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さいたま地方裁判所越谷支部 平成18年(わ)1701号 判決

主文

被告人を懲役5年に処する。

未決勾留日数中90日をその刑に算入する。

訴訟費用はすべて被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成18年9月25日午前9時55分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,埼玉県川口市ab丁目〈番地略〉内の交差点をc通り方面からさいたま市d区方面へ向けて左折進行するに当たり,左折後に進入しようとする道路は,周囲に民家等が建ち並び,幅員が約6mと比較的狭い道路であったから,歩行者等が道路の両端等を通行していることが予測されたのに,同道路の路面等を一瞥(いちべつ)しただけで,歩行者等の有無や状況を全く確認しないまま,左折して同道路に進入した上,自車を加速させようとした。

そして,このような場合,自動車の運転者としては,速やかに前方左右を注視し,進入道路における歩行者等の有無や状況をいち早く確認して,その進路の安全を確認するとともに,適宜自車の速度を調節し,ハンドル,ブレーキ等を的確に操作して,その進路を適正に保持しながら進行すべき業務上の注意義務があった。

ところが,被告人は,これを怠り,上記道路に進入した後も,前方左右を注視することなく,助手席に置いていた携帯型カセットテーププレーヤーに視線を向けて,同プレーヤーを左手で操作し,右片手のみでハンドルを操作しながら,その進路の安全を全く確認しないまま,漫然と自車を時速約50ないし55kmまで加速して進行した過失により,自車を同道路の左側端へ向けて逸走させた上,折から川口市ab丁目〈番地略〉先の同道路左側端に立ち止まって被告人運転車両の通過を待っていた保育園児及び保育士の集団を前方約15.7mの地点に迫って初めて認め,急制動の措置を講じたが間に合わず,同集団に自車を突入させて,自車前部を同集団内にいたA(当時21歳)らに順次衝突させ,同人らを路上に転倒させ,跳ね飛ばすなどした。

その結果,別紙1記載のとおり,B(当時3歳)ほか3人に対し,同記載の各傷害をそれぞれ負わせて,同人ら4人を死亡させるとともに,別紙2記載のとおり,上記Aほか16人に対し,同記載の各傷害をそれぞれ負わせた。

(証拠の標目)

省略

(事実認定の補足説明)

被告人は,公訴事実のうち,被告人が急ブレーキを踏む直前の速度について,当公判廷では,時速60ないし65kmくらいは出ていたと思う旨供述するので,急制動の措置を講じる直前の被告人運転車両の速度について検討する。

1  被告人の上記公判供述の根拠は,スピードメーターの棒が60に行っている感覚だったなどと,極めてあいまいなものである。しかも,埼玉県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員甲は,現場に残されたスリップ痕の長さ,被告人運転車両に跳ね飛ばされた被害者の移動距離等に基づき,スリップ痕印象開始時の速度は時速45ないし60km程度であったと推定される旨鑑定しているところ(〈証拠略〉以下「甲鑑定」という。),スリップ痕の印象は,被告人が急制動の措置を講じてから若干の空走の後に開始されるものであり,急制動の措置を講じる直前の速度はスリップ痕印象開始時の速度にほぼ等しいと考えられるから,被告人の上記公判供述は,甲鑑定に反するものである。

そして,その鑑定経過及び鑑定結果のいずれにも合理性が認められる甲鑑定に加え,被告人が,捜査段階では,急ブレーキを踏む直前の速度が時速約50ないし55kmであった旨供述していること〈証拠略〉をも併せ考慮すると,急制動の措置を講じる直前の被告人運転車両の速度は,公訴事実のとおり,時速約50ないし55kmであったと認定するのが相当である。

2  この点,弁護人は,甲鑑定では,スリップ痕印象終了時の速度が時速10ないし30kmであることを前提に,スリップ痕の長さに基づく速度推定が行われているが,被告人運転車両は,スリップ痕の印象中に保育園児を乗せたカートや上記被害者等と衝突しており,スリップ痕印象終了時の速度は,下方に限りなく向かっていたと考えられるから,スリップ痕の印象開始時における被告人運転車両の速度は時速約50ないし55kmより低かった可能性が高い旨主張する。

しかし,甲鑑定は,スリップ痕印象開始時の速度について,スリップ痕の長さからは時速45.5ないし53.6km,被害者の移動距離からは時速53.7kmとそれぞれ推計しているところ,後者は,スリップ痕印象終了時の速度とは無関係に算出されたものである。また,前者についても,甲鑑定では,同鑑定人の専門的知見に基づき,時速10km未満の速度ではスリップ痕が印象されないことを前提に,スリップ痕印象終了時の速度を推計したものとうかがわれるから,弁護人指摘の事情は,甲鑑定の推計の合理性に疑問を生じさせるものとはいえない。したがって,弁護人の上記主張は採用できない。

(法令の適用)

省略

(量刑の理由)

1  事案の概要

本件は,被告人が,普通乗用自動車(以下「被告人車両」ともいう。)を運転して,住宅地内にある幅員約6mの道路に向け左折して進入した際,進路前方を全く見ようとすることなく,急加速しながら右片手のみでハンドルを操作して走行させたことにより,自車を時速約50ないし55kmという高速度で左側端に向けて逸走させ,折から道路左側端に立ち止まって自車の通過を待っていた保育園児(以下「園児」という。)及び保育士の集団の発見が遅れ,急制動の措置を講じたが間に合わず,同集団に自車を突入させて,園児4人を死亡させるとともに,園児及び保育士合計17人に重軽傷を負わせたという業務上過失致死傷の事案である。

2  被告人の責任を基礎付けるべき事情

・※  被告人の過失は誠に重大で,その過失行為は危険かつ悪質極まりないものであり,本件事故は,被告人の根深い無謀で危険な運転性癖の発露というべきである。

ア  注意義務について

・※  本件事故現場の状況等

まず,本件の現場道路(以下「本件道路」という。)は,両側に民家等が建ち並び,幅員は約6mと比較的狭く,車両の通行量は少ないが双方通行であり,人の通行量も普通の,付近住民等が自宅への行き帰りなどのため日常的に歩行や自転車等で通行するような,住宅地内を走る静かな生活道路であり,そのため,被害者らが所属した保育園でも,園児らを公園に連れて行くルートとして使用していた。

しかも,本件事故の発生時刻は,平日の午前9時55分ころという日中であったから,当時,歩行者や自転車が本件道路の両端等を通行し,あるいは自動車が対向して通行してくることも,当然に予測される状況にあった。

また,本件事故の直前,被告人車両が本件道路に向けて左折進入してきた際には,死亡した園児4人及び負傷した園児12人を含む園児34人が,手をつないで2列に並び,さらに,負傷した保育士1人が,負傷した園児2人を乗せるなどしたカートを押し,負傷した保育士2人を含む保育士4人が,園児らの列の前後及び右側を取り囲むようにしながら,被告人車両が左折してきた判示交差点(以下「本件交差点」という。)から図測約90m以上前方〈証拠略〉の本件道路左側端を歩行していた。

そして,本件道路は,見通しのよい直線道路であり,園児らは,ピンクやブルーのカラフルな帽子と園服という相当目立つ服装をしていたほか,本件当時は,日中で天候も晴れていたから,被告人としては,本件交差点を左折して本件道路に進入した直後,被害者らを容易に視認することが可能な状況にあったのである〈証拠略〉。

・※  事故前の被告人の運転状況

被告人は,本件事故前,被告人車両を運転し,川口市内の通称c通りを走行中,携帯型カセットテーププレーヤー(以下「ウォークマン」という。)を助手席のシート上に置いて音楽を聴いていたが,テープの片面が終了したことから,運転を続けながら,左手でウォークマンのふたを開け,テープを入れ替える準備をした。

そのころ,被告人は,トイレに行こうと最寄りのコンビニエンスストアを探して,上記c通りから右折したものの,前方の交差点の信号機が赤色信号を表示していたことから,信号待ちを嫌って,信号機のない本件交差点を左折して本件道路に進入することにした。

ところが,被告人は,本件交差点を左折するに当たり,本件道路を通行した経験がなかったのに,十分に減速せず時速約30km前後で,方向指示器も出すことなく左折を開始したばかりか,本件道路に進入する直前に,本件道路の路面や,道路右側にある家屋の塀(へい),樹木等を一瞥し,住宅地内の幅5~6mの狭い双方通行の道路で,歩道もないことを確認しただけで,歩行者や自転車の有無や状況を全く確認しないまま本件道路に進入し,その後,被告人車両を時速約50ないし55kmまで急加速したものである。

・※  注意義務の内容

このように,本件事故当時,本件道路は,歩行者や自転車が本件道路の両端等を通行していることが,当然に予測される状況にあった。ところが,被告人は,本件道路に進入するに当たり,本件道路が住宅地内の幅5~6mと狭く歩道もない双方通行道路であることは確認したものの,本件道路上の歩行者等の有無や状況を全く確認しようとしないまま,被告人車両を急加速しようとしていた。しかも,本件交差点付近から被害者らの集団までの見通しも良かったから,被告人が,本件道路に進入した後,一度でも本件道路の前方に視線を向けさえしておれば,すぐにでも被害者らの集団を発見して,被告人車両を減速させるとともに,その進路を適正に保持することによって,被害者らの集団との衝突事故を容易かつ確実に回避することが可能であったのである。

そうすると,被告人は,このような状況の下において,本件道路に進入した後,速やかに前方左右を注視し,同道路における歩行者等の有無や状況をいち早く確認して,その進路の安全を確認するとともに,適宜被告人車両の速度を調節し,ハンドル,ブレーキ等を的確に操作して,その進路を適正に保持しながら進行すべき業務上の注意義務を負っていたと解すべきことは,余りにも明らかである。しかも,本件道路を通行する歩行者等として,同道路を通行する自動車の運転者に対し,上記注意義務の遵守を期待することは当然であり,この期待は,強く保護されるべきである。

イ  本件過失及び過失行為について

ところが,被告人は,上記注意義務に全く頓着することなく,念頭にさえ浮かべないまま,本件道路に進入した後,急ぐべき理由のないカセットテープの入れ替えをしようとして,助手席に置いたウォークマンの方に視線を向け,左手を伸ばして入れ替え作業を始めたことから,距離にして約67.1m,時間にして少なくとも四,五秒もの間,被告人車両の前方左右を全く注視しようとしないまま脇見運転を続け,歩行者等の有無や状況を全く確認しないまま,右片手のみでハンドル操作をしながら,アクセルを一気に踏み込み急加速して走行した結果,被告人車両を時速約50ないし55kmまで加速させるとともに,本件道路の左側端へ向けて逸走させたばかりか,道路左側端に立ち止まって被告人車両の通過を待っていた被害者らの集団を発見するのが,前方約15.7mに迫るまで遅れたことから,急制動の措置を講じたが間に合わず,被害者らの集団に被告人車両を高速度で突入させて,本件事故を起こしたものである。

このように,本件過失行為は,自動車運転者としての最も基本的注意義務である前方注視義務や進路適正保持義務等に違反したにとどまらず,自動車の走行が必然的に伴う危険性に頓着しようとすることなく,本件道路の通行人や通行車両の安全を自らの身勝手な都合で殊更無視し,相当の距離及び時間にわたり,自動車を正に走る凶器として暴走させたという無謀運転の極みとして,危険かつ悪質極まりないものであり,被告人の過失は,誠に重大というべきである。

ウ  被告人の運転性癖と本件事故との関係について

被告人の供述を中心とする関係各証拠によれば,以下にみるとおり,被告人には,反省することなく無謀で危険な運転方法をむやみに繰り返すという根深い運転性癖が認められるところ,本件過失行為は,こうした運転性癖の発露であり,本件事故は,起こるべくして起こった事故というべきである。すなわち,

・※  被告人の無謀で危険な運転性癖

被告人は,平成元年に運転免許を取得して以降,スポーツカーを運転して峠道を高速で走ったり,引越し会社に勤務した際には,時間に追われていたこともあって,交差点を曲がる際にも十分減速せず,ハンドルが戻るとすぐアクセルを一気に踏み込んで急加速したり,右手でハンドル操作をしながら,食事をし,地図を見るなどしていたほか,渋滞を嫌って,いわゆる裏道と呼ばれる住宅地内の道幅の狭い道路に進入し,そのような道路でも時速50ないし60kmにまで加速して走行するような運転を繰り返して,そうした危険な運転方法が習慣になっていった。

被告人は,引越し会社を辞めた後も,同様の危険な運転方法を続けたばかりか,ウォークマンで音楽を聴きながら運転することも習慣となり,普段から,イヤホンを両耳に入れて,ヘビーメタルの音楽をフルボリュームで聞くなど,聴覚から周囲の危険を察知することがほとんど不可能な状態で運転したり,右手でハンドル操作をし,ウォークマンの方に視線を向けて脇見運転しながら,カセットテープを入れ替えることも,繰り返していた。

このように,被告人の運転方法は,進路の安全に対する意識を完全に欠いたまま,極めて乱暴に右左折したり,道路状況を無視した加速と高速度運転を行い,しかも,いわゆる「ながら運転」により,周囲の状況を確認しようとすることなく,的確なハンドル操作もできないまま,自動車を走行させるという,無謀で危険極まりないものであり,そのような運転方法が性癖化していたというべきである。

・※  被告人の運転性癖の根深さ

a 被告人は,このように無謀で危険な運転方法を繰り返し,多数回の交通違反により幾度も免許停止処分を受けているほか,最近でも平成14年から平成17年にかけて,信号無視や速度違反等で5回も検挙され,同年9月には免許停止処分を受けている。

さらに,被告人は,運転しながらウォークマンのカセットテープを入れ替える際に,無意識に右手をハンドルの上方に被せて,自車の進路を左寄りに傾かせることがよくあり,そのため,自車を道路左端の塀や歩道に突っ込ませそうになったことも二,三回経験していたほか,本件事故のわずか約3か月前である平成18年6月ころには,本件と同様に,運転中にカセットテーププレーヤーを操作しようと脇見運転をしたことが原因となり,前方に停止していた自動車の発見が遅れて追突するという物損事故を起こしている。

そのため,被告人の家族も,次第に被告人の運転方法の荒さを気に掛けるようになり,特に,後にみるように平成18年2月に執行猶予付きの判決を受けた後は,被告人に対し,運転しないように助言したり,2台ある自動車のうち1台の鍵を隠すなどした。

b ところが,被告人は,このような交通違反や物損事故も深刻なものとは受け止めず,また,上記執行猶予付き判決を受けた後も,執行猶予取消しの原因となると考えた速度違反で検挙されないことのみに腐心し,家族の助言も無視して,自動車の運転を続けたばかりか,無謀で危険な運転方法を全く改めようとはしなかった。

そして,被告人は,当公判廷においてさえ,自己の運転方法について,運転には自信があった,細い道でもすぐ時速60kmくらい出してしまい,危ないと思うことはほとんどなかった,大事故につながるとは余り考えていなかったなどと述べており,そこからは,被告人の,自己の運転方法の危険性を自覚ないし反省しようとすることも,また,他者の安全に配慮しようとすることもなく,自動車の運転にのみ執着して,自己の運転技術を根拠もなく過信したまま,無謀で危険な運転方法を維持継続したという,被告人の自動車運転に対する無責任で身勝手な姿勢が顕著に示されている。

したがって,被告人の無謀で危険な運転方法をむやみに繰り返すという運転性癖は,誠に根深いものであったというべきである。

・※  本件過失行為と被告人の運転性癖との関係

被告人の本件事故前の運転状況は,前記ア・※で認定したとおりであり,本件過失行為は,同イで認定したとおりであるところ,本件事故に際してのこのような運転方法は,これまで詳しくみてきた被告人の日常的な無謀で危険な運転方法そのものであり,本件事故は,その運転方法が必然的にもたらす高度の危険性が,被告人の進路の安全に対する無頓着さも相まって,最悪の結果として現実化したものと認められる。すなわち,本件事故は,正に被告人のこのような運転性癖の発露というべきであり,交通法規や交通安全を無視し続ける被告人の姿勢は,最大限の非難に値する。

・※  本件の結果は,全く落ち度の認められない被害者4人を死亡させ,17人を負傷させたものであり,余りにも重大である。

ア  本件事故において,被害者側には何らの落ち度も認めようがない。

事故前,園児らは,前記・※ア・※で認定したように,カートに乗せられるなどしていた者を除き,年少の園児が道路の端側,やや年長の園児が中央側に2列に並び,年長園児が年少園児の手をつないで,本件道路左端付近を歩行しており,引率の保育士らが,園児らの列の前後と道路側を囲むようにして歩きながら,園児らの安全を確保していた。

そして,本件事故の直前には,列の最後尾にいた保育士が,被告人車両の接近に気づき,前方にいた園児らや保育士らに声を掛け,保育士らが,手を広げて園児らを道路左端に寄せるなどしたため,園児らや保育士らは,道路左端に立ち止まって被告人車両の通過を待っていた。

このように,園児ら及び保育士らは,車両の通行の妨げにならないようにできる限りのことをして被告人車両の通過を待っていたのであり,本件事故の発生について何らの落ち度もあろうはずがなく,被告人の無謀で危険な運転行為が本件事故の唯一の原因であることは明らかである。

イ  本件事故の状況は,凄惨(せいさん)極まりないものである。

本件事故に際し,被告人車両は,道路の左端に寄っていた園児36人と保育士5人からなる集団に,高速度で容赦なく突っ込み,小さな園児ら及び保育士らに次々と衝突しては,ボンネットに跳ね上げ,将棋倒しのように突き倒し,カートを押していた保育士の身体を16m以上も跳ね飛ばすなどしている。また,被告人車両は,左前輪がバーストし,左ドアミラーが外れるなど,左前部を中心に大破しているほか,そのボンネットやボディには子供の頭大のものを含む凹損を多数残している。さらに,事故現場に面した民家の門扉や重さ約36kgの鉄製カートの柵が大きくへこむなどしていることも,本件事故に伴う衝撃の大きさを如実に物語っている。

そして,事故現場では,跳ねられた園児らが意識を失って白眼を見せていたり,園児らが転倒して血を流したり周囲の光景におびえたりしながら泣き叫び,保育士らが園児らを必死で介抱しようとするなど,騒然とした状況になっていたほか,被告人車両の下には,脱げた園児らの靴や帽子が散乱し,周辺にも,血痕や肉片等が点在するなど,正に戦場にも匹敵するほどの凄惨な状況を現出していたのであり,後述するとおり,事故に遭った園児らの心に大きな衝撃とダメージを残したであろうことは,容易に想像することができる。

ウ  本件事故によって,3歳から5歳までの園児4人が死亡し,生後6か月から5歳までの園児14人及び20歳から23歳までの保育士3人がそれぞれ重軽傷を負っているのであり,結果は,余りにも重大である。

・※  とりわけ,4人の幼い園児らは,以下にみるとおり,生前の健康で幸せにあふれた無邪気な笑顔からは想像もつかないほど,傷つけられ痛めつけられて,正に変わり果てた姿で死亡するのやむなきに至ったのであり,その死亡に至った過程は余りにも痛々しく,その被った肉体的衝撃や苦痛には計り知れないものがある。それにとどまらず,理不尽にも突然に,3歳ないし5歳という幼い年齢で,大好きな父母,兄弟,祖父母や友人らとの永遠の別れを強いられ,小学校への入学など希望に満ちた将来を断たれたのであり,その驚きや悲しみ,寂しさや無念さは,痛ましい限りであって,心からの同情を禁じ得ない。

また,可愛い盛りの幼子の生命をいきなり奪われた父母らの悲しみは余りにも深く,その意見陳述からも明らかなとおり,被告人に対する怒りや憎しみ,処罰感情がいずれも極めて峻烈(しゅんれつ)であることは,本件過失の重大性や犯行後の被告人の態度に照らしても,もとより当然というべきである。

a Bは,被告人車両に衝突され,3m以上も跳ね飛ばされて,重症頭部外傷,骨盤骨折,左上腕多発骨折等の重い傷害を負わされ,受傷からわずか約1時間で,3年余りという短い生涯を断たれている。しかも,その顔面には肉が大きくえぐり取られた挫滅創が,右手にも皮膚が大きく裂けた挫滅創があるほか,全身に多数の擦過傷等があり,出血量も甚だしく,痛々しい限りである。

そのため,父親は,〈中略〉幸せが被告人によって一瞬にして打ち砕かれたことに対する悔しさと憤りが非常に強いことを訴えている。

母親も,〈中略〉本件被害の理不尽さに対する怒りと悲しみを訴えている。

b Cは,被告人車両に衝突され,約7mも跳ね飛ばされた衝撃で,後頭部左側に大きな挫創を受け,死因となった重症頭部外傷を負ったほか,肋骨を多発骨折していて,両側血気胸を発症し,左上腕を開放骨折するなどして,受傷から1時間余り後にわずか4歳の幼さで死亡するのやむなきに至っている。また,左上腕からは,折れた骨が飛び出し,右脇腹から右腰にかけても,皮膚が大きく裂け,骨と内部組織が外側に飛び出すなど,正視に耐えないほどの悲惨さである。

そのため,父親は,〈中略〉被告人に対する怒りを〈中略〉表現している。

母親も,〈中略〉娘の命を奪われた理不尽さへの怒りを露わにしている。

c Dは,衝突の衝撃で約2m跳ね飛ばされ,頭部に外傷を受けて,死因につながる脳挫傷のほか,歯突起・頸椎骨折等の傷害を負ったが,特に,脳への損傷が強く,受傷から3日後に,急性脳腫脹及び脳ヘルニアを発症して,わずか5年余りの短い生涯を閉じさせられたのであり,体表面の損傷こそ少ないものの,その肉体的苦痛の激しさは,想像を絶するものである。

そのため,母親は,〈中略〉亡き娘への思い,助けてやれなかった無念さ,娘を失った悲しさや寂しさ,そして被告人への怒りと憎しみを切々と訴えている。

d Eは,被告人車両に衝突されて,11m以上も跳ね飛ばされ,頭部に強い衝撃を受けて,右大腿部からの皮膚移植を伴う開頭外減圧手術を受けたものの,その甲斐なく,8日間にわたる闘病の末に,家族の必死の祈りも空しく,一度も意識を回復しないまま,わずか5年余りの短い生涯を断たれている。しかも,その遺体の頭部と右大腿部には,小さな身体に比して余りに大きな手術痕が残っており,負傷の重篤さを物語っている。

そのため,父親は,〈中略〉限りのない苦しみと被告人に対する強い怒りと憎しみを訴え,また,被告人に対しても,〈中略〉母親の悲痛な思いを伝えるとともに,〈中略〉意見陳述書を当裁判所に提出している。

・※  幸いにして命を奪われることは免れたものの,負傷した園児が,生後6か月から5歳までの14人に及び,それぞれに傷害の重さや後遺症にとどまらず,事故に伴う精神的衝撃や苦痛にも苦しめられている。また,その家族も,被害園児らが被った本件事故による強い肉体的・精神的苦痛だけでなく,家族を含め生活面でも大きな打撃を被っていることを指摘して,異口同音に被告人に対する厳重処罰を希望している。

a 後遺症発症の可能性が指摘されている園児らのうち,5歳で全身打撲,頭蓋骨骨折,脳挫傷等により全治約6か月間を要する重傷を負った園児(F)の母親は,〈中略〉被告人を絶対に許すことはできないと訴えている。

また,4歳で頭蓋骨骨折,脛腓骨骨折,会陰部断裂等により入院加療約3か月間を要する傷害を負った園児(G)の母親は,〈中略〉後遺症に胸を痛め,同児の将来を案じている。

3歳で頭蓋骨骨折,頸椎骨折等により全治約3か月間の傷害を負った園児(I)の父親も,〈中略〉後遺症におびえ,また,同児が精神的な衝撃により,日常生活を普通に送れなくなるのではないかと心配している。

さらに,5歳で頭蓋骨骨折,脳挫傷により全治約1か月間を要する傷害を負った園児(K)の父親は,将来にわたり〈中略〉後遺症におびえながら生きていかなければならない苦しみ,その看病に伴う苦労のほか,同児が〈中略〉恐怖を訴えるようになったことなどを述べて,被告人に対する厳罰を望んでいる。

b 後遺症こそ免れた園児らについても,3歳で右大腿骨骨幹部骨折の傷害を負った園児(H)の祖父は,〈中略〉命を奪われなかったことに安堵しつつ,亡くなった園児らやその遺族を案じ,被告人に対する厳重処罰を望んでいる。

また,わずか1歳で,やっと歩くことを覚えたばかりなのに,両脚を骨折して,下半身をギブスで固定した生活を余儀なくされた園児(J)の父親は,同児が初めて言葉で表現した感情が「痛いねー」というものだったことに衝撃を受けている。

生後6か月で,カートに乗った状態で跳ね飛ばされて,右足を骨折するなどした園児(L)の母親は,〈中略〉絶望的な思いになったことや,泣くことしかできない同児の姿に,親としてせめてその痛みを代わってやりたいと思う切なさを訴えている。

c その余の負傷した園児らの両親も,それぞれに,事故後に園児らの情緒が不安定となった,本件事故のニュースが流れると「もうイヤ」と言って消したり,近くを車が通ると,両手で耳をふさいで怖がるようになった,楽しみにしていた散歩ができなくなり,外に出ると何かにおびえたり,車を怖がるようになった,本件事故の惨状を焼き付けられたことによる影響を心配しているなどと述べて,本件事故が園児らに及ぼした肉体的苦痛だけでなく,園児らに与えた精神的衝撃やダメージの大きさを強調している。

d このように,負傷した園児らの被った精神的・肉体的ダメージも甚大であり,本件事故によりその家族の生活まで相当程度悪影響を及ぼしていることも見て取れるのである。

・※  さらに,園児らを引率していた保育士らについてみても,園児らの安全を第一に考え,園児らを囲むようにして本件道路を歩行しており,本件事故時には,園児らを道路左端に寄せて,被告人車両の通過待ちをしていたのであり,もとより何らの落ち度もないのに,突然被告人車両が高速度で突っ込んできて,5人のうち,3人が負傷し,うち1人は,被告人車両に追突されて16m余りも跳ね飛ばされ,加療約3か月間を要する左下腿骨骨折の重傷を負わされたのである。

そのため,保育士らの中には,事故後,楽しい,うれしいという感情を持つことができなくなったり,保育士を続ける自信を失ったと述べる者までいるのであり,保育士らが受けた肉体的・精神的ダメージもまた甚大であって,保育士らも一様に,被告人に対する厳重処罰を求めている。

エ  加えて,園外保育活動中に園児らがこのような事故に遭った保育園の理事長は,遺族,家族らの悲しみように心を痛めるとともに,〈中略〉強い自責の念を述べているほか,保育園側には何らの落ち度もないというのに,精神的にも,保育園の業務上も,多大な損害を被っているとして,被告人に対する激しい怒りを述べているのである。

・※  本件犯行に至った経緯や動機に酌むべき事情は皆無である。

本件過失は,要するに,運転しながら助手席に置いたウォークマンを操作しようとしたことにあるところ,運転中にこのような操作をすべき緊急性も必要性もないことは明らかである。また,被告人は,被告人車両を加速した理由として,トイレに行くため,コンビニエンスストアを探していた旨を述べているが,被告人自身,さして切羽詰まった状態であったわけではないことを認めている。

したがって,被告人が本件犯行に至った経緯や動機に酌むべき事情が皆無であることはもとより,不要不急の身勝手な事情から本件事故の原因となった無謀で危険な運転方法をあえてとっていることは,前判示のとおり,無謀で危険な運転方法をむやみに繰り返すという被告人の運転性癖の発露というべきである。

・※  被告人による犯行後の対応は劣悪であり,慰謝の措置も不十分極まりなく,真剣な反省の姿勢もうかがうことは困難である。

ア  被告人は,本件犯行後,運転席で放心状態となっているところを近くで仕事をしていた者に降車させられたが,負傷させた園児らや保育士らに対する救護活動や119番通報なども一切行おうとしておらず,その犯行後の対応は,劣悪である。

この点,被告人の公判供述と被告人を被告人車両から降車させた目撃者の供述(〈証拠略〉)とは大きく食い違っているが,目撃者の供述は,事故から4日後のもので,具体性や迫真性にも富んでいることに照らし,事故から4か月余り後の被告人の公判供述を信用することは困難である。

イ  被告人による慰謝の措置も不十分極まりなく,自己の責任に全く無自覚であるといわざるを得ない。

・※  被告人は,当初の弁護人に言われて,死傷した園児らの遺族や家族,負傷した保育士らに宛てて,謝罪の手紙を各1通こそ出したものの,その内容は,宛名や被害者名のみを違えただけの同一の文面であったため,被害者やその遺族・家族らは,慰謝されるどころか,真面目な謝罪の意思を感じ取れないとして,むしろ怒りを増幅させている。

・※  被告人は,自己が所持する300万円近い現金について,被害者らに対して真っ先に被害弁償のために差し出すべきものであるのに,刑務所生活が長くなりそうなので,その間の菓子代が必要になるなどとして,実父に対してそれを使わないように求めている。

・※  さらに,被告人は,当公判廷においても,被害者らに対する損害賠償について,「保険会社の方でやってもらわないと私の方ではできないですからね」と述べるにとどまっている。

ウ  被告人は,公判開始から被告人質問が終了するまで,傍聴に訪れている被害者の遺族・家族らに対し,何らの配慮も示さなかったばかりか,被害者の遺族らが多数傍聴している前で,社会復帰後は再び自動車を運転したいとまで述べており,その当公判廷における言動も,被害者の遺族や家族の感情を逆なでし,その心情を更に傷つけている。

エ  被告人のこのような無神経とも思われる態度や言動は,自己の起こした交通事故の重大さ・悲惨さと,自己の責任についての自覚が決定的に欠けていることを示すとともに,真剣な反省の姿勢をうかがうことも困難である。

・※  被告人の犯罪性向には根深いものがある。

ア  被告人は,先にみたとおり,平成14年から平成17年にかけ,交通違反により5回検挙され,同年9月30日には免許停止処分を受けている。また,被告人は,その述べるところによっても,その以前にも交通違反を繰り返して,数回免許停止処分を受けていたというのであって,前判示のような運転性癖にも照らすと,交通の安全を無視する被告人の姿勢には根深いものがあり,自動車の運転者としての適性を全く欠いているといわざるを得ない。

イ  また,被告人は,交通違反歴以外にも,平成15年に窃盗,平成16年及び平成17年には各傷害の前歴3件を有しているほか,平成18年2月21日には,公務執行妨害,窃盗,暴行の各罪により懲役2年,3年間執行猶予に処せられており(同年3月8日確定),本件はその執行猶予期間中の犯行であった。

ところが,被告人は,身を慎むどころか,家族の忠告も制止も聞かず,自動車の運転を繰り返し,罰金に処せられるような大幅な速度超過で捕まらなければいいという身勝手な考えから,運転方法を改善しようともせず,無謀で危険な運転方法を続けた挙げ句,同年6月ころには,本件と全く同じ態様の過失により物損事故を起こし,更にその約3か月後,上記判決宣告からは約7か月後に,本件に至ったというのである。

ウ  このように,被告人の犯罪性向には根深いものがあり,とりわけ交通事犯に関しては,被告人が自動車の運転を続ける限り,再犯のおそれが強く懸念されるのである。

3  被告人のために酌むべき事情

・※  被告人車両は,被告人の実父が経営する運送会社の所有であり,同会社名義により対人無制限の任意保険が締結されている。そのため,被害を受けた園児らや保育士らに対しては,既に一定の給付がされているほか,今後も,相応の経済的な損害填補が行われると見込まれる。また,本件事故により門扉等を損壊された近隣住民に対しても,損害賠償金が支払われている。

・※  被告人の実父は,被告人のため,各被害者に対し,謝罪文を送付し,被告人の実弟と共に各被害者の自宅を順次訪問し,いまだ面談もかなわない遺族や家族もあるものの,謝罪したり見舞いの品と見舞金を持参するなどしている。また,被告人の実弟が情状証人として出廷し,重篤な病気で療養中の実父に代わり,今後引き続き謝罪に回りたいと述べるなど,被告人のために証言している。さらに,被告人の親族が,被害者側に対する損害賠償に充てるため,実父所有名義の自宅の売却も検討するなど,懸命に慰謝に努めようとしている。

・※  被告人は,第2回公判における被告人質問までは,前記のとおり,本件事故や自己の刑責の重大性を全く自覚していないかのような態度をとっていたものの,その後,被害者の遺族や家族らの悲痛な意見陳述に接するなどして,その態度を改め,土下座して謝罪するなど謝罪の意思を鮮明にするに至り,反省を深めつつあることがうかがわれる。

・※  被告人は,前記のように執行猶予期間中であり,本件で実刑判決を受ければ,前刑の執行猶予が取り消されて,本刑と併せて執行を受けることが見込まれるのである。

4  本件の量刑判断

そこで,以上検討してきたところを前提として,被告人に対する量刑について検討することとする。

・※  飲酒運転や著しい高速運転等の危険かつ悪質な自動車の運転行為による重大な死傷事犯が相次いで発生したことに伴い(東京高裁平成13年1月12日判決・判例時報1738号37頁,横浜地裁相模原支部平成12年7月4日判決・判例時報1737号150頁等参照),平成13年12月,アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で四輪以上の自動車を走行させ,あるいは,赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で同様の自動車を運転するなど,4類型の危険運転行為によって人を死傷させたことを構成要件とする危険運転致死傷罪(刑法208条の2)を創設し,被害者が死亡した場合の法定刑を1年以上の有期懲役刑とする刑法の一部改正法(平成13年法律第138号)が施行された。

この刑法改正は,上記のような悪質な交通事犯が過失犯として処罰されることや,法定刑の長期が懲役5年であることに対する疑問の声が上がるなど,国民の意識にも著しい変化が生じて,法定刑の長期を5年とする業務上過失致死傷罪では十分な罪責を問い得ないとの声が強くなったことから,成立したものである。そしてその趣旨とするところは,自動車の運転行為のうち,重大な死傷事犯となる危険が類型的に極めて高い運転行為を選び出した上,そのように危険な運転行為であることを認識しながら,衝突の危険やこれによる死傷の結果が発生する可能性を真摯に考慮することなく,故意に危険な自動車の運転行為を行い,その結果人を死傷させた者については,その行為の実質的危険性に照らし,過失犯ではなく,故意に危険な運転行為をした結果人を死傷させた故意犯として,暴行により人を死傷させた者に準じて重く処罰しようとするものである。

その後,死亡被害者が2人以上に及ぶ危険運転致死事件又は危険運転致死傷事件について,懲役5年を大幅に上回る量刑が広く行われていることは,公知の事実である(例えば,大阪地裁平成15年6月19日判決・判例時報1829号159頁,千葉地裁松戸支部同年10月6日判決・判例時報1848号159頁参照)。

さらに,平成17年1月施行の刑法の一部改正法(平成16年法律第156号)により,有期懲役刑の上限が懲役20年に引き上げられて,被害者が死亡した場合の危険運転致死傷罪の法定刑が1年以上20年以下の懲役刑となったことにも照らすと,同罪の構成要件とされる危険運転行為に対する社会的非難は,更に高まりつつあるものと認められる。

・※  他方,本件事故に際しての被告人の自動車の運転方法は,前判示のように,本件交差点を左折するに当たり,左折して進入しようとする本件道路には,通行人や通行車両のいることが当然に予測される状況にあり,しかも,被告人は,本件道路を通行した経験もなかったというのに,通行人や通行車両の有無や状況等を全く確認することなく,かつ,徐行しないまま時速約30km前後という速度で左折進入したばかりか,本件道路が幅約5~6mの生活道路であることを認識しながら,あえてウォークマンの操作を優先させて,距離的に約67.1m,時間的に少なくとも四,五秒間にもわたり脇見運転をして,進路の安全を全く確認しないまま,時速約50ないし55kmまで加速しながら被告人車両を走行させ,その結果,前方道路左端に立ち止まっていた被害者らの集団の発見が遅れるなどして,本件事故を引き起こしたものである。

もっとも,被告人は,衝突の直前に至るまで,園児らや保育士らの集団に全く気づいておらず,衝突の危険やこれによる死傷の結果を予測していたわけではないが,進路上の歩行者等の安全を確保するという自動車運転者として当然果たすべき基本的な責務に全く無頓着な態度,すなわち,規範意識の著しい欠如から,歩行者等の通行が当然に予測される生活道路において,進路上の歩行者等の有無や状況を全く確認しようとしないまま,あえて約67.1mもの距離を急加速しながら脇見運転を続けるという暴挙に出ているのである。

そして,このような被告人の運転方法は,交差道路から交差点内への人や車両の進入が当然に予測されるのに,そうした人や車両の有無ないし状況を全く確認することなくあえて重大な危険を生じさせる速度で交差点内に進入するという危険運転致死傷罪における危険運転行為の一類型(刑法208条の2第2項後段)と,実質的危険性において差異のない極めて危険かつ悪質なものというべきである。

・※  もちろん,危険運転致死傷罪は故意犯であるのに対し,業務上過失致死傷罪はあくまで過失犯であって,罪質を大きく異にしており,しかも,その業務上過失致死傷罪における過失行為の中から,特に4つの類型を選別して危険運転致死傷罪が創設されたのであるから,立法者の意思からも,両者の犯情は明確に区別すべきものである。

しかしながら,危険運転致死傷罪は,運転行為の実質的危険性に着目し,類型化になじむ危険な運転行為に限定して,故意犯たる新たな犯罪類型として創設されたものであり,業務上過失致死傷罪にとどめられた過失行為のうち,危険運転致死傷罪の構成要件とされる危険運転行為と実質的危険性に差異のないものについては,類型化になじまないという理由から,過失犯にとどめられたにすぎないのである。ちなみに,同罪創設時には,衆参両院において,危険運転致死傷罪に該当しない交通事犯一般についても,本改正の趣旨を踏まえ,事案の悪質性,危険性等の情状に応じた厳正かつ的確な処断が行われるよう努めるべき旨の附帯決議がなされているのである。

したがって,危険運転致死傷罪における危険運転行為への社会的非難の高まりに伴い,危険運転行為と実質的危険性において差異のない危険な運転行為についても,社会的非難が高まりつつあるものとみることができる。すなわち,弁護人指摘の津地裁平成15年1月29日判決は,長距離運転等の疲労により眠気を催して前方注視が困難な状態となったのに運転を中止せず高速道路で大型貨物自動車を仮睡状態のまま約1.7kmも運転を継続した過失により5人を死亡させて6人を負傷させた事案について,過酷な勤務実態を背景とする過労運転であるなど,被告人のために酌むべき事情を考慮しながらも,業務上過失致死傷罪及び過労運転の罪(平成16年法律第90号による改正前の道路交通法117条の4第3号,66条)の併合罪加重による処断刑の上限が懲役6年であるのに対し,懲役5年を言い渡している。さらに,本年3月5日には,法制審議会が,「自動車運転による過失致死傷事犯等に対処するための刑法の一部改正に関する要綱」を答申し,その中に,自動車の運転上必要な注意を怠ったことにより人を死傷させた者について,法定刑を7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金とする自動車運転過失致死傷罪の創設が盛り込まれていることも,その現れとみることができる。

しかも,1回の事故でいかに多数の死傷者が出ても,被害者ごとに成立する業務上過失致死傷罪は科刑上一罪(観念的競合)であるとして,あくまで同罪の法定刑の枠内でしか量刑できないという法律上の制約の中,危険運転致死傷罪の構成要件である危険運転行為と実質的危険性に差異のない過失行為によって多数の被害者が死亡するなど,過失及び結果がいずれも非常に重大であり,しかも,過失行為が極めて危険かつ悪質な重大交通事犯については,業務上過失致死傷罪の法定刑の上限である懲役5年をもってしても,これに対する社会的非難,そして当該事件における被告人の罪責を十分には評価しきれない状況にあるというべきである。すなわち,このような重大交通事犯に対する量刑は,法定刑の上限である懲役5年に張り付くほかはないのであり,そのため,当該被告人のために酌むべき事情がある程度認められる場合であっても,量刑を下げる要因とはなり得ないものと解するのが相当である。

・※  そして,以上検討してきたところを前提とすると,本件は,その過失行為において,危険運転致死傷罪が構成要件とする赤色信号無視と実質的危険性において差異のない危険かつ悪質極まりないものであり,もとより過失も誠に重大であるほか,結果も余りにも重大であることは,前に詳しくみたとおりである。

他方,本件では,前判示のとおり,被告人のために酌むべき事情も少なからず認められる。とりわけ,被告人に対する善行保持のための心理的強制の効果を考慮して,刑の執行猶予を言い渡す場合に,原則として検察官の求刑どおりの主刑を言い渡しているという実務の定着した慣行に照らすと,被告人が本件で実刑判決を受けることによって,前刑の執行猶予が取り消される見込みである点は,本来は,本件の量刑に当たって,その調整のために若干の刑の減軽を行うべき事情というべきである。

しかしながら,本件においては,懲役5年という業務上過失致死傷罪の法定刑の上限をもってしても,これに対する社会的非難,そして被告人の罪責を評価しきれない事案であると認められる以上,上記のような被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,懲役5年の量刑は誠にやむを得ないものと認められるのである。

・※  この点,弁護人は,懲役5年ないし懲役4年6月と量刑した先例と比較して,本件の過失の内容や程度は軽い旨主張する。

しかしながら,弁護人指摘の裁判例のうち,前記津地裁判決は,過酷な勤務実態が事故の背景にあったほか,勤務会社の労働管理にも多々問題があり,被告人が過労を押して運転したことにつき,被告人一人を責めることはできないことなどを指摘しており,罪体に関しては何ら酌むべき事情の認められない本件と比較すると,同事件における過失行為は,その危険性はともかく,その悪質性において,本件よりも比較的軽い事案であったということができる。

また,水戸地裁土浦支部平成15年1月10日判決(刑集58巻7号654頁)は,高速道路において普通乗用自動車を運転していたXが,追越車線上を走行中の大型貨物自動車(以下「Y車両」という。)の直前にあえて自車を進入させて自車及びY車両を停止させた過失によりY車両に後続車両を追突させて4人を死亡させ1人を負傷させたという業務上過失致死傷,Y車両の運転者Yに暴行を加えて負傷させたという傷害の事案について,Xに懲役4年6月を言い渡したものである。しかし,同判決及びYに対する同日付け判決によれば,この事故発生には,高速道路上にY車両を停止させ,しかも,後続車両への合図を怠ったというYの過失及び前方不注視等という後続車両の運転者の不注意が競合しており,Xの過失の被害結果に対する寄与は一部にとどまると認められるから,被告人の一方的過失に基づく事故である本件と比較すると,同事件における過失の結果に対する寄与度は,本件よりも軽いといえるのである。

以上のとおり,いずれの事件も本件とは事案を大きく異にしており,その量刑を本件の量刑と比較することは相当でないというべきであるから,弁護人の上記主張は,採用できない。

5  結論

以上検討してきたとおり,本件は,多くの交通事犯の中でも,過失行為の危険性や悪質性が際だっており,被害結果も,悲惨で痛ましく,誠に重大な事案であり,被害者らの遺族や家族の被害感情はいずれも峻烈である。しかも,被告人の無謀で危険な運転性癖には根深いものがあり,本件事故は,起こるべくして起こったともいえる。さらに,被告人の犯行後の情状が芳しくないことにも照らすと,被告人の罪責は余りにも重く,被告人のために酌むべき事情を最大限考慮しても,被告人に対しては,現行法上可能な最高刑をもって臨むほかはない。

そして,当裁判所は,被告人に対し,これからの服役生活の中で,自らの犯した犯行の悪質性,自己の問題性と,それがもたらした余りにも重大な結果に正面から向き合いながら,更に反省を深めて,命を奪った4人もの幼い園児たちの冥福を祈ること,そして,社会復帰後も,その遺族の痛み,怒り,悲しみを我が事として真摯に受け止めながら,その慰謝に努めるとともに,それぞれに重い傷害を負わせた園児たちやその家族,保育士たちに対する謝罪の努力を重ねることを強く希望するものである。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役5年)

(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 蛯名日奈子 裁判官 上原三佳)

〈編注:『※』部分は原文のとおり。〉

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