京都地方裁判所 平成11年(ワ)542号 判決
原告
A野松子
他2名
原告ら訴訟代理人弁護士
嶋原誠逸
同訴訟復代理人弁護士
木内哲郎
被告
東京三菱パーソナル証券株式会社
(旧商号 菱光証券株式会社)
同代表者代表取締役
志村邦雄
同訴訟代理人弁護士
松下照雄
同
本杉明義
同
宮﨑拓哉
主文
一 被告は、原告A野松子に対し、一四五七万四一一三円及びこれに対する平成九年九月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告A野花子に対し一〇九〇万九七九五円及びこれに対する平成九年九月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告A野太郎に対し、七四六万七四二一円及びこれに対する平成九年九月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。
六 この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求の趣旨
一 被告は、原告A野松子に対し、一七一八万五〇八七円及びこれに対する平成九年九月二〇日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告A野花子に対し、一二四一万〇二七四円及びこれに対する平成九年九月二〇日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告A野太郎に対し、七八九万五六八三円及びこれに対する平成九年九月二〇日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告を通して日経平均株価指数オプション取引を行い、これにより損失を出した原告らが、被告の担当者による原告らに対する右取引の勧誘が不法行為であるとして、被告に使用者責任に基づきその賠償を求めた事案であり、請求額は一部請求である。
一 前提となる事実(争いのない事実並びに《証拠省略》により明らかに認められる事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告A野太郎(以下「原告太郎」という。)は、大正一一年六月二六日生まれの男性であり、洋傘製造販売業を営む株式会社C川(以下「訴外会社」という。)の代表取締役である。
イ 原告A野花子(以下「原告花子」という。)は、原告太郎の妻であり、昭和三年一月二五日生まれの女性であり、主婦業のかたわら、家業である訴外会社の洋傘製造販売の手伝いをしている。
ウ 原告A野松子(以下「原告松子」という。)は、原告太郎、同花子の二女であり、昭和三三年六月七日生まれで、主婦業のかたわら、家業である訴外会社の洋傘製造販売の手伝いをしている。
エ 被告は有価証券オプション取引の媒介又は取次などを目的とする株式会社である。
オ 訴外B山梅夫(以下「B山」という。)は、被告の外務員であって、京都支店に勤務しており、平成四年ころから原告らの担当者をしていた。
(2) 取引経過
ア 原告らは、平成元年七月から同年九月にかけて被告(京都支店)に取引口座を開設して証券取引を開始した。
イ 原告花子は、B山の勧誘によって、別紙一記載のとおり、平成八年二月二一日から平成九年六月一八日までの間、日経平均株価指数オプション取引(「日経二二五オプション取引」ともいう)を行い、これによって金一三六三万七二四四円の損失を計上した。
ウ 原告太郎及び同松子は、同じくB山の勧誘によって、別紙二及び三記載のとおり、平成八年四月二日から平成九年六月一八日までの間、日経平均株価指数オプション取引(「日経二二五オプション取引」ともいう)を行い(以下「本件オプション取引」という)、これによって原告太郎は金九三三万四二七七円の損失を、原告松子は一八二一万七六四二円の損失を、それぞれ計上した。
エ 原告らの上記取引は、いずれも、原告松子とその夫であるA野竹夫(以下「竹夫」という。)を窓口として行われた。
(3) オプション取引について
ア オプションとは、特定の商品(株式、債券、通貨等)を、将来のある期日内にあらかじめ決めた価格で買う権利や売る権利のことをいい、買い付ける権利を「コール・オプション」(以下「コール」という)、売り付ける権利を「プット・オプション」(以下「プット」という)という。
オプション取引とはこのような権利を売買する取引であり、当事者の一方が相手方にオプションを付与し(オプションの売り)、相手方がこれに対して対価(以下「プレミアム」という。)を支払う(オプションの買い)取引である。したがって取引への関与の仕方としては、オプションの売りと買いがあるが、売買対象としたオプションにコールとプットの二種類があることになる。
オプションにおいて、あらかじめ定められた価格を「権利行使価格」、あらかじめ定められた期日を「満期日」という。
イ 原告らが行ったオプション取引は、大阪証券取引所のみで行われていた日経二二五オプション取引であり、現実の株式等を対象とするものではなく、日経平均株価指数そのものを取引対象とする株価指数オプション取引であり、直近の連続する四カ月の各月の第二金曜日の前日を取引最終日とする四限月取引制で、最長でも四カ月の取引である。以下では、原告らが現実に行ったオプション取引にしたがって、商品が「日経平均株価」であることを前提に説明する。
ウ オプションの買い手と売り手は、満期日までに、買い付けあるいは売り付けたオプションそのものを反対売買によって決済することができる。買い手は、満期日に権利行使することも、権利を放棄することも可能である。売り手は、買い手が権利行使すれば、これに応じなければならない。もし買い手が権利行使できないまま満期日を迎えれば、プレミアムが売り手の利益となる。
したがって、オプション取引の買いの場合は、コールの買いの場合は、日経平均株価が上昇して権利行使価格とプレミアムの合計額を上回れば、その差額が利益となり、日経平均株価がどんなに下落しても、損失はプレミアムに限定され、プットの買いの場合は、日経平均株価が下落して、権利行使価格からプレミアムを差し引いた額を下回れば、その差額が利益となり、日経平均株価がどんなに上昇しても損失はプレミアムに限定される。
一方、オプション取引の売りの場合は、コールの売りの場合は、日経平均株価が権利行使価格を上回らない限り、プレミアムが利益となるが、日経平均株価が権利行使価格とプレミアムとの合計額よりも上昇するにつれて損失が拡大して、上限がなく、プットの売りの場合は、日経平均株価が権利行使価格を下回らない限りプレミアムが利益となるが、日経平均株価が権利行使価格からプレミアムを差し引いた額よりも下落するにつれて損失が拡大して、上限がない。
エ オプション取引は、基本的な売りや買いの型を組み合わせて様々な手法を使うことができるが、原告らが行った取引は主として「ストラングルの売り」の取引であり、これは、同一満期日の異なる権利行使価格のコールとプットを同時に売る取引である。日経平均株価の変動が小幅になると予想したときの戦略であり、日経平均株価が二つの権利行使価格の間に入ると利益(プレミアム分)が出るが、逆にこれを超えて日経平均株価が大きく変動すると、大きな損失を被ることになる。
二 争点
B山の投資勧誘行為の違法性と過失相殺の有無
三 争点についての原告らの主張
(1) B山が原告らに対して行った本件投資勧誘行為は、次の点で法令、通達等に抵触しており、全体として社会的相当性を逸脱して違法であり、不法行為を構成する。
(2) 適合性原則違反
ア 証券会社は、投資勧誘に際して、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験等に鑑みて不適合な取引を勧誘してはならない。この適合性原則は、証券取引の世界を規律する一般原則であり、証券取引法四三条一号は、「有価証券の買い付け若しくは売り付け又はその委託等、(中略)有価証券オプション取引(中略)について、顧客の知識、経験及び財産(中略)の保護に欠けることとなっており、又は欠けることとなるおそれがあること」に該当することのないよう業務を営まねばならないとして、適合性の原則を明文化している。
イ 適合性原則は、単なる取締規定ではないと解するべきである。なぜなら、この原則は、顧客と証券会社との関係を規律する内容をもった規定であるうえ、投資者保護という証券取引法の立法目的を実現するために必要な規定であり、また損害賠償の根拠たるに十分な内容を備えているからである。
ウ 本件オプション取引の以下のような特性からみて、原告らに対する勧誘は適合性の原則に違反している。
(ア) 本件オプション取引は、株式投資の場合のように、買い付けた株式の価格が値下がりした場合に将来の値上がりを期待して長期的に保有するということはできず、最長でも四か月しか存在が許されず、短期間に必ず決済することが前提の市場である。原告らが行った取引は、大半が限月が翌月のもののストラングル取引であったのでさらに短期間であった。市場自体がいわば完全なゼロサム社会であり、一方の損失の総量が一方の利益の総量に等しいという取引市場である。
(イ) オプション取引は、自動車保険において、支払保険料は戻らないが万一事故が起こった場合は、多額の保険金が支払われることと同様の方法で説明される。すなわち、一定のプレミアムを支払っても将来起こりうる損失を回避したいと希望する者がオプションを買い、一定のプレミアムと引き換えに将来起こるかもしれない損失のリスクを全面的に背負うことも厭わないと考える者が、オプションを売るという態度に出ることになるのである。売り手は損失が無限定になるという特質がある。
(ウ) オプション取引を理解するためには、プレミアムの形成要因を把握する必要がある。プレミアムは、本質的価値(権利行使価格と実勢価格の差で利益となっている部分)と時間価値(将来の平均株価指数の動きから利益を得ることができることに対する期待価値)との合成である。したがって、その価格を算出するには、現在の平均株価指数、行使価格、満期までの平均株価指数の変動性の大きさ(ボラティリティ)、満期までの残存期間、短期金利、配当率等が要素となり、これを難解な数式に算入して計算するが、モデル数式も各種あり、オプション価格の動きを検討するには、リスクの種類に応じて、適宜、モデル計算式を偏微分して、各種の変化率を算定してその指標とする必要がある。これらができなければ、約一カ月後の日経平均株価を予想し、その予想が的中するか否かを途中で検証する方法を持たず、単に満期に至って初めて予想が的中したか否かが分かるということになり、まさに賭博そのものといってよい状態になる。
(エ) このような多大なリスクを管理できるのは、生命保険会社のような巨大な機関投資家だけであり、高等数学を修め、複雑で難解な金融工学に通暁している者だけであり、オプション取引は、莫大な資産を有する機関投資家がリスクヘッジのために行う取引であって、個人投資家には不要な取引である。
統計上、オプション取引を行う個人投資者は極めて少なく、三ないし五パーセントにすぎない。また機関投資家が運用資産全体のうちオプション取引で運用する比率は一ないし二パーセントであるとの指摘もあり、機関投資家はオプション取引が極めてリスクの高い取引であることを認識して、その専門家を時間をかけて養成して、オプション取引の価格変動要因の科学的分析をしながら投資している。
オプション取引市場に参加することは、このようなプロが相手の市場に参加していくことを意味する。
(オ) 原告らは、高齢者あるいは女性であり、資金は老後の貯蓄目的であり、オプション取引という、複雑かつ難解で危険性の高い商品について、特に取引形態もオプションの売り主になるという無限定の損失を被る可能性のある取引形態であるものが適合するはずがない。
(3) 説明義務違反
ア オプション取引は、一般に周知性のない特殊難解な商品であるから、証券会社は、一般投資家にオプション取引を勧誘するに当たっては、専門業者として、取引の内容、仕組み、危険性等を説明する契約上、信義則上の義務がある。
イ 証券取引法四〇条は、「証券会社は、次に掲げる取引に係る契約(有価証券オプション取引を例示)を締結しようとするときは、あらかじめ、顧客に対し、これらの取引の概要その他総理府令・大蔵省令で定める事項を記載した書面を交付しなければならない」と定めており、証券会社に関する命令二八条二項は、「法四〇条に規定する総理府令・大蔵省令で定める事項は同条各号に掲げる取引に係る損失の危険に関する事項及び顧客の注意を喚起すべき事項とする」としている。これらの条項の趣旨は、有価証券先物取引等が少額の証拠金で大きな取引が可能な反面、リスクの大きな取引であるところから、証券会社がこれらの取引に係る契約を締結しようとするときは、事前に顧客に対して、これらの取引の概要等を記載した書面を交付させることを義務づけることにより、投資者保護を図ろうとするものである。
ウ 証券取引における自己責任の原則は、投資の結果は投資者に帰属するという証券市場の当然のルールを述べたものにすぎない。自己責任原則を投資者自らの責任で危険性の有無・程度を判断すべきだとして、その根拠に証券取引がリスクを伴うものであることを挙げることは誤っている。リスクある商品は証券取引に限らず、自動車、電化製品、食品、薬品など大量に存在する。むしろ証券取引においてリスクが伴うことは、証券会社に重い責任を課す根拠とすべきものである。証券取引は、電化製品の売買などのように手にとってみることができず、その商品価値やリスクを容易に理解することは困難である。特に現代では証券会社の扱う商品は株式のみならず、多種多様となっており、そのリスクの程度もハイリスクからローリスクまで多種多様である。これらの金融商品の内容やリスクについては、学校教育において必修となっているわけでもなく、周知性も一般的にはない。それ故積極的に証券会社において自分が売ろうとする商品がなんであるかをまず示すべきであり、自己責任の原則は、証券会社が、自己責任を負えるだけの判断材料を提供し、投資者が、投資取引に伴うリスクの範囲を判断する地位にたてた場合に、その判断に基づいて行った取引の責任を負担する原則である。
エ B山は、原告らに対し、オプション取引の仕組み、利用方法について殆ど説明せず、リスクの説明は全くせずに本件投資勧誘をした。
B山は、平成八年一月ころ訴外会社を訪れて、原告松子に対して、原告花子の平成七年中の投資信託などの運用実績表を交付して、これらの資産を被告に預けてB山が勧める取引を行えば毎月五万円程度は確実に儲かる取引があるといって勧誘したもので、「オプション取引」という言葉さえ使っていなかった。
原告らの取引の窓口となった原告松子夫婦は、B山から「株価指数オプション取引説明書(乙10)」や「株価指数オプション取引のすべて(乙11)」の交付を受けたことはないし、B山作成のレジメ(乙25)は、リスクに関しては裏面に記載されているが、原告らに交付されたのは、裏面のない表面のみのコピーで、しかも平成八年夏の終わり頃交付を受けたにすぎない。
また被告が主張するシミュレーションというのは、B山が他の顧客の取引の様相を見せたことがあるだけである。
(4) 過当勧誘・過当取引
ア 顧客の投資目的、資力からみて、適当でない銘柄または過当な数量、頻度の投資勧誘を行ってはならない。このような趣旨は、証券取引法四二条、証券会社の行為規制等に関する命令四条五号、日本証券業協会が定める証券従業員に関する規則(公正慣習規則第八号)九条三項八号などに規定されている。
イ 原告らの取引内容から明らかなとおり、投資回数は非常に頻繁である。オプション取引の手数料は、一般の株式取引の手数料に比べて高額であり、過当売買を繰り返すことによって、多額の手数料を得やすく、約一年四カ月間の本件取引において、被告の得た手数料総額は、原告松子につき五六八万五八二八円、原告花子につき六七三万四二〇八円、原告太郎につき四三九万七二〇〇円に達している。
ウ 他の訴訟の原告でB山が担当者であった投資家(D原春子)の取引記録と原告らの取引を比べると、別紙四記載のとおり、網掛けにした取引が、同一取引日で同一銘柄について同じ取引をしたものであり、極めて多数の取引が同じであることがわかる。B山の推奨するままに取引が行われ、投資者自身の判断と責任による投資意思決定があったとはいえないことが明白である。
四 争点に対する被告らの主張
(1) 適合性原則違反の主張に対し
ア 株価指数オプション取引は、保有株式のヘッジ手段として極めて有効な投資手法であるだけでなく、オプション取引の買付は損失を限定しながら利益だけを追求することのできる投資手法であり、オプションの売付は、プレミアム収入によって運用資金の利回りを高めることのできる投資手法であり、機関投資家だけではなく、個人投資家にとっても極めて有意義な取引手法である。
イ 株価指数オプション取引は、株式取引と比較しても、株式取引が個別銘柄の今後の相場予測を行うのに対して、株価指数オプション取引は、日経平均株価の今後の相場予測を行うのであり、いわば、一部を予測するか全体を予測するかという問題にすぎない。もちろん予測方法は同一とは言えないが、この両者の予測に本質的な差はなく、株価指数オプション取引は一般投資家が理解し、投資判断を行うことの不可能な取引ではない。
原告らが説明する自動車保険の例は、機関投資家が行うヘッジ取引であれば、間違いとはいえないが、本件のように個人投資家が相場動向の予測に基づいて利益獲得を目的として行うオプション取引には全くあてはならず、また、原告らの主張する、プレミアムの形成要因やその計算式等についてはそのとおりであるが、オプション取引を行う投資家は、必ずしも難解な数式を理解する必要はなく、各種の変化率を利用しなくとも投資判断は十分に可能である。本件オプション取引は、今後の日経平均株価の相場予測に基づき行うものであり、今後の個別銘柄の株価予測に基づいて行う株式取引と本質的な差異はなく、個人投資家にとって複雑かつ難解な取引とは言えない。
ウ 証券取引法にも、日本証券業協会の諸規則にもオプション取引は個人投資家に勧誘してはならない取引であるとか、個人投資家への勧誘が適合性の原則に違反するとの規定はなく、むしろ日本証券業協会は、株価指数オプション取引の個人投資家向け説明書まで作成し、個人投資家へのオプション取引の普及をはかっているのである。
エ 原告らは、次のとおり、証券取引についての知識及び経験を豊富に有し、投機性の高い取引を好んで行う投資家であり、適合性原則違反の事実は存在しない。
(ア) 平成元年七月から同年九月にかけて、被告京都支店に取引口座を開設して証券取引を開始し、その後、家族名義(原告松子の夫竹夫名義)取引口座、訴外会社名義口座も開設し、約一〇年にわたり、株式、転換社債、投資信託外国債券等の証券取引を行ってきた。
(イ) 原告らは、大和証券、山一証券でも証券取引を行っており、危険性の高い株式信用取引、ワラント取引を頻繁に行っている。しかも大和証券では二億円以上の巨額損失を発生させながら、なお被告で取引を継続している。
(ウ) 訴外会社の事務所は、京都市内の一等地で一〇〇坪以上の敷地を有し、原告らはそれぞれ自宅としてマンションを保有する有数の資産家である。
(2) 説明義務違反の主張に対し
ア 証券取引においては自己責任が原則であり、証券取引によって利益を取得しようとする投資家は、自己の資産を把握したうえで、その危険性を受け入れて自己の責任と判断に基づいて証券取引を行い、取引によって損失を被ったとしてもそれを他者の責任とすることはできず、反対に利益を挙げたときはその利得を全て取得することができる。かかる自己責任の原則が妥当する証券取引においては、取引をなすか否かの判断は投資者に委ねられており、したがってその判断をなす際の資料等についても投資者が収集すべきものである。
イ 証券取引法四二条は、証券会社が有価証券の売買その他の取引に関連し、断定的判断を提供して勧誘を行うこと及び虚偽表示又は重大な事項について誤解を生ぜしめるべき表示を行うこと等を禁止しているが、これは作為をもって投資者の投資判断を誤らせるような行為を禁じているもので、不作為義務を定めたものである。このような規定及び自己責任の原則からみて、証券会社が作為義務としての説明義務を負うのはあくまで例外的な場合であるというべきであり、説明義務の根拠が一般条項の信義則であることからも、慎重でなければならない。さらに説明義務違反が不法行為になるということを考えると、説明の欠如が顧客の投資判断に明らかに誤解を与え、説明の欠如が作為にも匹敵する違法性を具備する場合に限るべきである。
エ したがって、オプション取引に関して通常をはるかに越える説明義務が存在するということはありえず、取引の仕組み(権利の売買であること、権利行使期限があること等)及びその特有のリスクがあることを、投資家が通常理解できる程度に説明すれば十分である。
オ 本件取引開始に当たっては、B山は、原告らから大和証券に対して訴訟提起中と聞いていたので、商品の説明、勧誘には十分気を付けており、原告らに対し、次のとおり充分な説明をしている。
(ア) 平成七年一二月に訴外会社を訪問して、原告松子と同人の夫である竹夫にオプション取引の簡単な説明を行った。同人らは、原告太郎及び同花子の代理人でもあったので、説明は同人らを中心に行った。
(イ) その後も数回にわたり訴外会社を訪問してオプション取引に関する説明書(乙10及び11)を交付して説明を行ったが、その際B山は、今後の相場がもみ合いで大きく動かないとの予想を前提に「ストラングルの売り」の手法を中心として説明した。リスクについても、乙10のリスク説明部分を利用して、変動率が株価指数より大きい傾向があるので大きな損失を被る危険があること、売り方は市場価格が予測に対して変化すると無制限の損失を被ること、市場の状況により意図どおりの取引ができない等により損失が拡大する危険性があることを説明した。
またB山は、自分で作成しているオプション取引のレジメ(乙25)を原告らに交付しており、同レジメにはリスクの説明が記載されている。
(ウ) B山は、原告らに、取引開始まえには、シミュレーション取引を行い、平成八年二月の限月取引において最終売買日の日経平均株価指数の範囲を予測してもらい、その上限のコール及び下限のプットを同時に仮想売り付けを行った結果、原告らは一カ月間で数万円の仮想利益を得たという経験もしている。
(エ) 原告らは、説明を十分理解して自己の判断と責任においてオプション取引を行う旨の確認書に署名押印している。
(オ) 本件取引の状況については、被告より原告らに、取引ごとに書面(《証拠省略》)で通知されているが、原告らからオプション取引を止めたい等も申し入れは全くなく、原告らが、オプション取引のリスクも十分認識しながら取引を継続したことは明らかである。
(3) 過当取引の主張に対し
ア 過当取引に関する判例は、証券会社が顧客の口座を支配していたこと、証券会社が同口座の目的及び性質に照らして過度の取引を行わせたこと、証券会社が詐欺の目的であるいは顧客の利益を無謀に無視して行動したことの三要件を必要とすると判示している。前記のとおり取引ごとに取引報告書が送付されているが、その内容について原告らから疑義を受けたこともなく、被告が原告らの口座を支配していたとは到底言い難いし、B山が詐欺目的あるいは原告らの利益を無謀に無視して行動した事実もない。
イ 原告太郎は、訴外会社の名で、大和証券に対して無断売買等を理由として約二億五〇〇〇万円もの多額の損金について訴訟を提起したが、一審から三審までいずれもその主張を排斥されて請求を棄却されている。
第三争点に対する判断
一 《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。
(1) 訴外会社は、家内工業といってよい状態の会社であり、原告らと原告松子の夫である竹夫が一緒に仕事をしていることが多かった。
(2) 原告らと被告との本件オプション取引において、原告らの側の窓口になっていたのは、主に原告松子と竹夫であり、被告の投資勧誘も同人らに対してなされた。
(3) 原告松子は、E田大学の家政学部家政学科を昭和五六年三月に卒業し、昭和五九年までA田株式会社に勤務して営業の後方事務を担当していた。その後家業である訴外会社に入り、洋傘製作のためのミシン踏み、出荷業務の補助などの雑用全般と、家事全体の手伝いをしていた。平成元年に被告との取引を始めるまでは証券会社との取引はなかったが、被告の京都支店が、訴外会社から歩いて三分程度のところにあったので、取引をするようになり、初めは主として中国ファンドなどの手堅い商品の取引をしていた。
(4) 竹夫は、昭和六〇年三月にB野大学文学部文化学科心理学専攻を卒業したあと、薬品会社に勤務して営業に従事していたが、松子との結婚で将来訴外会社の跡を継ぐことになったことから、昭和六二年四月から大阪のC山で繊維関係での営業の経験を積み、平成二年八月から、訴外会社に入って主として営業を担当していた。
(5) 太郎は、昭和四〇年代から山一証券で取引をしていたが、松子や竹夫を含む家族の名を使って取引名義を分散していた。また同人は昭和六二年からは大和証券でも取引を始め、これについて二億円を越える多額の損失を計上して、平成四年当時大和証券を相手取って訴訟を提起していた。
(6) B山は平成四年ころから前任者を引き継いで、原告らの口座を担当することになり、訴外会社に出入りするようになった。当時B山との応対の窓口は主として原告松子であった。
(7) 原告らの取引は、当初は中期国債ファンドが主であり、担当者がB山になるまでは安定的商品の取引が中心だったが、B山が担当者となった後に、B山の勧めで、よりリスクの高い野村アメリカ債券F2、日本債券ベア型オープンの取引をしたことがあるが、原告松子の認識としては、郵便局の貯金より若干有利なものとの認識であり、リスクについてB山から説明されたこともなく、自ら商品内容やリスクを調べたこともなかった。
(8) B山は、平成四年ころから顧客にオプション取引の勧誘を始め、当時二名ほどの顧客に「買い」のほうの取引勧誘したことがあったが、損を出して終わり、その後平成七年末まで、オプション取引を扱うことを止めていた。当初の経験からオプションの「買い」のほうはなかなか儲かりにくい取引であるとの印象をもっており、平成七年末から個人投資家にストラングルの売りの取引の勧誘を始め、原告らを含め、合計一五口座を勧誘した。
(9) 平成八年一月に、B山は、原告花子名義の口座の運用実績表を原告松子に渡し、これらの資産を今と変わらない状態のままで、B山が勧める取引を行えば大きく儲かることはないが、毎月五万円程度は確実に儲かる取引があるので是非行って欲しいと勧めたが、その内容については、詳しく説明しても理解できないでしょうと言って、詳しい説明をしなかった。
そこで原告松子は、竹夫にもB山の説明を聞いてもらうことにし、竹夫が同席する場で話を聞いたが、B山の説明は、株価が将来一定の範囲にあることによって必ず利益が出ますという説明であった。これに対して、竹夫は利益の出る理由はわからなかったが、損失を心配して、範囲を超えそうになったときはどうなるかと尋ねたが、B山は、範囲というものは何時でも組み換えることができるし、仮に予想したところと違った場合にはその前に取引を止めてしまえば良く、それはいつでもできるので損失を被ることはないと言い、またそのために大きく利益が出ることもないと言っていた。
(10) 当時B山は、オプション取引という言葉も使っていないし、取引方法について説明したことはなかった。オプションの説明書(乙10及び11)を渡したこともない。またB山は手作りのレジメを平成八年八月ころに竹夫に手渡したことがあったが、それはリスクについて記載されている裏面のない表面のみのコピーであった。
(11) 平成八年二月一四日に株価指数オプション取引に関する確認書に原告花子の署名押印を原告松子が行って、本件のオプション取引が開始され、その後原告松子や原告太郎の取引も開始された。また、竹夫は、家業としての訴外会社の事業の先行きが明るくないと感じており、コンビニエンスストアを経営することにして、株式会社D川の名で銀行からその資金全額を借り入れていたが、融資時期からフランチャイズ先に資金を納めるまでの間に若干の時間的余裕があったので、B山からの勧誘を受けて、株式会社D川の名でオプション取引を行ったが、平成八年一一月には累計で約八七万円の利益を上げた状態で取引を終了した。
(12) 原告らのオプション取引は、すべてB山が勧めた取り引きに、原告らが勧められるままこれに応じたものであり、本件オプション取引の具体的経過は、別紙一ないし三記載のとおりである。なお平成八年夏頃からは、原告らの窓口の中心は原告松子から竹夫に変わった。本件オプション取引が継続していた期間中、被告から原告らに対し、取引が成立する度に「取引報告書」が、毎月一回は「取引残高のご通知」がそれぞれ送付されていたが、取引報告書では、売りを行った段階ではプレミアムが収入として計上されるだけで、損益は売りのオプションの買い戻しを行うか、あるいは決済日が到来して権利行使が行われてからでないとわからない状態であった。
(13) 原告らは、平成八年三月から一〇月までは累積利益を獲得していたが、同年一二月以降に消費税引き上げ、特別減税打ち切り、不良債権問題等の材料から、予測を越えた株価の暴落が発生し、日経平均株価は同年一二月二日の二万〇六七四円から同九年一月三一日の一万八三三〇円まで二〇〇〇円を超える暴落となった。そのため原告らの取引においても、同年一月以降に多大な損失が発生した。
(14) 平成九年二月の第二金曜日の前日に、竹夫は被告から呼出を受けて被告京都支店を訪ねた。そこでE原課長とB山から、原告らの口座を合わせて一〇〇〇万円程度の損失が出ていること、実際には、同年一月から既に多額の損失が出ていたが言えなかったことを聞かされた。
(15) さらにその翌々日には、原告松子と竹夫は再び被告に呼ばれて、E原課長とB山から先日の説明の際、見落としていた分があり、損失は二〇〇〇万円以上に膨らむと告げられた。そしてその後の対処の仕方として、転換社債など確実に利益の出る物を優先的にやるが、それだけでは損失が大きすぎて元に戻すのが難しいので、B山自身は自信を失っているが、被告としてバックアップして、E原課長とも相談しつつ進めるのでオプション取引を引き続きやらして欲しい、これからは時間はかかるが確実に利益を出して元に戻しますと言われて、やむを得ずこれに承諾し、その後もオプション取引が継続されたが、その後の取引でも損害を拡大して、同年六月中旬には、同年一月末の損害の約二倍の損害額にふくれあがり、これを最後に被告から取引を打ち切られ、原告らは同年九月一九日に代用有価証券を処分して損失に充当した。
二 被告は、B山が、オプション取引の危険について種々説明を尽くしていたと主張し、証人B山梅夫の証言(第一回尋問)には、被告主張にそう証言が存在する。しかしながら、被告が説明したと主張するリスク内容を本当に説明していたとすると、そのリスクの回避方法、あるいはリスクを上まわるほどの利益の存在の説明がなければ、原告らのような個人投資家が到底取引を開始する決断をするとは思えないところ、そのような説明がなされた形跡は認められないこと、ストラングルの売り以外の本来の取引方法から説明を始めているとすると、原告らがよりリスクの限定された「買い」ではなく、無限定の損失の危険のある「売り」の取引を選択していることも不可解であること、証人B山梅夫の第一回尋問及び第二回尋問によれば、同人は、オプション取引の特質や危険性について、特に「売り」の危険性について本質的には認識できておらず、例えば、第一回尋問においては「大和証券での取引の関係で原告らには株の取引には拒否反応があると思った、個別銘柄を発掘するよりも対象先が日経平均という一つだけの銘柄の商品でしたらわかりやすい」との趣旨の証言をしていること、《証拠省略》によれば、B山は本件訴訟が提起される前の平成一〇年七月二六日に、原告代理人嶋原誠逸弁護士の同席する場において、取引経緯について、前記証言とは全く異なって、リスクに関する説明をしていないことを自認していたことが認められることから、被告主張にそう前記証言は採用できない。
三 以上の事実に基づき、適合性原則違反の主張について判断する。
(1) 日経平均株価のオプション取引が社会的に持つ存在意義はなんであろうか。仮にこれが、「日経平均株価」でなく、たとえば、「日経最高株価」を指数として行うオプション取引であるとしても、被告が主張するようにオプション取引の買付は損失を限定しながら利益だけを追求することのできる投資手法であり、オプションの売付は、プレミアム収入によって運用資金の利回りを高めることができる投資手法であり、機関投資家だけではなく、個人投資家にとっても極めて有意義な取引手法であるということができる。しかしながら、このような指数を使うことは、全く商品性のない抽象的な数値について、単に「あてもの」を競うこと、すなわち賭博に過ぎず、被告主張のような効用は賭博の効用として、到底社会的に許容されるものではない。ところが、同様に、現実には全く商品性のない抽象的な数値に過ぎない日経平均株価のオプション取引が許容されるのは、まさにそれが「平均株価」を指標として使うからであると考えられる。「平均株価」を使うことにより、経済全体の変動という不確定要因について、リスクヘッジを行うことが可能となる。個別の企業への投資を行っている場合その企業の業績や業界の先行きの見込みなどを検討して投資をしたとしても、経済全体をゆるがす要因、例えばテロや戦争の勃発、税制の変更など個別企業には如何ともし難い要因で、経済全体に影響が及ぼされ、株価全体が急激に下がるというような事態が起こることがありうるが、そのような場合に、そのリスクのヘッジをするとすれば、「平均株価」を指標とするオプション取引は単なる賭博とは言い難い十分な社会的意義を持つことになる。
したがって、基本的には機関投資家などがリスクヘッジのためにこれを利用することが予定されて、このような取引が許容されたものと考えられるが、リスクヘッジが必要なのは大量且つ広範な種類の銘柄を保有している機関投資家であって、個人投資家にとってはその必要性は一般的には乏しいと考えられる。
もちろん現実には一旦制度ができた場合に、これをリスクヘッジとしてではなく、利ざや稼ぎのために利用する者が表れたとしても、全くこれが違法として排除されるわけではないが、本質的にはそのような利用は、社会的有用性の側面が弱く、「賭博性」の側面を強く持つものである。「リスクヘッジ」のために取引に参加する者は、予想がはずれても、原告主張の「自動車保険モデル」のように、ヘッジのための費用としてその取引に要した費用は無駄ではないが、「リスクヘッジ」の必要のない利ざやを稼ぐために取引に参加する者は、予想がはずれればまさに損失のみが残るのであるから、このような「賭博性」の危険を承知で引き受ける者のみが行うべき取引であると言うべきである。
(2) 次に、オプション取引は、以下の理由で、長い投資経験と深い知識を有する者でない限り、通常の多くの個人投資家には適合しないというべきである。
ア 投資判断の困難性
オプション取引は、その仕組みが難解である。「売る権利」「買う権利」の売買という概念自体の理解が容易でない。使われている用語も聞き慣れない。対象となる商品が「株価指数」という抽象的なものであり、その値動きの分析には高度の専門性と情報力を要する。また、プレミアムの形成要因の理解、その変動の予測も真に困難である。オプション取引市場の投資主体は、証券会社、機関投資家及び海外投資家が大部分を占めており、日経二二五オプション取引の平成一一年八月から一一月における国内の個人投資家が占める割合は、コールの取引金額において二・八から三・四パーセント、プットの取引金額において四・四から四・九パーセントにすぎない(《証拠省略》)。オプション取引をする個人投資家は、豊富な情報を基に株価指数やボラティリティを統計的に予測しながら取引を行っている機関投資家らと取引を行わなければならないのである。
イ ハイリスク
現物投資と比較して、使用する資金に対する損益の比率が大きくなる即ち、ハイリターンが期待できる反面、ハイリスクの可能性もあり、とりわけ、売り手は、損失額が無限定である。
ウ 被告は、オプション取引を行う投資家は、必ずしも難解な数式を理解する必要はなく、各種の変化率を利用しなくとも投資判断は十分に可能であって、本件オプション取引は、今後の日経平均株価の相場予測に基づき行うものであり、今後の個別銘柄の株価予測に基づいて行う株式取引と本質的な差異はなく、個人投資家にとって複雑かつ難解な取引とは言えないと主張するが、このような態度では、賭博の勝ち方に関して知識の乏しいままにプロが相手の賭博場に参加していくことを意味することになり、もともと「ゼロサム市場」において五分五分の危険であったものが、無知ゆえのハンディを抱えて参入することになって危険のみが増大することになる。
エ そうすると、個人投資家でオプション取引に適合するのは、投資家の方からハイリスクを承知で積極的にこれを希望する場合を除き、資金力と長い投資経験があり、証券取引、取り分けオプション取引についての深い知識と理解を有し、他の取引ではできない投資戦略をとる必要がある場合に限られるというべきである。
(3) 原告らは、本件オプション取引を開始するにあたり、特に「リスクヘッジ」を行う必要があったものではなく、また、原告らから積極的に希望して取引に参入したものでもない。
もっとも本件オプション取引開始当時、原告らには相応の資金力もあったし、原告太郎の投資経験も年数としては充分なものがあったというべきであるから、原告らがオプション取引の仕組みを十分理解して、賭博性を承知の上で、利ざやを稼ごうとして本件オプション取引を始めたのであれば、本件投資勧誘が必ずしも一概に適合性原則に違反するということはできないが、前記認定の事実によれば、B山の説明により、原告らが、このような認識を持つに至ったとは到底認められず、またそのような認識を持ちうる能力もなかったと言うべきであり、そのことはB山も十分認識していたと言うべきである。
(4) オプション取引は、前記のように、一定の有用性はあるものの、難解且つ危険な取引であって、多くの個人投資家には適合しない取引である。したがって、個人投資家に対してオプション取引を勧誘する証券会社の外務員としては、その顧客の資産、取引経験、社会経験、知的能力等を総合的に勘案して、その顧客がオプション取引の仕組みと危険性を理解することを可能とする能力と取引経験及び社会経験を有していると認められる場合にのみ、これを勧誘すべきであって、そうでない場合には、これを勧誘してはならない注意義務を有していると解すべきであり、したがって、B山の原告に対する適合性原則に違反した本件投資勧誘は、社会的に許容される範囲を逸脱した投資勧誘として私法上も違法と評価せざるを得ない。
四 過失相殺について
(1) 原告らの過失相殺について判断するには、原告ら及び実質的には代理人の一人といってよい竹夫の過失も考慮すべきである。前認定の事実によれば、原告太郎は、相当長期間にわたる証券投資の経験があり、また既に大和証券との間で取引の損失をめぐって訴訟まで提起していたにもかかわらず、そのことから何らの教訓も生かせず、原告松子や竹夫が被告との間で行っている取引内容を確認しようともせずに、同人らに取引を一任して放置していた。
一方、原告松子と竹夫とは、株価が将来一定の範囲にあることによって必ず利益が出ますというB山の説明で、勧誘されている取引が中国ファンドのような安定型の商品でないことは認識できたはずであるし、現に、竹夫は損失を心配して、範囲を超えそうになったときはどうなるかと尋ねてさえいるのであるから、危険の可能性を認識していたといえる。これに対する、B山の説明は、範囲というものは何時でも組み換えることができるし、仮に予想したところと違った場合にはその前に取引を止めてしまえば良く、それはいつでもできるので損失を被ることはないと言う、およそ経済的にみて合理性のないものであることが十分認識できるものであったのである。また、取引開始にあたり、原告松子が署名押印した「株価指数オプション取引に関する確認書」には、「私は、貴社から受領した「株価指数オプション取引説明書」の内容を確認し、私の判断と責任において下記の取引を行います。」と記載されており、B山からこれを受領していないとしても、要求することもできたのである。しかるに、原告松子と竹夫は、それ以上全く商品についての知識を得ようともせずに、B山を全面的に信用して自らの判断を放棄してしまったのであって、このような態度は、全面的に証券会社の担当者の勧めに従ってさえいれば儲からせてくれるはずであるとの安易な考えと言わざるを得ない。ただ、こうした原告松子や竹夫の態度は、B山の勧誘行為における、情報を知らせようとしない対応からもたらされた側面もあり、B山の行為の違法性を越えるとまで評価すべき事柄ではない。
(2) 一方、《証拠省略》によれば、被告が、原告らから得た取引手数料は、手数料総額は、原告松子につき五六八万五八二八円、原告花子につき六七三万四二〇八円、原告太郎につき四三九万七二〇〇円に達していることが認められる。この点は、原告らが損害のみを被ったのに対して、被告は利益を得たと言う点で、過失相殺割合の認定にあたり考慮されるべきことである。
また、《証拠省略》によれば、被告は、平成九年二月以降、一旦発生した損失を回復しようとして、より高額のプレミアムを得るためによりリスクの高い売りを行うなどして一時的に損失を解消しようとするいわゆるロールオーバーという手法を取り、損害の拡大をもたらしたこと、例えば、原告松子の取引において、平成九年三月一四日約定のストラングル取引において約五三〇万円のプレミアムを取得しているが、結局この取引は後日権利行使を受けて一五六四万円のマイナスをもたらしていることが認められる。これらの取引は、原告らの同意を得たとはいっても、被告が従来の取引以上の損害拡大の危険性について、原告らに説明したことを認めるべき証拠はない。このような不適切な事後処理は、自らの不始末を一時的にプレミアムの取得でごまかし、原告らのより大きな危険負担で粉塗しようとしたものと解されても止むを得ない。このような方法により、前記認定のとおり、原告らの損害は二倍あまりにふくれあがったのであり、過失相殺割合の認定にあたり、考慮せざるを得ない。
(3) 以上認定の各要素を考慮すると、本件においては、原告らの被った損失の八割を被告の不法行為による損害として賠償させるのが相当である。右金額は原告花子について一〇九〇万九七九五円、原告太郎について七四六万七四二一円、原告松子について一四五七万四一一三円となる。
第四結論
以上認定の事実によれば、原告らの被告に対する本訴請求は、原告花子については一〇九〇万九七九五円、原告太郎については七四六万七四二一円、原告松子については一四五七万四一一三円、及びそれぞれこれに対する損失充当日の翌日である平成九年九月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、その限度で認容することとし、原告らのその余の請求はいずれも理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 西垣昭利)
〈以下省略〉