京都地方裁判所 平成12年(わ)917号 判決
主文
被告人を懲役2年6月に処する。
未決勾留日数中230日をその刑に算入する。
押収してある覚せい剤結晶塊及び粉末1包(平成13年押第34号の2)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第1 法定の除外事由がないのに、平成12年6月下旬ころから同年7月12日までの間に、京都府、滋賀県、大阪府又は愛知県あるいはその周辺において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤若干量を自己の体内に摂取し、もって覚せい剤を使用し、
第2 みだりに、同年7月12日、京都市〈以下省略〉所在のaホテル1014号室において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有する結晶塊及び粉末約0.316グラム(平成13年押第34号の2はその鑑定残量)を所持し
たものである。
(証拠の標目)省略
(争点に対する判断)
1 被告人は、判示第1の覚せい剤の自己使用の事実については、覚せい剤と認識して自己の体内に摂取したことはない、判示第2の覚せい剤の所持の事実については、判示の日時場所に覚せい剤があったことは間違いがないが、被告人には覚せい剤との認識はなく、覚せい剤を所持したこともない旨供述し、弁護人も、これに沿った主張をするほか、本件覚せい剤の捜索差押手続には重大な違法があるから、本件覚せい剤や鑑定書は違法収集証拠として証拠能力がない旨主張する。
2 本件の捜索差押及び逮捕手続には違法な点は存しないから、これらの手続によって得られた覚せい剤等の各証拠が違法収集証拠であるとの弁護人の主張は採用できないことは、平成13年5月8日付の証拠決定のとおりであり、現時点で再度検討しても、その判断を変更する必要はない。
(1) すなわち、取調済みの関係各証拠によれば、本件捜索差押及び現行犯逮捕の経緯は、概ね次のとおりと認められる。
〈1〉 京都府五条警察署は、かねてから覚せい剤取締法違反罪の被疑者として被告人の所在を捜査していたところ、平成12年7月12日午後1時30分ころ、前記aホテルの従業員から被告人らしき者がチェックインしたとの通報があり、午後5時45分ころ、京都地方裁判所裁判官から、被告人が宿泊しているaホテル1014号室、使用車両及び着衣携帯品に対する各捜索差押許可状の発付を受け、午後6時ころ、京都府五条警察署生活安全課のB警部補、京都府警察本部薬物対策課のA警部補ら8名の警察官は、これらの捜索差押許可状を執行するため、同ホテルに到着した。
〈2〉 警察官らは、ホテルの従業員から、被告人の在室を確認した上で、当初、警察官がホテルの従業員を装い「シーツ交換に来ました」などと声をかけ、被告人にドアを開けさせようとしたが、被告人が「そのようなものは頼んでない」などと言ってドアを開けようとしなかったため、B警部補らは、ホテルの支配人に1014号室の捜索差押許可状が発付されていることを説明し、マスターキーを借り受け、同日午後6時5分ころ、B警部補が、マスターキーを用いて同室のドアを開けて入室し、他の警察官らも順次室内に入った。そして、B警部補が、ベッドに横たわっていた被告人に対し、「警察や、Yやろ、ガサや」と声をかけたところ、被告人は「いったい何や、わしはCや」などと答えて興奮してベッドから動こうとしたことから、警察官らが複数で被告人の身体を押さえるなどして制止した。なおも、被告人がその場から移動しようとしたが、B警部補が、午後6時6分ころ、ベッド上で、被告人に対し、同室の捜索差押許可状を呈示し、さらに被告人が大声を上げて暴れようとしたが、警察手帳を示すとともに着衣携帯品の捜索差押許可状も呈示した。
〈3〉 そして、警察官らが捜索を開始したところ、同日午後6時12分ころ、被告人がいたベッドの傍の床に注射器2本が、続いて眼鏡ケースが発見され、さらに眼鏡ケースの中から、白色の結晶粉末が入ったビニール袋1袋及び未開封のビニール袋に入った注射器2本が発見された。そこで、A警部補が、被告人に対し、「これは覚せい剤ではないか」などと尋ねたところ、被告人は、「これは覚せい剤ですけど、わしのんと違いまっせ」などと答えた。続いて、A警部補が、覚せい剤の簡易予試験を実施する旨告げ、その準備を始めたところ、被告人は、A警部補を足蹴りしてきたことから、午後6時18分ころ、警察官らは覚せい剤所持の被疑事実で被告人を現行犯逮捕し、両手錠をかけた。そして、A警部補が被告人の面前で覚せい剤の簡易予試験を行ったところ、1回目では覚せい剤の陽性反応を示す青藍色を示さなかったが、2回目の試験では青藍色を示し、A警部補が、被告人に対し、覚せい剤で間違いがない旨質したが、被告人は、「そんなん知らん、人から預かった睡眠薬や」なとど言っていた。
なお、被告人は、A警部補から、眼鏡ケース内のビニール袋入りの白色結晶粉末について、これは何かと尋ねられたが、それは睡眠剤、精神安定剤と答えたにすぎず、覚せい剤であるが自分の物ではないとは言っていない旨供述するが、証人D及び証人Aの各公判供述には不自然な点はなく、これらの各公判供述に照らして信用できない。
〈4〉 その後、同室の捜索により、ゴミ箱から注射器1本及び注射器用の空袋4袋の入った封筒や血痕様のものが付着したティッシュペーパー3枚が、被告人の手提げ鞄から注射器7本などが発見され、前記の注射器2本、眼鏡ケースに在中していた覚せい剤1袋及び注射器2本とともに差し押さえられた。
(2) 弁護人は、被告人が覚せい剤取締法違反の被疑事実によりホテル内の居室の捜索差押を受けた際、警察官らは、その執行に先立って、被告人に捜索差押令状を呈示していないから違法である旨主張する。しかしながら、本件においては、警察官らは、被告人の宿泊するホテルの一室を捜索場所とする捜索差押許可状の執行にあたり、被疑事件の内容、差押対象物件の性質などから証拠の隠滅を懸念し、来意を告げることなくマスターキーで同室に立ち入り、直ちに被疑者に令状を呈示した上、具体的な捜索差押活動を開始したものであるが、このような捜索差押令状の執行手続は、本件における具体的な事実関係の下においては、とりわけ覚せい剤事犯においては警察官が捜索差押に来たことを被疑者が知れば、直ちに証拠隠滅等の行為に出ることが十分に予想されることに鑑みると、捜索差押の実効性を確保するために必要であり、その手段方法も社会通念上相当な範囲内にあるものと認められるから、刑訴法222条1項、110条、111条1項の各規定に照らし、令状執行に必要な処分として許容されるものと解するのが相当である。なお、刑訴法110条の令状の呈示を要する相手方は、捜索場所を現実に占有支配している者であると解されるから、ホテルの一室を捜索場所とする捜索差押許可状については、その一室を現実に占有している宿泊客に呈示すれば足りるところ、本件においては、警察官らが、ホテルの支配人に令状の発付を説明した上でマスターキーを借り受け、入室後、直ちに被告人に令状を呈示しているのであるから、ホテルの一室に赴いた方法も相当であり、令状の呈示にも欠けるところはない。
(3) 次に、弁護人は、警察官らは、捜索で発見された覚せい剤の簡易予試験を実施する以前に、被告人を覚せい剤の所持の被疑事実で現行犯逮捕しているのは、現行犯の要件を欠き違法な逮捕である旨主張する。なるほど、現行犯の要件として特定の犯罪が存することが客観的に明らかでなければならないが、犯罪が行われていることが何ぴとにも明らかであることは必要ではなく、逮捕者において、事前に収集していた客観的資料や特殊な知識、経験によって現に特定の犯罪が行われていると認められる限り、現行犯逮捕が許されると解される。本件においては、警察官らが被告人を現行犯逮捕するに当たり、発見された結晶粉末が覚せい剤であるか否かを判定する簡易予試験を経ていないが、同時に発見された注射器の存在、被告人の言動等の犯行現場の客観的状況に加えて、警察官の捜査経験から、結晶粉末の形状が覚せい剤に酷似しているといった知識に基き、結晶粉末が覚せい剤であって、現に特定の犯罪が行われていると判断したと認められるのであるから、現行犯逮捕の要件を備えていたということができる。
(4) また、弁護人は、警察官らは、現行犯逮捕後、鑑定処分許可状なくして覚せい剤の簡易予試験を行っているのは違法である旨主張する。そこで、検討するに、刑訴法222条1項が準用する111条1項によれば、捜索差押の執行に伴う「必要な処分」として、権限者の承諾も令状もなくして鑑定に類する処分ができる場合があり、また、捜索差押の執行に伴う処分は、執行それ自体に限らず、その前提となる執行のため不可欠な行為をも含むと解されるところ、簡易予試験は覚せい剤の差押の前提となる準備行為と評価できる。本件覚せい剤の簡易予試験は、結晶粉末が真に証拠物であるかどうか判定するために必要かつ相当な処分であり、これにより侵害される財産的利益は結晶数粒という必要最小限にとどまり、被告人の面前でなされているという点でも、その方法は社会的に相当であると認められ、本件簡易予試験は、刑訴法111条1項の「必要な処分」に該当し適法なものである。
(5) したがって、本件の捜索差押及び逮捕手続には違法な点は存しないから、これらの手続によって得られた本件覚せい剤等や鑑定書の各証拠は証拠能力を有するものである。
3 次に、取調済みの関係各証拠によれば、〈1〉本件捜索差押により押収されたビニール袋入り白色結晶塊及び粉末は、鑑定の結果、フェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有する覚せい剤であることが判明したこと、〈2〉鑑定によると、ベッドの傍らの床上から発見された注射器2本、ゴミ箱から発見された封筒に在中していた注射器1本、手提げ鞄から発見された7本の注射器のうち5本にはいずれも覚せい剤が付着していたこと、そして、これらの封筒や手提げ鞄は被告人のものであること、〈3〉ゴミ箱から発見された血痕様のものが付着したティッシュペーパー3枚のうちの1枚から覚せい剤が検出されたこと、〈4〉被告人が現行犯逮捕の当日である平成12年7月12日に任意で提出した尿から覚せい剤が検出されたことを認めることができる。
そして、被告人がホテルの居室に入室してから約5、6時間後にその居室内のの床上から覚せい剤や覚せい剤が付着した注射器等が発見されたにとどまらず、被告人の手提げ鞄や封筒からも覚せい剤が付着した注射器が発見されていること、捜索差押時には、被告人以外の者はその居室にはいなかったこと、被告人の尿から覚せい剤が検出されていること、被告人が捜索差押時に激しい抵抗していた状況やその言動からすれば、特段の事情のない限り、本件覚せい剤は被告人が覚せい剤と認識してこれを管理するものであって、また、経験則上、覚せい剤使用後の尿から覚せい剤の検出可能な期間内において、その期間内の被告人の行動区域内で、被告人は自らの意思で体内に覚せい剤を摂取したことを推認することができるいうべきである。
4 被告人は、捜査及び公判を通じ、ある人物からホテルの居室で相談を受け、睡眠薬か精神安定剤と言われたが、相談者は自分が服用するのを止めなかったので覚せい剤ではないと思った、相談者が持ち込んだ白色結晶粉末約1グラムを水で服用したが、はっかのような、甘いような味がして、苦みという実感がなく、服用した後眠気を催したので、睡眠薬だと確信した、そして、眼鏡ケースやその中に入っているものを全部ゴミ箱に捨てさせたなどと供述するが、被告人の供述を裏付ける証拠は全くなく、名前も知らない者から睡眠薬か精神安定剤と言われてこれを信用したとか、本件覚せい剤がビニール袋入りの結晶粉末であり、その形状からして、市販の睡眠薬等の外観を備えてはいないことからすると、その供述は不自然であって到底信用に値せず、前記推認を揺るがすに足りる特段の事情はない。
5 以上に検討したところによると、判示の各事実を認定することができる。
なお、弁護人は、本件の覚せい剤の自己使用の公訴事実においては、犯行の日時、場所について相当に広い幅を持った記憶がなされ、方法については何ら摘示されておらず、訴因の特定を欠くから本件起訴は不適法である旨主張するところ、本件公訴事実の記載は、日時、場所の表示にある程度の幅があり、かつ、使用量、使用方法の表示にも明確を欠くところがあるが、検察官において起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものであるから、覚せい剤の自己使用罪の訴因の特定に欠けるところはなく、また、本件の証拠調べの結果によっても、訴因をより具体的に特定させる必要はないというべきである。
また、弁護人は、被告人は薬物乱用防止のカウンセリング活動の一環として活動していたのであるから本件覚せい剤の所持は正当行為として違法性が阻却されるべきである旨主張するが、覚せい剤取締法14条1項、2項は、覚せい剤を適法に所持することができる事由を規定しているところ、弁護人の主張する事由がこれらの法定の除外事由のいずれにもあたらないことは明らかであって、その主張は理由がない。
(累犯前科)
被告人は、(1)平成6年3月30日京都地方裁判所で道路交通法違反罪により懲役5月(3年間執行猶予、平成7年12月25日その猶予取消し)に処せられ、平成9年7月6日その刑の執行を受け終わり、(2)その刑についての執行猶予期間中に犯した覚せい剤取締法違反罪により平成7年11月1日京都地方裁判所で懲役1年6月に処せられ、平成9年2月6日その刑の執行を受け終わったものであって、これらの事実は検察事務官作成の前科調書及び(2)の前科に係る判決書謄本によって認める。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は覚せい剤取締法41条の3第1項1号、19条に、判示第2の所為は同法41条の2第1項にそれぞれ該当するところ、前記の各前科があるので刑法56条1項、57条により判示第1及び第2の各罪についてそれぞれ再犯の加重をし、以上は同法45条前段の併合罪であるから、同法47条本文、10条により犯情の重い判示第2の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役2年6月に処し、同法21条を適用して未決勾留日数中230日をその刑に算入し、押収してある覚せい剤結晶塊及び粉末1包(平成13年押第34号の2)は、判示第2の罪に係る覚せい剤で犯人の所持するものであるから、覚せい剤取締法41条の8第1項本文によりこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は、覚せい剤の自己使用及び約0.316グラムの所持の事案であるところ、被告人は、累犯前科となるものを含め、覚せい剤事犯の前科2犯を有し、刑務所で服役したこともあることからすると、覚せい剤に対する親和性も窺われる。加えて、被告人は本件について不合理な弁解を繰り返していること、被告人は懲役前科4犯を有していることなどに照らすと、再犯のおそれも否定できない。
そこで、これら諸般の事情を総合考慮した上、主文のとおり量刑した。
よって、主文のとおり判決する。
(弁護人 大杉光子)
(求刑 懲役3年、押収してある覚せい剤の没収)