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京都地方裁判所 平成11年(レ)1号 判決

控訴人

株式会社日本交通公社

右代表者代表取締役

舩山龍二

右訴訟代理人弁護士

三浦雅生

山本厚

被控訴人

八村弘昭

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文同旨

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、控訴人主催の一九九八年ワールドカップフランス大会日本対アルゼンチン戦観戦ツアーの旅行契約を締結した被控訴人が、控訴人において参加人員分の入場券が入手できなかったため、現地で抽選することとなり、結果的には抽選に当たって右試合を観戦することができたものの、入場券を入手しなかったことや抽選になった経緯に債務不履行(不完全履行)があり、右債務不履行により、精神的不安を感じるなどして、精神的損害を被ったとして、控訴人に対して一五万円の損害賠償を求めたものである。

二  争いのない事実等

次の各事実は、文中掲記の証拠により認定した以外は、当事者間に争いがない。

1  控訴人は、旅行業、各種興行の入場券等の販売取次等の業務を行う会社である。

2  控訴人は、平成一〇年三月一六日、被控訴人との間で、控訴人が主催企画する一九九八年ワールドカップフランス大会(以下「本大会」という。)の日本対アルゼンチン戦観戦ツアー(旅行期間・平成一〇年六月一三日から同月一八日まで―以下「本件旅行」という。)の主催旅行契約の旅行代金三六万三二六〇円のうち、申込金として一〇万四七〇〇円を支払い、旅行契約を締結した(甲三、乙七。以下「本件契約」という。)。

3  本件契約は、旅行業約款(以下「本件約款」という。)に基づいて締結されており、本件約款は、旅行業法一二条の三の定めに基づき運輸大臣が定める標準旅行業約款と同一内容のものである。本件約款のうち、関係部分の規定は以下のとおりである。

三条(旅行契約の内容)

当社は、主催旅行契約において、旅行者が当社の定める旅行日程に従って運送・宿泊機関等の提供する運送・宿泊その他の旅行に関するサービス(以下「旅行サービス」といいます。)の提供を受けることができるように、手配し、旅程を管理することを引き受けます。

一二条(契約の内容の変更)

当社は、天災地変、戦乱、暴動、運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止、官公署の命令、当初の運行計画によらない運送サービスの提供その他の当社の関与し得ない事由が生じた場合において、旅行の安全かつ円滑な実施を図るためやむを得ないときは、旅行者にあらかじめ速やかに当該事由が関与し得ないものである理由及び当該事由との因果関係を説明して、旅行日程、旅行サービスの内容その他の主催旅行契約の内容(以下「契約内容」といいます。)を変更することがあります。ただし、緊急の場合において、やむを得ないときは、変更後に説明します。

二〇条(旅程管理)

当社は、旅行者の安全かつ円滑な旅行の実施を確保することに努力し、旅行者に対し次に掲げる業務を行います。ただし、当社が旅行者とこれと異なる特約を結んだ場合には、この限りではありません。

(1) 旅行者が旅行中旅行サービスを受けることができないおそれがあると認められるときは、主催旅行契約に従った旅行サービスの提供を確実に受けられるために必要な措置を講ずること

(2) 前号の措置を講じたにもかかわらず、契約内容を変更せざるを得ないときは、代替サービスの手配を行うこと。この際、旅行日程を変更するときは、変更後の旅行日程が当初の旅行日程の趣旨にかなうものとなるよう努めること、また、旅行サービスの内容を変更するときは、変更後の旅行サービスが当初の旅行サービスと同様のものとなるよう努めることなど、契約内容の変更を最小限にとどめるよう努力すること

4  被控訴人は、同年五月二二日、右旅行代金の残額二五万八五六〇円を支払った(甲一)。

5  同年六月一〇日、本大会の開会式が挙行されたが、同日、控訴人を含む大手旅行会社一三社は、本大会の観戦チケットが不足している問題について協議した結果、参加予定者に正確な情報を開示する必要があるとの認識で一致し、共同記者会見を開き、観戦チケット不足の状況について、一般に公表した(乙四の一、二)。

6  控訴人は、同年六月一〇日、被控訴人に対し、電話にて、日本対アルゼンチン戦(以下「本件試合」という。)の観戦チケット(以下「本件観戦チケット」という。)が入手できない状況を説明するとともに、以下のような対応策を告知した(乙一〇)。

(一) 旅行は予定どおり催行する。

(二) 予定通り本件旅行に参加し、本件観戦チケットを最終的に入手出来なかった場合は旅行代金相当額を補償として払い戻す。

(三) 本件旅行に参加しない場合は、無条件で本件契約の解除を認め、旅行代金は全額を返還する。

7  控訴人は、同月一一日、観戦チケットの配布方法を、抽選により決することを決定し、同日、被控訴人を含む参加希望者に対し、電話で、観戦チケットの配布につき、現地で抽選により決する旨連絡した(乙五、証人山本高嘉)。

8  被控訴人は、同月一三日、本件旅行に参加し、現地における抽選に当選し、同月一四日、本件試合を観戦した。

三  争点

1  本件契約における控訴人の債務の内容及びその不履行の有無

2  控訴人の不履行が認められるとして、損害が生じているか、生じているとしてその額

四  争点に関する被控訴人の主張

1  争点1(本件契約における控訴人の債務の内容及びその不履行の有無)について

(一) 控訴人の「手配」債務について

控訴人が本件試合の観戦について履行すべき「手配」債務としては、本件観戦チケットの購入契約を締結することのみならず、本件観戦チケットそのものを入手することも内容となる。そして、控訴人は、平成一〇年六月までに本件観戦チケットを入手できていなかったのであるから右「手配」債務の履行を怠っている。

(二) 旅程管理債務等について

観戦者を抽選で決めるということは、本件契約締結当時、契約内容になかったものである。

控訴人は、同年六月になっても五月に入手するはずの本件観戦チケットを入手できない状態でありながら、被控訴人に対し、旅行出発予定日の四日前である同年六月一〇日になって初めて本件観戦チケット不足を連絡し、翌一一日に至ってその後の控訴人の対応策の説明をしたのであり、到底「速やかに」説明がなされているとはいえず、本件約款一二条に反する。

2  争点2(控訴人の不履行が認められるとして、損害が生じているか。生じているとしてその額)について

(一) 被控訴人は、前記二6記載のとおり、本件旅行の出発の三日前である平成一〇年六月一〇日になって観戦チケットが入手できないかもしれないことを知らされ、本件試合を観戦できるかどうか不安となり、精神的苦痛を受けた。

被控訴人が感じた不安は、観戦したから解消されたというものではなく、一過性のものではない。観戦前の貴重な楽しみの時間を奪われ、観戦できるのかという余計な不安を抱いて出発し、本来味わうことのない疲労感、不安感を抱いたのであるから「損害」が生じている。

(二) パリから本件試合の行われたトゥールーズに移動する車両に乗っていた本件旅行の参加者の中で、抽選に当たったのは被控訴人を含め二人だけであり、被控訴人は抽選にはずれた者に対して気遣いを強いられ、精神的苦痛を受けた。

(三) 以上の精神的損害を金銭的に評価すると、一五万円が相当である。

五  争点に関する控訴人の主張

1  争点1(本件契約における控訴人の債務の内容及びその不履行の有無)について

(一) 手配債務(本件約款三条)

(1) 本件約款三条によると、控訴人は、旅行者に対して、「旅行日程に従って、運送、宿泊機関等の提供する運送、宿泊その他の旅行に関するサービスの提供を受けることができるように、手配し、旅程を管理することを引き受け」ている。

主催旅行は、複数の旅行サービス提供機関の提供する旅行サービスを組み合わせたものであるが、旅行業者自身には、そうした旅行サービスを提供する能力はないから、それらの旅行サービスを自ら提供する債務を負うのではなく、旅行者がそうした旅行サービスの提供を受けることができるよう「手配」する債務を負うのである。

本件契約の旅行サービスの中心である本件試合の観戦に関しては、控訴人は、被控訴人が本件試合の観戦ができるように手配することを引き受けたものであり、大会主催者との間で本件観戦チケットの購入契約を締結することが「手配」にあたる。

(2) そして、ワールドカップフランス大会において、各試合の入場チケットの制作、配布は、大会主催者であるフランス組織委員会(以下「CFO」という。)の役割とされ、海外におけるフランス大会の観戦チケットは、各国のサッカー協会又はCFOが認定する旅行会社を通じて取り扱われるものとされていた。

したがって、日本の旅行代理店である控訴人は、CFOから委託された旅行業者を公式代理店として、右公式代理店との間で、本件観戦チケットの購入契約を締結することにより、本件試合の観戦について「手配」したことになる。

(3) 控訴人は、平成一〇年一月一四日、CFOから観戦チケット販売を委託された公式代理店であるプライムスポーツインターナショナル社(以下「PSI」という。)との間で、本件観戦チケットを購入する契約を締結し、右代金は同年三月一五日までに支払った。

以上のように、控訴人は、本件試合の観戦についての手配債務を履行している。

(二) 旅程管理債務等(本件約款三条、一二条、二〇条)

(1) 控訴人は、手配後に旅行サービス提供機関の事情等により旅行サービスの提供を受けることが困難になるなどの不測の事態に対して、代替サービスの手配その他旅行者が当初予定していた旅行サービスの提供を受けられるよう努力する債務を負っている(旅程管理債務、本件約款三条、二〇条)。

また、旅行の特質から、予定の変更は常にありうるが、控訴人は、そうした変更の可能性のある場合は速やかに旅行者に通知説明する義務を負っている(本件約款一二条)。

(2) PSIと控訴人の入場券購入契約では、観戦チケットはPSIがCFOから配布を受けてから速やかに控訴人に引き渡すとされ、その予定期日は平成一〇年五月とされていたが、PSIからの観戦チケットの引渡しは、その一部枚数について遅れており、控訴人が企画募集していた本大会観戦ツアー全部に必要な観戦チケット枚数には未だ不足する状況であった。

そして、同年六月一〇日の本大会開幕直前となってもなかなか残りの観戦チケット全部の引渡しがされなかったことから、控訴人の観戦チケット担当者がパリで他の日本の大手旅行会社の観戦チケット担当者と連絡を取り合うようになり、同月八日の情報交換の結果、他の旅行会社も観戦チケットの確保が全部はできていないことが判明した。

前記二5記載のとおり大手旅行会社が観戦チケット不足を公表する共同記者会見を開いたのは、観戦チケットが確保できていない状況につき参加予定者に正確な情報を開示するためであるが、これは、この問題が控訴人一社の問題ではなく、日本の旅行業界全体の問題であったことを示すものである。

そして、観戦チケットの不足は、ヨーロッパ諸国、南米、南アフリカ等でも起きていた世界的な問題であった。この問題の原因は明らかではないが、観戦チケットの配付、流通管理を行っていたCFOの管理上の問題と推測される。

控訴人が、PSIとの間で観戦チケット購入契約を締結したという手配債務を完了していたにもかかわらず生じた問題として、本件約款上旅行業者の側の解除権発生原因とされる「当社の関与し得ない事由」(本件約款一六条一項六号)にあたるとして、本件契約の解除をすることも法律的には可能であったが、控訴人は、観戦チケット入手の可能性があることを重視して、同月一〇日、本件旅行ツアーを予定通り行うことを決め、不参加希望者に対しては、無条件で契約解除を認め、収受した金銭は全額返還することとし、参加希望者に対しても、人数分の観戦チケットを入手することができない場合は、抽選で観戦者を決定すること及び最終的に観戦できなかった場合は、旅行代金相当額を補償として払い戻すことを決める措置をとり、また、同月一一日、必要枚数の観戦チケットを入手できなかった場合には、参加者全員について最も公平な方法である抽選によって配布することを決めた。

(3) 右措置は、旅行契約当初の内容に変更を来すものではあるが、本件約款一二条にいう「当社の関与し得ない事由が生じた場合」にあたり、右変更点について、控訴人が、被控訴人を含む旅行予定者に対し、右措置の内容を説明し、「速やかに」旅行予定者に当該事由が当社の関与し得ない事由によること及びその因果関係を説明していることは、(2)の経緯及び前記二6、7記載の事実から明らかであるから、本件約款一二条の不履行を構成するものではない。

また、控訴人がとった右措置は、同業他社がとった、催行中止の上で五万円前後のお詫び料を支払う等という措置に比べても破格のものであり、旅行者が当初予定していた旅行サービスの提供を受けられるよう努力するという旅程管理債務の不履行を構成するものではない。

2  争点2(控訴人の不履行が認められるとして、損害が生じているか、生じているとしてその額)について

(一) 慰謝料請求が認められるには、単なる精神的苦痛や不安感が生じたのみでは足りず、何らかの法的に保護されるべき利益が侵害されることを要する。

(二) 被控訴人が主張する「不安」は、予定していた試合を見ることができないかもしれないという内容のもので観戦という目的を達した場合には、解消する性質のもので、一過性のものに過ぎず、何ら法的に保護されるべき利益にあたらない。

また、本件において、被控訴人が不安感を抱いたといえるか疑わしい。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(本件契約における控訴人の債務の内容及びその不履行の有無)について

1  手配債務等(本件約款三条、二三条一項)

(一)  主催旅行契約における旅行業者の手配債務の内容

旅行業法(以下「法」という。)は、主催旅行及び主催旅行契約について、定義規定(法二条三項、四項)を設け、旅行業者が主催旅行を実施する場合に、旅行者に対し運送サービスの確実な提供を確保するための措置を講ずべき義務のあることを定めている(法一二条の一〇)が、主催旅行契約の法的性質又は旅行サービスの瑕疵に基づいて旅行者に生じた損害に関する旅行業者の契約責任については、直接規定を設けることなく、旅行業約款に委ねるとの立場をとっていると解される(法一二条の二、一二条の三)。

本件契約は、本件約款に基づいて締結されており、本件約款は法一二条の三に基づいて定められた標準旅行業約款と同一内容のものである。標準旅行業約款の制定過程及び同約款三条の文言に照らすと、同約款は、主催旅行契約につき、旅行業者は、自ら旅行サービスを提供するのではなく、旅行サービスの提供について手配をする地位にある契約であるとして制定されているとみるのが妥当である。

すなわち、主催旅行契約における旅行サービスは、運送、宿泊等種々のサービスからなるものであるが、その全てを一旅行業者が旅行者に提供することは実際上不可能であるから、旅行業者は、旅行サービスの全部又は一部を運送機関、宿泊機関等の専門業者の提供に依存せざるを得ないこと、旅行業者は、それらの専門業者を必ずしも支配下に置いているわけではないから、これらの専門業者に対しては、個々の契約を通じて旅行者に提供させるサービスの内容を間接的に支配するほかはないこと、特に当該主催旅行の目的地が海外である場合には、これらの専門業者が外国政府の統治下にあるため、旅行者に提供させるサービスに関する支配はいっそう間接的なものとなること等を考慮すると、旅行業者は、旅行サービスの提供がなされるよう、手配をする地位にあり、旅行サービスの提供そのものを直接保障する地位にはないというべきである。

(二)  本件約款二三条一項の趣旨

同条一項本文において、旅行業者が主催旅行契約の履行にあたり、旅行業者又はその手配代行者の故意又は過失により旅行者に損害を与えたときは賠償責任を負う旨規定されている。

旅行業者は、旅行についての専門業者であり、当該主催旅行の目的地の自然的、社会的条件について専門的知識、経験を有し又は有すべきものであり、旅行者は旅行業者の右専門的知識、経験を信頼して、主催旅行契約を締結するものであることなどからすると、旅行業者が主催旅行契約を企画、立案するにあたっては、当該旅行の目的地及び日程、移動手段につき、また、契約内容の実施にあたっては、旅行サービス提供機関等の選択及びこれらと締結を図る旅行サービス提供契約につき、旅行日程の履行を確保するため、旅行について専門業者としてあらかじめ十分な調査、検討を経た上で合理的な判断及び措置を採るべき信義則上の付随義務があるというべきところ、本件約款二三条一項は、旅行業者又はその手配代行者の義務を具体化するとともに、旅行業者の旅行サービス提供機関に対する統制には前記のように制約があることなどを考慮し、旅行サービス提供機関の故意、過失につき責任を負わないという意味で、旅行業者の責任の範囲を限定した規定と解すべきである。

(三) 本件契約における手配債務等の具体的内容とその履行

(1) 証拠(乙二、八、証人鎌木伸一)によれば、以下の事実が認められる。

① ワールドカップ観戦チケットの購入過程

ワールドカップは国際サッカー連盟が開催し、大会開催地の大会組織委員会が大会運営を行い、フランス大会においては、大会主催者であるCFOが観戦チケットの制作及びその配付を担当した。CFOは、「98年フランスチケットポリシー」(乙二)を公表したが、その中で、海外におけるフランス大会入場券の販売につき、各国のサッカー協会又はCFOが認定する旅行会社を通じて取り扱うこと、旅行会社の認定には、厳格なポリシーを設定すること、観戦チケットの配付については安全のため、平成一〇年五月まで印刷、送付はしないことが明らかにされている。

② 手配業者の選択

控訴人は、右取決めに従い、観戦チケットの入手を、CFOから委託され、代理店として認定された公式代理店であるPSIとの間で日本対アルゼンチン戦、日本対クロアチア戦、日本対ジャマイカ戦の入場券合計一万枚を購入する契約を締結し、平成一〇年三月一五日までに代金も支払った(乙八)。

控訴人がPSIを購入契約の相手方に選んだ理由は、CFOの公式代理店であることと、アトランタオリンピック等で取引した実績があったことなどから一般的に信用していたことである。

(2) 検討

CFOの前記チケットポリシーにより観戦チケットの配布が本大会開幕直前まで実施されないことから、ツアーの企画募集をチケット入手前に行うことは一般的な態様であること、海外での観戦チケット販売方法が前記のようにルートが制限された特殊な態様であったこと、契約相手方であるPSIは、CFOの公式代理店という外国の団体であり、控訴人の支配下、管理下にあるものではないことからすると、控訴人の本件試合の観戦についての手配債務の内容としては、観戦チケット購入契約を締結し、代金を支払うことで足りるというべきであり、観戦チケットを入手することまで手配債務の内容に含まれるとする被控訴人の主張は理由がない。

そして、控訴人は、旅行サービル提供機関として、CFOから厳格なポリシーに基づき認定されているはずの公式代理店であるPSIを選択し、他の業者を介在させることなく、直接右代理店と購入契約を締結している点で、他の旅行業者の対応と比較しても、観戦チケット入手の確実性を一般的に、より期待できるものであり(ちなみに、本大会観戦ツアーにおける観戦チケットの不足問題についての運輸省の調査結果(乙三)によれば、調査対象となった旅行業者七六社のうち、CFOやその公式代理店と観戦チケットの入手契約をしたのは控訴人を含め六社にとどまること、これら六社の観戦チケットの確保率が他に比べて高いことが示されている。)、また、海外の手配業者に関する調査にも一定の限界があることからすると、控訴人の右手配については、専門業者としてできる限りの調査、注意義務が尽くされていると評価できる。

以上のように、控訴人の手配債務の内容としては、チケット購入契約を締結することであり、また、手配業者の選択にあたり、旅行業者としてなすべき調査がつくされているというべきであるから、手配債務等の履行につき控訴人の債務不履行は認められない。

2  旅程管理債務等(本件約款三条、一二条、二〇条)

(一)  旅行業者は、本件約款一二条により、同条所定の旅行業者の関与し得ない事由が生じた場合に、旅行の安全かつ円滑な実施を図るためやむを得ないときは、契約内容を変更することができるが、その場合旅行者に原則としてあらかじめ速やかに当該事由が旅行業者に関与し得ないものである理由及び当該事由との因果関係を説明する債務を負い、本件約款三条、二〇条により、その主催した旅行の安全かつ円滑な実施を確保するために、旅行者が旅行サービスを受けることができないおそれがあると認められるときには、主催旅行契約に従った旅行サービスの提供を確実に受けられるために必要な措置を講じ、それにもかかわらず契約内容を変更せざるを得ないときには、その変更の幅ができる限り小さくなるよう努力すべき義務を負う(旅程管理債務)。

(二) そこで、控訴人が本件旅行につき、結果として人数分の観戦チケットを準備できず、その後、当初の予定とは異なる対応がとられ、契約内容が変更された点が右各規定に反するか検討する。

(1) 証拠(乙二、三、四の1ないし6、五ないし一〇、証人鎌木伸一、同山本高嘉)に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

① 控訴人は、PSIと観戦チケットを購入する契約を締結した際、観戦チケットは平成一〇年五月中旬ころ、CFOが発券する都度引き渡すとの説明を受けた。

② PSIは、同月二〇日、控訴人に対し観戦チケット四〇〇〇枚を引き渡したが、その後は、引渡しは継続していたものの、枚数は一回につき一〇枚ないし一〇〇枚と一定しない状態となった。

控訴人が観戦チケットの引渡しの遅れについて同月下旬にPSIに問い合わせたところ、PSIはCFOが安全に気を使って発券しない旨説明した。

また、PSIは、同年六月五日、控訴人に対し、観戦チケットの引渡しの遅れはPSIと入場券供給者(CFO)の間の引渡し問題に起因していること、残余の観戦チケットについてはできるだけ早く引き渡す旨ファックスで連絡した(乙八)。

③ そして、同月一〇日のワールドカップ開幕直前となってもなかなか残りの観戦チケット全部の引渡しがされなかったことから、控訴人の子会社の観戦チケット担当者がパリで他の日本の大手旅行会社の観戦チケット担当者と連絡を取り合うようになり、同月九日の情報交換の結果、他の旅行会社も観戦チケットの確保ができていないことが判明した(乙九)。

④ 同月一〇日の時点で、控訴人が本件試合について確保していた入場券は一五〇〇枚中六七〇枚であり、日本の旅行会社大手八社でみると、同日の時点で、約一万四七〇〇枚中約二二〇〇枚しか確保できていないという状態であった(乙四の2)。

⑤ 控訴人のパリの子会社からは、同日、ツアーを中止してほしいとの連絡があったが、控訴人においては、前記二6(一)ないし(三)の方針を決定し、被控訴人を含む本件旅行の参加者に連絡すると共に、PSIを通じCFOに対し早期に観戦チケットを引き渡すよう働きかけることとした(乙一〇)。

控訴人は、同月一一日、観戦チケットの入手に努めても全員の分が確保できないときは、公平な方法として抽選で配布する旨決定し、被控訴人を含む本件旅行の参加者に連絡した。

⑥ その後、控訴人は、PSIから本件試合の観戦チケット約二二〇枚の引渡しを受けている。

⑦ 本大会における観戦チケットの不足は日本にとどまらず、ヨーロッパ諸国、南米、南アフリカ等でも同様の問題が生じていた(乙四の2ないし4)。

(2)①  まず、旅程管理債務の不履行の有無について検討する。

控訴人は、前記(1)⑤のとおり、観戦チケットが不足する事態を認識してからも、その入手に努めており、本件約款二〇条(一)に従い旅行者が主催旅行契約に従った旅行サービスの提供を確実に受けられるために必要な措置を講じたものということができる。

また、控訴人は、これと並行して、最終的に観戦チケットが確保できない場合に備え、本件旅行を催行すること、本件旅行の参加者が観戦できなかった場合は旅行代金相当額を補償として払い戻すこと、観戦チケットの入手に努めても全員の分が確保できないときは公平な方法として抽選で配布することを決めたものであるが、前記認定のとおり本大会における観戦チケットの不足が世界的に生じていたこと、公式代理店においてすら観戦チケットが不足するのはCFOに何らかの原因があると考えざるを得ず、少なくとも本件約款上旅行業者側の解除権発生原因とされる旅行業者の関与し得ない事由(本件約款一六条一項六号)に該当し、法律上は本件旅行契約を解除することも可能であったことを考慮すると、控訴人は同条(二)に定めるとおり契約内容の変更を最小限にとどめるよう努力したものというべきである。

さらに、CFOから厳格なポリシーに基づき公式代理店として認定されているはずのPSIから控訴人に対し、観戦チケット入手の遅れについて随時説明がされていたが、契約した数の確保が困難であることについては特に事前に連絡がなかったことに鑑みても、控訴人に旅程管理債務の不完全履行は認められないというべきである。

②  次に、控訴人が、本件約款一二条に基づき、控訴人の関与し得ない事由によりやむを得ず契約内容を変更する際、旅行者にあらかじめ速やかに当該事由が旅行業者に関与し得ないものである理由及び当該事由との因果関係を説明する債務の不履行の有無について検討する。

本件試合の観戦チケットの不足は、前記のとおり、旅行業者である控訴人の関与し得ない事由であるから、本件契約の内容を変更することは可能であったというべきである。

控訴人は、平成一〇年六月一〇日及び一一日に被控訴人に対し、観戦チケット不足とその対応策の説明を行っているから、本件約款一二条に基づきなすべき説明が「あらかじめ」なされたが、ただ、それが「速やかに」(同条)されたかが問題となる。

本件では、控訴人は、同年五月半ばころから観戦チケットを入手できる予定であったにもかかわらず、引渡しが遅れていることを認識してはいたが、PSIからは、観戦チケットの引渡しの遅れについての説明はあったものの、人数分の確保が困難であることについては連絡はなく、同年六月に入ってからもPSIから観戦チケットを入手していたことから、旅行催行の直前までには、観戦チケットを人数分入手できるのではないかとの期待を抱いていたものであり、また、他の日本旅行業者も同様に観戦チケット不足に陥っているという事態の深刻さを把握したのが、本大会開幕の直前であることからすると、控訴人が右のとおり期待するには相当の理由があり、その期待が破れたのが同月八日ころであるから、右説明までの期間は合理的なものといえ「速やかに」なされたと評価でき、控訴人に同条に基づく債務の不履行は認められない。

なお、PSIは、CFOの公式代理店として認定され、右信用に基づき、控訴人が購入契約を締結していること、PSIは、控訴人の管理下、支配下にあるものではなく、むしろCFOから委託を受けた団体であることからすると、PSIは、本件約款二三条一項にいう控訴人の「手配代行者」にはあたらないというべきであるから、本件で問題となる各債務について、PSIの過失について検討する必要はない。

二  結論

よって、控訴人には本件契約に基づく債務の不履行は認められず、争点2(控訴人の不履行が認められるとして、損害が生じているか、生じているとしてその額)について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は理由がなく、棄却されるべきところ、これと異なる原判決は失当であるから控訴人敗訴部分を取り消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井垣敏生 裁判官本吉弘行 鈴木紀子)

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