで均衡するように調整していたと推認されるが,無意味な反復売買等の取引を行っていたとは認められず,かつ,被告会社が向い玉を建てたこと自体が違法であるとは認められないことからすると,原告が主張するような,取組高均衡手法を利用したいわゆる客殺しの取引という観点から,本件取引が,私法上違法となるものとは認められない。

(3)仕切り段階での違法性-仕切り拒否,回避

原告は,3月15日以降,被告らが原告の仕切り要求を拒否した旨主張するが,上記1の(1)の認定事実によれば,原告が,同日以降,被告Y3に対し,手仕舞いを要求したことがあったことは認められるものの,結局のところ,原告が,被告Y3から,手仕舞いした場合の返金額等を聞くなどしたことにより,手仕舞いすることを翻意し,自らの意思に基づいて取引を継続していたと認められるのであって,本件取引において,被告らによる違法な仕切り拒否があったとは認められない。

(4)まとめ

以上のとおり,被告Y1及び被告Y2の原告に対する勧誘行為は,詐欺による取引勧誘であって,私法上違法というべきであり,被告Y1及び被告Y2の上記勧誘行為に関して不法行為が成立するというべきである。そして,上記勧誘行為は,被告会社が組織体として行った違法な行為と評価し得るものであるから,被告会社についても,上記勧誘行為に関して不法行為が成立するというべきである(なお,被告Y3,被告Y4及び被告Y5は,上記勧誘行為に関与しておらず,上記被告らに不法行為は成立しない。)。

しかし,上記(1)ないし(3)において検討したとおり,上記勧誘行為より後の被告らの行為については,私法上違法と評価すべきものはなく,不法行為は成立しないというべきである。

3  損害額

(1)取引差損

上記2に説示したとおり,被告Y1及び被告Y2の原告に対する詐欺的な勧誘行為についてのみ,被告Y1,被告Y2及び被告会社に不法行為が成立するところ,最初のゴム20枚の取引(買い建てとその売り落ち,別表No.1・3)は,上記勧誘行為によって行われた取引というべきであり,上記ゴムの取引から生じた損害は,上記勧誘行為と相当因果関係を有する損害というべきである。別表によれば,上記ゴムの取引から生じた損害は14万9020円となる。

しかし,上記2に説示したとおり,上記ゴムの取引より後に行われた取引は,原告において,被告Y3らの勧めに従うなどして自らの判断で行ったものであり,そこから生じた損害が,上記勧誘行為と相当因果関係があるものとは認められないことからすると,被告Y1,被告Y2及び被告会社は,上記ゴムの取引より後に行われた取引から生じた損害について損害賠償責任を負わないものというべきである。

(2)慰謝料

原告において,上記(1)の取引差損による損害を填補する以上に,損害賠償によって慰謝すべき精神的損害が発生したとは認められないから,原告の慰謝料請求は理由がない。

(3)弁護士費用

本件訴訟の審理経過,認容額その他本件各証拠により認められる一切の事情を考慮すると,上記2の不法行為と相当因果関係がある弁護士費用相当額の損害は1万5000円と認めるのが相当である。

(4)以上によれば,原告の損害は合計16万4020円となる。

4  結語

以上の次第で,原告の被告会社,被告Y1及び被告Y2に対する請求は,主文1項の限度で理由があるから認容し,上記被告3名に対するその余の請求並びに被告Y3,被告Y4及び被告Y5に対する請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条本文,65条1項を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下寛 裁判官 鈴木謙也 裁判官 梶浦義嗣)

〈以下省略〉

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