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京都地方裁判所 平成12年(ワ)971号 判決

主文

1  被告は,原告に対し,50万円及びこれに対する平成10年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

4  1項は,仮に執行することができる。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成10年1月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被告は,原告に対し,別紙記載の謝罪文を被告発行の機関紙第1面に掲載せよ。

(3)  訴訟費用は被告の負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する被告の答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  請求原因

(1)  当事者

被告は,国の補助金を基に,京都府の財団法人京都スカイセンターが企画して平成5年に設立され,京都の歴史や文化などを専門的に学習し,京都を訪れる観光客をガイドすること,会員相互の研鑽・親睦と交流を図ることを目的とした権利能力なき社団であり,原告は,被告が設立された当初からの会員で,被告の洛北支部に所属している。

(2)  被告の会長であったAの不法行為

ア Aの行為

(ア) 一般ガイド指名停止処分

Aは,原告が平成9年11月19日に行った鷹ケ峰三ケ寺ガイド(以下「鷹ケ峰ガイド」という。)に関し,阪急交通社からクレームがあったとして,平成10年1月13日付けで,原告に対し,就業規定に根拠がない一般ガイド指名停止処分(以下「本件処分」という。)をした。

(イ) 全体研修会における発言

Aは,平成10年3月25日に被告会員80名余りが出席して開催された全体研修会において,鷹ケ峰ガイドについて,「阪急からあんなガイドやったら金払うのもったいない。今後仕事やらんといわれた。協会長としてどれだけ恥ずかしい思いをしたか。わしの身にもなれ。」などとののしった。

(ウ) 被告洛北支部会における定点ガイド指名停止発言

Aは,平成10年11月12日ころ,被告洛北支部会において,会員十数人の面前で,原告に対し,同支部長Bをして,「冬の旅(定点ガイド)はやらさない。日程表は提出するな。」と述べさせ,定点ガイドの指名停止処分(以下「定点停止処分」という。)をした。

イ Aの故意

Aは,平成9年12月14日,阪急交通社の担当者であるCと面談し,Cから,阪急交通社は,東福寺のツアーの件でクレームをつけたのであり,鷹ケ峰ガイドについてクレームをつけたものではないとの説明を受けた。したがって,Aは,阪急交通社から鷹ケ峰ガイドについてクレームがなかったこと,原告のガイドには落ち度がなかったことを知っていたにも関わらず,上記各行為をした。

ウ 原告の損害

(ア) 原告は,本件処分により,一般ガイド指名を受けることができなくなり,ガイドを生き甲斐の一つとしてきた原告は,多大の精神的損害を被った。また,本件処分が被告会員に知られることにより,ガイドとしての能力がないとの評価を受け,名誉を毀損された。

(イ) 原告は,Aの上記ア(イ)(ウ)の各発言により,当時出席した会員は,原告がガイドとして不適格でガイドの能力がないかのような印象を与えられ,原告の名誉は毀損された。また,原告は,定点停止処分を受けて以降,定点ガイド指名を受けることができなくなり,ガイドを生き甲斐の一つとしてきた原告は,多大の精神的損害を被った。

(3)  原告の被った損害の回復

ア 原告がAの上記各不法行為により被った精神的損害を慰謝するには,300万円を相当とする。

イ Aの被告全体会議における発言により,被告内においては,原告が不適切なガイドを行ったのに,これを認めようとしないという誤った認識がされるようになった。これを正し,原告の名誉を回復するためには,別紙記載のとおりの謝罪文を被告発行の機関誌第1面に掲載することが必要である。

(4)  被告の責任原因

Aの上記各不法行為は,被告の会長としての業務を遂行するに際して行ったものであり,民法44条の類推適用により,法人格なき社団である被告がその責任を負うべきである。

(5)  よって,原告は,被告に対し,不法行為責任に基づき,慰謝料300万円及びこれに対する本件処分が原告に伝達された日である平成10年3月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,原告の名誉回復措置として謝罪広告の掲載を求める。

2  請求原因に対する被告の認否

(1)  請求原因(1)の事実は認める。

(2)  同(2)について

ア 同ア(ア)中,被告の理事会議決により,本件処分をしたことは認める。ただし,就業規定に根拠がないとの点は争う。会員が就業規定等に定める会員の義務に違背したときは,会員の資質の維持,向上を図るために一定のペナルティ,指導が行われることは当然である。

同(イ)は否認する。

同(ウ)は否認する。Bが原告に直接,定点ガイド参加自粛の申入をしたにすぎない。被告が定点停止処分をしたことはない。

イ 同イ中,AがCと面談したことは認める。その余は否認ないし争う。

ウ 同ウは争う。

(3)  同(3)は争う。

理由

1  請求原因(1)は当事者間に争いがない。

2  Aの不法行為について

(1)  本件処分について

ア  被告会長としてのA名義で本件処分がされたことは争いがない。

イ  証拠(甲4ないし6,11,16,17,19,27,31,丙1の1ないし3,2,7の1・2,証人D,同A,原告本人)によれば,本件処分前後の経緯について以下の事実を認めることができる。これに反する証人Aの証言部分及び陳述(丙11)部分は採用しない。

(ア) 原告と他1名の被告会員は,平成9年11月19日,阪急交通社の企画した鷹ケ峰ガイドに従事することとなったが,当初の予定では,ツアー客を乗せたバス2台は,午後2時15分に待ち合わせ場所の駐車場に到着する予定であったところ,実際には午後2時に到着した。原告らは,出発場所である常照寺の境内で待っていたが,バスが予定より早く到着したため,いそいで駐車場に赴き,それぞれ,1台ずつの客(原告担当は38名)を案内した。当時は混雑し,出発時間も約30分短縮されたが,原告は,出発時間に間に合わせることができた。当日は,客から直接クレームを受けたことはなかった。

(イ) 阪急の担当者Cは,平成9年11月23日に開催された東福寺のガイドにおいて,被告にガイドを2名依頼していたにもかかわらず,1名しか来ていなかったことがあったことから,これを重大な問題と考え,同月25日ころ,被告の担当者にクレームを入れた。Cは,その際,鷹ケ峰ガイドについても,ガイドが待ち合わせ場所にいなかったという同種の問題があると考えたことから,これについても併せて指摘した。

(ウ) Aは,上記クレームを聞いて,洛北支部の支部長Bに指示して,原告にクレームがあったことを伝えさせた。原告は,これを聞いて,Aに電話し,クレームの内容を質問した上,阪急への謝罪に同行したいと述べたが,Aは,クレームの内容を述べることはせず,阪急への同行も他にも用件があるとして断った。

(エ) Aは,平成9年12月14日ころ,理事であるDらと共に,阪急に赴き,Cと面談し,専ら鷹ケ峰ガイドの件について謝罪をした。その際,Dが要求して,当日の添乗員の報告書(甲17)を見せて貰った。それには,ガイドが駐車場にいなかったことが記載され,ガイドの質の評価として,「あれで金とるなと言いたい」との記載があった。また,「話が下手でPAX(ツアー客)をひっぱるのも下手」との記載もあった。しかし,Cは,これは添乗員が書くことであり,添乗員にもいろいろな意見の人がおり,それほど気にすることはない旨述べていた。Cとしては,東福寺のガイド人数の手配誤りの方を重視しており,ガイドの巧拙にかかわる鷹ケ峰ガイドの方はさほど重視していなかった。

(オ) Aは,Bに,原告から謝罪文を書いて貰うように命じ,Bからその旨を伝えられた原告は,平成9年12月19日及び同月23日付けで,A宛の報告書(丙7の1・2)を作成し,Bに交付した。その書面中には,当日の混雑と時間配分の中で思ったようにいかなかったが,最善を尽くした,これからはなるべく一般ガイドは遠慮させてもらう旨の記載があった。Aは,これを見て,原告が反省していないとして,平成10年1月13日付けで甲5の「注意書」を起案して,理事会に諮ったところ,特段の反対はなかった。この際,理事会は,原告に対して事情聴取したり,事情を調査するようなことはなかった。

(なお,Dは,理事会で一応審議したのは甲5の左半分のみであり,右半分の一般ガイドの指名停止処分にかかる文書は見ていなかったと供述する。他に,客観的な証拠がない以上,上記供述が真実であった可能性は否定できないが,右半分には,理事会の文言が記載されていることや,後日,Aの独断であるとして問題とされた形跡がうかがえないことから,甲5の左右の文書は一体のものとして,理事会の議決を得たと認めるのが相当である。)

(カ) Bは,上記注意書を平成10年1月末に入手したが,多忙等の理由で原告に交付するのが遅れ,原告に交付したのは,同年3月5日であった。原告は,阪急交通社のクレームの内容を知りたいと考え,同月27日ころ,Cに電話連絡した。その中で,原告がバスの待ち合わせ時間について述べるとCは直ちに了解したが,Cは,原告から本件処分のことを聞かされて,驚愕し,Aに宛てて,処分の解除を願う旨の書面を送付した。

(キ) 原告は,本件処分に不服があるとして,平成10年3月25日ころ,8条委員会(ただし,被告就業規程《丙2》第8条によれば,「8条審査会」)開催を要求し,同年4月23日,同委員会が開催された。同委員会では,本件処分が被告就業規程に定めが無く,原告への交付も遅れたことが問題とされ,処分を白紙とすることが結論された。しかし,Aは,原告が反省せず,阪急交通社に電話したことを問題とし,直ちに上記委員会の結論に従おうとしなかった。

(ク) AとD外1名は,平成10年5月8日,再び,阪急交通社にCを訪ねて,原告の電話の件を謝罪したが,Cは,電話の件も気にしていないと述べた。Cは,むしろ,Aらが阪急交通社側が問題としている点を全く理解していないと考えた。

(ケ) 平成10年5月12日,再度,8条委員会が開催されたが,Aは,原告が反省していないのに処分を解くことはできないとの考えを表明した。なお,その後,平成11年11月12日の理事会で本件処分を解除することが決議された。

ウ  上記認定事実に照らして,本件処分の効力を検討する。

(ア) 権利能力なき社団にも民法の法人についての規定が類推適用されると解されるところ,その最高議決機関は総会であるが,被告会則(ただし,平成11年3月30日から施行された新会則《丙1の3》以前の会則)において,通常の業務執行機関として理事会が設けられ,過半数で議決することが定められている(丙1の2)。そして,被告就業規程(平成6年5月11施行,丙2)8条によれば,同6条規定の会員の義務(「協会ならびに協会員全体の信用を傷つけ,その職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。」)に違反する等の場合には,「審査会(8条委員会)の議を経て,理事会の議決により除名するものとする。」と規定されている。そうすると,被告会則及び就業規程には,会員に対する制裁規定は特段存在しないが,当該制裁が団体の活動に必要である場合,社会的に相当な手続を経て,理事会決議により行われ,その方法・内容が社会的相当性を具備していれば,これを違法とすべき理由はない。しかし,反面,その手続面及び内容面において相当性を欠き,会員に重大な不利益を及ぼすものであれば,違法の評価を受けざるを得ない。

(イ) そこで,上記の点を検討するに,上記認定事実によれば,本件処分は,阪急交通社からのクレームに基づいて行われたものであって,Aは,原告について,ツアー客の引率・ガイド内容が拙劣であった点,反省のない点を理由としたと供述する。しかし,阪急交通社のクレームは,主として東福寺ガイドに関するガイドの人員手配についてのものであって,鷹ケ峰ガイドは,付加的に,待ち合わせ時間にガイドが駐車場にいなかったことを問題としたのであるところ,その点は,バスが予定時刻より早く到着したことが原因であって,Cも,これを了解したのである。そうすると,阪急交通社からのクレームを理由とする処分は理由がないといわざるを得ないところ,そのことは,AもCとの面談で認識したはずであるし,仮に,認識しなかったとすれば,過失があることは明らかである。

もっとも,AがCと面談した際に見たバス添乗員の報告書(甲17)には,原告の引率やガイドの拙劣さが記載されていたが,顧客からの直接の苦情はなかった。ところで,上記引率やガイドの技量に関しては,個人差が大きいことがうかがわれるところ,これらの点を捉えて,会員に制裁,特にガイド指名停止処分をするには,被告において,必要とされる最低基準の技量を想定しているところ,原告がこれに到達せず,今後も到達する見込みがないことがある程度客観的に裏付けられ,原告に今後もガイドをさせることにより,被告の目的であるガイド事業に支障を来すことが認められる場合でなければならないと考えられる。そして,そのためには,手続的に,原告から事情聴取をして,原告に弁明をする機会が付与されるべきであるし,事実調査の上,ある程度客観的な資料に基づくことが必要であるというべきである。しかるに,本件においては,客観的に必要とされるガイドの技量水準についての資料もなく,原告の行ったガイドについての評価については,一方的ともいえるバス添乗員の報告書しか資料が無く,原告に処分前に事情を聴取することもないまま,Aの発案で直ちに本件処分がされたのである。しかも,原告は,本件処分前に,A宛に報告書(丙7の1・2)を提出して,今後は一般ガイドは遠慮させていただく旨を述べているのである。そうすると,本件処分は,その必要性にも疑問があり,手続的にも不備であり,内容的にも相当でないといわざるを得ない。そして,これにより,原告に一般ガイドの指名を受けられないという不利益を生じるものである。被告は,この点に関し,一般ガイドは数が少なく,原告に与える不利益も少ないと主張する。しかし,実際は,丙10に記載のガイドの種別にかかわらず,原告は,定点ガイドと修学旅行ガイドと本件処分前に決まっていたガイドを除き,ガイドの指名を受けていないというのである(原告の供述,Dの証言)。そうすると,必ずしも,不利益は少ないということはできず,さらに,本件処分は,各支部において発表されたのであるから(Aの供述),これによって,被告内において,原告のガイドとしての能力についての評価が大きく低下したことは疑うことができない。

確かに,法人格なき社団の内部的な自治にかかわる問題として,被告の理事会ないし会長としてのAにある程度の裁量権があるとしても,本件の如く,社会的相当性を大きく逸脱した場合には,本件処分は違法であるとの評価を受けざるを得ない。そして,Aは,会長として,本件処分を主導し,これに少なくとも過失が認められるのであるから,不法行為責任を負うというべきである。

(2)  全体研修会における発言について

原告は,Aが全体研修会において,会員の前で,その主張の文言を述べたというのであるが,証人A及び同Eはこれを否定し,比較的中立的立場で証言していると認められる証人Dも,全体研修会の終わり近くなって,原告が発言を求めて,事情を説明した際,Aが興奮して,「わしの身にもなれ,阪急交通社へこういうことを謝りにいくのに,どれだけ恥ずかしい思いをしたか。」とまくし立てたのみであると証言し,同人が,比較的,記憶が鮮明なうちに記載したという陳述書(甲29)には,「大の男がぼろくそにゆわれ俺の苦労も分かってくれ」と述べたとの記載があるのみである。そして,Aが,興奮して,上記のようなことを述べたとしても,それのみでは,直ちに原告に対する名誉毀損とはならないというべきである。証人Dも,興奮したAの一過性の発言として受け取っているのであり,これは,当時の会員も同じであったと推測できる。したがって,この点については,不法行為が成立したものと認めることはできない。

(3)  洛北支部における定点停止処分について

原告は,平成10年11月12日の洛北支部会において,定点ガイドの日程表を作成していたところ,Bから,出さないでくれと言われ,Aの指示である旨を述べられたとの趣旨を供述する。しかし,Bは,これを支部長としての判断であると陳述し(丙12),Aも,自己がそのような指示をしたことを否定する。そして,他に,客観的な証拠がない以上,Aが定点停止処分を指示したと認めるには足りないし,Bとの上記やりとりが会員の面前でされたとも認め難い。したがって,この点については,不法行為が成立したものと認めることはできない。

3  損害について

上記のとおり,違法な本件処分を受けたことにより,原告が精神的損害を受け,また,そのガイドとしての能力について,被告内で評価の低下を招いた点においても精神的損害を受けたといえるところ,その損害を慰謝するには,50万円をもって相当とする。しかし,謝罪広告を求める点は,必要がないものと判断する。

4  被告は,権利能力なき社団であるところ,民法44条を類推適用して,会長であり代表者であったAが職務上原告に加えた上記不法行為によって生じた原告の損害を賠償する責任を負うと解するのが相当である。

5  よって,原告の本訴請求は,被告に対して,Aの不法行為に基づき,慰謝料として50万円及びこれに対する本件処分が原告に伝達された日である平成10年3月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条を,仮執行宣言につき同法259条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 赤西芳文)

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