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さいたま地方裁判所 平成26年(ワ)511号 判決

主文

1  被告は、原告に対し、889万4898円及びうち879万8000円に対する平成26年3月18日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は、原告が、原告の有限会社a(以下「a社」という。)に対する融資(以下「本件融資」という。)について保証した被告に対し、保証債務の履行請求として、本件融資の残元本879万8000円及び最終弁済日の翌日である平成24年10月21日から平成25年2月17日まで120日間の約定利息9万6898円並びに上記残元本に対する訴状送達の日の翌日(平成26年3月18日)から支払済みまで商事法定利率年6%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  前提事実

争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は、次のとおりである。

(1)  当事者

ア 原告は、銀行業を営む銀行である。

イ 被告は、信用保証協会法(昭和28年8月10日法律第196号)に基づく法人で、中小企業が金融機関から融資を受ける際、中小企業のため保証し、中小企業の事業運営に必要な資金調達の円滑化を図り、中小企業の健全な育成を支援することを目的とする公的機関であり、国や地方公共団体から財政援助と監督を受けている。

(2)  本件約定書

原告と被告は、原告被告間の全ての信用保証に適用される「約定書」と題する基本契約を締結しており、その7条には、「乙(原告)は、最終履行期限後2年を経過した後は、甲(被告)に対し保証債務の履行を請求することができない。」と定めている。この2年の性質は、除斥期間である。(乙14)

(3)  本件融資

ア 原告は、平成16年11月4日、a社に対し、5000万円を、年利3.25%(短期プライムレート+1.5%、1年を365日とする日割計算)、同年同月から平成21年10月まで、毎月20日限り元本83万3000円及び1か月分の前払利息を弁済する(ただし、最終回は85万3000円を弁済する。)と定めて貸し付けた(本件融資)。(甲1)

イ そのころ、被告は、a社の委託を受け、本件融資に係るa社の債務について保証した(以下「本件保証」という。)。本件融資は、b県の制度融資(中小企業応援貸付資金制度)として、被告の保証を条件として貸し付けられたものであった。(甲2、3)

ウ a社の当時の代表取締役であったAは、そのころ、本件融資に係るa社の債務について連帯保証した。(甲1)

(4)  連帯保証人の変更

平成19年9月20日、a社の代表取締役は、Aからその妻であるBに交替し、同年11月29日、Bは、本件融資に係るa社の債務について連帯保証し、同年12月10日、原告は、Aが連帯保証から脱退することを承認した。(甲4ないし6)

(5)  本件融資の弁済期限の延長

本件融資について、次のとおり弁済期限が変更され(これらを併せて以下「本件各保証変更」という。)、被告はこれらを承認した。(甲8ないし14)

ア 本件保証変更1

平成21年10月30日、弁済期限は平成22年10月20日に変更され、被告は、そのころこれを承認した。

イ 本件保証変更2

平成22年11月19日、弁済期限は平成23年10月20日に変更され、被告は、そのころこれを承認した。

ウ 本件保証変更3

平成23年10月28日、弁済期限は平成24年10月20日に変更され、被告は、そのころこれを承認した。

(6)  本件保証債務履行請求までの経緯

ア 原告は、平成24年10月4日ころの新聞報道等により、a社の前代表取締役であり発行済株式全部を有するAが、同月3日に恐喝未遂容疑で逮捕されたこと、同人が指定暴力団c会系の組幹部であることを知った。

イ 原告のd支店は、平成24年11月27日付けで、被告に対し、本件融資について、「a社の代表取締役の夫で同社の実質経営者であるA氏が反社会的勢力(暴力団員)であることが判明したため、期限延長をしないで一括返済請求方針。なお返済ない場合は代位弁済請求方針とするものです。」旨記載した事故報告書を提出した。被告は、所定の事前協議を経ていないとして、その受理を拒否した。(甲22)

ウ 原告は、平成25年8月29日、本件融資について、被告に対し、弁済期限経過を理由として、あらためて事故報告書を提出し、被告はこれを受理した。(甲15)

エ 被告は、金融機関から事故報告書が提出されると、代位弁済請求書用紙を金融機関に交付する取扱いであったが、本件融資に係る事故報告書が提出された後、同請求書用紙を原告に対して交付しなかったため、原告代理人弁護士は、平成25年11月29日発信の内容証明郵便で、被告に対し同請求書用紙を送付するよう求め、同郵便は、同年12月2日、被告に到達した。(甲16の1・2)

これに対し、被告代理人弁護士は、同年12月26日付け内容証明郵便で、原告代理人弁護士に対し、「本件融資は反社会的勢力に対する融資であり、本件保証は、錯誤無効ないし保証条件違反として免責されるから、代位弁済請求に応じることはできない。」旨回答した。(甲17)

(7)  反社会的勢力への対応策等の推移

ア 平成3年5月15日、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」が制定された。

イ 平成3年8月28日付け警察庁刑事局長通知「金融及び証券取引等における暴力団の介入排除について」及び同日付け大蔵省銀行局長通知「金融取引における暴力団の介入排除について」により、金融業界に対し、金融取引等における暴力団の介入排除に向けて、暴力団に対する融資などその資金活動を助長するような態様の取引の自粛等が要請された。(乙6)

ウ 平成9年9月、全国銀行協会連合会は、倫理憲章を制定し、その中で、「市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力とは、断固として対決する。」などと定めた。(乙8)

エ 平成11年7月1日付け金融監督庁検査部長通知による金融検査マニュアルにおいて、検査項目として、確立されるべき健全な融資態度として、反社会的勢力に対する資金供給の拒絶が掲げられた。(乙9)

オ 平成12年9月14日付け警察庁暴力団対策部長通知「暴力団排除等のための部外への情報提供について」が発せられ、警察に対し、部外から暴力団情報を求められた場合に積極的な情報提供を行うことなどが指示された。(乙7)

カ 平成20年9月に改訂された被告の「保証申込のてびき」(以下「本件てびき」という。)に、「その他、暴力団、金融斡旋屋等第三者が介在するお申込みは一切お断りしております。」という文言が記載された。それ以前の本件てびきには、「保証対象外業種」として、風俗営業、芸ぎ業などを列挙する記載は存在したものの、反社会的勢力関連企業を保証対象外とする明示的な記載は存在しなかった。(甲18、乙5)

平成24年12月に被告が作成した「信用保証のてびき」に、「暴力団等の反社会的勢力、及び金融斡旋屋等第三者が介入する方」は信用保証を利用できない旨の記載がされた。(甲19)

キ 平成21年7月1日に改訂された被告が定める信用保証委託契約書の書式には、委託者又は保証人に対し、自らが暴力団、暴力団員、暴力団準構成員又は暴力団関係企業などに該当しないことを確約させる条項が定められ、これに違反したとき(虚偽申告をしたことが判明したときなど)は、被告は事前求償権を行使できるものと定められた。(甲20)

3  争点

(被告の主張)

(1) 本件保証の錯誤無効

本件保証は錯誤により無効である。

ア 本件融資以前から、反社会的勢力関連企業は、被告をはじめとする信用保証協会の信用保証を利用することができず、反社会的勢力関連企業に対する融資は信用保証の対象とならないことになっており、原告をはじめとする金融機関も、反社会的勢力関連企業が信用保証協会の信用保証を利用できないことを十分に認識していた。平成3年の銀行局長通知及び平成9年の倫理憲章の制定がされて以降、原告をはじめとする金融機関は反社会的勢力関連企業に対して融資を行うことはなく、公的資金を扱い、公正かつ公明性を求められる信用保証協会も、その種の企業に対して保証することはあり得なかったのであり、原告をはじめとする金融機関はそのことを当然に認識していた。

イ 本件融資(及び本件保証)当時、a社を実質経営するAは、指定暴力団c会系の組員であって、a社は反社会的勢力関連企業であった。原告としては、警察に照会すれば、a社が反社会的勢力関連企業であることが判明したはずである。

ウ 被告は、本件保証当時、a社が反社会的勢力関連企業であって健全な中小企業者とはいえないことを知らず、これを知っていれば、本件保証をしなかったことは明らかであり、公的資金を使用して代位弁済(保証債務の履行)を行うことが許されるはずもない。したがって、被告は、a社が反社会的勢力関連企業に該当しないことを明示又は黙示に表示して本件保証をしたものであるから、本件保証は錯誤により無効である。

(2) 除斥期間の経過

本件代位弁済請求権(本件保証債務履行請求権)は除斥期間が経過している。

ア 平成20年に本件てびきに暴力団排除が記載されたのは、平成19年6月19日付け「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」、平成20年6月20日付けで一部改正された「信用保証協会向けの総合的な監督指針」等が公表され、各種団体で反社会的勢力に関する規定等の整備が行われるようになったからであり、それ以前である平成3年の銀行局長通知、平成9年の倫理憲章制定などにより、原告をはじめとする金融機関は反社会的勢力関連企業に対する融資は行わないこととしており、公的機関として公正かつ公明性を求められる信用保証協会も反社会的勢力関連企業に対する保証を行わないことは当然のこととされ、そのことは原告をはじめとする金融機関も当然のことと認識していたから、そのことは明示又は黙示に表示されていたといえる。

イ したがって、被告が本件各保証変更を承認したのは、a社が反社会的勢力関連企業であることを知らなかったからであり、知っていれば承認しなかったのであり、そのことは明示又は黙示にその承認の意思表示の内容とされ、又はその動機として表示されていた。

ウ そうすると、被告がした本件各保証変更承認は、錯誤(動機の錯誤を含む。)により無効であり、本件各保証変更は、被告に対する関係で無効であるから、本件融資の弁済期限は、被告に対する関係では、当初の平成21年10月20日のままである。原告が被告に対し代位弁済(保証債務履行)を請求したのは、早くとも平成25年12月2日であるから、本件約定書所定の除斥期間が経過している。仮に、本件保証変更1及び2について錯誤無効が認められないとしても、本件保証変更3について錯誤無効が認められれば、本件融資の最終弁済期限は平成23年10月20日のままということになるから、やはり除斥期間が経過している。

(原告の主張)

(1) 被告の主張(1)(本件保証の錯誤無効)に対し

ア 本件融資当時、反社会的勢力関連企業が被告をはじめとする信用保証協会の保証を利用できなかったとする被告の主張は否認する。その当時の本件てびきの「保証対象外業種」には反社会的勢力関連企業は記載されていない。a社と被告との間の信用保証委託契約書にも、反社会的勢力に関する条項はなく、これが被告の信用保証委託契約書の書式に置かれたのは、平成21年7月1日のことである。しかも、融資先が反社会的勢力関連企業であることが判明した場合には、信用保証が失効すると規定せず、事前求償権を行使しうるとするにとどまっている。

反社会的勢力関連企業に対する信用保証協会の保証について錯誤無効を認めた他の裁判例でも、平成19年6月19日付け閣僚会議幹事会指針の公表と中小企業庁の平成20年6月の「信用協会向けの総合的な監督指針」が発せられたこととを根拠としており、これらに先立つ平成16年11月4日に実行された本件融資では、錯誤無効の根拠はない。

イ 原告をはじめとする金融機関は、本件融資以前から、暴力団が関係している企業に対しては融資しないこととしていたが、融資先が反社会的勢力と関係しているとか支配されていることを金融機関が見分けることは極めて困難であった。警察からの情報提供も、被害が差し迫っているような場合等きわめて限定的であった。

本件融資が実行された平成16年11月ころ、警察は、金融機関からの預金者・融資先が反社会的勢力に属するか否かに関する照会に回答していなかった。原告は、平成24年10月4日の新聞報道でAが暴力団幹部であることを知ったが、それ以前にはa社が反社会的勢力に属することを全く知らず、これを知りうる手段も有していなかった。a社は、原告(e支店)の優良取引先である株式会社fの下請業務を行うとび工事業者であり、b県は、建設業の許可要件として「暴力団の構成員である場合は許可はできません」と明示しているところ、a社は、b県から建設工事の許可を受けており、平成19年12月及び同24年12月には同許可の更新が行われているのであって、b県もa社が暴力団の構成員ではないと判断していたのである。

ウ 禁反言

本件融資は、b県中小企業応援貸付資金制度要綱に基づく制度融資であり、被告の保証を受けることが融資の条件になっていたものである。つまり、原告は、本件保証がされなければ本件融資をしなかったのであり、被告が本件保証をしたから、これを信頼して原告は本件融資をしたのである。a社が資金難から融資金の返済ができなくなったとたんに錯誤を持ち出すのは禁反言に反する。

(2) 被告の主張(2)(除斥期間の経過)に対し

ア 被告が信用保証を行う際、主債務者の業績いかんによっては、多少の弁済期の延長は当然に予測されるから、保証期間(最終弁済期)の延長は、法律行為の要素(法律行為の重要部分)とは言えない。

イ 原告d支店が平成24年11月27日に事故報告書を提出したことは、原告として被告に対し代位弁済請求したものである。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

(1)  証拠(乙4の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば、Aは、遅くとも本件融資及び本件保証がされたころから、早くとも同人が逮捕された平成24年10月3日ころまでの間、指定暴力団であるc会系の組幹部であり、a社の発行済株式全部を所有していたことが認められ、これらの事実から、a社は、その間、いわゆる反社会的勢力関連企業に該当する企業であったと認められる。

(2)  弁論の全趣旨によれば、原告及び被告は、上記逮捕の事実が報道された平成24年10月4日ころまで、a社が反社会的勢力関連企業であることを知らず、原告は、金融機関として相当な注意を払った場合に、そのことを知り得たとは認められない。

被告は、警察に照会すれば、a社が反社会的勢力関連企業であることが判明したはずである旨主張するが、本件融資当時、ある特定の人又は企業が反社会的勢力又はこれに関連する企業に該当するか否かについて、警察が、金融機関からの融資審査上の必要性を理由とする照会に対し、回答する取扱いをしていたことを認めるに足りる証拠はなく、また、金融機関の実務として、警察に対し、このような照会を行うことが必要と解されていたと認めるに足りる証拠もない。

2  被告の主張(1)(本件保証の錯誤無効)について

(1)  被告は、本件保証当時、a社が反社会的勢力関連企業であることを知っていたら本件保証をしなかったこと(a社が反社会的関連企業でないことを本件保証の動機としていること)を明示又は黙示に表示していたとして、本件保証は錯誤(動機の錯誤を含む。)により無効である旨主張する。

(2)  前記前提事実のとおり、信用保証協会は、信用保証協会法によって設立された法人で、中小企業が銀行等の金融機関から融資を受ける際、中小企業から委託を受け、その融資に係る債務を保証することで、中小企業の資金繰りの円滑化を図ることを目的としており、国ないし地方公共団体から財政支援を受けるなど、公共的性格の強い機関である。

このことと、前記前提事実(7)の「反社会的勢力への対応策等の推移」などとを併せ見れば、本件融資及び本件保証の当時、a社が反社会的勢力関連企業であることを知っていたら、原告は本件融資を行うことはなく、被告は本件保証を行わなかったはずであると認められる。

しかしながら、金融機関としては、信用保証協会の保証がされた融資は、回収不能の危険を回避できることから、金利を低く定めることができ、自らは担保を徴求する必要性が乏しいものとなる。このため、信用保証協会がした保証に錯誤があり、その錯誤の事由が金融機関として相当な注意を払うことによっても知り得ないものである場合に当該保証が無効となるとすると、金融機関は、回収不能にならないと予測していた融資が回収不能となることにより不測の損失を被りかねず、取引の予測可能性を著しく害する結果となる。

また、融資先に関して金融機関が収集しうる情報には自ずと限界があることから、保証の機能として、融資当時に存在しながら金融機関が知り得なかった事実ないし事情に関連して生じた危険をも原則として担保することが期待されているというべきであり、それが保証に係る当事者の通常の意思でもあるというべきである。このような保証の機能ないし当事者の通常の意思に鑑みれば、保証人が保証をした当時、主債務者に関するある事実ないし事情を知っていたとしたら保証をしなかったであろうと認められる場合であっても、直ちに保証が錯誤により無効となるということはできない。

前記前提事実によれば、昨今における金融機関の反社会的勢力関連企業との取引を行わないという方針は、法令の直接的な規制によるものではなく、金融機関自らの公共的役割についての認識や行政指導による自主規制であると解される。反社会的勢力関連企業に対する融資であるからといって、その融資金が違法又は不当な目的で取得され又は使用されたことが直ちに推認されるものではない。反社会的勢力関連企業に対して融資を行うことは、その融資当時、金融機関として相当な注意を払うことによってもそのことを知り得なかったのであれば、必ずしも社会的に非難されるべき事柄ではなく、この場合に、反社会的勢力関連企業であることを知らずに当該融資について保証した信用保証協会が保証債務を履行することは、信用保証協会が金融機関に対してその種の企業に対する融資を行うことを許容することを意味するものではないし、反社会的勢力を助長する効果を有するものでもない。

ところで、ある企業が反社会的勢力関連企業に該当するか否かは、文字通り、当該企業と反社会的勢力との関連性の有無及び程度から判断されることであって、その関連性は、当該企業の目的である事業、業種などと異なり、必ずしも当該企業に本質的ないし恒常的な属性とはいえないものと考えられる。そうすると、反社会的勢力関連企業を、これに該当しないものと誤認して、これを主債務者としてした保証は、主債務者の同一性について誤認して保証した場合などと異なり、当然にその要素に錯誤があるとは解されず、動機の錯誤の成否が問題となるにとどまるものと解すべきである。

そして、上記のとおり、金融機関として相当な注意を払うことによっても知り得なかった事実ないし事情を理由として信用保証協会による保証が無効となるとすると、取引の予測可能性を著しく害する結果となるというべきところ、原告が相当な注意を払うことによってa社が反社会的勢力関連企業であることを知り得たとは認められないこと、保証は、その機能からして、金融機関が融資当時知り得なかった事実ないし事情に関連する危険をも原則として担保すべきものと解され、そのことは保証に係る当事者の通常の意思であると解されること(信用保証協会が金融機関の融資を保証する場合であっても、特段の事情のない限り同様と解される。)、また、反社会的勢力関連企業に対する融資の抑制は、直接法令に基づくものではなく、金融機関(信用保証協会を含む。)の自主規制によるものと解されることなどからすると、被告が、本件保証当時、a社が反社会的勢力関連企業であることを知っていたら本件保証をしなかったであろうと認められるとしても、社会通念上、a社が反社会的勢力関連企業ではないことを動機として本件保証をしたと認めることは相当でなく、本件保証の要素に錯誤があったと認めることはできない。

(3)  また、以上の諸事情に加え、前記前提事実を併せ見ても、本件保証当時、主債務者が反社会的勢力関連企業であることを知らずに信用保証協会がした保証が錯誤により無効となるとすることが社会通念となっていたと認めるに足りないことからすれば、被告が、a社が反社会的勢力であることを理由として本件保証について錯誤無効を主張するためには、少なくともa社が反社会的勢力関連企業でないことを動機として本件保証をするものであることを本件保証に際して明示しておく必要があったというべきであるが、被告は、当時、本件約定書や本件てびきなどにおいても、反社会的勢力関連企業の保証をしないことについて何ら表明していなかったのであり、他に本件保証において当該動機が表示されていたとする事実を認めるに足りる証拠はない。

(4)  まとめ

以上によれば、被告が、本件保証当時、a社が反社会的勢力関連企業であることを知らず、これを知っていたら本件保証をしなかったであろうと認められるとしても、社会通念上の判断として、本件保証の要素に錯誤があったとは認められないし、「a社が反社会的勢力関連企業でないことを動機として本件保証をするものである」という動機が表示されていたとも認められないから、本件保証が錯誤により無効であるとする被告の上記主張を採用することはできない。

3  争点2(除斥期間の経過)について

(1)  被告は、本件各保証変更を承認するに際して、反社会的勢力関連企業が信用保証の申込みはできないことは原告に対して表示しており、a社が反社会的勢力関連企業ではないことを意思表示の要素として当該承認をしたものであるから、そのころa社が反社会的勢力関連企業であったことは、社会通念上、そのことを知っていれば承認の意思表示をすることはなかったであろう事実にほかならず、本件各保証変更による弁済期限延長を承認した被告の意思表示は錯誤により無効であり、これらによる弁済期限の延長(少なくとも本件保証変更3によるそれ)は、被告に対する関係で効力を生じていないから、当初の弁済期(平成21年10月20日)又は少なくとも本件保証変更2により延長された弁済期(平成23年10月20日)から2年の除斥期間が経過している旨主張する。

(2)  しかし、金融機関及び信用保証協会が反社会的勢力関連企業に対する融資について弁済期限の延長を承認するか否かという判断は、当該企業に対して既に融資ないし保証の便益を与え、反社会的勢力との関わりを持ってしまった後に、その便益供与を撤回し、同勢力との関わりを断つべきかどうかという判断であり、この種の企業に対して新規の融資を行うべきか否かという判断とは、社会的評価としても異なるものがあると考えられる。金融機関又は信用保証協会が、反社会的勢力関連企業に対する融資について弁済期限の延長を承認することは、その公共性などから全くあり得ないとまでは考えられず、弁済期限を延長しない場合に当該企業が破綻する可能性、その破綻が取引先等に及ぼす影響、当該企業が将来弁済資力を回復する可能性(融資金回収の最大化)などについて考慮することは、当該企業の反社会的勢力との関連性の濃淡(あるいは同勢力と絶縁する可能性の有無)などについて検討することとも併せ、許容されてしかるべきものと考える。

また、信用保証協会が弁済期限の延長を承認した場合に、金融機関として相当な注意を払っても知り得ない事情を理由として当該承認が錯誤により無効とされ、当該延長前の弁済期から除斥期間が経過しているとされることがあるとすると、上記1において述べたと同様、取引の予測可能性を著しく害する結果となる。そして、原告がa社の反社会的勢力関連企業であることを知らず、相当な注意を払ってもこれを知り得たと認められないことは前示のとおりである。

以上によれば、被告は、社会通念上、a社が反社会的勢力関連企業であることを知っていたとしたら本件各保証変更を承認しなかったであろうとは直ちに認めることができないから、本件各保証変更の承認に要素の錯誤があったということはできない。

(3)  加えて、被告の主張する錯誤は、前記1において述べたと同様の理由から動機の錯誤が問題となるにとどまるものというべきところ、本件各保証変更の承認において、a社が反社会的勢力関連企業でないことを動機として表示していたと認めるに足りる証拠はない。平成20年9月に改訂された本件てびきに、「その他、暴力団、金融斡旋屋等第三者が介在するお申込みは一切お断りしております。」という文言が記載されたこと、平成21年7月1日に改訂された信用保証委託契約書の書式に、委託者又は保証人に対し反社会的勢力に該当しないことを確約させる条項が定められたことなどは、いずれも被告が反社会的勢力関連企業に対して保証しないものとする意思を示したものと認められるが、既に行われた融資について弁済期限の延長を一切承認しないものとする意思を示したものとまでは解されない。前記のとおり、反社会的勢力関連企業に対し新たな保証を行う場合と、既にした保証に関して弁済期限の延長を承認することとは、社会的評価として同等とは言い難いものである。

(4)  まとめ

以上によれば、社会通念上の判断として、被告は、a社が反社会的勢力関連企業ではないことを動機として本件各保証変更を承認したと認めるに足りないというべきであるし、そのことが当該承認に際して表示されていたと認めることもできないから、当該承認の要素に錯誤があったということはできない。よって、本件各保証変更は被告との関係で無効と認めることはできず、本件融資の最終弁済期限は平成24年10月20日であり、本訴の提起は同26年3月11日である(当裁判所に顕著)から、本件保証債務履行請求権は除斥期間が経過しているとは認められない。被告の上記主張は採用することができない。

4  結論

以上の次第で、被告の主張はいずれも採用することができず、原告の請求は理由があるから、これを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 針塚遵)

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