さいたま地方裁判所 平成9年(ワ)1779号 判決
本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。)
あいおい損害保険株式会社
同代表者代表取締役
福田耕治
同訴訟代理人弁護士
坂東司朗
同
坂東規子
同
池田紳
同
石田香苗
同
澤田雄二
本訴被告・反訴原告(以下、「被告」という。)
株式会社猪野製作所
同代表者代表取締役
猪野忠行
同訴訟代理人弁護士
中村雅人
同
谷合周三
同
大西正一郎
同
澤藤統一郎
同
近藤博徳
同
森田太三
同
瀬戸和宏
同
中村忠史
同
米川長平
同
田島純蔵
同
吉岡俊治
同
神山美智子
同
高見沢重昭
同
石黒清子
同
井上玲子
同
岩田修
同
北村晋治
同
高木佐基子
主文
1(本訴請求につき)
原告と被告との間で、別紙事故目録記載の火災事故を原因とする別紙保険目録記載の保険契約に基づく原告の被告に対する保険金支払債務が存在しないことを確認する。
2(反訴請求につき)
被告の反訴請求を棄却する。
3 訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の請求
1 原告の本訴請求
主文1項同旨。
2 被告の反訴請求
原告は、被告に対し、三億円及びこれに対する平成八年五月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、損害保険会社である原告と機械の製造・販売業者である被告との間で、別紙保険目録記載の保険契約(以下「本件保険契約」という。)の被保険者の地位を被告が取得し、原告が保険金支払事務を担当し、その支払債務を負担する立場にあることを前提に、被告が製造・販売した集塵機(以下「本件集塵機」という。)の納入先で発生した別紙事故目録記載の火災事故(以下「本件火災」という。)を原因として本件保険契約に基づく保険金請求権が発生しているか否かをめぐって、原告が被告に対して保険金支払債務の不存在確認を求める本訴請求と、被告が原告に対して保険金の支払を求める反訴請求とからなる事案である。
第3 前提となる事実
1 本訴・反訴請求に対する判断の前提となる事実は、以下の2ないし6のとおりであって、当事者間に争いがないか、あるいは、弁論の全趣旨によって認めることができ、この認定を妨げる証拠はない。
2 当事者
原告は、損害保険業を主たる目的とする株式会社であり、被告は、工業用クリーニング機械・器具等の製造・販売を主たる業務とする株式会社である。
3 本件保険契約に基づく原・被告の地位・立場
(1) 日本商工会議所、全国商工会連合会及び全国中小企業団体中央会と原告外三六社の損害保険会社との間においては、平成七年七月一日、中小企業製造物責任制度対策協議会制定の「中小企業PL保険制度」特約書が締結されていた。
(2) 被告は、平成七年七月二五日、前記特約書に基づき、全国商工会連合会へ加入申込みをしたことにより、原告外三六社を保険者、同連合会を保険契約者とする中小企業PL保険契約上の被保険者の地位を取得した。
(3) 被告が被保険者の地位を取得した保険契約の内容は、別紙保険目録記載のとおりであって、これが本件保険契約である。
(4) 原告は、本件保険契約に基づく保険金支払事務を担当し、保険金支払債務を負担する立場にある。
4 本件集塵機の製造・販売
被告は、有限会社モンド商事(以下「モンド商事」という。)に対し、平成七年六月ころ、被告製造にかかる本件集塵機を販売し、同時期に、浦和市(現さいたま市)西堀〈番地略〉所在のモンド商事のクリーニング工場(事務所を含む。以下「本件建物」という。)の中二階陸屋根上の部分に納品して設置した。
5 本件火災の発生
平成八年一月八日午後二時二〇分ころ、本件建物において本件火災が発生し、建物内の動産・設備等が消失する等の被害が生じた。
6 本件集塵機の本件保険契約の対象性
本件集塵機は、本件保険契約の対象となる生産物であった。
第4 本件訴訟の争点
1 本件訴訟の争点は、要するに、本件火災が本件保険契約に基づく保険金請求権の発生原因となる保険事故に該当し、被告が原告に対して保険金の支払を求めることができるか否かであるが、個別的には、以下の2ないし4の各争点からなる。
2 第1の争点は、本件火災が本件集塵機の内部からの発火により発生したものであるか否かという点であるが、この点に関する原・被告の主張は、要旨、以下のとおりである。
(被告)
(1) 本件火災において、焼損部分の中で「焼き」が激しい箇所は、本件建物の西北部に位置し、一階ボイラー室と作業場との間に設けられた中二階陸屋根上の南側に位置する本件集塵機が設置されていた周辺であるから、ここが本件火災の発火箇所(火災の原因となった出火箇所)であり、以下の(2)又は(3)あるいは(2)及び(3)の原因により、本件集塵機の内部から発火したものと考えられる。
(2) 綿埃の油脂類の自然発火
ア 本件火災前の本件集塵機の内部及び外部周辺には、多量の綿埃が堆積していたが、その綿埃は、「すかいらーく」チェーンを初めとした外食産業又はホテル等から受注したシーツ、枕カバー、タオル、ふきん、エプロン、帽子、作業衣等を洗濯したときに出た水産動物油脂を多量に含むものであったこと、また、洗濯、水洗、乾燥後の衣料品には、合成洗剤に含まれる界面活性剤、柔軟剤、プレス工程で使用される糊料及びワックス等が一定量残留していることから、綿埃自体も油脂類を含み、自然発火の危険性があった。
イ さらに、洗濯、水洗後の衣料品は、乾燥機内において乾燥されるものであるから、発生する綿埃も乾燥している上、当該乾燥空気がダクトを通過して集塵機内に送り込まれるとき、洗濯物から発生して集塵機の内部に蓄熱した綿埃は、摂氏八〇度ないし九〇度の余熱を備蓄した状態にあり、かつ、綿埃自体、高断熱性を有するものであるから、この余熱はかなり長時間保持され、通風口の目詰まりにより通風が滞ったような場合には、綿埃の蓄熱はかなり進み、綿埃の温度は摂氏一二〇度以上になる。
ウ また、モンド商事では、リネン式クリーニングを行う際に、仕上げ工程で漂白剤(次亜塩素酸ソーダ)を使用していたが、当該漂白剤は、加熱分解する際に遊離酸素を発生し、さらに、それは繊維中の酸化発熱反応又は発火・燃焼を助長する可能性があった。
エ 一般に、水産動物油脂などに多く見られる不飽和脂肪酸系の油脂は、空気中の酸素を吸収して酸化反応が進み、その過程で発熱を伴うため、乾燥した衣料・繊維が不飽和脂肪酸系の油脂を含む場合には、油脂分の酸化発熱により発火に至る事例が多数報告されている。
オ 当該空気中の酸素を吸収することによる酸化反応(酸化乾燥)における乾燥性を示すものとして、ヨウ素価が用いられるが、水産動物油脂の場合はヨウ素価が高く(一三〇ないし二〇〇グラム)、発火性が高い。
カ これに加えて、集塵機内部には、前記不飽和脂肪酸系の油脂を含む綿埃が多量に蓄積されており、当該綿埃は摂氏一八〇度の熱風により乾燥させられ、高温状態で保温されることから、漂白剤の使用による発火助長作用とも相俟って、本件集塵機から自然発火に至ったことが十分に考えられる。
(3) 静電気による火花放電
モンド商事のクリーニング工程においては、乾燥機以降、ダクト、本件集塵機に至るまでの高温の乾燥空気が綿埃とともに高速度で流動又は脈動するので、粉体摩擦による静電気の発生・備蓄が著しく、火花放電による着火があって、これにより本件火災に至ったとも考えられる。
(4) 本件火災は、前記した二つの発火機序(発火原因)あるいはそれらの相乗作用その他の原因により発火して本件集塵機の内部に蓄積された綿埃を燃焼させ、本件集塵機の開口部から飛び出した火の粉(火のついた綿埃)が本件集塵機の周辺に蓄積された綿埃その他の可燃物を燃焼させて発生したものである。
(原告)
(1) 本件火災では、出火箇所(火災の原因となった前記発火箇所であるか否かに関係なく、要するに、火が出た箇所)として、以下の①ないし④の四箇所があって、その四箇所に出た火は、合流することなく燃えていた。
① 本件建物西側鉄製ひさしの下の工場の中二階の火災で、中二階の中央のシャッターの北端から出火。
② 本件建物西側鉄製ひさしの日覆いと電気ケーブルの付近から出火。
③ 本件建物西北窓外の本件集塵機の北側にあった電気ケーブルの布入りのプラスチックから出火。
④ 本件建物二階西側内部の分電盤の背後の板を焼毀して、その下の角材を焼断した箇所の出火。
(2) 被告は、本件火災の原因として、本件集塵機の内部が発火箇所であると主張するが、本件集塵機の内部が発火箇所であるとすれば、前記した複数箇所から出火することはあり得ないし、特に、④のように、本件建物の内部からも出火していたことは明らかであって、これが本件集塵機からの延焼でないことは、④の被害状況それ自体からも明白である。
(3) 被告は、前記主張の理由として、第一に、綿埃に付着していた油脂類の自然発火を掲げるが、(ア)綿埃は、洗濯済みの洗濯物が乾燥機にかけられたときに発生するものであるから、それらの綿埃に多量の油脂類が含まれていたとは考えられないこと、(イ)綿埃に含まれている不飽和脂肪酸の酸化作用自体により発生する熱量は、それのみでは、綿埃を燃焼させ得るものではないこと、(ウ)本件集塵機には、乾燥機から秒速約二〇メートル以上の風速で風が吹き込まれているので、仮に、この風が摂氏八〇度ないし九〇度の温度であったとしても、風の冷却作用により、その風の温度まで冷却されるので、綿埃の発火点まで温度が上昇することはないこと、(エ)本件集塵機には、前記した風の冷却作用を妨げるような、例えば、集塵機内部に綿埃の塊が形成されて通風が阻害されることもなかったこと、(オ)綿埃に漂白剤が残留していたとしても、被告主張の化学反応を助長する可能性は、あくまで抽象論であることなどからして、被告主張の自然発火が本件火災の原因とは考えられない。
(4) また、被告は、第二に、静電気による火花放電を掲げるが、(ア)本件集塵機は、鉄製の構造物であり、その鉄脚が建物の屋上に接着しているので、アースの機能を有し、火花放電が発生する程度の静電気が蓄積される可能性は極めて低いこと、(イ)静電気による発火現象として、例えば、粉塵爆発が考えられるが、この場合には、爆発音が発生し、その爆発のために集塵機は変形するほか、集塵機からの激しい吹き返しが発生するところ、本件火災では、そのような事実はないこと、(ウ)仮に、綿埃の粉体摩擦で火花放電が行われたとしても、静電気火花のエネルギーは極めて小さく、風速が毎秒約二〇メートルで、かつ、綿埃の発火点よりはるかに低温の強風が吹いている状況の下では、綿埃自体が直接的に着火することはないことからして、被告主張の静電気による火花放電も本件火災の原因とは考えられない。
(5) 本件集塵機の内部発火の可能性
仮に、本件集塵機の内部において綿埃が発火しても、その燃焼エネルギーは微々たるものであるから、本件集塵機の内部の風の状況では、その風により吹き消されるため、他の綿埃に延焼することはなく、また、相当量の綿埃が独立燃焼を開始したと仮定しても、大量の空気が供給されているため、綿埃の塊は、本件集塵機の内部で完全に燃焼して、その炎が外部に出ることも、綿埃が燃焼したまま、本件集塵機から外部に放出されることも考えられないから、本件集塵機の内部から発火し、これが本件火災の原因となった可能性はない。
また、本件集塵機の排気口から火炎ないし高温のガスが吹き出したとすれば、排気口のカバーやゴミ取り箱、機械壁面、本体部のフィルターには、高熱の受熱の痕跡が残っているはずであるが、このような痕跡もないので、この点からも、内部発火を考える余地はない。
(6) 本件火災の原因及びその発火箇所
本件火災では、火災の一時間三〇分前ころにブレーカーが落ちていること、また、前記①ないし④の出火箇所には、電気ケーブルないし分電盤等の電気設備が存在すること、④の出火箇所は、建物内部に存すること等を考慮すると、本件火災の原因は、電気的原因によるものと推認し得るところであって、少なくとも本件集塵機が発火箇所でないことは明らかである。
3 第二の争点は、本件火災が本件集塵機の内部発火によって発生したものであった場合に、それが本件集塵機の欠陥によるものであって、被告がモンド商事に対して損害賠償責任を負うか否かという点であるが、この点に関する原・被告の主張は、要旨、以下のとおりである。
(被告)
(1) 本件集塵機の製造上の欠陥(水道管の配管の欠如)
被告は、モンド商事との間で、集塵機の本体と水道管とが一体となっている湿式集塵機を製造し、本件建物の工場部分に設置して納入する内容の製造物供給契約を締結していた。
本件集塵機は、当該契約に基づいて納入された湿式集塵機であるから、被告としては、モンド商事に対し、水道管を本件集塵機に配管するのに必要な措置を講じておく義務があったのに、これを怠り、水道管の配管(その配管に伴い必要な制御弁の取付け等を含む。)を欠いたまま、本件集塵機を納入したものであって、水道管が配管されていれば、綿埃が堆積したとしても、散水により綿埃が水分を含むため、本件火災の可能性は低いものであったといえるので、その配管設備を欠いていた本件集塵機の製造上の欠陥は明らかである。
(2) 本件集塵機の設計上の欠陥(清掃・除去機能の欠如)
また、本件集塵機は、下部に設置されているごみ取り箱を除き、内部の綿埃を清掃できない構造になっており、このため、本件集塵機設置後七か月間の経過により、内部の綿埃が飽和状態となって、前記した自然発火が生じたものと考えられ、反面、本件集塵機に集塵機内部の清掃・除去機能が具備されていたならば、本件火災は生じなかったものといえるから、この点においても、本件集塵機の欠陥は明らかである。
(3) 被告のモンド商事に対する責任
被告は、モンド商事に納入した本件集塵機に前記(1)又は(2)の欠陥があって、当該欠陥によって本件火災が発生した以上、債務不履行に基づき、モンド商事に対する損害賠償責任を免れず、これに伴う被告の損害は、本件保険契約によって補てんされるべきものである。
(原告)
(1) 被告の主張(1)に対して
被告は、本件集塵機の製造上の欠陥として、水道管の配管の欠如を主張するが、本件集塵機に水道管が配管されているか否かは、一見すれば直ちに認識できるものであること、本件集塵機の設置後、試運転も行っていたはずであるから、配管設備の欠如を認識できないことはあり得ないことからして、モンド商事は、被告から配管設備のないことを了解して本件集塵機の納入を受けていたものというべきである。したがって、被告が配管設備の欠如を理由としてモンド商事に対する債務不履行責任を負う余地はなく、本件集塵機に配管設備が欠けていたため、内部に綿埃が堆積し、本件火災に至ったとは考えられないことからしても、本件火災につき、被告が本件集塵機の製造上の欠陥を理由としてモンド商事に対して損害賠償責任を負う場合ではない。
(2) 被告の主張(2)に対して
また、本件集塵機に清掃・除去機能が具備されなかったとしても、清掃の必要性及びその方法等については、被告から説明を受けているはずであるし、本件集塵機では、実際、内部に綿埃が多量に堆積して、それに含まれる不飽和脂肪酸が自然発火したということもあり得ないから、清掃・除去機能の欠如を本件集塵機の設計上の欠陥として、モンド商事が本件火災によって被った損害につき、被告が損害賠償責任を負う理由もない。
(3) 被告は、以上のとおり、いずれにしてもモンド商事に対して債務不履行に基づく損害賠償責任を負わないから、被告には、原告が本件保険契約に基づいて補てんすべき損害もない。
4 第3の争点は、本件火災につき、被告がモンド商事に対して本件集塵機の欠陥を原因として損害賠償責任を負う場合に、本件保険契約に基づく保険金請求の要件を満たしているか否かという点であるが、この点に関する原・被告の主張は、要旨、以下のとおりである。
(原告)
(1) 本件保険契約に係る保険約款(以下「約款」という。)二〇条では、被保険者が保険金の支払を受けるためには、損害が確定した日から三〇日以内等にその損害を証明する書類などを提出して請求しなければならないことが規定されているが、同条で規定される「損害の確定」とは、被保険者が自己に法的責任があることを認めることではなく、法律上の手続によって確定された正当な法的責任に基づく賠償額を意味するものであって、被保険者が被害者の不当な請求から自己の権利を防御しなかったことによって生じた責任は、法的に保険保護の対象にはならない。
(2) しかるところ、本件では、被害者であるモンド商事から被告に宛てて、平成八年二月一五日付で損害賠償請求書が提出され、これに対して、被告からモンド商事に宛てて、三月四日付で本件保険を適用させるべく原告と検討している旨の回答書が提出されているが、被告は、保険事故が発生し、法的責任を負担すべきかを検討確定すべき段階において、原告が本件火災は本件集塵機の欠陥によるものであるとの合理的な理由は認められないとして、被告に対して損害賠償責任はないとの立場を明確にしているにもかかわらず、何らの自己の権利保護の手続を履践せず、合理的な理由もないのに、被告がモンド商事に対して自ら法的責任があることを承認し、原告に対して保険金の支払請求をしているものである。
(3) したがって、被告には、本件保険契約でてん補すべき法律上正当な法的責任は認められず、それに基づく損害もないので、原告には保険金の支払義務は存在しないことになり、被告の保険金請求は何ら理由がない。
(被告)
(1) 本件保険契約では、その約款中の中小企業製造物責任制度対策協議会生産物特約条項が適用されるところ、一条一項(一)では、「損害賠償請求の提起」を要件としているが、同項(一)にいう「損害賠償請求の提起」とは、裁判上の請求(民事訴訟)のみならず裁判外の請求を含む趣旨である。
(2) PL保険金の支払事例では、その大半が裁判所の手続を経ることなく保険金の支払がされていること、また、同条二項の「損害賠償請求訴訟」という表現と区別する趣旨で、同条一項(一)では、「損害賠償請求」という表現が用いられていること、本件では、原告が本訴として債務不存在確認訴訟を提起したため、被告が応訴したうえ、保険金の支払を求める反訴を提起しているところ、原告が本訴を提起した理由は、本件火災が本件集塵機の欠陥に起因するものではないという点にあるのであって、被告が「訴訟提起」をしていない点が理由として掲げられていないことなどからして、本件保険契約に基づく保険金請求の要件として「訴訟提起」までは不要というべきである。
(3) 仮に、そういえないとしても、原告の主張は、本件訴訟の提起から五年後に至って提出されているのであって、時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきものである。
第5 当裁判所の判断
1 本件火災の出火場所について
(1) 本件建物の構造
甲4号証、甲13(乙10)号証、乙14号証によれば、本件建物の構造は、概要、以下のとおりであったと認められ、この認定を妨げる証拠はない。すなわち、
ア 本件建物一階の西側には、東側の二階建て工場部分に隣接して北側に一階建のボイラー室、中央部に油タンク室、南側に二階建の事務所が位置していた。
イ 事務所の一階は、リネン室であるが、事務所部分とその東側の工場部分との間は、通路兼作業場となっており、一階南側に出入り口があり、西面中央には中二階への階段が設けられ、東面中央が工場との出入り口となっている。
ウ 工場部分の西側と事務所部分との間の通路兼作業場真上には、中二階がある。中二階には、天井はなく、北側は、一段高くなった陸屋根で覆われ、中央から南側は、工場の外壁側から葺かれた折板鉄板葺の屋根が西側に三分の一程度張り出し、折板鉄板葺屋根と事務所の空間を覆うように雨除け用テントシートが張られていた。
(2) 本件火災の状況
前掲甲4号証及び甲13(乙10)号証によれば、本件火災の状況として、以下の事実が認められ、この認定を妨げる証拠はない。すなわち、
ア 建物外部の焼損状況
本件建物の東寄りから概ね三分の二を占めた工場部分の屋根には、外観上特に焼損箇所は認められないが、中二階部分の折板鉄板葺の屋根に著しい焼き及び垂れ下がりの状況が概観され、さらに、当該箇所に面した作業場二階の外壁面が中央から北寄りに設けられた開口部付近にかけ屋根上から燃え上がった状況を認めることができる。
また、本件建物の西面では、二階事務所に三箇所設けられた開口部の窓ガラスが破損しているが、一階のリネン室、油タンク室、ボイラー室にかけての壁面には、焼損箇所は認められない。
本件建物の北面、東面には、特に焼損箇所は認められず、南面にも、二階西側窓の上部が煤けている以外は異常がない。
事務所の東面は、陸屋根回りのパネル板がスチール製の骨組を残して完全に脱落しており、さらに、事務所の東面に露出した二箇所の開口部には、いずれも著しい焼きが認められるが、その焼きの程度は、北寄りの窓ほど強く、開口部としても原型を失っている。また、中二階の屋根に接した工場の西面では、特に北寄りの陸屋根上に位置した開口部周囲の焼きが強く、窓ガラスが完全に破損し、外壁には、下方からの燃え上がり状況が認められ、中央から南寄りに設けられた二箇所の開口部は、折板鉄板葺きの屋根とともに、南方向へ進むにつれて、焼きの程度が弱くなっている。
イ 建物内部の焼損状況
工場一階部分は、天井の西側の焼きが激しく、中二階に接した西面北寄りの上方から、北西寄りに設けられた階段南面上方にかけて比較的強い焼きが認められる。
油タンク室及びボイラー室には、焼損箇所は認められず、リネン室については、南東側寄りの天井際の表面が、東面の天井際に設けられた二箇所の高窓側から延焼した状況で、一部黒く焼き剥がれている。
通路兼作業場は、リネン室に接した西面南寄りの焼きが比較的強く、リネン室に設けられた二箇所の高窓付近から同面の階段口にかけ、リネン室壁際の中二階の鉄骨製二階梁は、茶褐色に変色し、若干垂れ下がっており、上評梁に接した中二階の床板が東側方向へ約五メートル四方に渡る表面的な炭化が見られる。
中二階は、テントシートが南側隅のごく一部を残して焼失しており、折板鉄板葺の屋根は北側寄りほど焼きの程度が強く、垂れ下がっている。また、東面中央には出入り口が設けられているが、出入り口から天井際に引き上げられたシャッター全体が焼損変形し、その西側寄りは大きく床付近まで垂れ下がり、出入り口付近から南方向に延びた箱形のコンベアが灰色に焼き変色している。また、中二階の床面は、シャッターが垂れ下がった西面寄り程焼きが強く、開口部付近のリネン商品には総体的な焼きが見られるのに比較し、東寄りの商品は特に強い焼きは見られない。
工場二階部分で焼損が認められるのは、陸屋根に接し、西面北寄りに設けられた窓周囲の壁面一部と、同箇所上方から東方向に組まれた鉄骨製主梁の西寄りの一部である。
事務所二階部分は、東面北側寄りで、強い焼きが見られ、南側方向に向かうにつれて、焼きの程度は弱くなっており、総体的に、北東側方向から燃え広がった状況が認められる。
(3) 本件火災の出火箇所
ア 前記した本件建物の構造及び本件火災の状況を踏まえ、本件火災の出火箇所について検討すると、モンド商事の工場長である証人柿本武史(乙14、18の陳述書を含む。)は、当日午後二時一〇分ころ、中二階へ向かう階段を昇りきった場所から、工場のひさしと作業場の雨除けとして作ってあるテントの重なった隙間を通じて火が出ているのを発見し、消火活動をした後、工場二階西側の北寄りの窓から、工場西側の外部(二階陸屋根上)にある集塵機の付近一帯が炎で燃えさかっている様子が見えたと述べ、モンド商事の従業員である証人小松崎みつえ(乙15の陳述書を含む。)及び証人五十嵐セツ子(乙16の陳述書を含む。)は、集塵機のすぐ隣の窓から、集塵機の北側に火が上がっているのを見たと述べているが、それらの供述には、格別、不自然なところはない。
イ しかしながら、証人大隈誠は、その作成に係る鑑定書(甲30の1、2)及びその証言(以下「大隈意見」と総称する。)をもって、本件火災の出火箇所として前記四箇所を指摘したうえ、その時間的順序として、①本件工場西側の折板鉄板ひさし部分の火が最も早く出て、②さらに、中二階のシャッターの北端より出火し、③その後、本件集塵機の北側から出火し、④最後に、工場二階西側内部分電盤の所で出火したと述べているところ、①及び③については、場所、時間的関係ともに、前記柿本、小松崎及び五十嵐の証言とも一致し、それぞれの場所から出火した事実を認めることができる。また、②については、中二階のシャッター付近の焼損状況は、前認定のとおりであるが、その状況からすれば、シャッター付近から出火していた事実も認めることができる。さらに、④については、前認定のとおり、工場二階部分で焼損が認められるのは、陸屋根に接し、西面北寄りに設けられた窓周囲の壁面一部と同箇所の上方から東方向に組まれた鉄骨製主梁の西寄りの一部のみであるが、甲30号証の2(写真5)によれば、同部分を詳細に見ることができ、大隈意見にあるように、スイッチが取り付けられていた背後の板は右側が焼けてなくなり、その部分の壁面はいったん付着した煤が再び高温で焼けて白くなっていることが認められ、これに加えて、甲7(52の写真)によれば、その焼け跡のある内壁の裏側である外壁部分は全く焼けていないことが明らかであり、この部分は、外からの火の影響により燃えたものではなく、内壁部分から出火したものと認めるのが相当であるといわなければならないことからすれば、分電盤から出火していた事実も否定することができない。
ウ そして、大隈意見によれば、前記四箇所の出火は、究極的には、一階内部にあった小型ロッカー(以下「本件ロッカー」という。)からの発火の影響を受けているというところ、その理由として、通常、火災の発火場所は、最も焼損の激しい箇所であるところ、甲30号証の2(写真30)によって明らかなように、その周辺がほとんど燃えていないのに、本件ロッカーは、本件工場の他のどの箇所に比べても、その焼損が著しく、本件ロッカーが発火箇所であった蓋然性は高いというのであるが、そう指摘する大隈意見に格別不合理なところは認められない。
そうすると、本件集塵機付近以外の三箇所の出火が、本件集塵機付近からの炎が延焼したものであると認められる場合であれば格別、そのような事実が認められない限り、本件火災をもって、被告の主張するように、本件集塵機の内部から発火したことに原因して発生したものであると推論すること自体が困難であるといわなければならない。
エ この点につき、証人鈴木將成は、その作成に係る鑑定書(乙3のほか、乙25の補充書を含む。)及び供述(以下「鈴木意見」と総称する。)をもって、本件集塵機の内部に堆積した綿埃が含んでいる油脂類の酸化反応によって高熱を発し、一部発火し、これが綿埃全体に延焼し、本件集塵機の排気口及びごみ取り箱の周縁から外部へ火炎が噴出し、本件集塵機周辺に堆積する綿埃へ着火・延焼し、ここから、本件建物の中二階の雨除け用テントシート及び外壁に延焼し、さらには、本件建物内部へ延焼し、事務所、作業場を半焼したなどと被告の主張に沿う意見を述べ、また、本件証拠にも、被告の主張に沿う証拠がないわけではない。
しかしながら、鈴木意見では、本件建物には、前記のように激しく焼損している部分とほとんど焼きの見られない部分が混在しているのに、どの箇所から延焼していったのかという具体的な分析がなく、また、仮に、テントが燃え落ちて洗濯物に延焼しても、その一番下まで延焼するのには何時間もかかるのに、テントが燃えているうちに消防に通報されているにもかかわらず、一番下まで燃えていることからして、テントからの延焼はあり得ないという大隈証言に照らしても、中二階のテントが燃え落ちて、中二階においてあった洗濯物に点火し、本件建物の二階及び一階に延焼していったという鈴木意見を直ちに採用することはできない。
証人小松崎(前掲)は、道路に避難し、そこから、テントの燃えかすが中二階に落ちていったと述べているところ、同証人は、当初、中二階の洗濯物の所に火が走ってきて、工場の中へ火が入っていったのを見たと証言した後、テントの燃えかすは事務棟の方に落ちていったと述べるなど、その供述を変えており、また、証人五十嵐(前掲)も、テントが燃えて落ちたことは目撃しているが、洗濯物が燃えたところまでは見ておらず、結局、これらの供述からは、テントの燃えかすが下に落ちた事実が認められるにとどまり、鈴木意見を採用する根拠とすることはできない。
オ しかも、野々村眞一作成の鑑定書(甲8)及び大隈意見によれば、仮に、本件集塵機の内部から発火したとすれば、排気口のカバーや集塵機の南面及びダクト上部等にあるべきはずの熱変の痕跡が認められず、本件集塵機の内部にはほとんど受熱の跡がなく、さらに、本件集塵機の内部に残存していた綿埃の中にも炭化していないものもあることなどから、本件集塵機の内部の焼損状況はいずれも外部からの火災熱の影響によるものであるというところ、その意見に不自然なところはないばかりでなく、大隈意見によれば、蓄熱による自然発火は、空気が僅かでも流れれば起こり得ないというところ、その意見を覆し、空気の流れがあるところでも、蓄熱による自然発火が起こり得ると認めるに足りる確たる証拠はなく、仮に、本件集塵機の内部において他の自然発火の条件が満たされたとしても、自然発火の可能性はなかったものといわざるを得ず、これらの点においても、鈴木意見を採用することはできない。
(4) 以上によれば、本件火災は、本件集塵機の内部発火を原因として発生したものであると認める余地がないといわなければならないから、本件集塵機の欠陥の有無につき、さらに進んで審究するまでもなく、本件火災を原因として本件保険契約に基づく被告の原告に対する保険金請求権が発生する場合でないことは明らかである。
2 よって、本件保険契約に基づく保険金の支払債務の不存在確認を求める原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容し、その支払を求める被告の反訴請求は、理由がないから、これを棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・滝澤孝臣、裁判官・永井崇志、裁判官・白﨑里奈)
別紙
事故目録〈省略〉
保険目録〈省略〉